最初の生命あるいは細胞は、我々が今日考える生物とは大きく異なり、極めて未熟な発展段階にあったと考えられる。恐らく最初の細胞は、細胞膜の中にわずかのDNA断片を持ち、今の生物が行う代謝過程のごく一部分だけ担うようなものだったかも知れない。そして、こうした不完全な原始細胞が多数集合して代謝産物を次々と交換していく事で、初めて1個の独立した生命として機能を果たしていたのだろう。いわば、様々な異なる機能を持ち互いに補い合う原始細胞の集団が、1個の完結した生物であったと見る事もできる。つまり、全生物の共通祖先は「1つの細胞ではなく、共同体的にゆるく連帯した多様な原始細胞」の一群であった。生命は独立した細胞とは言えない様な段階から、一種の生態系を形成する事で生きてきたのである。以後、少しずつ1つの細胞内に必要なDNAを集中させていく事で細胞の機能を拡大し、徐々に生物としての完結性・独立性を高めていったと考えられる。生命が誕生したばかりの原始地球の熱湯の海では、こうして徐々に独立した生物としての体裁を整えつつあった、何種類もの原始細胞が共存していたと思われる。しかし、どの生命も不完全で、独力で生存できるものはいなかった。今日でも、細菌は持てる遺伝子が限られ充分な代謝能力がない為、何種類もの細菌が互いに助け合い補い合って、複雑な生態系を形作る事で生きている。そればかりではなく、細菌間で有用な遺伝子の交換までして、協力して細菌の世界を維持しているのは先に見たとおりである。生まれたばかりの原始生命は、様々な物質が出入りする不完全な細胞膜を通して、互いに必要な遺伝子や物質を交換し、助け合って生きていたと考えられる。隣の細胞から必要な酵素やヌクレオチドを貰い、さらには死んだ細胞から漏れ出たDNAさえ取り込み進化して行った事だろう。これらの不完全な生命は熱水が噴出する海底に棲んでいたが、言わば全体として1つの生命であった。実際、今日ではrRNAの塩基配列から生物の系統関係が調べらているが、異なる遺伝子を用いると全く違った系統樹が得られる場合も多いと言う。生まれたばかりの細胞間では遺伝子の水平移動が高頻度で起こり、単一の系統樹を描けないほど錯綜していたと考えられるのである。その後、周囲の細胞とDNAを交換し取込む事で有効な遺伝情報を蓄積し、必要な高分子を自ら合成できる様になり、細胞膜も必要なものだけを選択的に通す様に改善されて、徐々に生命としての独立性を高めて行ったのである。(4-13)
(注)以下で述べるように、原始真核生物は古細菌の仲間から進化し、それに真正細菌がミトコンドリアや葉緑体として細胞内共生する事で真核細胞が誕生するわけだが、真核生物の核の遺伝子には古細菌由来のものだけではなく、呼吸や光合成に関係がない真正細菌由来のものも多く含まれている。また古細菌がかなりの数の真正細菌の遺伝子を持っていたりする。つまり、最初の真核生物が出現する頃までの生物の初期進化段階では、遺伝子の水平移動が高頻度に起こり、進化に重要な影響を与えていたと考えられる。その結果、生物の共通祖先を示す系統樹の幹部分も1本ではなく、多くの枝の絡まった叢林の様になっているのである。こうした遺伝子の水平移動に制約が加えられるのは、多細胞の真核生物が出現して生殖細胞が隔離される様になってからと思われる。
40億年前、生命が誕生した頃の海の温度は100℃前後、遺伝子の総数は500個程度であったと言う。この生まれたばかりの原始細胞はどのようなものであったのか。今日、細胞は原核細胞と真核細胞とに大きく2分されるが、最初に誕生した生命は、真核細胞より構造の極めて単純な原核細胞であった事は間違いない。昔は原核生物には細菌とラン藻が含められていたが、今ではラン藻も細菌の一種とされ名前もシアノバクテリアと改名されて、原核生物とは細菌(バクテリア)の仲間と言える。ところが近年、この原核生物は性質の大きく異なる2種類に分けられる事が明らかになって来た。普通の細菌の真正細菌(ユーバクテリア)と古細菌(アーキア、アーキバクテリア)である。両者の細胞は非常に良く似ているが、生化学的には差が大きく、細菌と真核生物の違いほどあると言う。そして、この我々に馴染みの薄い古細菌が、生命の初期進化の様相を探る上で鍵となっている事が分かって来たのである。
では、古細菌とはどういう細菌なのだろうか。古細菌発見のきっかけはメタン細菌の研究からである。これは酸素のない所でメタンを発生させる特殊な細菌の総称で、何種類ものメタン細菌が存在するが、酸素の存在する環境では生きられない絶対嫌気性菌である。実験室では水素ガス(H2 )と二酸化炭素ガス(CO2)からメタンを合成し、その時発生するエネルギーで二酸化炭素を糖などの有機物に変換、これを材料に自分の体を作り増殖して行くが、自然界では他の細菌が捨てる酢酸(CH3COOH)などの代謝老廃物を利用してメタンを作っている。どぶや沼地から、ぶくぶくと気泡が出ているのがそれである。
CO2+4H2 → CH4+2H2O
CH3COOH → CH4+CO2
(注)地殻の上層1〜3qに埋蔵されている天然ガスの大部分は、メタン生成細菌が生産したものと言う。
このメタン細菌の小サブユニットrRNAの塩基配列を、他の生物のものと比較して系統関係を調べると、大腸菌など他の細菌と似ていない事が分かったのである。もちろん真核細胞のrRNAとも似ていない。そこで古細菌は、原核生物・真核生物に次ぐ第3の生物群(アーキア)と考えられる様になって来た。つまり、生物界はこの3つの超生物界に分けられると言うのである。以後、次々と古細菌が見つかって行ったが、これらの細菌は、今までならとても生物が棲めるとは思えない様な特殊な環境下に棲んでいた。例えば、酸性の温泉・アンモニアに富む汚物・塩濃度の高い水溜り・泥床・堆積物の多い嫌気的な湖底などである。
(注)古細菌の多くは好熱性で極限環境に棲む最も原始的な仲間だが、今日では南極の冷たい海水中や様々な地域の土壌の表土にも、多様な古細菌が発見されている。
現在、古細菌はその生息場所から次の3グループに分けられている。
@ メタン細菌 : 古細菌の最大グループ、偏性嫌気性菌ですべてが古細菌に属す。
A 高度好塩菌 : 飽和に近い食塩濃度の中でしか生きられず、死海などの塩湖や塩田に棲む。なかには塩だけではなく、pHがアルカリでないと生きられない高度好塩性好アルカリ菌もいる。
B 高度好熱菌(高度好熱性イオウ依存古細菌)
: 酸性で高温の環境下に棲みイオウを酸化して硫酸にする高度好酸性古細菌と、高温の嫌気的環境下でイオウを還元して硫化水素に変える超好熱菌が含まれ、いずれもイオウを代謝する。
当初、高度好熱菌は温泉から発見された高温・酸性の環境下に棲む好熱好酸菌が注目され、1970年代の終わりには古細菌の3つの代表的グループの1つとされていたが、その後1980年代に入って、好酸性ではないイオウを還元する好熱性の古細菌が次々と見つかり、このグループは高度好熱菌またはイオウ依存高度好熱菌と呼ばれる様になって来た。高度好酸性古細菌の代表は、テルモプラズマ属(温度60度、pH1.5前後で成育、イオウ依存性ではない)とスルフォロバス属(温度90度、pH2以上)である。一方、イオウを還元する超好熱菌は、90度以上の高い温度で成育できる嫌気性の好熱菌で、温泉の硫気孔や海底の熱水噴出口から分離されている。しかし、イオウ代謝性好熱菌の総てが古細菌ではない。
古細菌は生息場所だけでなく、様々な変わった特徴を持っている。真正細菌は細胞膜の外にペプチドグリカンの細胞壁を持つが、古細菌の細胞壁は未知のタンパク質を含む多様な物質からできている。また細胞膜は、真正細菌も真核細胞もエステル脂質でできているが、古細菌は例外なくエーテル脂質である。光合成に於いても、真正細菌のシアノバクテリアは光エネルギーを捕えるのにバクテリオクロロフィルを使っているが、古細菌のハロバクテリアはバクテリオロドプシンという紫の色素を使う。リボソームやrRNAは真正細菌とほぼ同じ大きさだが、抗生物質に対する感受性は真正細菌・真核生物とも異なる。このように風変わりな特徴を持つ古細菌であるが、その一方でそれまで真核細胞に固有と考えられていた生化学的性質も持っている。例えば、ジフテリア毒素に対する感受性で、ジフテリア菌の生産する毒素は、真核細胞内のペプチド鎖延長因子EF-2の働きと止めてタンパク質合成を阻害する。他方、真正細菌もこれと良く似たペプチド鎖延長因子EF-Gを持つが、これはジフテリア毒素の作用を受けない。つまり、真正細菌のタンパク質合成は阻害されない。ところが古細菌のEF-Gは、真核細胞と同様にジフテリア毒素によって失活してしまうのである。また、遺伝子がイントロンによって分断されている事が真核生物の大きな特徴だったが、古細菌にもこのイントロンが存在している。それに対して真正細菌の遺伝子はイントロンを持っていない。古細菌はタンパク質合成の開始のtRNAに、真核生物と同様ホルミル化していないメチオニルtRNAを使っている。また構造は少し違うが、真核生物の膜の中にも小量ながらエーテル脂質が存在する。さらにゲノムの比較から、真核生物と古細菌で、転写・翻訳に関係する遺伝子の多くがほとんど同じだという事が判明している。
表4-3 古細菌と真正細菌の違い
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古細菌 |
真正細菌 |
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細胞壁 |
多様な物質、タンパク質性が多い |
ペプチドグリカン |
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細胞膜 |
エーテル脂質 |
エステル脂質(真核生物と同じ) |
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DNA |
環状 |
環状 |
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DNA結合タンパク |
ヒストンに類似 |
HUなど |
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イントロン |
有り(真核生物と同じ) |
なし |
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細胞小器官 |
なし |
なし(ある種に見られるメソソームとチラコイドは例外) |
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mRNAのキャップ 構造・ポリA付加 |
有り(真核生物と同じ) |
なし |
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mRNAへの リボソームの結合 |
mRNAの5´末端に結合して開始コドンまでスキャン(真核生物と同じ) |
シャイン・ダルガーノ配列に結合 |
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リボソーム |
30S、50Sサブユニット、構造が真核生物のものに類似 |
30S、50Sサブユニット、古細菌・真核生物とは似ていない |
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ジフテリア毒素 |
感受性有り(真核生物と同じ) |
感受性なし |
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光合成色素 |
バクテリオロドプシン |
バクテリオクロロフィル (クロロフィルa) |
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翻訳開始のtRNA |
Met-tRNA(真核生物と同じ) |
fMet-tRNA |
こうした事から、古細菌は真核生物の祖先ではないかとする説が早くから現れていた。L.マーグリスも古細菌が発見されると、共生による真核細胞成立に際して宿主となったのは、好酸性好熱性古細菌の一種であるテルモプラズマに近い細菌であったと自説を改めた。テルモプラズマは細菌には珍しく細胞壁を持っていない。古細菌の中でも、メタン細菌・高度好塩菌及び他の好熱性古細菌が、球菌や桿菌・不定形の球菌のいずれかである事が多いのに対し、テルモプラズマ類は細胞壁がなく不規則な不定形で、他の細菌の様に定まった形をしていないのである。そのため、アメーバの様に他の細菌を飲み込むのに適している。こうして飲み込まれたミトコンドリアの祖先が、細胞内共生して真核細胞が誕生するのである。つまりマーグリスの説に従うと、真核細胞は古細菌から進化して来たという事になる。はたして真核細胞・古細菌・真正細菌の系統関係はどうなっているのだろうか。
今日、タンパク質や核酸の分子配列の比較から、生物の系統関係が調べられている。分子系統樹である。しかしこの方法では、試料が手に入る現存の生物間の類縁性が分かるだけで、試料のない共通の祖先については系統樹のどの位置に来るかを決定できない。古細菌の発見以降、多くの生物のリボソームRNAの塩基配列から生物界全体の系統樹が描かれて来たが、これには祖先生物の位置は示されておらず、いわば根のない無根系統樹であった。しかし、生命の起源とその初期進化を解明するには、全生物に共通の祖先の位置を確定する事が不可欠である。
そのためには、基準を祖先生物ではなく遺伝子そのものに求めれば良い。タンパク質には、最初の原始生命から系統樹の根に位置する共通の祖先が進化して来る迄の間に、遺伝子重複によって分化した双子の分子が存在すると考えられる。このような一対のタンパク質を利用するのである。例えば、エタノールを酸化してアルデヒドに変える酵素のアルコールデヒドロゲナーゼと、乳酸を酸化してピルビン酸に変える乳酸デヒドロゲナーゼは、その機能と構造が良く似ており、かっては1つの遺伝子にコードされた同じ酵素であったと思われる。恐らく、最初はどちらの基質にも働く選択能の低い酵素が、ある時、二重に複製され、1つの細胞に同じ遺伝子が2個存在する様になったのである(遺伝子重複)。こうなれば、その一方に変異が起きても生存に支障はない。こうして、アルコールにしか働かない選択能の高い酵素が誕生し、残る一方も乳酸専用に進化したのだろう。これが遺伝子重複による進化と呼ばれるもので、このような進化機構で多くの遺伝子が生み出されて来たと考えられている。古細菌・真正細菌・真核生物のいずれもが両方の酵素を持つ事から、共通の祖先も既に2つの酵素を持っていたと考えられる。つまり、この2つの酵素は原始細胞が3つの超生物界に分かれる以前に分化していたわけで、これを利用すると系統樹に根を付け祖先生物の位置を決める事ができる。まず、一方の酵素を3つの超生物界すべてから取り出し、それに超生物界のどれか1つから取り出した他方の酵素を加えて無根系統樹を作り、2つの酵素が遺伝子重複によって枝分かれした時期を基準に系統樹の根を決めるのである。こうしてできた有根系統樹を見ると、まず最初に真正細菌と古細菌が分かれ、その後、古細菌から真核生物が分岐している。つまり、真核生物は古細菌の仲間から進化して来たという事になるのである。
しかし、ここで注意しなければならない事は、タンパク質やRNAから描かれた分子系統樹は、あくまで解析対象となった分子の系統関係を示すに過ぎないという点である。そのため対象分子が異なると、全く違う結果となる場合も有る。先の脱水素酵素(デヒドロゲナーゼ)と同様の双子型のタンパク質として、膜結合性のプロトン輸送型ATPアーゼがある。ATPアーゼとは、細胞のエネルギー通貨であるATPを加水分解して、ADPとリン酸イオンに変換する酵素の総称で、この加水分解によってエネルギーが放出され、それを使ってイオンを運んだり鞭毛を動かすなどの仕事をする事が可能になる。
ATP+H2O → ADP+Pi+(H+)
つまりATPアーゼは、ATPの化学的エネルギーを浸透的位置エネルギーや力学的エネルギーに変換する、エネルギー変換酵素なのである。細胞には様々なATPアーゼが存在するが、ここで取り上げるのは、膜に結合してATPを分解すると同時に水素イオン(プロトン)を運ぶもので、この型のATPアーゼはプロトンを細胞の内側から外側へと運び出して、細胞内のpH(水素イオン濃度:酸性度を示す、pH=−log10[H+])の調節に働いている。また反対に、プロトンを細胞内へ汲み入れる逆反応によって、リン酸イオンとADPからATPを合成する事もできる。我々が呼吸によってエネルギーを獲得できるのは、呼吸により細胞外に汲み出したプロトンを、細胞膜にあるATPアーゼが汲み戻す事でATPを合成しているからである。従って、プロトン輸送型膜結合性ATPアーゼはどんな生物でも持っていると考えられる。好気性の呼吸をする生物ならATP合成の為に、嫌気性の生物でも細胞内のpHを調節する為に。この酵素は、サブユニットと呼ばれるタンパク質の塊が十数個結合して出来ているが、膜を貫通してプロトンを通す運河の役割をしている部分と、膜の内側でATPの分解と合成をする部分の2つに大きく分けられる。この分解・合成反応を触媒する部分は5種9本のポリペプチドから成り、そのうち一番外側のαとβの2種類のポリペプチドが、各3分子ずつ交互に組み合って酵素としての機能を担っている。αとβサブユニットはアミノ酸配列に似た所があり、元は同じポリペプチドから遺伝子重複で2種類に分化したと考えられる。しかもこの膜結合型ATPアーゼは、その活性中心が古細菌・真正細菌・真核生物で同じα3β3構造をとっており、分化が古細菌と真正細菌の分岐以前に起こった事を暗示している。従って、α・βサブユニットから同じ様に有根系統樹が描けるはずである。
真核生物ではプロトン輸送型ATPアーゼは細胞内小器官の膜にも存在し、ミトコンドリアの内膜のものは呼吸で汲み出したプロトンを使い、また葉緑体では太陽光のエネルギーで内膜の外に汲み出したプロトンを汲み戻してATPを合成している。そして、これら細胞内小器官のプロトン輸送型ATPアーゼは、大腸菌など真正細菌の膜に結合しているものとアミノ酸配列が似ている。しかも、ATPの分解を触媒する部分はミトコンドリアと葉緑体の内膜の内側に位置しており、これは共生説の言うように、これらの小器官が細菌の細胞内共生によって誕生したとするとうまく説明がつく。実際、この細胞内小器官のATPアーゼのアミノ酸配列から有根系統樹を描くと、先程とは逆に真核生物は真正細菌との共通の祖先から分かれて来たという結果になると言う。結論が正反対になるのは系統樹が分子の系統関係を示している為で、この結果は、ミトコンドリアのATPアーゼが真正細菌から分かれて来た事を意味しているのである。また、ミトコンドリア・葉緑体の様な二重膜の細胞小器官だけでなく、リソソームや液胞などの単膜の小器官にも膜結合型のATPアーゼが存在するが、両者ではその性質が異なっている。まずアミノ酸配列の相同性が低く、硝酸イオンは液胞など単膜系小器官のATPアーゼの活性を止めるが、ミトコンドリアには影響しないなど、酵素の働きを止める薬剤も違う。実は、真正細菌のATPアーゼはミトコンドリアや葉緑体のものと、そして古細菌のATPアーゼはリソソームや液胞のものと良く似ているのである。この事実は、真核生物の細胞成分には古細菌に近縁のものと、真正細菌に近縁のものの両方が混ざっている事を示している。つまり、真核生物はその構成要素のタンパク質や核酸の系譜から言うと、古細菌と真正細菌の合いの子であって、その細胞成分はこの2つの家系のどちらかに由来するのである。真核生物は、古細菌と真正細菌との共生によって誕生した事がここでも確認されるわけである。
(注) 現実は、ここで述べた程すっきりとはしていない。普通、分子系統樹の作成には、rRNA遺伝子の塩基配列が用いられるが、他の遺伝子を使うと全く異なった系統樹が出来てしまう事が良くある。ここで挙げた様に、真正細菌の方が真核生物に近縁になったり、真正細菌のグループの中に古細菌が混じったり、その逆になる事も良くあると言う。どうも、誕生したばかりの原始細胞の間では、遺伝子のやり取りが高頻度で行われていた様なのである。例えば、超好熱菌のテルモトーガは真正細菌であるが、そのゲノム遺伝子の24%は古細菌タイプであると言う。これが、古細菌と真正細菌という超界を超えたものである事を考えると、両者が分岐する以前には、さらに頻繁に遺伝子の水平転移が行われていたと思われる。生まれたばかりの原始生命は、その内部で遺伝子を自由にやり取りし、全体として1つの有機体のように一体となって進化しつつあったのである。
これらの事から、次の様に考える事ができるだろう。誕生まもない原始生物は、まず真正細菌と古細菌の2つのグループに分かれた。そして真正細菌の中からシアノバクテリアが進化し、大量の酸素を発生させる事になる。すると、この酸素を利用して効率的なエネルギー代謝をする好気性細菌が出現、次に現在のテルモプラズマ属に近い古細菌が、この好気性細菌を飲み込んで両者の細胞内共生が始まる。この時、古細菌は飲み込んだ好気性細菌を自分の細胞膜で包み込んだ為、好気性細菌の膜の外側に古細菌の膜が重なり、二重の膜に包まれた細胞小器官が誕生したのである。従って、この2つの膜の間は、元々は細胞の外側つまり外界に対応する。この共生した真正細菌が退化して、ミトコンドリアとなるのである。一方、古細菌の細胞膜自身も内側に陥入し、これが液胞やリソソームなどの単膜系小器官となる。そして、元々細胞膜の内側にあったATPアーゼは、膜が陥入して閉じた時、自然に単膜系小器官の外側に位置する様になった。この結果、ミトコンドリアなど二重膜の細胞小器官のATPアーゼは真正細菌のものに似て、単膜系のATPアーゼは古細菌のものと似ているわけである。このように真核細胞は、古細菌と真正細菌の2つの家系が混ざったものであり、その構成成分は両者のいずれかに由来すると見る事ができる。「生物界は生化学から見ると、真正細菌型か古細菌型のいずれかに分類される。・・・・・・高等動物に固有とみえる高度な生物機能であっても、それを担う素子は古細菌か真正細菌のいずれかに由来しているのである」(4-13)。この事から考えると、生物進化の歴史の中で最初の重要な出来事は、原始生命が古細菌と真正細菌の2つの道に分かれた事と言えよう。そして次の大事件は、再びこの2つが合流して全く新しい細胞、つまり真核細胞が誕生した事である。この真核生物の出現が、今日の多様な多細胞生物の繁栄へと繋がって行くわけである。
では生まれたばかりの原始生命は、どのような生物だったのだろうか。それに近い現生生物とは、先程の有根系統樹の根元に近い生物という事になるが、そのほとんどは好酸性で高濃度の硫黄の嫌気的環境に生息し、しかも驚いた事に総て90℃以上の高温環境下でしか生きられない超好熱菌なのである。例えば、真正細菌のグループでは系統樹の根元に近い方から、アクイフェックス属・テルモトーガ属・緑色非硫黄細菌・テルムス属の順であるが、その生育温度はそれぞれ 95℃・90℃・75℃・85℃で、原始生命に近いものほど高温性が高くなる。そして根元から離れるに従い、高温では増殖できない細菌が位置していると言う。これは古細菌でも同様で、系統樹の根元の生物、そして地球上最初の生命も超好熱菌であった可能性が極めて高いのである (4-13) (4-14)。このことは、16SrRNAの塩基対を形成したステム領域のGC含量(グアニンとシトシン塩基の占める割合)からも示される。GC塩基対はAT塩基対よりも水素結合が多く熱的に安定で、高温菌ほどGC含量が多いが、共通の祖先も高いGC含量を持っていたと推測できるのである。生命は熱湯の海の中で始まり、そして約35億年前の嫌気的世界で、まだかなり熱い頃に古細菌と真正細菌に分かれたと考えられる。これは先に見た、地球科学からの推定とも一致している。
グリーンランドのイスアの岩石中に残された化学化石から、生命は38億年前には既に始まっていたと考えられるが、30億年前以前の海水温は酸素同位体比からの推定では、60〜120℃もあったと言う。原始生命は超好熱菌だったと思われる事から、38億年前には海水温は彼等が生存可能な100℃前後にまで冷えて来ていたのだろう。現在確認されている最古の生物化石は、ノースポールの35億年前の微化石で、熱水噴出口の周辺で生息する好熱菌の仲間であった。また酸素発生型の光合成を進化させたシアノバクテリアは、光合成をする生物の中では好熱性が高く、75℃でも育つ種が知られている。温泉の泉源付近やその熱湯の流れる溝などに緑色の藻が生えている事があるが、これが好熱性シアノバクテリアである。このシアノバクテリアの化石は27億年前までさかのぼる事ができる。また最古の真核生物の化石は21億年前のものだが、真核生物の中で最も高い生育温度はカビや酵母の55℃である。さらに、昆虫など高等動物の生育温度の限界は45℃くらいと言われるが、最初の多細胞生物の出現は約10億年前、エディアカラ動物群が繁栄するのは先カンブリア時代末期の約6億年前の事であった。このように見て来ると、地球の生物はその誕生以来、時代を経るごとに生育温度の低い生物が進化して来た事がわかる。そしてそれと同時に、生物はより複雑なもの、より高度なものへと進化して行ったのである。この事は、地球が熱湯の海に覆われて時代に生命が誕生して以来、その海水温の低下に合わせて、次々と低い温度で生育する生物が出現して来た事を物語っている。生命は、地球全体の長期的な温度の低下と深く結び付きながら進化して来たのである。
(注)温泉ではしばしば大きな微生物のバイオマットが形成されるが、硫化水素泉では特徴的な温度による生物相の遷移が見られると言う。80℃以上の源泉付近では大きなバイオマットの形成はないが、70℃前後になると化学合成細菌の黒色マットや白色の硫黄芝が出現し、60〜50℃では光合成細菌や従属栄養細菌のマットが主流となる。この光合成細菌のマットの構成は、60℃前後では好熱性細菌の酸素を発生しないクロロフレクサス属、その下流域に中温性で酸素発生型のシアノバクテリアが生育する。さらに温度が下がると紅藻や珪藻など真核生物の微細藻類が混じる様になると言う。こうした温度勾配に沿った生物相遷移は、原核生物の進化の跡を示しているとも言えよう。(2-50)
(注) 好熱性古細菌は約30属60種にのぼり、高温で増殖可能な微生物のほとんどは古細菌で占められている。また、現在確認されている最も高温での生育は、ピロロブス・フマリイ(Pyrolobus fumarii)の113℃で、121℃で1時間の加圧滅菌にも耐える。反対に沸点以下の温度では成長が鈍り、91℃以下では凍死し始めると言う。一方、真正細菌では沸点以上の高温で生育できるものは無い。
原始生命は熱水の中で誕生したわけだが、ではどうして彼等は我々が手も入れられないほど熱い、熱湯の中で生育する事が出来たのだろうか。卵をゆでるとタンパク質は変性して固まり、ゆで卵となる。これは高温ではタンパク質固有の立体構造が変化してしまう為である。しかし、超好熱菌は90〜110℃といった高温で生育し、酵素やタンパク質も変性しない。ところが、これらの好熱菌の生産する耐熱性タンパク質を調べても、特別に変わった点は見当たらないと言う。常温の生物と同じ20種類のアミノ酸から出来ており、その立体構造も普通のタンパク質と変わらない。ただ常温菌のタンパク質に比べて、表面や内部に電荷を持つアミノ酸の数を増やしてその間の電気的引力を強め、水素結合や疎水結合の数も増やしている。しかし、こうしたものは普通のタンパク質の内部にも多く存在し、好熱菌ではそれがわずかに増加しているだけで注意しないと気付かないと言う。また好熱菌のタンパク質は、大きさも幾分か小さめだと言う。その他、内部に隙間を作らないとか、緩みやすいループ部分に水素結合を加えるなど、わずかな改良を積み重ねて分子全体を頑丈に作っているのである。しかし、進化の流れから考えるとこの表現は逆で、タンパク質は本来このように頑丈なものとして誕生したと言える。それが「地表の温度が下がるに従い、タンパク質はだんだんだらしない構造へと堕落していったのだろう。生化学で、タンパク質は熱変性すると教えているのは、正確ではない。もともと、タンパク質は熱変性しない。温度が下がり、それに伴い進化が進み、軟弱なタンパク質でよいから、その代わりより複雑な機能を果たせるタンパク質が選択されるようになった結果、加熱により変性するようになったのである。熱変性はタンパク質本来の性質ではない」(4-13) のである。例えば、常温微生物の各種のカビが生産するリボヌクレアーゼ(RNAを加水分解する酵素)はとても安定で、100℃に加熱しても室温に戻せば活性を取り戻す。自然環境では、こんな高温にさらされる事のないカビが、わざわざこのように安定な酵素を作る必要はないはずで、恐らく、この酵素は昔の性質をそのまま引き継いで来たのだろう。また高度好熱菌や超好熱菌の酵素タンパク質は、揃って90℃とか100℃まで安定で変性温度にあまり差がないが、常温菌では安定なものから不安定なものまで様々なタンパク質が混じっており、変性温度のばらつきが大きくなっている。tRNAの場合も同じで、好熱菌のtRNAはどれも同じ様な温度で変性するが、大腸菌では変性温度がばらばらであると言う。こうした事は、原始生命が超好熱菌として誕生し、すべての生体高分子が安定で耐熱性を持っていたものが、進化と共に変異が起こり不安定化して来たと考えるとうまく説明できる。
原始生命の耐熱性の秘密は、タンパク質以外にもう1つ細胞膜にもある。実は、真正細菌・真核生物と古細菌では細胞膜の化学構造が全く異なり、この為、脂質の化学分析から古細菌か真正細菌かをすぐに判別できる。真正細菌や真核生物では細胞膜を作る脂質は、グリセロール分子に2分子の脂肪酸と1分子のリン酸基を含む原子団が結合して出来たリン脂質で、リン酸を含む原子団が親水性、脂肪酸の部分が疎水性の性質を持ち、この疎水性部分を向き合わす形で脂質二分子膜を形成する。脂肪酸とグリセロールとの間が、エステル結合(酸とアルコールが脱水縮合してできる、R−COO−R')で結ばれている事から、このような脂質をエステル脂質と呼んでいる。これに対して古細菌の細胞膜では、脂肪酸の代わりにフィタノールと呼ばれる、枝分かれの多い構造のアルコール2分子がグリセロールに結合している。フィタノールは炭素数の多いアルコールで、エタノールなどの炭素鎖の短いアルコールと違って水に溶けにくく、その為このような脂質分子からも脂質二分子膜が作れるのである。アルコールとグリセロールの間の結合はエーテル結合(アルコール同士が結合する時にできる、R−O−R')で、このような脂質をエーテル脂質と呼んでいる。古細菌の細胞膜は、例外なくこのエーテル脂質からできているのである。さらに、テルモプラズマやスルフォロバス属など多くの好熱性古細菌や一部のメタン細菌では、向き合った2分子のエーテル脂質が炭化水素部分の末端同士で結合した、テトラエーテル脂質で細胞膜を作っている。真正細菌と真核生物の細胞膜を作るエステル脂質は柔軟で、二重層の2つの層は自由にスライドできるが熱には弱い。他方、古細菌の使っているエーテル脂質は強固な二重層を形成し、特にテトラエーテル脂質ではその構造がさらに頑丈になっている。エーテル脂質の膜は、熱水に棲む好熱菌に相応しい細胞膜なのである。事実、真正細菌の中でも最も原始的で超好熱性のアクイフェックス属の細胞膜は、古細菌と同じエーテル脂質からできていると言う。熱に弱いエステル脂質は、地球の海水温が低下してから進化して来たものと考えられる。反対に海水温が下がって来ると、エーテル脂質、特にテトラエーテル脂質では硬すぎて、その頑丈さが生物にとっては却って障害になって来るのである。この事は、ラード・バター・サラダ油を例に考えて見れば良く分かる。このどれもが一定の温度で固体から液体に変化するが、その溶融温度はそれぞれ異なっている。サラダ油は室温では液体である。バターは固体だが、気温の高い日には溶けてしまう。ラードはさらに高い温度でないと溶けない。この3種類の脂肪は、どれもトリグリセリドという似た物質から出来ているが、その化学組成の違いで溶融温度が異なるのである。細胞膜を構成する脂質も同じで、その化学組成の違いから溶融温度に大きな差が出て来る。そして、脂質の溶融温度とその細胞が生息する環境の温度との間には明らかな相関関係が存在し、細胞膜が機能を果たす為には脂質二重層が流動的でなければならないが、反対に流動的過ぎると細胞の安定性が損なわれる。その為、細胞膜を構成する脂質は「その細胞の生息する通常の温度の中では流動的であるが、それよりも10〜15℃くらい低くなると凝固する様に出来ているのである」(4-12)。従って、超好熱性の原始細胞にとって、海水温度の低下は大きな危機だったはずである。海水温の低下によってエーテル脂質は固まり、細胞の活動は鈍くなり外界との物質代謝は止まってしまう。我々から見れば火傷をする程の熱水中で、原始細胞は文字どおり凍え死ぬ危機に直面したのである。この時、より低い温度に適応したエステル脂質の細胞膜を持つ細菌が進化して来る。これが真正細菌の仲間である。彼等はより低い温度に適応する代償として、煮えたぎる熱水の中で生活する能力を失った。しかし彼等が得たものは、それを補って余りあるものであった。彼等は全世界を得たのである。
真正細菌のあるものは高温の環境に留まり、あるいは進化の後の段階で再びその様な環境に戻る者もいた。しかし、ほとんどの真正細菌はより低い温度に適応し、そしてこの低温への適応によって生息域を飛躍的に拡大、地球上のあらゆる場所へ進出して行ったのである。彼等の仲間には、極地の凍る様な水の中で繁殖するものさえいる。今日、真正細菌はどこにでも生息し、バクテリアの中では圧倒的な繁栄を誇っている。一部の例外を除き、元の高温の住処や数えるほどしかない特殊な環境の中で、ひっそりと暮らしている古細菌とは対照的である。その後、この真正細菌の中から光合成をするシアノバクテリアが進化して来る。そして、シアノバクテリアは太古の海で大繁殖し、原始の地球環境を激変させる事になるのである。
地球上に最初に出現した原始細胞は、どのような生命だったのだろうか。これまで見て来た様に、最初の原始生命は熱水中に生育する超好熱菌の仲間であり、それが後に真正細菌と古細菌の2大グループに分かれたと考えられる。したがって真正細菌と古細菌、特にその超好熱菌に共通の性質があれば、祖先も同じ性質を持っていた可能性が高い。以下、原始細胞はどのような特徴を持っていたのか探って見よう。
まず染色体はどうだったのだろう。真核生物には棒状の染色体が複数存在するが、ほとんどの真正細菌と古細菌では輪ゴムの様な環状の染色体を1本持つだけである。このように染色体が環状になっているのには理由がある。先にも述べた様に、DNAポリメラーゼがDNAを複製するにはRNAプライマーを必要とする。これは単鎖のRNA(真核生物では約10塩基長)で、DNAを鋳型にして合成され、そこから複製が開始されるのである。しかし、複製が終わるとRNAプライマーは分解される為、新たに合成されたDNA鎖は元のものより、5′端がRNAプライマーの結合していた分だけ短くなってしまう。その結果、DNAは複製を繰り返すたびに長さが短くなり、最後には消滅してしまう事にもなる。真核生物ではこの問題(末端複製問題)を解決する為に、DNAの両端にテロメアと呼ばれる、GとTの多い単純な反復配列(20〜100回繰返し並んでいる)を付けている。これはテロメラーゼという酵素によって周期的に延長されるので、複製ごとに若干の末端塩基が失われても、線状DNAの完全な複製が可能なのである。この末端複製問題のもう一つの単純な解決方法が、DNAを環状にする事だった。こうすればDNAの失われるべき末端そのものがなくなり、いくら複製を繰り返してもDNAが短くなる事はない。ただ、現在の環状染色体は完成されたものであるし、初めはDNAの複製精度が低く大きなゲノムサイズは変異の蓄積の面から無理である事などを考えると、最初期の原始細胞は複数コピーの断片化した環状あるいは直鎖状のゲノムを持っていた可能性が高い。実際、細菌の中にも線状のゲノムを持つものも見つかり、その数も増えて来ている。また、細菌は染色体とは別に独立した小さな環状DNAのプラスミドを持ち、普通は抗生物質耐性など生存に不可欠ではない遺伝子を細胞から細胞へと運んでいるが、なかには膜タンパク質やプリン生合成などゲノムに必須な遺伝子を含む、複数の線状および環状プラスミドを持ち、ゲノム構成が真核生物に近い細菌も発見されている。もしかすると、生命誕生の初期には小さな複数の線状や環状DNAなど様々なゲノム構成を持つ原始細胞が存在し、それが細菌では進化と共に主要な遺伝子が1つの環状染色体に集められ、そして複数の線状DNAを持つ仲間から真核細胞の祖先が出現して来たのかも知れない。
(注) ミトコンドリアや葉緑体の中には、本来のゲノムDNAの他に1個の遺伝子を載せたミニサークルDNAを幾つか持つものが有ると言う。
次に、遺伝暗号についても古細菌と真正細菌で変わりはなく、原始細胞も同じ遺伝暗号を使っていたものと考えられる。これも遺伝暗号が、tRNA分子とアミノ酸分子の立体構造間の相互作用から生まれた事を考えれば当然であろう。生命は誕生以来、一部の例外を除き一貫して同じ遺伝暗号を使って来たのである。
真核生物の遺伝子の目立った特徴に、イントロンの存在があった。遺伝子のタンパク質をコードするエキソンと呼ばれるコード配列が、非コード配列のイントロンによって分断されているのである。しかも、何故か必要のないイントロンの方が長く、比較的短いエキソンと交互に並んでいる。大きな遺伝子では、大部分がイントロンといった状態なのである。古細菌もイントロンを持つ事が知られているが、原核生物の大部分を占める真正細菌では、タンパク質は連続した一続きの塩基配列によってコードされておりイントロンは存在しない。そのため、1977年のイントロンで分断された遺伝子の発見は、全く予想外の事であった。というのも、それまで解析されていた遺伝子は総て真正細菌の遺伝子だったからである。そして、真核生物より原始的な原核生物の細菌がイントロンを持たない事から、最初はイントロンを進化の結果、真核生物のDNAに付加された奇妙なものと考えられていた。しかし今日では反対に、イントロンを持つ分断された遺伝子の方が古く、真正細菌はほとんどのタンパク質を進化させた後にイントロンを失ったと考えられる様になって来た。というのも、生命が最初から全く無駄のない遺伝子を持っていたとは考え難いからである。原始細胞は様々なDNAを取り込み、遺伝子には多くの無駄な配列が存在したと思われる。古細菌は、この原始細胞の遺伝子の原始性をそのまま持ち続けて来たと言えよう。ところが古細菌から分かれた真正細菌は、祖先と袂を分かって遺伝子にある無駄を徹底的に省き、効率化を推し進めて行ったのである。細菌の様に小さな単細胞生物は持てる遺伝情報も限られ、環境への適応能力にも限界がある。そこで、成育に適さない環境下ではじっと我慢し、環境が好転すると栄養分の許す最大速度で分裂・増殖して行くという戦略を採っている。このため、細胞分裂ごとに合成される不要なDNA量を最小限にする必要があった。真正細菌はこの効率化を極限にまで推し進め、必要最小限のDNAで生存できる様に進化した生物なのである。さらに彼等は、DNAの複製を停止する事なく遺伝子を転写し、成長に必要なRNAとタンパク質の合成を続ける。最初の複製が終わらない内に、次の複製を開始するものもいる。そして複製が終わるとすぐに分裂する。こうして、彼等は驚異的な速度で増殖する事ができる。動物や植物の細胞では平均20時間かかる成長と分裂のサイクルが、条件さえ整えば大腸菌ではわずか20分で可能なのである。それに対し、体が大きいと有利な捕食型の生物や多細胞生物では、ゲノムから余分なDNAを除く必要はあまりなかったのだろう。彼等は分裂・増殖のスピードを上げる事ではなく、細胞を大きくして持てる遺伝情報を増やし、個体の環境への適応力を増す事によって繁栄する道を選んだのである。実際、酵母など増殖の速い単純な真核生物ではイントロンの数が比較的少なく、その長さも複雑な生物に比べるとずっと短い。真正細菌と古細菌が分岐して後、原始細胞の原始的な特徴であったイントロンを受け継いだ古細菌から、真核生物が分かれて進化して来る。この時、イントロンも真核生物に引き継がれたのである。しかし、真核生物はそれを遺伝子の単なる無駄とはせず、逆に進化のメカニズムの中に組み込んでしまう。これによって真核生物は進化速度を飛躍的に増大させる事に成功し、今日の繁栄を築く事になるのである。この点に関しては、進化の分子メカニズムについて述べる時に再び取り上げる事にしよう。
(注) アデノウイルスの遺伝子DNAと感染細胞から抽出した成熟mRNAをアニーリング(相補的塩基対形成)させると、対合できない余分のDNA、つまりイントロン部分がループを形成(Rループ法)するのが電子顕微鏡で観察された。
(注) 細菌と真核生物との大きな違いの一つは転写産物の長さで、細菌の最も長い遺伝子でも2〜3kbしかなく、毎分数百塩基の重合速度を持つ細菌ポリメラーゼが数分間で転写してしまう。一方、真核生物のRNAポリメラーゼUは最大毎分2000塩基を合成できるにも関わらず、1つの遺伝子の転写に数時間を要する。これは、真核生物の遺伝子の多くが複数のイントロンを含み、莫大な量のDNAをコピーしなければならないからである。(1-12)
では、原始細胞のゲノムはどのくらいの大きさだったのだろうか。ゲノムサイズは生物によって様々であるが、一般的には高等生物のほうが大きい。例えば、ヒトのゲノムは約3.3×109塩基対(bp)、3〜4万の遺伝子を持つとされる。これに対し、真正細菌の大腸菌は4.6×106塩基対、約4300個の遺伝子を持つに過ぎない。古細菌では好熱性イオウ細菌が約2.2×106塩基対、約2400個の遺伝子を持ち、メタン細菌では約1.7×106塩基対、約1700個の遺伝子となる。さらに動植物に寄生するマイコプラズマは、約0.58×106塩基対、470個の遺伝子しか持っていない。また、理論的には最低256個の遺伝子があれば良いともされるが、マイコプラズマの遺伝子に変異を導入して行く実験からは300個必要と言う。また、古細菌・真正細菌・真核生物の3つのドメインは、800〜1000個の共通する遺伝子を持つとされる。恐らく最初の原始細胞は、数百個の遺伝子で誕生したものと考えられる。
最後に細胞膜である。原始細胞は、熱水の中で誕生した超好熱菌の仲間であったと考えられる事から、細胞膜は古細菌のエーテル脂質、それも恐らく特別に頑丈なテトラエーテル脂質(2分子のエーテル脂質が結合)であったと思われる。その後、海水温が下がるとテトラエーテル脂質では硬すぎて都合が悪くなるが、古細菌の高度好塩菌やメタン細菌は、ジエーテルに留める事でこの問題に対応しようとする。その為、古細菌は今でもエーテル脂質のみを使っているのである。他方、海水温がさらに低下して行く中でエーテル脂質をあきらめ、エステル脂質の細胞膜を発明した細菌が現れる。それが真正細菌であった。真核生物は、細胞内共生した真正細菌からエステル脂質を作るのに必要な遺伝子を受け取ったものと思われる。その証拠に、今でも真核生物は炭化水素部分の構造が異なり量も少ないが、エーテル脂質も使っていると言う。
表4-8 生物のゲノムサイズ
|
|
生物種 |
ゲノムサイズ(bp) |
遺伝子数 |
|
細菌 |
マイコプラズマ シアノバクテリア 大腸菌 |
0.58×106 3.57×106 4.63×106 |
471 3168 4288 |
|
古細菌 |
メタン生成菌 好熱性イオウ細菌 |
1.66×106 2.18×106 |
1708 2436 |
|
真菌 |
出芽酵母 粘菌 |
13.4×106 70×106 |
6023 |
|
植物 |
シロイヌナズナ トウモロコシ タマネギ |
70×106 2.9×109 150×109 |
26000 |
|
無脊椎動物 |
線虫 ショウジョウバエ ウニ イカ |
97×106 180×106 800×106 4.5×109 |
18000 13600 |
|
脊椎動物 |
アフリカツメガエル フグ ニワトリ マウス ヒト |
3.1×109 0.4×109 1.2×109 2.9×109 3.3×109 |