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行動生態学では、行動も他の形質と同様に遺伝すると考える。そして、この行動を支配する遺伝子が自然淘汰される事により、適応度の高い行動が進化するとする。こうして生物の行動や社会を、ダーウィン進化論の基礎の上で説明しようというのである。
ところが、 自然淘汰説を生態学に適用するには、ダーウィンをも悩ませたという難問が存在していた。それは現実の動物社会では、自分を犠牲にしても仲間を助ける利他行動が多く観察される事で、この利他行動が自然淘汰説ではうまく説明できなかったのである。考えればすぐに分かる事だが、自分を犠牲にしてまで他人の利益を図るような個体は、自然淘汰によって排除されてしまうはずだからである。つまり自然淘汰説が正しいとすると、生物界は利己的な個体ばかりになり、利他行動が進化してくる余地などなくなってしまうのである。例えば、社会性昆虫のミツバチでは、産卵に専念する女王とワーカーの働きバチに分化し、働きバチは女王と幼虫の世話をするが自らは繁殖しない。このような子供をつくらない労働カストが、どのようにして自然淘汰にかからずに進化する事ができたのか、うまく説明できないわけである。(1-2)
この難問に対して、極めて巧妙な方法で答えを出したのがW.D.ハミルトンであった。その理論が、今日の行動生態学の隆盛を導く発端となる包括適応度と血縁淘汰の説である。現代の進化理論では、生物の適応度を、一匹の親がどれだけ繁殖可能な子を残せるかで表わしている(繁殖成功度)。つまり特定の性質は、適応度が1より大きくなければ進化しないのである。したがって、働きバチのようなワーカーは子をつくらないから適応度はゼロとなり、進化するはずがない事になる。しかし、個々の遺伝子に注目すると、それは1個体だけではなくその血縁者にも存在しているはずである。だから、ある一つの遺伝子の適応度を考えるには、その血縁者も含めた適応度、即ち包括適応度で見なければならないという事になろう。この包括適応度で考えると、働きバチは自分の子を残さなくても、幼虫の世話をして多くの妹を育てあげる事により、自分の遺伝子を自ら繁殖するより多く残す事ができれば、この利他行動は適応的となり自然淘汰によって進化可能になる。
例えばA・Bの2個体の場合では、(B)をA個体の利他行動の結果B個体が得る適応度の増分、(r)をA・B個体間の血縁度、(C)をA個体が失う適応度とすると、
Br−C>0
の時に利他行動が進化する事になる(ハミルトン則)。このように、血縁者の子を残すというバイパスを通じて働く自然淘汰を、血縁淘汰と呼んでいるのである。
こうして生物の利他行動は、少しでも多くの自分のコピーを残そうとする遺伝子の働きとして、即ち遺伝子の利己的行動として説明される事となった。この新理論によると、我々がよく経験する動物たちの母性愛も、単に遺伝子の利己的行動に過ぎないという訳だ。
[ 包括適応度 ]
I=WOA−凾vA+這凾viri
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I |
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包括適応度 |
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WOA |
: |
Aの適応度 |
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−凾vA |
: |
Aが利他行動により失う適応度 |
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凾vi |
: |
i番目の個体がAの利他行動により増やす適応度 |
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ri |
: |
Aとi番目の個体の血縁度 |
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血縁度 |
: |
2個体が祖先の遺伝子を共有する確率 |
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ハミルトンによると、昆虫の中でもハチやアリの仲間の膜翅目で、労働カストや繁殖カストの分化した社会を持つ真社会性昆虫が繰返し進化したのは、その独特の遺伝システムによるという(膜翅目で11回、シロアリ目で1回、同翅目のアブラムシで数回進化したとされる)。昆虫の大部分はメスの腹の中に受精嚢という袋を持ち、交尾で得た精子は一旦ここに蓄えられ、産卵時に受精嚢から精子が放出されて受精が起こる。ところが膜翅目では、受精して2倍体となった卵はすべてメスになり、オスは未受精の1倍体の卵から生まれる。つまり膜翅目のメスは、産卵時に受精嚢を開くかどうかで子の性を決定できるのである。この特殊な性決定様式を、半・倍数性を呼んでいる。この結果、ミツバチなどでは兄弟姉妹の血縁度に面白い違いが出て来る。
血縁度というのは、特定の個体が持つある遺伝子を他の個体も持っている確率である。子の遺伝子の半分は母親または父親に由来する事から、親子で特定の遺伝子を共有する確率は1/2となり、通常は親と子の血縁度は1/2となる。また兄弟姉妹の間では、母親を経由して遺伝子を共有する確率は1/2×1/2=1/4、同様に父親経由の確率も1/4あるから、全体としての確率は1/4+1/4=1/2となり血縁度は1/2という事になる。ところがミツバチの様な半倍数性の生物では、オスは不受精卵から生まれるから母親のゲノムの片方だけを持ち、メスの方は母親のゲノムの半分と半数体の父親のゲノム全部を受け取る。その結果、姉妹は母親の遺伝子を1/2の確率で共有し、父親のゲノムは100%共有する事になり、その血縁度は(1/2×1/2)+(1/2×1)=3/4となる。他方、母と娘の血縁度は1/2である事から、娘にとっては自分で繁殖して血縁度1/2の娘を産むよりも、巣に残って血縁度3/4の妹をたくさん育てた方が、自分の遺伝子をより多く残すという点では有利となる。これが膜翅目で特に真社会性が進化した原因だと言うのである(3/4-血縁度仮説)。
(注) この説が成り立つ為には、女王とワーカーが母娘関係にあり、女王が複数ではなく一匹のみで、しかも一匹のオスとだけ交尾する必要があるが、この条件は必ずしも満たされていない事が分かっている。ミツバチの様に真社会性のハチ類には複数回交尾が普通に見られるし、熱帯や亜熱帯では1つのコロニーに産卵可能なメスが複数存在する多雌創設も普通である(南米のアシナガバチ類22属中、20属が多女王制という)。また、ヒメホソアシナガバチやチビアシナガバチでは、娘が女王を追出して次々と女王が交替する継時的多雌性も普通に発生し、コロニー内の平均血縁度を著しく低下させると言う。
[血縁者間の血縁度](1-2) (1-3)
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親子 兄弟姉妹 異父母兄弟 祖父母/孫 叔父、叔母/甥、姪 いとこ またいとこ |
1/2 1/2 1/4 1/4 1/4 1/8 1/32 |
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行動生態学のもう一つの理論的支柱になっているものに、ESS(進化的安定戦略: evolutionary stable strategy)の理論がある。これは、生物の各個体が自分の適応度を最大にしようと色々な戦略をとって行動する時に、生物の社会に一定の平衡・安定状態が生まれる事をゲームの理論を使って説明するものである。ゲームの理論というのは、利害の対立する者同士の競争において、相手の行動に対応してどういう行動を採れば良いかを数学的に研究するもので、元々は経済学の研究で発達したものをメイナード・スミスが動物行動の解析に応用したのである。
良く知られている、ハト派戦略とタカ派戦略を例に説明しよう。2匹の動物が、1つの資源をめぐって争っているとする。各個体が採りうる戦略は2つあり、タカ派戦略は自分が傷つくか相手が逃げ出すまで闘い、ハト派戦略では相手が攻撃して来れば闘わずに逃げる。そしてハト派同士が出会った時は、資源を半分ずつ分け合うとする。ここでハト派ばかりの社会にタカ派が侵入した場合を考えると、ハト派は常に逃げるので、タカ派は容易に資源を奪って個体群中に広まっていく。しかし、この個体群がタカ派ばかりになるとは限らないのである。これを1つのゲームと考えて、対戦ごとに得点を与えて見よう。もし、タカ派が闘いに勝てば資源を獲得して50点(V)、逆に敗れれば傷を負って−100点(C)。ハト派が闘わずに逃げ出した時は0点とする。こうしておいて対戦ごとの得点を計算すると、タカ派とハト派の場合は、タカ派が50点、ハト派が0点。ハト派同士の場合は各25点。そしてタカ派同士の時は、2回に1回の割合で勝つとすると、その平均得点は、
(1/2)V−(1/2)C = −25
点となる。ここで、タカ派ばかりの社会にハト派が侵入した場合を考えると、常に負けるが怪我をしないハト派は0点で、タカ派の平均−25点より大きい為、ハト派は増加する事になる。では、どこまで増える事ができるのか。個体群中のタカ派の比率をP、ハト派の比率を(1−P)とすると、タカ派の平均利得Hは、
H = P{(1/2)V−(1/2)C}+(1−P)V = V−P{(1/2)V+(1/2)C}
一方、ハト派の平均利得Dは、
D = P×0+(1−P)(1/2)V =(1−P)(1/2)V
H=Dとおくと、
P = V/C = 1/2
となり、この例ではタカ派とハト派は1/2ずつ共存する事になる。ただ利得と損失の値によっては、片方しか生存できない場合も出てくる。例えばV≧CならP≧1となり、タカ派が全部を占め、そこにハト派が侵入しても絶滅してしまう。
このように個体群が一定の戦略を持つ個体で占められ、他のどんな戦略を持つ変異個体の侵入も排除される時、そのような戦略をESS(進化的安定戦略)と呼んでいる。この理論によって従来、群淘汰により説明されていた、儀式的闘争行動・順位制・互恵的利他行動などの動物の社会的行動が、ダーウィン派の主張する個体淘汰の上で説明できるようになったのである。各個体の、自己の適応度上げようとする利己的行動が、一定の社会関係・平衡状態を生み出すわけである。例えば、なわばりの成立がこの理論でうまく説明できる。タカ派とハト派の間に、新たに「自分が先住者の時にはタカ派戦略」、逆に「侵入者の時にはハト派戦略」を採るブルジョワ派という戦略を考える。つまり自分のなわばり内では激しく闘い、逆に相手のなわばりに侵入した時は常に退却するという戦略である。そこで他個体との出会いで半分は先住者、もう半分は侵入者になるとしてゲームをすると、ブルジョワ戦略がESSになると言う。そして、すべての個体がブルジョワ派になると激しい闘争はなくなる。というのも2個体が1つの資源をめぐって争う場合には、必ずどちらか一方が先住者で他方が侵入者となり、侵入者は常に退却する事になっているからである。(1-2) (1-4)
これは18世紀にアダム・スミスが、個々の経済人の自由な利己的行動が「見えざる手」に導かれて一定の経済秩序を生み出し、社会全体の繁栄を実現するとした、自由放任の主張を思い起こさせる。またダーウィンも、マルサスの『人口の原理』を読んで自然淘汰説を思い付いたと言われている。これは、人口増加が幾何級数的であるのに対して食料が算術級数的にしか増加しないため、貧困と悪徳が必然的に発生するという説であった。ダーウィンは、ここから生物間の生存闘争の必然性を導き出したとされているのである。どうも進化理論は、なぜか経済学とのつながりが深いようである。そう言えば近代経済学も、非現実的な数学モデル作りに熱中してきた。行動生態学の分析手法は、この近代経済学とよく似ているのである。
それはともかく、ゲームの理論によって従来は種全体の利益を目指した行動と考えられていたものが、個体の生存戦略・利己的行動として説明する事ができるようになった。こうして生物の様々な社会的行動を、個体の利己的行動に還元して分析するのが当たり前になって行ったのである。
血縁淘汰とESSの理論により、生物のすべての行動は遺伝子の利己的行動に還元される事になった。それでは何故、遺伝子は利己的なのか。それは利己的でない遺伝子は、自然淘汰で淘汰され生き残れないからである。極力、利己的にふるまい、自己のコピーを少しでも多く残せる遺伝子のみが進化する事ができる。「成功した遺伝子に期待される特質のうちで、最も重要なのは無情な利己主義である」と、『利己的遺伝子』で一躍時代の寵児になったR.ドーキンスは主張する。そしてこの遺伝子の利己主義は、当然の事として個体の利己主義を生み出す。「普遍的な愛とか、種全体の繁栄とかいうものは、進化的には意味をなさない概念にすぎない」。そしてついには、生物とは「遺伝子によって創り出された機械にほかならない」という事になった。それは最初、単に遺伝子を保護するタンパク質の外被として作られたものだと言う。生物とは、遺伝子が自らのために創り出した生存機械、いわば遺伝子の乗り物に過ぎないのである (1-5)。こうして生命はその神秘性をはぎとられ、遺伝子の利己主義にとって代えられる事となった。若き日に自然の豊かさや生命の不思議に畏敬し、様々な生き物が織り成す複雑に絡み合った生態系と、その中で見せる動物たちの巧妙な行動や社会に感動して生物学を目指す人がいるなら、彼らが今日そこに見出すのは、味気ない数式と安っぽい利己主義だけという事になってしまったのである。
そして、この生物学の理論は当然の事として、人間自身にも適用される事となった。人間の社会行動の生物学的基礎を明らかにするものとして、E.O.ウイルソンによって命名された社会生物学(sociobiology)である。彼は、人の社会的地位・階級までもが遺伝的に決定されると示唆している。同性愛の遺伝子というのも存在すると言う。そればかりか、文化・宗教・道徳なども遺伝子により決定され、個体や社会(血縁集団)の適応度を高めるものが、自然淘汰によって進化して来たと主張する。「道徳的発展に関する研究は、遺伝的変動の問題の単に複雑で扱いにくい場合にほかならない」のである。そして、今や「道徳を、哲学者の手から一時的に取り去って、生物学に委ねるべき時機が到来した」。こうして彼は「人文科学や社会科学も単に生物学の特殊な研究領域にすぎなくなる」と宣言する。そして新たに、「人類学的遺伝学という学問分野」の設立を要求する。人間の社会的本性も、基本的にはダーウィン的進化の産物であり、それゆえ社会科学もソシオバイオロジーの上に再編されるべきなのだ。(1-6)
しかし、このような人間行動における遺伝決定論に対しては、当然の事として激しい批判の声が上がった。日本では注意を引かなかったが、社会生物学論争である。当事者の一人であるS.J.グールドは次のように述べている。「遺伝決定論をめぐって長期の激しい論争が生じたのは、その社会的、政治的メッセージの働きとしてであった。・・・・・遺伝決定論は常に、現存する社会制度を生物学的に不可避のものとして、擁護するために利用されてきた。つまり<お前たちが貧乏なのは、お前たち自身の責任だ>というものから、19世紀の帝国主義や現代の性差別論にまで及ぶ、一連の論議を擁護して来たのである。そうでなければ、これほどまでに事実の裏付けを欠いた一組の思想が、どうして数世紀を通じて、既成のメディアからかくも絶えざる好評を勝ちうるだろうか。しばしば善意の理由から、遺伝決定論を提案する多くの個々の科学者には、このような利用を抑える事ができないのである」。(1-7)
こうした生物学原理から人間行動や社会を捉えようとする動きは、何もウイルソンに始まった事ではない。ダーウィンの進化論が社会に受け入れられた1870年代に早くも、人間社会もダーウィン原理を通して解釈しようとする試みが現れて来る。19世紀末から20世紀初頭にかけて、世界的に大流行した社会ダーウィニズムである。これは人種差別や階級制の合理化、戦争の必然性の主張に利用され、優生学、そしてナチズムへとつながっていく。当時、個人の特性は生得的なものとして、劣った遺伝子を広める教育程度の低い犯罪を生む貧困階級、あるいはユダヤ人・スラブ人・黒人などを、社会的害悪の根源、文明の脅威として排斥する優生運動は、ドイツだけではなくイギリス・フランス・アメリカにも広まっていた。1900年代初期のアメリカへの移民割り当ては特定の民族出身者を締め出す様に企図されていたし、1930年代には犯罪者・癲癇患者・精神薄弱者などの強制的断種を規定する法律が、アメリカ・デンマーク・ドイツ・スイス・ノルウェー・スウェーデンで成立していた。国が犯罪者の命を奪えるなら、精神障害者の子供を産む権利も奪えるはずだというわけだ (1-8)。そして、ナチスはこの遺伝学理論を振りかざして、断種手術を施した25万人もの精神病院入院者をガス室へ送り込んだのである。「これまでナチズムは、非合理、反科学だと見なされて来た。確かにナチスは知識人を軽蔑し、大量のユダヤ人科学者を追放した。しかし一方で、人種主義的なナチス・イデオロギーの装いは、表面上恐ろしく論理的で科学的であった。ヒトラーは、しばしば科学という言葉を口にした。ヒトラーの思想を煎じ詰めれば、国家は生物学的人種が構成する民族共同体であり、常に新たな生存圏を求めて他人種と戦闘状態にある。ヒトラーは、生物学的人種概念と国家を結びつけたところに、自らの独創性を感じており、この意味で極めてラジカルな一元論者であった」(1-9)。
こうした野蛮な行為は、なにも遠い過去の事ではない。自由の国アメリカで、1910年から1935年の間に成立した30以上の州法や連邦法の下で10万人以上の人が断種され、ヴァージニア州では1970年代まで精神障害者の断種措置が続けられて来たのである。社会生物学は、「メンデル遺伝学がより精緻な集団遺伝学と分子生物学的説明に取って代わっただけで、基本的には・・・・・・今世紀初めの頃の社会ダーウィニズムの発想と、うりふたつである。しかも社会ダーウィニズムの実像がほとんど知られていないため、彼らは全く新しい思想だと信じ、使命感すら持ってやっている。しかし人間も生物である以上、生物学の説明対象にしうるという生物学至上主義的な人間解釈をとる点で、この二つは明らかに同型である。例えて言えば、空気は流体だから流体力学を知っていれば天気予報ができると言っているのに近い」(米本昌平)のである。(1-9)
多くの成果を生み出した一方で、様々な問題をも合わせ持つこれらの理論は、共通の理論的基礎としてダーウィンの自然淘汰説をもっている。それは、ダーウィンの考えを最後まで推し進めれば、必然的にそこに至る理論的帰結であると言った方がいいかも知れない。ダーウィンによると、生物の種は多産性を原則としている。そのため、必然的に生存競争(闘争)が起こり、環境によりよく適応した変異を持つ個体が生き残る。そして、遺伝を通してその変異が子孫に伝えられる事により、種は長い時間をかけて徐々に進化して行くとした。これが自然淘汰説である。つまり進化が起こる為には、より適応した個体が同種内での生存競争に勝ち残り、より多くの子孫を残す事でその優れた遺伝子を集団内に広めて行かなければならない。これは見方を変えれば、より多くの子孫を残す事ができる個体こそが、より適応した個体という事になる。ダーウィン派の進化論では、適応とより多くの子孫を残すという事(適応度)は同義なのである。そして、それはどのような個体あるいは遺伝子かというと、自分の子孫や遺伝子をより多く残す事を最大の目標として、利己的に行動する個体や遺伝子という事になろう。つまり、自然淘汰説には始めから個体や遺伝子の利己主義が、その論理の中に含まれていたわけである。また進化のためには、優れた遺伝子を持つ個体が繁殖集団中に増えていかなければならない。これは逆に見ると、劣った個体や遺伝子は集団から排除されねばならないという事、少なくとも繁殖可能な子孫を残す確率が、優れた個体よりも小さくなければならないという事を意味している。即ち自然淘汰説は、利己主義と同様に弱者の排除の論理も元から持っていたのである。
こうした考えは容易に優生学と結び付く。これは結婚制限や断種などによって、人間の遺伝的改善を図ろうというものである。ほとんどの突然変異は有害なものだが、普通は自然淘汰によって除去されている。ところが医学の進歩により、このような遺伝子が淘汰を免れて次世代に伝えられる様になると、人類集団のなかに有害遺伝子が蓄積され人間の持つ遺伝情報が劣化し、ひいては人類そのものの退化を引き起こすという考えは容易に導き出す事ができる。中立説で有名な木村資生も、優生学に強い関心を持っていた事が知られている。彼は、有害遺伝子を持つ人の子供数の制限や受精卵の発育初期での除去、さらには精子銀行やクローン人間の製造までも、人類の長期的な未来を考えると考慮の価値があると言っていたのである (1-10) (1-11)。もっと極端な例では、化学賞と平和賞の2つのノーベル賞を受賞したライナス・ポーリングが、鎌状赤血球貧血やフェニルケトン尿症の遺伝子を1つ持つ人は、互い同士の結婚を避ける為に、目印として額に入れ墨をするよう提案していた事が知られている。こうした優生学的な発想が容易に生まれるという事実は、単に学者の良心の問題ではなく、理論そのものが問題を内包していたと言うべきだろう。
このように、現代の進化理論の持つ様々な問題の淵源は、自然淘汰説そのものにまで遡る事ができる。では、この自然淘汰説はどのような歩みを経て今日に至ったのか、またそれに対してどのような批判や修正が行われたのか、次にそれを簡単に振り返っておこう。『種の起源』が出版された1859年以降、ダーウィンの理論は徐々に影響力を増し、1870〜80年代には多くの支持を集める様になって行ったが、19世紀末には獲得形質の遺伝を強調するネオ・ラマルキズムや定向進化説が優勢になって来る。化石の形態の時間的変化にはしばしば一定の方向性が認められ、例えば、馬の進化では次第に体が大きくなり、指趾の数が減少し歯も複雑化して来る。定向進化説は、このような進化の傾向を法則として、その原因を生物に内在する力に求めた。中生代のグリフェアというカキの仲間の強く巻いた殻や、オオツノジカの巨大な角、剣歯虎の長く伸び過ぎた犬歯は定向進化の好例とされ、その有用性の限界を越えた器官の過度の発達は、自然淘汰説では説明不能とされたのである。
こうした状況を一変させるのが、1900年メンデルの法則の再発見に始まる粒子遺伝学の急速な発展、そしてメンデル理論とダーウィン理論の融合である。元々、自然淘汰説の最大の弱点は、遺伝のメカニズムが不明な事にあった。その当時、広く信じられていた遺伝の法則は、両親の遺伝的性質が交配により混合されて子に伝わるという融合説で、それによると変異個体の持つ生存に有利な性質も世代を経るごとに薄められ、ついには消失してしまう事になる。従って、両親の性質が融合する事なく、遺伝子により独立に伝わるというメンデルの法則の再発見は、自然淘汰説にとって大変重要な意味を持っていたのである。しかし、ここにも問題があった。ダーウィンの自然淘汰説では、生物の形質は徐々に連続的に変化して行くと考えられていたのに対し、メンデルの遺伝理論では形質の変化は質的で不連続であったからである。例えば、黄と緑のエンドウマメを掛け合わせてもその中間色が出るわけではなく、第2世代のマメの色は黄か緑のどちらかなのである。さらには、メンデルの遺伝理論とヒューゴー・ド・フリースの突然変異説が結び付き、一時は自然淘汰説を圧倒する迄になる。これは進化を、自然淘汰による微小な変化の積み重ねによってではなく、突然変異により瞬時に新しい種が形成されるというものであった。こうして1920年頃には、進化の説明理論としての自然淘汰説は存続の危機に直面していたのである。
これを救ったのが生物測定学(生物統計学)派で、個体変異を統計的に調べ、生物の形質には多数の遺伝子が関与し変異は連続的に分布する事を明らかにした。そして、この研究方法がのちに遺伝学に取り入れられ、1930年頃、集団遺伝学が誕生する事になる。これは進化を、繁殖集団の遺伝子構成(遺伝子頻度)の時間的変化と捉えて、それを数理的に扱うものである。即ち、自然淘汰による集団中の遺伝子頻度の変化を、お手玉袋(beanbag)に入った色違いの豆の比率を計算する要領で論じたのである。いうなれば、ダーウィンの自然淘汰説とメンデルの遺伝法則が生物統計学により結合されたもので、自然淘汰説の定量化の試みであった。これによって初めて、自然淘汰を数学的・定量的に論じる事が可能となったのである。
この集団遺伝学を介した自然淘汰説と遺伝学との融合を基礎に、地理的隔離による種分化の理論などを接木して、1940年代前半に現代的な進化理論である総合説が確立する事になる。これは進化を、遺伝子の突然変異と自然淘汰によるその選別によって説明するもので、この名には自然淘汰説を中心に、遺伝学・古生物学・生態学などの成果を総合したものという自負が込められていた。
この総合説は分子生物学の進展に伴い、1960年代には進化理論の主流派としての地位を確立する。しかし1970年代から80年代にかけて、総合説に対する批判も出てくるようになった。その一つが1968年、木村資生によって提唱された分子進化の中立説である。タンパク質のアミノ酸配列の比較や電気泳動法による酵素の変異性の検出法の発展により、生物の種内変異が分子レベルで解析される様になると、個体間の変異パターンが予想以上に多様(遺伝的多型)である事が明らかになってきた。しかし、そのように多くの変異が同一種内に保存されている事は、自然淘汰説ではうまく説明できない。そこで考え出されたのが中立説(中立突然変異浮動仮説)で、これは分子レベルの進化では、自然淘汰に有利でも不利でもない、中立な突然変異の偶然的浮動が主役を演じているというものである。
従来の総合説は、こうした大部分の生物の遺伝子座で高頻度に見られる分子多型現象を、ヘテロ接合体の適応度がホモ接合体より高くなる超優性や異質な環境への適応戦略として、つまり正の淘汰によって説明しようとしたのに対し、中立説は自然淘汰には関係のない突然変異遺伝子の偶然的な固定が酵素多型の原因だとした。そしてこの説によると、自然淘汰を受けにくい分子進化ほど急速に進化する(1-31)。つまり分子進化では自然淘汰は機能していないというわけである。
このように中立説は、有利な突然変異が淘汰を通じて集団内に固定するという、従来のダーウィン派の自然淘汰説とは明らかに異質な考え方であり、世界的に激しい論争を巻き起こす事になった。今日では、分子レベルでは中立説の有効性は認められているが、これで表現型の進化を説明する事は難しく、結局分子レベルの進化は中立説、表現型レベルでは自然淘汰説と使い分けているのが現状である。いわばどちらの説も進化理論としては不完全で、互いに欠点を補完し合う事でなんとか体裁を取り繕っているとも言えよう。中立説は、有利な変異が自然淘汰で広まる事まで否定しているわけではなく、木村自身、自然淘汰説そのものを否定したのでは決してなく、分子レベルの進化では中立説が適用されるが、形態や行動など大きなレベルでの外見的進化については自然淘汰説がふさわしいと強調している様に、ダーウィン理論の欠点を補完・補強するダーウィン進化論の枠内の理論と見る事ができる。彼が批判したのは、当時の総合説に見られた自然淘汰万能主義であった。しかしこの中立説によって、少なくとも分子レベルの進化では自然淘汰の機能が明確に否定されたわけで、従来の自然淘汰説が大きな修正を迫られた事も明らかな事実なのである。
1972年には、現代進化論におけるもう一つの重要な仮説が提出された。N.エルドリッジとJ.グールドによる断続平衡説(区切り平衡説)である。エルドリッジは、北部ニューヨーク州やアメリカ中西部から大量に産出する三葉虫の研究から、化石の形態に進化上の目立った変化がほとんどない事に気付いたのである。実際、中西部では600万年に渡って、複眼の内部のレンズ列が18から17に減少した事を除くと解剖学的変化は全く見られず、三葉虫の化石記録は圧倒的な静止状態を示していたのである。ダーウィン理論では、進化はわずかな変異が長い時間をかけて蓄積する事で、徐々に種が変化して行くと考える。ところが三葉虫の進化過程はそれとは全く異なるパターン、つまり極めて短期間に新種の分化が起こり、その後、時にはその種が絶滅するまで長期間に渡って変化しないというパターンを示していたのである。また、氷河期のバーミューダのカタツムリを研究していたグールドも、同様の事実を見出していた。この事から、進化は一定の速度で徐々に連続的に進行するものではなく断続的に起こる、即ち短期間の急激な変化(種分化の時期)と、その後の長期間の静止(平衡)状態とからなると主張したのである。
こうしたパターンは、三葉虫やカタツムリ以外にも多くの化石記録に認められる。例えば、ケニアのトルカナ湖で発見された13種の淡水産の貝化石は、その生息した新生代後期の数百万年の期間ほとんど何の形態変化も示さず、200万年前と70万年前の2回だけ大きな変化をしている。この時には湖の水位が下がり、貝の新種が爆発的に出現したのである。しかも、ここではその移行を示す中間種が保存されており、短期間に驚くべき形態変化を示していると言う。ところが、この不安定な状態は5千年から5万年ほどしか続かず、その後は再び永続的な種が出現して平衡状態に落ち着いたのである。また「生きた化石」と呼ばれる様な、地質時代の長い期間に渡ってほとんど形態を変化させずに存続して来た生物の存在も、この仮説を支持する様に見える。例えば、肺魚類はデボン紀に多様性が最大になった後、急激に種分化を止め進化を停止しているのである。さらに、新生代における哺乳類の進化も、ほとんど総ての基本的な適応を初期の約2000万年間で発展させている。暁新世と始新世の初めに哺乳類の多くの新しい目が出現して劇的な進化を遂げ、わずか約1200万年の間に、コウモリやクジラほども異なる生物が原始的な祖先グループから誕生したのである。
この断続平衡説は、ダーウィン派の進化観に修正を迫まる事になった。ただ、この説が批判しているのは進化の漸進的モデルであって、自然淘汰そのものではない。このように総合説に対しては様々な批判が出て来ているわけだが、自然淘汰そのものを否定しようとする動きは少なく、また力も持っていないと言えよう。グールドは「総合説は・・・・教科書の正説としては生きながらえているものの、実質的には死んでいる」と述べている。しかし今日なお、総合説に取って代わるだけの進化理論は存在していないのである。
さて、もう一つ忘れてはならない重要な説に、1967年にリン・マーグリスにより提唱された連続共生説がある。これは原核細胞から真核細胞へという、生命の長い進化史の中でも最も重要な進化の一つが、自然淘汰とは全く関係のない、細胞内共生というメカニズムで起こった事を明らかにしたものである。自然淘汰とは全く異なる進化のメカニズムが実際に存在する事、しかも自然淘汰説を構成する基本概念の生存競争とは全く正反対の、生物間の共生が進化の原動力となり得る事を現実に起こった進化で示した点で、従来の進化理論に極めて深刻なインパクトを与えたと言う事ができる。次に、この生命の驚くべき実態を明らかにした共生説を、少し詳しく取り上げる事にしよう。
昔は原則として、生物を動物か植物のどちらかに分類していた(二界説)。そして光合成バクテリアから藻類が進化し、その藻類のあるものから植物が進化、また葉緑体を失ったものから菌類や動物が生まれて来たと考えられていたのである(内生説)。しかし、このアリストテレス以来続いて来た生物の2分割法は、今では全くすたれてしまった。それに代わって今日では、生物は極めて異質な2種類の細胞(原核細胞と真核細胞)から成る生物群に2分されている。生物界は動物か植物かではなく、原核生物か真核生物という基本的な2大陣営に分けられるのである。そして真核生物はさらに、植物・動物・菌類・原生生物に区分される(五界説)。
近代生物学の中心概念である細胞説によれば、生物は細胞から生じ細胞から成るのであって、細胞こそ生命の基本単位という事になっている。ところが同じ細胞といっても、原核細胞と真核細胞では、単一の定義には収まり切れないほど異質なものなのである。真核と原核という区分は、遺伝物質であるDNAを収める細胞核が明確な形で存在するかどうか、つまり膜で仕切られた核の存在の有無によっている。原核細胞というのは核を持たない、らん藻(シアノバクテリア)も含めたバクテリア(細菌)の細胞の事で、DNAは凝縮して細胞のほぼ中央部に存在する。ただこの部分は、膜(核膜)によって細胞の他の部分から隔離されてはいないので、核ではなく核様体と呼ばれている。一方、バクテリア以外のすべての生物は、真核細胞から成る真核生物である。真核細胞は2層の核膜で包まれた核を持ち、DNAはヒストンというタンパク質のコアに巻き付き凝縮した状態で核内に閉じ込められ、細胞質から隔離されている。一方、細胞のほとんどの代謝反応は細胞質で行われており、遺伝情報を担う核との間にはっきりした役割分担ができているのである。
(注) 細菌も真核生物のものとは構造が異なるが、DNAはタンパク質と結合・凝縮して核様体を形成している。大腸菌では、環状DNAの二重らせんに余分の巻きが加わったり逆に解けて超らせんを形成し、こうして出来た約100kbの超らせんループが40〜50本、中心のタンパク質コアから放射状に伸びていると言う。核様体の構成タンパク質には、超らせんを維持する2種類の酵素と4つのDNAの折りたたみに働くタンパク質が有り、そのうち最も多いのがHUで、構造はかなり異なるがヒストンと同様に四量体を形成してDNAを巻き付けている。一方、古細菌にはHUの様な折りたたみに働くタンパク質はなく、代わりにヒストンに非常に良く似たタンパク質を持つと言う。(1-12)
この核の有無は2つの細胞を区分する時の目安になっているわけだが、原核細胞と真核細胞の間には、これ以外にも際立った違いが幾つもある。まず両者では、細胞のサイズが全く違う。原核細胞が普通1〜10マイクロメートル(μm=10−6m)なのに対し、真核細胞は5〜100μmで実際には10μm以下のものはほとんどなく、多くの植物細胞や動物細胞は直径が90μmもある。つまり原核細胞と真核細胞では、その大きさが1ケタ違うのである。その結果、真核細胞は原核細胞に比べて容積がはるかに大きく、一般に1000倍かそれ以上あり、様々な物質を大量に保持している。
また原核細胞がほとんどはっきりした内部構造を持たず、極めて単純な造りになっているのに対して、真核細胞はサイズが1ケタ大きくなった事とも関連して、極めて複雑な内部構造を発達させている。その1つが複雑な細胞内膜系で、真核細胞の目立った特徴の1つになっている。細胞膜で囲まれた区画を1つしか持たない細菌に対して、真核細胞は、膜で囲まれそれぞれ異なる機能を持つ小区画に複雑に分割されているのである。これらの小区画は細胞小器官とも呼ばれ、おのおの特有の酵素群や分子を持ち、複雑な輸送系によって区画から区画へと物質が整然と輸送されている。ミトコンドリアや葉緑体(この2つは上記の輸送系には含まれない)は、そうした細胞小器官の代表例で、膜で包まれていないリボソーム(タンパク質の合成工場)などは原核細胞にも存在するが、これらの膜に包まれた細胞小器官は総て真核細胞に特有のものなのである。この細胞内に発達した膜構造の約半分を占めるのが小胞体で、細胞の隅々にまで張り巡らされ複雑に入り組んだ管状の膜構造で細胞質の大部分を占め、タンパク質の合成や輸送を行っている。また、平たい袋を積み重ねたような形のゴルジ体も膜でできた構造体で、小胞体で作られたタンパク質の修飾や輸送に関わっている。そして、実は核も細胞内膜系の一部であり、外側の核膜は小胞体膜とつながっているのである。
こうした細胞内膜系の発達と関連して、真核細胞はエンドサイトーシスとエキソサイトーシスという独特の機能を持つ。エンドサイトーシスというのは外部に面する細胞膜の一部が陥入し、引きちぎれて細胞外の物質を取り込んだ細胞質小胞を作る現象で、その特殊な形態が、アメーバやマクロファージ(大食細胞)が大きな粒子や細胞を丸ごと飲み込む時に見られる食作用である。エキソサイトーシスはこの逆で、細胞内の膜に包まれた小胞が細胞膜と融合して、その中身を細胞の外に放出する。真核細胞は、このエンドサイトーシスとエキソサイトーシスを使って小胞体とゴルジ体の間、そしてゴルジ体と細胞膜の間で複雑な物質の輸送系を形成しているのである。実は、この機能が真核細胞の進化に決定的な役割をするのだが、それについては後の章で取り上げる事にしよう。
また、細胞が巨大で精巧な特殊化した内部構造を持つ真核細胞では、それらの構造を正しい位置に保ち動きを調節する必要から内部骨格、即ち細胞骨格を発達させている。細胞骨格は、アクチン・フィラメント、微小管、中間径フィラメントの3種類のタンパク質繊維からできた網目構造から成り、それが細胞に形や運動能力を与え、細胞小器官の位置を決めたり配置替えを行っている。ミトコンドリアや小胞体・ゴルジ体などの細胞小器官は、ただ漫然と細胞質中に浮かんでいるわけではなく、細胞骨格によってその配置を決められているのである。この事は、簡単な実験で確かめる事ができる。微小管は、核の近くにある中心体から周辺部へ向かって数百本が放射状に伸び、小胞体の管状の膜はこの微小管に沿って細胞の端近くまで伸張し、一方ゴルジ体は中心体の近くに位置している。そこで、微小管のタンパク質を脱重合させる薬剤で細胞を処理すると、これらの細胞小器官の配置が変わり、小胞体は分散して細胞の端から中心に向かって移動し、ゴルジ体は断片化して小さな小胞となり細胞質全体に分散してしまう。さらに驚いた事に、この薬剤を取り除くと、細胞小器官は再形成された微小管上をモーター・タンパクによって引っ張られ、自然に元の位置に戻ると言う。また、細胞質には微小柱格子と呼ばれる独特な網目構造が細胞中に広がっており、その3次元構造の中に細胞小器官を絡めて支えている。そして、この網目構造には酵素も保持されているらしい。特定の反応に関与する酵素群を近くに空間的配置する事によって、酵素が細胞中に無秩序に散在している場合よりも、効率的に反応を進める事ができると考えられるのである。
細胞骨格フィラメントは、構造的な支持体としてだけでなく輸送の道筋としても機能している。脊椎動物の生細胞を光学顕微鏡で観察すると、細胞質が連続的に動いているのが見える。数分の間に、ミトコンドリアや膜で囲まれたもっと小さな細胞小器官は、周期的な跳躍運動を行って移動を繰り返している。この運動は、アクチン・フィラメントや微小管に結合したモーター・タンパクにより、ATP加水分解のエネルギーを使って引き起こされている。こうした細胞質流動も真核細胞に特有のものである。さらに先に述べた細胞内の物質輸送も、張り巡らされた微小管に沿ってキネシンやダイニンといったモーター・タンパクが、積荷を閉じ込めた小胞を運ぶ事によって行われている。また、細胞骨格は真核細胞特有の細胞分裂である有糸分裂においても、不可欠の重要な役割を果たしている。原核細胞では、DNAは環状のものが1つ存在するだけだが、真核細胞ではタンパク質と複合体を作った線状のDNAが複数存在している。そして、この線状DNAは細胞分裂が始まるとさらに凝集して、光学顕微鏡でもはっきり見える染色体となる。有糸分裂の名称は、この染色体からきているのである。そして、真核細胞の細胞分裂時には微小管から成る紡錘体が形成され、複製されて2倍になった染色体はこの紡錘体の中央に整列し、その後、微小管に引っ張られて両極に分離する事で有糸分裂が行われる(正確には染色体のキネトコアが微小管を分解しながら手繰り寄せる)。
(注) 中間径フィラメント:多様な繊維状タンパク質から構成される直径10nmのロープ状繊維で、ほとんどの動物細胞の細胞質に存在する。細胞骨格繊維中最も丈夫で、核を取り囲んで周辺まで網目状に広がり、細胞膜に有るデスモソームと呼ばれる細胞間結合を介して隣の細胞と繋がり、細胞に構造強度を与えている。また、核膜内膜直下に網目構造の核ラミナを形成する。
微小管:チューブリンでできた直径25nmの中空の管で、細胞の中心部にある中心体から真っ直ぐ放射状に細胞周辺部まで広がり、モータータンパクと共同で細胞内の輸送網を形成している。また真核細胞の紡錘体や繊毛・鞭毛を作る。細胞内では、チューブリン分子は重合と解離を繰り返しており、微小管はそれに応じて伸びたり縮んだりしている(動的不安定性)。
アクチンフィラメント:直径7nmのアクチンタンパクのらせん状重合体で、細胞質全体に分布するが、特に細胞膜直下に集中して細胞皮層を形成し、様々な運動、特に細胞表面の関係する運動に関わっている。また、アクチン結合タンパクによって連結され粗い三次元の網目構造を作っているが、重合と脱重合を繰り返して皮層のアクチンを並べ替へ、細胞の形状変化やアメーバ運動を生み出している。モータータンパクのミオシンと共に、筋肉の収縮装置を形成する。
さらに原核細胞と真核細胞では、遺伝子の構造も異なっている。実は、真核細胞の遺伝子には、イントロンと呼ばれる遺伝情報として意味を持たない配列が数多く含まれているのである。このイントロンは一部の例外を除き原核細胞には存在せず、真核細胞特有の構造と考えられている。
以上見て来たように、真核細胞は原核細胞に比べると格段に進歩した複雑な構造とシステムを進化させており、同じ細胞といっても両者は極めて異質なものなのである。
今日、化石として確認されている最古の生物は、原核生物のバクテリアで35億年前のものである。一方、真核生物が出現するのは21億年前とされている。従って、初めに構造が単純な原核細胞が最初の生命として誕生し、その後、高度に発達した内部構造を持つ真核細胞が原核細胞から進化して来たと考えられる。しかし、先に見たように両者は極めて異質な細胞でその内部構造の複雑度に大きな格差のある事、また我々も含めて高等な多細胞生物が総て真核生物である点などを考えると、原核細胞から真核細胞への進化は生命の進化史上最も大きな飛躍であると共に、最も重要な進化の1つであったと言う事ができよう。この事は生命誕生後、最初の真核細胞が進化するまでに20億年近い時間を要した点にも表れている。このように重要な意味を持つ真核細胞の起源を明らかにしたのが、L.マーグリスの共生説なのである。それによると、真核細胞は原核細胞の世界が十分多様化した後、異なる系統の原核細胞が何度か細胞内共生する事で生まれたと言う。真核細胞の著しい特徴の1つは、ミトコンドリア・葉緑体などの細胞小器官を持つ事であったが、こうした細胞小器官の幾つかは外から原始真核細胞に入り込み、細胞内共生した異なる系統の原核生物だと言うのが共生説なのである。つまり共生説によると、我々真核生物は様々なバクテリアの共生体という事になる。
実は共生説の萌芽的な考えは、すでに100年以上も前に登場していると言う。19世紀末期はパスツール学派の影響の下、次々とバクテリアが発見され、その働きが明らかにされて行った時代であった。こうした時代背景の下、ミトコンドリアと葉緑体が細胞内で自律的に分裂・増殖する事から、バクテリアが細胞内共生したものではないかと考えられたのである。両者は、その大きさもバクテリアと同じサイズである。しかし当時は、まじめに受け入れられる事はなかった。共生説が現在のように強い支持を得る様になったのは、1950年代末から60年代初めにかけて、ミトコンドリアや葉緑体の中に、核内のDNAとは別に独立したDNAが発見されてからである。しかも、これらのDNAは核のDNAとは異なる塩基組成を持ち、その遺伝子系はバクテリアのものに良く似ていた。つまりミトコンドリアと葉緑体は共に、細胞の核・細胞質系とは別の遺伝子とその発現系を備えた、独立性を持つ系である事が明らかになったのである。これによって共生説は強力な根拠を得る事になった。
ただ、ミトコンドリアや葉緑体はゲノム・サイズ(生物の遺伝情報全体のサイズ)が小さく、自らの増殖や機能に必要な遺伝子の一部しか持っていない。その結果、自分の遺伝子発現や複製に必要な酵素など、タンパク質因子のほとんどを核の遺伝子産物に頼っている。つまり、これらの細胞小器官は、細胞自体からの助けがなければその構造と機能を維持できないのである。この事は、これらの細胞小器官が核・細胞質系のコントロール下にある事を意味している。実際、細胞から単離されたミトコンドリアや葉緑体は分裂も増殖もできない。共生説を復活させたマーグリスは、細胞小器官の遺伝子が少ないのは、その大部分を宿主の核のゲノムへと譲渡した結果だと考えた。今日、細胞小器官は多くのタンパク質の供給を核・細胞質系に頼っているが、それらも元々は細胞小器官で合成され、そこで働いていた。つまり現在、細胞質で合成され細胞小器官へ送り込まれているタンパク質の遺伝子は、細胞小器官から核へ移されたものだと言うのである。このような遺伝子転移は何も突飛な事ではない。バクテリアにおける動く遺伝因子、トランスポゾン(転移性遺伝因子)の発見は、ゲノムDNAが従来考えられていたように安定した静的なものではなく、ダイナミックに変動する事を明らかにした。今日では、ゲノムを構成するDNA断片が、空間的にも移動可能な事が明らかになっているのである。
また、ミトコンドリアのリボソームの性質が、バクテリアのリボソームに似ている事も分かっている。これらはどちらも、抗生物質のクロラムフェニコールによって、そのタンパク質合成活性が阻害される。しかし、細胞質のリボソームのタンパク質合成を阻害するシクロヘキシミドに対しては、非感受的なのである。しかも、ミトコンドリアのリボソーム・タンパク質は総て、核ゲノムの遺伝子産物である。つまり、核・細胞質系は自ら使うリボソーム・タンパク質の他に、ミトコンドリア向けのものを別に合成しており、それがバクテリアのリボソーム・タンパク質に似ているわけである。この現象は、細胞内共生による遺伝子転移を仮定する事によって、はじめてうまく説明できる。
こうした遺伝子転移を考える上で、興味深い事実も知られている。いくつかの生物で、ミトコンドリアの遺伝子と相同性の高い塩基配列が、核ゲノム中にも見出されているのである。遺伝子の転移で良くあるのは、まずある配列が元の場所で増幅し、その後コピーの1つが転移を起こす事である(複製型転移)。それを考えると、ミトコンドリアと核ゲノムが共通の塩基配列を持つ事実は、遺伝子転移の有力な状況証拠と言う事ができるだろう。さらに、もっと直接的な証拠もある。糸状菌というカビは、若い時にはミトコンドリアのゲノム中に含まれていた特定の塩基配列が、年老いた菌では小さな環状DNAとして切り出される事があり、こうしたものの中には何時の間にか細胞の核ゲノムの中に潜り込むものがあると言う (1-13) (1-14)。実は、こうした遺伝子転移は極めて頻繁に起きている事が明らかにされている。例えば、トウモロコシでは葉緑体のrRNAやtRNAの遺伝子がミトコンドリアに転移し、アカパンカビやタマカビではミトコンドリアの持つ酵素遺伝子の一部が核に、また同様にほうれん草では葉緑体と核に転移し、哺乳類の染色体にもミトコンドリアDNA由来の配列が有ると言う。驚いた事に、細胞内では遺伝子がミトコンドリアから核へ、あるいは葉緑体へと細胞小器官の間を自由に飛び回っている様なのである。これを、ごたまぜDNA(Promiscuous DNA)と呼んでいる。
(注) こうした遺伝子転移は、DNAが直接移行したというより、RNAを介して行われた可能性が高い。核に移行したと思われる酵素の遺伝子に、ミトコンドリアDNAにあるイントロンがない、スプライシング後のmRNAと相同な配列が見つかったのである。恐らく、逆転写酵素によりプロセッシング後のmRNAからcDNAが逆転写され、それが核ゲノムに取り込まれたと考えられる。
(注) DNA・RNAなど分子生物学関連の用語については第4章の説明を参照して下さい。
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ミトコンドリアと葉緑体のゲノムは小数のタンパク質しかコードしていないが、独自にDNAの複写・転写・タンパク質合成を行い、しかもその合成系は真核生物よりもバクテリアの系によく似ている。特に、葉緑体でバクテリアとの類似が著しい。葉緑体のリボソームは、構造や抗生物質に対する感受性、さらにはその塩基配列も大腸菌のものと驚くほど似ており、バクテリアのtRNAを用いてタンパク質合成ができると言う。また、真核細胞はタンパク質合成をメチオニンから始めるが、葉緑体ではバクテリアと同じくN.ホルミルメチオニンから開始する。さらに葉緑体DNAは、大腸菌のRNAポリメラーゼ(RNA合成酵素)により転写する事が可能で、できた葉緑体mRNAは大腸菌のタンパク質合成系によって効率的に翻訳されると言う。このように小器官の遺伝子系は、バクテリアのものに極めて良く似ているのである。(1-15)
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マーグリスの「真核細胞の起源に関する連続共生説」は、生物の世界を5つに分ける五界説と表裏の関係にある。五界とは原核生物・原生生物・菌類・動物・植物の事で、連続共生説は4つの異なる原核生物の系統が、少なくとも3回連続的に共生する事により、真核生物の四界が形成されたという仮説なのである。この4つの原核生物とは、古細菌のテルモプラズマ、好気性(酸素を好む)の真正細菌、スピロヘータ、そしてシアノバクテリアである。
最初に共生を受け入れた宿主細胞、即ち原始真核細胞は、現在のテルモプラズマに似たファゴサイトーシス(食作用)により食物を取り入れる能力を持つ、大型の嫌気性(酸素を嫌う)の古細菌であったと考えられている。古細菌というのは、メタン細菌・高度好塩菌・高度好酸性好熱菌・超好熱菌など、生物にとって極めて厳しい環境に棲む嫌気性のバクテリアである。原始真核細胞の候補とされたテルモプラズマは、原核生物でありながら、DNAはヒストンに似たタンパク質と複合体を作っている。また古細菌は一般に真核細胞と同様、遺伝子にイントロンを持つ事もテルモプラズマ説を支持している。古細菌には、好気性細菌のような硬い殻(細胞壁)を持つものは少なく、膜の構造も独特で真核細胞の細胞膜に近いと言う。好熱菌の中には、アメーバのような柔らかい細胞膜を持ち、触手を伸ばして隣のバクテリアと盛んに接触し融合するものもある。
最初、このような柔らかい細胞膜を持った嫌気性の古細菌に、らせん形の運動性を持つスピロヘータが共生したと考えられる。こうして、真核細胞に特有の波動毛(鞭毛と繊毛)が誕生したと言う。この波動毛は原核細胞の鞭毛と見た目は良く似ているが、両者はその構成タンパク質も運動メカニズムも全く異なり、基本的に異質なものである。波動毛はチューブリンと呼ばれるタンパク質が重合してできた微小管から成るが、原核細胞の鞭毛はチューブリンを持たず、フラジェリンと呼ばれるタンパク質で構成されている。また波打つように動く波動毛に対して、原核細胞の鞭毛はS字形で、それをプロペラのように回転させる事で推進力を作り出している。つまり、原核細胞の鞭毛が直接進化して、波動毛になったとは考えられないのである。波動毛の起源をスピロヘータに求める根拠の1つは、実際に自然界にはスピロヘータと共生している真核生物が存在する事である。シロアリの消化管内に棲む、ミクソトリカ・パラドクサという原生生物の細胞表面には無数のスピロヘータが共生し、むち打つ様に波動毛と良く似た運動をしていると言う。第2は、原核生物であるにもかかわらず、スピロヘータの中にチューブリン様のタンパク質を持つものが存在する事である。
さて、波動毛を獲得して自由に運動できるようになった原始真核細胞に、次は硬い細胞壁を持つ好気性細菌が共生する。そして、この細胞内共生した好気性細菌がミトコンドリアになるのである。このミトコンドリアの祖先候補が、酸素呼吸によってエネルギー効率を飛躍的に高めたリケッチア類に近いαプロテオ細菌で、現生のある種のものはピーナツ形で細胞膜の所々が陥入してクリステ状になっていると言う。このαプロテオ細菌が侵入した古細菌の中に、食い殺される事なく両者が共存するものが出現したのである。この共生によって宿主の嫌気性細菌は、一挙に高性能の酸素呼吸能力を手に入れる事になった。そして宿主の原始真核細胞は、共生した好気性細菌の遺伝子のほとんど(約90%)を、自己の核に転移させて共生細菌の自律性を奪い、核ゲノムのコントロール下に置く事に成功するのである。
(注) ミトコンドリアに最も近い現生細菌は発疹チフス・リケッチアで、土壌細菌の根粒菌・アグロバクテリウムなどと同じ仲間の、α族プロテオ細菌に属するグラム陰性菌である。リケッチアは、他の細胞内寄生細菌と同様にアミノ酸やヌクレオチド生合成系の遺伝子の大部分を失っているが、その一方でクエン酸回路・電子伝達系・ATP合成系の遺伝子を完全な形で保持し、さらにATPの細胞外輸送に必要な酵素の遺伝子も持っている。しかも、ゲノムDNAの約25%にもなるA/T含量の高い不安定な非コード領域を持ち、かってミトコンドリアの祖先がたどった様に、ゲノムサイズが減少傾向にあると言う。(1-16)
(注) 細胞小器官に残った遺伝子が作るタンパク質の幾つかは極端に疎水性が強く、細胞質から小器官への膜輸送が困難で、それが核に転移されなかった理由とも考えられる。
このように古細菌に、まずスピロヘータ様細菌が共生して波動毛が生まれ、次に好気性細菌が共生してミトコンドリアとなる事によって、真核細胞の基本形が出来たと言う。そして、これに光合成の能力を持つシアノバクテリアが共生する事で葉緑体ができ、植物が誕生したと考える。つまり、原始真核細胞は様々なバクテリアを自らの細胞内に共生させる事によって、運動・酸素呼吸・光合成の能力を一挙に手に入れ進化したというのである。
さて、この連続共生説の基礎になっている細胞内共生であるが、実は自然界にはかなり頻繁に見られる現象なのである。またその事自体、共生説の根拠の1つにもなっている。例えば、昆虫類の少なくとも10%は、定常的に何等かの細胞内共生者を保有していると言う。なかには共生体が既存の細胞器官と競合したり、その代わりをする事もある。原生生物の渦鞭毛虫類は葉緑体を持っているが、これに単細胞緑藻類が細胞内共生すると、共生が長引くにつれ元々あった葉緑体は退化し痕跡程度になってしまうと言う。また、哺乳類の生殖管内などに寄生するトリコモナス類は、酸素を利用できないためミトコンドリアは退化し、それに代わってハイドロジェノソームと呼ばれる細胞内共生体由来の構造体が、無機的な代謝によってATP合成を行っている。
このように、共生体が細胞器官の機能を代替できるという事実は、細胞器官自体が共生体から進化したという共生説の正当性を示しているとも言えよう。
共生は、単に異なる機能を持つ生物が、能力を補完し合って一緒に生活をしているといった単純なものではない。一旦、細胞内共生が始まると、宿主と共生者間の複雑な相互作用により両者共その性格が変わり、それまでとは異なった生物に変化しまうのである。そして、単独生活の時には働いていなかった遺伝子が発現し、新しいタンパク質が合成されるといった事が起こる。つまり共生体を獲得した生物は、今までにない新しい機能や能力を持った、新生物に生れ変わると言う事もできるだろう。(1-14)
例えば、細胞内共生として古くから良く知られている、マメ科植物と根粒菌の共生を見てみよう。窒素は生物にとって極めて重要な元素で、これがなければアミノ酸やタンパク質、遺伝子の核酸も作る事ができない。大気の78%は窒素であるが、植物は空気中の窒素を直接利用する事はできず、硝酸塩のかたちで土壌中から吸収しなければならない。この土壌中の窒素化合物を、常に補給しているのが窒素固定菌なのである。彼らが大気中の窒素を固定してアンモニアにし、他のバクテリアがそれを亜硝酸塩や硝酸塩に変え、植物はそれを根から吸収して再びアンモニアに戻した後、様々な化合物の合成に使っているのである。根粒菌はこの窒素固定菌の仲間で、エンドウ・ダイズ・クローバー・アルファルファなどのマメ科植物の細胞内に共生し、ニトロゲナーゼという酵素を合成して窒素固定を行っている。このバクテリアが植物の根に共生すると、小さなこぶ状の構造を作る事から、根粒菌と呼ばれているのである。宿主のマメ科植物は、ある発育段階で環境からの刺激があるとフラボノイドという特別な化合物の生産を始める。これが根からしみ出すと根粒菌を引き寄せ、さらには細菌の根粒化遺伝子のスイッチを入れて複雑な糖類の生産が始まる。この糖類は植物の根毛を縮らせ、細菌が根毛細胞に侵入する為のトンネルの様なものを作らせる。根毛の先端にこの根粒菌が感染すると、そこから感染糸を根の内部に伸ばし、その中を分裂しながら目的の細胞に向かう。枝分かれしながら伸びて行く感染糸の先端が到達した細胞は、急激に細胞分裂して数を増し、その部分がこぶ状に膨らんで根粒となるのである。感染糸の先端から細胞の中へ放出された根粒菌は根の細胞内で増殖し、時には細胞質全体をびっしり占めるまでになると言う。さて共生が始まると、菌は単独生活の頃とは全く違う形となり、その生理・生化学的状態も著しく異なってくる。このような状態の菌をバクテロイドと呼んでいる。実は、根粒菌は単独生活時には、ほとんど窒素固定を行っていないのである。特殊な条件下では少しはするが、その効率は極めて低い。それはニトロゲナーゼがほとんどない為で、根粒菌は細胞内共生をして初めて、この酵素を本格的に合成し始めるのである。実際、バクテロイドの持つこの酵素の活性は感染後数日で1000倍以上にも増大し、またその量も全タンパク質の10〜12%を占めるまでに増加すると言う。根粒菌はニトロゲナーゼを作る遺伝子を持っているが、単独生活時にはその働きが抑えられており、マメ科植物の細胞内に共生して初めてその抑制が外される。つまり、共生によってニトロゲナーゼ遺伝子の発現が誘導されるのである。
同様の事が、宿主であるマメ科植物の細胞でも起こっている。ニトロゲナーゼは酸素に触れると不活性化する為、この酵素を十分に働かせるには酸素から保護する必要がある。しかし、窒素固定には大量のエネルギーが必要で、宿主はATPを多量にバクテロイドに供給しなければならないが、このATPの効率的生成には酸素が不可欠なのである。この難問を解決するために、マメ科植物は細胞内で酸素濃度の高い所と低い所をつくり、ATP合成と窒素固定の場を分けるという方法をあみ出した。脊椎動物は赤血球中のヘモグロビンを使って酸素を体の隅々にまで運搬しているが、マメ科植物もこれと良く似たレグヘモグロビンを使い、酸素をあっては困るバクテロイドの周辺から、それが必要なミトコンドリアの近くへと運んでいるのである。この遺伝子は宿主のマメ科植物が持っているが、根粒菌が共生していない時にはレグヘモグロビンは全く合成されず、共生によって初めて遺伝子が発現される。レグヘモグロビンもニトロゲナーゼと同様に、共生によって初めて合成が開始されるのである。さらに驚いた事に、そのヘム部分はバクテロイドの方で合成していると言う。つまりレグヘモグロビンは、宿主と共生者との協同作業によって合成されているのである。
共生者の有無によって合成されるタンパク質が異なる事は、アリマキの細胞内共生微生物についても知られている。共生者は宿主の細胞内ではただ1種類のタンパク質、シンビオニンだけを合成しているが、細胞外に取り出されると数百種類のタンパク質を合成し始め、しかもその中にはシンビオニンは含まれていないのである。このように共生によって宿主と共生者は互いに遺伝子の発現状態まで変化させ、共生以前に単独生活していた頃とは異なったものとして、複雑な相互依存関係を結び一体化する。これは共生によって、新たな遺伝情報を持つ新生物が誕生したのと同じ事であろう。(1-14)
このように生命の進化において、重要な役割を果たして来たと思われる共生であるが、こうした複雑な細胞内共生も、ごく短期間で容易に成立する事がわかっている。偶然、培養中のアメーバに、バクテリアが細胞内共生する様子が観察されているのである。ある日、培養中のアメーバに未知のバクテリアが感染して、次々と死んでいくという事件が起こった。普通バクテリアは、アメーバに食べられると食胞の中に取り込まれ、リソソーム(加水分解酵素を持ち消化作用を営む細胞小器官)の酵素によって消化されてしまう。ところが、このバクテリアは何等かの方法で消化を免れ、細胞内で増殖してアメーバを殺してしまうのである。生き残ったアメーバを集めて洗浄し、培養を繰り返すと2週間程で次第に死ななくなり、それと共に培養液中のバクテリアもいなくなった。見た目には感染前と変わりはないが、良く調べると細胞内にバクテリアが住み着いてアメーバの分裂の度に分配され、適正な数まではその中で増殖している事がわかった。つまり、2種類の生物の付き合い方がうまくなり、アメーバは中に住み着いたバクテリアを消化する事なく、バクテリアの方も殖えすぎてアメーバを殺してしまう事もない、一種の調和的な関係に到達したのである。これが細胞内共生の始まりであった。
さらに偶然から面白い事がわかった。このバクテリアの共生したアメーバから、共生バクテリアがいなくなると、アメーバ自身が死んでしまうのである。共生バクテリアを持つアメーバの核を抜き取り、感染していないアメーバの核と入れ替えると、核を植えられたアメーバはすぐ死んでしまう。一方、共生者を持つアメーバは、核移植後も通常どおり分裂と増殖を行う。ところが、こうして数回分裂をしたアメーバの核を、再び共生者を持たないアメーバに移植すると、また死んでしまう。つまりこのアメーバは、バクテリアが細胞内共生する事によって遺伝子の発現様式が変わり、もはやこの共生者なしには生きて行けない様になっていたのである。バクテリアが作り出すタンパク質が、アメーバにとって不可欠なものになってしまったのだろう。一方、アメーバの作り出すタンパク質の一部を、バクテリアが利用している事もわかった。一旦、アメーバの中で共生を始めたバクテリアを、再び細胞の外に戻して培養してもすぐに死んでしまう。バクテリアとアメーバの間には、密接な相互依存関係ができ上がっていたのである。
ここで注意してほしいのは、わずか2週間とか細胞が数回分裂するといった極めて短い間に、遺伝子発現の変更を伴う様な複雑な相互依存関係ができてしまうという点である。驚くほど短期間に、しかも容易に細胞内共生は成立するのである。こうした事実は、我々に生命とは一体何なのかと深く考させる事になる。個々の生物というのは、今まで我々が無意識の内に漠然と考えて来た程、独立した存在ではないのかも知れない。生命は、元から周囲の様々な生命と相互作用し合いながら、複雑に絡み合った相互依存関係を作り上げる事によって初めて生存する事ができる。どのような生物も、他の生物と関りを持たずに単独で生きて行く事はできないのである。いうなれば、共生や共存こそ生命の本来の在り方、本性と言う事もできよう。そう考えて初めて、生物間の複雑な共生関係が、驚くほど短期間に成立する事の意味を理解できる。何故なら、共生こそが生物間に形成される本来の関係だからである。
この点に関して興味深いのは、藻類と葉緑体の進化の有り方である。実は、葉緑体の起源は今まで述べてきたよりもっと錯綜しており、シアノバクテリアが細胞内共生して誕生した藻類が、再び原生生物に2次3次と細胞内共生する事で、新たな葉緑体そして新たな藻類を進化させているのである。まず、シアノバクテリアの共生で葉緑体を持つ灰色植物・紅色植物・緑色植物が生まれ、次にこれらの真核藻類がさらに原生生物に次々と細胞内共生を繰返して行った。例えば、緑色植物がキネトプラスト類(眠り病のトリパノソーマなど)に共生してユーグレナ藻が、アメーバ類に共生してクロララクニオン藻が進化して来る。そして、紅藻が卵菌類に共生して褐藻・ラフィド藻・黄金色藻などの褐色植物が、ゴニオモナスに共生してクリプト藻が発生する。さらに紅藻の共生で生まれた珪藻が、繊毛虫類に3次細胞内共生して誕生した渦鞭毛藻類の一群もある。また、2次共生の現在進行中のものがミドリゾウリムシで、緑藻類のクロレラを共生させているが、クロレラは細胞としての自律性を失い葉緑体化する一歩手前にあると言う。こうして、2次3次共生した藻類のミトコンドリアや核その他の細胞内小器官は時間と共に消失し、葉緑体らしくなって行く。ただ、こうした高次共生の結果として葉緑体の包膜が、ユーグレナでは3重に、褐藻類・珪藻類や黄金色藻類などの黄色植物では4重膜になっている。このように、繰返し細胞内共生が行われて来た事は、それが生物にとっては極めてありふれた事、ごく普通で自然な行為である事を物語っている。(1-17) (1-18)(1-29)
(注)灰色植物の葉緑体は構造的にシアノバクテリアとほとんど変わらず、かってはチアネルと呼ばれて葉緑体と区別され、この植物門自体が真核光合成生物とは考えられていなかった。後に、チアネルの遺伝子量がシアノバクテリアの1/10程度しかなく、葉緑体核のそれに近い事が分かり、真核光合成生物と認められる様になったのである。(1-29)
(注)ミドリゾウリムシでは、細胞分裂時に共生体のクロレラは一時的に細胞外に放出されると言う。
(注)葉緑体は通常2重の葉緑体包膜に囲まれているが、内側の膜は共生した原核光合成生物の細胞膜に由来し、外側の膜は宿主細胞の食胞膜に由来すると考えられている。この2枚の胞膜で囲まれた葉緑体を持つ真核光合成生物は、灰色植物・紅色植物・緑色植物の3群に限られ、他はこの2重の葉緑体包膜の外側にさらに1〜2枚の膜(葉緑体小胞体)で囲まれた葉緑体(複合葉緑体)を持つ。これは原核光合成生物が最初に細胞内共生したこの3群の一次共生生物が、さらに二次・三次と原生生物に共生を繰り返した結果である。また、こうして誕生した二次・三次共生生物の中には、クリプト植物・クロララクニオン植物・渦鞭植物の一種の様に、葉緑体胞膜と葉緑体小胞体の間の小室にヌクレオモルフと呼ばれる共生体の退化した核を持つものもある。(1-29)
マーグリスの連続共生説の内、波動毛の起源に関するスピロヘータ説には少なからず異論が存在する。多くの研究者がその主張に対して慎重になっているのは、ことは波動毛の起源だけに収まりそうもないからである。波動毛の基本構造である微小管は、真核細胞の有糸分裂時に染色体を両極に分ける紡錘体にも見られる構造であり、また紡錘糸を形成する中心粒と鞭毛基部にある基底小体とは進化的に相同な細胞器官である事もわかっている。従ってこの説が正しいとすると、真核生物特有の有糸分裂自体がスピロヘータの共生によって生み出されたものという事になる。さらに困った事に、微小管はヒトの脳細胞にとりわけ多く存在する。こうした脳細胞によってなされる思考や感情、さらにはそれに基づいて形成された人類の文化や文明も、つまるところはこのスピロヘータというバクテリアに由来するという事になりかねないのである。(1-13)
(注) 鞭毛はミトコンドリアや葉緑体の様に独自の膜を持たず、また原生生物のアメーバが鞭毛を持つ遊走子に変換する時には、核周辺に有る中心体から鞭毛が生えて来ると言う。恐らく鞭毛は、細胞内で束ねられた微小管が突起となって細胞外に出たものだろう。また以前に、鞭毛基部にある基底小体からこの細胞器官に固有のDNAの発見が伝えられたが、これは誤りであった事が判明している。(1-17)
しかし、葉緑体とミトコンドリアの起源については、共生説がほとんど事実と言ってよいほど、今日では完全に認められている。この共生説が正しいとすると、自然淘汰とは全く異なる進化のメカニズムが存在しているという事になる。それも単にそれが可能だというだけではなく、原核生物から真核生物へという、生命誕生以来の最大の飛躍といってもよい重要な進化が共生によってなされたという事は、自然淘汰よりむしろ共生の方が、生命の進化にとって重要なメカニズムだという事にもなろう。
今日、我々が目にする多細胞生物は総て真核生物である。もし真核細胞が原核細胞から進化して来なかったならば、今なお地球はバクテリアばかりの単純な世界であったろう。共生により真核細胞が生まれた事によって、今日の複雑な生物の世界が誕生したと言えるのである。マーグリスの共生説は、それまでの生存競争や自然淘汰に代わって、共生という全く異質な概念を進化理論の表舞台に登場させる事になったのである。
今日なお、自然淘汰を基礎とする総合説は、進化理論の正統派としての地位を保っている。しかし近年になって、この自然淘汰説に対して疑問を投げかける、新しい事実が次々と明らかになって来た。
ダーウィンが進化論を発表してから140年になるが、「実は今までのところ、自然淘汰によって進化が起きたという事実はただの1例も観測されていない」(1-19) のである。かって自然淘汰の実例とされた有名な例に、ガの工業暗化がある。しかし、これも進化と言える様なものではなかった事が明らかになっている。これは19世紀半ば、イギリスの工業都市近郊の林に棲息するオオシモフリエダジャクというガの一種で、翅の色の黒い突然変異型が急増した現象である。野生型のガは霜降り模様の翅を持ち、地衣類の貼り付いた樹木の幹では、それが保護色となっていた。しかし、大気汚染の影響で地衣類が枯れて黒くなった樹皮にとまると、かえって目立ってしまう。それに対し黒い突然変異型は、黒くすすけた背景には保護色となり天敵の鳥に見つかりにくい。つまり、大気汚染のひどいイングランドの工業地帯では、黒い個体の方が明るい模様の野生型よりも生存に有利となり、自然淘汰の働きによってオオシモフリエダジャクは黒いガに進化したとされたのである。
ところが近年、大気汚染が改善されるにつれ、再び明るい模様のガが黒いガと同じくらい見られる様になってきたのである。この事実は、ガの工業暗化と言われたものが、実は進化とは言えないものであった事を示している。ダーウィン派によれば進化、即ち新しい種が生まれる為には、まず野生型と異なる突然変異型が生まれ、その変異が選択・保存され、さらに新たな変異が積み重なり、遂には交配不能なまでに大きな違いとなって行く事が必要である。一旦、黒くなったものが環境の変化ですぐに逆戻りするようでは、新しい種など生まれようがない。進化とは不可逆的な現象なのである(ドロの法則)。オオシモフリエダジャクの工業暗化は、進化などではなく、単なる可逆的な適応現象であったと言うべきだろう。
それに実は、このガは昼間どこに潜んでいるのか、ほとんど観察された事がないと言う。ましてや、鳥に見つけて下さいと言わんばかりに、樹の幹にとまっている事などないのである。生物の教科書に必ずと言っていいほど載っている、オオシモフリエダジャクが樹の幹にとまっている写真は、夜間灯火に集まってきたものを捕らえ、それを人為的に幹にとまらせて撮ったものと言われている。つまり、これは自然淘汰説の正しさを印象づけるための「やらせ」だったのである。(1-20)
■ 細菌の薬剤耐性
もう1つ、自然淘汰による進化が起こっていると言われていた重要な例に、細菌の薬剤耐性の獲得がある。進化の総合説によると、まず最初にランダムに起こる突然変異により様々な変異を持つ個体が生まれる。次に、そうした変異を持つ個体間の生存闘争によって、生存に有利な変異を持つ個体のみが生き残り、その変異を子孫に伝えて行く。そして、こうした変異がいくつも積み重なる事で新しい種が誕生するというわけである。この説にぴったりおあつらえ向きの例が、抗生物質に対する耐性菌の出現、進化の問題であった。薬剤耐性菌が突然変異で出現して来る事は実験的にも確かめられ、これは突然変異選択説を、そしてダーウィニズムを実証するものとされて来たのである。
この実験というのは、まず抗生物質に対する耐性を持たない感受性菌を、普通寒天培地で培養してコロニー(培地上にできる細菌の集落)を作らせ、その上に殺菌したビロード布を軽く押し当て、各コロニーの生きた細菌をビロード布に移す。次に、このビロード布を再び新しい寒天培地に押し付けると、元の培地と正確に同じ位置に新しいコロニーができ上る(レプリカ・プレート法)。この新しい培地にストレプトマイシン(抗生物質の1種)を添加して培養すると、非常に低い頻度であるがコロニーを作るものが現れ、その菌がストレプトマイシンに対する耐性菌という事になる。ところが、元の普通寒天培地の同じ場所のコロニーも、同様にストレプトマイシン耐性菌である事が明らかになったのである。
ここで注意して欲しいのは、細菌をストレプトマイシンを含む培地に移して後、それに対する耐性が突然変異によって生まれたのではなく、菌がストレプトマイシンに接触する以前に、既に耐性菌が突然変異で誕生していたという点である。即ち、はじめに感受性菌の中でランダムな方向性のない突然変異が起こり、いろんな変異を持つものが生まれ、その中にたまたまストレプトマイシンに耐性のものがあったという事。そして、それがストレプトマイシンを含む培地に移される事により淘汰され、耐性菌のみが生き残りコロニーを作ったというわけである。これは自然淘汰説そのままに、耐性菌が進化して来たという事で、進化の総合説を証明する実例とされて来たのである。
しかし、実際に抗生物質を使っている病院から次々と薬剤耐性菌が見つかる様になると、こうした突然変異説ではどうしても説明できない事実が明らかになって来た。1つには、病院などの臨床の場で見つかる耐性菌と、実験室の中で突然変異を起こさせてできたものでは、同じ耐性菌と言ってもその耐性メカニズムが全く違うのである。例えばペニシリンに対する耐性を見ると、人工的に作られた耐性菌が、外側の膜を変化させる事でペニシリンを菌体内に入れない様にしているのに対し、病院で見つかるものは、菌の外へ酵素を放出してペニシリンを分解するという方法を取っていたのである。さらに、こうした違いに加えて病院の耐性菌は、遺伝学的にも突然変異とは異なる方法で耐性を獲得している事もわかって来た。そのきっかけとなったのは1952年に日本で発見された、ストレプトマイシン・テトラサイクリン・クロラムフェニコール・サルファ剤の4種類の抗生物質に対する耐性を同時に持つ、多剤耐性菌と呼ばれる赤痢菌の研究である。1種類の抗生物質に対する耐性菌が突然変異で生まれる確率は1/108とされているので、4つの抗生物質に対する耐性が同時に生まれる確率は、1/1032という自然界で起こるとは思えない低い確率となってしまう。実際、結核の治療には3者併用と言って3種類の抗生物質や化学療法剤を同時に使う事が多いが、これは結核菌が1つの薬剤に対して耐性になっても、同時に3つの薬剤に耐性を持つような突然変異は、確率的に起こり得ないという考えに基づいている。このように、理論的にはほとんど起こらないはずであるのに、病院で見つかるバクテリアは、想像をはるかに越えるスピードで多剤耐性菌になっていたのである。この多剤耐性の赤痢菌は、1958年頃から急激に増加しはじめ、5〜6年後には日本中の赤痢菌の80%以上が多剤耐性菌になったと言う。この事から多くの研究が始まり、耐性菌出現の驚くべきメカニズムが明らかにされて来た。実は病院では、細菌は耐性を獲得する為にでたらめな突然変異に頼るのではなく、既に耐性を獲得している細菌と接合し、線毛という細いパイプを通して、抗生物質に対する耐性遺伝子を直接受け取っていたのである。しかも、何種類もの抗生物質に対する耐性遺伝子が同時に伝達されている。こうした方法によってはじめて、多剤耐性菌の猛烈な増加が可能となったのである。ダーウィン理論では互いに生存競争をしているはずの細菌が、「薬に痛めつけられている仲間を救う為に」(1-21) 耐性遺伝子を融通しあっていたのである。
この細菌から細菌へと伝達される小さな遺伝子は、プラスミドの1種である事がわかっている。細菌は環状の1つの染色体を持っているが、プラスミドはそれとは別に細胞質に浮遊し自律的に増殖する小さな環状DNAで、菌の増殖に必要な情報はコードしていない為、細胞はプラスミドなしでも正常に増殖する事ができる。プラスミドは、細胞に他とは違う機能を持ち込む、付属的DNAの供給源と考えてもよいだろう。こうした薬剤耐性遺伝子を運ぶプラスミドは、Rプラスミド(Resistance)と呼ばれ、耐性遺伝子・線毛を作る遺伝子・プラスミド自身の増殖に必要な遺伝子の3つの遺伝子から成り立っている。そしてプラスミドによる遺伝子の伝達は、同種の細菌間だけではなく赤痢菌から大腸菌へ、あるいはチフス菌へと異種間でも行われる。伝えられる耐性遺伝子も、ペニシリン・ストレプトマイシン・カナマイシンなどの古いタイプの抗生物質から、ゲンタマイシン・セファロスポリンなど色々である。さらに抗生物質だけではなく、水銀・カドミウム・亜鉛・クロム・銀・砒素といった有害重金属に対する耐性遺伝子や、様々な毒素を作る遺伝子も伝達している。こうした細菌間の遺伝子の融通、あるいは共有を見ていると、細菌同士が生き残りを賭けて生存競争を闘っているというイメージとはほど遠い。(1-19)
ダーウィンの進化論では、1つの種の中には様々な変異を持った個体が存在し、こうした同種の個体間の生存競争により、生存に有利な変異を持つもののみが生き残る事を通じて進化が起こるとしている。従って、この細菌間で見られる様な生存に有利な遺伝子を持つ耐性菌が、本来ならばその劣った遺伝形質のために生存競争に敗れて淘汰されるべき感受性菌に、耐性遺伝子を送り込んで生存を助けるなどという事は思いもよらない事である。これでは自然淘汰が機能しようがない。これはダーウィン理論の前提ともなっている、生存競争の存在そのものに疑問を投げかけるものと言う事ができよう。しかも、ここで述べたような遺伝子の水平移動は決して特殊な現象ではなく、細菌の間では広範に見られるものなのである。
(注)現在、様々な薬剤耐性菌が出現しているが、そのメカニズムには次の4種類がある。@抗菌薬の不活性化、A抗菌薬の作用標的構造の変化、B細胞膜の抗菌薬透過性の減少、C薬剤の菌体外への排出。
昔は、大腸菌などの細菌は分裂によって殖えるだけで、無性生殖しかできないと考えられていた。しかし今日では、大腸菌を含めて多くの細菌で性が存在し、極めて低頻度ではあるが(約1/106)、原始的な形態の遺伝子組換えが行われている事が明らかになっている。この事は、1946年大腸菌を使った巧妙な実験によって証明された。大腸菌は通常、炭素源としてグルコースさえあれば殖えるが、突然変異によりある酵素が欠損すると、特定の必須代謝物質がないと増殖できない変異株(栄養素要求突然変異株)が生まれる。こうした変異株で、栄養要求性の異なる2種類の細菌(一方はトレオニンとロイシンを要求し、他方はビオチンとメチオニンを要求)を混合して培養すると、単独ではそれぞれの要求する栄養素の存在下でしか増殖できなかったものが、小数ながらこれらの成分がなくても生える細菌が出て来たのである。これは、2種類の変異株の間で遺伝子組換えが起こり、野生型の遺伝子を持つ遺伝子組換え体が生まれた事を意味している。また、それは大腸菌に2つの菌の染色体を混合させる、有性の時期が存在する事を示すものでもあった。これがきっかけとなって細菌の奇妙な性、遺伝子組換えのメカニズムが明らかにされて行ったのである。
大腸菌の性が発見された当初は、細菌の場合にも真核細胞と同様に、細胞の融合によって遺伝子が完全に混合され、続いて減数分裂が起こるという通常のサイクルが働いていると思われていた。しかし今では、大腸菌の性は独特なものである事がわかっている。大腸菌にもオスとメスが存在し、交配は雌雄の細菌が性線毛と呼ばれる中空の管で結合し(接合)、オスからメスへ遺伝物質が伝達される事で起こる。つまり細菌の接合では、遺伝子の伝達は常にオスからメスへの一方通行なのである。さらに特徴的なのは、オスから伝達されるのは一部の数個の遺伝子だけだという点である。これは雌雄の細胞が融合して2組の染色体を混合し、完全な2培体ゲノムを形成する真核生物の性とは全く異なっている。また奇妙な事に、オスとメスの菌を混合培養すると、間もなく総ての菌がオスになってしまう。それはオスの菌がF因子(F:fertility、稔性)という性決定因子を持ち、これが接合によってメスの菌に伝達される為で、今日ではこれもプラスミドの1種である事がわかっている(Fプラスミド)。そしてオス細胞はF+細胞、メスはF−細胞と表記される。このFプラスミドは細胞あたり1個存在し、それが持つ主染色体の1/40程度の遺伝情報には、性線毛を合成する遺伝子や転移遺伝子が含まれている。またFプラスミドは、F+の大腸菌からF−の大腸菌に伝達されるだけではなく、大腸菌以外の腸内細菌へも伝達され、他の多くの細菌からも発見されている。
オスとメスの菌が出会い性線毛を形成して接合対ができると、環状のFプラスミドは線状の複製を作り、その複製がメスの細胞に送られる。つまり、細菌の接合で伝達されるのは普通Fプラスミドだけで、他の菌染色体の遺伝子は伝達されないのである。では、2種類の栄養素要求突然変異体で起きた遺伝子組換えは、どのようにして生じたのだろうか。先に述べたように、プラスミドはバクテリアの染色体とは別に細胞質に浮遊している。ところが、このFプラスミドは非常に稀だが、時折、宿主である細菌の環状染色体の中に潜り込む事がある。この時、決まった挿入部位はなく染色体の色々な場所に組み込まれ、挿入されたFプラスミドDNAは細菌の分裂時に宿主DNAと共に複製され、子孫に伝えられる事になる。こうしてFプラスミドが染色体に組み込まれた細菌がHfr(高頻度組換え、high frequency of recombination)で、このHfr細胞がF−細胞と接合すると、通常の場合と同様にFプラスミドDNAは線状に複製されF−細胞へ移動を始めるが、今やFプラスミドは宿主染色体の大きな環の一部となっている為、細菌の主染色体全体が1本の線状DNA分子として、FDNAと一緒に性線毛を通ってF−細胞へ移動しようとする。しかし、染色体は非常に長く雄菌のゲノム全部が雌菌に移るには100分近くかかる為、実際には伝達が完了する前に性線毛が壊れてしまい、宿主染色体の一部分とFプラスミド配列の一方の端だけがF−細胞に入る事になる。ここでは、F因子の染色体の中に細菌の主染色体遺伝子が挿入された形になっている為、F−細胞にはF配列の片方しか移らないのが普通で、受容細胞はF+には形質転換されず通常はF−のままである。しかし、移動してきた細菌のDNAと受容細胞の主染色体との間で、一種の乗り換えによって遺伝子組換えが起こる場合がある。これが細菌における遺伝子組換えの基本的な機構で、この際、残されたDNAは酵素によって分解される。
また、染色体に組み込まれたFプラスミドは比較的に安定した状態で存在しているが、なかには宿主の染色体から外れて再び細胞質へ戻ってしまうものもいる。こうしたFプラスミドの中には、挿入されていた場所のすぐ隣の宿主細菌の遺伝子の一部を取り込んで来るものがある。このように宿主染色体の一部を持ったFプラスミドが、通常の接合によってF−菌へ伝達されると、取り込んだ宿主細菌の遺伝子も一緒にF−菌に運ぶ事になる。この宿主染色体の一部を取り込んだFプラスミドの事を、F′(Fプライム)と呼んでいる。F′は、サルモネラ菌・赤痢菌・肺炎桿菌などの腸内細菌の他、レイ菌・コレラ菌・ペスト菌などの全く異なる細菌にも伝達される事がわかっている。つまりF′は種の違いを越えて、いろいろな細菌に遺伝子を水平移動しているのである。これは特定の遺伝子を細菌に運び込んでいるわけで、いわば遺伝子操作をしているのと同じ事である。実際、我々も遺伝子操作である遺伝子を大腸菌に導入する際には、その運び手(ベクター)としてプラスミドやウイルスを使っている。自然は人類が行うはるか昔から、バイオテクノロジーを使っていたと言う事もできるだろう。あるいは逆に、自然のバイオテクノロジーが存在したからこそ、人類はその機構を利用する事で、遺伝子操作が可能となったと言った方が正確かも知れない。(1-21)
(注) ミトコンドリアの祖先と考えられるαプロテオ細菌は大腸菌とも近縁であるが、実はミトコンドリアの中にもプラスミドを使って遺伝的組換えを行うものが存在する。例えば出芽酵母では、配偶子が接合し細胞核が融合して減数分裂過程に入ると、約40個あるミトコンドリアとその核は接合子内で融合して、一続きの巨大な網目状構造を作り遺伝子組換えを行う。そして減数分裂が終わると、再び複数の小球状のミトコンドリアに戻る。こうしたミトコンドリアの性現象は、小さな線状プラスミド(ミトコンドリア融合プラスミド)によってコントロールされており、これを持つものだけが融合できると言う。こうした現象は、真正粘菌やクラミドモナス・ユーグレナでも見られる。(1-17)
細菌間の遺伝子の水平移動を媒介するものに、プラスミドの他にもう1つ、バクテリオファージがある。これは細菌に感染するウイルスで、この場合には遺伝子は細菌同士の接合ではなく感染によって移る事になる。
ウイルスの中には、宿主に感染してもすぐに増殖して細胞を破壊しないものがある。その場合、ウイルスは細胞に侵入してから宿主の染色体に潜りこみ、その一部となって細胞の分裂時に宿主染色体と一緒に複製されて殖えて行く。これを溶原サイクルと呼んでいる。一方、宿主に入るとすぐに細胞の代謝装置を乗っ取って増殖し、多数のウイルスを複製して細胞を溶解してしまう場合が溶菌サイクルである。溶原サイクルのウイルスも、しばらくしてから潜り込んでいた宿主染色体を飛び出し、溶菌サイクルに戻って細胞を破壊する事もある。
こうした現象は、バクテリオファージの研究から発見されたもので、細菌の染色体に潜り込んだ溶原サイクルのバクテリオファージをプロファージと呼んでいる。そしてFプラスミドの場合と同様に、このプロファージから、時々宿主の細菌の遺伝子を取り込んだバクテリオファージが出現するのである。このようなバクテリオファージ(自身の染色体は不完全か欠失しているため通常の感染性は示さない)が、他の細菌に感染すると、取り込まれていた元の宿主の遺伝子が別の細菌に運ばれる事になる。こうしたファージ粒子による細菌遺伝子の伝達を、形質導入(transduction)と呼んでいる。その際、形質導入ファージを作った宿主と感染した菌株が遺伝的に異なっていると、感染菌の中から遺伝的に変化した細菌が生まれる事になる。例えば、ラクトース(乳糖:二糖の1種)を代謝できる大腸菌株内でつくられたP1ファージの中には、ラクトースの代謝に必要な遺伝子(lac+)を持つファージが小数混じっている。このようなファージ液を、ラクトースを代謝できない大腸菌株(lac-)に加えると、小数ながらlac+型へ形質転換した菌が出現して来るのである。
(注)溶菌サイクルに入り、新しいファージが合成される時、ファージ粒子の頭部にファージの酵素により断片化された細菌のDNAが誤って取込まれる事もある(普遍形質導入)。(1-32)
(注)水中には細菌の約100倍ものファージが存在し、最も個体数が多い。琵琶湖北湖の表層水中には1mℓ当たり1億個にもなる。また海水1mℓ中には数十万個の細菌が存在するが、その数%はファージに感染していると言う。このため、湖や海洋の中で形質導入が日常的に行われているとしても不思議ではない。
細菌の遺伝子は、純粋なDNAの形で細胞から細胞へと移動する場合もある。細菌が周囲から直接、純粋なDNAを取り込むのである。このようにDNAを直接受容菌に取り込ませ、細胞内で組換えて機能させる事を形質転換(transformation)と呼んでいる。実は元々、この現象によってDNAが遺伝分子である事が突き止められたのである。
それは、イギリスの微生物学者フレデリック・グリフィスが1928年に肺炎菌を使って行った、今日では有名な実験である。肺炎菌は顕微鏡で見ると、2つの球が入った枝豆のような形をしているので双球菌の名がある。肺炎双球菌には、菌の表面がなめらかなS型菌(smooth)と、ギザギザのR型菌(rough)の2種類があり、S型菌をマウスに注射すると肺炎を起こして死んでしまうが、R型菌には病原性はない。S型菌はなめらかなゴム状の多糖類の被膜で覆われており、それが白血球からの攻撃を防ぎ、菌は増殖して肺炎を起こすのである。一方、R型菌はこの多糖類の被膜を持たない為、白血球に破壊されて肺炎は起こらない。ところが、この病原性のないR型菌に、熱で殺したS型菌(両者とも単独では無害)を加えたものをマウスに注射すると、肺炎を起こして死んでしまったのである。死んだマウスを解剖して見ると、体内は生きたS型菌でいっぱいになっていた。これはS型菌の持つ何かによって、R型菌の遺伝物質が形質転換した為と思われた。その後、S型菌の抽出物でも形質転換が起こる事が判明、その原因物質の探求が始まり、1944年それがDNAである事が明らかにされたのである。
形質転換は最初、グラム陽性菌の肺炎双球菌で観察されたが、その後多くのグラム陽性菌やグラム陰性菌でも自然に起こる事が確認された。初め、形質転換は偶発的に起こる例外的な現象で、自然界では意味がないという議論もあったが、今ではそうした主張は通らなくなっている。実際、ある種の細菌にはDNAの細胞への侵入を仲介し、関連種のDNAだけを識別して取り込む働きをするタンパク質さえ存在すると言う。つまり、細菌は自らの遺伝形質を変化させる為に、ただ偶然に身を任せるのではなく、形質転換を積極的に利用している可能性が高いのである (1-22)。実際、土壌細菌の枯草菌は、死んだり壊れたりした菌から漏れ出たDNAを細胞内に取り込み、組換えによって自身のゲノムに組み込むと言う。また形質転換は、細菌にどんな生物由来のDNAでも取り込ます事が可能な為に実験手法としても重要で、これによってヒトなど複雑な生物のDNAの研究も容易にできる様になったのである。
(注)DNAの取り込みは、増殖サイクルのある段階でコンピテンス因子というタンパク質を分泌する事で始まる。コンピテンス因子とDNAが結合できるレセプター部位は、異なる起源のDNAを認識し、離れた種属のDNAの侵入を拒絶すると言う。また大抵の細菌は、最大10断片、全DNA量の5%のDNAまで許容できると言う。(1-32)
(注)水域生態系には1ℓ当たり数十μgもの溶存DNAが存在するという。これは数十億個の細菌のDNAに匹敵する。こうした溶存DNAの多くは、細菌が原生生物などに捕食される時に放出されるが、生きた細菌からも別の機構によってDNAが放出されているらしい。水中にこのように多量の溶存DNAが存在する事は、自然界で日常的に自然形質転換が起こっている可能性を示している。(1-30)
これまで見て来たように、細菌の世界では常に遺伝子が、細菌間で相当自由かつ広範囲に交換されている。それによって細菌は、非常に効率的に高い遺伝的適応性を獲得する事が可能となっているのである。しかし、これは見方を変えると、地球に棲息するすべての細菌は、地球全体のスケールで遺伝子を交換し合う1つの巨大な有機体、生命と考える事もできるだろう。全細菌は、遊離して特殊化した細胞から成る、複雑な1つの系だという見方も可能なわけである。
細菌の遺伝子は、核を持つ真核細胞に比べると1/10程度しかない。細菌は、複製と自己保存に必要な、最小限の遺伝情報しか保持していないのである。「細菌は最小限の遺伝子しか持っていないから、どうしても代謝能力が十分でなく、たがいに助け合わないと生きられない。自然界で細菌は単独でいる事はない。どんな片隅の生態系でもいろいろな種類の細菌が一緒に棲み、お互いの酵素を寄せ合って助け合い、環境に対応し、また環境を変えて生きている。多くの細菌はチームをつくり、各遺伝子は非常に多数のコピーにより、その時期に応じて必要な酵素をつくり合って協力する。彼らのライフサイクルは互いに結び付き、1細菌の老廃物が次の細菌の食物になるという行き方で複雑な網目構造となり環境を占領し、また激しく変えて行く。膨大な数でしかも殖えたり減ったりしながら、とても1匹ではできない力を発揮する」(1-23)。細菌はいつも近くの仲間と有用な遺伝子を交換し、また必要な代謝産物を与え合い互いに助け合って生活し、全体の能率を最高に保っているのである。
このような細菌の世界は、生物は常に生き残りを賭けた生存競争を闘っており、それに勝ち残った者のみが進化できるとする、ダーウィン的世界とは全く異質なものである。ここでは理論と現実は大きく乖離している。しかし、その原因を細菌の特殊性に求める事はできない。細菌類は地球上に最初に誕生した生命であると同時に、今日でも最も繁栄している生物である。彼らは40億年の長きに渡って繁栄を続けて来た。しかも、40億年前に生命が誕生してから21億年前に真核生物が進化して来るまでの間、つまり生命の歴史の約1/2の期間は、細菌(バクテリア)の仲間しか地球上には存在しなかったのである。それに比べると万物の霊長たる人類など、わずかに約500万年の歴史しか持っていない。細菌は地球生命史の主役だったのだ。また細菌類は、地球環境を整える上でなくてはならない存在でもある。彼等の働きで、有機・無機の化合物は生物圏を循環する。水を浄化し、土地を肥えさせ、さらには反応性のガスを供給して地球の特殊な大気を保っているのも細菌である。細菌を生物界の中の特殊な存在、例外と考えるのは、いかにばかげた事かわかるだろう。
(注) 最近、地中にも大量のバクテリアが生息している事が明らかになって来た。地下数kmの岩石の隙間や節理を満たす地下水に嫌気性バクテリアが棲み、玄武岩中の鉱物と地下水が反応して発生した水素をエネルギー源に、二酸化炭素から炭素を得てメタンを生成している。しかも、地下のバクテリアの総重量は20兆トンにも達し、現存する陸地表面の動・植物相を合わせた生物体現存量をかなり上回るとも言う。こうした玄武岩と水と炭酸(溶解した二酸化炭素)があれば生存できる地下微生物の存在は、火星での生物の可能性を示す1つのモデルを提供している。
遺伝子の水平移動は、なにも細菌類に限った事ではない。実は我々、真核生物でも起こっており、これを媒介しているのがレトロウイルスである。ウイルスには遺伝物質がDNAのものとRNAの2種類が存在するが、レトロウイルスはRNAウイルスの一種で、逆転写酵素を持ちRNAからDNAに逆転写する事ができる。細胞に侵入すると、まず自分のRNAから複製したDNAを宿主染色体のDNAに挿入し、それを鋳型として宿主細胞の機構を使い、子ウイルスのRNAゲノムを合成するのである。このように、宿主染色体に組み込まれたレトロウイルスの2本鎖DNAを、プロウイルスと呼んでいる。こうして作られたRNAの子ウイルスゲノムは細胞膜へ移動し、そこから出芽によって子ウイルスが放出されるのである。一方、宿主細胞は生き続け、無限にウイルスを生産し続ける事になる。また、宿主染色体に組み込まれたプロウイルスは、宿主の遺伝子と同じ様に細胞が増殖する度にコピーされ殖えて行く。この為、ウイルスが生殖細胞(精子または卵細胞になる予定の細胞)に感染すると、そこでできたプロウイルスは、あたかも細胞の正常遺伝子であるかのように子孫に受け継がれて行く事になる(内在性プロウイルス)。
こうしてプロウイルスとなったレトロウイルスは、再び宿主から飛び出す事がある。その時、宿主の遺伝子の一部を一緒に持ち出す場合があるのである。そして、このようなレトロウイルスが別の生物に感染しその染色体に入り込むと、前の宿主の遺伝子を別の生物に運び込むという事態が起こる。さらにその相手が生殖細胞の場合には、レトロウイルスが持ち出した遺伝子が別の生物の子孫にまで伝えられる事になる。これは自然界の遺伝子操作という事もできるだろう。実際、バイオテクノロジーではこの性質を利用して、レトロウイルスをベクター(遺伝子の運び手)として使っているのである。
このレトロウイルスによる、遺伝子の水平移動の衝撃的な実例がガン遺伝子である。ガンの原因の1つはウイルスで、現在では多くの動物やヒトでガンウイルスが見つかっているが、このガンウイルスから1969年にガン遺伝子が発見された。ガンウイルスによって運び込まれたガン遺伝子が、宿主の正常細胞をガン化させるのである。ところが驚いた事に、正常な細胞にもガンウイルスの持つがん遺伝子とそっくりの遺伝子がある事がわかった。正常細胞の成長因子やそのレセプターを作る遺伝子と、ガン遺伝子がほとんど同じだったのである。例えば、ニワトリ赤芽球病のガン遺伝子は、上皮細胞の成長因子のレセプター遺伝子の一部とほぼ同じ構造をしている。またサル肉種ウイルスのガン遺伝子は、血小板の増殖因子の遺伝子とよく似ている。トリの骨髄球症ウイルスやマウスの骨肉種ウイルスのガン遺伝子は、細胞増殖のリズムを調節する遺伝子でもある。ガン遺伝子は、正常細胞が増殖するのに欠く事のできない、成長因子あるいは増殖遺伝子だったのである。ただ、これらの遺伝子は正常細胞の中ではしっかり調節されており、それが制御不能になった時にガン細胞が誕生する。ガン遺伝子が、酵母のような下等な生物にも存在するのは、それが生物の増殖・成長に欠く事のできない増殖遺伝子だからなのである。すでに、20種類を越すガン遺伝子が見つかっている。また、ガンウイルスのほとんどはレトロウイルスで、これによってガン化されたガン細胞の染色体には、レトロウイルスがプロウイルスの状態で組み込まれている。1976年、J.ビショップとハロルド・バーマスは、ガン遺伝子が元々はガンウイルスの遺伝子ではなく、正常細胞からウイルスの中に持ち込まれた遺伝子である事を突き止めた。それによると、初めにあるウイルスが正常細胞に感染し、染色体のなかに入り込む。そして、そのウイルスが宿主から飛び出す時に、宿主染色体の中にあった増殖遺伝子(ガン遺伝子)を取り込み、そのまま持ち運ぶ様になったのがガンウイルスだと言うのである。この驚くべき発見に対して、1990年ノーベル医学賞が与えられている。
また1985年、京都大学の宮田隆は、レトロウイルスが生物進化に重要な役割を果たした可能性を示す新事実を発見した。ネズミとウイルスの遺伝子の塩基配列の比較から、ネズミの免疫グロブリンE結合因子をつくる遺伝子が、ハムスターに感染するIAPというウイルスの遺伝子とほとんど同じ事がわかったのである。これはウイルスが、自分自身の遺伝子や宿主のハムスターの遺伝子をネズミに持ち込んだという、単純な遺伝子の水平移動ではない。今ではハムスターに感染するIAPウイルスが、はるか昔にネズミに感染してそのDNAに潜り込み、宿主遺伝子と共に遺伝しているうちに宿主の新しい遺伝子となってしまった。つまり、IAPウイルスの遺伝子は新たに入り込んだネズミの中で、免疫グロブリンE結合因子を作る、全く新しい遺伝子へと生まれ変わった事を示しているのである。
こうして見て来ると、生物では細菌・真核生物を問わず、プラスミドやレトロウイルスを介して、種内どころか種の違いまで越えて遺伝子の水平移動が広範に行われている事がわかる。実際、ヒトゲノム計画からヒトと細菌類にしか存在しない遺伝子が200個以上も見つかり、その中にはドーパミンやセロトニンなど神経伝達物質の代謝に必要な遺伝子も含まれると言う。これらは現在までに全ゲノムが決定された酵母・線虫・ショウジョウバエなどの生物にはない遺伝子で、これは脊椎動物の進化の過程で感染した細菌やウイルスのゲノムの一部が取り込まれ、今日まで使われてきた事を示している。
このような遺伝子の水平移動は、生物の進化にも大きな影響を与えて来たものと思われる。考えて見ればすぐにわかる事だが、ランダムに起こる突然変異によって、新しい機能を持つ遺伝子が偶然に誕生するのをただじっと待っているよりも、他所から既にでき上がった遺伝子を借りて来る方が、はるかに早く効果的に進化する事が可能なはずだからである。細菌が、抗生物質に対する薬剤耐性を、我々の想像以上のスピードで獲得する事ができたのはその為であった。実際、こうした事から「進化はウイルス性の伝染病である」という、ウイルス進化論まで提唱されているのである。それによると、「ウイルスは無生物で、進化のために遺伝子を運搬する生物の細胞内小器官、すなわちオルガネラである」(1-21) という事になる。生物は、我々の想像を越える、非常に複雑な進化のメカニズムを持っていると考えた方が良さそうである。過去、幾度となく繰り返されて来た地球環境の激変の中で、生物は短期間に自己の形質を変化させ、変動する環境に適応して生き延びて来た事を考えると、生物が進化の遺伝メカニズムそのものを進化させて来たとしても何の不思議もないだろう。生物が自らの遺伝情報の中に、進化の為のメカニズムを持っているとするならば、進化とは生物の在り方、その不可分の本性と言う事もできよう。今日なお、生命は我々の想像をはるかに越える、複雑さと能力を持っているのである
(注)今日、地球上に最初に誕生した生命は海底の熱水噴出口や温泉に棲む好熱性の細菌であったと考えられているが、こうした系統の古い細菌にもプラスミドが存在し、温泉から細菌に感染するウイルスも見つかっている。おそらく生命誕生の初期の段階から、原核生物間で頻繁に遺伝子の交換が行われ、その進化に重要な役割を果たしてきたものと思われる。
偶然に起こるランダムな方向性のない突然変異により、遺伝子DNAの塩基配列が変化し、これも全く偶然にそれまでより優れた機能を持つ遺伝子が生まれ、それが生存競争を通じて自然選択され、より優れた遺伝子が集団内に蓄積して行く事で進化が起こるとするダーウィン派の理論は、あまりに現実からかけ離れたものと言わなければならない。遺伝子を盛んにやり取りし、変化する環境に効果的に適応している生物の世界から見ると、それはあまりに単純で原始的である。それはまた、単なる偶然に身を委ね、自ら積極的に環境に関ろうとしないという点で受け身的である。生物は一体いつから、このような受動的な存在になったのだろうか。またダーウィン理論では、生物と環境との複雑な相互作用が欠落してしまっている。そこでは、生物は外部環境とは独立に、ランダムに起こる突然変異によって自律的にその遺伝形質を変化させて行く。そして、偶然に環境に適応した変異を持つものが生まれれば、生存競争に生き残ってその変異を子孫に伝えて行くとする。ここでは、生物の方は生物だけで外部環境とは関係なく変化し、遺伝子と外部環境は互いに独立して影響を及ぼし合う事がなく、ただ生存競争を通じてのみ関係する事になる。しかし、現実の世界では生物同士は言うまでもなく、生物と環境も複雑に絡まり合い、互いに影響を及ぼし合いながら存在し進化して来た。今日の地球環境それ自体、多くの部分は生物自身が生み出して来たものなのである。生物は常に、積極的に環境と関り合う事を通じて自己を変化させ、同時に環境そのものをも変革して来たのである。それによって初めて、この驚くべき多様性に満ち複雑に絡み合った生態系、いたる所に生命の満ち溢れた地球が誕生し得たのである。
元々、偶然に起こる突然変異により優れた性質を持つ個体が出現するなどという事は、ほとんど起こり得ない事である。遺伝子DNAに起こる突然変異というのは、いわばワープロでキーを打ち間違える様なもので、1文字変わったからといって、より優れた新しい文章ができるとは考えられない。むしろ全体の調和を破り、文章を台無しにしてしまうのがおちだろう。事実、大部分の突然変異は有害なものである事が知られている。現在まで、生存競争に有利に作用する様な突然変異は、ひとつとして見つかってはいない。さらに、生物の種の壁を越えて、新しい種が誕生する様な突然変異などは皆無なのである。繰り返し遺伝の実験に使われて来た小さなハエのショウジョウバエは、X線を照射する事で今までに何百万匹もの突然変異が人工的に生み出されて来たが、なんとか適者と判定されたのはわずか2例のみと言う。しかもこの2例も、普通のハエに比べて格別に優れているというわけではなく、逆に大部分の突然変異は生存に適さない不適者であった。
さらに突然変異自体が、放射線などにより偶発的に引き起こされるといった、単純なものではない事も明らかになって来た。レトロウイルスは、感染すると自分の遺伝子のDNAコピーを宿主染色体の中に挿入する事は先に述べたが、それが宿主遺伝子の内部に挿入されると、その遺伝子は全体性を損なわれ不活性化して機能しなくなる。同様の事は、トランスポゾン(動く遺伝子)と呼ばれる、DNAからDNAへと自由に移動できる転移性遺伝要素によっても引き起こされる。そして驚いた事には、過去数十年に渡って熱心に研究されて来た点突然変異と言われるものの多くは、実は遺伝子を破壊するレトロウイルスとトランスポゾンによって、引き起こされた変異である事がわかって来たのである (1-22)。モーガンの有名な、白眼のショウジョウバエの変異体もそれに含まれる。また、AIDSを引き起こすエイズウイルス(HIV)もレトロウイルスであるが、その遺伝子挿入によって免疫系の鍵となるリンパ球の機能が破壊される結果、免疫機能が損なわれるのである。つまりレトロウイルスとトランスポゾンは、そのゲノムを宿主のDNAに挿入する事によって遺伝子の発現を変化させたり、その機能を破壊する事ができるのである。さらにトランスポゾンは、その挿入された遺伝子を不活性化するだけではなく、もともと不活性だった遺伝子を逆に活性化させる場合もあると言う。即ちトランスポゾンは、遺伝子の発現をON・OFFするスイッチの様な働きをするのである。このような機能を持つトランスポゾンは、生物進化のメカニズムを考える上で極めて重要な要素になると思われる。
また、自然淘汰の効果自身にも問題がある。ダーウィンは、作物や家畜の品種改良において、育種家による人為淘汰が目覚ましい成果を上げている事から類推して、自然淘汰説を思い付いたと言われている。しかし、育種家にはよく知られている事だが品種改良には限界があり、ある性質を伸ばそうと代々選択して行っても、最初の間は順調に進むが、すぐに限界に達しそれ以上の改良は不可能になる。そしてさらに選択を続けると、遂にはその系統は不妊となり死滅してしまうのである。いわば、種の障壁ともいえる様な限界が存在するのであって、選択による品種改良はその限定された許容範囲内でしか有効ではないのである。種にはある決まった範囲の変異性が存在し、それが人為的に一方向に極端に推し進められると、別の面に歪みが生じると考える事もできよう。だから、その限度内では多くの品種改良がなされて来たとはいえ、コムギは依然としてコムギであって、それがグレープフルーツになったりはしないのである。例えば、人間は14000年にも渡ってイヌの育種を続け、様々な品種を作り出して来たが新しい種は1つも作れなかった。イヌの品種は、すべて交雑可能な1つの種に属しているのである。これは人為的に突然変異を誘発させた場合でも同じである。ショウジョウバエは、1910年頃から休まずに続けられて来た遺伝実験で、突然変異を誘発するX線その他の処理を受けながら、何千世代にもわたって継代飼育されて来た。そうした実験で、翅がねじれたり、退化したり、全くないといった様々な変異が作られたが、どれも皆ショウジョウバエである事に変わりはなく、ハエがカマキリやチョウに変わったりはしなかったのである (1-1)。しかし考えて見れば、このような種の障壁が存在するのはむしろ当然で、もしこうした種間の境界を形作るものがなければ種は際限なく変化を続け、種自体がすぐに崩壊してしまう事になろう。変異に種固有の限界があるからこそ、無数に近い多様な種が、地球上に安定的に共存する事が可能なのである。また「生きた化石」と言われるものの様に、何億年もその形態をあまり変化させずに、種を維持する事もできるというわけである。しかし逆に考えると、進化の為にはこの種の障壁を乗り越える何等かの手段、メカニズムが必要という事にもなろう。それは生物の遺伝情報の中に書き込まれており、何等かの環境変化やそれが生物に及ぼす影響等が刺激となって、この進化の機構が始動するといったものかも知れない。生命の持つ底知れない能力と可能性、そしてその生み出すあまりに複雑で多様な生態系を見るにつけ、生物が単に偶然に依存しそれに左右される受動的な存在ではなく、環境の変化に自ら積極的に立ち向かい適応しようとする能動的存在であって、また其の為の機構をも進化させて来たと考えるのは、私一人だけではないだろう。この進化の機構については、後でもう一度取り上げる事にしよう。
また人為淘汰による品種改良には、もう1つ重要な問題が存在する。ダーウィンは、イギリスの育種家がイヌやウマの新品種を作り出す方法を研究したわけだが、このような「品評会の動物を作る育種にはいくつかの問題がある。育種家はその動物の母と子、あるいは兄弟同士を掛け合わせる同系(近親)交配を行うため、品評会で優勝した親にそっくりな子も生まれやすいが、金になる近道を取った事の代償も支払わされるのだ。それは、非常に深刻な遺伝病や気性の悪さ等の問題が子孫に急増することである。これに対し、家畜やその他の使役動物では、身体的にも精神的にも融通性が高く、かつ生命力の旺盛な形質を維持するために異系交配、つまり類縁の遠い系統間での交配が利用される。これは農業用の植物でも同じである。これらの動植物は、一般に多様な環境条件の下でも生命力や持久力や融通性(適応性)を発現できるように育種される。・・・・・・ 実際、近代農業の基盤となった雑種強性はみな、このような異系交配によって作り出されたものである」(C.ヒューガニン)(1-24)。このことは、生物にとって重要なのは常に変化する環境に適応する能力であって、そのためには自然淘汰によって優れた形質を持つものだけを選び出し、劣ったものを排除するのではなく、反対に様々な形質のものを共存させ多様性を維持する事こそ必要であり価値があるという事を示している。元々、絶対的に優れた形質などは存在しない。何が優れた形質かは、その生物が生息する環境によって異なるはずである。誕生以来、繰返し環境の激変に見舞われて来た地球上の生物にとって重要な事は、取り得る形質の幅を広げておく事であり、そのためには劣った様に見えるものを競争によって排除するのではなく、弱者も含めて種の多様性を維持する事である。生物界で大事なのは、生存競争やそれに基づく自然淘汰ではなく、多様な生物が共存している事なのである。この多様性の問題についても、後でまとめて取り上げる事にしよう。
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トランスポゾンは、どのようにして遺伝子の発現に影響を及ぼすのだろうか。遺伝子は共通の発現調節を受ける、オペロンと呼ばれる単位を構成している事が知られている。オペロンにはプロモーターという特別なDNA配列があり、そこにRNAポリメラーゼ(RNA合成酵素)が結合する事で、RNA合成が開始される。このプロモーターの中にトランスポゾンが挿入されると、RNAポリメラーゼが結合できなくなり、遺伝子の発現が阻害されるのである。逆に、不活性だった遺伝子がトランスポゾンの挿入によって活性化するのは、トランスポゾンの両端にある領域が強力なプロモーターを含んでいる場合で、これが効果的な転写開始シグナルとなり、遺伝子の発現が盛んになるのである。
トランスポゾンは遺伝子の発現を変化させるだけではなく、遺伝子をそっくり移動させる事によっても、進化で重要な役割を果たして来たと考えられる。例えば、先に紹介した細菌の抗生物質に対する薬剤耐性も、耐性遺伝子を持ち運ぶトランスポゾンによって担われている事がわかっている。異なる耐性遺伝子を持つ複数のトランスポゾンが、1つのプラスミドに集合する事により多剤耐性プラスミド生まれ、その伝達によって複数の抗生物質に耐性を持つ多剤耐性菌の急増が可能になったのである。
また、トランスポゾンとレトロウイルスは、多くの類似点を持つ事もわかっている。レトロウイルスの内在性プロウイルスは、トランスポゾンと同様の、末端に繰返し配列を持つ特徴的な構造をしている。「最初、ウイルスに関連した核酸としてではなく、DNAの構成成分として見つかっていたら、プロウイルスはおそらくトランスポゾンと呼ばれていただろう」。反対に当初、真核生物の転移因子とされていた色々の因子が、LTR構造(long terminal repeat:長い末端繰返し配列)や機能から、プロウイルスの特徴を備えている事もわかって来た。これらの因子の代表は、ショウジョウバエのコピア様因子や酵母のTy因子で、レトロトランスポゾンと呼ばれている。両因子ともレトロウイルスと事実上同一の機構で重複し、挿入を起こす事が知られており、恐らく唯一異なるのはレトロトランスポゾンが、細胞外ビリオン(ウイルス粒子のこと)にならないという点だけである。(1-22)
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ダーウィン派の進化理論は、ランダムに無方向に起こる突然変異と、生物間の生存闘争という2つの仮定の上に成り立っている。これまで見てきた細菌間の遺伝子の水平移動などは、生物界における生存闘争の意味に疑問を投げかけるものであったが、もう1つの仮定である突然変異のランダム性・無方向性についても、近年それに疑問を呈する事実が明らかとなって来た。
ダーウィン派の言う突然変異の無方向性とは、突然変異は環境とは関係なくあらゆる方向に、ランダムに起こるというものである。突然変異が生物にとって適応的な意味を持つのは、自然淘汰によってより環境に適応した遺伝子が選択され、その頻度が世代と共に増大する事による。一見、環境に良く適応している様に見える生物でも、その進化は初めから予定調和的な目的因が働いたのではなく、先に無方向な突然変異が起こり、後にその中から自然淘汰によって適応的な変異が選り分けられ、それが遺伝によって子孫に伝えられる事で、より環境に適応した生物が進化して来たと見るわけである。もし、初めから適応的な突然変異を起こす事が可能なら、後で適応的な変異を自然淘汰によって不適応なものから選り分ける必要はないわけで、自然淘汰そのものの存在価値を否定する事になろう。
ところがこの理論に反して、増殖困難な条件下に置かれた細菌(静止菌)で、環境の変化に合わせた適応的な突然変異が高頻度に起こる事が確認されたのである。従来、微生物の突然変異に関する実験では、充分な栄養状態で盛んに増殖する理想的な環境下の細菌を用いて行われて来た。そうした状態で観察される突然変異は、伝統的な理論通り、外界の条件に関係のない無方向なものであった。しかし、自然状態では実験室で観察される様に、細菌が大集団で勢いよく増殖するといった事はごく稀にしかない。多くの場合、これらの細菌は劣悪な環境下で何とか生き延びようと、次の良い機会が来るまで増殖もせずにじっとしているのである。ハーバード大学のジョン・ケアンズらは、こうした自然状態にある細菌に適応的突然変異が起こり得るかどうかを明らかにするため、エネルギー源として代謝不能な化合物だけ与えられて増殖できずにいる細菌が、それを利用可能になる様な適応的突然変異を、偶然に起こる確率を越えて多発させる事ができるか調べたのである。多くの細菌は、寒天培地上で栄養不足により増殖できない状況に置かれても何週間も生き延び、やがてその中から再び盛んに増殖を始める突然変異体のコロニーが現れて来る。しかし、通常それにはかなりの時間が必要で、これまでそんな古い細菌のコロニーは、興味を持たれる事もなく捨てられていたのである。盛んに増殖している細菌については、こうした適応的突然変異の頻度は非常に低い事が繰返し確かめられて来た。ところが静止菌(多くは突然変異により増殖不能となった細菌)では、適応的突然変異が予想を越える高頻度で起こる事が観察されたのである。時には、増殖する細菌より何桁も高い頻度で発生し、著しい例では1兆倍にもなるという。なかには、存在する細菌細胞群で40%・100%などの高い確率で起こる事が観察された例もある。しかも、この現象は正確に適応的で、細菌の状態が好転しない様な突然変異の発生率には変化は見られないと言う。
こうした静止菌における適応的突然変異の多発現象は、様々な実験で確認されている。例えば、β・グルコシド(サリシンなど)しか栄養源のない寒天培地(選抜培地)を使った実験では、大腸菌がこれを代謝可能になるには、2つの突然変異が起こる必要がある。1つはβ・グルコシド利用遺伝子(bgl)の中に潜り込んでこれを不活性化している介入配列の切り出しであり、もう1つはbgl 調節遺伝子による抑止を解除する点突然変異である。増殖細胞では、bgl 切り出し突然変異が起こる確率は4×10−8、調節遺伝子の点突然変異の確率は2×10−12以下で、従って、2つの突然変異が同時に起こる確率は8×10−20以下と極めて低い値となる。しかし、サリシン選抜培地に菌をまくと、増殖はできないが2週間程で、10−8の頻度でサリシン利用突然変異株が出現する。これは増殖菌の場合の1兆倍(1012)に近い。しかもサリシンに無関係の他の突然変異は、何の増加の兆候も示さないのである。また初めの8〜12日に、1〜10%の割りでbgl 切り出し突然変異のみ持った細菌が現れるが、こうした菌はまだサリシンが利用できず、次の突然変異が起こるまでは自然淘汰上有利とはならない。しかし既にこの段階で、増殖菌の100万倍も高い突然変異発生率を示し、そのうえこのような切り出し突然変異が起こるのは、サリシン選抜培地に置かれた細菌だけなのである。
こうした適応的突然変異の異常な昂進は、突然変異の分子的機構とは無関係である。例えば、不活性化した構造遺伝子(タンパク質をコードする遺伝子)の塩基置換による野生型復帰突然変異でも、塩基の欠落や挿入による遺伝暗号の読み枠のずれを修正する戻り突然変異でも見られる。また、調節遺伝子(他の遺伝子の発現を調節する遺伝子)により不活性化していた遺伝子を、再活性化する例も知られている。そして、自然の遺伝子だけではなく、人工的に遺伝子をつないで不活性化したものについても再活性化が起こると言う。これらの例から、静止菌における適応的突然変異は、遺伝子や突然変異の種類に関係なく起こる事が分かる。しかも、適応的な突然変異の発生率だけが昂進しているのである。アミノ酸合成遺伝子の戻り突然変異では、DNA配列の適応的変化のみが選択的に起こったと言う。また、変異の効果が最初は現れず2回目の突然変異で初めて適応的変化が現れる場合でも、即ち自然淘汰の働く余地のない時にも、その発生率は非常に高くなる。つまり、静止菌では突然変異は無方向にでたらめに起こるのではなく、菌の生存に有利な方向に選択的に多発するのである。適応的突然変異は、菌にとって必要なDNAの変化だけを狙い撃ちにするように特異的にその発生率を高め、それによって細菌を窮状から救うものと言う事ができよう。それは決して全体的な突然変異率の上昇によるものではない。細菌は、環境の悪化で増殖困難な静止状態や生死の危機に直面すると、その持てる潜在的な遺伝能力を総動員し、適切な突然変異を起こして効果的に窮地から抜け出そうとするのである。(1-20)(1-25)
細菌の様に単純な生物でも、困難に直面すると、ただランダムに起こる突然変異によって偶然に適応的変異が現れるのを待つのではなく、積極的に突然変異を起こして困難を打ち破ろうとしているわけである。しかも、その突然変異が適応的な方向性を持つ事は、細菌と周囲の環境との間に複雑な相互作用が存在する事を暗示している。こうした事は、自然淘汰というダーウィン派の機械論的な理論は、細菌の様な原始的生物にとっても、あまりに単純すぎ非現実的であるという事を意味している。細菌の方が、ダーウィン派が考えるよりはるかに複雑な進化をし、またそのメカニズムを獲得して来たと言う事ができるだろう。
適応的突然変異の多発現象で注意すべき点は、新しい性質の出現は、遺伝子がまるまる新生した為ではない事である。特定の栄養素を必要とした時に起こる野生型復帰突然変異の例で見たように、元々細菌には適切な遺伝子が不完全または不活性な形で含まれており、適応的突然変異はその不活性状態に置かれていた遺伝子を活性化させ、必要な酵素を作り出すようになっているのである。したがって適応的突然変異が起こる為には、元から細胞に必要な遺伝情報が存在していなくてはならない事になる。細胞が本来持っているが発現していない、言わば「隠れ遺伝子」(1-20) である。しかも細菌だけではなく真核生物にも、こうした隠れ遺伝子と見られるものが存在している。例えば、脊椎動物の赤血球に含まれるヘモグロビン。これはマメ科植物にも存在し、レグヘモグロビン(レグはlegume、マメの意味)と呼ばれ、根瘤で窒素固定反応に必要な無酸素状態を作るのに使われていた。ところが、窒素固定の機能を持たない一般の高等植物にもヘモグロビン遺伝子は存在し、しかもほとんど機能していないと言う。さらに驚くべき例に、トリの歯がある。トリの祖先とされる始祖鳥に歯があった事は良く知られているが、現生のトリには歯は存在しない。しかし、トリにも歯のホウロウ質を作るエナメルタンパク質の遺伝子がちゃんと存在しており、哺乳類の結合組織の誘導によってこの遺伝子を活性化させると、エナメルタンパク質を実際に作る事ができると言う。これは1億数千万年にも及ぶ鳥類進化の歴史の中で1つの遺伝子が不活性化し、しかも適当な刺激があれば機能できる状態で、その構造が維持されて来た事を示している。
このように細菌から高等生物に至るまで、ゲノムにはその生物が今必要とする遺伝子だけではなく、多くの潜在的な隠れ遺伝子が含まれている可能性があるのである。そして、生物には現在顕している性質だけではなく、それを様々に変化させる遺伝情報が既にそのゲノムに含まれており、ただそれらは表現されない様にその発現が抑えられているという考え方もできる。そうすると生物の進化は、特に多細胞生物の進化は、既に存在している遺伝子の発現をコントロールして、それを適当に組み替える過程と見る事もできよう。さらにこの考えを推し進めると、「生物の系統発生で繰返し現れる一見新しい形質は、その時々に獲得されたものではなく、隠れ遺伝子がまた表に出てきた、と解釈することもできる」(柴谷篤弘)(1-20)。良く似た環境に適応し、同じ様な生態的地位を確立した類縁のない異なる種に良く似た形質が現れる収斂進化にも、こうした遺伝子が働いているのかも知れない。このように考えてくると進化の多くが、特に5億4500万年前のカンブリア紀以降、即ち現在地球上に存在する動物門のほとんどがわずか2000〜3000万年間に出揃ったと言われる、カンブリア爆発以降の多細胞生物の進化の基盤は、既に生物の持つ遺伝情報の中に備わっていて、その後の進化は、生物が自らの中に持つ様々な遺伝子を何時・何処でどのような順序で発現させるか、そのパターンを変更する事によって生み出されて来たと見る事もできよう。
また、「進化とは生態による発生の制御である」とも言われる。視点を変えれば、進化とは発生プログラムの変更、又は新たな付加と考える事ができる。ヘッケルの有名な、「個体発生は系統発生を繰り返す」で要約される生物発生原則は、発生が先祖の成体の形態を発生過程でそのまま繰り返すという意味では誤りであるが、過去の胚段階を反復すると言い換えれば今日でもその正しさを失ってはいない。この反復説は、生物学界では長らくタブー視されて来たが、J.グールドの言う様に、そこには人を引き付け生命の神秘を垣間見せてくれる何かが存在する (1-26)。なぜ生物は、過去の胚段階を繰り返さなければ発生できないのだろうか。それはおそらく、生物が過去の進化の歴史を通じて作り上げてきた発生の遺伝プログラムを繰返し利用し、そのプログラムの最後の部分を書き換えあるいは付加する事によって新たな発生プログラムを作り、進化して来た事を意味している様に思われる。言わば、コンピュータソフトを書き換える様に発生プログラムを変更する事で、多細胞生物はごく短期間に形質を変化させ、進化する事が可能になったのではないだろうか。例えば、北東オーストラリアの大珊瑚礁に固有の驚くばかりに多様な生態系は、わずか50万年程の間に進化して来たものだと言う。また、東アフリカ地溝帯の大湖沼群で著しい適応放散をして来たシクリッド類(スズキ目カワスズメ科の魚、口内保育で有名)は、DNAが極めて良く似ている事から、1つの祖先から同じ湖の中で、最近の20万年間というごく短期間に種分化を遂げた考えられている。このような短期間での急速な進化は、突然変異と自然淘汰といった、偶然に頼った方法では不可能である事は言うまでもない。そうではなく、生物は一生涯表現する事のないほどの多様な遺伝的可能性を元からそのゲノムの中に持っており、必要な時に今まで発現を抑制されて来た無数の遺伝子の中から適切な遺伝子を活性化し、あるいは発現する遺伝子の組み合わせを変える事により、環境の変化に合わせて自らを変化させ進化して来たのではないだろうか。
(注) アフリカ最大の淡水湖であるヴィクトリア湖は、湖底の堆積物から第四紀最後の氷河期には完全に干上がっていたと言う。これが事実とすると、この湖の数百種のシクリッドは、わずか1万2000年という短期間で進化した事になる(1-27)。またコイ科も劇的な適応放散を行う事で知られるが、フィリピンのラオナ湖では、わずか1万年程の間にコイ類の唯一の侵入種から13種が種分化し、その内の5種は4つの新属に含まれると言う。
また、そうだとすると生物にとって大事なのは、今は不用と思われる様な役立たずの遺伝子でもすぐに淘汰して捨ててしまうのではなく、様々な遺伝子を持ち続けその多様性を維持する事であろう。自然淘汰説の言うように劣った遺伝子を排除する事は、進化を生むのではなく逆に遺伝子の多様性を失わせ、進化の可能性を摘み取ってしまう事になるはずである。生命は激変する環境に適応し進化して行く為に、様々な可能性を秘めた遺伝子を保持し、それを繰返し再利用してきた。確かに、使われなくなった遺伝子を偽遺伝子として機能停止させる事もあるが、これには長い時間がかかるわけで、いわば淘汰が終わった後、あるいは淘汰とは無関係に行われているものである。生命は、人類の使い捨て文明とは無縁と言うべきだろう。
事実、最近のゲノムプロジェクトは、生物の多様性が想像以上に大きい事明らかにして来た。ゲノム解析された微生物の持つ遺伝子の多くが、これまで知られていない新奇な遺伝子だったのである。調べ尽くされた感のある大腸菌でさえ、遺伝子の40%以上が未同定の機能不明の遺伝子であった。また、各生物に固有の遺伝子も予想以上に多く、微生物が持つ遺伝子の1/4は固有のタンパク質をコードしていると言う。そして、系統が離れるほど共通の遺伝子の割合も減少する。例えば、大腸菌と共有するタンパク質の割合を見ると、インフルエンザ菌では約80%、シアノバクテリアやマイコプラズマで50%、古細菌では30%、真核細胞の出芽酵母になると20%にまで減ってしまう。これらの事実は、遺伝子の進化速度がこれまで考えられていたよりはるかに速く、またダイナミックに変化して来た事を物語っている (1-28)。こうした微生物ゲノムDNAの驚くべき柔軟性と多様性は、突然変異選択説の誤りをも示している。突然変異さえ起これば幾らでも多様な遺伝子が生まれる様に思えるかも知れないが、後で詳しく述べるが大概の突然変異は遺伝子を不活性化するだけで、それによって新しい機能を持つ遺伝子が誕生する事はほとんどなく、突然変異で遺伝子の急速な進化と多様性を説明する事は無理なのである。
また、我々ヒトのゲノムDNAは約30億の塩基対から成るが、そのうち約3〜4万個と言われる遺伝子そのものは全体の1.5%程を占めるに過ぎず、残りの98.5%は何をしているのか、いまだに良くわかっていない。その総てが、意味があるとは言えないが、我々は現実に表現されている以上に、はるかに多くの遺伝的可能性を持っていると考えた方がよさそうなのである。