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マントル・プルームが地球環境の周期的寒冷化を引き起こし、それに伴って生物の大量絶滅が起きている事が分かったが、次に両者の関係をさらに詳しく見ておこう。
中生代末の大絶滅では、数百万年の時間をかけて恐竜の種類が徐々に減少して行った。これは見方を変えると、生態系の多様性が減少して行った事を意味している。生物は単独では生きて行けない。単細胞のバクテリアから多細胞の植物や動物に至るまで、総ての生物は互いに影響し合い、相互に依存する複雑に絡まり合った生態系を形作る事で生存しているのである。そして「生態系が健全で、絶滅の危険から十分に守られている時、1つの属だけが優位になるという事はない」(2-6)。草食動物と肉食動物、それぞれの生態的な分野にほぼ対等の多くの属が共存して、多様な生態系を形成しているものなのである。カナダのアルバータ州に見られる白亜紀後期の3つの地層中、最も古いジュディスリバー層から発見される数百体の恐竜化石がまさにそうで、主な役割は必ず複数の恐竜の属によって分担されていた。そこでは、コリトサウルス・ランベオサウルス・プロサウルスの3種類の大型カモノハシ竜が存在し、また角竜の仲間もセントロサウルス・カスモサウルス・スティラコサウルスの3種類の属が共存していた。ジュディスリバーの恐竜達は、豊富な種類で均衡のとれた生態系を作り上げていたのである。ところが、その上のスコラード層では一転して非常に不均衡な状態になる。カモノハシ竜の1属のサウロロフスが大型動物の75%を占め、他の動物の個体数は非常に少ないのである。そして、同様な均衡の低い状態は次のエドモントン・ヘルクリーク層にも引き継がれ、この時代トリケラトプスの1属だけで大型恐竜の70〜80%を占め、こうした平衡を欠いた状態が絶滅前の200万年間も続いたのである。ロバート・バッカーによると、この白亜紀末の大量絶滅で見られたパターン、即ち、絶滅の数百万年も前から生態系の均衡が崩れ始め、最後に絶滅に至るというパターンは、はっきりと記録の残っているどの大量絶滅にも同様に認められると言う。その典型的な例が、ペルム紀末タタール期の剣歯虎に似た哺乳類型爬虫類の大型肉食動物、ゴルゴン類の絶滅で、当時の生態系には豊富な種類の動物群が繁栄した時期、次に生態系の平衡状態が崩れて行く時期、そして最後にゴルゴン類が完全に姿を消した絶滅期の、典型的な3段階の推移が認められると言う。
このように見て来ると、大量絶滅とはただ単に多くの生物種が同時に絶滅したというだけでなく、その時代に繁栄した生物すべてをひっくるめた、生態系そのものの崩壊を意味しているという事が分かるだろう。
では生態系は、どのようにして形成されるのだろうか。現在、地球上には記載された既知の生物だけでも約150万の種が存在する。そして、実際には少なく見積もっても、1000万を越える生物種が生存していると言う。昆虫だけで3000万種は生息しているという推定もある。このように、無数ともいえる生物種がこの地球上に存在する事から、その間で激しい生存競争(種間競争)が繰り広げられていると考えても不思議ではない。いわゆる弱肉強食の世界である。しかし、実際には競合する種同士はその生息環境を巧みに分け合って生活し、無用な競争を避けているのである。これを棲み分けとか食い分けと呼んでいる。ごく当たり前の事だが、個々の生物にとって競争は避けた方が常に有利だからである (3-1)。周囲の無数の生物と関り合いながら生きている生物にとって、競争や闘争に無駄なエネルギーを使う事なく、互いに共存できればこれほど都合の良い事はない。このように、生態系を分け合って生活するそれぞれの種が占める特有の生息場所、生息環境における位置の事を、生態的地位(ニッチ)と呼んでいる。
ニッチの分化は、自然界では近縁の生物種間にしばしば見られる。例えば、北アメリカに棲むザリガニの仲間のビリリスとイムニスは、どちらも川底の石の裏を住みかとするが、前者は川の下流域、後者は上流域という様に棲み分けをしている。川の中流域で両者が一緒に生活する所では、闘争力に優るビリリスが石の裏に、イムニスの方は泥地に棲んでいると言う。また日本でも、イワナとヤマメの棲み分けが良く知られている。共に河川の上流域の魚と見られているが、実はその生息域を互いにずらせていて、イワナは常に河川の最上流域に、ヤマメはその下流域に生息しているのである。食物を変える食い分けの例としては、北アメリカのマルハナバチがある。ロッキー山脈のお花畑には、フラビフロンスとアポジタスの2種のマルハナバチが生息するが、前者は主にヨウシュトリカブト、後者はヒエンソウの花の密を吸うという具合に食い分けを行っている。しかし、調査地から一方のハチを取り除くと、残った種はただちに両方の花を訪れるようになると言う。本来、彼等はどちらの花からも密を採集できるのだが、競争相手がいる時にはそれぞれの口吻の形に適した花を選択し、競争を避けているのである。
棲み分けの効果は、実験によっても確認されている。1つの容器に2種類のゾウリムシを入れ、エサのバクテリアを与えて飼育するとしよう。まず、カウダツムとオウレリアを入れて飼育した場合、まもなくカウダツムは個体数を減少させ、ついには死滅してしまう。これは2種類のゾウリムシのニッチが良く似ている結果、両者の間に激烈な競争が発生し、一方がそれに敗れた為である(競争排除)。ところが、オウレリアの代わりにブルサリアという別の種を入れて実験すると、今度は競争排除が起こらず2種とも生き残る。これはカウダツムが培養液の上層を、ブルサリアは底の方を好み、うまく棲み分けできる為に共存が持続するのである。
このように競合する2種の生物間では、ニッチが重複するほど共存は困難になり、やがて一方を全滅させる競争排除が起こる。ところが、ニッチの重複がさほど大きくない時には、2種共うまく棲み分けをして生き残る事ができる。狭い地球上に、1000万種を越えるという驚くべき数の生物種が共存していられるのは、この棲み分けのおかげなのである。多くの生物が棲み分けを行う事によって、豊かな生態系が生まれ維持されているわけで、生態系の棲み分けによる共存こそ生物界の基本原理という事ができよう。もし棲み分けによる共存ではなく、生存競争による競合種の排除が生物界の掟であるならば、生存する種は一部の力の強い種のみとなり、生態系は勝ち残った少数の種のみで構成される極めて単純なものとなろう。そして、今日の熱帯雨林で見られる様な、多様な生物が共に生きる多様性に富んだ生態系など、決して生まれて来なかったはずである。
一般に、多様な生態系ほど柔軟性が高く、環境の変化に対して抵抗力を持つと考えられる。例えば、プランテーションの様に、コーヒー・砂糖・綿花・ゴムなどの特定の植物のみを大規模に栽培している所では、環境変動や病害虫の発生によって全滅に近い大打撃を受ける事がよくある。しかし、本来の自然界に見られる多様な生態系では、一部の植物が被害を受けても、総ての植物がやられるという事はほとんどない。単一栽培の様な単純な生態系の場合に比べると、被害ははるかに少なくて済むのである。農業の機械化の進行と共に広がった、広大な面積に及ぶ作物の単一栽培は病害虫に侵されやすく、大量の農薬散布が不可欠となっている。
日本の水田ではイネの品種が統一され、その成長や出穂は斉一であるが、ネパールなどの山岳地帯では一枚の田圃の中で品種の違うイネが混ざって植えられている。これは水田だけではなく畠に於いても同様で、その場合は作物の種類まで異なっている。例えば、インドネシアのジャワ島では、一枚の小さな畠にトウモロコシ・トウガラシ・カボチャなど8種類の作物が植えられていたと言う。宮崎県椎葉村の焼畑でも、わざわざ熟期の違うヒエの品種(シロビエとオソビエ)を混ぜて播いている。このような混作が行われるのは、自然災害に逢った時の危険分散の為である。古代日本の水田稲作でも多様なイネの混作が行われていたと言う。それが古代国家の確立する奈良・平安時代を境にしてイネの系統の統一が進み、多様性が減少して行く。しかし栽培品種の画一化は、大きな災害をもたらす事にもなった。そのいい例が江戸時代の飢饉で、「これは大名が領内のコメの生産高を上げる為に、領民に対して収量の多い晩稲の作付けを要求した」(3-2)結果だと言う。実りの時期が遅いという事は、それだけ寒さの影響を受けやすくなり、冷害の危険性が増大する。そして品種の画一性が、その被害を拡大したのである。
また日本の山林でも、スギなどの単一種でできた植林地では、広葉樹を含む多くの樹種で構成された自然の山林に比べて、台風などの被害が大きい事が知られている。予測不能の環境変動に対して、生物が全滅を避け生き延びる為には、多様性を拡大しておく事が重要なのである。実際、生物は多様性を維持・拡大する為に様々な工夫をしている。
個々の植物も、自らの多様性を広げる為に積極的に努力している。例えば、植物の種子は、土に播くとすぐ発芽するように思える。確かに、種苗店の種子はどれも良く発芽するし、作物の種子を畑に播くと一斉に発芽する。しかし本来、野生の種子は簡単には発芽しないものなのである。野山から持ち帰った野草の種子を、庭に播いてもなかなか発芽しない。庭土を掘り起こして鉢に入れ種子を播くと、自分の播いた野草ではなく、それまで土に埋まっていた雑草ばかりが発芽して来る事になろう。これは不思議な事の様に思えるが、実は植物が厳しい自然環境の中で生き抜く為の知恵なのである。
(注)通常の土壌表面には、1u当たり100〜100,000個もの休眠中の種子が含まれていると言う。こうした種子バンクは、1年の内でも休眠性や種子形成時期の違いから構成種が常に変化している。
栽培植物は、人間が都合の良いものだけを選択し育てて来た為、発芽しやすい種子を付けるものが多い。このような植物を野外に放置すると、地面に落ちた種子は十分な雨さえ降れば、特に寒い日でない限り一斉に発芽してしまう。もしそれが晩秋なら、これらの芽生えはすぐに訪れる冬の寒さで全滅してしまう事になろう。これでは、環境変化の激しい自然界では生き残る事はできない。「事実、栽培植物が野生化する事はほとんどないといってよい。栽培植物は言わば過保護植物であり、人間が面倒を見てやらねば生きて行けない植物なのである」(3-3)。他方、野生植物の種子は一般に発芽しにくく、実が熟した後にそろって発芽する事は極めて稀である。同じ母集団から採った野生植物の種子を、実験室で一定の温度や光条件の下に播いても、ばらばらと長期間に渡って発芽して行くと言う。つまり野生の種子は、発育に適した条件下に置くだけでは、おいそれとは発芽してくれないのである。野生植物はこうして発芽の時期をばらつかせる事で、つまり種子の多様性を増大させる事によって、突然の自然環境の変化で子孫が全滅してしまう事を防いでいる。生物にとって、常に変化する地球環境の下で生き残り、子孫を残して行く為には、多様性を拡大し維持して行く事が極めて重要なのである。
弱肉強食といった単純な生物観からは思いもよらない事だが、捕食者が存在すると生態系の多様性はかえって増大する事が知られている。
それに関しては、ワシントン大学のロバート・ペインの有名な野外実験がある。岩石の多い潮汐にさらされた海岸では、生物の群集はいくつかの積み重なった幅の広い水平の帯状に分布する。ワシントンの海岸では、海草と二枚貝からなる不均質で多様な群集の上に、イガイの多様性に乏しい明瞭な帯が重なり、その上にフジツボの広い帯が重なっている。こうした潮間帯の固着生物群集における、最上位捕食者であるヒトデの群集構造に及ぼす影響を調べる為、針金で底のないカゴを作り、生物の棲んでいる岩に取り付け放置したのである。カゴは摂食や生殖の妨げにはならないが、中の生物たちを捕食者の進入から守る事ができた。すると数週間の内に種の構成が変化し始め、イガイ帯の下の多様な生物が棲む場所のカゴの中では、そこの生物を押し退けてイガイが増殖し、最後にはイガイの1種だけになってしまった。つまり、ここでは捕食者の存在が、生態系の多様性の維持に貢献していたわけである。これは捕食者がいると、競争力の強いイガイが捕食される事で空間が明け渡され、弱い種にも生息できる余地が生まれる為と考えられる。「捕食動物は彼等の活動によって種数を減らすのではなく、むしろいかなる種に対しても1種だけで支配権を確立することを許さないことによって、実際には種の多様性を高めているのである」(2-29)。またイガイも、塩分濃度の変動が激しく棲みにくい潮間帯に好んで棲んでいるわけではなく、ただ潮間帯が捕食動物からの安全地帯となっている為、そこに生息しているのである。
同様の事は1950年代初めに、2種類のマメゾウムシ(マメにつく小さな虫)を使った実験でも確かめられている。アズキゾウムシとヨツモンマメゾウムシに一定量のアズキを与えて累代飼育すると、やがてアズキゾウムシの方は競争に敗れ、個体数を減らし消滅する。しかし、そこに両種の幼虫や蛹に寄生するゾウムシコガネバチを加えて実験すると、今度は2種のマメゾウムシのどちらも滅びる事なく、個体数を振動させながら寄生バチとの3者共存を続けるのである。
捕食者が存在すると、エサ集団の平均個体数は常に環境収容力より低く抑えられる。つまり、利用可能な資源はいつも余っている事になり、競争力の劣る種にも生存の機会が与えられるのである。これは、天敵の存在がエサ集団の過密化を防ぎ、弱い種を全滅に至らせる競争排除を回避させている事を意味している。
多様な生物が複雑に相互作用する事によって、安定した生態系が作り出される事。そしてその多様性が失われると、安定した均衡状態も失われる事を示す良い例に腸内細菌叢がある。ヒトの腸内には約100種類、100兆以上の細菌が棲みつき、互いに共生または拮抗しながら増殖している。腸内細菌の持つ酵素の種類は肝臓の酵素よりも多いと言われ、特に小腸下部から大腸にかけては多種多様の物質が作り出されている。宿主にとって有用な細菌もあるが、有害物質を作ったり組織を損傷する病原性を持つ細菌も多い。しかし、腸内細菌叢のバランスがとれ安定している限り、体に有害な細菌が一定数以上に増える事はない。それは多くの細菌が拮抗的に働く事によって、特定の細菌だけが異常増殖する事を抑えている為である。従って、安定した腸内常在菌が腸粘膜上皮に棲みついている事は、各種の病原菌の腸管感染から宿主を守っている事になる。
(注) 大腸菌は、胃や小腸で消化吸収されずに大腸まで来た残存分子を栄養にして、アミノ酸やビタミン類を合成しているが、その一部を人体にも供給し、例えばビタミンKでは最大の供給源となっていると言う。
この事を良く示しているのが抗生物質による腸内細菌叢の撹乱で、抗生物質を投与すると正常な腸内細菌叢の一部が減少し、外来菌に対する障壁が除かれ、腸炎菌による腸内感染が容易になるのである。例えば、ハツカネズミに腸炎菌を大量に経口投与しても、発症死亡するのはほんの一部に過ぎないが、予めストレプトマイシンを与えておくと発症死亡率は上昇する。さらに、ストレプトマイシンとエリスロマイシンを同時に与えておくと、全部のハツカネズミが死亡すると言う。これはストレプトマイシンが主にグラム陰性菌を、エリスロマイシンはグラム陽性菌を追い出す結果、この2種類の抗生物質の同時投与で腸内常在菌の多くが排除され、総てのハツカネズミが感染する様になるのである。逆に、何の処置もしないハツカネズミの発病致死率が低いのは、腸内常在菌が外来菌の腸内増殖を阻止している事を示している。また抗生物質の投与と同時に、ハツカネズミ由来の腸球菌を与えておけば、感染率が再び低下する事も分かっている。投与した腸球菌が、腸炎菌の感染阻止に有利に働くのである。モルモットでも同じで、普通にウェルシュ菌を経口投与しても芽胞はすぐに腸管から排出されるが、無菌のモルモットでは腸内で増殖し死亡してしまう。同様に、普通のモルモットは赤痢菌に感染しないが、無菌のモルモットは感染して死んでしまう。しかし、予め腸内に大腸菌を定着させておくと、赤痢菌に感染しなくなる。また、ハツカネズミやモルモットに抗生物質を投与しておくと、コレラ菌や赤痢菌が腸内で良く定着するが、その後で大腸菌を投与するとコレラ菌や赤痢菌はすぐ腸管からいなくなってしまうのである。
今日では、家畜の成育を早める為に飼料に大量の抗生物質が混ぜられている。それが耐性菌の出現との関係で問題にもなっているわけだが、こうした飼育添加剤として用いられている抗生物質をニワトリに与えると、これを与えない場合に比べて長期間しかも大量にサルモネラ菌が糞便から排泄されると言う。これは抗生物質によって腸内常在菌が排除される結果、普通のニワトリでは増殖が抑えられていたサルモネラ菌が腸内に棲みつき、増殖した為と考えられている。
同様の現象は、医療現場でも起きている。抗生物質治療でしばしば遭遇する菌交代症である。これは抗生物質の投与によって感受性を持つ細菌が減少し、それまで増殖が抑えられていた不感受性菌・耐性菌が異常増殖する現象で、通常は病原性の低い細菌、特にブドウ球菌・緑膿菌・プロテウス・酵母・カビなどが、体の様々な場所で増殖して発熱・嘔吐・腹痛・下痢・ビタミン欠乏を引き起こす。つまり、抗生物質の投与によって腸内常在菌叢のバランスが崩れた結果、それまで腸内であまり増殖できなかった細菌が異常増殖して、病原性を発揮する様になるのである。(3-4)
これまで見て来た事から、生態系が多様な生物で構成されているという事、そして豊かな多様性を保つという事がいかに重要であるかがわかろう。それは多すぎる生物が生存競争によって淘汰され、劣った者、競争に敗れた者は排除されて優れた者だけが生き残るという、勝ち抜き戦によって生物は進化して来たとする理論とは明らかにかけ離れた世界である。劣った者を次々と競争排除する事は、生態系の多様性をどんどん減少させ、遂には単一種で構成される様な極めて単調な生態系を生み出す事になろう。
先に見たように、生物は生態系にできた空地への適応放散によって進化する。つまり、生物は初めから生態系を棲み分ける様に放散し、その生息環境に適応、生態的地位の確立を通じて種分化して来たわけである。そうであれば、撹乱のない安定した生態系に於いては、競争が重要な意味を持ち得ないのは自明であろう。生物は無駄な競争を避け、生態系を分け合う事によって進化して来た。生物界を支配しているのは競争原理ではなく、いわば共存の原理なのであって、自然は競争による排除ではなく棲み分けによる共存を選ぶ事によって、多様性に富む豊かな生態系を作り上げて来たと言う事ができよう。
自然は本来、多様性への指向を持っている様に思える。生態系に空地ができると、直ちに周りの生物がそこに進出して種分化する。生物に、多様化しようとする傾向が備わっているからこそ、それが可能であるとも言えよう。生物は常に、豊かで多様性に富む生態系を生み出す様に進化して来た。あるいは生物進化そのものが、生態系多様化の為の手段であったと言った方がいいのかも知れない。それは、生態系にできた空隙に適応放散する事によって、大量絶滅後の単調になった生態系に再び多様な生物種を進化させ、生態系の多様性を再生して来たのである。様々な生物が生態系であるべき地位を占め、生態系のすべての空地が満たされる事によって、自然は均衡し安定を取り戻すのである。
生物の多様性については、興味深い現象が古くから知られている。ダーウィンは『種の起源』の第3章で、生物の多様性は赤道付近で最も高く、北か南へ緯度が高くなるにつれて生物の種数が減少して行く事を指摘している (2-20)。この現象は、今日では「緯度による種数の勾配」と呼ばれているものである。
実際、熱帯では生物の種数が多い。少数の例外を除けば、顕花植物・シダ植物・哺乳類・鳥類・爬虫類・両生類・淡水魚・昆虫類・クモ類・軟体動物など、ほとんどの分類群が熱帯で最も多くの種を繁栄させている。例えば、被子植物25万種の約2/3、17万種は熱帯に分布する。ただ、熱帯で本当に種数が多いのは熱帯雨林で、サバンナ・草原・砂漠などは、温帯にある同様の環境に比べてそれほど多様性が高いわけではない。熱帯雨林というのは、赤道をはさんで北緯20度から南緯20度までの高温多湿地帯に発達した大森林で、そこは気温20〜30度、年間降水量は2400〜4500mmにもなり、地球上で最も豊富な生物種が生息する。例えば、マレーシアの熱帯雨林では、10 ヘクタール(ha)の広さに1169本の高木が生え、樹木の種類は277種に上ると言う。これは10haに同種の木が平均4本しかない計算になる。このように多様性が極めて高い為に、同種の個体数は逆に少なく互いに大きな距離をおいて分布している。従って、熱帯雨林である樹木と同種の木を見つけようと探しても、周りには様々な形態や色彩のよく似た木が生えているが、その中に同種の木はまず1本もないのである (2-15)。ペルー領アマゾンでは1haにおよそ300種もの樹木が生えており、中南米の熱帯地方全体では約9万種にもなると言う。温帯林では、多い所でも1ha当たり30種程度に過ぎない。熱帯雨林が桁違いに豊富な種から成り立っている事がわかろう。一方、高緯度の寒帯針葉樹林では、エゾマツ・トドマツなどの針葉樹が同一の樹種のみで純林を形成し、極めて多様性の乏しい単調な森を作っている。つまり生物の多様性という面では、熱帯と寒帯は両極端をなしているのである。
同様の事は、動物にも認められる。繁殖を行う鳥類の種数を見ると、グリーンランドでは56種だが、ニューヨーク州では195種、グアテマラでは469種、パナマでは1100種、そしてコロンビアでは1395種もの鳥類が繁殖している。北極圏のグリーンランドから赤道直下のコロンビアに至る間に、鳥類の種数は約25倍にも増加するのである。ヘビ類についても、カナダでは22種だが、ブラジルではその10倍近い210種が生息している。さらに、熱帯雨林での昆虫の多様性は想像を絶するほどで、ペルーでは1本のマメの木から43種ものアリが発見されたと言う。これは、イギリスで見られるアリの総種数に匹敵する。熱帯における昆虫の多様性については、今なお未調査の分類群が多く、研究者が採集旅行に出かければ、必ず新種が幾つも発見されるといった状態なのである。
では何故、熱帯雨林にはこうも多様な生物が生息するのだろうか。植物は太陽エネルギーを使って光合成をし、動物は植物の合成した有機物を食べて生きている。つまり、地球上のほとんどの生物は太陽エネルギーに依存して生活しているわけで、熱帯はこの生物の基礎的なエネルギー源である太陽エネルギーが最も豊富な所であり、その意味で生物が最も繁殖できる場所と言う事ができる。
特に、十分な降水量と気温に恵まれた熱帯雨林は、植物の生育に極めて適した環境となっており、植物はどんどん成長する。しかも乾季や冬による成長の遅滞がなく、一年中生育する事ができる。熱帯のラワン材に年輪がないのはこの為である。この結果、熱帯雨林は生産力が極めて高く、地球上で熱帯雨林をしのぐ光合成活動を行っている生態系は存在しない。単位面積当たりでは、熱帯雨林は北方の針葉樹林の2倍以上、温帯林の1.5倍、サバンナや草原の4〜5倍もの生産力を持っている。熱帯雨林は1年間に、1m2当たり平均2000gもの有機物(乾燥重量)を生産するのに対し、温帯落葉樹林は1250gである。地球全体では、熱帯雨林だけで年間 494000万トン(t)もの有機物を生産しているが、温帯林は149000万tに過ぎないのである。また熱帯雨林では葉の密度も高く、1m2の林床の上に茂る総ての葉の面積を合計した葉面積指数で見ると、温帯林が約6程度なのに対し、パナマのバロ・コロラド島の熱帯雨林では約8となっている。葉の現存量でも、熱帯では1haの面積に茂る葉の乾燥重量が約1tなのに対し、温帯では約 0.5tに過ぎない。そして、地球上の全陸上生物に含まれる炭素の46%、全土壌に含まれる炭素の11%が、熱帯林に存在する推定されている。熱帯林は地球表面積の約5%を占めるに過ぎないが、その植物量は全地球の半分、生産量は全地球の30%に近いのである。
そして熱帯雨林の恵まれた環境下で、植物は自身の持つ能力を存分に発揮して様々な生態的地位へ進出して行った。生物は本来、多様化し適応放散して行こうとする性向を持っている。植物は熱帯雨林という願ってもない環境下で、誰に制限される事もなく自由に、豊富な太陽エネルギーを求めて種分化を遂げて行ったのである。その結果、無秩序なまでに複雑で多様な生態系が形成される事になった。我々の見慣れた温帯の森林は、きれいな層構造をしている事が多いが、熱帯雨林ではあまりはっきりしないと言う (2-15)。そこでは超高木が林冠部から突出してそそり立ち、様々な高さの木々が乱雑に入り交じって林冠部と亜高木層の区別もつかない。しかも、熱帯には温帯では見られない奇妙な生物が多く生息している(熱帯生物の珍奇性)(3-5)。例えば、枝ではなく幹に直接ついた果実(幹生果)や、花の形や色の多彩さ。これらは、カンブリア紀に爆発的な進化をした奇妙な生物達を思い起こさせる。進化を制限するもののない豊かな環境下では、生物は生態系のどんな小さな隙間にまでも進出して適応放散し、様々な種を作り出して行く。こうして生態系の隅々まで、多様な種で埋め尽くされる事になるのである。逆に、多様性の低い生態系では、何か生物の多様化を抑制する因子の存在が考えられよう。
実際、熱帯雨林は植物の王国である。そこには大小様々な葉が気も遠くなるほど大量に存在し、地上から林冠部まであらゆる樹木やつる植物に覆われた緑の世界である。しかも奇妙な事に、これらの葉には昆虫や草食動物に食べられた跡がほとんど見られないと言う。熱帯では昆虫などが不活発になる寒い季節がなく、植物は昆虫や病原体の攻撃に一年中さらされているにもかかわらず、不思議なことに熱帯雨林の葉はほとんど無傷なのである。その原因は、植物の作る化学物質(自己防衛物質)にある。その結果、草食動物は一般に、食物となる可能性のある植物のほんの一部分しか利用していないのである。アマゾン川流域の植物の生きている部分の現存量は、1ha当たり約900tと推定されているが、哺乳類や鳥類・爬虫類・昆虫類など、その他すべての動物の現存量はわずか0.2tにすぎない。熱帯雨林では、動物よりも植物の方が圧倒的に優勢なのである。しかも動物のうち、葉や茎といった生きた植物組織を食べる種は全体の7%に過ぎず、19%(ほとんどがシロアリ)が生木や枯死木の材を食べ、50%が枯葉や枯枝だけを食糧にしている。残りの24%は、他の動物を食べる捕食者である。
(注)熱帯性植物は様々な種類と量の二次代謝産物を産生しており、植物の作る毒性物質量は緯度と強い負の相関がある。
熱帯雨林における植物の多様性の高さは、それを食糧とする草食動物、さらにはその動物を食べる肉食動物の多様性を高めていると思われる。そのうえ植物の生み出す豊富な食糧資源は、動物の多様性の基盤ともなっている。豊かな熱帯雨林では、狭いニッチに適応した様々な専門家(specialist)の生存が可能となり、それによって多くの専門家がニッチを分ける、多様性の高い生態系が誕生する事になるからである。例えば、熱帯では一年中安定して花の密や果実を利用できる為、いくつもの鳥の科が、密や果実だけを食べる様に適応し特殊化している。それに対して、真夏から秋にかけてだけ果実が豊富になる温帯では、多くの鳥類が秋に昆虫から果実へと食物を転換する。密だけを食物にしているハチドリの仲間は新世界に319種が分布するが、そのほとんどが熱帯に生息し、これは花の密だけで生きて行けるほど自然が豊かである事を示している。環境が貧しければ、ハチドリの様な特殊化した生物はとても生きて行けない。ハチドリの存在は、熱帯の自然の豊かさの証拠なのである。また資源の豊かな環境では、ニッチの重複が必ずしも競争を引き起こす事にはならない。自然界でニッチの重複はしばしば起こるが、それによって競争排除が起こる事はなく、ニッチの重複自体は不可避的に競争を生起させるものではないのである。こうして豊かな環境下では、狭いニッチに適応した多くの種類の生物が、互いにニッチを重複させながら共存する事になる。ニッチ幅の縮小とニッチの重複が多様性を拡大させているのである。
以上から、動物の多様性が基本的には植物の多様性や生産性に依存している事がわかる。従って、多様性の勾配について考えるには、植物について見れば良い事になろう。
では何故、緯度による多様性の勾配が生まれるのだろうか。緯度よって帯状に変化するものとしては、まず気候帯が思い浮かぶ。赤道付近の熱帯から緯度が高くなるにつれ気温は低下して温帯・寒帯へと移行し、こうした気候の変化が植物の分布を決める最大の要因となっている。多様性の勾配は、緯度による気候の変化と関係がありそうである。
植物の分布を考える上で、根本的な影響を持つのが降水量である。植物にとって最も厳しい環境は砂漠で、少ない所では年間降水量が数mm、草も生えない不毛の地で陸地面積の1/5を占める。砂漠より少し湿潤な地域がイネ科の草を主とした草原(ステップ)で、陸地の約1/4を占めている。さらに湿潤な所が、草原の中に点々と樹木や樹林が茂ったサバンナで、これは草原と森林の中間型の植生と言えよう。さらに湿潤になると、あまり樹高の高くない樹木の疎林の段階を経て最後に森林となる。つまり、地球上で最も湿潤な地域に成立する植物帯が森林で、陸上面積の約1/3を占めている。
この降水量と並んでもう1つ、植物分布を決める上で重要な気候条件が気温である。森林にも色々なタイプがあるが、それを支配しているのが気温なのである。森林帯は緯度が高くなり、気温が低下するにしたがって次の様な系列が認められると言う。(3-6)
@ やや乾燥した地域
雨緑林・・・・夏緑林・・・・常緑針葉樹林・・・・(ツンドラ・氷雪)
A 湿潤な地域
多雨林・・・・照葉樹林or硬葉樹林・・・・夏緑林・・・・常緑針葉樹林・・・・(ツンドラ・氷雪)
そして極地に近いツンドラや氷雪地には、寒さの為もはや森林は成立しない。こうした森林帯の区分を生み出すのが気温の低下であるが、暖かさの指数を使うと両者の関係をうまく説明できる。これは、植物の生長にとって必要最低限の気温を摂氏5度(℃)と想定し、各月の平均気温が5℃を上回った分を12ヶ月に渡って合計したものである。この指数では0以下が極帯(氷雪)、15までが寒帯(ツンドラ)、55あるいは45までが亜寒帯の常緑針葉樹林、85までが冷温帯の落葉広葉樹林(夏緑林)、180までが暖温帯の照葉樹林や硬葉樹林、240までが亜熱帯、240以上が熱帯の森林に対応する。この指数は世界の森林に良く適合し、広く使われていると言う。気温は緯度が高くなるほど低下し寒冷な気候となるわけだが、それと同時に海抜が高くなっても低下する。普通、海抜が100m高くなると気温は0.6度低下し、これに応じて森林帯も垂直的に変化する事になる。森林帯の垂直分布は水平分布と基本的に同じであるが、垂直方向の気温変化の方が急激な為、森林帯も短い距離で大きな変化を見せる。気温からすると海抜で100mの上昇は水平方向では100km北へ行くのに相当し、このおかげで山を登るにしたがい、照葉樹林・夏緑林・常緑針葉樹林・ハイマツ低木林といった変化が目の当たりに見られるのである。垂直分布の場合、照葉樹林の暖温帯に当たるのが亜山地帯(低山帯)、夏緑林の冷温帯が山地帯、常緑針葉樹林の亜寒帯が亜高山帯、そしてハイマツ低木林が寒帯に相当し高山帯と呼ばれている。高山帯はハイマツなどの低木林、風衝地や荒原の草本群落、岩石地などとなり、もはや高木の森林は成立できない。従って、亜高山帯と高山帯の境界が森林分布の上限の森林限界となっており、さらに高山帯で樹木のなくなる所が樹木限界である。そして面白い事に、北半球では北に行くほど寒い所の森林が低海抜で現れる。これは言うまでもなく、それだけ気温が低下する為である。その結果、温暖な九州には亜高山林は存在せず、四国・近畿の紀伊半島でも、1800m以上の高い山々の山頂部分がようやく亜高山帯に入った状態である。ところが、中部地方まで北上すると海抜1600〜2500mの範囲が亜高山帯となっている。このように北へ行くほど亜高山帯の海抜が低くなり、青森県の八甲田山では750mぐらいでオオシラビソやコメツガが現れ、北海道では中央山地に加えて東部では平地そのものが亜寒帯となり、トドマツ・エゾマツ林が海抜の低い所にも広がっている。当然、森林限界の海抜高も北へ行くほど低くなり、中部山岳で約2500m、八甲田山で1500m、北海道の知床では1100mと低下してくるのである。
このように、緯度や高度による気温の低下が森林の違いを生み出すわけだが、実はこの森林帯の分布にも緯度による多様性の勾配が当てはまる。つまり北半球では、北に行くほど多様性が減少し森林構造は単純になるのである。かって、西日本のほとんどを覆い揺籃期の日本文化を育んだ照葉樹林は、森林の構造が複雑で着生植物も多く、ほとんどが常緑で葉の厚い植物が繁茂し、夏はもちろん冬でも濃緑で湿度が高く薄暗い森林を形成している。ところが次の落葉広葉樹林は、照葉樹林に比べると構造が単純で混交する種数も少なく、広い大きな葉が水平に広がり明るく柔らかい雰囲気の森となっている。亜寒帯の常緑針葉樹林では森林構造はさらに単純になり、樹種が少なく高木層とコケ層の2層だけの森林も珍しくなく、ツル性植物も少ない。森林景観も黒々とした濃緑の端正な樹形の単調な繰返しとなっている。こうした森林分布が、気温の低下に対応した気候帯によって支配されている事を考えると、植物に見られる多様性の緯度傾斜は気温の低下、気候の寒冷化にその原因があると見る事ができよう。実際、十分な水がある条件下では、植物種の数は温度と共に増加するという。
同様の事は海の生物にも見られる。魚の量は北の海の方が圧倒的に多い事は良く知られているが、魚の種類では南の暖かい海の方が格段に多いのである。魚種は世界で3万種と言われるが、日本近海にいる約3500種の内、北の寒流系の魚は約300種に過ぎない。また先にも触れたが、化石や海水温などから中生代から新生代にかけて、海は長期間の温暖期と比較的短期間の寒冷期を何度も繰り返して来た事が分かっている。温暖な海は海進期に当たり、そこでは非常に多くの種類の生物が適応放散し、特殊化した複雑な生態系が作り出されていた。そこを巨大サメや海生爬虫類などの大型捕食動物が泳ぎ回っていたのである。しかし、一つ一つの種の個体数自体はそれほど多くはなかった。これとは反対に寒冷期の冷たい海では、個体数の多い少数の種類の生物が単純な生態系を形成していたのである。そして、暖かい海が冷たい海に変化する時に多くの生物種が絶滅した。逆に、冷たい海から暖かい海に変わると新しい生物種が大量に出現し、爆発的な進化が起きたのである。この海の多様性の変動は、約3000万年周期で起きていたのであった。
では何故、気温の低下が生息する生物の種類を減少させるだろうか。先に述べた生産力・資源量の違いもその原因の1つと考えられる。実際、地球上で最も多様性が高いのは熱帯雨林とサンゴ礁だが、両者とも生態系の中では最も生産力の高い場所である。ほとんどの動物の食物は、元は植物が太陽光を受けて作り出したもので、高い生産力とは植物が光合成で作る物質量が多いという事を意味する。植物にとって熱帯雨林は、豊かな日照と十分な降雨に恵まれているというだけではない。温度が高いと土壌微生物の活動が活発化し、有機物の分解によって植物の生育に必要な養分が十分に供給される事になる。微生物の活動は温度依存性が高く、土壌有機物の分解速度は温度と共に指数関数的に増大し、温度が10度上がると分解速度は2〜3倍になると言う。このように、植物の生育に適した熱帯雨林では植物がどんどん生長し、食糧資源が増大してそれに頼る消費者である動物のニッチ幅の縮小とニッチの重複をもたらし、多様な生物を生む事になる。もちろん、これには植物自身の多様化も深く関係している。逆に、気温の低い所では植物の生育が抑制されて食糧資源が乏しくなり、ニッチ幅の拡大と重複の減少が起こり生物の多様性が低下するわけである。
確かに、資源が豊かな事は多様な生態系を生み出す基礎になっている。つまり多様性の必要条件と言えるが、実はそれだけでは十分ではない。先に、魚は北の海の方が圧倒的に多いと述べたが、これは北の方が窒素・リン・ケイ素などの栄養塩類が多く、植物プランクトンが豊富な為で、植物プランクトンの量からいうと南は北の約1/3の魚しか生育できない計算になると言う。このように北の冷たい海の方が資源は豊富で魚の数も多いが、その種類は南の海よりはるかに少ないのである。では、資源量以外に何が生物の多様性を支配しているのだろうか。それは生物の生存に適さない温度の低い厳しい環境が、生物の体の造り、体制に様々な規制を加えている為ではないだろうか。いわば、環境圧とでも言うべきものである。高緯度の寒冷な気候の下で生きる生物は、厳しい寒さに耐える為に特別な体の構造を作り上げなければならない。気温の低下と共に環境圧は高くなり、その分だけ体の設計の自由度が低くなり、特殊化した生物は進化し難くなるのではないだろうか。その結果、気温の低い高緯度では生物の多様性が低くなる。逆に、生物の生存に適した熱帯では、乾燥や冬の寒さに耐える為に体の構造に特別な工夫をする必要がない。その分だけ設計の自由度が増し、いろいろな体制の生物が分化しやすいと考えられる。生存に適した温暖な環境では環境圧が低く、生物は大きな制約を受ける事なく、自由に様々なデザインを試して見る事ができるわけである。
例えば、亜寒帯の針葉樹に見られる針状の葉型は、表面積を縮小して葉の耐寒性を増し、また葉からの蒸散を抑制する事で耐乾性をも持つ様に進化した結果である。一般に針葉樹は広葉樹に比べて環境の良くない場所、貧弱な立地にも耐えて生育する事ができる (3-7)。それに対して広葉樹は立地条件がぜいたくで、条件が良ければよく生育して針葉樹を圧倒するが、立地条件が悪いと生育できず、その場所を針葉樹に譲る事になる。山の尾根筋や崖っぷちに針葉樹が目立つのは針葉樹がそこを好むからではなく、広葉樹が茂り難い場所だからである (3-8)。この針葉樹と広葉樹の関係に見る様に、厳しい環境で生育できる植物のほとんどは他の植物に対して競争力が弱い (3-9)。これは厳しい環境に適応する為の体の変革に、大きなコストをかけている為だと思われる。その結果、良好な環境に生息し、余計なコストをかけていない生物と競争すると負けてしまうのである。
環境圧が、生物の形態に大きな影響を与えている事は収斂進化を見てもわかる。これは系統の異なる生物が、同じ様な環境条件の下で良く似た形質を進化させる現象である。良く知られている例に、オーストラリアで適応放散した有袋類がある。彼等と我々有胎盤類は独立に進化したにもかかわらず、お互いに良く似た種を多く含んでいる。例えば、オオカミに非常に良く似たフクロオオカミ、そしてフクロモモンガとフクロモグラは真獣類のムササビとモグラにそっくりである。こうした進化の収斂現象は、生物の生息環境がその生物の形態やデザインに、いかに大きな影響を与えるかを如実に物語っている。
また、気温の低下が重大な環境圧になる事は、恒温動物が大量のエネルギーを使ってまで体温を36〜42℃に保っている事を見てもわかる。我々は現在の平均気温15℃の地球気候を普通と考えがちであるが、生物にとってはもっと高い気温の方が適しているのである。事実、爬虫類は気温の低い朝などには、日光浴をして体を温めてからでないと活発に活動する事ができない。また、生命は100℃近い高温の海の中で誕生した事が分かっている。見方を変えれば、生命進化は低温への適応の歴史でもあったわけで、気温の低下は生物に強い圧力をかける事になり、デザインの自由度が一層限定されたものになったのだろう。また、極端な寒さや乾燥に耐える形質を進化させ、それを維持する事は生物にとって大きな負担となり、厳しい生息環境とも相俟って、新しい形質を進化させ種を分化させる余裕を消失させてしまうのかも知れない。実際、生育の困難な厳しい環境に棲む生物の中には、生きた化石の様に進化のほとんど止まった様な生物も存在する。ここでは生物は厳しい環境にじっと耐えながら、ひっそりと暮らしているのである。
地理上の緯度が高くなり、気候が寒冷化すると共に生息する生物種数が減少し、多数の個体数を持つ少数の種によって構成される、単調な生態系に移り変わって行く事を見て来た。この緯度の変化による寒冷化を、地質学的な時間の変化による寒冷化に置き換えて考えると、史上幾度となく繰り返された生物の大量絶滅の新たな様相が見えて来る。つまり、北半球では北に行くほど生物種の少ない単調な生態系になり、反対に南に下がると多様な生物種を含む複雑な生態系へと変わって行く。こうした複雑な生態系から単調な生態系へ、あるいは逆に単調な生態系から複雑な生態系へという移行を、地球の長い歴史的時間の流れの中で、地球の寒冷化と温暖化の周期変動に合わせて繰り返して来たのが、生命の進化史だったと見る事ができるのである。緯度の変化による生態系の移行には生物の絶滅や進化は必要ない。しかし、地球史における時間の変化による生態系の移行にはそれが不可欠である。地球の寒冷化によって単調な生態系に移行する時には、それまでの複雑な生態系が含んでいた多様な生物種は大量に絶滅せざるを得ない。反対に、地球が温暖化して再び多様性に富む複雑な生態系に戻る時には、その生態系をうめる新たな生物種が大量に必要となろう。この必要に答える為に起こるのが、生き残った少数の生物種による大適応放散であり、生物の爆発的な進化なのである。つまり生物の大量絶滅というのは、気候が寒冷化して単調な生態系に移行する時に、余分になった生物種を整理するものであり、反対に生物の大進化というのは気候が温暖化して再び多様性の高い生態系へ移行する時に、不足する生物種を新たに創り出す為のものなのである。このように考えると、進化とは複雑で多様性に富む生態系の再構築の手段、あるいはその過程と見る事ができよう。
この生態系の移行の具体的な様相は次の様なものである。まず地球全体の寒冷化により、高緯度地方の生物の低緯度への移住が始まる。次に、熱帯性の生物の絶滅が始まり、前の時代に適応放散をし、恵まれた環境の下で大繁栄していた生物達が次々と絶滅して行く。その一方で、寒冷気候に適応した少数の生物種が生息域を拡大し、地球は今日の高緯度地方にみられる様な、大きな個体数を持つ少数の生物種が支配する極めて単調な変化の少ない生態系へと変わって行く。しかし、この寒冷な気候もいつまでも続かない。地球内部からホット・プルームが上昇して来ると、海嶺部での火山活動が活発化し、大量の二酸化炭素が放出され気候は温暖化して行く。また、海洋プレートの生産速度が増大して海水準は上昇し、それと共に大陸棚に浅海域が広がり、そこで大量の植物プランクトンが大繁殖する様になる。陸上でも、温暖になった気候の中で植物の生長が加速化する。こうして生物を支える資源量が増大し、環境が生物の成育に適したものに変わって来ると、多様な生物種を含む複雑な生態系への移行が可能となる。そして、生態系の中に様々な生物種の生息可能な空地が生まれ、厳しい環境下で生き残っていた生物の中から、その新しい環境に進出し適応放散を開始するものが出て来る。環境の好転と共に、この生態系の空隙は急激に拡大し、そこに向かって生物の大適応放散が始まり、急速な大進化が進行する。こうして、生態系は大絶滅前とは異なる新しい生物種によって再び埋め尽くされ、多様性を取り戻すのである。そして、種分化によって生態系の空地が埋め尽されると、生態系は安定を取り戻し進化は休止する。こうして地球の生命は気候の寒冷化と温暖化の繰返しの中で、大量絶滅と適応放散・進化を繰り返して来たのである。それは、多様性の高い生態系の崩壊と再構築の歴史でもあった。
生命の歴史が、絶滅と適応放散の繰返しであった事を示す良い例が、中生代の示準化石として有名なアンモナイトである。これはタコやイカの仲間の頭足類で、古生代デボン紀にオウムガイの仲間から派生して中生代白亜紀末に絶滅するまで、約3億年間に13亜目65超科1万種以上もの種を進化させ世界の海で大繁栄して来た。実はこのアンモナイトは、何度も多数の種や属、時には科の同時絶滅に見舞われているのである。その歴史を200万年刻みで見ると、科レベルの絶滅率が50%を越える事変だけでも、デボン紀に3回、石炭紀に1回、ペルム紀に4回、三畳紀に3回、白亜紀に2回もあると言う (2-19)。この内、絶滅した白亜紀末の他、デボン紀後期と三畳紀末にも100%近い絶滅率を示している。
デボン紀末の危機は特に厳しいもので、80属中生き延びたのはたった2属に過ぎなかった。しかし次の時代には、この生き残った2つの属が急速に適応放散・進化し、無数の新しい分類群を生み出して、がら空きだった生態系を埋め尽くす事になるのである。この2つの祖先は1億年以上に渡って凄まじい勢いで進化し、数百の属と数千の種を生み出した。その間、オウムガイの方は衰退を続け、何千種というアンモナイトの棲む海に、ほんのわずかの分類群を残すのみとなったのである。しかし、アンモナイトもペルム紀末の大量絶滅に巻き込まれ、再び危機に直面する。この時、100万種以上いた動植物の内、生き残れたのはわずか5万種程度だったと言われる。大量絶滅の後、生物界の多様性は著しく低下したが、危機を生き延びた数少ない種は、それぞれ巨大な個体群を持っていたと思われる。世界は、今日の北極に似た様相を呈していた。つまり、1つ1つの種の個体数は多いが、生物の種類が非常に少ない単調な世界である。この寂しくなった海を泳ぎ回っていたのはほんの数種の頭足類で、恐らく1種か2種のアンモナイトと、2〜3種のオウムガイである。しかし、大量絶滅を生き延びる事に成功した少数の生物は、競争相手の全くいない世界を引き継ぐ事ができた。そして三畳紀初め、アンモナイトの生き残り達は、再び様々な形態の子孫を生み出して海を占領するのである。ちょうどオウムガイが、カンブリア紀末期に競争相手のいない間に素早く新種を形成したのと同じ様に。この結果、古生代の祖先達が生み出したよりもはるかに多くの種が出現する。この膨大な種を生み出した元は、ペルム紀末の大量絶滅を生き延びた1〜2の種に過ぎないのである。三畳紀を通じてアンモナイトは、優に400を越す属と数千の種を生み出した。しかし、三畳紀末には再び危機が訪れ、これを生き延びたのは数千種の内のせいぜい1〜2種に過ぎなかった。ペルム紀末と同じく、驚くほど変化に富んでいたアンモナイトは、ほんの数種にまで衰退したのである。「そして再び世界は静寂化した」(2-29)。次の、ジュラ紀初期のアンモナイトの放散は、それ以前の大量絶滅後の拡張と同じパターンを示している。新種が急速に作られて、三畳紀の種数をすぐに追い抜いてしまった。ジュラ紀と白亜紀になると、過去3億年間のアンモナイトの繁栄したどの時期よりも種数が増え、サイズも1.5cm程度のものから直径が3mを越えるものまで出現し、殻の形状も驚くほど多様なパターンが登場して来た。従来の平らな螺旋状に加え、巻きが解けたまっすぐな棒状から巻き貝状のものまで、様々な形が誕生した。こうしてアンモナイトは、古代型の魚類と巨大な爬虫類と共に、中生代の海を分け合っていたのである。しかし繁栄を極めたアンモナイトも、白亜紀末の大量絶滅に巻き込まれて、恐竜と共に絶滅してしまう事になる。
このアンモナイトに見られた絶滅とその後の適応放散というパターン、即ち、大量絶滅を生き残った少数のものが、環境の好転後にがら空きになっている生態系へ競争相手の全くいない中で急激に適応放散・進化し、再び生態系を埋めるというパターンは、幾度となく繰り返された大量絶滅を通して進化して来た生物進化の縮図と言う事ができよう。こうして生物界は、生物の種類の極めて多い多様性の高い生態系と、逆に大きな個体数を持つ少数の種によって構成される、多様性の低い単調な生態系とを交互に繰り返して来たのである。そして、単調な生態系から再び多様な世界へ移行する時、生態系が再び多様性を取り戻す時に生物の急激な適応放散・進化が起こるのである。また絶滅と適応放散という同じパターンが、アンモナイトという同じ生物の仲間に繰返し起こっている事は、絶滅の原因が同じものであった事を、即ちアンモナイト類が同様の環境変動に繰返し見舞われた事を強く示唆している。地球の生命は、環境の悪化と好転という同様の環境変動を繰返し経験して来た可能性が高いのである。
(注)アンモナイトに見られた反復進化は、カンブリア紀の三葉虫や新生代の浮遊性有孔虫でも知られている。ジュラ紀に生まれた浮遊性有孔虫のグロビゲリナ上科は白亜紀末にほとんどが絶滅するが、グロビゲリナ類だけが生き延び、それから暁新世と始新世に多くの種類が進化して来る。しかし漸新世にまた大きな絶滅が起こり、ここでもグロビゲリナ類だけが生き残って、中新世前期に再び新たな一群の仲間を生み出すのである。しかも、その構成員は絶滅前の型と非常に良く似ていたと言う。(3-21)
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先に見たように、古生代初期の海洋生態系には巨大なオウムガイが君臨していた。その為、初期の魚は海を避けて河川に進出し進化したのであった。当時の魚はまだ小さく顎も持たず、大部分は微細な浮遊物や藻のかすなどを食べる濾過食者だった。しかし、シルル紀に顎を進化させた魚類は、デボン紀に入ると爆発的に発展し海洋をも占拠し始める。こうして、デボン紀には魚類が大繁栄をする一方、オウムガイは衰退して行く事になった。ところがこの危機に、オウムガイの1グループが進化上の転回に成功する。それがアンモナイトである。オウムガイの殻の内部は、隔壁で幾つもの小室に分けられており、そこに気体を満たして浮力器官としている。こうして、オウムガイは海洋を自由に泳ぎまわる事ができる様になり、海底の獲物を上から襲っていたものと思われる。しかし、オウムガイには大きな弱点があった。それは成長速度が遅い事で、有室の殻を作り、そこを気体で満たすには極めて長い時間がかかったのである。その解決法にアンモナイトは殻の壁、特に殻内の小室を区切る隔壁に皺を付け、生体重量の8割を占める殻を作る炭酸カルシウムの量を減らす工夫をした。この新型の隔壁は、壁と直線ではなく吊り橋のアーチのように様々なカーブで交差し、こうした曲線でできた薄い殻と隔壁は厚い殻と同じ強度を出すのにずっと少量の炭酸カルシウムで済み、それだけ成長速度が早くなったのである。また、アンモナイトは全く新しい増殖戦略も発展させた。それまでの少数の卵を生み、ゆっくりと卵の中で成長するという方式に代えて、非常に小さな卵を無数に産む事にしたのである。こうした改良によって、アンモナイトは爆発的に発展し、古生代後半と中生代を通して大繁栄をする事になったのである。(2-29)
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生物の大量絶滅後の急激な適応放散を考える時、孤島で見られる適応放散が参考になるだろう。島は、その成因から大きく2種類に分ける事ができる。1つは大陸島と呼ばれる大陸の一部が切り離されて島になったもので、海水準の上下変動にしたがって大陸と陸続きになったり分離したりを繰り返す、大陸棚の上に乗った島である。もう1つは、大洋のただ中に海底が盛り上がって出現する島で海洋島と呼んでいる。そのほとんどは火山島で、海底火山の噴火によっていきなり海面上に出現する事もあるが、多くは海中に海山としてできたものが海面の低下やサンゴ礁の発達で盛り上がり海洋中に出現する。ハワイ諸島・ガラパゴス諸島・小笠原諸島などがこの海洋島に当たり、ここで取り上げる孤島である。
従って海洋島は、その起源以来一度も大陸と地続きになった事のない島であり、そこに棲む動植物は、偶然によって移住して来たものばかりである。その結果、海洋島は非常に偏った種類の生物集団からできており、その植物相(フロラ)や動物相(ファウナ)は、大陸や大陸島のそれと比べると著しくアンバランスで不調和なものとなっている。例えば、海洋島のフロラではシダ植物の比率がかなり高い反面、裸子植物はごくわずかの例外を除いて見られず、ドングリのなるブナ科は全く存在しない。これは種子の散布形式が、海洋島では鳥を介したものがほとんどな為で、シダ植物が多いのは風で飛びやすい胞子を散布体にしている事による。またファウナに於いても、カエルなどの両生類を欠き、コウモリ以外の地上性の哺乳類は存在しない。
(注)非常に遠い離島では風飛散により繁殖する植物はほとんど存在せず、海洋島での種子散布は鳥類によるものが最も一般的。
しかし、この動植物相の偏りが、孤島にそこでしか見られない不思議で独特な生物を進化させる事になった。突如として大洋中に出現した海洋島では、全く陸上生物のいない状態から出発し、たまたま移住に成功した数少ない生物からフロラやファウナが作られる。その結果、海洋島では生態的地位(ニッチ)のあちこちが、歯抜けの様な状態で始まる事になる。島の歴史が新しいほど、大陸からの隔離の距離が遠いほど、ニッチはがら空きになっているはずである。適応放散は生態系に空地が存在する時、その空いたニッチを埋める形で実現する。その為、すでに調和した生物相が完成し、空きニッチの少ない大陸や大陸島では適応放散が起こり難いのに対し、海洋島やその群島では顕著に展開する事になる。
こうして、海洋島では少数の生物種が活発に適応放散する結果、固有種が多い。種どころか、属や科のレベルでも固有とされるものが多く、ガラパゴスのゾウガメやウミイグアナ・リクイグアナ・ダーウィンフィンチなどは、いずれも属または科のレベルで固有とされている。一定地域に生息する動植物相の中に占める固有種の割合を固有率と呼んでいるが、海洋島の固有率はずば抜けて高く、ハワイ諸島やセントヘレナ島の植物の固有率は85%にも達する。それに対して大陸から離れてからの時間が短く、隔離も効いていないイギリスでは、植物の固有種は1つもなく固有率はゼロなのである。
また、海洋島での適応放散には面白い特徴がある。海洋島では、大陸島に比べると特定の植物の分布範囲が広いのである。つまり、ニッチの幅が広いと言ってもいいだろう。これは、大陸島では生態系が詰まっていて、個々の植物の生育できるニッチが厳しく限定されているのに対し、生態的解放状態にある海洋島では、空いている隣のニッチにまで進入して生息域を広げる事が可能な為と考えられる。例えば、大陸島である琉球列島と海洋島の小笠原諸島に共通する植物の分布を比較すると、小笠原の方がその生息する標高の範囲が広いのである。また興味深い例に、小笠原諸島でのムラサキシキブの仲間の分布がある。父島には、シマムラサキ・ウラジロコムラサキ・オオバシマムラサキの3種が分布し、それぞれ異なるニッチに適応して生育環境を棲み分け、葉の大きさや厚さ、背丈などを異にしている。湿気の多い谷間に生息するオオバシマムラサキは、時には高さ5mもの高木になると言う。ところが、母島には3種の内のオオバシマムラサキしか生息せず、その代わりこの1種が母島の至る所に分布し、湿った谷間では大きな高木となり、乾燥した山腹では低木状になっている。そして葉の大きさや厚み、毛の程度など形態の変異幅が大きく、父島で3つの種が棲み分けているニッチを、分布上でも形態の変異の上でもこの1種だけで占めているのである。これは次の様に解釈できると言う。初め、父島にこの植物の共通の祖先が侵入し、乾燥の程度の異なるいくつかの生育環境に適応放散して今の3種が誕生した。その後、その中のオオバシマムラサキがさらに母島に侵入して拡散するが、母島では侵入後の時間が短く、適応放散の途中でまだ種分化にまで至っていない。つまり、母島では種分化が未成熟な為、ニッチ幅が広くなっていると考えられるのである。
また孤島では、キク科の植物が木になる事が多いと言う。例えば、現在20種弱が知られるガラパゴスのスカレシアは、総て高さ2〜3mの木本で、中には10mを超える種もある。小笠原のワダンノキも、幹の直径5〜6cm、高さ3mほどの木になるキク科植物である。大西洋のセントヘレナ島でも多くのキク科が木になっており、コミデンドロン・メラノデンドロンなど、大きなものでは7〜8mもの巨木になるという。日本では小笠原の1種を除けば、木らしい木になるキク科植物は存在しない。では何故、孤島ではキクの仲間が木になるのだろうか。本来、大陸の様な調和の取れた生態系に於いては、地表面の土砂の移動や撹乱の激しい場所は、生活史が短く短期間に大量の種子を作って広がれる草本が占め、反対に土壌が安定し温度・光・水も十分な所には高木林が成立する。ところが、海洋島では生息する動植物が偏り生態的地位のあちこちが歯抜けの様になっている為、本来なら高木林が成立するはずのニッチが空いていれば、大陸では木になる事のない植物でもそこに進出して適応放散し、その環境に適応する事で自らの形態を変化させ、そのニッチにふさわしい木に進化して行くわけである。またキク科植物は、環境によっては高木にもなれる柔軟性を持った植物という事もできよう。(3-10)
海洋島に於いては、移住に成功した少数の生物種によって、がら空き状態の生態系に適応放散が行われる事。その結果、孤島には独特の不思議な動植物が進化して来る事を見て来た。これは、大量絶滅後の生物の大適応放散と状況が良く似ている。この時も、運良く生き延びる事ができた少数の種が、地球環境の好転と共に、がら空き状態になっている生態系に急激な適応放散を行う。そして、種分化によって単調だった生態系に様々な生物が進化し、狭いニッチに適応した多くの種類の生物が共存する、多様性に満ちた複雑な生態系が再建されて行くのである。こうして歯抜け状態だった生態系は、新たに進化して来た多数の生物種によって満たされる事になる。そして、生態系の空地が埋まってしまうと適応放散は止み、進化も休止するのである。また良く似たニッチに適応したものは、その形態も良く似ている。これは、特定のニッチに適応する為には、その生物の形態もある程度限定されて来る事を示している。
これらの事から考えると、生物というのは本来、変わりやすい存在と見る事ができよう。だから、生態系に空隙ができると直に進出し、そこの環境に適応する様に自らの体を作り変え、新しい種を分化させてそのニッチを占領する。逆に、生態系が満たされ空地がなくなると、変化はストップし進化は止まるのである。生物が適応した特定の生息環境、ニッチがその生物の形態に枠をはめ限定を加える事によって、生物のそれ以上の変化、つまり進化を食い止めているわけである。いわば環境圧が、生物の無原則な変化を押し留めていると言える。その為、多くの生物によって満たされ、安定した生態系では進化は起こらない。進化は多様性に富んだ生態系が、何等かの原因で崩壊する事によって初めて可能となるのである。このように考えると、生物の大量絶滅が生態系の崩壊そのものである事。そしてそれ自身が、生物の進化を可能にしている事が理解できる。極端な言い方をすれば、大量絶滅がなければ生物の進化はなかった。少なくとも、その進化のスピードは、はるかに遅いものとなっていたはずである。何故なら、生態系が隙間なく満たされている状態では、新しい生物がそこに進出し進化できる余地がないからである。新たな生物が進化して来るには、大量絶滅によって古い占有者達が排除され、その場所が明け渡されなければならないのである。
生物にはアンモナイトの様に、繰返し適応放散し進化する生物がある一方で、何億年にも渡って古い形態を変えずに生き延びて来た、「生きた化石」と言われる様な生物も存在する。彼等はどうしてそんなに長期間に渡って、進化せずに来れたのだろうか。これは、進化を考える上で避けては通れない問題である。その事で手掛かりとなるのは、今日、生きた化石といわれる生物のほとんどが、生きて行くには困難な厳しい環境に生息しているという点である。しかも、彼等が繁栄していた過去の時代には決してそうではなかった。以前には、もっと棲みやすい環境に生息していたのである。
例えば、ストロマトライト(石の布団の意味)を見てみよう。これは薄い皮を重ねた様な炭酸塩岩で、糸状の藍藻類(シアノバクテリア)が、粘着性のある糸を絡み合わせて薄いマットを浅海底に作り、その上に堆積物の粒を集めて層を作り、さらにその上に何本もの糸を伸ばして藍藻の層を作るという具合に、有機物に富む層と少ない層を交互に重ね、上に向かって成長してカリフラワー状になったものである。こうして出来た藻類と堆積物の層状構造は、なかには直径が1m、海底から1m以上にもなる塔を作るものもある。このストロマトライトは、現在知られている生物の中では最古のものに属し、先カンブリア時代、世界中の浅海で大繁栄をしていた。彼等は20億年以上もの期間、地球上で最も普遍的な生物だったのである。ところが現在、ストロマトライトが見られるのは、ごく限られた特殊な環境だけである。1つは熱帯域の潮上帯で、この海と陸の間の狭い帯状の領域は、嵐で海水に浸る以外は日に焼かれ風雨に晒された生物にとって非常に棲みにくい場所である。もう1つの生息域も海と陸の境界域にあり、高温・乾燥下の高い蒸発率のせいで塩分濃度が異常に高くなった礁湖で、有名な例がオーストラリア西岸にあるシャーク湾の小さな内湾のハメリンプールである。その浅瀬には大きなストロマトライトが多数存在し、切断して見ると形も構造も27億年前の化石と変わらないと言う。ストロマトライトは生きた化石の中でも、ずば抜けて古いものなのである。また不思議な事に、ハメリンプールのストロマトライトの間には他の生物はほとんど見つからない。このような熱帯の浅い湾には、おびただしい数の生物が生息しているのが普通で、これは極めて異常な事である。実は、この内湾は幅40km、奥行き80kmの細長い入り江で、入り口に海藻の繁殖する浅い堤がある為、4000〜5000年前から内部が濃い塩分の浴槽の様になっており、その為に他のほとんど総ての生物が生息できないのである。ストロマトライトを作る藍藻は驚くほど頑強な生物で、干上がれば休眠し、水が掛かれば再び生き返る。ハメリンプールのストロマトライトは、単に彼等がそこで生存できる唯一の生物であるという理由だけで、そこに存在するのである。今日、このような特殊な環境にしか存在しないストロマトライトも、かっては広大な浅海底を覆い尽くしていた。それが、今は生物にとって生存の困難な厳しい海洋環境にのみ生息しているのは、そこには彼等を捕食する動物がいないという簡単な理由からである。試しに、ストロマトライトを1つ根こそぎにして普通の塩分濃度の海岸に運んだとすると、数日あるいは数週間以内にカサガイや棘皮動物・甲殻類などのありふれた動物たちが、ストロマトライトの表面から生きた組織を剥がして食べてしまう。骨格は残るものの、生きている部分は総て一番上の成長面から剥ぎ取られ、ストロマトライトは死んでしまうだろう。現在の藻類を食べる動物の削り取りに耐えて生き抜くには、ストロマトライトの成長はあまりに遅過ぎるのである。(2-29) (2-38)
次に、生きた化石といえば誰もがすぐに思い出す、シーラカンスを取り上げよう。硬骨魚類は、脊椎動物全体の約半分を占める現在最も繁栄している脊椎動物の仲間だが、これは大変異質な2つの亜綱から成立っている。1つは我々が普段見慣れている魚で、お馴染みの条と膜からできたヒレ(条鰭)を持つ条鰭亜綱。もう1つが骨と筋肉の先に条鰭が付くという構造のヒレを持つ肉鰭亜綱で、これは泳ぐというより水底を歩くのに適した様なヒレで、デボン紀後期にこのグループの魚が上陸に成功して両生類に進化するのである。肉鰭類は現在7種しか生存しておらず、その内の6種は肺魚で、残る1種がシーラカンスである。最初のシーラカンスは、1938年に南アフリカの比較的浅い海で発見されたが、そこは生息地からは遠く、その後は総てマダガスカルの北のコモール諸島で見つかっている。しかも、そのほとんどが水深200〜400mの深海で捕獲され、なかには600mを越える例もあると言う。そのうえ、コモール諸島周辺の魚類の生息数はインド洋上の他の諸島に比べて極端に少なく、大型の肉食性魚類の比率も非常に低いのである。こうした魚類相の奇妙な姿は、この海域の海水の性質によると考えられている。コモール諸島は火山性の島なので地下水が溜まる空洞が至る所に存在し、その為、大雨の直後には多量の地下水が島の斜面からしみ出し、海中洞窟に溜まって周辺の海水の塩分濃度が薄くなる。昼間、シーラカンスはこうした海中洞窟の深度が200m前後のものの中に、数個体ないし十数個体が群れて生活し、そして夜になると水深160〜700mの間を斜面に沿うように行き来して魚を獲っている。深さが200mを越す深海は、暗黒で高圧・低温という生物にとっては大変厳しい環境である。このように、シーラカンスは他の魚類が生息困難な厳しい環境で、進化した魚類と競合する事なく、また肉食魚類から脅威を受ける事もなく生き延びて来たのである。シーラカンスが棲むコモール諸島沖の数百mの深海には、生物はほとんど生息せず、月の表面にも似た荒涼とした海底となっていると言う。ところが彼等も、中生代には淡水や浅い海に生息していた事が知られており、その化石は世界中で発見されている。最も繁栄した三畳紀には海にも沼・湖にも適応し、1mから10mを越すものまで生み出して、様々な環境に進出していたのである。(3-11)
(注) シーラカンスは当初考えられた様に海底を這う事はないが、対角線上の胸ビレと腹ビレを同方向に交互に動かして泳ぐ様は、トカゲなど四肢動物の歩行様式にそっくりと言う。(3-12)
同様に、深海底でひっそりと暮らしている生きた化石にオウムガイがある。古生代の前半に、魚類と制海権を争ったあのオウムガイの子孫である。ただ現生のものは巻き貝状で、フィリピンからニューカレドニアにかけての南太平洋の深海に生息している。昼間は捕食者を避けて水深300mもの深海に身を潜め、夜になると浅瀬まで上昇して来て甲殻類などを食べる。これは視覚に頼る捕食者を逃れる為で、夜明けと共に再び深みに戻って行くと言う。しかし、オウムガイも昔から深海に生息していたわけではない。デボン紀に魚類が台頭するまで、古生代前半のオルドビス紀・シルル紀には、海の覇者として世界中の浅海に有室頭足類の王国を築いていたのである。
実は、深海にはシーラカンスやオウムガイ以外にも、かって古代の海に生息していたのと良く似た生物が、今もなおひっそりと暮らしている。ピーター・D・ウォードによると、南太平洋の島々の深いサンゴ礁の斜面には、4億年も前の海に生息していた古生代の生き残りとでも言える様な生物が生存していると言う。そこでは、3種類の奇妙な生物が深海から水揚げされる。1つはオウムガイで、化石のオウムガイと非常に良く似ている。2つ目は、大型のフナムシの仲間の等脚類で、これは古生代末に絶滅した三葉虫に体の格好がそっくりである。そして3つ目が、深海性で底生生活をする奇妙な形の尻尾を持つ小型のサメで、その尻尾の上葉には脊柱が伸びて下葉よりも大きくなっている。それは、水深の浅い所に棲むどの魚にもない奇妙な格好をしていると言う。そして4億年前の古代の海でも、やはり今と同様に3種類の動物が勢力を誇っていた。オウムガイ・三葉虫そして初期の魚類である。もちろん生物そのものは同じではないが、デボン紀に絶滅した動物と現在の深海のサンゴ礁に棲む生物の構成は、驚くほど良く似ている。深海には、ずっと大昔に絶滅した様な生物が、いまだに生き残っているのである。(2-29)
今日、このように生きた化石といわれる生物のほとんどは、塩分濃度の非常に高い所や変動の激しい所、あるいは深海と、生物の生存には困難な厳しい環境に生息している。しかし、昔からこうした環境に棲んでいたわけではなく、過去に彼等が繁栄していた時代には、もっと棲みやすい環境に生息していたのである。では何故、今日彼等はこのような厳しい環境ばかりに棲んでいるのだろうか。一つには、そこが進化した捕食動物が入って来ない安全地帯となっている事による。確かに、これは彼等が古い体制のままで生き延びる事ができた理由になるだろう。しかし、一つ疑問が残る。彼等はどうして、何億年もの期間ほとんど変化せずに、即ち進化せずに古い形態を維持する事ができたのだろうか。ダーウィン派によると、進化はランダムに起こる突然変異が蓄積し、それが生存競争によって淘汰される事で進行する。もし、この理論が正しいとすると、厳しい環境に棲んでいようが良好な環境に棲んでいようが、突然変異の起こる確率は同じはずだから、生物は時間さえ経てば否応なしに進化するはずである。しかし現実には、アンモナイトの様に数百万年といった短い期間で急速な進化を繰り返した生物がいる一方で、オウムガイの様に何億年もほとんど変化せず、進化の止まった様な生物も存在する。どうも進化の仕方という点で、生物は性質の異なる2つのグループに分けられるようである。つまり、短期間で急速な進化を繰り返すグループと、何億年にも渡って進化の休止しているグループである。
生物の進化は、生態系に空地ができた時にそこへの適応放散によって起こる。地球環境は周期的に変動し、生物にとって好環境と悪環境を交互に繰り返して来た。そして、環境の悪化が頂点に達した時に大量絶滅が起こり、環境の好転と共に生き残った生物によって、がら空きの生態系に大適応放散が開始されるのである。環境が好転した時に急速に適応放散する事のできる生物、つまり急速な進化が可能な生物というのは好環境に適応した生物であろう。彼等は、厳しい環境に適応する為に余計なコストをかける必要がない。その為、好環境下では大きな成長力を発揮し、生態系にできた空地に急速に侵入してそこを占領する事ができる。そして新しく生まれたニッチに適応し、自らの体を作り変え種分化を遂げて行く。一方、生きた化石の様に長期間に渡って進化を停止している生物は、厳しい環境に適応した生物である。彼等は、その厳しい環境に適応する為に、多くのコストを支払わなければならない。その為、好環境下では、余計なコストを掛けていない好環境に適応した生物に太刀打ちする事ができない。その結果、地球環境が好転し、目の前に広大な生態系の空地、処女地が広がって来ようとも、好環境に適応した生物を押しのけて、そこへ進出し適応放散する事はできないのである。また、厳しい環境に生息しているこれらの生物は、元々環境に対する耐性の強い生物だと考えられる。従って、環境変動によって絶滅する事が少なく、生態系に空きが生じ難い。しかも、他の生物が生きるのに困難な環境の為、良好な環境に棲んでいた生物が進出して来て適応放散する事もない。従って、この厳しい環境内で適応放散が起こる事も、そこに棲む生物が外の良好な環境に進出して適応放散する事もないのである。生きた化石と言われる様な生物が生息する厳しい環境では、生態系が独特の均衡状態にあり、意外な安定性を保っていると言えよう。この様に、新しい生態的地位に適応放散できないという事は、進化できないという事である。生きた化石と呼ばれる生物達は、厳しい環境に適応する事によって、進化せずに細く長く生きる道を選んだ生物という事ができよう。
逆に、好環境に適応した生物は、先に見たアンモナイトの様に短期間に急速な進化を繰り返す。しかし、当然の事として環境の変動には弱い。彼等は、地球環境の悪化によって絶滅しやすいのである。ここで、進化史上の興味深いパラドックスに到達する。即ち、進化するものほど絶滅しやすいのである。恐竜の例で見た様に、好環境下で適応放散し繁栄していたものほど大量絶滅に巻き込まれている。繁栄するものほど滅びやすいという皮肉な現実が、生物界にも存在するのである。
最後に、興味深い例を挙げておこう。生きた化石の1つのカブトガニである。その起源は明確ではないが、カンブリア紀初期の岩石から断片的な化石が見つかっている。そして、シルル紀には多様なデザインのものが進化し、石炭紀に全盛期を迎え様々な生息地で繁栄した。しかしその後、カブトガニの仲間は種数が減少し多様性を失って行く。そして面白い事に、新種の出現率が低下するにしたがい、生存種の絶滅率も減少して行ったのである。一度、カブトガニの新種が進化すると、それは非常に長い寿命を持つ様になり、種が絶滅する事は滅多になくなった。現在、カブトガニは4種が生存するが、この数は数億年に渡って比較的安定で、しかもその期間の大半を今日と非常に良く似た生活をしてきたと言う。彼等は浅い、しばしば汽水の湾や入り江の中に棲み、生涯の大部分を潮線下の浅海や潮間帯の砂や海岸の泥の浅瀬で過ごす。そこは塩分濃度・温度、そして酸素レベルが常に変動する、生物にとっては大変棲みにくい環境である。しかし、カブトガニは元からこうした環境に棲んでいたのではなく、本来は浅海底の正常な塩分濃度の水中で生活していたと考えられる。この為、彼等は乾燥や塩分濃度の変動に耐えられる様に、複雑な生理的機構を進化させねばならなかった。石炭紀が終わった時、大部分のカブトガニの種は絶滅したが、この厳しい環境に適応したものだけは生き延び、生きた化石として不老不死に近い種の寿命を獲得する事になったのである。(2-29)
さて、ここでまとめておこう。生物の大量絶滅は生態系の崩壊と見る事ができ、それを引き起こすのが地球環境の周期的変動であった。これはマントル・プルームの周期的上昇に合わせて、海水準の上昇を伴う温暖化と、海水準の低下を伴った寒冷化が交互に訪れるというものである。そして気候が寒冷化する時期に、生態系の崩壊が引き起こされるのである。寒冷化の進行と共に、まず高緯度地方に棲んでいた生物が、低緯度地方に移住し始める。次に熱帯の生物が絶滅し始め、遂にはそれまで繁栄を誇っていたその時代を代表する様な生物達が次々と絶滅し、生態系の多様性は急速に失われて行く。その一方で、寒冷気候に適応した少数の生物が生息域を拡大し、地球は今日の高緯度地方に見られる様な、個体数の多い少数の種が支配する単純な生態系へと変化して行く。この過程で、数百万年という時間をかけて生物の大量絶滅が起こるのである。しかし、地球内部からホット・プルームが上昇して来ると様相は一変する。海嶺部で火山活動が活発化し、大量の二酸化炭素が大気中に放出され、気候は急速に温暖化して行く。そして、海洋プレートの生産速度も増大し、海水準は上昇に転じる。また、超大陸の真下から超ホット・プルームが噴き上げて来る時には、超大陸の分裂が引き起こされる事になる。海水準の上昇により大陸棚には浅海域が広がり、温暖な浅海では植物プランクトンの大繁殖が始まる。陸上でも温暖化した気候の中で植物が繁茂し、生態系を支える食物資源量が急増する。こうして気候が温暖化し、環境が生物の成育に適したものに変わって来ると、絶滅を生き残ったものの中から、がら空きの生態系に適応放散を開始するものが出て来る。彼等の前には、競争相手となる占有者のいない広大な処女地が広がっており、そこに向かって大適応放散が起こるのである。そして豊かな資源と好適な環境の下、互いに重複する狭いニッチ幅を持つ多種多様な生物が進化して来る事になる。こうして歯抜け状態だった生態系は、大量絶滅前とは異なる生物によって再び埋め尽くされ、多様性を取り戻すのである。生態系の空地に進出した生物は、その生息環境に適応しニッチを確立する為に、自己の体を改造し種分化を遂げて行く。このニッチを確立する過程で進化が起こるわけである。したがって、当然の事としてニッチが確立すれば進化は止まる。
生物は本来変化しやすいもの、言葉を代えると進化への強い指向を持つものと考えた方が良いかも知れない。それは、放っておけばどんどん変わって行ってしまう。それを押し留めているのは、その生息環境、ニッチによる規制であろう。あるいは環境圧と言ってもいい。もし、特定のニッチに適応したものが際限なく変化して行けば、そのニッチに不適となり生存できなくなろう。従って、あるニッチを占有しその地位を確立するまでは進化が必要であるが、一旦、ニッチが確立されたならば、そこで進化はストップしなければならない。進化は、生態系に空地が存在する時に急速に起こる。しかし一旦、多様な種の分化によって空地が埋められると、生態系は安定を取り戻し進化は休止するのである。進化は古い生態系が大量絶滅により崩壊した後、再び多様性に富む新たな生態系を構築する過程で起こる。つまり、進化とは崩壊した生態系の再構築の手段なのであり、生態系にできた空地を生き残った生物で埋める為に行われる生物改造という事もできよう。地球上の生命は、地球の寒冷化と温暖化の繰返しの中で絶滅と適応放散を繰り返して来たわけであるが、それは多様性の高い生態系の崩壊とその再構築の歴史でもあった。地球生命の進化史は、生態系の変動の歴史と見る事もできるのである。
(注)おもしろい事に、分子レベルでもよく似た現象がある。中立説では、機能的に重要でない分子、あるいはその部分ほど中立突然変異を蓄積して急速に進化して行くとする。つまり進化する傾向があるわけだが、反対に重要な機能を持つ分子はその機能的制約により進化が抑制され、種内の変異性も減少すると言う。
進化は自然淘汰説の言うように、古い遅れた体制の生物が新しい優れた体制を持つ生物との生存競争に敗れ、淘汰される事によって起こるわけではない。進化は生態系の変動があって初めて起こり得るのである。この事は、いくら優れた体制を持っていようとも、古い生態系が崩壊しない限り、新しい生物が適応放散・進化する事はできないという点に良く表れている。中生代の哺乳類が、恐竜の足元を這いずり回る日陰者に過ぎなかった様に、生態系が安定である限り、それを構成する古い体制の生物を押しのけてまで、新しい進んだ体制の生物が進出し進化する事は不可能なのである。何故なら、彼らが占めるべき生態的地位は、すでに他の生物によって占領されているからである。
例えば、二枚貝と腕足類の関係を見てみよう。シャミセンガイやホウズキガイの仲間の腕足類は、殻の形は二枚貝にそっくりだが内臓の構造は全く異なる別の生物で、殻の間から肉質の柄を伸ばして泥の中に潜ったり海底の岩に付着している。腕足類は、カンブリア紀の中頃から古生代の終わりまで、約2億5000万年に渡って古代の海で最も成功したグループの1つであり、過去には3000属、数万種もいた事が知られている。しかし現在、生き残っているのはわずか300種ほどで、世界中の散り散りの生息地でひっそりと暮らしている。一方、二枚貝が出現したのは軟体動物の主要グループの内でもいちばん遅く、初期の化石がカンブリア紀の地層からごく稀に発見されるものの、普通に見られる様になるのはオルドビス紀になってからの事である。しかもその当時でさえ、腕足類に比べるとずっと珍しい存在であった。古生代初期、二枚貝の放散以前に、腕足類は海のあらゆる生息場所、生態的地位を占領してしまっていたのである。二枚貝と腕足類は、食物をほとんど同じ方法で得ている。海水からプランクトンを濾し取るのである。今日の二枚貝の繁栄に比べて腕足類の劣勢の理由として、二枚貝の方が効果的に濾過摂食できる為に、腕足類がその生息場所を追出されたとする見方があるが、化石記録はこの解釈を否定している。古生代の腕足類は、現在とは逆に非常に豊かな生息場所の浅い大陸棚で大いに繁栄したが、一方、二枚貝は古生代の大部分の期間を通じて極めて棲みにくい環境から発見されている。つまり、温度や塩分濃度の変化の激しい潟や入り江、あるいは砂の移動しやすい場所などである。ところが、このような場所では腕足類は生きていけない。効率の悪い腎臓系しか持たない腕足類は、塩分濃度の大きな変動に耐える事ができず、シャミセンガイを除いて適正な塩分濃度の海水が不可欠なのである。また、多くの二枚貝が筋肉質の足を使って掘り進む事ができるのと異なり、腕足類は堆積物の中に埋められたり、付着場所からもぎ取られると死んでしまう。この為、彼等は二枚貝が簡単に入植できる海洋の縁辺地域を避けているのである。反対に、イガイやホタテガイ・カキなど、現在でも生きている二枚貝の最初の化石が発見されるのは、古生代のこのような厳しい環境からである。これらの化石の殻は、現生のものとほとんど変わらないと言う。彼等は古生代の間中、このような棲みにくい厳しい環境でじっと耐え忍んで来たわけである。そして、ペルム紀末の大量絶滅によって腕足類が一掃され、豊かな浅い海が征服者たちに解放された時、初めて二枚貝はそれを利用できる様になった。こうして彼等は、かって腕足類が繁栄を誇っていた豊かな生息場所へと放散して行ったのである (2-29)。生存競争ではなく、単に古い生物が占有していた生態系の場所を明け渡すという事が、進化を生み出すのである。いくら進歩した体制を持つ優れた生物であっても、生態系を占拠している先住者が絶滅してその場所を明け渡さない限り、新しい生物が適応放散して進化する事はできない。生態系の変動があって初めて、進化は可能となるのである。また進化が起こるのは、崩壊した生態系が再構築される時であるという事。そして、再び多様な生物で満たされると生態系は安定を取り戻し、進化は止まるというのであれば、進化は不連続に起こるという事になろう。即ち、進化には大量絶滅後の急激な進化の時期と、その後の安定期が存在するのである。これは断続平衡説のいう、進化の断続性に説明を与える事になろう。
生物は進化の仕方という点から、2つの異なるグループに分ける事ができる。1つは、厳しい環境に適応した生物で、生きた化石として長期間に渡って変化せず、いわば進化の停止したグループ。もう1つは、棲みやすい好環境に適応した生物で、短期間に急速な進化と絶滅を繰り返して来た生物である。地球環境の好転時に大適応放散をして急速に進化し、多数の種を分化させて大繁栄するのは、こうした好環境に適応した生物である。しかし、これらの生物は当然ながら環境の変動には弱く、次に来る環境悪化の時代を乗り切る事ができず絶滅して行く事になる。地球環境が好適な時代には、ニッチ幅の狭い多数の種が進化し多様な生態系が出現する。こうした時代には、その好環境に良く適応したものほど繁栄する事になる。しかし、特定の好環境に適応したものほど、環境変化には弱くなるはずである。従って、環境の良好な時代に良く適応し繁栄したものほど、次の大量絶滅に巻き込まれる事になる。そうすると大量絶滅を生き延び、次の環境の好転した時代に適応放散して新しい生態系を作り上げる生物というのは、環境の良好な時代には大繁栄を誇っている生物の陰で、ひっそりと暮らしていた脇役の生物という事になろう。繁栄している生物は、当然その時代の最も恵まれた好環境を占領しているはずであり、その豊かな資源を占有する事によって特殊化し体も大型化している。それに対してこの脇役の生物は、繁栄する生物の生息域の周辺で資源も乏しい劣悪な環境に押し込められ、あまり適応放散もできず、従って特殊化もしていない小型の生物という事になる。この日陰者の彼等が、前時代には恵まれた環境の下で繁栄していた大型生物の大量絶滅後に、解放された生態系に向かって大適応放散をし、次の新しい時代を切り開くのである。中生代の恐竜時代には、夜陰にまぎれて恐竜の足元をこそこそ走り回っていたネズミ大の生物が、恐竜の絶滅後に哺乳類の王国を築き上げた様に。こうして進化は、あまり特殊化していない小型の生物から始まり、徐々に大型化して行く傾向が見られる事になる。この大量絶滅とその後の適応放散の過程で見られるのは、パラドクシカルな進化の様相である。ここでは繁栄したものほど、進化したものほど絶滅する。ダーウィンの言う最適者の生存ではなく、最適者こそ絶滅するのである。そして、生きた化石の様に進化速度の遅い劣った種ほど長命を保ち、逆に進化速度の速い優れた種ほど早く絶滅し短命となる。強者が生き残る事で進化が起こるのではない。反対に、強者が絶滅して弱者に生態系を解放する事によって、進化は可能となるのである。生存競争が進化を推し進めるのではなく、競争がなくなった時にこそ急激な進化が起こるのである。こうして初めて、中生代末の大量絶滅において、進化速度が速く当時最も進化していた恐竜が絶滅した一方で、恐竜よりも進化レベルの低い、ヘビやトカゲなどの現生爬虫類の方が生き残る事になった理由を理解できよう。
地球の気候変動と深く結び付いて進行して来た生命の進化史は、次の様に捉える事もできるだろう。まず地球環境を生物にとっての棲みやすさから、いくつかの段階に分けて考えて見よう。ここでは生物の生存・成育に最も適した最適環境から、適・不適そして生物にとって最も生存が困難な厳しい環境の4つに分けて見る。これらの環境が地球全体に占める比率は、地球の気候変動によって変化する事になろう。さて最適環境に棲む生物は、好環境下では急速に成長しその生態的地位を占領する。つまり、好環境下では競争力の強い種なのである。彼等は地球が温暖化して環境が好転した時に、一気に適応放散を開始し、棲みやすい豊かな環境を占領してしまう。即ち、彼等は進化速度も速い種という事ができる。こうした生物のおかげで、好環境では生物種の多様性が急速に回復する事になるのである。反対に、不適や厳しい環境に棲む生物ほど、好環境下では競争力は弱く、進化速度も遅い。こうして、好環境の方が資源量の多い事と合間って、最適環境で生物種の多様性は最大となり、以後、適・不適・厳しい環境へと移るに従い、多様性は低くなって行く。つまり多様性の勾配が出来上がるのである。このように最適環境に棲む生物は、好環境下の地球では急速に適応放散・進化し、多様な種を生み出して一時代を築き上げる華やかな生物であるが、当然の事として彼等は環境変動に対する耐性が低い。つまり環境悪化に弱いのである。彼等は地球の気候が寒冷化し、生息環境が悪化すると一番に絶滅を始める事になる。他方、不適や厳しい環境に棲む生物は、普段から劣悪な環境で生息する為に様々なコストを払っている結果、好環境下では競争力は弱いが、環境変動に対しては強い耐性を持っている。彼等は地球環境が良好な時には、最も豊かな場所は競争力の強い最適環境に適応した生物によって占領されてしまう為、その縁辺部の劣悪な環境でひっそりと生息している。最適環境に棲む生物達が、目覚ましい適応放散を行い急激な進化を遂げている傍らで、注目される事もなくひっそりと暮らす、いわば時代の落ちこぼれの様な生物と言っても良いだろう。彼等はあまり適応放散もしない為、特殊化していない小型の生物である。しかし、地球環境の悪化が始まった時に、生き残る事ができるのは彼等なのである。そして再び地球環境が良くなった時に、空地だらけになっている生態系に大適応放散を開始し、多数の種を進化させ新しい生態系を作り出すのも、前時代には目立たない落ちこぼれだったこれらの生物である。またこの過程は、地球環境の周期的変動によって、最適・適・不適・厳しい環境の比率が変化する過程として捉える事もできる。地球環境が悪化する時期には、最適環境は大幅に縮小すると考えられる。すると、環境変動に対する耐性の低い最適環境に適応した生物は、それに合わせて次々と絶滅して行く事になろう。逆に、地球環境が温暖化し好転して来ると、縮小していた最適環境は急激にその比率を増大させ、新たな生態的空地が大量に生まれる事になる。ここへ、前時代には劣悪な環境下で甘んじていた生き残りの生物達が、急速に適応放散をし進化して行くのである。このように地球の気候変動が、地球環境に占める好環境と不適な環境の比率を変化させる事を通じて、生物種が豊富な時代と貧弱な時代との生態系の変動を生み出し、大量絶滅と適応放散の繰返しからなる生物進化の歴史を創り出しているとも言えるのである。
(注)東北大学の箕浦幸治によると、小型陸上動物と河や湖に生息する陸水棲動物は環境変動に耐性があり絶滅に瀕したことはないが、大型陸上動物と海水棲四足動物は環境事変のたびに絶滅とその後の適応放散を繰り返して来た。これは陸水・瀕海域が常に環境変動に晒されているのに対し、環境が安定している海洋では生物は高度に適応放散し、かえって環境変動に対する耐性を失っている為で、絶滅後の海岸から海洋への繰り返す適応放散は、陸水・瀕海域が海水棲四足動物の多様性再生の為の遺伝子供給源となっている事を示していると言う。(3-20)
これまでに知られている生物は140万2900種になると言う。その内、半分以上の75万1000種が昆虫であり、12万3400種が昆虫以外の節足動物、10万6300種がその他の無脊椎動物である。それに対して脊椎動物はわずか4万2300種であり、哺乳類はその10%以下である。植物は24万8400種、菌類は6万9000種、原生生物は5万7700種、バクテリアは4800種となっている。しかし、このような数値の一部はとんでもない過小評価であり、我々の知っている生物種数が実際に地球上に存在するもののごく一部分に過ぎない事は、常識とさえなっている。バクテリアでは実際の種数の10%程度、ウイルスで4%、菌類では5%が記載されているに過ぎないとも言われる。昆虫類だけでも3000万種は存在するという推定もある(オーウィンの3000万種仮説)。E.O.ウイルソンによると、地球上に生息する種の合計は1000万種から1億種の間であろうと言う。
(注)バクテリアの種類を同定するには、まず平板培地を用いて分離し、その生理・生化学的特性や微細形態を調べるわけだが、湖や海洋に生息するバクテリアの99%はこの方法では培養できずコロニーを形成しない。ところが、こうしたバクテリアのリボソームRNAの遺伝子配列を調べると、従来の培養法で同定されたものと大きく異なると言う。つまり、培養できないバクテリアの中には無数の新種が存在する可能性があるのである。今日では、地球生物の遺伝学的多様性の大部分は、古細菌・真正細菌の原核生物によって占められると考えられている。特に古細菌の中には、動植物や菌類を全部合わせたより桁違いに大きい多様性と進化的距離が見られると言う。
しかも、これまでに無数とも言える多数の種が絶滅している。生命40億年の歴史の中で登場した生物は数十〜百億種にも登ると考えられ、その99.9%が絶滅しているのである。そして今日なお、多数の種が分類・記載される以前に、我々の目に触れる事もなく絶滅し続けている。熱帯雨林は、これまで知られている種の半分以上が生息し、今なお未分類の何百万種もの生物が存在すると考えられる生物の宝庫である。しかし、この熱帯雨林は森林破壊の結果、毎年約1700万haずつ減少しており、それによって年間2万7000種、1日に74種、1時間で3種が絶滅していると言う。このように、想像を絶する多種類の生物が地球上に存在し、また過去にはその何百倍もの種が存在していた事は、先にも触れた様に生物が持つ多様性への指向の存在を考えなければ、とても説明できない。生物自身が、その本性として多様性を拡大しようとする性向を持つからこそ、これほどまでに多数の生物種の生成が可能だったのである。
生命が多様性への指向を持っている事を示す、端的な証拠は性の存在である。ヒトも含めて高等動物では、性は子孫を作る為の唯一の手段であって、性と生殖を切り離して考える事はできない。しかし本来、性は生殖と不可分なものとして誕生したのではない。性は生物の増殖にとって必ずしも必要なものではないのである。例えば、植物には地下茎やむかごなどで、無性的に増殖できるものが多く存在する。動物界でも、多細胞のヒドラは出芽によって子孫を作り、イソギンチャクや海産の蠕形動物は2つに分裂する事で増殖して行く。ミツバチやアリマキなどでは、オス無しの単為生殖が見られる。また単細胞生物では多くの場合、性と生殖は完全に分離している。バクテリアは普通、無性的に分裂を繰り返す事で急速に増殖する。このように一部の生物では、オスとメスが存在しなくても充分に生殖が可能なのである。
しかも子孫を殖やす、つまり増殖という点に関しては、こうした性を介さない無性生殖の方が、有性生殖に比べて格段に効率的である。例えば、分裂によって殖える大腸菌は条件さえ良ければ20分に1回の割合で分裂し、その結果、1個の大腸菌が9時間で1億個体にまで増殖する。植物の新芽などにたかるアブラムシも、春から夏にかけては交尾をせずにメス単独で子供を生むが、その繁殖力は凄まじく数日で植物がアブラムシで覆われてしまうと言う。しかし、考えて見れば無性生殖が旺盛な繁殖力を持つのは当然で、反対に、我々に身近な有性生殖の方があまりに手間ヒマを掛け過ぎているのである。有性生殖をする為には、まずオスとメスが出会って求愛し、交尾して卵子と精子を受精させなければならない。被子植物では、受粉を助けてくれる昆虫を引き寄せる為に花や密を作り、裸子植物では風に飛ばす大量の花粉が必要となる。有性生殖は、大変な手間とコストの掛かる生殖方法なのである。単に増殖だけが目的ならば、性は不必要というよりもむしろ邪魔な存在と言えよう。しかし、大多数の植物や動物は有性生殖で増殖しており、また多くの原核生物や通常は無性的に増殖する生物でも、特定の時期には有性生殖を行っている。ではどこに、これほどまでに手間とコストを掛けて、非効率な有性生殖をするメリットがあるのか。どこに性の存在理由があるのだろうか。
実は、無性生殖で生まれる子は総て、親と全く同じ遺伝情報を持つクローンなのである。1匹の大腸菌は、分裂を繰り返して急激に個体数を増やしコロニーを形成するが、そこにひしめく大量の大腸菌は、突然変異を起こしたものを除くと総て遺伝的には全く同じコピーに過ぎない。ところが有性生殖では、生まれて来る子は総て異なった遺伝情報を持っている。全人類の中でも、一卵性双生児を除けば2人と同じ遺伝情報を持つヒトがいない事からも分かる様に、有性生殖をする生物は総て遺伝的に異なる、この世に2つとない唯一無二の個体なのである。この事から有性生殖の目的は、遺伝子の組換えによって遺伝的に異なる個体を生み出す事にあると考えられる。つまり性とは、特定の相手と「細胞接着を介して遺伝的組換えを行うためのしくみ」(3-13) と言う事ができる。そして、遺伝的多様性を生み出す事がその最大の目的なのである。
(注)キイチゴやタンポポのように受精胚なしに種子を形成する植物があるが、こうした無性生殖植物のほとんどは高度な倍数体であり、しばしば奇数の染色体(減数分裂がうまく行かず有性生殖が出来ない)を持つという。
有性生殖は、遺伝的多様性を増大させる為のシステムである事を見て来たが、それに関連して大変興味深い事実がある。生物は有性生殖の相手として、常に自分とは異なるものと結び付こうとする傾向を持っている。つまり「性では常に異質を求める」(2-14) という原則があるのである。
例えば、大腸菌の接合による交配は異なる株間でしか起こらない。また真核生物のゾウリムシや酵母の性では、同じ形・大きさの細胞同士で接合が行われ、性の違いは接合型とか交配型と呼ばれる番号や記号で表わされるが(ゾウリムシではTとU、酵母ではaとα、藻類では+と−)、こうした仲間でも自分と異なる接合型のものとしか接合できない。つまり、自分と同じ接合型のものとは接合できないのである。しかも、ゾウリムシの属する繊毛虫の仲間には、接合型をたくさん持つ種が少なくない。単細胞の緑藻が共生して美しい緑色をしたミドリゾウリムシでは、性すなわち接合型が4種類とか8種類もあるものがいる。特に多いのはキノコの仲間で、例えばスエヒロタケでは、遺伝的には4000以上の接合型がある計算になると言う。
我々に馴染みの深い種子植物が、多量の花粉を作って風に飛ばしたり、美しい花と密で昆虫を誘い花粉を運んでもらうのも、自分と異なるものと有性生殖する為である。多くの植物は1つの花にめしべとおしべを持ち、自分の花粉で自家受粉している様にも見える。しかし良く調べて見ると、こうした植物でも同じ花の中ではできるだけ受粉・受精をしない様に工夫している事が分かる。多くの花で、めしべはおしべよりも長く、おしべの先のやくが破れて花粉がこぼれ出ても、めしべの先には付きにくい構造になっている。これらの花のめしべは、風や昆虫によって運ばれて来る他の花の花粉を、優先的に受け取る様に作られているのである。また、めしべとおしべの熟す時期が異なる為に、同じ花の中では自家受粉できない花も多い。モクレンやオオバコのめしべは、おしべより先に熟し花粉が出る頃にはしおれてしまう。反対にユキノシタやホウセンカでは、おしべの方が先に熟して花粉を放出し、めしべが熟す時には花粉はなくなっている。小さな花がたくさん集まって1つの花の様になったキク科の花も、雌の時期と雄の時期を分け自家受粉を防いでいる。例えば、ヒマワリは周囲の1枚の花弁を持つ舌状花(雄しべと雌しべは退化している)と、中央に集合した筒状花から出来ているが、筒状花は外側のものから内側へと咲いて行き、その間に雄期から雌期へと変化して行く。つまり、筒状花の中心部はつぼみ、その周囲に花粉を出している雄期の花、一番外側を雌しべの柱頭を出した雌期の花が取り巻いているのである。
もっと手のこんだ植物もある。マツバボタンやオシロイバナは、開花当初にはめしべとおしべが離れていて自家受粉しにくく、昆虫などが運んで来る他の花の花粉を受けやすい状態になっているが、花がしおれる直前になると、めしべとおしべが接近し自家受粉してしまうと言う。これらの花は、できるだけ他家受粉に努めるが、それに失敗した時は自分の花粉で受粉する様にできているのである。植物の中には、もっと徹底して自家受粉を避ける仕組みを持つものもある。それはリンゴ・ナシ・ブドウなど、果樹の多くで知られる自家不和合性と呼ばれるもので、同じ株の花粉では受精がうまく行かず実を結ばないのである。一般に、花粉がめしべの先に付くと発芽して花粉管を出し、これがめしべの中を伸びてその付け根にある小室に到達すると、花粉管から精核が放出され小室内の卵細胞と合体して受精する。ところが自家不和合性の植物では、めしべが自分の花粉と他株の花粉とを区別し、自分の花粉では花粉の不発芽、花粉管の花柱への侵入不能、花粉管の成長速度の低下や停止などによって、受精が正常に行われない仕組みになっているのである。また、こうした不和合性が花の形と結びついている場合もある。サクラソウでは雌しべが雄しべより短い花と、逆に雌しべの方が長い花とがあり、同じ者同士では株が違っても、蜜を吸いに来た昆虫に付着する花粉の位置関係からうまく受粉できないのである。胞子で殖えるシダ植物では、多くの場合、配偶体(前葉体)は雌雄同株で同じ配偶体に造精器と造卵器が付き自家受精の可能性が高いが、ワラビ属などでは両者の成熟の時期を離すよう工夫している。さらに自家受精の回避の為に、色々なシダ植物の群で配偶体の雌雄の分化が進化して行ったと言う。
(注)生理的な自家不和合性は、雌雄両性花と雌雄同株の植物の多くに見られ、それには花粉と心皮との相互作用が関係している。心皮による花粉の認識には花柱内部と柱頭表面の2種類が有る。
精子と卵子が同一個体で作られる雌雄同体種は、多くの無脊椎動物や魚類・両生類にも見られるが、精子と卵子の発達時期が異なっていたり、生殖器官の配列や交尾方法によって自家受精しない様になっている。ミミズでは雌雄の外部器官が自家受精できない様な位置にある。また軟体動物のウミウシも雌雄同体で、繁殖にパートナーは必要ない様に思えるが、繁殖期には這い跡をたどって必死に配偶相手を探し、相手がないと自分一人では繁殖できないのが普通だと言う。ただ、相手は同種でさえあればよく、雌雄異体の我々の様に異性である必要はない。
雌雄同体のホヤ類にも、同様に自家受精を妨げる機構を持つものがある。アメリカ西海岸に生息するウスイタボヤは、受精して発生した個体(大きさ約1mm)が群体を形成する。ゼラチン状の膜で覆われた群体には血管が走り、成長につれ広がって行くが、隣の群体と接触すると合体して1つの大きな群れとなる事がある。この時には、まずゼラチン状の膜が癒合し、続いて血管が繋がる。しかし、反対に臓器移植の際に似た拒絶反応が起こる場合も多く、その時には血管が後退し両者は離れてしまうと言う。拒絶反応は移植細胞表面に存在する非自己抗原に対する免疫反応だが、この抗原となるのが組織適合性分子という細胞表面タンパクで、その中で最も重要なのが高等脊椎動物の細胞で発現する、主要組織適合性遺伝子複合体(MHC)と呼ばれる遺伝子群にコードされたMHCファミリータンパクである。つまり、MHC分子によって自己と非自己とを区別しているわけで、MHCが一致すれば拒絶反応は起きないのである。ホヤもそれに似た前MHCの様なものを持ち、両親からもらった前MHC遺伝子の1つでも異なると拒絶反応が起きると考えられる。癒合できるのは、完全に一致する前MHCを持つ場合だけなのである。このウスイタボヤは、海中に精子を放出して有性生殖を行うが、受精の時には癒合の時とは全く反対の事が起こる。つまり、卵子と異なる遺伝子を持つ精子でなければ受精できないのである。癒合の時には同じ遺伝子でなくては拒絶されたのに、受精では反対に自分とは異なるものでなければならない。生命は、自らの体内に侵入して来る異物に対しては、かたくなにこれを拒絶するが、性に於いては逆に自分とは異なるものを進んで受け入れようとするのである (2-14)。また、生殖の相手として自分とは異なるものを求めるという行動は、哺乳類でも観察されている。遺伝的にMHCのタイプのみが違う純系のマウスを使った性行動の実験によると、オスは交尾の相手として自分とは異なるMHCを持つメスを選ぶ傾向があると言う。その確率は70%にのぼり、マウスはこのMHCの違いを尿の匂いでかぎ分けているらしいのである。ヒトでも、自分と最もかけ離れたMHCの遺伝子型を持つ異性の体臭に、最も強く惹かれるという実験結果が出ている。また、子供時代を兄妹の様に共に過ごした男女は、成人しても互いに性的興味を示さない事が知られている。イスラエルのキブツでは、子供は誕生とともに乳児院に預けられ、以後、小人数のグループで育てられるが、このグループ内での結婚は全くなく、それどころか恋愛事件さえ起こらないと言う。
このように、性に於いては自分とは異なる相手を求めるという現象が広く存在している。しかし、これは考えて見れば当り前の事で、性が遺伝的多様性を拡大する為のシステムだとするならば、遺伝的に同じもの同士が結びついても意味がないからである。生物は高いコストを払って有性生殖をしているわけで、その効果を高めようとすれば、出来るだけ自分と異質なものを生殖相手として求めるのはむしろ当然と言えよう。こうして遺伝的多様性を守る為に、「性では異質を求める」という原則が出来上がったのである。
では有性生殖はどのようにして、遺伝的多様性を生み出しているのだろうか。実は、生物はこの多様性を増大させる為に、極めて複雑なシステムを進化させて来たのである。次にその仕組みについて見て行こう。
性は真核生物だけではなく、原核生物に於いても見られる。しかし、その様式は両者では全く異なっている。原核生物のバクテリアは、普段は無性生殖で増殖しているが、ごく低頻度(約百万分の1)ではあるが性による遺伝的組換えも起こしている。ただ真核生物の受精の様に雌雄の細胞が完全に融合し、2つのゲノムを混合して2倍体ゲノムを形成するのではなく、接合によりオスからメスへ一方通行で、ほんの数個の遺伝子が伝達されるだけである。つまり、交配は異なるバクテリアの株間で接合し、一方から他方に伸びる小さな中空の管の性線毛を介して、小さな遺伝因子のプラスミドを伝達する事によって行われている。特に、Fプラスミドと呼ばれるバクテリアの雌雄を決めるプラスミドは、稀にバクテリアの主たる環状染色体の中に挿入されてその一部となる事があり、この挿入後に接合が起こると、宿主染色体の一部も一緒にF-の受容体細胞に伝達される事になる。そして受容体細胞の染色体と移動して来たDNAとの間で、遺伝的組換えが起こる。これがバクテリアにおける遺伝的組換えの基本的なメカニズムである。
他方、真核生物では、減数分裂と受精という極めて複雑なシステム化した方法によって、遺伝的組換えが行われている。まず真核生物の細胞分裂(有糸分裂)自体が、極めて複雑な過程となっている。原核生物では、遺伝情報は1本のリング状のDNAに収められ、1ヶ所で細胞膜に固定されているだけである。その為、細胞分裂(無糸分裂)の時には、DNAが複製された後に2本のDNAが細胞膜に固定されたまま両側に移動し、その間に隔壁が形成されて分裂は完了する。ところが、真核生物では遺伝情報が複数の糸状のDNAに分散して収められ、それが核の中に閉じ込められている。その為、細胞分裂時に正確にゲノムの1組を子孫の細胞に分配する必要から、真核細胞のDNAは染色体という非常にコンパクトに凝縮された構造を作り上げたのである。まず真核生物のDNAは、DNA結合タンパクのヒストンと結び付く事でコンパクトに畳み込まれる。ヒストンは真核細胞にしかない、しかも非常に大量に存在するタンパク質で、その総質量はDNAのそれに匹敵すると言う。このヒストンと核DNAの複合体がクロマチン(染色質)である。ヒストンには5種類あり、その内の4種類それぞれ2分子ずつから8量体のヒストンコアが作られ、これにDNAの二重らせんが2回巻き付く事で、クロマチンの基本単位であるヌクレオソームが形成される。そして糸に通したビーズの様に並んだヌクレオシームは、もう1種のヒストンH1を介してさらに密に詰まったらせんを形成し、直径約30ナノメートル(nm:10-6mm、10-3μm)の繊維(30nmクロマチン繊維)となる。分裂していない間期の細胞の染色体は、クロマチンに凝縮しているとはいえ極めて細く絡まっている為に、染色体全体をはっきり見る事はできない。しかし細胞が分裂を始めると、ループしたクロマチン繊維はさらにらせんを形成して凝縮し、光学顕微鏡でもはっきりと見える様になる。これが良く知られている狭義の染色体で、この凝縮によって5cmのDNAが約5μmにまで縮む事になる。各染色体は1本のDNAからできており、真核細胞ではこうした染色体が複数個存在してゲノムを形成している。この染色体の形成によって、細胞分裂時に複数の染色体を正確に2つの娘細胞に分配する事が可能となったのである。この時の染色体が糸の様に見える事から、真核細胞の分裂は有糸分裂と呼ばれる。そして、分裂が終わると染色体は再び脱凝縮してはっきり見えなくなる。これは凝縮した状態では、DNAの転写活性が失われRNAの合成ができない、つまり遺伝情報を引き出す事ができない為である。こうして細胞分裂をしていない間期の細胞では、染色質は拡散して染色質網を形成する。染色質が拡散している場所ではDNAが活性化しており、それは子猫がじゃれた後の毛糸玉の様に見えると言う。
真核生物の中には、わずかだが決して有性生殖を行わず有糸分裂だけで増殖するものもいる。原生生物のアメーバ類やトリパノゾーマ、単細胞性の紅藻類や菌類などで、こうした生物は染色体を1組しか持っていない(1倍体:haploido)。しかし、ほとんどの真核生物は一生のどこかで有性生殖を行い、染色体が2組ある2倍体(diploido)の細胞が出現する。ゾウリムシの接合などの例もあるが、普通は真核生物の有性生殖では雌雄の性が分化し、両性の個体から生じた1倍体の配偶子(卵と精子)が合体、受精する事で行われる。この配偶子の合体によって、染色体を2組持つ2倍体が生まれる。真核生物に特徴的な2倍体の存在は、その独特な有性生殖の結果なのである。こうして出来た2倍体細胞が、再び有性生殖の為の配偶子を作るには、染色体を1倍体に戻さなければならない。この為に、真核生物が発明した方法が減数分裂である。こうして有性生殖をする真核生物では、受精と減数分裂のサイクルの間に、1倍体の世代と2倍体の世代が交代で現れる事になった。そして、2個の1倍体細胞が融合して2倍体細胞を形成する事で、両者のゲノムは完全に混合されるのである。さらに、この2倍体細胞が減数分裂して再び新しい1倍体細胞が生じる過程で、遺伝子の組換えが起こり、新しい組み合わせのゲノムの1組ずつが1倍体細胞に分配される。そして、この組み合わせを変えられた1倍体細胞同士が融合して、次の新しい2倍体世代が生まれる。こうして1倍体世代・受精・2倍体世代・減数分裂というサイクルにより、次々と新しい遺伝子の組み合わせを持つ子孫が生み出されて行くのである。
分裂酵母の様な原始的な真核生物の中には、1倍体世代で有糸分裂をして増殖し、接合で2倍体細胞(接合子)になると直に減数分裂をして1倍体に戻ってしまうものも存在する。しかし、有性生殖をする真核生物のほとんどは、2倍体世代で有糸分裂を行い増殖する。植物の中には、1倍体世代でも2倍体世代でも細胞分裂するものがあるが、最も原始的なものを除くと植物でも1倍体世代はごく短く単純であり、反対に2倍体世代の方は発生や増殖を行い期間も長くなっている。脊椎動物を含むほぼ総ての多細胞動物は、実質的にその生活環の全体を2倍体ですごす。そして、1倍体細胞は全く分裂せず短期間のみ存在して、細胞融合の為だけに特殊化している。この有性生殖の為だけに特殊化した1倍体細胞を、配偶子と呼んでいるのである。通常は、形態の異なる2種類の配偶子、即ち大きくて運動性のない卵と、小さくて運動性のある精子が形成される。そして、この配偶子の融合によってできた2倍体細胞が、分裂・増殖して分化し、複雑な多細胞生物を作り上げるのである。
では、減数分裂時にどの様にして遺伝的組換えが行われるのだろうか。通常の体細胞の有糸分裂では、まずDNAの複製が行われ、その後、倍化した染色体が細胞分裂によって2個の娘細胞分けられる。その為、分裂の前後で染色体数に変化はない。しかし、受精では2つの1倍体の配偶子が融合する事により、染色体数は2倍となり2倍体細胞が出来上がる。逆に、2倍体細胞から再び配偶子を作るには、染色体数を半分にしなければならない。この生殖細胞が作られる時に起こる、染色体数を正確に半分に減少させる特殊な細胞分裂が減数分裂であった。1倍体の配偶子2個が融合する事で生まれる2倍体細胞には、父方の染色体と母方の染色体が各1組ずつ入っている。そのため、性を決定する性染色体を別にすると、2倍体の核にはオスとメスに由来する非常に良く似た1対の染色体(相同染色体)が存在する事になる。そして、減数分裂では各相同染色体の片方のみを受け継ぐ事によって、染色体数が半分になった1倍体の配偶子が生まれるのである。つまり配偶子は、各遺伝子について父方か母方どちらか一方のコピーのみを持っているわけである。さて、この減数分裂の機構として考えられる最も簡単な方法は、染色体の複製をせずに相同染色体同士が対合して、そのまま紡錘体上で分離する事である。そうすれば、減数分裂は染色体の複製(S期)を欠いた有糸分裂の変形と見なす事ができる。しかし、実際の減数分裂はもっと複雑な機構を採用している。減数分裂でもまずDNAが複製され、それに引き続いて2回の細胞分裂が立て続けに起こり、これによって染色体数が半減される。つまり、減数分裂では1個の2倍体細胞から4個の1倍体細胞が生じるのである。通常の有糸分裂では、1個の2倍体細胞が分裂して2個の2倍体細胞ができるに過ぎない。減数分裂の1回目の分裂に於いては、DNAの複製により倍化した染色体(姉妹染色分体)が分離せず、そのまま相同染色体同士の対合が起こり、4本の姉妹染色分体が結合した2価染色体と呼ばれる構造が出来上がる。この時、母方の染色体の一部と、これと相同な父方の染色体の一部が交差して入れ替り、遺伝的組換えが起こるのである。そして紡錘体上に並んだ2価染色体は、2本の姉妹染色分体が接着したまま相同染色体が分離し、反対の極へ移動して2つの娘細胞に分裂する。こうして減数分裂の第1分裂の結果、DNA量は2倍体と同じだが、相同染色体の片方のみを持つ娘細胞が2つ出来上がる事になる。この第1分裂に続いて、染色体の複製のないまま第2分裂が起こる。染色体は再び紡錘体上に並び、今度は通常の有糸分裂の場合と同様に姉妹染色分体が分離して、4個の1倍体細胞(配偶子)が形成されるのである。
ここで注意しなければならないのは、第1分裂で起こる染色体交差による遺伝的組換え(乗換え)は、偶然に起こるものでも他の機構の副産物として生じるものでも決してないという事である (3-14)。交差の分子的機構が不明だった時代には、細胞学のイメージから、減数分裂で対合して捻じれた染色体に張力が働いて物理的に切断、生じた切断端が交差して再結合し、2本の組換え染色分体ができると考えられていた。しかし、その分子的機構が明らかになって来ると、この遺伝的組換えは、はるかに複雑で組織化された過程である事が分かって来た。遺伝的組換えは、少なくとも50の遺伝子とその作り出す酵素が必要とされる、極めて複雑でシステム化された過程なのである。しかも、染色体の交差が起こる第1分裂の前期(染色体の凝集から2価染色体が紡錘体の中央部に並ぶまで)は、減数分裂の全期間の90%以上という長い時間を占めている。これらの事は、減数分裂という極めて複雑なシステムが、遺伝的組換えを目的として生み出されたものである事を強く示唆している。第1分裂前期に入ると染色体の凝集が始まるが、減数分裂では凝集はもがきながらゆっくりと進行する。凝集の初期には細長い糸の様に見える染色体が、まるで何かを探し求めるかの様にうごめき、細胞核はゆっくりとうねりもまれ始める。これは各染色体が、その対合相手の相同染色体を見つけようと蠢動しているのである。そして、2つの相同染色体がうまくぶつかると染色体の相同領域が並んで結合し、両者はファスナーを閉める様に融合して行く。このファスナー様の対合構造はシナプトネマ構造(対合複合体)と呼ばれ、長い梯子状のタンパク質コアの両側に2本の相同染色体が並び、長い直線状の染色体対を形成したもので、電子顕微鏡では文字どおりファスナーの様に見える。染色体の交差の為には、2つの相同染色体が密着して並んでいる事が必要で、遺伝子の組換えはこの対合複合体の内部で起こる。シナプトネマ構造の所々には、組換え小節という直径約 90nmのタンパク質を含む大きな会合体があり、これが100nm幅のファスナー部を横断して、父方と母方の染色体上のDNAを局所的に引き合わせ、組換えを行うと考えられている。組換えが終わると事態の進行は少し速まり、染色体の短縮化と凝集はまだ続くが、ある時点でシナプトネマ構造は壊れ相同染色体は分離し始める。この時、2本の相同染色体は幾つかの個所で固く結合し、この結合点のキアズマで染色体の交差が起きているのである。2価染色体は少なくとも1個、中には2個以上のキアズマを持つものも多く、相同染色体間には複数の交差が生じる事ができる。ヒトでは、この染色体の交差が各対ごとに平均2〜3ヶ所で起きており、これにより各配偶子に、遺伝的組成の組換えられた染色体が分配される事になるのである。
このように真核生物は遺伝子の組換え、つまり遺伝子の多様性を増大させる為に、有性生殖という極めて複雑なシステムを進化させ、また多くの時間とコストをかけているのである。これは遺伝的多様性を増大させるという事が、生物にとっていかに重要で必要不可欠なものであるかを如実に物語っている。減数分裂における、遺伝子の組換えによる多様性の増大は2段階に分けて起こる。まず第1分裂の際に、父方と母方の染色体がランダムに組み合わされて、娘細胞に分配される事による遺伝子の混合である。これだけでも、2n個の染色体を持つ1つの個体から、遺伝的に異なる配偶子が2n 種類も生じるはずである。例えば、ヒトではこの数は223≒8.4×10 6種類にもなる。さらにこの上、染色体の交差によって各相同染色体単位で遺伝子の組換えが起きる結果、配偶子の遺伝的多様性は無限と言っていいほどになる。そして、この無限に近い多様性を持つ配偶子同士が結合する事により、親とは異なる新しい遺伝子組成を持つ子が生まれる。こうして、生物の遺伝的多様性は飛躍的に拡大するのである。
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減数分裂時の相同染色体間で起こる遺伝的組換えの様に、DNA間に広範囲の相同の塩基配列がある場合にのみ起こる一般的組換えでは、どのような酵素が関わっているのだろうか。一般的組換えによる遺伝子再編成は細菌の接合時にも広く見られる。ここでは大腸菌を例に見てみよう。
一般的組換えでは、最初に一方のDNAからの1本鎖が他方のDNAの1本鎖と塩基対を作り、2つのDNA分子間で互い違いの継ぎ目(ヘテロ2重鎖)が形成されなければならない。この為には、まず一方のDNA鎖にニックを入れ1本鎖のひげを作る必要がある。大腸菌の組換えでは、特殊なタンパク(RecBCDタンパク)が、DNA分子の1本鎖にニックを入れる役割を果たしている。このタンパクは2本鎖の一端からDNAに侵入し、結合したATP分子の加水分解エネルギーを使って一方向に毎秒約300塩基の速度で進み、特定の認識部位(大腸菌DNA全体に散在する8塩基配列)で1本の鎖を切断、1本鎖のひげをDNAから追い出して行く。この特定の塩基配列は、Chi(カイ)と名付けられた 5′−GCTGGTGG−3′配列で、ここで高頻度に組換えが起こる事になる。大腸菌のDNAには遺伝子5個当たり約1個、ゲノム全体では 約1000個ものChi配列が存在する。通常のDNAには遊離末端がないのでRecBCDタンパクは作用しないが、細菌同士の接合によりオスの菌から導入されたDNAには末端がある為、そこからRecBCDタンパクはDNAに侵入し、Chi配列で切断して1本鎖のひげを作り出すのである。こうして出来た1本鎖のひげと、他方のDNAの相補領域間で塩基対が形成されるわけである。
しかしこの時、塩基対がスムーズに形成される為には、1本鎖が折り畳まれずに開いた状態になっている必要がある。そこで登場するのが1本鎖結合タンパク(SSBタンパク)で、1本鎖の糖−リン酸鎖に結合し、塩基を露出させて1本鎖を伸びた状態に保つ働きをする。また、SSBタンパクは大腸菌の一般的組換えだけではなくDNAの複製の際にも不可欠の酵素で、試験管内での実験では2本鎖形成反応の速度を1000倍以上にも速めると言う。
さらに一般的組換えでの塩基対形成は、一方の2本鎖DNAにもう一方のDNAの1本鎖のひげが入り込むという複雑な反応である為、SSBタンパクと協力してこの反応を触媒する酵素のRecAタンパクが必要となる。複数のDNA結合部位を持つRecAタンパクは、1本鎖と2本鎖のDNAに同時に結合して3本鎖構造をつくり、2本のDNA間での鎖の交換と対合を触媒するのである。いったん対合が起こると、RecAタンパクは1本鎖DNA上で一方向に集合してフィラメントを作り、移動方向を指定する。この結果、分岐点移動が一方向に推し進められ、異なるDNA分子に由来する鎖が対合したヘテロ2重鎖領域がすぐに何千塩基対にも拡大する。
こうして、2つのDNA間で1本鎖の交換が起こると以後の反応は急速に進行する。まず、もう1本の鎖の交換が起こり、2つのDNAが持つ4本の鎖の内、2本を交換した鎖間交換構造(ホリデー連結)が出来上がる。この構造は2本の交差した鎖のペアと交差していない鎖のペアから成るが、一連の回転運動によって異性化し、交差していなかった鎖が交差し、あるいはその逆も起こる。最後に、2つのDNAを再び分離し反応を終了させるには、2本の交差した鎖を切断する必要がある。鎖間交換構造の異性化以前に交差している鎖が切断されると、2つのDNAはほとんど変化せずに分離する。しかし異性化反応後に切断されると、元のDNAの半分同士がヘテロ2重鎖の継ぎ目を通して繋がった形となり、DNA間の交差が完了する事になる。(1-15)
このように、交差による遺伝子の組換えは単に偶然に起こる現象ではなく、様々な専門の酵素を必要とする極めて組織化されたシステムにより、いわば計画的に引き起こされているのである。この事からも、遺伝的組換えが生命にとって、いかに重要な営みであるかが良くわかろう。
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有性生殖では遺伝的組換えの結果、総ての子供は異なった遺伝子組成を持つ様になる。つまり有性生殖をする真核生物では、総ての個体が遺伝的に異なっており、1つとして同じ個体は存在しないのである。この事は、個体が個性を持つ事を意味している。有性生殖によって初めて個性が出現するのである。
個性というとヒトだけのもの、あるいはより広く考えても高等な哺乳類に特有なものと考えがちである。事実、初期の動物行動学や生態学に於いては、もっぱら種に特有な性質が研究され、動物に見られる個性の違いは種全体に当てはまる普遍法則の例外、一種のノイズとしてほとんど無視されて来たのである (3-15)。しかし近年、同種の個体でもその行動様式や生活史の送り方に変異が存在する事が明らかになるにつれ、総ての動物個体は個性を持つと考えられる様になって来た。例えば、カナダの小川に棲むマスでは、個体によってその餌メニューが著しく異なると言う。マスの食物は、カゲロウ・トビケラなどの水生昆虫、ミミズの仲間、サンショウウオなどであるが、その選び方は個体によって違う。同じ個体を繰返し捕え、胃の中身を水流で洗い出すという方法で食性を調べると、特定の餌ばかり食べる傾向が個体により決まっている事が明らかになったのである。しかもこの差異は、一日の時刻・場所・個体のサイズによっては影響されないと言う。また、西日本の河川や湖沼に広く分布するコイ科の淡水魚のカワムツも、個体によってその食性は著しく異なっている。水面の昆虫・流下物・藻類・底生生物などを餌としているが、その割合は個体によって異なり、特定の餌ばかり食べる個体もいれば、いろんなものを食べる個体もいる。さらに、カワムツの個体識別による調査によると、どの社会行動についても個体間に明らかな違いが認められると言う。攻撃行動や運動量・行動圏の広さなどにも個体差があるのである。こうした事は、脊椎動物ばかりではなく軟体動物のタコでも知られている。それによると、タコには活発な性格、敏感な性格、タコ壺の外に出たがらない性格等の違いが認められると言う。また社会性昆虫のミツバチ。その働きバチは働き者の代名詞にもなっており、実際、花にやって来るミツバチなどは、実に熱心に花粉や密を集めている。しかし、このようにせっせと働いているのはごく一部だけで、大半のミツバチは休んでいたり、ぶらぶら歩き回ったり、ボーッとたたずんでいたり、自分の体の毛づくろいをしたりしていると言う (3-16)。ミツバチの中にも、働き者と怠け者といった個性の違いがあるようである。また養蚕のカイコがマユを作る時にも、サッサと始めるものもいれば優柔不断なものもいて、開始に数日の差が生じると言う。(3-17)
先にも見たように、バクテリアでも低頻度ではあるが遺伝子の交換を行っている。この事から考えると、彼等にも遺伝情報の個体差が存在するわけで、生物の個性は萌芽的な形ではあってもバクテリアのレベルから存在すると言う事もできよう。生物の多様性への指向、そして個性の出現は、生命進化のごく初期の段階から存在したものと考えられるのである。無性生殖では、親と全く同じ遺伝情報を持つ個体が生み出される。総ての個体が遺伝的に全く同じという事で、個体間に差異はなく、原則として個性は存在しない。ところが、有性生殖では組織的に遺伝的組換えを行う事によって、子は親とは異なる遺伝情報を持つと同時に、生まれて来る子供間でも総て遺伝的に異なっている。有性生殖によって初めて、生物間の個体差、個性が出現するのである。有性生殖は、生物がその遺伝的多様性を拡大する為に発明した、極めて複雑な遺伝的組換えのシステムであった。従って、生物の多様性を拡大しようとする傾向が、生物の個性を生み出す事になったと言っても良いだろう。
現在生存する複雑な生物は、実質上総て有性生殖によって進化して来たものである。性を持たない生物も多く存在するが、そのほとんどは単純で原始的な段階に留まっている。大多数の植物や動物が有性生殖で繁殖している事は、有性生殖に大きな利点がある事を示すものと言えよう。このように生物界では大きな成功を収めている有性生殖であるが、興味深い事に近年流行の行動生態学ではその存在理由を説明できないのである。(3-1)
行動生態学では、生物の行動は遺伝子によって支配されており、その遺伝子が生存競争の中で自然淘汰される事を通じて行動が進化すると考える。ダーウィン派進化論では、適応的な生物、適応度の高い個体というのは、より多く自分の子孫を残す事に成功した個体であった。行動生態学では、それを個々の遺伝子レベルにまで拡大する。つまり、自分のコピーをより多く残す事に成功した遺伝子、そしてその行動が進化すると考えるのである。行動の進化に於いては、いわば遺伝子レベルで淘汰が働いているのであり、個々の遺伝子は自分のコピーをいかに多く子孫に伝えて行くかを巡って、互いに生存競争を闘っているわけである。そして現在の生物が持っている遺伝子は、総てこの生存競争に勝ち残って来たものという事になる。この理論によると、生物は常に自己の遺伝子を少しでも多く残す事、その存続を最優先に行動するのであり、また生物はそのような行動を進化させて来たはずである。しかし、有性生殖では親の遺伝子は1/2しか子供に受け継がれない。自己の遺伝子の存続こそが、生物の最大の目標だと言うのなら、無性生殖の方が有性生殖よりもはるかにその目的に適っている。なぜなら、無性生殖では親の遺伝子は100%子孫に伝えられるからである。こうした、行動生態学の遺伝子中心主義的な理論では、自分のコピーをより多く残すという遺伝子の目的に逆行する、しかも無性生殖よりはるかに手間とコストのかかる、有性生殖が進化して来た理由は説明不能なのである。これらの理論にとっては、有性生殖は全く無駄な邪魔者に過ぎない。逆に、親と異なる遺伝子を持つ子供を生み出す事を目的とした、有性生殖の生物界での普遍的存在は、これら遺伝子中心主義の理論の誤りを実証していると言ってもいいだろう。
また、生存競争によって遺伝子が淘汰される事により行動が進化するというのであれば、こうした生存競争に勝ち残る事ができる遺伝子というのは、自己のコピーを少しでも多く残す事を最優先に利己的に行動する遺伝子であろう。つまり適応的な遺伝子というのは、利己的な遺伝子という事になる。こうして、ドーキンスの利己的遺伝子説が導き出される。そこでは遺伝子こそが主人公であり、生物は遺伝子を受け継いで行く為の生存機械、遺伝子の乗り物に過ぎない。我々生物は、遺伝子によってリモートコントロールされている、単なるあやつり人形というわけである。そして、生物を操っている遺伝子というのは、自分のコピーを残す事だけを考えて、排他的に生存競争を繰り広げている利己的遺伝子なのである。ところが、生物界で広く採用されている有性生殖の目的は、遺伝子の組換え、即ち遺伝子を混ぜ合わせる事である。それによって、異なった遺伝子同士が補い合い、助け合って、より適応性を高めようとしているわけである。ここには、生存競争で他の遺伝子を排除し、自己の存続だけを目指す利己的遺伝子などは存在しない。生物は遺伝子を交換し合う事によって、個々の遺伝子や個体ではなく集団全体の適応度を高めているのであって、これは競争ではなく、むしろ協力し合っていると言った方がいい。この事は、生物は単に遺伝子の為の生存機械や乗り物ではなく、反対に遺伝子の方が生物の生存と存続の為の道具なのであり、その構成要素の1つに過ぎない事を端的に示している。そこには、遺伝子中心主義と生存競争の原理が描き出す単純な世界とは極めて異質な、生きた生物の複雑多彩で豊かな世界が存在するのである。
ドーキンスの遺伝子中心主義の考え方の基礎には、生命は最初に自己複製子として誕生し、その後それを外界から守る目的で作られた外被が細胞だという見方がある (1-5)。そして、この自己複製子は今日まで絶えることなく、連綿と受け継がれて来たというわけである。もしこれが真実ならば、生命の本質はその遺伝子にあり、我々が目にする事ができる生きた生物は、遺伝子に操られた単なる乗り物という事にもなろう。しかも、おあつらえ向きに、生命誕生では最初に自己複製能力を持つRNAが出現したという、RNAワールド説が今日有力となっている。しかし現在、勢力を持ち大流行しているこの仮説も、実は様々な問題を持ち合わせているのである。これについては、後に生命誕生について述べる時に触れる事にしよう。
生物は、極めて複雑な遺伝的組換えシステムである性を進化させて来たわけであるが、ではいったいこの性は、どのようにして誕生したのだろうか。
有性生殖をする真核生物では、染色体を1組しか持たない1倍体世代と、2組持つ2倍体世代とが交互に現れる。そして原始的なものを除き、1倍体世代はごく単純で期間も短く、発生や増殖を含め生活環のほとんどを2倍体世代で送る。ほぼ総ての多細胞動物では、1倍体世代は有性生殖の為だけに特殊化し、配偶子として存在するだけである。そして、生物としての活動のほとんどは、2倍体世代で行われている。つまり1倍体細胞は生殖細胞で、2倍体細胞は体細胞に当たるわけである。その結果、我々の感覚では、生物というのは2倍体が当り前で普通の事の様に見える。しかし、地球上に最初に誕生した生命である原核生物は、総て1組の染色体しか持っていない。また真核生物でも原生生物の中には、下等藻類や下等菌類、アメーバの仲間の様に有性生殖を行わず細胞分裂だけで増殖し、生涯1倍体で生活するものも存在している。考えて見れば当り前の事だが、遺伝情報としてのDNAは1組あれば充分であって、同じものを2組も持つ必要はないわけである。しかも、細胞分裂時には2倍のDNAを合成しなければならないわけで、生物にとっては大変不経済であると同時に大きな負担にもなる。従って、生物は最初に1倍体として誕生し、真核生物が出現して後に初めて2倍体が進化して来たものと考えられる。
では、どのようにして2倍体は生まれたのか。その答えは、有性生殖をする生物が幾度となく繰り返して来た1倍体と2倍体との交代の過程、即ち受精に隠されている。ここでは1倍体の配偶子同士が合体する事で、2倍体の細胞が作り出される。つまり、生命の進化の中で最初は1倍体のみだった生物界に、何かのきっかけで1倍体細胞同士が合体融合する事で、1つの細胞の中に2組の染色体を持つ2倍体細胞が出現したと考えられるのである。それは有性生殖の誕生の瞬間でもあった。では何故、2つの1倍体細胞は合体したのか。それを考える上で、たいへん興味深い例が知られている。緑藻類のクラミドモナスやアオミドロは、普段は1倍体で栄養生活を営んでいるが、低温・乾燥・栄養分の枯渇などで環境が悪化すると、猛烈な勢いで2匹ずつ合体(接合)を始めると言う。こうして生まれた2倍体細胞(接合子)は、ただちに体の外側に硬い殻を分泌して休眠に入る。そして環境条件が改善すると、殻の中で減数分裂を行って4匹の1倍体細胞に生まれ変わり、殻を破って元の1倍体細胞として栄養活動を再開するのである。有性生殖は、しばしば外部環境の悪化と結び付いて起こる事が知られている。太古の海に誕生したばかりの真核生物は、遺伝子DNAのセットを1組しか持たない1倍体細胞であった。しかし、環境が悪化してそのままでは生きて行けなくなった時、1倍体の真核細胞同士が合体して、DNAセットを2組持つ2倍体の真核細胞が誕生したのである。そして合体融合した真核細胞は、互いに遺伝子を交換し協力し合って危機を切り抜けた。つまり「受精は緊急非難から始まった」(2-14) のであり、太古の海で死の危機から逃れる為に合体した2匹の真核細胞こそ、有性生殖の起源だったのである。
しかし、これは何も突飛な事ではない。先にも述べた様に、バクテリア(細菌)でも抗生物質に晒された時、接合して耐性遺伝子を伝達する事で危機を克服している。原核生物の段階から、生物は互いに有用な遺伝子を融通し、協力し合う事で危機に対応して来たのである。ただ、原核生物ではこの遺伝子の交換がゲノムの一部だけであったのに対し、真核生物は合体して総てのゲノムを混合する事を始めたわけである。1つの環状染色体しか持たない原核生物が、薬剤耐性などの補助的遺伝情報をプラスミドを介して交換しているのに対し、固い細胞壁を持たず、複数の染色体と有糸分裂というそのコントロール・システムを進化させた真核生物とっては、合体して総ての染色体を混合する方が手っ取り早やかったのである。環境の変化に直面した真核生物が合体融合する事を始めたのは、遺伝子の組換えによって遺伝的多様性を拡大し、環境への適応力を増大させる為であったと思われる。従って良好な環境条件が回復すると、減数分裂を行って再び1倍体細胞に戻ったのである。当時は、今日の高等生物とは反対に、1倍体細胞が生活の基本相であった。
こうして有性生殖を始めた真核生物では、染色体が1組の単相の時期と、2組になった複相の時期とが交互に出現する様になった。最初に有性生殖を行った生物は、生活環のほとんどを1倍体の単相で過ごし、複相になるのは接合した直後のわずかな期間だけであったと思われる。しかし、その後の進化の中で複相期は徐々に長くなり、生活の重点も単相期から複相期に移って行き、遂には生活環のほとんどを占めるまでになる。こうして、生活環における単相と複相の立場が逆転してしまうのである。このような生活環の進化の跡は、今日の真核生物の生活環に見られる3つの基本型に残されている。
1つは、我々に最も馴染みの深い配偶子環で、いくつかの原生生物とヒトを含む総ての動物に見られる。この配偶子環では、細胞は配偶子(精子・卵および同形配偶子)を除けば総て複相である。ここでは、単相細胞は受精の為だけに存在し、生物が生きて行く為の他の活動は総て複相細胞によって担われている。これは、複相期の拡大という生活環の進化の流れから言えば、最も進化した段階という事ができよう。
反対に、最も原始的な生活環が接合子環である。これは、いくつかの緑藻類とある種の原生生物、そして菌類に於いて見られ、これらの生物ではクラミドモナスで見た様に生活のほとんど総てが単相の状態で過ごされる。そして、単相細胞同士の原始的な受精である接合によって、複相の接合子が作られるのである。こうして出来た接合子は、クラミドモナスの様に長い休眠期に入る事もあるが、最も良く起こるのは受精に引き続いて減数分裂が起こり再び単相状態に戻る事で、この接合子環では配偶子環とは逆に、複相期が受精後のほんの一時期に過ぎないのである。
また、藻類タイプの原生生物と大部分の植物で、独特の進化を見せたのが胞子環である。植物では、減数分裂によってすぐに配偶子が出来るのではない。配偶子環とは異なり、まず単相の胞子ができ、この胞子が成長・分裂して多細胞の配偶体を形成、これが配偶子を生み出すのである。配偶体は既に単相なので、配偶子は単純な体細胞分裂によって作られる。そして、この配偶子の受精・融合してできた接合子が分裂・成長して複相の多細胞世代が生まれ、それが減数分裂をして胞子を作り出すのである。この胞子を形成する相が胞子体で、我々が目にするほとんどの植物はこの胞子体である。胞子体には植物体の根・茎・葉が含まれ、配偶体はその花や球果の中に包蔵されている。
この胞子環には、植物の進化の程度に応じて、いくつかのバリエーションが見られる。原始的なものでは、配偶体と胞子体が別々の独立した植物体となっており、しかも配偶体相の方が優越している。例えば、ある種の糸状の藻類では配偶体相が非常に優越し、胞子体相の方は単純でほんのわずかの時期を占めるに過ぎない。コケ植物やシダ植物でも、胞子から成長した単相の配偶体が独立した個体となっている。特にコケ植物では配偶体の方が支配的で、我々が通常目にするのはコケの配偶体の方で(配偶体世代植物)、胞子体は配偶体の上に寄生して生活史の一時期に現れるだけである。シダ植物も小さなハート形の光合成を行う配偶体(前葉体)を持つが、生活環では胞子体の方が著しく優越して来る。さらに進化した裸子植物では、配偶体が独立した植物体とはならず、胞子体の生殖構造の中に取り込まれてしまう。そして最も進化した顕花植物では、配偶体は花の中にある比較的少数の単相細胞だけという事になってしまうのである。
(注)陸上植物では、胞子体世代(無性世代)と配偶体世代(有性世代)を交互に世代交代する。ところが、陸上植物の祖先に最も近いと考えられている車軸藻類では世代交代は行われず、受精して誕生した接合子は直ちに減数分裂して接合胞子を生じ、ここから新しい植物体(配偶体)が形成され胞子体は作られない。したがって陸上植物の世代交代は、車軸藻類の様な配偶体世代のみで世代交代のない状態から、減数分裂の胞子(減数四分胞子)形成時期までの遅延と、接合子の体細胞分裂による多細胞の胞子体世代の新たな挿入によって生まれたと考えられる。(1-29)
植物に見られる進化的傾向としては、この複相の胞子体の優越以外に、もう1つ異形胞子性の進化がある。コケ植物やシダ植物では、同形胞子と呼ばれる同じ形の胞子が作られる。それが裸子植物になると異形胞子の大胞子と小胞子とに分かれ、小胞子からは雄性配偶体の花粉粒を生じ、大胞子からは雌性配偶体を生じる様になるのである。こうして誕生した花粉粒は風に運ばれ、厳しい乾燥に耐えて何年でも生き延びる事ができる。しかも、花粉管を形成する事で精子を雌性配偶体に直接手渡せるようになり、受精に水を必要としなくなった。これによって初めて植物は、沼地や水辺を離れて乾燥した大陸内部へも進出できる様になったのである。それに対してコケ植物やシダ植物では、精子が造卵器まで水中を泳いで行かねばならず、水のない所では受精ができない。また、雌性配偶子は親である胞子体の組織の中に残り、そこで保護される様にもなった。それが受精後に種子となるのである。裸子植物の種子は、固い耐水性の外種皮に守られた貯蔵栄養の塊と、部分的に形成された休眠中の植物胚とから成り、花粉と同様に過酷な条件に耐え、何年も休眠した後でも充分に発芽する事ができる。こうして、裸子植物は花粉粒と種子を進化させる事によって、新赤砂岩の堆積に象徴される古生代末から中生代にかけての地球環境の乾燥化に適応し、古生代の森林を形成していた巨大な無種子植物類のペルム紀末の絶滅後、彼等に代わって生態系を占め中生代に大繁栄をする事になるのである。そして、これは今日の種子植物の繁栄の基礎ともなっている。
(注)異形胞子植物の雌雄配偶体はかなり小さく、ほとんどの場合、性細胞は胞子壁から出ずに成長し、大配偶体は植物体に保持されたまま受精する。種子はこうした異形胞子から分化したと考えられる。
このように有性生殖をする真核生物は、その進化の中で単相から複相へと生活環の重点を移して行ったわけであるが、ではなぜ複相つまり染色体を2組持つ2倍体の相が拡大して行ったのだろうか。これは、生物にとって何等かの利点があった為と思われる。それを考える上で参考になるのが、自然界に存在する倍数体である。真核生物では生殖細胞を除くと2倍体が基本であるが、自然界にはそれ以上のゲノムの組を持つものも多く、それを倍数体と呼んでいる。これは植物の体細胞分裂の過程で、染色体は倍化するが何等かの理由で細胞が分裂せず、その結果、染色体が倍になった細胞が時折誕生するのである。自然界には倍数体が意外に多く、被子植物の1/3は倍数体であると言われる。例えば、パンコムギの6倍体、キク属10倍体、スイレン属32倍体など、いずれも自然交雑によって生まれたものである。また植物の倍数化は、有糸分裂での染色分体の分離を妨げる化学物質のコルヒチンで人工的に繰返し引き起こす事も可能で、これによって個体のサイズが大きく食用部分も多くなる為、野菜類の育種に広く利用されている。花卉園芸でも花を大きくする為に重用される。倍数体は動物にも見られ、組織や細胞の一部が倍数化している場合もある。例えば、成人の肝臓などでは4倍体や8倍体の細胞の割合が高いと言う。
こうして倍数化した種や品種は生活力が旺盛で、器官が肥大化し環境変化に対する適応力も強く、しばしば厳しい気候条件に対する耐性を備えている。例えば、被子植物では高緯度地方ほど倍数体の比率が高い事が知られ、熱帯地方の26%に対し、グリーンランド北部では顕花植物の種の86%が倍数体であったと言う。また顕花植物では、雑種形成とそれに続く倍数化によって雑種における染色体の不和合性を克服でき、同所的に新しい種が形成される事が分かっている。このように倍数種が厳しい環境に耐え適応力が強いのは、遺伝子の数が多い分、遺伝子産物の量も増大し、それだけ細胞の生命活性が高まる為と考えられている。(3-18)
生活環の進化で起こった単相から複相への変化は、遺伝子が単に2倍になったという量的効果だけではなく、遺伝的多様性も大幅に拡大させたはずである。これらの事が相まって、環境変化に対する適応力を大きく増大させる事になったと思われる。さらに染色体が2組あれば、突然変異に対する耐性も格段に高まる。仮に、突然変異によって遺伝子に欠陥が生じても、もう片方の遺伝子でそれを補う事ができるからである。単相の原核生物では、突然変異が起こるとすぐに表現型に現れる。これに対して複相の生物では、突然変異を起こした遺伝子がもう1つの正常な遺伝子と分離しなければ表現型として現れず、その為には幾世代もの細胞分裂を必要とする。普通は正常遺伝子の方が優性な為、一方の遺伝子に突然変異が起きても片方が正常な限り変異形質は現れず、見掛け上その個体は正常となるのである。例えば、人間には少なくとも6000種の遺伝病があると言われるが、実際にその変異が現れるのは、複相の遺伝子の両方が突然変異を起こした場合だけである。もしヒトが原核生物と同じく単相ならば、我々は驚くほど多くの遺伝病に悩まされていた事だろう。事実、知られている劣性遺伝病の頻度から計算すると、ヒトは平均して約7つの重篤な遺伝病の劣性対立遺伝子を保持していると言う。また、突然変異率は1遺伝子座当たり配偶子10万個に対して1個の割合であり、ヒトの遺伝子の総数が3〜4万という事を考えると、3人に1人は新しく生じた突然変異を持っている計算になる。このように、複相細胞では突然変異がすぐには表現型として現れないという事は、突然変異に対する耐性を飛躍的に高めただけではない。それは2組ある遺伝子の一方で突然変異を蓄積させる事により、進化に向けて遺伝子を効率的に多様化させて行く道を開く事にもなった。このことは有性生殖による遺伝子の多様化と並んで、真核生物の進化速度を加速させる事になったと思われる。
以上見て来た様に、2倍体は1倍体に比べたいへん優れた点を持っている。特に、突然変異に対する耐性の問題は、DNA量の多い進化した生物ほど重要性を持ったはずである。こうした事の結果、生活環の進化の中で複相が徐々に優越して主要な相となり、遂には配偶子環に見るように、単相細胞は有性生殖の為だけに一時期存在する、特殊化した細胞となってしまったのである。
先に、有性生殖の減数分裂時に起こる遺伝子の組換えを見て来たわけであるが、遺伝的組換えにはもう1つ別の種類が存在する。減数分裂時に見られるものは一般的組換え(相同的組換え)と呼ばれ、2つのDNA間に広範囲に相同な塩基配列がある場合にのみ起こる反応であった。この一般的組換えは、減数分裂をする真核生物ばかりではなく、原核生物のバクテリアでも接合時に広く行われている。もう1つは部位特異的組換えと呼ばれるもので、これは宿主の染色体に組み込まれていたウイルス(プロウイルス)が染色体から切り出される時や、転移因子がランダムにゲノムに挿入される時などに見られる。この組換えでは、各種の部位特異的組換え酵素が識別する短い特異的塩基配列の所でDNAの交換が起こる為、一般的組換えの様にDNA間の相同性は必要なく、組換えによってゲノム内での塩基配列の相対的配置を変化させる事ができる。これに対して、一般的組換えは相同なDNA分子間でのみ起こる為、染色体間での遺伝子の交換はあっても、染色体内での遺伝子の配置替えは起こらない。そして、一般的組換えの様に塩基対の形成を必要とせず、特定部位で2本鎖DNAを連結・分離できる部位特異的組換えによって、染色体内や染色体間を自由に動き回る様々な動く遺伝因子が可能となったのである。
最初に見つかった部位特異的組換えは、バクテリオファージλがそのゲノムを大腸菌の染色体に出し入れする現象であった。ファージが細菌に感染すると、そのゲノムにコードされたλインテグラーゼという酵素が合成される。この複数のインテグラーゼ分子が、ファージ環状染色体の特異的塩基配列に結合してDNA・タンパク複合体を形成し、さらに細菌染色体の別の特異的塩基配列にも結合する事で2つの染色体を引き寄せ、短い相同配列を使って連結部に小さなヘテロ2重鎖の継ぎ目を作り、DNAを切断・再結合させる。こうして、λファージのDNAが細菌の染色体内に挿入されるのである。またλファージは、この組換え機構を逆行させる事で、大腸菌染色体に挿入された状態から脱出して増殖サイクルに入る事もできる。この切り出し反応は、宿主細胞が特別な状態に置かれた場合にのみ引き起こされ、インテグラーゼともう1つ別のファージ・タンパクとの複合体によって触媒されている。
このλファージで見られる部位特異的組換えは短い相同配列の所で起こり、分離する時には元のDNA分子の塩基配列を正確に復元する事から、この型の組換えは保存型部位特異的組換えと呼ばれている。他方、多くのウイルスや転移因子を含む動く遺伝因子は、転移型部位特異的組換えと呼ばれる別の機構を使っている。この場合もインテグラーゼが触媒するが、λファージの酵素とは違って標的染色体に特異的塩基配列を必要とせず、ヘテロ2重鎖の継ぎ目も作らない。そのかわり、これらの酵素は動く遺伝因子の線状DNAの両端に切れ込みを作り、このDNA端が直接標的DNA分子に作用して切断するのである。このような切断方式の為、組換えDNA分子には因子の両側に短い1本鎖のギャップができ、それが埋められて反応は完了する。その結果、この機構では因子と標的塩基配列との間に、短い重複(反復配列)が作られて残る事になる。このように、相同性を利用しない部位特異的組換えによって動くDNAがトランスポゾンで、単純型と複合型の2種類がある。単純型は挿入配列とも呼ばれ、自身の転移に必要な遺伝子しか持たないもの。他方、複合トランスポゾンは、転移に必要な遺伝子の他に1個から数個の別の遺伝子を持ち運ぶものである。
このトランスポゾンと呼ばれる転移性のDNA断片は染色体の中を動き回り、遺伝子の配置を変え、染色体の構造を根本的に変化させてしまう。さらに、トランスポゾンは遺伝子を動かすだけではなく、DNAの欠失・逆位などによってゲノムの再編成を引き起こし、また挿入した所の遺伝子を分断して不活性化させたり反対に近傍の遺伝子を活性化させ、遺伝子の発現を変化させる事によって、ゲノム全体に遺伝的変化を引き起こす因子として働いているのである。特に真核生物では、このような変化が染色体の進化に重要な役割を果たして来た事が明らかになっている (1-22)。組換えは偶然の出来事ではなく、細胞がその為に合成した酵素が触媒する、生物とその進化にとって不可欠の過程なのである。この組換え酵素は、DNAが放射線や化学物質によって損傷を受けた場合、その部分を相同染色体の非損傷のDNA鎖と取り替える事で、失った配列を回復させるという働きもしている。もしかすると、こちらの方が進化的には先なのかも知れない。それが後に、遺伝的変化を生み出すものとして、進化的に利用されて行ったとも考えられる。
(注) リン・マーグリスは「紫外線障害の修復が細菌に性現象をもたらした」と主張している。(3-19)
このように細胞の中では、遺伝的組換えによりゲノムの大規模な再編成が常に行われており、これによって多様な遺伝的変化が生み出されている。性が遺伝的多様性の拡大を目的としたものである事を先に見たが、実は、性は生物が多様性の拡大の為に組織的に行なっている遺伝的組換えの1つに過ぎないのである。こうした事から考えると、生物が持つDNAは総て組換えDNAであると言っても良いだろう。生命は、恐らくその誕生間もない頃から、こうした遺伝子操作によって多様性を拡大し、積極的に進化を推し進めて来たのである。今日、バイオテクノロジーとして持てはやされている、試験管内でDNAを結合や修飾して遺伝子発現に変化を起こさせる遺伝子操作は、実は生命が何億年も前に進化を通じて作り上げて来た、自然界での遺伝的組換えと変異の過程の単純な模倣に過ぎないのである。
染色体内や染色体間を自由に動き回る遺伝因子としては、トランスポゾン以外にウイルスとプラスミドがある。後の2つも、宿主染色体に挿入されたり切り出されたりする事は前にも述べたが、実は、これらの動く遺伝因子は極めて近い関係にある同じ仲間なのである。ただ、この3つは宿主細胞からの独立の程度がそれぞれ異なっている。トランスポゾンはその中で独立程度が最も低く、レトロトランスポゾンを除き、多くは宿主染色体から遊離状態で存在する事はほとんどできない。一方、プラスミドは宿主細胞の染色体とは独立に増殖できる能力を獲得した核酸断片で、宿主の細胞質に独立して存在し、無限に複製する事ができる。プラスミドにもDNA型とRNA型とがあり、ウイルスと同様に複製起点となる特定の塩基配列を持つ。しかし、ウイルスと異なりタンパク外被を作る事ができないので、細胞の外に出て他の細胞へと移動する事はできない。3つの中で最も独立性が高いのがウイルスで、核酸を包むタンパク質の保護外被(キャプシド)を獲得し、細胞から細胞へと自由に移動する事ができる様になった遺伝因子と言う事ができる。
ところが、この独立性の最も高いウイルスでさえ、その合成反応に於いては宿主細胞に大きく依存している。自分のリボソームやATPを作るウイルスは存在しない。ウイルスは宿主の細胞の中でしか、増殖する事はできないのである。従って、進化の順序としては先に細胞が生まれ、その後にウイルスが進化して来たものと考えられる。恐らく、最初に転移に必要な遺伝子、即ち部位特異的組換え酵素のインテグラーゼ(トランスポザーゼとも呼ばれる)をコードする遺伝子と、この酵素が識別する特異的塩基配列を持つDNAがトランスポゾンとして出現したものと思われる。次に、宿主細胞の染色体とは独立に増殖できる能力を獲得し、宿主染色体から遊離して存在するプラスミドが進化して来る。そして最後に、プラスミドがキャプシド・タンパクをコードする遺伝子を獲得した時、ウイルスが誕生した。つまり、ほとんどのウイルスはプラスミドから進化して来たと考えられるのである。(1-15)
最初に誕生したと考えられる動く遺伝因子のトランスポゾンは、自身が移動するだけではなく、宿主ゲノムの隣接した塩基配列を欠失させたり、別の場所に運んだり、並べ替えたりする。つまり、トランスポゾンには遺伝子を組換え染色体を再編成して、遺伝的多様性を格段に増大させる働きがあるのである。こうして生物の多様性を増大させ、その進化になくてはならない因子となったトランスポゾンが、宿主細胞からの独立性を強め、寄生体化して行ったものがウイルスと考える事ができよう。事実、ウイルスとトランスポゾンには極めて良く似たものがある。例えばバクテリオファージMuは、その宿主染色体への組み込みと複製が、トランスポゾンの単純型転移と複製型転移にそっくりである。トランスポゾンの転移には、全体がそのまま新しいDNAに移る単純型転移(転移後にDNAの大きなギャップが残る)と、トランスポゾンが複製されてその内の1個が転移し、残る1個は元の宿主DNAにそのまま留まる複製型転移の2種類がある。溶菌サイクルに入ったMuファージの複製も、トランスポゾンの複製型転移と同様に、宿主染色体の様々な場所に繰返し複製型の転移をする事によって行われる。つまり、転移するたびにMuファージが1つずつ殖えるわけで、それに必要なのはトランスポザーゼと末端である。「Muは転移を調節する遺伝子の他に、たまたまDNAを包みこむ構造タンパクをコードする遺伝子を合わせ持ったトランスポゾンといったほうがよい」(1-22)のである。
また、逆にウイルスそっくりのトランスポゾンも存在する。レトロトランスポゾンと呼ばれるトランスポゾンの仲間では、その転移に於いてレトロウイルスの生活環の一部と全く同じ機構が働いている。レトロトランスポゾンの転移では、まず因子全体の転写が起こり、5000塩基以上の長さのRNAコピーが作られる。この転写産物は逆転写酵素をコードしており、この酵素がRNA-DNAハイブリッド中間体を作り、次に2本鎖DNAを合成、このDNA分子が宿主染色体に組み込まれて転移が起こるのである。これはレトロウイルスの感染初期と酷似している。レトロトランスポゾンは、酵母・ショウジョウバエから哺乳類に至るまで多様な生物に存在している。なかでも良く知られた酵母のTy1因子は著しくレトロウイルスに似ているが、タンパク外被を持たない為、細胞の中でしか移動する事はできない。「レトロウイルスの祖先は、ほとんど確実にレトロトランスポゾン」(1-15) と考えられるのである。
進化の順序としてはまずトランスポゾンが誕生し、次にプラスミド、そしてウイルスへと進化して行ったと考えられるわけだが、では一体何がこの方向に進化を推し進めたのだろうか。トランスポゾンは、細胞内での遺伝子の組換えによって遺伝的多様性を増大させ、生物の進化に貢献する事になった。それに続く進化は、この遺伝的組換えを拡大し、より効果的にする方向の進んだと見る事が出来るのではないだろうか。トランスポゾンによる遺伝的組換えは、1つの細胞の中だけでしか起こり得ない。しかしプラスミドになると、細菌の接合によって細胞間を行き来した遺伝的組換えが可能となる。さらにウイルスでは、タンパク外被を持つ事によって自由に細胞外に飛び出し、異種の生物間でも遺伝的組換えが可能となるのである。もし、遺伝的組換えによる遺伝的多様性の増大が生物の適応と進化にとって有利ならば、それがより広範囲で大規模なものに発展して行くと考えるのは自然であろう。そしてすぐに気が付く様に、この過程は同時にこれらの遺伝因子の宿主細胞からの独立性を強めて行く過程でもあった。この独立性の増大と共に、寄生体としての性格も強めて行く事になったのである。こうして動く遺伝因子が自らのタンパク外被を持ち、宿主細胞から出て自由に動き回る様になり、寄生体化して行ったものがウイルスと言う事ができる。ウイルスというと、細胞に侵入して宿主のタンパク合成装置を乗っ取り、増殖して遂には細胞を破壊する溶菌サイクルがウイルス本来の姿と思われやすい。 反対に宿主細胞に侵入後も増殖せず、宿主染色体に組み込まれプロウイルスとして宿主細胞と共に増殖する溶原サイクルの方は、何か特殊な例外の様にも見える。しかし、ウイルスの進化から考えると、逆に溶原サイクルの方こそがウイルス本来の姿を表わしているとも言える。そして溶菌サイクルの方は、後にウイルスが寄生体化する中で出現したものとも考えられるのである。
ウイルスは寄生体となった今日でも、種の障壁を乗り越えて遺伝子を運搬する事により、感染する生物の進化に重要な役割を果たしている。多くのウイルスは、宿主染色体やウイルスとの間で頻繁に組換えを起こし、宿主DNAの断片を無差別に取り入れ、それを他の細胞や生物に持ち込む。また、宿主染色体に組み込まれて、正常な宿主ゲノムの一部となっているウイルスDNA(プロウイルス)もある。例えば、ウイルスが生殖細胞に感染し染色体に組み込まれてできた内在性プロウイルスは、ヒトを含む脊椎動物のDNA中に数多く存在し、マウスなどには何千もの内在性プロウイルスがあり、全DNAの0.5%を占めるとも言われる。この内在性プロウイルスは、あたかも細胞の正常遺伝子であるかの様に子孫に受け継がれて行く。また、組み込まれたウイルスDNAが変化し、完全なウイルスは作れなくなったが、宿主細胞に有用なタンパク質を幾つかコードしているという場合もあるだろう。このようにウイルスは、有性生殖と同様に遺伝子プールを混ぜ合わせ、遺伝的多様性を増大させる事によって生物の進化に大きな役割を果たして来たのである。
生物は自らの遺伝的多様性を増大させる為に、様々の複雑なシステムを進化させて来た。性のシステムもその1つであったわけである。では何故、生物はそれほどまでに、その多様性の増大に努めて来たのだろうか。多様性が意味を持つのは、環境が変化する場合、あるいは生物が異なった環境へ進出する場合だけである。当り前の事だが、環境が変化せず、生物がその環境に適応している限り変化は常にマイナスである。総てが順調に行っている時に、遺伝子を変化させて多様性を増大させる事は何の利益ももたらさない。むしろ害の方が多いだろう。こうした変化のない環境の下では、その環境に適応した遺伝子セットを変える事なく増殖するのが一番いい。つまり無性生殖が最も適している。固着生活をする生物に無性生殖が多いのはこの為だろう。反対に変化する環境下では、自らの遺伝子を変化させる能力を持たず遺伝的多様性のないものは、突発的な環境変動に巻き込まれてすぐに絶滅してしまう事になろう。変化する環境の下でこそ、多様性は意味を持ちまた不可欠なのである。
原始的な原生生物が、危機に直面した時にのみ有性生殖に頼るのは理にかなった事である。環境が安定しそれに適応している限り、細胞は簡単な細胞分裂で増殖し同じゲノムが子孫に受け継がれて行く。ところが、環境の激変により細胞の存続が脅威にさらされると、急に狂った様に接合し有性生殖を始める。これは進化の観点からすると、新しい環境条件により適した遺伝子の組み合わせを、必死で探している姿とも言える。彼等にとって性は非常手段だったのである。また第1章で述べた、増殖を停止している静止菌に於ける適応的突然変異の多発現象も、環境変化で困難に直面した時に、遺伝的変化を引き起こし多様性を拡大して適応力を増大させるという、細菌が進化させて来たメカニズムという事ができるだろう。このように変化する環境の下では、生物が多様性を持っている事が生存して行く上で不可欠なのであり、地球が不断に環境変動を繰り返して来た事が、生物の多様性への指向を生み出したとも言えよう。現実に変化しない環境というのは、一部の局所的なものを除いて地球上にはほとんど存在しないであろう。してみれば、生物が高い遺伝的多様性を持つ事は、それだけで環境への適応力を増大させる事になるはずである。
原核生物は1つの環状染色体しか持っておらず、保持できるDNA量の限界から、無駄のない必要最小限の遺伝情報しか持つ事ができなかった。その為、彼等が遺伝的多様性の増大の為にできるのは、接合して一部の遺伝子をやり取りする事だけであった。真核生物では、DNAをコンパクトな構造に畳み込んで複数の染色体に凝縮させ、それらを整然と子孫に伝えて行く有糸分裂の機構を進化させる事によって、圧倒的に多量のDNAを保持し伝達して行く事が可能となった。その結果、遺伝的多様性も原核生物に比べると大幅に拡大したと思われる。そして有性生殖を始めた真核生物は、その大量のゲノム全体を混ぜ合わせ、さらには染色体を2組持つ2倍体を誕生させて、その遺伝的多様性を飛躍的に高める事に成功したのである。実際、真核生物は多型やヘテロ接合という形で豊富な遺伝的多様性を保持している。
遺伝的多様性を調べるのに、生物の持つ酵素タンパク質の電気泳動パターンを見る方法がある。1つの遺伝子座から生じるタンパク質の電気泳動パターンが同じであれば、その部位について2個体は同一と考える事ができる。逆に、ある酵素タンパク質の電気泳動パターンが個体群中に複数ある時は、その遺伝子座について複数の対立遺伝子の存在を示しており、これを多型と呼んでいる。また、1個体の中で異なるパターンの複合が見られる時には、その個体の遺伝子座が複数の異なる遺伝子から成っている事を示し、これをヘテロ接合と言っている。例えば、マメの形を決める遺伝子型が個体群中にAとaの2種類あると多型であり、これが1つの個体の中で合わさっている時がヘテロ接合である。この多型やヘテロ接合は、個体群内の遺伝的多様性を測る尺度となる。ヒトでは遺伝子座の約30%が多型であり、約10%がヘテロ接合であると言う。また一般的に、無脊椎動物は脊椎動物よりも多型やヘテロ接合が多い傾向が見られる。例えば、鳥類では多型率は約15%、哺乳類では約20%であるが、昆虫や海の無脊椎動物では50%以上にもなる。ヘテロ接合率は、鳥類や哺乳類では4〜5%に過ぎないが、昆虫や海産無脊椎動物では15%前後もあるのである。(3-15)
そして、この遺伝的多様性が大きいほど環境への適応性も増大する。酵素タンパク質の電気泳動パターンの違いは、そのほとんどが直接に個体の適応度に影響する事のない中立的変異である。ところがヘテロ接合である事によって、成長や病気に対する抵抗性が増す事が知られているのである。ヘテロ接合が優れている事は、雑種強勢(ヘテロシス)にも表れている。これは雑種第1代がある形質、例えば大きさ・耐性・多産性などの点で両親の系統に優る事で、トウモロコシ・コムギ・イネ・ラバ・ニワトリ・カイコなど多くの作物や家畜で知られ、実際の栽培・飼育に利用されている。この雑種強勢は、品種間・変種間・異種間のいずれの雑種でも見られ、同系交配を続けた後の交雑に於いて特に顕著と言われる。この原因の1つは、対立遺伝子間の相互作用の為に、ヘテロ(Aa)はホモ(AA、aa)より問題の形質について優れている事による。ウスグロショウジョウバエのある形質がヘテロの個体の適応値を1とすると、ホモの個体はそれぞれ0.7と0.4になったと言う。ヘテロの適応値が高くなるのは、Aとaの異なった作用が雑種で合わさる事、またAとaの最適環境条件が異なる為、両親より幅広い環境に適応できる事などが考えられる。もう1つの理由は、両親が持っていた異なる優性遺伝子が雑種で共存する事により、劣性遺伝子の効果が覆い隠される為とされている。
遺伝的多様性は、個体群が小さくなり近親交配が起こる様になると減少する。この近親交配が、動植物の繁殖や成長に悪い影響を与える事は、古くから良く知られている。近親交配が生じると多くの生物で幼児期の死亡率が上昇し、生存力や繁殖力も低下するのである。例えば、ネズミで5年間近親交配を続けると、交尾しても子ができない事例が0%から41%に増加し、生後4週間の子の死亡率が4%から46%に増加すると言う。また、希少種が絶滅する原因の1つは、近親交配によってその遺伝的多様性が失われる事にあると言われる。野外でも、遺伝的多様性の欠如が個体群の危機を生んだ例が幾つも知られている。絶滅の危機に直面しているフロリダピューマは、かっては米国南東部に広く生息していたが、今はフロリダ湿地帯に30頭ほどがいるだけで、遺伝的変異の低さからくる様々な障害に悩まされている。オスの精子数の減少と同時にその形成不全は95%にも上り、睾丸が降りてこない稀な遺伝的障害が80%にも増えたと言う。フロリダピューマは、北アメリカのどのピューマより遺伝的変異が低い事が分かっている。さらに有名な例がチータで、かっては世界全体に分布していたが現在は東と南アフリカだけに生息し、絶滅に瀕している。チータは繁殖成功率が低く、精子濃度はネコの1/10、異常精子の割合も71%と例外的に高いが、これは近親交配を繰り返して遺伝的多様性が極端に低くなった為で、通常10〜60%ある遺伝子座の多型がわずか3%しかない。実際、こうした遺伝的均一性のため非血縁個体間での皮膚移植が可能と言う。また、カナダのスペリオル湖に浮かぶある島では、1949年頃に1つがいのオオカミが棲みつき、1980年にはその個体数は50頭にまで増加したが、1990年にはわずか14頭にまで減少し多くのメスは子を産まなくなってしまった。ここのオオカミの個体群は、近親交配を続ける事により本土の50%の遺伝的多様性しか持たなくなり、遺伝的多様性の欠如によって衰弱したと考えられている。生物にとっては、多くのコストを掛けてもその遺伝的多様性を増大させる事が、生存上極めて重要なのである。
時間的なものだけではなく、空間的・場所的な環境の変化も生物の多様性に関係している。一般的に、無性生殖は寒い地域や砂漠・淡水など、生物相が貧弱で厳しい環境に多い事が知られている。これは、生物相が貧弱で単純な環境では、その環境に適した特定の遺伝子セットを崩す事なく伝達でき、繁殖速度も大きい無性生殖が有利な為と思われる。反対に、有性生殖は生物相が豊富な地域で多い傾向にあるが、そこでは生物間の相互作用が入り組んで複雑な環境が形成され、特定のタイプのみ複製する無性生殖ではなく、多様なタイプを生み出す有性生殖の方が有利となる為と考えられる。つまり、環境の時間的変化だけではなく、その複雑さも生物に多様性の拡大を要求するのである。複雑な環境に棲む生物ほど、その遺伝的多様性を拡大しなければならず、また生物の多様性の増大は生態系を豊かにし、環境そのものをより複雑化する事になる。こうして、ここでは因果関係のスパイラルが形成され、複雑な環境ほどより複雑化し、多様性に富む生物相ほどより多様化する事になるのである。
生命は、その誕生当時から地球の環境変動にさらされ、変化する環境に適応する必要から、常に自らの多様性を拡大させるという課題を背負わされて来た。そして、その遺伝的多様性を増大させる為に、様々な複雑なシステムを進化させて来たのである。多様性への指向は、生命の本質的な性向と言ってもいいだろう。この多様性への指向があったからこそ、今日我々が見る事ができる様な何千万種にも及ぶ多様な種と、複雑な生態系が誕生する事が出来たわけである。
変化する環境への適応の必要から生まれた多様性への指向であるが、ひとたび遺伝的多様性拡大のメカニズムが働き出し、生物の多様性が常に拡大される様になると、不意の環境変動に対する適応という受身の対応だけではなく、生物に新しい世界、異質な環境への積極的な進出を可能とする事になった。こうして、生物は増殖して生息環境の収容能力を越えると、その周囲の外の世界に生息域を拡大して行く様になったのである。増殖して多くの子孫を作る事が生物の本性である様に、常に新しい環境に進出しその生息域を拡大する事が、生物の第2の本性ともなったわけである。この生物の多様性への指向と生息域拡大の本性が結び付いて、生物の進化を推し進める原動力となる。生命史上、幾度となく繰り返された大量絶滅と、その後の大適応放散によって生命は進化して来たわけであるが、この大量絶滅後の急激な適応放散が可能だったのは、生命に本質的な多様性への指向と、生態系に空地ができた時に、その新しい環境に進出して生息域を拡大しようとする本性を生物が持っていたからである。生物自身が、多様性と生息域を常に拡大しようとする強い性向を持っていたからこそ、大量絶滅によって崩壊した生態系を、地球環境が改善した時に急激な適応放散によって再び埋めつくし、多様性に富む複雑な生態系を速やかに再建する事が可能だったのである。生命が本来持つ、多様性と生息域の拡大への指向こそが、進化の原動力だったのである。
また、遺伝的多様性を増大させる為に生物が進化させて来た分子メカニズムは、進化の為のメカニズムとしても機能する事になった。その結果、ダーウィン派がいう方向性のないランダムな突然変異による進化、つまり全くの偶然に支配された進化からは想像もできない位に、進化のスピードを速める事が可能になった。そして、40億年の生命史を通じて進化速度は益々加速化し、進化は極めて組織的に且つ短期間に起こる様になって行ったのである。多様性と生息域の拡大への指向が、生命が本来持つ性向だとすると、そこから必然的に生み出される生物進化は生命の本性と言う事ができるだろう。生物は、生態系に空地が存在し進化の余地がある時には必ず進化する。生物が進化を停止しているのは、生態系が満たされ適応放散の余地がない場合だけである。こうした進化を押し留める要因がない限り、生物は無限に進化し続ける事になる。進化こそ生命の本性なのである。