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マントル・プルームが地球環境の周期的寒冷化を引き起こし、それに伴って生物の大量絶滅が起きている事が分かったが、次に両者の関係をさらに詳しく見ておこう。
中生代末の大絶滅では、数百万年の時間をかけて恐竜の種類が徐々に減少して行った。これは見方を変えると、生態系の多様性が減少して行った事を意味している。生物は単独では生きて行けない。単細胞のバクテリアから多細胞の植物や動物に至るまで、総ての生物は互いに影響し合い、相互に依存する複雑に絡まり合った生態系を形作る事で生存しているのである。そして「生態系が健全で、絶滅の危険から十分に守られている時、1つの属だけが優位になるという事はない」(2-6)。草食動物と肉食動物、それぞれの生態的な分野にほぼ対等の多くの属が共存して、多様な生態系を形成しているものなのである。カナダのアルバータ州に見られる白亜紀後期の3つの地層中、最も古いジュディスリバー層から発見される数百体の恐竜化石がまさにそうで、主な役割は必ず複数の恐竜の属によって分担されていた。そこでは、コリトサウルス・ランベオサウルス・プロサウルスの3種類の大型カモノハシ竜が存在し、また角竜の仲間もセントロサウルス・カスモサウルス・スティラコサウルスの3種類の属が共存していた。ジュディスリバーの恐竜達は、豊富な種類で均衡のとれた生態系を作り上げていたのである。ところが、その上のスコラード層では一転して非常に不均衡な状態になる。カモノハシ竜の1属のサウロロフスが大型動物の75%を占め、他の動物の個体数は非常に少ないのである。そして、同様な均衡の低い状態は次のエドモントン・ヘルクリーク層にも引き継がれ、この時代トリケラトプスの1属だけで大型恐竜の70〜80%を占め、こうした平衡を欠いた状態が絶滅前の200万年間も続いたのである。ロバート・バッカーによると、この白亜紀末の大量絶滅で見られたパターン、即ち、絶滅の数百万年も前から生態系の均衡が崩れ始め、最後に絶滅に至るというパターンは、はっきりと記録の残っているどの大量絶滅にも同様に認められると言う。その典型的な例が、ペルム紀末タタール期の剣歯虎に似た哺乳類型爬虫類の大型肉食動物、ゴルゴン類の絶滅で、当時の生態系には豊富な種類の動物群が繁栄した時期、次に生態系の平衡状態が崩れて行く時期、そして最後にゴルゴン類が完全に姿を消した絶滅期の、典型的な3段階の推移が認められると言う。
このように見て来ると、大量絶滅とはただ単に多くの生物種が同時に絶滅したというだけでなく、その時代に繁栄した生物すべてをひっくるめた、生態系そのものの崩壊を意味しているという事が分かるだろう。
では生態系は、どのようにして形成されるのだろうか。現在、地球上には記載された既知の生物だけでも約150万の種が存在する。そして、実際には少なく見積もっても、1000万を越える生物種が生存していると言う。昆虫だけで3000万種は生息しているという推定もある。このように、無数ともいえる生物種がこの地球上に存在する事から、その間で激しい生存競争(種間競争)が繰り広げられていると考えても不思議ではない。いわゆる弱肉強食の世界である。しかし、実際には競合する種同士はその生息環境を巧みに分け合って生活し、無用な競争を避けているのである。これを棲み分けとか食い分けと呼んでいる。ごく当たり前の事だが、個々の生物にとって競争は避けた方が常に有利だからである (3-1)。周囲の無数の生物と関り合いながら生きている生物にとって、競争や闘争に無駄なエネルギーを使う事なく、互いに共存できればこれほど都合の良い事はない。このように、生態系を分け合って生活するそれぞれの種が占める特有の生息場所、生息環境における位置の事を、生態的地位(ニッチ)と呼んでいる。
ニッチの分化は、自然界では近縁の生物種間にしばしば見られる。例えば、北アメリカに棲むザリガニの仲間のビリリスとイムニスは、どちらも川底の石の裏を住みかとするが、前者は川の下流域、後者は上流域という様に棲み分けをしている。川の中流域で両者が一緒に生活する所では、闘争力に優るビリリスが石の裏に、イムニスの方は泥地に棲んでいると言う。また日本でも、イワナとヤマメの棲み分けが良く知られている。共に河川の上流域の魚と見られているが、実はその生息域を互いにずらせていて、イワナは常に河川の最上流域に、ヤマメはその下流域に生息しているのである。食物を変える食い分けの例としては、北アメリカのマルハナバチがある。ロッキー山脈のお花畑には、フラビフロンスとアポジタスの2種のマルハナバチが生息するが、前者は主にヨウシュトリカブト、後者はヒエンソウの花の密を吸うという具合に食い分けを行っている。しかし、調査地から一方のハチを取り除くと、残った種はただちに両方の花を訪れるようになると言う。本来、彼等はどちらの花からも密を採集できるのだが、競争相手がいる時にはそれぞれの口吻の形に適した花を選択し、競争を避けているのである。
棲み分けの効果は、実験によっても確認されている。1つの容器に2種類のゾウリムシを入れ、エサのバクテリアを与えて飼育するとしよう。まず、カウダツムとオウレリアを入れて飼育した場合、まもなくカウダツムは個体数を減少させ、ついには死滅してしまう。これは2種類のゾウリムシのニッチが良く似ている結果、両者の間に激烈な競争が発生し、一方がそれに敗れた為である(競争排除)。ところが、オウレリアの代わりにブルサリアという別の種を入れて実験すると、今度は競争排除が起こらず2種とも生き残る。これはカウダツムが培養液の上層を、ブルサリアは底の方を好み、うまく棲み分けできる為に共存が持続するのである。
このように競合する2種の生物間では、ニッチが重複するほど共存は困難になり、やがて一方を全滅させる競争排除が起こる。ところが、ニッチの重複がさほど大きくない時には、2種共うまく棲み分けをして生き残る事ができる。狭い地球上に、1000万種を越えるという驚くべき数の生物種が共存していられるのは、この棲み分けのおかげなのである。多くの生物が棲み分けを行う事によって、豊かな生態系が生まれ維持されているわけで、生態系の棲み分けによる共存こそ生物界の基本原理という事ができよう。もし棲み分けによる共存ではなく、生存競争による競合種の排除が生物界の掟であるならば、生存する種は一部の力の強い種のみとなり、生態系は勝ち残った少数の種のみで構成される極めて単純なものとなろう。そして、今日の熱帯雨林で見られる様な、多様な生物が共に生きる多様性に富んだ生態系など、決して生まれて来なかったはずである。
一般に、多様な生態系ほど柔軟性が高く、環境の変化に対して抵抗力を持つと考えられる。例えば、プランテーションの様に、コーヒー・砂糖・綿花・ゴムなどの特定の植物のみを大規模に栽培している所では、環境変動や病害虫の発生によって全滅に近い大打撃を受ける事がよくある。しかし、本来の自然界に見られる多様な生態系では、一部の植物が被害を受けても、総ての植物がやられるという事はほとんどない。単一栽培の様な単純な生態系の場合に比べると、被害ははるかに少なくて済むのである。農業の機械化の進行と共に広がった、広大な面積に及ぶ作物の単一栽培は病害虫に侵されやすく、大量の農薬散布が不可欠となっている。
日本の水田ではイネの品種が統一され、その成長や出穂は斉一であるが、ネパールなどの山岳地帯では一枚の田圃の中で品種の違うイネが混ざって植えられている。これは水田だけではなく畠に於いても同様で、その場合は作物の種類まで異なっている。例えば、インドネシアのジャワ島では、一枚の小さな畠にトウモロコシ・トウガラシ・カボチャなど8種類の作物が植えられていたと言う。宮崎県椎葉村の焼畑でも、わざわざ熟期の違うヒエの品種(シロビエとオソビエ)を混ぜて播いている。このような混作が行われるのは、自然災害に逢った時の危険分散の為である。古代日本の水田稲作でも多様なイネの混作が行われていたと言う。それが古代国家の確立する奈良・平安時代を境にしてイネの系統の統一が進み、多様性が減少して行く。しかし栽培品種の画一化は、大きな災害をもたらす事にもなった。そのいい例が江戸時代の飢饉で、「これは大名が領内のコメの生産高を上げる為に、領民に対して収量の多い晩稲の作付けを要求した」(3-2)結果だと言う。実りの時期が遅いという事は、それだけ寒さの影響を受けやすくなり、冷害の危険性が増大する。そして品種の画一性が、その被害を拡大したのである。
また日本の山林でも、スギなどの単一種でできた植林地では、広葉樹を含む多くの樹種で構成された自然の山林に比べて、台風などの被害が大きい事が知られている。予測不能の環境変動に対して、生物が全滅を避け生き延びる為には、多様性を拡大しておく事が重要なのである。実際、生物は多様性を維持・拡大する為に様々な工夫をしている。
個々の植物も、自らの多様性を広げる為に積極的に努力している。例えば、植物の種子は、土に播くとすぐ発芽するように思える。確かに、種苗店の種子はどれも良く発芽するし、作物の種子を畑に播くと一斉に発芽する。しかし本来、野生の種子は簡単には発芽しないものなのである。野山から持ち帰った野草の種子を、庭に播いてもなかなか発芽しない。庭土を掘り起こして鉢に入れ種子を播くと、自分の播いた野草ではなく、それまで土に埋まっていた雑草ばかりが発芽して来る事になろう。これは不思議な事の様に思えるが、実は植物が厳しい自然環境の中で生き抜く為の知恵なのである。
(注)通常の土壌表面には、1u当たり100〜100,000個もの休眠中の種子が含まれていると言う。こうした種子バンクは、1年の内でも休眠性や種子形成時期の違いから構成種が常に変化している。
栽培植物は、人間が都合の良いものだけを選択し育てて来た為、発芽しやすい種子を付けるものが多い。このような植物を野外に放置すると、地面に落ちた種子は十分な雨さえ降れば、特に寒い日でない限り一斉に発芽してしまう。もしそれが晩秋なら、これらの芽生えはすぐに訪れる冬の寒さで全滅してしまう事になろう。これでは、環境変化の激しい自然界では生き残る事はできない。「事実、栽培植物が野生化する事はほとんどないといってよい。栽培植物は言わば過保護植物であり、人間が面倒を見てやらねば生きて行けない植物なのである」(3-3)。他方、野生植物の種子は一般に発芽しにくく、実が熟した後にそろって発芽する事は極めて稀である。同じ母集団から採った野生植物の種子を、実験室で一定の温度や光条件の下に播いても、ばらばらと長期間に渡って発芽して行くと言う。つまり野生の種子は、発育に適した条件下に置くだけでは、おいそれとは発芽してくれないのである。野生植物はこうして発芽の時期をばらつかせる事で、つまり種子の多様性を増大させる事によって、突然の自然環境の変化で子孫が全滅してしまう事を防いでいる。生物にとって、常に変化する地球環境の下で生き残り、子孫を残して行く為には、多様性を拡大し維持して行く事が極めて重要なのである。
弱肉強食といった単純な生物観からは思いもよらない事だが、捕食者が存在すると生態系の多様性はかえって増大する事が知られている。
それに関しては、ワシントン大学のロバート・ペインの有名な野外実験がある。岩石の多い潮汐にさらされた海岸では、生物の群集はいくつかの積み重なった幅の広い水平の帯状に分布する。ワシントンの海岸では、海草と二枚貝からなる不均質で多様な群集の上に、イガイの多様性に乏しい明瞭な帯が重なり、その上にフジツボの広い帯が重なっている。こうした潮間帯の固着生物群集における、最上位捕食者であるヒトデの群集構造に及ぼす影響を調べる為、針金で底のないカゴを作り、生物の棲んでいる岩に取り付け放置したのである。カゴは摂食や生殖の妨げにはならないが、中の生物たちを捕食者の進入から守る事ができた。すると数週間の内に種の構成が変化し始め、イガイ帯の下の多様な生物が棲む場所のカゴの中では、そこの生物を押し退けてイガイが増殖し、最後にはイガイの1種だけになってしまった。つまり、ここでは捕食者の存在が、生態系の多様性の維持に貢献していたわけである。これは捕食者がいると、競争力の強いイガイが捕食される事で空間が明け渡され、弱い種にも生息できる余地が生まれる為と考えられる。「捕食動物は彼等の活動によって種数を減らすのではなく、むしろいかなる種に対しても1種だけで支配権を確立することを許さないことによって、実際には種の多様性を高めているのである」(2-29)。またイガイも、塩分濃度の変動が激しく棲みにくい潮間帯に好んで棲んでいるわけではなく、ただ潮間帯が捕食動物からの安全地帯となっている為、そこに生息しているのである。
同様の事は1950年代初めに、2種類のマメゾウムシ(マメにつく小さな虫)を使った実験でも確かめられている。アズキゾウムシとヨツモンマメゾウムシに一定量のアズキを与えて累代飼育すると、やがてアズキゾウムシの方は競争に敗れ、個体数を減らし消滅する。しかし、そこに両種の幼虫や蛹に寄生するゾウムシコガネバチを加えて実験すると、今度は2種のマメゾウムシのどちらも滅びる事なく、個体数を振動させながら寄生バチとの3者共存を続けるのである。
捕食者が存在すると、エサ集団の平均個体数は常に環境収容力より低く抑えられる。つまり、利用可能な資源はいつも余っている事になり、競争力の劣る種にも生存の機会が与えられるのである。これは、天敵の存在がエサ集団の過密化を防ぎ、弱い種を全滅に至らせる競争排除を回避させている事を意味している。
多様な生物が複雑に相互作用する事によって、安定した生態系が作り出される事。そしてその多様性が失われると、安定した均衡状態も失われる事を示す良い例に腸内細菌叢がある。ヒトの腸内には約100種類、100兆以上の細菌が棲みつき、互いに共生または拮抗しながら増殖している。腸内細菌の持つ酵素の種類は肝臓の酵素よりも多いと言われ、特に小腸下部から大腸にかけては多種多様の物質が作り出されている。宿主にとって有用な細菌もあるが、有害物質を作ったり組織を損傷する病原性を持つ細菌も多い。しかし、腸内細菌叢のバランスがとれ安定している限り、体に有害な細菌が一定数以上に増える事はない。それは多くの細菌が拮抗的に働く事によって、特定の細菌だけが異常増殖する事を抑えている為である。従って、安定した腸内常在菌が腸粘膜上皮に棲みついている事は、各種の病原菌の腸管感染から宿主を守っている事になる。
(注) 大腸菌は、胃や小腸で消化吸収されずに大腸まで来た残存分子を栄養にして、アミノ酸やビタミン類を合成しているが、その一部を人体にも供給し、例えばビタミンKでは最大の供給源となっていると言う。
この事を良く示しているのが抗生物質による腸内細菌叢の撹乱で、抗生物質を投与すると正常な腸内細菌叢の一部が減少し、外来菌に対する障壁が除かれ、腸炎菌による腸内感染が容易になるのである。例えば、ハツカネズミに腸炎菌を大量に経口投与しても、発症死亡するのはほんの一部に過ぎないが、予めストレプトマイシンを与えておくと発症死亡率は上昇する。さらに、ストレプトマイシンとエリスロマイシンを同時に与えておくと、全部のハツカネズミが死亡すると言う。これはストレプトマイシンが主にグラム陰性菌を、エリスロマイシンはグラム陽性菌を追い出す結果、この2種類の抗生物質の同時投与で腸内常在菌の多くが排除され、総てのハツカネズミが感染する様になるのである。逆に、何の処置もしないハツカネズミの発病致死率が低いのは、腸内常在菌が外来菌の腸内増殖を阻止している事を示している。また抗生物質の投与と同時に、ハツカネズミ由来の腸球菌を与えておけば、感染率が再び低下する事も分かっている。投与した腸球菌が、腸炎菌の感染阻止に有利に働くのである。モルモットでも同じで、普通にウェルシュ菌を経口投与しても芽胞はすぐに腸管から排出されるが、無菌のモルモットでは腸内で増殖し死亡してしまう。同様に、普通のモルモットは赤痢菌に感染しないが、無菌のモルモットは感染して死んでしまう。しかし、予め腸内に大腸菌を定着させておくと、赤痢菌に感染しなくなる。また、ハツカネズミやモルモットに抗生物質を投与しておくと、コレラ菌や赤痢菌が腸内で良く定着するが、その後で大腸菌を投与するとコレラ菌や赤痢菌はすぐ腸管からいなくなってしまうのである。
今日では、家畜の成育を早める為に飼料に大量の抗生物質が混ぜられている。それが耐性菌の出現との関係で問題にもなっているわけだが、こうした飼育添加剤として用いられている抗生物質をニワトリに与えると、これを与えない場合に比べて長期間しかも大量にサルモネラ菌が糞便から排泄されると言う。これは抗生物質によって腸内常在菌が排除される結果、普通のニワトリでは増殖が抑えられていたサルモネラ菌が腸内に棲みつき、増殖した為と考えられている。
同様の現象は、医療現場でも起きている。抗生物質治療でしばしば遭遇する菌交代症である。これは抗生物質の投与によって感受性を持つ細菌が減少し、それまで増殖が抑えられていた不感受性菌・耐性菌が異常増殖する現象で、通常は病原性の低い細菌、特にブドウ球菌・緑膿菌・プロテウス・酵母・カビなどが、体の様々な場所で増殖して発熱・嘔吐・腹痛・下痢・ビタミン欠乏を引き起こす。つまり、抗生物質の投与によって腸内常在菌叢のバランスが崩れた結果、それまで腸内であまり増殖できなかった細菌が異常増殖して、病原性を発揮する様になるのである。(3-4)
これまで見て来た事から、生態系が多様な生物で構成されているという事、そして豊かな多様性を保つという事がいかに重要であるかがわかろう。それは多すぎる生物が生存競争によって淘汰され、劣った者、競争に敗れた者は排除されて優れた者だけが生き残るという、勝ち抜き戦によって生物は進化して来たとする理論とは明らかにかけ離れた世界である。劣った者を次々と競争排除する事は、生態系の多様性をどんどん減少させ、遂には単一種で構成される様な極めて単調な生態系を生み出す事になろう。
先に見たように、生物は生態系にできた空地への適応放散によって進化する。つまり、生物は初めから生態系を棲み分ける様に放散し、その生息環境に適応、生態的地位の確立を通じて種分化して来たわけである。そうであれば、撹乱のない安定した生態系に於いては、競争が重要な意味を持ち得ないのは自明であろう。生物は無駄な競争を避け、生態系を分け合う事によって進化して来た。生物界を支配しているのは競争原理ではなく、いわば共存の原理なのであって、自然は競争による排除ではなく棲み分けによる共存を選ぶ事によって、多様性に富む豊かな生態系を作り上げて来たと言う事ができよう。
自然は本来、多様性への指向を持っている様に思える。生態系に空地ができると、直ちに周りの生物がそこに進出して種分化する。生物に、多様化しようとする傾向が備わっているからこそ、それが可能であるとも言えよう。生物は常に、豊かで多様性に富む生態系を生み出す様に進化して来た。あるいは生物進化そのものが、生態系多様化の為の手段であったと言った方がいいのかも知れない。それは、生態系にできた空隙に適応放散する事によって、大量絶滅後の単調になった生態系に再び多様な生物種を進化させ、生態系の多様性を再生して来たのである。様々な生物が生態系であるべき地位を占め、生態系のすべての空地が満たされる事によって、自然は均衡し安定を取り戻すのである。
生物の多様性については、興味深い現象が古くから知られている。ダーウィンは『種の起源』の第3章で、生物の多様性は赤道付近で最も高く、北か南へ緯度が高くなるにつれて生物の種数が減少して行く事を指摘している (2-20)。この現象は、今日では「緯度による種数の勾配」と呼ばれているものである。
実際、熱帯では生物の種数が多い。少数の例外を除けば、顕花植物・シダ植物・哺乳類・鳥類・爬虫類・両生類・淡水魚・昆虫類・クモ類・軟体動物など、ほとんどの分類群が熱帯で最も多くの種を繁栄させている。例えば、被子植物25万種の約2/3、17万種は熱帯に分布する。ただ、熱帯で本当に種数が多いのは熱帯雨林で、サバンナ・草原・砂漠などは、温帯にある同様の環境に比べてそれほど多様性が高いわけではない。熱帯雨林というのは、赤道をはさんで北緯20度から南緯20度までの高温多湿地帯に発達した大森林で、そこは気温20〜30度、年間降水量は2400〜4500mmにもなり、地球上で最も豊富な生物種が生息する。例えば、マレーシアの熱帯雨林では、10 ヘクタール(ha)の広さに1169本の高木が生え、樹木の種類は277種に上ると言う。これは10haに同種の木が平均4本しかない計算になる。このように多様性が極めて高い為に、同種の個体数は逆に少なく互いに大きな距離をおいて分布している。従って、熱帯雨林である樹木と同種の木を見つけようと探しても、周りには様々な形態や色彩のよく似た木が生えているが、その中に同種の木はまず1本もないのである (2-15)。ペルー領アマゾンでは1haにおよそ300種もの樹木が生えており、中南米の熱帯地方全体では約9万種にもなると言う。温帯林では、多い所でも1ha当たり30種程度に過ぎない。熱帯雨林が桁違いに豊富な種から成り立っている事がわかろう。一方、高緯度の寒帯針葉樹林では、エゾマツ・トドマツなどの針葉樹が同一の樹種のみで純林を形成し、極めて多様性の乏しい単調な森を作っている。つまり生物の多様性という面では、熱帯と寒帯は両極端をなしているのである。
同様の事は、動物にも認められる。繁殖を行う鳥類の種数を見ると、グリーンランドでは56種だが、ニューヨーク州では195種、グアテマラでは469種、パナマでは1100種、そしてコロンビアでは1395種もの鳥類が繁殖している。北極圏のグリーンランドから赤道直下のコロンビアに至る間に、鳥類の種数は約25倍にも増加するのである。ヘビ類についても、カナダでは22種だが、ブラジルではその10倍近い210種が生息している。さらに、熱帯雨林での昆虫の多様性は想像を絶するほどで、ペルーでは1本のマメの木から43種ものアリが発見されたと言う。これは、イギリスで見られるアリの総種数に匹敵する。熱帯における昆虫の多様性については、今なお未調査の分類群が多く、研究者が採集旅行に出かければ、必ず新種が幾つも発見されるといった状態なのである。
では何故、熱帯雨林にはこうも多様な生物が生息するのだろうか。植物は太陽エネルギーを使って光合成をし、動物は植物の合成した有機物を食べて生きている。つまり、地球上のほとんどの生物は太陽エネルギーに依存して生活しているわけで、熱帯はこの生物の基礎的なエネルギー源である太陽エネルギーが最も豊富な所であり、その意味で生物が最も繁殖できる場所と言う事ができる。
特に、十分な降水量と気温に恵まれた熱帯雨林は、植物の生育に極めて適した環境となっており、植物はどんどん成長する。しかも乾季や冬による成長の遅滞がなく、一年中生育する事ができる。熱帯のラワン材に年輪がないのはこの為である。この結果、熱帯雨林は生産力が極めて高く、地球上で熱帯雨林をしのぐ光合成活動を行っている生態系は存在しない。単位面積当たりでは、熱帯雨林は北方の針葉樹林の2倍以上、温帯林の1.5倍、サバンナや草原の4〜5倍もの生産力を持っている。熱帯雨林は1年間に、1m2当たり平均2000gもの有機物(乾燥重量)を生産するのに対し、温帯落葉樹林は1250gである。地球全体では、熱帯雨林だけで年間 494000万トン(t)もの有機物を生産しているが、温帯林は149000万tに過ぎないのである。また熱帯雨林では葉の密度も高く、1m2の林床の上に茂る総ての葉の面積を合計した葉面積指数で見ると、温帯林が約6程度なのに対し、パナマのバロ・コロラド島の熱帯雨林では約8となっている。葉の現存量でも、熱帯では1haの面積に茂る葉の乾燥重量が約1tなのに対し、温帯では約 0.5tに過ぎない。そして、地球上の全陸上生物に含まれる炭素の46%、全土壌に含まれる炭素の11%が、熱帯林に存在する推定されている。熱帯林は地球表面積の約5%を占めるに過ぎないが、その植物量は全地球の半分、生産量は全地球の30%に近いのである。
そして熱帯雨林の恵まれた環境下で、植物は自身の持つ能力を存分に発揮して様々な生態的地位へ進出して行った。生物は本来、多様化し適応放散して行こうとする性向を持っている。植物は熱帯雨林という願ってもない環境下で、誰に制限される事もなく自由に、豊富な太陽エネルギーを求めて種分化を遂げて行ったのである。その結果、無秩序なまでに複雑で多様な生態系が形成される事になった。我々の見慣れた温帯の森林は、きれいな層構造をしている事が多いが、熱帯雨林ではあまりはっきりしないと言う (2-15)。そこでは超高木が林冠部から突出してそそり立ち、様々な高さの木々が乱雑に入り交じって林冠部と亜高木層の区別もつかない。しかも、熱帯には温帯では見られない奇妙な生物が多く生息している(熱帯生物の珍奇性)(3-5)。例えば、枝ではなく幹に直接ついた果実(幹生果)や、花の形や色の多彩さ。これらは、カンブリア紀に爆発的な進化をした奇妙な生物達を思い起こさせる。進化を制限するもののない豊かな環境下では、生物は生態系のどんな小さな隙間にまでも進出して適応放散し、様々な種を作り出して行く。こうして生態系の隅々まで、多様な種で埋め尽くされる事になるのである。逆に、多様性の低い生態系では、何か生物の多様化を抑制する因子の存在が考えられよう。
実際、熱帯雨林は植物の王国である。そこには大小様々な葉が気も遠くなるほど大量に存在し、地上から林冠部まであらゆる樹木やつる植物に覆われた緑の世界である。しかも奇妙な事に、これらの葉には昆虫や草食動物に食べられた跡がほとんど見られないと言う。熱帯では昆虫などが不活発になる寒い季節がなく、植物は昆虫や病原体の攻撃に一年中さらされているにもかかわらず、不思議なことに熱帯雨林の葉はほとんど無傷なのである。その原因は、植物の作る化学物質(自己防衛物質)にある。その結果、草食動物は一般に、食物となる可能性のある植物のほんの一部分しか利用していないのである。アマゾン川流域の植物の生きている部分の現存量は、1ha当たり約900tと推定されているが、哺乳類や鳥類・爬虫類・昆虫類など、その他すべての動物の現存量はわずか0.2tにすぎない。熱帯雨林では、動物よりも植物の方が圧倒的に優勢なのである。しかも動物のうち、葉や茎といった生きた植物組織を食べる種は全体の7%に過ぎず、19%(ほとんどがシロアリ)が生木や枯死木の材を食べ、50%が枯葉や枯枝だけを食糧にしている。残りの24%は、他の動物を食べる捕食者である。
(注)熱帯性植物は様々な種類と量の二次代謝産物を産生しており、植物の作る毒性物質量は緯度と強い負の相関がある。
熱帯雨林における植物の多様性の高さは、それを食糧とする草食動物、さらにはその動物を食べる肉食動物の多様性を高めていると思われる。そのうえ植物の生み出す豊富な食糧資源は、動物の多様性の基盤ともなっている。豊かな熱帯雨林では、狭いニッチに適応した様々な専門家(specialist)の生存が可能となり、それによって多くの専門家がニッチを分ける、多様性の高い生態系が誕生する事になるからである。例えば、熱帯では一年中安定して花の密や果実を利用できる為、いくつもの鳥の科が、密や果実だけを食べる様に適応し特殊化している。それに対して、真夏から秋にかけてだけ果実が豊富になる温帯では、多くの鳥類が秋に昆虫から果実へと食物を転換する。密だけを食物にしているハチドリの仲間は新世界に319種が分布するが、そのほとんどが熱帯に生息し、これは花の密だけで生きて行けるほど自然が豊かである事を示している。環境が貧しければ、ハチドリの様な特殊化した生物はとても生きて行けない。ハチドリの存在は、熱帯の自然の豊かさの証拠なのである。また資源の豊かな環境では、ニッチの重複が必ずしも競争を引き起こす事にはならない。自然界でニッチの重複はしばしば起こるが、それによって競争排除が起こる事はなく、ニッチの重複自体は不可避的に競争を生起させるものではないのである。こうして豊かな環境下では、狭いニッチに適応した多くの種類の生物が、互いにニッチを重複させながら共存する事になる。ニッチ幅の縮小とニッチの重複が多様性を拡大させているのである。
以上から、動物の多様性が基本的には植物の多様性や生産性に依存している事がわかる。従って、多様性の勾配について考えるには、植物について見れば良い事になろう。
では何故、緯度による多様性の勾配が生まれるのだろうか。緯度よって帯状に変化するものとしては、まず気候帯が思い浮かぶ。赤道付近の熱帯から緯度が高くなるにつれ気温は低下して温帯・寒帯へと移行し、こうした気候の変化が植物の分布を決める最大の要因となっている。多様性の勾配は、緯度による気候の変化と関係がありそうである。
植物の分布を考える上で、根本的な影響を持つのが降水量である。植物にとって最も厳しい環境は砂漠で、少ない所では年間降水量が数mm、草も生えない不毛の地で陸地面積の1/5を占める。砂漠より少し湿潤な地域がイネ科の草を主とした草原(ステップ)で、陸地の約1/4を占めている。さらに湿潤な所が、草原の中に点々と樹木や樹林が茂ったサバンナで、これは草原と森林の中間型の植生と言えよう。さらに湿潤になると、あまり樹高の高くない樹木の疎林の段階を経て最後に森林となる。つまり、地球上で最も湿潤な地域に成立する植物帯が森林で、陸上面積の約1/3を占めている。
この降水量と並んでもう1つ、植物分布を決める上で重要な気候条件が気温である。森林にも色々なタイプがあるが、それを支配しているのが気温なのである。森林帯は緯度が高くなり、気温が低下するにしたがって次の様な系列が認められると言う。(3-6)
@ やや乾燥した地域
雨緑林・・・・夏緑林・・・・常緑針葉樹林・・・・(ツンドラ・氷雪)
A 湿潤な地域
多雨林・・・・照葉樹林or硬葉樹林・・・・夏緑林・・・・常緑針葉樹林・・・・(ツンドラ・氷雪)
そして極地に近いツンドラや氷雪地には、寒さの為もはや森林は成立しない。こうした森林帯の区分を生み出すのが気温の低下であるが、暖かさの指数を使うと両者の関係をうまく説明できる。これは、植物の生長にとって必要最低限の気温を摂氏5度(℃)と想定し、各月の平均気温が5℃を上回った分を12ヶ月に渡って合計したものである。この指数では0以下が極帯(氷雪)、15までが寒帯(ツンドラ)、55あるいは45までが亜寒帯の常緑針葉樹林、85までが冷温帯の落葉広葉樹林(夏緑林)、180までが暖温帯の照葉樹林や硬葉樹林、240までが亜熱帯、240以上が熱帯の森林に対応する。この指数は世界の森林に良く適合し、広く使われていると言う。気温は緯度が高くなるほど低下し寒冷な気候となるわけだが、それと同時に海抜が高くなっても低下する。普通、海抜が100m高くなると気温は0.6度低下し、これに応じて森林帯も垂直的に変化する事になる。森林帯の垂直分布は水平分布と基本的に同じであるが、垂直方向の気温変化の方が急激な為、森林帯も短い距離で大きな変化を見せる。気温からすると海抜で100mの上昇は水平方向では100km北へ行くのに相当し、このおかげで山を登るにしたがい、照葉樹林・夏緑林・常緑針葉樹林・ハイマツ低木林といった変化が目の当たりに見られるのである。垂直分布の場合、照葉樹林の暖温帯に当たるのが亜山地帯(低山帯)、夏緑林の冷温帯が山地帯、常緑針葉樹林の亜寒帯が亜高山帯、そしてハイマツ低木林が寒帯に相当し高山帯と呼ばれている。高山帯はハイマツなどの低木林、風衝地や荒原の草本群落、岩石地などとなり、もはや高木の森林は成立できない。従って、亜高山帯と高山帯の境界が森林分布の上限の森林限界となっており、さらに高山帯で樹木のなくなる所が樹木限界である。そして面白い事に、北半球では北に行くほど寒い所の森林が低海抜で現れる。これは言うまでもなく、それだけ気温が低下する為である。その結果、温暖な九州には亜高山林は存在せず、四国・近畿の紀伊半島でも、1800m以上の高い山々の山頂部分がようやく亜高山帯に入った状態である。ところが、中部地方まで北上すると海抜1600〜2500mの範囲が亜高山帯となっている。このように北へ行くほど亜高山帯の海抜が低くなり、青森県の八甲田山では750mぐらいでオオシラビソやコメツガが現れ、北海道では中央山地に加えて東部では平地そのものが亜寒帯となり、トドマツ・エゾマツ林が海抜の低い所にも広がっている。当然、森林限界の海抜高も北へ行くほど低くなり、中部山岳で約2500m、八甲田山で1500m、北海道の知床では1100mと低下してくるのである。
このように、緯度や高度による気温の低下が森林の違いを生み出すわけだが、実はこの森林帯の分布にも緯度による多様性の勾配が当てはまる。つまり北半球では、北に行くほど多様性が減少し森林構造は単純になるのである。かって、西日本のほとんどを覆い揺籃期の日本文化を育んだ照葉樹林は、森林の構造が複雑で着生植物も多く、ほとんどが常緑で葉の厚い植物が繁茂し、夏はもちろん冬でも濃緑で湿度が高く薄暗い森林を形成している。ところが次の落葉広葉樹林は、照葉樹林に比べると構造が単純で混交する種数も少なく、広い大きな葉が水平に広がり明るく柔らかい雰囲気の森となっている。亜寒帯の常緑針葉樹林では森林構造はさらに単純になり、樹種が少なく高木層とコケ層の2層だけの森林も珍しくなく、ツル性植物も少ない。森林景観も黒々とした濃緑の端正な樹形の単調な繰返しとなっている。こうした森林分布が、気温の低下に対応した気候帯によって支配されている事を考えると、植物に見られる多様性の緯度傾斜は気温の低下、気候の寒冷化にその原因があると見る事ができよう。実際、十分な水がある条件下では、植物種の数は温度と共に増加するという。
同様の事は海の生物にも見られる。魚の量は北の海の方が圧倒的に多い事は良く知られているが、魚の種類では南の暖かい海の方が格段に多いのである。魚種は世界で3万種と言われるが、日本近海にいる約3500種の内、北の寒流系の魚は約300種に過ぎない。また先にも触れたが、化石や海水温などから中生代から新生代にかけて、海は長期間の温暖期と比較的短期間の寒冷期を何度も繰り返して来た事が分かっている。温暖な海は海進期に当たり、そこでは非常に多くの種類の生物が適応放散し、特殊化した複雑な生態系が作り出されていた。そこを巨大サメや海生爬虫類などの大型捕食動物が泳ぎ回っていたのである。しかし、一つ一つの種の個体数自体はそれほど多くはなかった。これとは反対に寒冷期の冷たい海では、個体数の多い少数の種類の生物が単純な生態系を形成していたのである。そして、暖かい海が冷たい海に変化する時に多くの生物種が絶滅した。逆に、冷たい海から暖かい海に変わると新しい生物種が大量に出現し、爆発的な進化が起きたのである。この海の多様性の変動は、約3000万年周期で起きていたのであった。
では何故、気温の低下が生息する生物の種類を減少させるだろうか。先に述べた生産力・資源量の違いもその原因の1つと考えられる。実際、地球上で最も多様性が高いのは熱帯雨林とサンゴ礁だが、両者とも生態系の中では最も生産力の高い場所である。ほとんどの動物の食物は、元は植物が太陽光を受けて作り出したもので、高い生産力とは植物が光合成で作る物質量が多いという事を意味する。植物にとって熱帯雨林は、豊かな日照と十分な降雨に恵まれているというだけではない。温度が高いと土壌微生物の活動が活発化し、有機物の分解によって植物の生育に必要な養分が十分に供給される事になる。微生物の活動は温度依存性が高く、土壌有機物の分解速度は温度と共に指数関数的に増大し、温度が10度上がると分解速度は2〜3倍になると言う。このように、植物の生育に適した熱帯雨林では植物がどんどん生長し、食糧資源が増大してそれに頼る消費者である動物のニッチ幅の縮小とニッチの重複をもたらし、多様な生物を生む事になる。もちろん、これには植物自身の多様化も深く関係している。逆に、気温の低い所では植物の生育が抑制されて食糧資源が乏しくなり、ニッチ幅の拡大と重複の減少が起こり生物の多様性が低下するわけである。
確かに、資源が豊かな事は多様な生態系を生み出す基礎になっている。つまり多様性の必要条件と言えるが、実はそれだけでは十分ではない。先に、魚は北の海の方が圧倒的に多いと述べたが、これは北の方が窒素・リン・ケイ素などの栄養塩類が多く、植物プランクトンが豊富な為で、植物プランクトンの量からいうと南は北の約1/3の魚しか生育できない計算になると言う。このように北の冷たい海の方が資源は豊富で魚の数も多いが、その種類は南の海よりはるかに少ないのである。では、資源量以外に何が生物の多様性を支配しているのだろうか。それは生物の生存に適さない温度の低い厳しい環境が、生物の体の造り、体制に様々な規制を加えている為ではないだろうか。いわば、環境圧とでも言うべきものである。高緯度の寒冷な気候の下で生きる生物は、厳しい寒さに耐える為に特別な体の構造を作り上げなければならない。気温の低下と共に環境圧は高くなり、その分だけ体の設計の自由度が低くなり、特殊化した生物は進化し難くなるのではないだろうか。その結果、気温の低い高緯度では生物の多様性が低くなる。逆に、生物の生存に適した熱帯では、乾燥や冬の寒さに耐える為に体の構造に特別な工夫をする必要がない。その分だけ設計の自由度が増し、いろいろな体制の生物が分化しやすいと考えられる。生存に適した温暖な環境では環境圧が低く、生物は大きな制約を受ける事なく、自由に様々なデザインを試して見る事ができるわけである。
例えば、亜寒帯の針葉樹に見られる針状の葉型は、表面積を縮小して葉の耐寒性を増し、また葉からの蒸散を抑制する事で耐乾性をも持つ様に進化した結果である。一般に針葉樹は広葉樹に比べて環境の良くない場所、貧弱な立地にも耐えて生育する事ができる (3-7)。それに対して広葉樹は立地条件がぜいたくで、条件が良ければよく生育して針葉樹を圧倒するが、立地条件が悪いと生育できず、その場所を針葉樹に譲る事になる。山の尾根筋や崖っぷちに針葉樹が目立つのは針葉樹がそこを好むからではなく、広葉樹が茂り難い場所だからである (3-8)。この針葉樹と広葉樹の関係に見る様に、厳しい環境で生育できる植物のほとんどは他の植物に対して競争力が弱い (3-9)。これは厳しい環境に適応する為の体の変革に、大きなコストをかけている為だと思われる。その結果、良好な環境に生息し、余計なコストをかけていない生物と競争すると負けてしまうのである。
環境圧が、生物の形態に大きな影響を与えている事は収斂進化を見てもわかる。これは系統の異なる生物が、同じ様な環境条件の下で良く似た形質を進化させる現象である。良く知られている例に、オーストラリアで適応放散した有袋類がある。彼等と我々有胎盤類は独立に進化したにもかかわらず、お互いに良く似た種を多く含んでいる。例えば、オオカミに非常に良く似たフクロオオカミ、そしてフクロモモンガとフクロモグラは真獣類のムササビとモグラにそっくりである。こうした進化の収斂現象は、生物の生息環境がその生物の形態やデザインに、いかに大きな影響を与えるかを如実に物語っている。
また、気温の低下が重大な環境圧になる事は、恒温動物が大量のエネルギーを使ってまで体温を36〜42℃に保っている事を見てもわかる。我々は現在の平均気温15℃の地球気候を普通と考えがちであるが、生物にとってはもっと高い気温の方が適しているのである。事実、爬虫類は気温の低い朝などには、日光浴をして体を温めてからでないと活発に活動する事ができない。また、生命は100℃近い高温の海の中で誕生した事が分かっている。見方を変えれば、生命進化は低温への適応の歴史でもあったわけで、気温の低下は生物に強い圧力をかける事になり、デザインの自由度が一層限定されたものになったのだろう。また、極端な寒さや乾燥に耐える形質を進化させ、それを維持する事は生物にとって大きな負担となり、厳しい生息環境とも相俟って、新しい形質を進化させ種を分化させる余裕を消失させてしまうのかも知れない。実際、生育の困難な厳しい環境に棲む生物の中には、生きた化石の様に進化のほとんど止まった様な生物も存在する。ここでは生物は厳しい環境にじっと耐えながら、ひっそりと暮らしているのである。
地理上の緯度が高くなり、気候が寒冷化すると共に生息する生物種数が減少し、多数の個体数を持つ少数の種によって構成される、単調な生態系に移り変わって行く事を見て来た。この緯度の変化による寒冷化を、地質学的な時間の変化による寒冷化に置き換えて考えると、史上幾度となく繰り返された生物の大量絶滅の新たな様相が見えて来る。つまり、北半球では北に行くほど生物種の少ない単調な生態系になり、反対に南に下がると多様な生物種を含む複雑な生態系へと変わって行く。こうした複雑な生態系から単調な生態系へ、あるいは逆に単調な生態系から複雑な生態系へという移行を、地球の長い歴史的時間の流れの中で、地球の寒冷化と温暖化の周期変動に合わせて繰り返して来たのが、生命の進化史だったと見る事ができるのである。緯度の変化による生態系の移行には生物の絶滅や進化は必要ない。しかし、地球史における時間の変化による生態系の移行にはそれが不可欠である。地球の寒冷化によって単調な生態系に移行する時には、それまでの複雑な生態系が含んでいた多様な生物種は大量に絶滅せざるを得ない。反対に、地球が温暖化して再び多様性に富む複雑な生態系に戻る時には、その生態系をうめる新たな生物種が大量に必要となろう。この必要に答える為に起こるのが、生き残った少数の生物種による大適応放散であり、生物の爆発的な進化なのである。つまり生物の大量絶滅というのは、気候が寒冷化して単調な生態系に移行する時に、余分になった生物種を整理するものであり、反対に生物の大進化というのは気候が温暖化して再び多様性の高い生態系へ移行する時に、不足する生物種を新たに創り出す為のものなのである。このように考えると、進化とは複雑で多様性に富む生態系の再構築の手段、あるいはその過程と見る事ができよう。
この生態系の移行の具体的な様相は次の様なものである。まず地球全体の寒冷化により、高緯度地方の生物の低緯度への移住が始まる。次に、熱帯性の生物の絶滅が始まり、前の時代に適応放散をし、恵まれた環境の下で大繁栄していた生物達が次々と絶滅して行く。その一方で、寒冷気候に適応した少数の生物種が生息域を拡大し、地球は今日の高緯度地方にみられる様な、大きな個体数を持つ少数の生物種が支配する極めて単調な変化の少ない生態系へと変わって行く。しかし、この寒冷な気候もいつまでも続かない。地球内部からホット・プルームが上昇して来ると、海嶺部での火山活動が活発化し、大量の二酸化炭素が放出され気候は温暖化して行く。また、海洋プレートの生産速度が増大して海水準は上昇し、それと共に大陸棚に浅海域が広がり、そこで大量の植物プランクトンが大繁殖する様になる。陸上でも、温暖になった気候の中で植物の生長が加速化する。こうして生物を支える資源量が増大し、環境が生物の成育に適したものに変わって来ると、多様な生物種を含む複雑な生態系への移行が可能となる。そして、生態系の中に様々な生物種の生息可能な空地が生まれ、厳しい環境下で生き残っていた生物の中から、その新しい環境に進出し適応放散を開始するものが出て来る。環境の好転と共に、この生態系の空隙は急激に拡大し、そこに向かって生物の大適応放散が始まり、急速な大進化が進行する。こうして、生態系は大絶滅前とは異なる新しい生物種によって再び埋め尽くされ、多様性を取り戻すのである。そして、種分化によって生態系の空地が埋め尽されると、生態系は安定を取り戻し進化は休止する。こうして地球の生命は気候の寒冷化と温暖化の繰返しの中で、大量絶滅と適応放散・進化を繰り返して来たのである。それは、多様性の高い生態系の崩壊と再構築の歴史でもあった。
生命の歴史が、絶滅と適応放散の繰返しであった事を示す良い例が、中生代の示準化石として有名なアンモナイトである。これはタコやイカの仲間の頭足類で、古生代デボン紀にオウムガイの仲間から派生して中生代白亜紀末に絶滅するまで、約3億年間に13亜目65超科1万種以上もの種を進化させ世界の海で大繁栄して来た。実はこのアンモナイトは、何度も多数の種や属、時には科の同時絶滅に見舞われているのである。その歴史を200万年刻みで見ると、科レベルの絶滅率が50%を越える事変だけでも、デボン紀に3回、石炭紀に1回、ペルム紀に4回、三畳紀に3回、白亜紀に2回もあると言う (2-19)。この内、絶滅した白亜紀末の他、デボン紀後期と三畳紀末にも100%近い絶滅率を示している。
デボン紀末の危機は特に厳しいもので、80属中生き延びたのはたった2属に過ぎなかった。しかし次の時代には、この生き残った2つの属が急速に適応放散・進化し、無数の新しい分類群を生み出して、がら空きだった生態系を埋め尽くす事になるのである。この2つの祖先は1億年以上に渡って凄まじい勢いで進化し、数百の属と数千の種を生み出した。その間、オウムガイの方は衰退を続け、何千種というアンモナイトの棲む海に、ほんのわずかの分類群を残すのみとなったのである。しかし、アンモナイトもペルム紀末の大量絶滅に巻き込まれ、再び危機に直面する。この時、100万種以上いた動植物の内、生き残れたのはわずか5万種程度だったと言われる。大量絶滅の後、生物界の多様性は著しく低下したが、危機を生き延びた数少ない種は、それぞれ巨大な個体群を持っていたと思われる。世界は、今日の北極に似た様相を呈していた。つまり、1つ1つの種の個体数は多いが、生物の種類が非常に少ない単調な世界である。この寂しくなった海を泳ぎ回っていたのはほんの数種の頭足類で、恐らく1種か2種のアンモナイトと、2〜3種のオウムガイである。しかし、大量絶滅を生き延びる事に成功した少数の生物は、競争相手の全くいない世界を引き継ぐ事ができた。そして三畳紀初め、アンモナイトの生き残り達は、再び様々な形態の子孫を生み出して海を占領するのである。ちょうどオウムガイが、カンブリア紀末期に競争相手のいない間に素早く新種を形成したのと同じ様に。この結果、古生代の祖先達が生み出したよりもはるかに多くの種が出現する。この膨大な種を生み出した元は、ペルム紀末の大量絶滅を生き延びた1〜2の種に過ぎないのである。三畳紀を通じてアンモナイトは、優に400を越す属と数千の種を生み出した。しかし、三畳紀末には再び危機が訪れ、これを生き延びたのは数千種の内のせいぜい1〜2種に過ぎなかった。ペルム紀末と同じく、驚くほど変化に富んでいたアンモナイトは、ほんの数種にまで衰退したのである。「そして再び世界は静寂化した」(2-29)。次の、ジュラ紀初期のアンモナイトの放散は、それ以前の大量絶滅後の拡張と同じパターンを示している。新種が急速に作られて、三畳紀の種数をすぐに追い抜いてしまった。ジュラ紀と白亜紀になると、過去3億年間のアンモナイトの繁栄したどの時期よりも種数が増え、サイズも1.5cm程度のものから直径が3mを越えるものまで出現し、殻の形状も驚くほど多様なパターンが登場して来た。従来の平らな螺旋状に加え、巻きが解けたまっすぐな棒状から巻き貝状のものまで、様々な形が誕生した。こうしてアンモナイトは、古代型の魚類と巨大な爬虫類と共に、中生代の海を分け合っていたのである。しかし繁栄を極めたアンモナイトも、白亜紀末の大量絶滅に巻き込まれて、恐竜と共に絶滅してしまう事になる。
このアンモナイトに見られた絶滅とその後の適応放散というパターン、即ち、大量絶滅を生き残った少数のものが、環境の好転後にがら空きになっている生態系へ競争相手の全くいない中で急激に適応放散・進化し、再び生態系を埋めるというパターンは、幾度となく繰り返された大量絶滅を通して進化して来た生物進化の縮図と言う事ができよう。こうして生物界は、生物の種類の極めて多い多様性の高い生態系と、逆に大きな個体数を持つ少数の種によって構成される、多様性の低い単調な生態系とを交互に繰り返して来たのである。そして、単調な生態系から再び多様な世界へ移行する時、生態系が再び多様性を取り戻す時に生物の急激な適応放散・進化が起こるのである。また絶滅と適応放散という同じパターンが、アンモナイトという同じ生物の仲間に繰返し起こっている事は、絶滅の原因が同じものであった事を、即ちアンモナイト類が同様の環境変動に繰返し見舞われた事を強く示唆している。地球の生命は、環境の悪化と好転という同様の環境変動を繰返し経験して来た可能性が高いのである。
(注)アンモナイトに見られた反復進化は、カンブリア紀の三葉虫や新生代の浮遊性有孔虫でも知られている。ジュラ紀に生まれた浮遊性有孔虫のグロビゲリナ上科は白亜紀末にほとんどが絶滅するが、グロビゲリナ類だけが生き延び、それから暁新世と始新世に多くの種類が進化して来る。しかし漸新世にまた大きな絶滅が起こり、ここでもグロビゲリナ類だけが生き残って、中新世前期に再び新たな一群の仲間を生み出すのである。しかも、その構成員は絶滅前の型と非常に良く似ていたと言う。(3-21)
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先に見たように、古生代初期の海洋生態系には巨大なオウムガイが君臨していた。その為、初期の魚は海を避けて河川に進出し進化したのであった。当時の魚はまだ小さく顎も持たず、大部分は微細な浮遊物や藻のかすなどを食べる濾過食者だった。しかし、シルル紀に顎を進化させた魚類は、デボン紀に入ると爆発的に発展し海洋をも占拠し始める。こうして、デボン紀には魚類が大繁栄をする一方、オウムガイは衰退して行く事になった。ところがこの危機に、オウムガイの1グループが進化上の転回に成功する。それがアンモナイトである。オウムガイの殻の内部は、隔壁で幾つもの小室に分けられており、そこに気体を満たして浮力器官としている。こうして、オウムガイは海洋を自由に泳ぎまわる事ができる様になり、海底の獲物を上から襲っていたものと思われる。しかし、オウムガイには大きな弱点があった。それは成長速度が遅い事で、有室の殻を作り、そこを気体で満たすには極めて長い時間がかかったのである。その解決法にアンモナイトは殻の壁、特に殻内の小室を区切る隔壁に皺を付け、生体重量の8割を占める殻を作る炭酸カルシウムの量を減らす工夫をした。この新型の隔壁は、壁と直線ではなく吊り橋のアーチのように様々なカーブで交差し、こうした曲線でできた薄い殻と隔壁は厚い殻と同じ強度を出すのにずっと少量の炭酸カルシウムで済み、それだけ成長速度が早くなったのである。また、アンモナイトは全く新しい増殖戦略も発展させた。それまでの少数の卵を生み、ゆっくりと卵の中で成長するという方式に代えて、非常に小さな卵を無数に産む事にしたのである。こうした改良によって、アンモナイトは爆発的に発展し、古生代後半と中生代を通して大繁栄をする事になったのである。(2-29)
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生物の大量絶滅後の急激な適応放散を考える時、孤島で見られる適応放散が参考になるだろう。島は、その成因から大きく2種類に分ける事ができる。1つは大陸島と呼ばれる大陸の一部が切り離されて島になったもので、海水準の上下変動にしたがって大陸と陸続きになったり分離したりを繰り返す、大陸棚の上に乗った島である。もう1つは、大洋のただ中に海底が盛り上がって出現する島で海洋島と呼んでいる。そのほとんどは火山島で、海底火山の噴火によっていきなり海面上に出現する事もあるが、多くは海中に海山としてできたものが海面の低下やサンゴ礁の発達で盛り上がり海洋中に出現する。ハワイ諸島・ガラパゴス諸島・小笠原諸島などがこの海洋島に当たり、ここで取り上げる孤島である。
従って海洋島は、その起源以来一度も大陸と地続きになった事のない島であり、そこに棲む動植物は、偶然によって移住して来たものばかりである。その結果、海洋島は非常に偏った種類の生物集団からできており、その植物相(フロラ)や動物相(ファウナ)は、大陸や大陸島のそれと比べると著しくアンバランスで不調和なものとなっている。例えば、海洋島のフロラではシダ植物の比率がかなり高い反面、裸子植物はごくわずかの例外を除いて見られず、ドングリのなるブナ科は全く存在しない。これは種子の散布形式が、海洋島では鳥を介したものがほとんどな為で、シダ植物が多いのは風で飛びやすい胞子を散布体にしている事による。またファウナに於いても、カエルなどの両生類を欠き、コウモリ以外の地上性の哺乳類は存在しない。
(注)非常に遠い離島では風飛散により繁殖する植物はほとんど存在せず、海洋島での種子散布は鳥類によるものが最も一般的。
しかし、この動植物相の偏りが、孤島にそこでしか見られない不思議で独特な生物を進化させる事になった。突如として大洋中に出現した海洋島では、全く陸上生物のいない状態から出発し、たまたま移住に成功した数少ない生物からフロラやファウナが作られる。その結果、海洋島では生態的地位(ニッチ)のあちこちが、歯抜けの様な状態で始まる事になる。島の歴史が新しいほど、大陸からの隔離の距離が遠いほど、ニッチはがら空きになっているはずである。適応放散は生態系に空地が存在する時、その空いたニッチを埋める形で実現する。その為、すでに調和した生物相が完成し、空きニッチの少ない大陸や大陸島では適応放散が起こり難いのに対し、海洋島やその群島では顕著に展開する事になる。
こうして、海洋島では少数の生物種が活発に適応放散する結果、固有種が多い。種どころか、属や科のレベルでも固有とされるものが多く、ガラパゴスのゾウガメやウミイグアナ・リクイグアナ・ダーウィンフィンチなどは、いずれも属または科のレベルで固有とされている。一定地域に生息する動植物相の中に占める固有種の割合を固有率と呼んでいるが、海洋島の固有率はずば抜けて高く、ハワイ諸島やセントヘレナ島の植物の固有率は85%にも達する。それに対して大陸から離れてからの時間が短く、隔離も効いていないイギリスでは、植物の固有種は1つもなく固有率はゼロなのである。
また、海洋島での適応放散には面白い特徴がある。海洋島では、大陸島に比べると特定の植物の分布範囲が広いのである。つまり、ニッチの幅が広いと言ってもいいだろう。これは、大陸島では生態系が詰まっていて、個々の植物の生育できるニッチが厳しく限定されているのに対し、生態的解放状態にある海洋島では、空いている隣のニッチにまで進入して生息域を広げる事が可能な為と考えられる。例えば、大陸島である琉球列島と海洋島の小笠原諸島に共通する植物の分布を比較すると、小笠原の方がその生息する標高の範囲が広いのである。また興味深い例に、小笠原諸島でのムラサキシキブの仲間の分布がある。父島には、シマムラサキ・ウラジロコムラサキ・オオバシマムラサキの3種が分布し、それぞれ異なるニッチに適応して生育環境を棲み分け、葉の大きさや厚さ、背丈などを異にしている。湿気の多い谷間に生息するオオバシマムラサキは、時には高さ5mもの高木になると言う。ところが、母島には3種の内のオオバシマムラサキしか生息せず、その代わりこの1種が母島の至る所に分布し、湿った谷間では大きな高木となり、乾燥した山腹では低木状になっている。そして葉の大きさや厚み、毛の程度など形態の変異幅が大きく、父島で3つの種が棲み分けているニッチを、分布上でも形態の変異の上でもこの1種だけで占めているのである。これは次の様に解釈できると言う。初め、父島にこの植物の共通の祖先が侵入し、乾燥の程度の異なるいくつかの生育環境に適応放散して今の3種が誕生した。その後、その中のオオバシマムラサキがさらに母島に侵入して拡散するが、母島では侵入後の時間が短く、適応放散の途中でまだ種分化にまで至っていない。つまり、母島では種分化が未成熟な為、ニッチ幅が広くなっていると考えられるのである。
また孤島では、キク科の植物が木になる事が多いと言う。例えば、現在20種弱が知られるガラパゴスのスカレシアは、総て高さ2〜3mの木本で、中には10mを超える種もある。小笠原のワダンノキも、幹の直径5〜6cm、高さ3mほどの木になるキク科植物である。大西洋のセントヘレナ島でも多くのキク科が木になっており、コミデンドロン・メラノデンドロンなど、大きなものでは7〜8mもの巨木になるという。日本では小笠原の1種を除けば、木らしい木になるキク科植物は存在しない。では何故、孤島ではキクの仲間が木になるのだろうか。本来、大陸の様な調和の取れた生態系に於いては、地表面の土砂の移動や撹乱の激しい場所は、生活史が短く短期間に大量の種子を作って広がれる草本が占め、反対に土壌が安定し温度・光・水も十分な所には高木林が成立する。ところが、海洋島では生息する動植物が偏り生態的地位のあちこちが歯抜けの様になっている為、本来なら高木林が成立するはずのニッチが空いていれば、大陸では木になる事のない植物でもそこに進出して適応放散し、その環境に適応する事で自らの形態を変化させ、そのニッチにふさわしい木に進化して行くわけである。またキク科植物は、環境によっては高木にもなれる柔軟性を持った植物という事もできよう。(3-10)
海洋島に於いては、移住に成功した少数の生物種によって、がら空き状態の生態系に適応放散が行われる事。その結果、孤島には独特の不思議な動植物が進化して来る事を見て来た。これは、大量絶滅後の生物の大適応放散と状況が良く似ている。この時も、運良く生き延びる事ができた少数の種が、地球環境の好転と共に、がら空き状態になっている生態系に急激な適応放散を行う。そして、種分化によって単調だった生態系に様々な生物が進化し、狭いニッチに適応した多くの種類の生物が共存する、多様性に満ちた複雑な生態系が再建されて行くのである。こうして歯抜け状態だった生態系は、新たに進化して来た多数の生物種によって満たされる事になる。そして、生態系の空地が埋まってしまうと適応放散は止み、進化も休止するのである。また良く似たニッチに適応したものは、その形態も良く似ている。これは、特定のニッチに適応する為には、その生物の形態もある程度限定されて来る事を示している。
これらの事から考えると、生物というのは本来、変わりやすい存在と見る事ができよう。だから、生態系に空隙ができると直に進出し、そこの環境に適応する様に自らの体を作り変え、新しい種を分化させてそのニッチを占領する。逆に、生態系が満たされ空地がなくなると、変化はストップし進化は止まるのである。生物が適応した特定の生息環境、ニッチがその生物の形態に枠をはめ限定を加える事によって、生物のそれ以上の変化、つまり進化を食い止めているわけである。いわば環境圧が、生物の無原則な変化を押し留めていると言える。その為、多くの生物によって満たされ、安定した生態系では進化は起こらない。進化は多様性に富んだ生態系が、何等かの原因で崩壊する事によって初めて可能となるのである。このように考えると、生物の大量絶滅が生態系の崩壊そのものである事。そしてそれ自身が、生物の進化を可能にしている事が理解できる。極端な言い方をすれば、大量絶滅がなければ生物の進化はなかった。少なくとも、その進化のスピードは、はるかに遅いものとなっていたはずである。何故なら、生態系が隙間なく満たされている状態では、新しい生物がそこに進出し進化できる余地がないからである。新たな生物が進化して来るには、大量絶滅によって古い占有者達が排除され、その場所が明け渡されなければならないのである。
生物にはアンモナイトの様に、繰返し適応放散し進化する生物がある一方で、何億年にも渡って古い形態を変えずに生き延びて来た、「生きた化石」と言われる様な生物も存在する。彼等はどうしてそんなに長期間に渡って、進化せずに来れたのだろうか。これは、進化を考える上で避けては通れない問題である。その事で手掛かりとなるのは、今日、生きた化石といわれる生物のほとんどが、生きて行くには困難な厳しい環境に生息しているという点である。しかも、彼等が繁栄していた過去の時代には決してそうではなかった。以前には、もっと棲みやすい環境に生息していたのである。
例えば、ストロマトライト(石の布団の意味)を見てみよう。これは薄い皮を重ねた様な炭酸塩岩で、糸状の藍藻類(シアノバクテリア)が、粘着性のある糸を絡み合わせて薄いマットを浅海底に作り、その上に堆積物の粒を集めて層を作り、さらにその上に何本もの糸を伸ばして藍藻の層を作るという具合に、有機物に富む層と少ない層を交互に重ね、上に向かって成長してカリフラワー状になったものである。こうして出来た藻類と堆積物の層状構造は、なかには直径が1m、海底から1m以上にもなる塔を作るものもある。このストロマトライトは、現在知られている生物の中では最古のものに属し、先カンブリア時代、世界中の浅海で大繁栄をしていた。彼等は20億年以上もの期間、地球上で最も普遍的な生物だったのである。ところが現在、ストロマトライトが見られるのは、ごく限られた特殊な環境だけである。1つは熱帯域の潮上帯で、この海と陸の間の狭い帯状の領域は、嵐で海水に浸る以外は日に焼かれ風雨に晒された生物にとって非常に棲みにくい場所である。もう1つの生息域も海と陸の境界域にあり、高温・乾燥下の高い蒸発率のせいで塩分濃度が異常に高くなった礁湖で、有名な例がオーストラリア西岸にあるシャーク湾の小さな内湾のハメリンプールである。その浅瀬には大きなストロマトライトが多数存在し、切断して見ると形も構造も27億年前の化石と変わらないと言う。ストロマトライトは生きた化石の中でも、ずば抜けて古いものなのである。また不思議な事に、ハメリンプールのストロマトライトの間には他の生物はほとんど見つからない。このような熱帯の浅い湾には、おびただしい数の生物が生息しているのが普通で、これは極めて異常な事である。実は、この内湾は幅40km、奥行き80kmの細長い入り江で、入り口に海藻の繁殖する浅い堤がある為、4000〜5000年前から内部が濃い塩分の浴槽の様になっており、その為に他のほとんど総ての生物が生息できないのである。ストロマトライトを作る藍藻は驚くほど頑強な生物で、干上がれば休眠し、水が掛かれば再び生き返る。ハメリンプールのストロマトライトは、単に彼等がそこで生存できる唯一の生物であるという理由だけで、そこに存在するのである。今日、このような特殊な環境にしか存在しないストロマトライトも、かっては広大な浅海底を覆い尽くしていた。それが、今は生物にとって生存の困難な厳しい海洋環境にのみ生息しているのは、そこには彼等を捕食する動物がいないという簡単な理由からである。試しに、ストロマトライトを1つ根こそぎにして普通の塩分濃度の海岸に運んだとすると、数日あるいは数週間以内にカサガイや棘皮動物・甲殻類などのありふれた動物たちが、ストロマトライトの表面から生きた組織を剥がして食べてしまう。骨格は残るものの、生きている部分は総て一番上の成長面から剥ぎ取られ、ストロマトライトは死んでしまうだろう。現在の藻類を食べる動物の削り取りに耐えて生き抜くには、ストロマトライトの成長はあまりに遅過ぎるのである。(2-29) (2-38)
次に、生きた化石といえば誰もがすぐに思い出す、シーラカンスを取り上げよう。硬骨魚類は、脊椎動物全体の約半分を占める現在最も繁栄している脊椎動物の仲間だが、これは大変異質な2つの亜綱から成立っている。1つは我々が普段見慣れている魚で、お馴染みの条と膜からできたヒレ(条鰭)を持つ条鰭亜綱。もう1つが骨と筋肉の先に条鰭が付くという構造のヒレを持つ肉鰭亜綱で、これは泳ぐというより水底を歩くのに適した様なヒレで、デボン紀後期にこのグループの魚が上陸に成功して両生類に進化するのである。肉鰭類は現在7種しか生存しておらず、その内の6種は肺魚で、残る1種がシーラカンスである。最初のシーラカンスは、1938年に南アフリカの比較的浅い海で発見されたが、そこは生息地からは遠く、その後は総てマダガスカルの北のコモール諸島で見つかっている。しかも、そのほとんどが水深200〜400mの深海で捕獲され、なかには600mを越える例もあると言う。そのうえ、コモール諸島周辺の魚類の生息数はインド洋上の他の諸島に比べて極端に少なく、大型の肉食性魚類の比率も非常に低いのである。こうした魚類相の奇妙な姿は、この海域の海水の性質によると考えられている。コモール諸島は火山性の島なので地下水が溜まる空洞が至る所に存在し、その為、大雨の直後には多量の地下水が島の斜面からしみ出し、海中洞窟に溜まって周辺の海水の塩分濃度が薄くなる。昼間、シーラカンスはこうした海中洞窟の深度が200m前後のものの中に、数個体ないし十数個体が群れて生活し、そして夜になると