これまで真核細胞は、嫌気性の古細菌に好気性の真正細菌が細胞内共生して誕生したと述べて来た。しかし、実はそれだけでは真核細胞と原核細胞の違いを、総て説明する事はできない。例えば、複雑に発達した細胞内膜系(核膜もその一部)、細胞質全体に張り巡らされたタンパク繊維の網目構造の細胞骨格、複数の染色体の存在と有糸分裂、そして原核細胞の10倍(体積では1000倍以上)にもなる大きさなど、真核細胞に特有のこれらの性質は共生だけでは説明がつかないのである。恐らくこれらの特徴は、好気性の真正細菌が細胞内共生する以前から、原始真核細胞自身が進化させ持っていたものと思われる。ミトコンドリアや葉緑体など、共生説で説明できる真核細胞の特徴は、真核細胞と原核細胞を隔てる大きな差異の一部分に過ぎないのである。
実はその事を裏付ける様に、従来好気性だと考えられて来た真核細胞の中に、動物の腸内など酸素の乏しい嫌気的環境下に棲み、ミトコンドリアを持たないものが存在する。重複鞭毛虫類と微胞子虫類である。重複鞭毛虫類(ディプロモナド)のランブル鞭毛虫(ギアルディア)は、ヒトと一部の動物に寄生し、様々な重度の感染症(ギアルディア症)を引き起こす洋なし形をした単細胞生物で、現在わかっている最古の真核生物の1つと考えられている。大きさは約1/40mm、体積は平均的な原核生物の1万倍以上にもなり、バクテリアと比べると巨大な細胞である。そして2つの核と、アクチンとチューブリンでできた細胞骨格を持ち、真核細胞に特徴的な微小管でできた4対の長い鞭毛(原核生物の鞭毛とは異なる)を波打たせて非常に良く動き回る。ところが、これまで真核細胞の特徴と考えられて来たミトコンドリアや葉緑体は持たず、小胞体やゴルジ体もない。これらの細胞内小器官は、ランブル鞭毛虫が寄生生活に適応する過程で失ったという可能性も存在するが、重複鞭毛虫類に次いで古い微胞子虫類も同様に共生による細胞内小器官を持っていない。またDNAの塩基配列から、他の真核生物と同程度に細菌にも近縁である事が分かっている。これらの事から、恐らくランブル鞭毛虫は20億年以上前、地球の大気中に酸素が現われる以前に、進化のごく早い段階で真核生物の太い幹から分岐したものと考えられる。つまり原始真核細胞は、ミトコンドリアや葉緑体となる共生体を獲得する以前に、嫌気的環境下で真核細胞の特徴である核と細胞内膜系、細胞骨格などを進化させていた可能性が高いのである。では、共生によらないとするならば、原始真核細胞はどの様にしてこれらの構造を進化させたのだろうか。
この謎を解く鍵は、真核細胞だけに見られる目立った機能である食作用にある。真核細胞はエンドサイトーシス(飲食作用)によって細胞外の固体(ファゴサイトーシス:食作用)や液体(ピノサイトーシス:飲作用)を細胞内に取込む事ができる。実はこの食作用と、先に挙げた真核細胞の特徴との間には深い関係が存在する。即ち、原始真核細胞の祖先の古細菌が、他の細菌を飲み込んで食べる食細胞化したと考えると、真核細胞の多くの特徴をうまく説明できるのである。例えばサイズ、他の生物を捕食するにはサイズが大きい方が一般に有利である。事実、海生生物の食物連鎖を見ると、被食者に比べて捕食者の方が概して体が大きい。アメーバが細菌を飲み込むところを思い浮かべれば、サイズの持つ意味が分かるだろう。そして細胞のサイズを大きくする為には、細胞内膜系の発達が不可欠なのである。まず、細胞内部で起こる生合成反応の材料は、総て細胞膜と通して取り入れなければならない。従って、細胞のサイズは外界との物質交換、つまり栄養物の取り込みと老廃物の排出に利用できる細胞の表面積の大きさによって、制限される事になる。その為、滑らかな膜に囲まれた球状の細胞では、一定のサイズ以上には大きくなれない。体積は半径の3乗に比例して増加するのに対し、表面積は2乗にしか比例しない為、増加した体積に必要なだけ表面積が増えないからである。細胞のサイズをもっと大きくするには、その形を棒状や繊維状にしたり、膜を内側に折り込んだり外へ突出させるなどして、表面積を拡大する工夫が必要となる。また生体膜はそれ自身、多くの重要な反応の起こる場所でもある。膜の中やその表面では、様々な生化学反応が行われている。例えば、脂質代謝の大部分は膜に結合した酵素によって触媒されているし、呼吸や光合成では膜が不可欠なのは先に見たとおりである。このように、生体膜は細胞が生きて行く上で極めて重要な役割を果たしているわけで、細胞サイズの拡大の為には、体積増加に対応した膜面積を確保する事が不可欠なのである。ところが、真核細胞ではサイズが普通の細菌の10〜30倍、体積は1000〜10000倍にもなり、膜を必要とする様々な細胞の必須機能を維持するには、細胞膜だけでは面積が小さ過ぎる。この問題の解決策として原始真核細胞が採った方法が、細胞内膜系を発達させる事だったのである。真核細胞の細胞膜は、膜に含まれるコレステロールの為、原核細胞のものに比べてはるかにしなやかになっている。真核細胞はこのしなやかな細胞膜を細胞内に引き込み、小胞体・ゴルジ体・核などの複雑な内膜系を発達させて行ったのである。そして、その膜を利用して細胞を区画化し、化学反応の効率を飛躍的に高める事にも成功する。こうして、真核細胞では細胞内膜系を高度に発達させた結果、細胞膜は全膜量のわずか5%程を占めるに過ぎないのである。
食細胞というと、仮足を延ばして移動し細菌などを包み込んで食べる、アメーバや白血球が思い浮かぶ。しかし最初は、完全に飲み込んでしまうのではなく、単に食物となる細菌の体にぴったりと密着する事から始まったのかも知れない。真核細胞は真正細菌の様にペプチドグリカンの強固な細胞壁を持っていない(植物細胞の細胞壁はセルロースで細菌のものとは異なる)。細胞壁は細胞を守る防御服になっているわけだが、この強固な壁のおかげで細菌は食物を取り入れるのに、まず細胞の外側に消化酵素を分泌して食物を消化し、その後膜輸送を通じて栄養分を細胞内に取り入れるという細胞外消化を行わなければならない。しかし細胞壁を持たない真核細胞は、柔軟な細胞膜で食物となる細菌にぴったりとくっつき、相手の外形に沿って自分を変形させ、時には完全に相手を包み込む事もできる。単に密着するだけでも、細胞膜から分泌される消化酵素が細胞と獲物の細菌との間に閉じ込められ、効果的に働く様になったはずである。次はこの接触部が徐々に陥入し、その陥入が深くなると共に入り口部分が狭くなり、遂には両端がくっついて細胞内に閉じた小胞ができあがる。こうして、食物と消化酵素は外部から完全に分離された細胞内の小胞の中に閉じ込められ、消化される様になったのである。真正細菌の細胞外消化と比べて、真核細胞の獲得した食作用に伴う細胞内消化は、膜輸送では取込めなかったタンパク質やでんぷん、あるいはそれらの固まりなどを細胞内に取込む事を可能にし、また閉鎖された空間内での消化酵素の作用の効率化と相まって、飛躍的に大量の栄養処理を可能にした (4-19)。この細胞内消化の進化によって初めて、原核細胞の1000倍にもなる真核細胞の細胞質とその多彩な活動を養う事が可能となったのである。食作用を獲得した従属栄養の原始真核細胞は、細菌を飲み込んで食べる捕食者として進化の第一歩を印したのである。恐らく最初の原始真核細胞は、約25億年前頃から大繁殖を始めたシアノバクテリアの死骸が降り積もる海底で、固形の有機物を大量に処理するアメーバ様の食細胞として、嫌気性の古細菌の仲間から進化してきたと考えられる。その後、シアノバクテリアの発生する酸素によって海水中の酸素濃度が高まって来ると、先に酸素呼吸を進化させていた好気性真正細菌を細胞内に共生させ、効率的な呼吸代謝を一気に獲得する事に成功する。こうしてミトコンドリアを細胞内小器官として持つ好気性の真核細胞が誕生したのである。食作用を獲得して効率的な食物の摂取と消化を可能にし、さらには酸素呼吸によってそこから大量のエネルギーを引き出す事にも成功した原始の食細胞の真核細胞は、獲物を求めて自由に泳ぎ回る強力な捕食者として世界中を侵略して行く事になる。そして14億年前頃には、世界の海で繁栄する様になるのである。
(注)真正細菌のグラム陰性菌では、細胞膜と細胞壁のペプチドグリカンの間にペリプラズム間隙と呼ばれる隙間が有り、ここには消化酵素や代謝産物を細胞内に送る輸送タンパクが多く含まれ、活発に代謝が行われていると言う。グラム陽性菌ではこうした内膜と外膜の間の間隙はないが、細胞表層で代謝と消化が行われている。
(注)沿岸海域や湖沼では1mℓ(ミリリットル)当たり約100万個のバクテリアが生息し、数時間〜数日で分裂を繰り返しているが、人口爆発などは起きず生息密度は安定している。その原因は原生生物の鞭毛虫類などが強い捕食圧を加え、バクテリアが増殖した分だけ捕食されてしまう為と言う。
この様にして生まれた細胞の最初の胃、即ち食胞は、高等生物では摂取・分泌・消化・吸収・排出・濾過といった、各々の専門器官に分化した機能を総て兼ね備えていた。食作用によって生まれた食胞は、その膜に付着したリボソームから消化酵素を受け取る。このリボソームは細胞膜にあった時の仕事をそのまま引き継いだだけであるが、ただ以前の様に消化酵素を細胞の外に放出するのではなく、今度は胃(食胞)の内側に分泌する様になった。また細胞膜にあったプロトンポンプも、今度は胃の内側に向かう様になり、胃を酸性にして消化酵素が作用しやすい環境を作り出した。細胞膜にあったその他の輸送系は消化した物質を胃から細胞内に運び出し、別の輸送系は以前には細胞外に排出していた老廃物を今度は胃の中に運び、最後に食物を飲み込んだ時とは逆に食胞が再び細胞膜にくっつき、胃の未消化の内容物や老廃物を細胞外に排出する様になったのである(エキソサイトーシス)。この原始の胃は、リソソーム・エンドソーム・粗面小胞体を1つにまとめた様な働きをしていた。そしてその後の進化は、原始の胃が果たしていた様々な機能が次第に別々の部分へと分化し、細胞内の小胞の複雑なネットワークへと発達して行ったものである。
(注)リソソーム:消化酵素を膜で包み込んだ小器官。エンドソーム:エンドサイトーシスにより取込まれた物質を分解の為にリソソームへ運ぶ動物細胞にある小器官。粗面小胞体:膜表面にリボソームが付着した小胞体でタンパク質分泌機能を持つ細胞内に見られる。
真核細胞の食作用は、細胞骨格の働きによって行われている。アメーバや白血球が仮足を伸ばして移動し、あるいは獲物の細菌を取込もうとする時、その仮足にはアクチンフィラメントの高密度の網目構造が形成され、この仮足の先導端で細胞骨格タンパクのアクチンが連続的に重合する事により、細胞を一定方向に移動させている。つまり、細胞骨格の存在によって初めて、真核細胞に固有の複雑な動きが可能になっているのである。例えば、原生生物(単細胞真核生物)の繊毛虫類(ゾウリムシ、ツリガネムシの仲間)で肉食性のDidiniumu は、直径約150μmの球体で体を繊毛の房でできた2本の輪が取り巻き、その繊毛を同調運動させて水中を敏速に動き回っている。その前部には鼻の様な突起が1つあり、ゾウリムシなどの獲物に出会うと、鼻の部分からおびただしい数の小さな麻酔針を放って相手に取り付き、自ら中空のボールの様に裏返って、自分と同じくらいの大きさの獲物を飲み込んでしまう。ここで見られる、活発に繊毛を動かして泳ぎ、獲物を麻痺させて捕え、細胞膜を変形させて飲み込むという複雑な行動は、細胞のすぐ下にある細胞骨格によって支配されている。このような捕食性の行動や、その基盤となる細胞の体制は、真核生物に特有のものなのである。
(注) 繊毛は微小管でできた鞭毛と同じく真核細胞特有の細胞器官で、その基本構造も共通するが、繊毛の方が短く1つの細胞に多数存在し、全体が同調して波の様に動く。この2種類の運動器官は1つの細胞に同時に付いている事はなく、分類学的にも鞭毛虫類と繊毛虫類に区分されている。
また、神経細胞がその神経軸索を伸ばしている成長端は糸状仮足と呼ばれるが、そこでもアクチンフィラメントが束になった微小突起がたくさん伸び出している。細胞骨格がなければ、神経細胞も軸索を伸ばして神経のネットワークを築く事ができないのである。さらに細胞骨格は、真核細胞が様々な複雑な形をとる事も可能にした。原核生物の細菌では、その外形はわずか3つの基本形から出来ているに過ぎない。即ち、桿菌(棒状)・球菌(球状)・スピリルム(らせん状)の3つで、それが単独か、連鎖状(連鎖菌)か、塊状(ブドウ状菌)になっているかの違いだけである。この原核生物の形の上での単純さと比較すると、単細胞の真核生物である原生生物の形態は、極めて多様性に富んでいる。彼等は驚くほど変化に富んだ形をしており、しかも複雑な行動を示す。その内部構造も複雑で、知覚毛・光受容器(眼点)・鞭毛・繊毛・偽足(仮足)・細胞口・食胞・収縮胞・刺針・筋肉様の収縮束など、多細胞生物と見紛う程に様々の分化した細胞器官を発達させている。原生生物は単細胞であるが、特に大型で活発なものは原生動物と呼ばれ、多細胞生物の様に複雑で多彩なのである。
このように細胞骨格は食作用や細胞の運動、そして複雑な形や構造を生み出し、さらには細胞内膜系や他の細胞内構造を支持する事によって、細胞の大型化をも可能にした。また、真核細胞に特有の細胞分裂である有糸分裂では、細胞骨格の微小管でできた紡錘体が染色体を両極に引き寄せ、2つに分ける働きをしている。有糸分裂も細胞骨格があって初めて可能となったわけである。こうして見て来ると、真核生物の特徴のほとんどは細胞骨格と関連している事がわかる。つまり原核細胞から真核細胞への進化には、この細胞骨格の出現が不可欠だったのである。恐らく最初に細胞骨格を進化させた古細菌が、その後、食作用や細胞内膜系、有糸分裂などを発達させ、原始真核細胞へと進化して行ったのだろう。細胞内膜系は祖先の細胞膜から受け継いだものだが、細胞骨格は原核細胞から真核細胞への飛躍を可能にした、真に革新的変化だったのである。古細菌の中でも細胞共生の宿主に最も近いとされるテルモプラズマには、この細胞骨格が存在すると言われる。
(注) 細菌の細胞分裂時には、細胞膜内面の分裂部分にFtsZタンパク質が集合して分裂リング(Zリング)を形成し、このリングの収縮で細胞がくびれて2つに分裂する。このFtsZタンパク質は、古細菌も含めほとんどの原核生物に存在し、構造がチューブリンにそっくりな事からその祖先型だと思われる。ただ、真核生物の細胞質分裂ではアクチンとミオシンによって収縮リングが作られ、筋収縮と同じ原理で縮むと考えられている。そして、チューブリンの方は収縮リングとは直角に配置される紡錘体を形成して、染色体の分配に関与している。また、細菌もアクチンに似たFtsAタンパク質を持っている。
核の存在は原核細胞と真核細胞を区別する基準となっているが、この核はミトコンドリアや葉緑体の様に、他の生物の共生によって生じたものでない事ははっきりしている。核は核膜と呼ばれる2重の膜で囲まれているが、その外側の膜は小胞体と繋がっている。小胞体は、真核細胞の細胞質の大部分を占める網目状の膜構造で、タンパク質などの合成や修飾、輸送に関っている細胞内小器官である。つまり核膜は、小胞体と分かち難く結び付いた細胞内膜系の一部なのである。事実、有糸分裂に於いては前期(染色体が凝集し星状体が現れる)に核膜は消失(しない例も多い)するが、その時分断された核膜は電子顕微鏡で見ても小胞体と区別できないという。さらに驚くべき証拠もある。分解された核膜は、有糸分裂の最後に各娘細胞の染色体の周辺で自然発生的に再構築されるのだが、この核膜の再生は試験管の中でも可能なのである。方法はいたって簡単で、分裂している細胞の細胞液を少し取り、その中に裸のDNAの切れ端を1つ入れ(真核細胞以外のDNAでも良い)ATPを少々加えるだけで、驚いた事に2〜3時間の内にDNAの周囲に二重の膜とその裏打ちの核ラミナ、そして核膜にあいた小孔の核膜孔を持った、どこから見ても完璧な核膜が形成されるのである。その上、このミニ核の内部では、DNAがビーズを通した糸をぐるぐる巻き付ける様にしてミニ染色体まで作ってしまう。DNA・ATPそして核膜を構成する分子間の相互作用だけで、この奇跡の様な核の再生が起こるのである。この事からも分かる様に、核膜は小胞体と同じく細胞膜が内部化する事によって成立した、細胞内膜系の一部にほぼ間違いないのである。
では、この細胞内膜系はどのようにして進化して来たのだろうか。それは細胞膜が、細胞表面から内側に引き込まれる事によって形成されたと考えられるわけだが、次の様な段階を経て進化して来たと思われる。まず最初に、細胞膜の一部分に特別な膜タンパクが集まって細胞膜上にパッチを作る事から始まる。現在でもこのようなパッチは、好塩菌のバクテリオロドプシンを含む紫膜や、光合成細菌のクロマトフォアなどに見られる。次に、光合成などの特殊機能を果たす膜の面積を増やす為に、これらのパッチが細胞内部へ陥入さらに複雑化したり、幾つかの光合成細菌で見られる様に陥入した部分が完全に細胞内部に取込まれ、膜で囲まれた閉じた小胞を形成する様になったのだろう。真核細胞の小器官がこのようにして誕生したとすると、その内部空間は起源から予想される様に細胞の外部に相当する事になる。そして、小胞体・ゴルジ体・エンドソーム・リソソーム・輸送小胞などについては、この事が当てはまる。これらの間では、輸送小胞が1つの器官から出て別の器官に融合するという形で、小器官の内部どうしが互いに連絡し合い、同時にそれは細胞外部とも連絡しているのである。これとは対照的に、ミトコンドリアや葉緑体など共生によって誕生した細胞小器官では、他の小器官との間に輸送小胞による連絡はなく、上記の小器官を結ぶ輸送系からも除外されている。これは2つのグループの、起源の違いを反映したものと言えよう。また、細菌ではリボソームが細胞膜の内側(細胞質側)に付着し、真核細胞では小胞体膜の外側(細胞質側)に付着している事も、小胞体の起源を細胞膜の内部化と考える事でうまく説明ができる。
(注) クロマトフォア:細胞膜が内側に陥入して極度に発達した細胞内膜構造で、光化学反応中心や電子伝達系を持つ。シアノバクテリアのチラコイド膜では細胞膜との結合は認められない。
(注) 近年、原始真核細胞の起源に関して、東京薬科大学の山岸明彦から興味深い仮説が出されている。それによると、好酸好熱性古細菌のテルモプラズマが多数融合して多核の巨大細胞が形成され、一挙にゲノムサイズの拡大と細胞内膜系を獲得し、それに好気性細菌やシアノバクテリアが共生して真核細胞が誕生したと言う。テルモプラズマは他の細菌と異なり固い細胞壁をもたず不定形で、融合した時に柔軟な細胞膜をそのまま小胞体膜にできるわけである。実際、自然界ではテルモプラズマが互いにくっつき合って、20μm程の大きさになる事があると言う。
二重の膜構造を持つ核の誕生も、内膜系の進化の延長線上に考える事ができる。原核生物の細菌では、1本しかない環状染色体の一端が細胞膜の特定の部位に付着しているが、細菌の中にはこの1個のDNA分子が、メソソームと呼ばれる細胞の陥入部分に付着するものがある。このような陥入部がさらに広がって遂にはDNAを囲む膜にまで発達して行き、そして最後にこの包膜が細胞膜から完全に切り離され、二重の核膜で囲まれた核の区画が出来上がったのだろう。このような核の起源からすると核の内部は細胞質ゾルに相当する事になるが、事実、核膜には核膜孔複合体でできた核膜孔が存在し細胞質とつながっている。そして有糸分裂の際には核膜は消失し、核の内容物は細胞質ゾルと完全に混ざってしまうのである。反対に、二重になった核膜の間の空間は、小胞体などと同じく細胞の外部と等価であり、実際ここは小胞体内腔とつながっている。このように細胞内膜系の進化を考えれば、核や一重の膜を持つ細胞内小器官の構造を統一的にうまく説明できるのである。
細胞内膜系の進化では、細胞のサイズの増大に対応して膜面積を拡大する必要から細胞膜の内部化が始まり、そして膜で仕切られた小器官を発達させる事で細胞活動を区画化し、生化学反応の効率を飛躍的に高める事にも成功する。これによって初めて、原核細胞に比べて1000倍以上も容積の大きい真核細胞が可能となったのであった。では、核の進化の理由やその原因は何だったのだろうか。実は、真核細胞と原核細胞との相違には、核の存在や有糸分裂といった形態や機構の眼に見える表面的なものだけではなく、もっと本質的な問題が存在する。それは細胞に含まれるDNA量の違いである。真核細胞には原核細胞の1000倍以上というケタはずれに大量のDNAが含まれており、この膨大なDNAを管理して行く為に、原核細胞にはない新しい構造や機構が必要とされたのである。真核細胞の祖先も原核細胞と同様に1つの環状DNAを持っていたとも考えられるが、恐らく、ごく初期の段階で複数の線状や環状DNAなど、様々なゲノム構成を持つの古細菌が分化していた可能性が高い。とにかくDNA量の増大と共に複数の線状DNAを持つ様になると、今度はこれらの細く長いDNAの糸が切れたり絡まったりするのを防ぐ必要から、様々な構造が進化して来る事になる。まずDNAは、DNA結合タンパクのヒストンと結合して、クロマチン(染色質)を形成する様になった。これによって、DNAの細い糸は折り畳まれて凝縮すると同時に切れ難くなった。染色体タンパクをはずされたDNAは、わずかな力で壊れてしまうのである。このヒストンは、真核細胞に特有の非常に大量に存在するタンパク質で、1つの細胞には各種ヒストンがそれぞれ約6000万分子も存在すると言う。また、1本のリング状のDNAしか持たない原核生物の細胞分裂(無糸分裂)では、複製されたDNAはそれぞれ1点で細胞膜に固定されており、それらが細胞質の分裂に合わせて2つの娘細胞に分かれるだけで遺伝子の伝達ができる。ところが複数のDNA断片を持つ真核細胞で、複製された多数のDNAを正確に2つの娘細胞に分配する為には、クロマチンがさらに高度に凝縮して取り扱いの容易な染色体を形成すると同時に、この染色体を間違いなく2組に分ける複雑な有糸分裂のメカニズムが必要となる。
次にDNA量の増大が、いかに複雑な構造や機構の進化を要求したか見てみよう。分裂していない間期の細胞では、DNAはクロマチンに凝縮しているとはいえ、クロマチン自体が極めて細く絡まっているので染色体全体をはっきり見る事はできない。しかし有糸分裂の時には、クロマチンはさらに凝縮して分裂期の染色体を形成する。これが我々の良く知っている染色体で、こうなると光学顕微鏡でもはっきりとその姿を見る事ができる。このように、DNAが凝縮して小さくまとまる事によって初めて、有糸分裂に於いて大量のDNAを整然と2つの娘細胞に分配する事が可能となったのである。さらに有糸分裂をする真核細胞では、それぞれの染色体中にその複製と分離をつかさどる特定のタンパク質の結合部位となる、3種類の塩基配列が必要とされる。まず第1に複数のDNA複製起点である。原核細胞では複製の開始点は1つしかない。しかし、染色体の構造が複雑な真核細胞では、DNAの複製には染色体のもつれをほぐし酵素がDNAに作用しやすくする複雑な機構が必要で、この過程に原核細胞の20倍もの時間がかかり、この欠点を補う為に各染色体に複数の複製開始点が置かれているのである。その結果、DNAは多数の短い糸として同時に複製された後、一本に繋がれる。このようなメカニズムのおかげで、真核細胞の全ゲノムは約1時間で複製する事ができる。これは原核細胞の2倍少々に過ぎず、両者のDNA量の違いを考えれば驚くべき早さである(細菌の1/8cmに対し、ヒトのDNAは約1.8mもある)。第2の特定塩基配列としてセントロメアがある。これは有糸分裂時に複製した2本の姉妹染色分体をつなぎ止め、この部分に形成される動原体というタンパク複合体を介して、紡錘体の微小管を付着させる働きをしている。これによって、有糸分裂の際に複製された染色体が正確に娘細胞に分配されるのである。例えば、このセントロメア部分を酵母細胞のプラスミドに挿入すると、細胞分裂時に複製されたプラスミドDNAが各娘細胞に1コピーずつ正確に分配されると言う。第3が、線状DNAの末端複製問題の解決に必要なテロメア配列で、各染色体の両末端にある。これらの塩基配列を持つ事によって初めて、染色体は正しく機能できるわけである。有糸分裂でもう1つ重要な役割をするのが2種類の細胞骨格構造である。1つは紡錘体を形成する微小管で、これにより複製された染色体は分裂中期に細胞を2分する赤道面に並び、後期に各娘染色体はそれぞれ結合した動原体微小管に引っ張られる様にして紡錘体極に向かって移動し、2つの娘細胞に分配されるのである。2つ目の重要な細胞骨格構造は、アクチンフィラメントとU型ミオシンで構成された収縮環である。これは細胞膜直下の紡錘体の軸に直角な面に、紡錘体にやや遅れて形成されるアクチンフィラメントのリングで、この収縮環が縮む事で細胞膜が内側に引っ張られ、細胞が2つにちぎられるのである。こうして1組の完全な染色体と、親細胞の半分の細胞質を受け継いだ2つの娘細胞が誕生する。このような細胞分裂の複雑な過程は真核細胞にしか見られないもので、細菌類には特殊な構造を持つ染色体や紡錘体の形成もなく、染色体は1つだけで特に凝縮する事もなく、複製されたのち細胞膜に結合したまま娘細胞に分配されるだけである。こうした染色体や有糸分裂に見られる複雑な構造やメカニズムは、膨大化したDNAを管理し、その正確な発現と遺伝を実現する為に真核細胞が進化させて来たものなのである。この複雑な機構によって初めて、真核細胞は正確な細胞分裂が可能となるわけで、染色体が分離する時の誤りは1/105程度に過ぎないという。
このように複雑化した細胞分裂の仕組みと、大量の遺伝子の発現を効化的にコントロールする為には、複数の染色体が巨大化した細胞のあちこちに散らばっていたのではうまく行かないだろう。恐らくDNA量が増大し、ゲノムが複数の染色体に分割される様になった時、遺伝子の発現や複製を効率的に行う必要から、染色体全体を1ヶ所に集め膜で仕切って区画を作るようになったのであろう。こうして核は誕生したのである。元々、原核細胞の段階からDNAは細胞膜に結合していたわけで、この細胞膜が内部に陥入しDNAを包み込む事で、核の区画は容易に作られたはずである。真核細胞では、DNAは普段から核膜とそれを裏打ちする核ラミナ、そして核の内部に張り巡らされた立体的網目構造の核マトリックスに随所で固定されている。このような核の構造は、原核細胞に比べて格段に量の多くなったDNAをコントロールする為に、真核細胞が獲得したDNA管理システムと見る事ができよう。真核細胞に於ける細胞内膜系の進化が、細胞容積の劇的な増大に対応する膜の表面積増大の要求にこたえ、さらには細胞内の区画化によって生化学反応の効率を上げる必要から始まったのと同様に、核は原核細胞の1000倍以上にもなる大量のDNAを効率よく管理し機能させる必要から、細胞内膜系の一部として誕生したのである。ただし、この因果関係は逆方向にも働いたはずで、正確には細胞の巨大化と細胞内膜系の進化、そしてDNA量の増大と核の進化に於いても、それぞれが互いに影響を及ぼしながら進化して来たものと考えられる。つまり細胞容積の増大が細胞内膜系の進化を促すと同時に、細胞内膜系の発達が細胞のサイズの拡大を可能にする。同様に、DNA量の増大が核や有糸分裂の進化を促し、次にはこれらの機構の進化がさらなるDNAの増加を可能にするという具合に、互いにフィードバックが働いて、細胞サイズの増大と内膜系の発達に伴う複雑化、そしてDNA量の増加と核や有糸分裂の進化が急速に進行して行ったのだろう。
このような真核細胞の進化を見て来ると、先にも触れたが、真核細胞と原核細胞の間には2つの全く異なる基本戦略が存在していた事がわかる。原核生物の細菌は、原始細胞が持っていたと思われるイントロンを進化の過程で除去した事からも分かる様に、意味のない無駄なDNAを徹底して排除し、必要最小限のDNAで生きて行ける様に適応した生物である。そして必要となった遺伝子は、細菌間で融通し合う事で補う様になって行った。こうして無駄なものを省く事により、増殖スピードを最大限にまで高め、生物としての繁栄を獲得しようとしたのである。また細菌の小さなサイズでは、余分なDNAを持つだけの余裕がなかったとも言えよう。あるいは逆に、サイズを大きくする事なく小さいままで繁栄する為には、細胞分裂時に負担となる余分なDNAを排除し、増殖効率を最大限にまで高めるしか方法がなかったと言うべきかもしれない。とにかく細菌は、小さいサイズのままでDNAの無駄を徹底して省き、その増殖スピードを最大にする事を基本戦略にした生物なのである。
他方、真核生物は細菌とは反対に、無駄とも思える程大量のDNAをどんどん抱え込んで行った生物と言う事ができる。一般に高等生物のゲノムには、大過剰のDNAが存在すると考えられている。以前から生物の1倍体ゲノム中のDNA量と、その生物の複雑さとの間には系統だった関連性のない事が知られていた(C値のパラドックス)。例えば、ヒトの細胞は大腸菌の700倍のDNAを持っているが、両生類や植物の中にはヒトの30倍ものDNAを持つものが存在する。そのうえ両生類では、種によってDNA量が100倍も違う事があるのである。また哺乳類ゲノムの内、タンパク質やRNAの合成と調節に関与しているDNAは、全体の2〜3%に過ぎないと言われている。真核生物の遺伝子には、イントロンと呼ばれる非コード配列が大量に含まれている事は先に述べた通りである。高等真核生物の遺伝子には、10万塩基対以上の長さのものがざらにあり、200万塩基対に達するものも存在する。ところが、300〜400個のアミノ酸が繋がった平均的なタンパク質をコードするには、約1000塩基対のDNAで充分であり、この余分の長さDNAのほとんどは非コード配列のイントロンなのである。大きな遺伝子は、コード配列のエキソンとイントロンが交互に並んだ長い糸であり、しかもそのほとんどがイントロンなのである。
こうして見て来ると、なぜ真核生物は無駄なDNAをこうも大量に抱え込まなければならなかったのか、様々なDNAを大量に持つ事自体が、自己目的化していたのではないかとさえ思いたくなる。しかし逆に、これほど大量の意味のないDNAを抱え込んで、尚且つ真核生物が大繁栄している所を見れば、彼等にとって大量の無駄なDNAを持つ事はそれほど負担にはなっていないとも言えよう。あるいは、そのハンディキャップを上回る何等かの効用が存在するとも考えられる。とにかく、真核細胞がかくも大量のDNAを保持する事ができるのは、内膜系の発達により生化学反応の効率化に成功し巨大化したおかげである。余分なDNAを大量に持つ事は、いわば生産力を飛躍的に高める事に成功した、真核生物にのみ許される贅沢と言う事もできよう。これらの事から、真核生物は細菌とは反対に細胞のサイズを拡大し、できるだけ多くのDNAを持つ事を基本戦略にした生物と見る事ができる。細菌類に比べて、真核生物の驚くべき複雑さ多様さは、この基本戦略の延長線上に初めて可能になったのである。
こうした遺伝子に関する両者の戦略の違いは、修飾制限系にも現れている。真正細菌はその遺伝子構成に無駄がない為、これを乱す可能性のある外来のDNA分子が細胞内に侵入した場合には、すぐにこれを分解する仕組みを進化させて来た。これが修飾制限系と呼ばれる、細菌の自己防衛システムである。その方法は、まず自分のDNAの所々にメチル基(−CH3)を結合させて目印を付け(修飾)、この目印を持たないDNAを切断する酵素を用意しておく。すると、ウイルスなどの外来の遺伝子が侵入しても目印がない為、この酵素によってすぐに分解される事になる。この切断酵素が制限酵素と呼ばれるもので、特定の塩基配列を識別してDNAを切断するDNAエンドヌクレアーゼである。修飾はその部位をメチル化する事により、制限酵素が作用できない様にしているのである。真正細菌の持つ制限酵素は、DNAを特定の塩基配列の所で切断するハサミとして、今日の遺伝子工学に無くてはならないものと成っており、現在では500種類以上の制限酵素が分離され多くが市販されている。ところが、真核細胞がそこから分かれたと考えられる古細菌では、修飾酵素もある事はあるが報告は少なく、市販されているものの中にもあまり見当たらず、古細菌の世界では修飾制限系はあまり発達していないようだと言う (4-13)。遺伝子の無駄を徹底して省き外来のDNAに閉鎖的な真正細菌に対し、古細菌の祖先は開放的で、外の遺伝子をどんどん取り入れる傾向があったのかも知れない。そして、この様な性格が真核細胞にまで受け継がれて行ったのだろう。こうして、異質なDNAあるいは無駄なDNAに対して寛大な性格を引き継いだ真核細胞は、大量のDNAをその細胞内に抱え込む事になり、それが真核生物の遺伝的多様性を飛躍的に拡大させる事になって行ったのである。
これまで述べて来た事から、真核細胞の誕生について次の様なシナリオを描く事ができるだろう。真核細胞が誕生した頃の海では、深さに応じて層状に分かれた生態系ができていたと思われる。海の表層ではシアノバクテリアが大繁殖して、さんさんと降り注ぐ太陽光線を吸収して光合成をし、酸素を吐き出していた。そのすぐ下では嫌気性の光合成細菌の硫黄細菌が、硫化水素を水素源にして二酸化炭素を還元して光合成を行い、嫌気性の海底では硫酸還元菌が硫化水素を発生していた。そして表層でのシアノバクテリアの大繁殖は、この嫌気的な海底に大量の有機物を供給する事になる。大量の微生物の死骸が、海底にマリンスノーの様に降り積もったのである。こうして海底に大量の有機物が蓄積される様になると、今度はその新たな食物資源を積極的に利用しようとする生物が進化して来る事になる。
(注)現在でも、太陽光が当たる海洋の表層は光合成微生物の植物プランクトンが繁栄し、その下に消費者である従属栄養細菌の層、その後大洋底まで比較的生物の少ない層が有り、大洋底の沈降層で再び微生物(多くが嫌気性)の数が増加する。
地球最初の生命は、熱水噴出口近くの硫化水素の噴き出す海底で誕生したと考えられるわけだが、その同じ海底で原始細胞の特徴を色濃く残した好熱性古細菌の仲間からその生物は出現する。分子状酸素の増加と共に進化してきた好気性の真正細菌や、当時としては最も進化していたシアノバクテリアなど、進化の進んだ生物達は酸素を豊富に含んだ海の表層を占めていた。それに対し、酸素の少ない嫌気性の海底では生命が誕生した頃そのままの環境が残されており、そこでは古臭い特徴をそのまま引きずって来た、言わば進化の停滞していた古細菌が棲んでいた。そのまさに進化の遅れた古細菌の仲間から、次の生命進化の飛躍が起こるのである。真正細菌は、細胞膜の外側に強固なペプチドグリカンの細胞壁を持っている。この細胞壁が浸透圧などから細胞を守っているわけだが、逆に細胞壁があるお陰で真正細菌はその形を自由に変える事はできない。しかし古細菌の仲間には、元々この固い細胞壁を持たないものが存在する。古細菌は、メタン細菌・高度好塩菌のグループ(ユーリアーキオータ界)と、好熱菌を中心としたグループ(クレンアーキオータ界)の2つに大きく分けられるが、このうちメタン細菌や高度好塩菌は球菌か桿菌のいずれかである事が多いのに対し、好熱菌の中には不規則な不定形で、規則的な形態を持たないものがいる。良い例が、60〜55℃の温泉に多く棲む高度好酸性好熱菌のテルモプラズマで、彼等はアメーバの様な柔らかい細胞膜を持ち、触手を伸ばして隣の細菌と盛んに接触し、仲間同士で次々と融合して行くと言う。原始真核細胞の祖先は、このテルモプラズマに近い柔らかい細胞膜を持つ古細菌の仲間だったと思われる。そして彼等が、細胞骨格を獲得した時がそもそもの始まりであった。この柔らかい細胞膜を持った原始真核細胞の祖先は、細胞骨格を発達させる事により、その柔らかい細胞膜を自由に操り変形させる事に成功する。これが食物の摂取・消化方法に革命をもたらす事になった。それまでは細胞外に消化液を分泌する事で食物を分解し吸収していた、つまり細胞外消化していたものが、まず初めは食物となる細菌に柔らかい細胞膜を使ってぴったりと密着し、そこに消化酵素を分泌する様になった。これだけでも消化酵素が周囲の海水に拡散する事を防ぎ、消化の効率は大きく上がったと思われるが、次にはさらに膜で完全に食物を包み込み、細胞内部で消化・吸収する細胞内消化を進化させる。こうして原始真核細胞の祖先は食細胞となった。つまり我々の遠い祖先である原始真核細胞は、アメーバ様の食細胞としてその第一歩を踏み出したのである。この食作用の獲得は、消化の効率を飛躍的に高めると共に、これまで直接吸収する事のできなかった大きな食物をも細胞内に取り込む事を可能にした。これはまさしく革命と言っていいほどの変化を生命にもたらす事になる。真正細菌の強固な細胞壁が外骨格だとすると、真核細胞の持つ細胞骨格は内骨格と捉える事もできよう。この内骨格としての細胞骨格の発達と、食細胞化による食物の摂取・消化効率の飛躍的向上によって、細胞の巨大化が可能となった。他の細菌を食べる肉食化した細胞にとって、体が大きい方が有利である。こうして細胞の巨大化が急速に進行して行ったと思われる。またこの過程で、膜面積の確保と巨大化した細胞内での生化学反応を効率化する必要から、細胞膜を内側に引き込み複雑な細胞内膜系を進化させて行く。細胞骨格は、細胞内膜系の形成と維持にも重要な役割を果たす事になるのである。
(注)真正細菌でもマイコプラズマは細胞壁を持たず、真核生物に典型的なステロール類(原核生物にはほとんど見られない)で細胞膜を強化して、浸透圧による膨張・破裂に対応している。そのため強度は落ちるが、硬い細胞壁がないので分岐した線維状となったり形態が多様に変化する。
一方、古細菌から先に分かれた真正細菌は、DNAの無駄を省き必要最小限のDNAで生きられる様に進化し、それによって最短時間で最大の増殖ができる様になって行った。その真正細菌の中で最も進化したのが、シアノバクテリアと言う事ができる。彼等の形状や種類は多様でゲノムサイズも大きい。他方、原始的な特徴を残した古細菌の中から、余分なDNAを抱えたまま食細胞化の道を進んで行ったものが原始真核細胞であった。しかし一旦、食細胞化して細胞が巨大化すると、無駄なDNAを持つ事はさほど負担ではなくなってしまった。そして、細胞の巨大化と複雑化によって必要な遺伝子の量も増大し、不要なDNAと相まって真核細胞は大量のDNAを抱え込む様になって行ったのである。ところが、この一見無駄とも思える大量のDNAの保持は、真核細胞に進化上の可能性を無限に押し広げる事になる。確かに真正細菌は、DNAの無駄をなくし増殖能力を最大にする事で原始の海で大繁栄をした。しかし、それと同時に進化の可能性を閉ざしてしまう事にもなった。彼等は今日でも繁栄を誇っているが、その進化自体は何十億年も前に停止したままである。それに対して、無駄なDNAという原始的な形質を持ち続けた原始真核細胞は、その無駄のおかげで無限の進化の可能性を手に入れる事になった。以後、真核生物は目覚ましい進化を遂げ、多様性を広げて行く事になる。進化の進んだものの方が、その進化自体によって以後の進化の可能性を摘み取られ、反対に進化の遅れていたものがその後の進化の可能性を手に入れるという皮肉な結果となったのである。こうして、原始真核細胞は大量のDNAを抱え込む様になって行ったわけだが、この膨大な量のDNAを効果的に管理し機能させる必要から、核および有糸分裂のメカニズムが進化して来る事になる。ここでも細胞骨格が不可欠の重要な役割を果たした事は先に見た通りである。
こうして誕生した原始真核細胞に好気性の真正細菌が食作用で飲み込まれ、それが消化されずに細胞内に共生する事によってミトコンドリアが生まれ、また同様にしてシアノバクテリアが細胞内共生して葉緑体が誕生するのである。ところで、ランブル鞭毛虫はDNAの塩基配列の比較から、約20億年前に真核生物の太い幹から分岐したと考えられている。つまり20億年前には、既に原始真核細胞が存在していたという事になる。事実、北米のスペリオル湖(五大湖の1つ)南岸の21億年前の縞状鉄鉱層の中から、真核細胞らしい化石が発見されている。長さ9cm幅1mmのリボンがまるまった様な形のグリパニアで、この化石は中国やインドの11億年前の地層から既に発見されており、現生の真核藻類のアケタブラナに良く似ていると言う。このグリパニアがミトコンドリアを持っていたかどうかは不明だが、海底に棲む嫌気性の古細菌が食細胞化する事で誕生したと思われる原始真核細胞は、嫌気性の生物であったはずである。しかし、現存する真核生物は一部の例外を除きほとんどが好気性で、酸素呼吸をする内共生後の時代に誕生したものである。この謎は、海水中の酸素濃度の増加と関係している。分子状酸素はシアノバクテリアの光合成によって生み出されたわけだが、この酸素の増加は縞状鉄鉱層や赤色砂岩の地層の出現時期、および地層に含まれる三価と二価の鉄の比などから、原生代初期の20億年前頃から始まったと考えられている。特に海洋の鉄の多くが沈殿してしまい、縞状鉄鉱床の形成が終わる17億年前になると、生み出された酸素は海洋では消費されなくなり、大気中に急速に蓄積されて行く事になる。この様な酸素の急速な増加によって、嫌気的環境だった海底にまで酸素が拡散し、この時に嫌気性の原始真核細胞の多くが絶滅してしまったのだろう。その中で、好気性の真正細菌を細胞内共生させる事に成功したものだけが、酸素の脅威を克服し生き延びる事ができた。それが今日、繁栄を誇る真核生物の祖先である。しかし一旦、ミトコンドリアを得て酸素の脅威を克服した真核生物は、酸素呼吸により大量のエネルギーを生産する事が可能となり、以後急速に発展して行く事になる。そして次には、シアノバクテリアを共生させて光合成をする真核生物も登場する。19億年前以降の地層からは、アクリタークスと呼ばれる単細胞藻類の休眠期の胞子らしい微化石が多く産出する様になる。恐らく20億年前頃に相前後して、ミトコンドリアと葉緑体を共生によって獲得した真核細胞が出現したのであろう。また、先カンブリア時代の微化石の大きさを統計的に調べると、15〜14億年前にかけてそのサイズが急激に大きくなる事が知られている。この事は約15億年前頃から、真核生物が急速に繁栄し始めた事を物語っている。こうして真核生物の時代が始まるのである。
最初の真核細胞は、1倍体のハプロイド細胞として誕生したと考えられる。遺伝情報は1組あれば生きて行くのには充分で、それをわざわざ2組も持つ必要はないからである。現在でも原生生物の中には、有性生殖を行わず一生ハプロイド細胞のままで過ごす仲間も存在する。我々に馴染みの深い2倍体のディプロイド細胞は、その後の進化の過程で、性の誕生に関連して出現して来たものなのである。ディプロイド細胞は環境の変化等、何等かのきっかけで1倍体のハプロイド細胞が融合して誕生したと考えられる。その後、有糸分裂の変形によって減数分裂の方法が編み出され、融合により2倍体となった接合子は再び1倍体に戻る事ができる様になった。実際、今日でも多くの種類の生物で体細胞還元と言って、普通の有糸分裂の中期に対合に似た染色体のペアリングが起こり、染色体が半減してしまう事があると言う。こうして1倍体と2倍体を交互に繰り返す事で遺伝子の組み換えを行う、性のシステムが誕生するのである。有性生殖は1倍体細胞の接合による2倍体の創出と、減数分裂による1倍体への還元という2つの過程から成り立っている。こうした事が可能となったのは、多数の染色体を管理する核のシステムと有糸分裂の機構が、真核細胞によって確立されたからである。つまり有性生殖は、真核生物の登場によって初めて可能となった生殖システムなのである。
この性のシステムによって出現したディプロイド細胞は、初めは1倍体の配偶子が接合し、後に減数分裂によって再び1倍体に戻るまでの一時期存在するだけのものであった。しかし、その後の進化の中で徐々に2倍体の期間が長くなり、遂には生活環のほとんどを占めるまでになって行く。そして逆に1倍体のハプロイド細胞、これは真核細胞誕生時の形態でありその本来の姿とも言う事ができるが、こちらの方は有性生殖の一時期にのみ配偶子(生殖細胞)として存在するだけのものに成ってしまった。同じ遺伝子を2組持つという、全く無駄な事をしている様に見える2倍体が生活環の進化の中で優勢になって来た事は、生物にとってその方が有利な面があった事を示している。それは変異を蓄える事により遺伝子の多様性を拡大させる事ができる点と、放射線や紫外線・化学物質等によりDNAに傷を受けた場合、つまり有害な突然変異が起こった時に遺伝子が2組あると、片方が機能しなくなっても残りの正常な遺伝子でカバーできる点にある。即ち、2倍体はDNAの障害に対して強い耐性を持っているのである。
実は、この突然変異に対する耐性の点で、2倍体と多細胞化とは深い関係にある。原核生物である細菌の仲間にも、単細胞で単独生活するものばかりではなく、ぶどうの房状や鎖状、多核の糸状などの集合体を形成して集団生活するものが存在する。なかには糸状体を形成するシアノバクテリアの様に、窒素固定の為にヘテロシスト(異型細胞)と呼ばれる特別の細胞を持つ、細胞分化の始まったものまで存在する。しかし、一般に多細胞生物というと真核細胞によるものであり、真核生物の登場によって初めて多様な多細胞生物の世界が開かれるのである。しかも正確に言うと、真核細胞の中でも2倍体のディプロイド細胞である。確かに、1倍体のハプロイド細胞にも多細胞体を作るものがある。例えば、紅藻類のアサクサノリ、緑藻類のヒトエグサ、そして緑色植物のゼニゴケなどは有性生殖を行うが、普段はハプロイドの多細胞体を作って生活している。しかし、これらのハプロイドの多細胞体は、細胞壁を共有する事で細胞がシート状に配列しただけのもので細胞間の連絡構造もなく、ディプロイドの多細胞生物に比べると極めて単純なものである。また、多細胞生物に特徴的な細胞分化の能力についても、ディプロイドとハプロイドの多細胞体では大きな違いが存在する。細胞分化は生殖的細胞分化と栄養的細胞分化の2つに大きく分けられ、このうち生殖的細胞分化は原核細胞の段階から現れハプロイド細胞にも広く存在するが、栄養的細胞分化はディプロイド細胞以外ではほとんど見られないのである。アサクサノリやヒトエグサは体の隅々まで同じ色で、総ての細胞が葉緑体を持って独立に栄養活動を営み、細胞間に分化は見られない。ハプロイド細胞からなる栄養体の中で最も進化したゼニゴケの葉状体(配偶体)でも、体全体が緑色をしている。ところが、この葉状体の上に作られるディプロイドの小さな胞子体には、葉緑体を持たず必要な栄養を葉状体から得ているものが多く見られるのである。さらに、シダ類になるとこの胞子体が著しく発達し、体制が根・茎・葉にはっきりと分化して来る。このように、様々に分化した細胞から成る多細胞生物が進化して来る為には、ディプロイド細胞の出現を待たなければならなかった。今日、我々が目にする複雑に分化した多細胞生物は、総て2倍体のディプロイド細胞からできているのである。(4-20)
では何故、真核細胞それも2倍体でなければ多細胞化が困難だったのだろうか。1つ考えられるのはDNA量の増大である。我々多細胞生物の体は、分化した何種類もの細胞が寄り集まって構成されている。最も下等な多細胞生物のカイメン動物でも5〜6種類、ヒトでは約250種類もの分化した細胞から成ると言う。その中には、神経細胞・筋肉細胞・骨細胞・内分泌細胞など非常に異なった細胞もあるわけだが、実はこれらの細胞はすべて遺伝的には全く同じなのである。つまり、個々の細胞は全く同じ遺伝情報のセットを持っている。ではどうして、これらの細胞はこんなにも違っているのか。それは、それぞれの細胞で発現している遺伝子が異なる為である。逆に言うと、多細胞生物の分化した細胞では、持っている遺伝子のごく一部しか使っていないという事になる。多細胞生物の細胞では、生まれてから死ぬまで一度も発現しない様な遺伝子も存在するのである。また、ヒトの場合は60兆個ともいわれる大量の細胞が集まって1つの個体を構成しているわけだが、最初は1個の受精卵であり、それが細胞分裂を繰り返し様々に分化して多細胞の個体を作り上げる。こうした複雑な発生過程をコントロールする為には、大量の遺伝情報が必要となる事は言うまでもない。こうして多細胞生物では、単細胞生物に比べて大量のDNAが必要となったと考えられる。事実、多細胞生物のDNA量は単細胞の原生生物に比べて多く、多細胞化とその体制の進化のなかで、DNAの量的・質的な進化も着実に起こっていたのである。ところが、ここで厄介な問題が出て来る。当然ながら、ゲノムにランダムに起こる突然変異はDNA量に比例して増加する。従って、複雑で多量の遺伝情報を持つ生物ほど、有害な突然変異に悩まされる事になるのである。例えば、平均的な突然変異率は1遺伝子座当たり配偶子10万個に対して1個と考えられる為、3〜4万個の遺伝子を持つとされるヒトでは、3人に1人は新しく生じた突然変異を1個持っている計算になる。この問題の解決策が、染色体の2倍体化だったのである。1倍体の生物では、1つの遺伝子に突然変異が起こるとすぐに表現型に表れてしまう。ところが2倍体の生物では、2組ある遺伝子の一方だけの突然変異では異常は現れず、それが表現型に表れるには両方に突然変異が起こらなければならない。1遺伝子座に於ける突然変異率が1/105(10−5)とすると、1倍体では有害な変異が表現型に表れる確率は1遺伝子座当たり10−5となる。しかし2倍体の場合は、ペアの遺伝子の両方に同時に突然変異が起こる必要がある為、その確率は10−5×10−5=10−10と極めて低いものとなってしまう。1倍体が2倍体になるだけで、つまり染色体を1組余計に持つだけで、有害な突然変異に対して圧倒的に耐性が強くなり影響を受け難くなるのである。今まで知られている劣性遺伝病の頻度から計算すると、ヒトは平均して約7個の重篤な遺伝病の劣性対立遺伝子を持っているという。それでも我々が正常に生活できるのは、ヒトが2倍体でもう1組の正常な遺伝子を持っているからである。原核生物で多細胞化が進展しなかったのは、それに必要なだけのDNA量を保持する事ができなかったからであった。真核細胞の登場はこの問題を解決するが、DNA量の増大は有害な突然変異の増加という新たな問題を引き起こす事になる。この問題を解決したのが、染色体を倍加したディプロイド細胞であった。このディプロイド細胞の出現によって初めて、複雑な多細胞生物の進化が可能となったのである。
(注) 表現型に影響する変異は次の2種類に分けられる。1つはタンパク質活性が低下したり欠損する機能喪失変異で、ヘテロ接合の場合は残りの正常遺伝子が代償するため劣性となる。もう一つの機能獲得変異では異常機能を持つタンパク質が合成され、数は多くないが調節領域の変異のことが多い為、重大な影響を及ぼし通常は優性である。
2倍体は有性生殖によって生み出されたわけだが、性の誕生自体はここで問題にした、有害な突然変異に対する対応として進化したものではないだろう。それは先にも述べた様に、2倍体が初めから生活環の中で優勢だったのではなく、進化の中で徐々にその地位を向上させて行った事を見れば明らかであろう。別の原因で成立した性のメカニズムよって出現したディプロイド細胞が、後に突然変異に対して有効な事が分かり、多細胞化の進展の過程でその特徴が利用されたと考えるのが良いように思われる。
原生代の初期に誕生した真核生物は、異なる進化の方向を目指す2つのグループに分かれて行く。1つは単細胞のままで細胞レベルの分化を徹底して推し進めて行った、原生生物の仲間である。彼等は体制こそ単細胞であるが、その細胞自体は多細胞生物界よりも多様な進化を遂げて行った。これは多細胞生物では体が複雑化して行く中で、細胞の構造自体は逆に分化が進まず、機能的にはむしろ単純化の傾向が見られるのと好対照をなしている。原生生物は一つの細胞の中に核やミトコンドリアなどの他、収縮胞(浸透圧調節)・鼓動胞(呼吸運動)・鞭毛や繊毛(行動)・口および食胞(食物摂取と消化)・細胞肛門(排出)・神経(情報伝達)・眼点(視覚)など、多細胞生物と見紛うほどに多様な細胞器官を進化させて来たのである。特に繊毛虫類の進化は著しく、ゾウリムシに代表される様に細胞全体が多数の繊毛に覆われ、細胞も巨大で長径が2mmに達するものもいる。細胞のDNA量も腔腸動物に匹敵するほど多いと言う。
もう1つのグループが、多細胞化を推し進める事で複雑化して行った多細胞生物である。細胞が2分裂や出芽によって増殖して行く時、娘細胞が母細胞から離れず互いに繋がって行くと、細胞の多数集まった集合体が出来上がる。これを群体(コロニー)と呼んでいる。群体には、細胞外に分泌された粘着性物質によって各細胞がくっついただけのものから、細胞間の孔を通して原形質連絡ができ、栄養供給や刺激反応に於いて全体が有機的に結び付いたものまで、様々な段階が存在している。また群体には、細胞間の分化の認められないものも含まれる。一般に多細胞生物は、分化した細胞が多数集合して1つの個体を形成した生物と理解されているが、群体と明確な一線を画するのは困難な様である。
では何故、彼等は多細胞化して行ったのか。多細胞化する事にどんなメリットがあったのだろうか。ここでは植物の多細胞化から見て行く事にしよう。真核細胞から最初の多細胞生物が誕生したのは、海の中であった事は言うまでもない。生命40億年の歴史の中で、生命が陸上に進出して来たのはオルドビス紀(約5〜4億4000万年前)の事で、植物ではゼニゴケに似たコケ植物の胞子化石がアフリカのリビアから、そして動物ではムカデ様の生物がつけたらしい生痕化石が、アフリカ東部の陸域で堆積した地層から発見されている。つまり、多細胞生物が上陸したのはまだ最近の事で、生命はその歴史のほとんどの期間を海の中で過ごして来たのである。じつは今日でも、植物の分類群のほとんどは水中で生活する藻類で占められている。そして陸上に進出した植物は、コケ植物と維管束植物の2つの分類群に過ぎない。我々が植物というと思い浮かべる陸上の高等植物は、今日多種多様に分化し、地球上の光合成生産の大半を担うまでに繁栄しているが、系統上はたった1つの分類群に属しているのである。ところが水中では植物の多細胞化はあまり進まなかった。水中で光合成をする水性植物は、その分類群の大部分が単細胞なのである。一般に海藻と呼ばれる群体化あるいは多細胞化をした水性植物は、テングサの仲間の紅藻類、コンブの仲間の褐色藻類、ワカメの仲間の緑藻類の一部、そして淡水藻のシャジクモの仲間の車軸藻類に過ぎない。また、植物の多細胞化はまず糸状化から始まり、平面化そして立体化へと進んで行くが、水性植物のほとんどは平面化どまりで、細胞の分化も進まず総ての細胞が周囲の水と直接物質交換を行っている。スギナに似た多細胞化で立体化まで進んだ車軸藻類でも細胞の分化は進まず、個々の細胞が外界の水と直接物質交換をして特別な移送系は発達していない。植物界で本格的な立体化が始まるのは、陸上に進出して後の事なのである (3-18)。上陸した植物は、それまでの水中生活とは異なり、水分や無機養分を地中からしか取り入れられない。その為、陸上植物は専門の器官である根を進化させ、さらに根が吸い上げた養分を全身に配り(木部、道管)、あるいは葉の光合成で生産された有機物を幹や根に戻す(師部、師管)為の通路である維管束をも生み出す事となった。そして陸上では、太陽を求めて上へ伸び上がる体を支える茎(幹)も必要となる。こうして陸上に進出した植物は根・茎・葉を進化させ、それに合わせて細胞分化が進展して行ったのである。
このように、水中では植物の多細胞化はほとんど進展しなかった。これは水中で生活する植物にとって、多細胞化はあまりメリットがなかった為と思われる。水中で光合成をして生活している植物にとって必要なものは太陽光と栄養塩類であるが、充分な光を得るには海の表層に浮遊していれば良いし、細胞膜を通した栄養分の吸収の為には細胞の表面積を大きくすれば良い。そしてこれらの要件を満たす為には、小さな単細胞でいる方が有利だったのである。この事は多細胞化した藻類の形態にも現れている。多細胞とはいえ藻類の構造は簡単で、細胞の分化はあまり見られないが、その中でも顕著なものに付着根がある。これは海藻が流されない様に浅海底に貼り付き固定させる為の器官で、その他、水面に浮く為の浮き袋である気胞や気嚢、そして原始的な生殖器官などが藻類の細胞分化の主な例である。これらの事は、水性植物の多細胞化が太陽光の充分に届く海の表層や浅海に留まるという必要を満たす範囲内で、進展した事を示していると言えよう。こうした事から、水性植物では陸上植物に見られる様な、細胞の分化や複雑な器官が進化しなかったのである。
(注) 多細胞化を進展させ海中の覇者となった褐藻が陸に上がれなかった一方で、藻類のうち唯一上陸を果し、陸上植物の祖先となったのが緑藻類であるが、その理由は彼等が陸上に最も近い性質の光を利用していた事による。緑藻は海の浅い部分、褐藻はやや深い所、紅藻は最深部と生育深度を分けているが、それに応じて光合成に利用する光の波長も異なる。水中では光の波長の長い部分から順に吸収される為、光合成に有効な赤色部は浅い所に棲む緑藻類にしか利用できない。緑藻が緑色なのは、その補色の赤色光を吸収する為である。一方、深い所にいる褐藻では黄色・緑色・青色の光を、紅藻では緑色から黄色の光を使っている。つまり、褐藻や紅藻は陸上とは違った条件の光を用いているのである。また藻類の配偶子接合は、水中に放出された卵に精子が来て行われるが、緑藻の仲間には生卵器で卵を保護するものも現れる。例えばサヤミドロ属では、卵は一度も生卵器を出る事なく、精子は小さな穴から生卵器に入って中の卵と受精し、受精卵はそのまま細胞壁に包まれ保護されて過ごすと言う。卵の保護の面でも、緑藻は上陸に適していたのである。(4-21)
このような植物とは対照的に、動物は海の中で多細胞化をどんどん推し進め、多様な多細胞生物を生み出して行った。次に動物の多細胞化について見てみる事にしよう。食細胞として誕生した真核細胞は、ミトコンドリアと葉緑体を得て生息域を急速に拡大して行った。先カンブリア時代の微化石のサイズが15〜14億年前にかけて急激に大きくなるのは、真核生物の急速な繁栄を示すものと考えられる。こうして単細胞の真核生物が大量に繁殖する様になると、今度はこれを食糧源とする生物が進化して来る事となる。それが最初の多細胞動物なのである。海中に浮かぶ小さなプランクトンを効率よく摂食するには、1匹ずつ捕まえるのではなく海水と一緒に飲み込み、海水から濾し取って食べる方がずっと有利であろう。しかし、こうした濾過摂食をするには、食物となるプランクトンよりも体がずっと大きくなければならない。そのため多細胞の従属栄養生物が進化して来るのである。しかし、最初に多細胞動物が登場し、多様な種を生み出して繁栄するのは海底での事であった。海の表層で大繁殖した植物プランクトンは、死ぬとマリンスノーとなって海底に降り積もる。このため海底の表面は、ずば抜けて有機物の多い場所になっているのである。この豊富な有機物資源を利用する為、海底に降り積もったプランクトンの死骸を堆積物と一緒に飲み込み摂食する、堆積物食者が最初に進化して来る事になる。彼等は生きたプランクトンを利用するより、はるかに容易に大量の有機物を摂取する事ができた。こうして海底の泥の上を這い回る底生生物が、先カンブリア時代末の浅海底で繁栄する様になるのである。
最初の真核多細胞生物が出現するのは約10億年前の事で、現在、確認されている最古の多細胞生物の化石は、カナダの原生代中期(12.5〜9.5億年前)の地層から発見された紅藻に似た藻類化石である。また東シベリアの10〜9億年前の泥岩からは、細胞壁の残る植物(藻類)化石が見つかっている。これらの中には、細胞間の物質交換システムのかなり進化したものまで含まれると言う。こうした化石と合わせて、真核細胞の膜組織を特徴づけるバイオマーカー(生物指標化合物:化学的に安定な炭化水素の分子化石)の産出頻度と多様性が、13億年前頃から急増する事も知られている。これも10億年前頃の生物界での大きな変化、つまり多細胞生物の多様化と個体数の増加を示すものと言えよう。これら原生代中期の化石のほとんどは藻類や真菌類(カビの仲間)のものだが、10億年前以降の地層からは小さな動物の這い跡の化石が見られる様になる。そして、中国安徽省で発見された9億年前の線虫類様の化石が最古の多細胞動物(後生動物)とされている。原生代を通して我が世の春を謳歌して来たストロマトライトは、8億年前頃からその多様性と産出頻度を減らし、アクリタークスもこの頃に急激に衰退して行く。これは当時の海の中で、多細胞生物の登場と共に生態系が再編され、新たな生態系が生まれつつあった事を示しているのかも知れない。
原生代末のヴェンディア紀(約6.2〜5.5億年前)になると、多様な多細胞生物が出現し、多細胞生物の生態系が形づくられる様になる。その当時の不思議な生物化石が、オーストラリア南部エディアカラヒルズの浅海〜潮間帯の堆積物から最初に発見されたエディアカラ動物群で、オーストラリア中西部・南西アフリカ・イングランド・スウェーデン北西部・ウクライナ・モスクワ北東域・北シベリア・イラン・インド・中国・ニューファンドランド西部・アメリカ東部など世界各地から産出している。この時代の特徴は、それまでのフィラメント状のものに加えて、薄くペラペラなシート状の生物が繁栄していた事であった。エディアカラ動物群の化石は、いずれも肉眼で見える大きさで中には体長が1mを越す巨大なものまでいたが、どれもクラゲの様に薄く柔らかい体の生物で、木の葉の様な形のものや三つ巴の模様を持つものなどもいた。しかしその大きさに反して、エディアカラ動物には体を支える骨格や口・肛門をはじめ体内器官の痕跡が全く認められず、その多くは運動能力のない底生生物で、現生生物中に対応する仲間も見当たらない。動物なのか植物か、あるいはどのように生活していたのか全く謎の生物群なのである。実際、エディアカラの化石には死ぬ前に動いた痕跡がまったく認められず、動物にしては動きがなさすぎると言う。エディアカラ動物を、現生の生物群やその祖先に当てはめようという試みは、環形動物や刺胞動物など一部の少数例を除いて成功していない。彼等は、肺や腸そして心臓などの循環器官系を進化させる事なく、表面積を増して体のサイズを大きくする事に成功した生物で、従来の生物とは異なった系統の生物群と考えられるのである(ベンドビオンタ、ベンドゾア界とも呼ばれる)。そして、シート状の表面積の大きな体制は、体内に大量の光合成藻類や化学合成細菌などを共生させる為のもので、エディアカラ動物はそれらの微生物に生活の場を提供する宿主であった可能性も指摘されている。またエアマットの様に体を仕切るのは、粘菌や大型有孔虫など巨大化した単細胞生物が体形の保持のために良く用いる方法で、彼等も単細胞生物であった可能性も有ると言う。この不思議な生物群がヴェンディア紀末に絶滅した後、顕生代に入ってカンブリア紀最初のトモティ期に、トモティ動物群と呼ばれる硬い殻を持つ最古の動物が出現する。これは大きさがわずか1〜5mmの、管状・トゲ状・キャップ状・カップ状・板状など様々な形状をした微小化石(有殻微小化石動物群:SSF)で、今日ではそれが体長数cmにもなる蠕虫状動物の体の一部を覆う硬質部品であった事が分かっている。その一つ、中国で発見されたミクロディクチオンは全長8cm、10対の脚のような細い付属肢を持ち、その脚と胴体の結合部分の真上にリン酸塩の蓋が左右対ではめ込まれていた。またグリーンランドで発見されたハルキエリアは全長7cmの蠕虫状で、平たく縦長の胴体は多くの形の異なる骨片(多いものでは2000個以上)で覆われ、前後両端には良く目立つ殻が付いていた。その後、次のアトダバニ期には三葉虫やシャミセンガイの仲間の腕足動物、アーケオキアタ類(古杯類)など体骨格の発達した生物が出現、バージェス動物群に代表される多細胞生物の大適応放散、カンブリア爆発へと続いて行くのである。エディアカラで見つかる生物化石は30種程度であるが、カンブリア紀にはそれらと類縁関係のない1万種近い生物が一挙に出現する事になる。
(注)後生動物に見られる硬組織の起源はトモティ動物群に始まるわけだが、生物がカルシウムイオンを体内に取り込む時には、リン酸塩鉱物(リン灰石)と炭酸塩鉱物(方解石・アラレ石)を作る場合の2種類があり、このうち最初に現れたのは前者の方でトモティ動物群では2/3がリン酸塩鉱物になっている。ところが、次のアトダバニ期以降は炭酸塩殻生物が多数を占める様になり、カンブリア紀初期に硬組織を構成する鉱物の交代が起こっていたのである。これは当時の海洋環境と関係し、先カンブリア時代後期の氷河作用と地殻変動により、深海から湧昇してきたリン酸塩に富む水塊が広域にリン酸塩を堆積させ、トモティ期の浅海底に棲む生物にリン灰石殻の形成を促した為と考えられる。(2-48)
(注)アーケオキアタ類(古杯類):三葉虫が大繁栄する以前のカンブリア紀前期に繁栄した最初の有殻生物で、直径10〜25mm、高さ80〜150mmのコップ状の炭酸カルシウムの殻を持ち、暖かい浅海で群生して礁を作っていた。
原生代末のエディアカラ動物群と、バージェス動物群に代表されるカンブリア紀の生物では、その種類の多さだけではなく行動や形態にも大きな違いが存在する。実はエディアカラでは、はっきりした捕食動物の化石が1つも発見されていないのである。海底に這い跡を残す多細胞動物が現れたのは原生代後期、約10億年前頃であった。エディアカラでも多くの生痕化石が残されているが、そのほとんどは堆積物の表面を這い回った生物のもので、現在の様な堆積物中を深く掘り進むタイプの生物は先カンブリア時代を通してほとんど知られていない。ところが古生代に入ると、海底面から10cm以上深く掘り下げられた生痕化石が、世界中から頻出する様になるのである。恐らく、ミミズの様に泥の中を掘り進みながら海底の堆積物を食べて有機物を得る生物が、古生代に入って急激に現われたものと思われる。最近では、この様な生痕化石の出現をもって顕生代の始まりとされる事も多い。しかも、こうした生痕化石は古生代に入った直後の同時期に世界的規模で、掘り込む深さを一気に海底面下10cm以上にまで増大させていると言う。これは大型の肉食動物が出現し、その攻撃を逃れる為に泥の中深く潜りこむ様になったのではないかと推測されている。エディアカラの砂岩層に軟体部をもつ化石が保存されたのは、1つには当時の酸素濃度が低く死体の分解がゆっくり進んだ事と、海底の砂地に潜って生活する生物がおらず、化石を含む地層が乱される事が少なかった為と思われる。またカンブリア紀には、三葉虫や貝の様に硬い殻で身を包んだ生物が多数現れるが、これも捕食者から身を守る為の進化と考えられている。実際、ヴェンディア紀とカンブリア紀の境界付近から産出する、1cmにも満たない小型の有殻生物化石の硬い殻の表面には、しばしば他の生物によってあけられたと思われる孔が認められると言う。またカンブリア紀の三葉虫化石の中には、捕食動物によって食いちぎられた様な傷跡を持つものも発見されている。しかも傷の周囲が盛り上がり治癒の跡も見られる。ところがエディアカラの時代には、体が柔らかい組織でできた軟体性の生物がほとんどで、しかも生存中に傷つけられた化石は1つもないと言う。これらの事は、原生代末のエディアカラの時代には、まだ多細胞動物を捕食する肉食動物が出現していなかった事を示すものと考えられている。エディアカラの生物達は捕食される心配もなく、海底に横たわり、あるいは波にゆられて平和に暮らしていたのだろう。そして、肉食の捕食者が初めて登場するのはカンブリア紀に入ってからの事である。凶暴な捕食者のいない平和な楽園、「エディアカラの園」は原生代の終わりと共に終焉し、顕生代は肉食の多細胞動物の出現によって幕が開けられたのである。
(注)炭酸カルシウムの骨格には、体液の酸性度の上昇を抑えるという生化学的な役割もある。例えば、潮干帯に生息する多くの有殻軟体動物は、エラ呼吸できない干潮時には代謝を酸素呼吸から発酵に切り替えるが、この時できる乳酸による酸性症から生体を守る為に石灰殻を溶出して体液を中和すると言う。また、動物の消化管内に寄生する線虫類は、周囲の酸性度が高くなると体内に蓄えた炭酸塩の微粒子(方解石)を使って体液の中和を図る。
(注)エディアカラ動物群が繁栄していた当時、海底はシアノバクテリアのマットで広く覆われていたと言う。これを食べる動物が出現してマットが破壊された形跡がないのである。そしてエディアカラ動物群のような軟体性動物の印象が残されたのは、微妙な堅さを持つこのマットで海底が覆われていた為とも言われる。
こうしてカンブリア紀には、バージェス動物群のアノマロカリスの様な体長60cmもある巨大な捕食動物が、海中を自由に泳ぎ回る様になった。そして、この肉食の捕食動物の進化によって、今日に通じる複雑な生態系が完成する事になるのである。例えば、バージェス頁岩の奇妙な動物達は豊富な生態的地位を棲み分け、複雑な群集構造を形成していた事が分かっている。バージェス動物群は、119属140種(全属の37%は節足動物)からなり、その生息場所から海底と海中に棲む2つのグループに大きく分けられる。圧倒的多数を占めていたのが底生種と海底近くで生活する種で、彼等は水深90m未満の浅海底で生活していたと考えられている。節足動物のマルレラの様に砂や泥の上を歩き回ったり、鰓曳虫類のオットイアの様に海底に穴を掘って隠れ棲むものもいた。もう1つのグループは、アミスクウィアやオドントグリフスの様に、淀んだ海底から離れた海中を遊泳しながら生活していた少数の生物である。また、バージェス動物群を摂食様式で分けると、次の4つのグループに分類する事ができると言う。
@ 堆積物を摘まみ取って食べる動物
(大半が節足動物、全個体数の60%、全属の25〜30%)
A 堆積物を濾過して食べる動物
(大半は硬組織を持つ軟体動物、全個体数の1%、全属の5%)
B 懸濁物食者
(大半が海綿類で水層から食物を直接取込む、全個体数の30%、全属の45%)
C 肉食者と死肉食者
(大半が節足動物、全個体数の10%、全属の20%)
このように、バージェス動物は様々な生態的地位を巧みに棲み分け、その後の地質時代の世界とも良く似た複雑な生態系を形成していたのである。
以上をまとめると、多細胞生物は約10億年前の海の中で登場するが、植物と動物で異なる道を歩む事になった。植物の場合、多細胞化は海の中ではあまり進まず、本格的な細胞分化を伴った多細胞植物が進化して来るのは、4億5000万年前に陸上に進出して後の事である。 一方、動物は海中で多細胞化を急速に押し進めて行った。まず、植物プランクトンの繁栄によって海底に降り積もった有機物を、堆積物と共に濾過摂食する多細胞動物が最初に誕生する。彼等は原生代後期に出現し、海底に様々な這い跡の生痕化石を残す事になった。また原生代末には、体内に光合成藻類や光合成細菌を共生させていたのではないかと考えられる、不思議なシート状のエディアカラ動物群も出現する。そして5億4500万年前の顕生代に入ると、今度はこれらの多細胞動物を捕食する肉食の大型動物が進化して来る事になる。つまり、食物連鎖の頂点に立つ捕食者は古生代に入って初めて登場するのであり、これによって海の中に植物プランクトンを基礎とする食物連鎖のピラミッドが完成し、複雑で多様性に富む生態系が誕生するのである。こうして、古生代には今日的な生態系が形成されて生物の多様性が一気に拡大し、肉眼で見える大型の多細胞動物が大量に出現する事になった。即ち、最初の多細胞生物の大適応放散であるカンブリア爆発が起こるのである。この時には1万種にも及ぶ大量の種が一度に出現し、生物界の多様性が一挙に拡大したわけだが、この原因の1つは捕食者の出現にあった。捕食者の存在が特定の種による生態系の独占を制限し、他の種のために空間を開放する事により、種の多様性を増大させる事は先に見た通りである。捕食動物の出現によって、様々な種が相互作用し合う複雑な生態系が作り出され、多様な多細胞生物が進化して来る事になったわけである。
ところで、有能な捕食者となるには2つの条件を満たす必要がある。1つは獲物の位置を正確に捉える為の優れた感覚器と、そこからの情報を素早く処理する脳、つまり精巧な神経系の発達である。もう1つは、獲物を捕える為の俊敏な運動能力で、この為には高性能な筋肉組織とそれを支える呼吸・循環系の充実が不可欠であろう。さらに硬い殻を持つ獲物に対しては、強力なアゴや殻を溶かす化学物質の分泌器官などが必要となる。これらは酸素呼吸能力の発達に大きく依存している。複雑な機能を持つ大型動物が古生代に入ると同時に急激に出現した背景には、原生代末期に於ける海水中の溶存酸素量の増加があったと推測されるのである。(2-21)
先にも述べた様に、性と生殖は本来別のものであり分離する事が可能である。性とは遺伝子組換えの為のメカニズムであり、生殖は新しい個体を作り出す事で、両者の目的は初めから異なっているのである。性を伴わない無性生殖は分裂によって増殖する生物に特徴的なもので、アメーバの分裂、あるいはヒドラの出芽による群体形成などでは、遺伝子の組換えは起こらず親と全く同じ遺伝子セットが子に伝えられる。逆に生殖を伴わない性も、単細胞生物ではありふれた事である。バクテリアは、ある個体から別の個体へ性繊毛を介して遺伝子を送る事ができるが、この遺伝子伝達は生殖とは関係がない。原生生物も生殖とは無関係に遺伝子の組換えを行う事ができる。例えば、ゾウリムシでは性は接合によって行われるが、増殖は分裂により無性的に行われている。ゾウリムシは大・小2種類の核を持つが、接合すると代謝をコントロールしている大核は消失し、小核は減数分裂と通常の分裂を行って8個の半数体の小核を作り、このうち7つは消失、残った1つの小核が再び分裂して静止小核と移動小核を形成する。2匹のゾウリムシが接合すると、移動小核は接着した囲口部に出来た細胞質の連絡を通って相手の細胞内に入り、静止小核と合体(受精)して各細胞内に2倍体の新しい核を作る。この合一した小核がさらに分裂して大核と小核を再生し、そして接合を完了した2個体のゾウリムシは分離する。ここでは生殖は起こらず、ただ性があるだけである。
このように性と生殖は本来、別個のものであるが、有性生殖ではこの両者が結び付き一体化する事になる。この有性生殖は、複数の染色体を管理する核のシステムと、有糸分裂のメカニズムを進化させた真核生物の登場によって初めて可能になったもので、単細胞の真核生物である原生生物の段階からその萌芽形態が観察される。しかし、有性生殖が普遍的に見られる様になるのは、多細胞生物になってからである。多細胞生物の生殖では、1つの細胞が分離する事なく分裂を繰り返して多細胞の個体が形成される。特に、細胞分化の進んだ複雑な多細胞生物では、1つの受精卵からの秩序だった発生過程が不可欠である。したがって、多細胞生物の総ての細胞が持つ遺伝子の組換えを行う為には、最初の1個の細胞の時期を措いて他には不可能なのである。この為、多細胞生物では生殖時に遺伝的組換えが行われる事となった。つまり、生殖の為だけに1倍体の配偶子を生成し、2つの配偶子が合体・受精してできた受精卵が胚発生をして多細胞の個体を作り出すという、お馴染みの有性生殖が完成するのである。こうして、胚発生をする多細胞生物の出現によって初めて、性と生殖の統一が当り前の事となった。今日、大多数の植物と動物が有性生殖によって繁殖しており、現存する複雑な多細胞生物は実質上すべて、有性生殖によって進化して来たと言う事ができるのである。
ところで、有性生殖の基礎となっている有糸分裂は、原生生物によって進化させられて来たと考えられる。原生生物は、有糸分裂の方法で変異が極めて大きい。例えば、渦鞭毛虫は典型的な染色体を欠き、分裂時にはヒストン・タンパクを持たないDNAが核膜に結合していると言う。また細胞分裂も多様で、湖や池に棲む巨大アメーバのペロミクサの様に直接核が分裂するものから、典型的な有糸分裂を行うものまである。こうした事から、有糸分裂は原生生物類で進化し、幾つかの系統に分かれて行ったと考えられる。そして典型的な有糸分裂を完成させ、さらに減数分裂と受精による有性生殖を進化させた系統の中から、動物・植物・菌類の多細胞生物が生まれて来たのだろう。他方、アメーバやミドリムシ・トリパノソーマなど多くの原生生物の系統では、減数分裂・受精のサイクルを進化させる事なく今日に至っているのである。
また性は環境が悪化した時に、単独で生活していた1倍体細胞が融合して2倍体になる事から始まった。つまり最初は同じ細胞同士が合体していたわけで、配偶子が形成される様になっても初めは同形配偶子で、後に形・大きさ・行動・性質などで何等かの差がある異形配偶子が進化して来たものと思われる。そして多細胞生物になると、異形配偶子の最も極端な形である精子と卵子が完成し、それに伴って性の分化が明確になって行く。こうして、オスとメスの2つの性による有性生殖が完成するのである。これは、有性生殖の為だけに特殊化した配偶子を作らなければならない多細胞生物にとって、配偶子を鞭毛を持ち運動能力の優れた精子と、運動能力はないが発生に必要な多くの栄養分を持つ卵子に分化させた方が、受精と発生の効率を高めるのに有利だったからであろう。また性の種類が、ゾウリムシなどの繊毛虫類やキノコの仲間の様に多数あるのではなく、オス・メスの2種類が普遍的となったのもこの事と関連していると思われる。
単細胞の真核細胞から多細胞生物が誕生するのは、それまで細胞分裂により2つの独立した単細胞の個体となっていたものが、分裂後も分離する事なく一塊となり、多細胞の集合体を形成する事から始まったと考えられる。従って最初は、多細胞の個体を構成する細胞はすべて全く同じ細胞だったはずである。 ところが、多細胞化によって栄養や太陽光を効率的に得る事が出来る様になると、自らは栄養活動を行わず周囲の細胞から必要な栄養を貰って生きる、特定の機能に特化した細胞の分化が可能となる。これが、様々に分化した細胞で構成された多細胞生物が進化して来る基盤と成っている。
多細胞生物では、1個の細胞が分裂を繰り返す事で新たな個体が生み出される。しかし、その為に繰返し分裂を行うには、多くのエネルギーと細胞を作る材料が必要となる。そこで、大量の栄養分を細胞内に蓄え巨大化した生殖細胞が、まず分化してくる事になるのである。初めは総ての細胞が、分裂・増殖して新しい多細胞の個体を生み出す能力を持っていたと考えられる。しかし、生殖を専門とする細胞が出現すると、体細胞の方は分裂能力を失いあるいは制限され特殊化して行く。こうして多細胞化によって、栄養活動は行わず分裂・増殖に専念し子孫を残す事を専門とする生殖細胞と、栄養活動と個体の維持を専門とし分裂能力を喪失した体細胞の、2種類の細胞に分化して行く事になる。つまり多細胞化は、栄養部と生殖部への分化から始まるのであって、「群体から多細胞生物への進化の中で最初に分化して来るのは生殖部」(3-18) なのである。その後、体細胞の方はさらに分化が進み、様々な形態の細胞を進化させて、多細胞生物の複雑な組織や器官を生み出す事になる。他方、生殖細胞は異形配偶子の卵子と精子を形成し、オス・メス2つの性を分化させて有性生殖を完成させるのである。
多細胞化の進展と生殖細胞の分化の様子は、緑藻類ボルボックス(オオヒゲマワリ)目の群体性の一群に見る事ができる。ボルボックスは淡水中で、たくさんの細胞が集まって美しい球状の群体を形成して生活している。群体を構成する個々の細胞は、2本の鞭毛と1個の大きな葉緑体を持つ、動物と植物の両方の性質を備えたクラミドモナス様の細胞で、ボルボックス目の中でも比較的単純なものは、この細胞が単にたくさん集まっただけといった体制をしている。しかし、より進化したものではクラミドモナス様の細胞の他に、それとは非常に異なった型の細胞を持つものが現れて来るのである。例えば、最も単純なオルトマンシエラ属では、4つのクラミドモナス様の細胞がゼラチン質の基質中に1列に並び、ゴニウム属では4〜6個の細胞が平板上に並んで鞭毛をゲル基質の一方の側にだけ出している。また、パンドリナ属は16個、ユードリナ属では32〜64個の細胞が規則正しく並んで球を形成している。ただ、これらの属では細胞分化が進んでおらず、総ての細胞が有糸分裂によって新しい群体を作り出す事ができる。ところが、ボルボックス目の中でもより進歩した体制を持つプレオドリナ属やボルボックス属では、群体内で細胞タイプの分化が起こり、生殖細胞が体細胞から分化して来る。つまり、生殖できる細胞が限られて来るのである。プレオドリナ・カリフォルニカでは、後部にある細胞だけが生殖機能を持ち、前部の細胞は体細胞としての機能しか果たさない。この割合は通常5:3で、1つの群体は128個か64個の細胞からなる為、大きい方の群体では80個の生殖細胞と48個の体細胞を持つ事になる。ただし生殖細胞は、それが大きくなり分裂して新たな子孫を作るまでは、外見的にも機能的にも体細胞と区別がつかない。またボルボックス属では、生殖細胞として新しい個体を作れるのはほんの少数の細胞だけで、ほとんどを体細胞が占める。その中でも単純な種では、プレオドリナ属と同様に生殖細胞は分裂を始めるまで体細胞と区別できないが、ボルボックス属の中でもより複雑な種、例えばボルボックス・カルテリでは、体細胞と生殖細胞の役割は完全に分担され細胞の形も全く異なって来る。約2000個の小さな体細胞は、2本の鞭毛を外側にして球形の群体の表面を取り巻き、体細胞よりはるかに大きな約16個のゴニジアと呼ばれる生殖細胞がその内側に入っている。生殖細胞は鞭毛を持たず、個体の運動性など体細胞的な機能に寄与する事もなく、完全に生殖の為だけに特殊化しているのである。そして、生殖細胞が新しい個体を作る為に分裂をしている時には、すでに次の世代を生む生殖細胞は脇に取り置かれ、ボルボックスの個体が成熟すると、生殖細胞は11〜12回(うち1回は次世代のゴニジアを作る不等分裂)無性的に分裂して小型の成体を作る。ただ、これらの若い球形個体は実際には裏返しの状態で、体細胞の鞭毛は内側を向きゴニジアは球体の外側にある。これを表向きに直す為に、球体の上端に穴を開け、そこから外側に巻き上げる様にして反転させる。この反転は、若い個体の中にびん形をした細胞の一群が出現し、細胞骨格で細胞を変形させる事により行われる。この表返しの過程が終了すると若い群体は親から離れ、一方親の群体は老化して死んでいく。実は、「ボルボックス目は、死ぬ最初の生物のひとつであるともいわれている」(4-22) のである。この生物の死と多細胞化との興味深い問題については、次の項で取り上げる事にしよう。このようにボルボックスの中でもより単純な種は、どの細胞も独立して生存し種を存続させる事ができるわけで、群体性の生物と考えられる。しかしボルボックス・カルテリは、互いに依存し合う2種類の異なる細胞(体細胞と生殖細胞)から成る、真の多細胞生物と言う事ができよう。彼等にとって、種の存続の為には体細胞と生殖細胞の両方の細胞が不可欠なのである。
以上、見て来た増殖は有糸分裂によって行われる無性生殖であり、ボルボックス目は主にこうした無性的な分裂によって増殖しているが、配偶子を形成して融合するという有性生殖を行う事もある。この時、大きな卵子と小さく運動性を持つ精子という2種類の異形配偶子が形成される。つまり、クラミドモナスに於ける同形配偶に対して異形配偶が行われているわけで、卵子と精子そしてオスとメスの2つの性は、多細胞化のごく初期の段階で出現した事が考えられるのである。この卵子と精子が受精して2倍体の接合体を形成し、それが減数分裂して新たな1倍体の個体が誕生し親から離れて行く。また、この有性生殖は環境の悪化とも深く結び付いている。一年中安定した環境の池や湖では、オスやメスのボルボックス・カルテリの個体を見つけるのは困難だが、日に照らされた水たまりなどで短期間高温にさらされると、体細胞が性誘導タンパク質を合成して無性の個体を有性に転換させる。そして、それぞれ卵子および精子を持つ子供が作られ、この有性個体が交配して接合体を形成するのである。この接合体は休眠して長い乾燥期を生き延びる事ができる。こうして夏の強い太陽の下、せいぜい2週間しかもたない様な雨水の水たまりの中でボルボックスは現れ増殖し、そして水温の上昇と共に有性の個体を作り、有性生殖をして厳しい乾燥下でも生き残れる接合体を形成して、子孫を確実に残して行くのである。
多細胞生物は、いつかは老化して死を迎える。我々にとって死は、避ける事のできないものである。しかし生物界全体を見渡してみると、生物と死は決して不可分のものではない。原核生物のバクテリアは、食物不足や薬物等による事故死はあるにしても、老化して死ぬ事はない。彼等は、条件さえ許せば無限に分裂して増殖して行く。バクテリアには本来、寿命というものはなく、いわば無死なのである。多細胞生物の個体にとって死は不可避であり、不死の個体などは考えられないが、不死の細胞はバクテリア・アメーバ・ガン細胞など、幾らでも存在するのである。地球上に誕生した初期の生命には、老化による死、自然死はなかった。それが進化と共にいつしか生命は限られた寿命を持ち、死が不可避なものになってしまったのである。では何時から生命は死ぬ様になったのだろうか。これには幾つかの説がある。生命が性を持つ様になってから、死と不可分になったというもの。あるいは、2倍体即ちディプロイド細胞が出現してから分裂能力に制限を受け、有限回数しか分裂できなくなり寿命を持つようになったというものなどである。しかし、ここでは多細胞化と深い関係がある事を指摘しておこう。
バクテリアは条件さえ許せば、猛烈な勢いで分裂して増殖する。彼等は無限に分裂を繰り返して死ぬ事はなく、その分裂を制限するのは食物の量など外部環境だけである。ところが多細胞生物になると、外部要因だけではなく生物内部の要因によっても制限を受ける様になる。例えば、肝臓の細胞は再生力の強い事で知られており、手術などで肝臓の一部を切り取っても、すぐに肝細胞が分裂・増殖して元の大きさに戻る事ができる。この性質があるおかげで、生体肝移植も可能なわけである。しかし驚くべき事に、元の大きさにまで肝臓が回復すると、それまで盛んに分裂を繰り返していた肝細胞の分裂がぴたりとやみ増殖は止まる。ここには何等かの、細胞分裂を促進したり制限する巧妙なメカニズムが存在しているのである。またヒトの体内には、全く分裂しない細胞も数多く存在している。例えば、赤血球は分裂しない分化した細胞の典型で、核を完全に失った分裂能力ゼロの細胞である。その他、脳の神経細胞、心臓の心筋細胞も分裂しない細胞の代表である。多細胞生物では、個々の細胞が自由勝手に分裂し、増殖して行く事はもはや許されない。1つ1つの細胞は、個体を構成する細胞社会の中で特定の役割を果たし、その秩序を守る為に様々に分化すると同時に分裂を制限される様になったのである。多細胞生物のほとんどは、受精卵から胚発生の過程を経て生まれて来る。この発生過程で、様々の複雑な構造や器官が形成されるわけだが、それは個々の細胞の分裂に制限を加え、コントロールする事によって初めて可能になるのである。
原生動物を除いた他の総ての動物を後生動物と総称し、そこから海綿動物を除外したものが真正後生動物で、これには腔腸動物から脊椎動物に至るすべての多細胞動物が含まれる。この中には、腔腸動物(刺胞動物:クラゲ・サンゴ虫・ヒドラ、と有櫛動物:クシクラゲなど)の様に、回転対称の体制を持つ放射相称動物もあるが、後生動物の多くは左右対称の左右相称動物である。この左右相称動物は、口と肛門のできる順序からさらに前口動物(節足動物・軟体動物・環形動物など)と後口動物(脊椎動物・ホヤ類・棘皮動物など)に2分される。両者は口のでき方だけではなく卵割の様式も全く異なり、それぞれらせん卵割と放射卵割と呼んでいる。前口動物のらせん卵割では、割球の発生運命の確定性が高く、卵割によって生じる細胞の発生運命が細かく決められている(モザイク的発生)。その為、胚からある細胞(群)を取り除くと失われた部分は回復する事ができず、発生して来た個体の体からその細胞(群)の予定運命に見合う部分が欠損した、部分胚ができてしまう。また左右相称動物は、体腔(動物の体壁と消化管との間の空所)のあり方からも分類される。前口動物の最も原始的な仲間が原体腔類であるが、その中の偽体腔類(体表に分泌した硬いクチクラの外骨格を支えに体液だけで満たされた大きな隙間を作った仲間)の個体発生では発生運命の確定性が特に強く、この仲間の成体の器官はその構成細胞の数までが決まっていると言う。つまり卵割期の割球は、将来何に成るかという発生運命だけではなく、一生の間に分裂する回数までもが予め決められているのである。例えば、線虫は体長1mmほどの線形動物だが、成体の体細胞は総てが非分裂性の細胞で構成されており(生殖細胞は分裂性)、この仲間のC.エレガンスは、体が透明な事から合計1076個の体細胞すべての発生系譜が調べられている。ここでは総ての細胞の運命が、その分裂回数まで初めから決定されており、その中には死が予定された131個の細胞(プログラム細胞死)も含まれている。一方、放射卵割をする後口動物では、前口動物ほど発生運命の確定性は高くなく調節的傾向が強い(調節的発生)。しかし、発生過程に於いて個々の細胞の運命が決定され、その分裂が制限されて行くのは同じである。これは考えて見れば当然で、多細胞生物では個体を構成する個々の細胞の分裂をコントロールする事によって、初めて様々な器官の大きさや形が決まり、それを維持する事が出来る。分化した個々の細胞が好き勝手に分裂すれば、個体としての統一性は失われ、生命秩序は崩壊して個体は死に至る事になろう。実は、多細胞生物の細胞が持つ分裂のコントロール・制限を失った細胞がガン細胞なのである。この事を考えれば、多細胞生物に於いて個々の細胞の分裂を制限する事が、いかに重要な意味を持っているか分かるだろう。
(注)モザイク的発生は、他の細胞との接触や細胞分裂時に非対称に配分された細胞質決定因子に完全に支配された発生で、1つ1つの細胞の運命がその位置とは無関係に細胞系譜だけで自律的に決められる。従って、分離された割球は胚内におけると同じ部分へと発生する。一方、調節的発生では拡散性の誘導シグナルに完全に支配され、細胞運命は系譜とは関係なく、他の細胞との相互作用により胚内の位置関係で集団的に決まる。このため、適切な相互作用がない分離された細胞では正常な運命の発生ができない。ほとんどの生物はこの2つの方式を組み合わせて使っているが、哺乳類は細胞質決定因子を持たず、初期発生は完全に調節的である。
このように、個々の細胞の分裂を促進したり制限して微妙にコントロールする事によって、初めて複雑な諸器官の発生が可能になる。また見方を変えると多細胞生物の発生は、極めて強い分裂能力を持つ1個の受精卵が分裂を重ねると共に様々な体細胞に分化し、次第に分裂能力を失いあるいは分裂を制限されて、非分裂細胞になって行く過程と捉える事もできよう。こうして、分化した体細胞から分裂能力を奪っていく事によって、多細胞生物の体は形作られて行くのである。我々の体内には、神経細胞や心筋細胞の様に全く分裂しない細胞も存在するが、他方で毎日大量の体細胞が作られている事も事実である。体内では、日々膨大な数の細胞が失われると同時に、それに見合う数の細胞が毎日作り出されている。特に活発な細胞増殖を行っているのは、消化管上皮・皮膚・造血組織・精巣などで、例えば赤血球は1日に2000億個、好中球は700億個、小腸上皮細胞は700億個の細胞増殖が行われていると言う。しかし、この大量の体細胞を生産しているのは幹細胞という未分化の細胞で、それが分裂・増殖すると共に次第に特定の形や機能を持つ体細胞へと分化し、生体内で特定の役割を果たす成熟細胞となるのである。幹細胞は分裂・増殖を繰り返すが、分化した成熟細胞はもはや細胞分裂は行わず、必ず寿命があり短期間で役目を終えて死んで行く。つまり分化した体細胞は、基本的に細胞分裂をしない、死をまぬがれない非分裂細胞なのである。発生過程の中で分裂能力を失い、特定の機能を果たす様に分化した細胞が体細胞と言う事ができよう。この体細胞の対極にあるのが生殖細胞である。生殖細胞は、命を次の世代へと永遠に受け継いで行く為に、特定の機能を持つ細胞に分化する事なく、分裂能力を持ち続けた細胞なのである。ボルボックスで見た様に、体制の単純な群体を作るものでは全細胞が分裂可能であるが、多細胞化の進展と共に分裂能力を喪失する細胞が現れ、分裂可能な生殖細胞と分裂能力を失った体細胞とに細胞分化して行くのである。
(注)幹細胞の分裂では同じ種類の娘細胞ができるのではなく、異なる2個の娘細胞が生じ、一方だけが最終的に分化し、他方は幹細胞として残る事になる。こうして皮膚・消化管上皮・血球細胞など、特定の細胞種を補給し続けるのである。
我々の見慣れた胚発生をする多細胞生物と異なり、独特の多細胞化に成功した生物に細胞性粘菌類がある。これは10億年以上も前に行われた、もう1つの多細胞化の驚くべき進化実験の生き残りである。この一風変わった生物の無性的生活環では、それぞれ独立した1倍体のアメーバ(真のアメーバを区別して粘液アメーバと呼ばれる)として腐食した木材に棲み、バクテリアを食べて2分裂によって増殖している。ところが食物が不足してくると、何万もの粘液アメーバが細胞の流れを作りつつ一点に集合して円錐状に盛り上がり、横に曲がって長さ2〜4mmのナメクジ様の偽変形体(グレックス)を形成する。この偽変形体はねばねばした足跡を残しながら這いまわり、移動を終えると前部の細胞(全細胞の15〜20%)が下方に移動して柄となり、後部の細胞を上に持ち上げ子実体を形成する。そして柄の上に持ち上げられた細胞は胞子細胞となり周囲に散乱される。こうして放出された胞子は環境が好ましくない間は休眠を続けるが、状況が改善すると成熟して、その1つ1つが新しく粘液アメーバとなって単細胞の生活に戻るのである。ところで、この子実体が形成される時、細胞は生殖細胞の胞子と体細胞の柄に分化するわけだが、驚いた事に柄に分化した方の細胞は分裂能を失い死んでしまう。こうした1倍体の単細胞でも、集合して多細胞化すると生殖細胞と体細胞への細胞分化が起こり、体細胞に分化した細胞は分裂能力を奪われ死を運命づけられる事になるのである。
(注)細胞性粘菌の多細胞体には、分化・細胞選別・形態形成物質の勾配によるパターン形成など、高等動物と共通する発生機構が見られ、特に形態形成における細胞運動に関する有用なモデルとなっている。
単細胞・群体・多細胞生物という進化の各段階を含むボルボックスは、死ぬ最初の生物でもあった。多細胞化が進み、生殖細胞と体細胞がはっきり分かれる様になったボルボックスの仲間では、生殖細胞が分裂して小型のボルボックスを作り親から放出されると、分裂能力のない体細胞から成る親の群体は老化して死んでしまう。こうして多細胞化の始まりと共に、生物界に避けがたい死というものが登場するのである。多細胞生物は、生殖細胞と体細胞の分化によって出現する。体細胞は、多細胞生物を構成する細胞社会の秩序を守る為に細胞分裂の能力を奪われ、それによって死を運命づけられたのである。他方、生命を次の世代に受け継ぐ任務を担わされた生殖細胞は、無限の分裂能力を維持し、祖先が持っていた不死の性質をそのまま引き継ぐ事になった。体細胞で構成された個体は死ぬけれども、その生殖細胞は無限に分裂を繰返し、生命の火を永遠に受け継いで行くのである。
多細胞生物では、個々の細胞が分裂を制限される様になる事を見て来たが、そればかりではなく生きる事自体を否定される場合もある。それはアポトーシスと呼ばれる細胞の自殺で、驚いた事に多細胞生物の細胞は、その遺伝子の中に自殺の為のプログラムを持っているのである。従来、細胞死というと、火傷や毒物などの生理・化学的要因、ウイルス感染などによって起こる、病理的細胞死であるネクローシス(壊死)の事を意味していた。しかし1972年に、ネクローシスとは全く異なる形態的変化を示す細胞死が発見されたのである。それは遺伝子に支配されて整然と遂行される細胞死で、アポトーシスと名付けられた。つまり細胞死には、ネクローシスとアポトーシスの2種類が存在するわけである。
この両者では、その細胞死の形態が全く異なる。ネクローシスでは、細胞質にあるミトコンドリアの膨潤から始まり、これにリン酸カルシウムが沈着してエネルギー源であるATPの生産能力が失われる。その結果、細胞膜のイオン(Na+、K+)輸送系が働かなくなり、浸透圧の制御能が失われて細胞内に大量の水が流入し細胞が膨化する。そしてリソソームの酵素が遊離し、細胞が溶解して内容物が流出するのである。こうして細胞溶解が起こると、流出した内容物に引かれて白血球が集まり、その周辺で炎症反応が引き起こされる。これがネクローシスの特徴的経過である。他方、アポトーシスでは、細胞膜と核内の構造変化を伴う細胞サイズの縮小から始まる。これはネクローシスで見られる細胞膨化とは正反対の、最も特徴的な形態学的変化の1つである。そして、細胞表面に存在する微絨毛も消失して表面が平滑になり、生きている細胞とは明らかに異なる形態となる。また、核内ではクロマチンの網状構造がなくなり、核膜周辺に半月状に凝縮(核濃縮)すると核の構造は失われ一様な状態となる。こうした変化に伴って細胞表面にふくらみが生じ、やがて核や細胞に大小の突起ができ、それがちぎれて細胞は断片化し、膜で包まれた大小の球状の小胞(アポトーシス小体)に分解する。そして、このアポトーシス小体は、マクロファージや近隣の細胞に取込まれて貪食除去される事になる。この為、ネクローシスとは異なり炎症は見られない。このようにアポトーシスでは核の変化が著しく、細胞質はミトコンドリアなどの小器官も含めて比較的変化が少ないのである。
(注) アポトーシスには、活性のない前駆体として作られ、同じ仲間の酵素によって切断される事で活性化するプロテアーゼ(タンパク分解酵素)のファミリーが関わっている。そして、アポトーシスを誘導するシグナルに応じて活性化したプロテアーゼは、周囲の前駆体を切断して活性化、こうして生まれた活性プロテアーゼがさらに多くのプロテアーゼを活性化するという連鎖反応が起こり、爆発的に増えた活性プロテアーゼにより細胞内の多数のタンパク質が分解され、細胞は速やかに死に導かれる事になる。
細胞自身が自殺のプログラムを持つというと不思議な感じもするが、実はこのアポトーシスは多細胞生物を生み出し維持して行く上で、なくてはならない極めて重要なものなのである。実際、発生途上の組織や成体の組織で起こるアポトーシスの数は驚くほど多く、例えば成人の骨髄と腸では、まったく健康な細胞が1時間当たり数十億個も死んでいる。個体発生の過程に於いても、アポトーシスは欠く事のできない役割を果たしている。我々の体は、胚発生の特定の時期に、特定の組織の形態形成が行われて初めて正常に形成されるわけだが、こうした形態形成では活発な細胞増殖や分化と共に、特定の部位の細胞が特定の時期にアポトーシスを起こして除去される事で、固有の形が作り出されているのである。これをプログラム細胞死と呼んでいる。良く知られている例が発生過程での指の形成で、我々の指は1本ずつ分かれているが、発生の初期には1つのまとまった突起に過ぎない。それが発生のある時期に、指と指の間の細胞がアポトーシスを起こしてなくなり、指が形成されるのである。オタマジャクシがカエルになったり、昆虫が変態する時にもアポトーシスが深く関っている。オタマジャクシの尻尾や鰓、その他の不要になった器官はプログラム細胞死によって除去され、新たに必要な器官が形成される。こうした変態過程で、オタマジャクシの体の実に半分以上の細胞が排除されると言う。尻尾の部分には皮膚・筋肉・脊索などの組織があるが、変態の開始と共に細胞死が起こり、数日で分解・吸収されてしまう。神経系の形成に於いても、アポトーシスは極めて重要な役割を果たしている。神経細胞(ニューロン)の生成は胚発生の初期の神経管形成から始まり、必要量よりはるかに多く作られるが、脳神経系の形成過程で次々と細胞死し、半分以上の神経細胞が除去されると言う。ニューロンの数が増えるのは誕生までで、出産以後は減る一方なのである。神経系の発生段階での細胞死は、ほとんどがシナプス形成時に起こり、ニューロン相互のシナプス形成がうまく行かない時に発生する。こうして、不要なニューロンが細胞死によって除去される事で、複雑な神経ネットワークが形成されるのである。また免疫系でも、アポトーシスは重要な役割をしている。各種免疫細胞の成熟・分化過程、並びに免疫細胞が実際に働く過程の多くで、アポトーシスによる細胞死が広範に生じているのである。その他、DNAに傷を受けた細胞やウイルスに感染した細胞を除去する事によって、ガン化の抑制や細胞集団の秩序を維持する役目も果たしていると考えられている。(4-23) (4-24)
(注) 動物細胞にとっては他の細胞からのシグナルが生存のために不可欠で、こうした生存因子がないとアポトーシスで死んでしまう。このように生存に他の細胞からのシグナルを必要とする結果、細胞は必要な場所と時でのみ生きられる様になっている。発生途上の神経細胞は、標的細胞の出す生存因子を求めて軸索を伸ばすが、その量はすべての神経細胞を賄うには不充分で、一部の神経細胞はアポトーシスの抑制ができず死んでしまう。こうして余分な神経細胞は自動的に除去されるのである。(4-15)
ここで見た、非分裂性細胞やアポトーシスなどは、多細胞化によって初めて出現したものである。単細胞生物では理由もなく自発的に分裂を止める必要はないし、ましてや自殺プログラムを持つなど全く無意味である。単細胞から多細胞生物へと進化する中で、個々の細胞は細胞社会の一員としてその秩序を維持する為に、様々な制限を受ける様になったのである。単細胞時代の様に、勝手気ままに分裂・増殖する事はもはや許されず、場合によっては生きる事自体も許されないという事になった。というより細胞社会全体の為には、進んで積極的に死んで行く様になったと言うべきかも知れない。このアポトーシスと非分裂性細胞の出現によって、かって不死だった細胞の世界に死が導入されたのである。以後、死は生物にとって避けられない当然の現象となって行くのである。
生物はなぜ老化するのだろうか。これはいまだ未解決の問題で、多くの老化学説が唱えられているが、それらはエラー説とプログラム説に大きく2分する事ができる。エラー説は、老化の原因を生体内に蓄積された修復不可能なエラーに求める考え方で、このエラーが蓄積して個体を維持できなくなる限界が寿命という事になる。一方、プログラム説では、老化を誕生から成熟までの過程と同様に、生得的な遺伝的プログラムによって引き起こされると考える。つまり、DNAの中に老化の情報が書き込まれており、寿命も遺伝子の中にプログラムされていると見るのである。確かに、アポトーシスでは細胞の自殺プログラムが遺伝子の中に書き込まれているわけだから、老化の遺伝プログラムが存在しても不思議ではない。しかし、アポトーシスが多細胞生物の体を作り、個体としての生命秩序を維持して行く上で必要不可欠の重要な役割を果たしているのに対し、個体の老化や寿命をあらかじめプログラムしておく必要やメリットがそうあるとは考えられない。他方、我々の周囲には細胞に障害を与える、放射線・紫外線・病原菌・化学物質など様々な要因が多数存在している。そして、これらのものから体を守る為に、生物が極めて複雑なシステムを進化させて来た事も厳然たる事実である。例えば、我々はDNAにできたエラーを修復する機構を持っているが、もしそれがなければ急速にエラーが蓄積して、もっと短期間しか生きられない事は間違いないのである。ここではエラー説の立場から、老化と寿命について見て行く事にしよう。
(注) DNA複製時の誤りを校正する誤対合修復タンパク質の1つを作る遺伝子の変異が原因で、ある種の大腸ガンになりやすくなる事がわかっている。また、紫外線によって2個の隣接したチミン塩基が共有結合で結びつき、チミン二量体を形成する事があるが、色素性乾皮症の患者はその修復にかかわるタンパク質の遺伝子に欠陥がある為にチミン二量体を除去できず、皮膚ガンを含む重度の皮膚障害を引き起こすと言う。
実は個体の寿命には、いろんな指標との相関が知られている。例えば、様々な哺乳類の最大寿命と、体重・脳重・性成熟年齢などとの関係を両対数グラフに表わすと、ある直線の周りに分布すると言う。つまり体重や脳重の大きいほど、性成熟年齢の遅いほど長命になる傾向が存在するのである。寿命が体重などと一定の関係にあるという事実は、寿命が遺伝プログラムによって任意に決められたものではない事を示していると言えよう。特に体重は寿命だけではなく、生物に関る様々な時間との間に深い関係がある事が知られている。心臓が鼓動する時間間隔を、ネズミ・イヌ・ゾウなどの色々な動物で測り、その体重との関係を調べて見ると、驚くべき事に体重の1/4乗に比例すると言う。即ち、動物の時間は体重の1/4乗に比例するという関係があるのである。この1/4乗則は、動物の時間に関る様々な現象に非常に広く当てはまると言う (2-35)。例えば、動物の寿命、成長や性成熟に要する時間、胎児が母体内にいる時間、呼吸や心臓が鼓動する間隔、腸が蠕動する時間、血液が体内を一巡する時間、異物が体外に排出される迄の時間、タンパク質の合成から分解までの時間、等々。動物の時間に関する現象が総て体重の1/4乗に比例するなら、時間に関係するものを2つ選んで割り算すると、体重の項が消去されて体重によらない数値が出て来る。例えば、呼吸の時間間隔を心臓の鼓動時間で割ると、息を1回吸って吐く間に心臓が鼓動する回数が分かる。これは哺乳類ならサイズによらずみんな同じで、4回になると言う。寿命を心臓の鼓動時間で割ると、一生の間に心臓が鼓動する回数が求まり、これも哺乳類なら総て同じで20億回という計算になる。同様に、寿命と呼吸の時間間隔から、一生の間に約5億回呼吸する事が分かる。これも哺乳類なら種類によらずほぼ同じ数値になる。動物の寿命はそのサイズによって大きく異なり、ネズミの数年に対し、ゾウは100年近い寿命を持っている。ところがゾウもネズミも、一生の間に心臓が拍動する回数、呼吸する回数は同じなのである。つまり、体重が軽く寿命の短いネズミなどは、時間当たりの心拍数が多く、また忙しなく呼吸している事になる。
ではどうして、1/4乗則が動物の時間に関る現象にこのように広く当てはまるのだろうか。それはどうも、動物の代謝量と関係しているようなのである。我々動物は食べた食物を酸素で酸化して、生存に必要なエネルギーを得ている。しかも、炭水化物・脂肪・タンパク質の栄養素によらず、酸素1リットル当たり発生するエネルギー量はほとんど同じで20.1 kJ(キロジュール)になる。そこで、酸素消費量を使ってエネルギー消費量を測定する事が広く行われているのである。絶食して安静にしている時のエネルギー消費量を標準代謝量(維持代謝量)と呼んでいるが、これは個体が生命を維持して行くのに最小限必要な基本的エネルギーで、普通は単位時間当たりの酸素消費量、つまり代謝の速度(代謝率)で表わす。ゾウからネズミまで様々な大きさの恒温動物の標準代謝量を調べ、横軸に体重、縦軸に標準代謝量をとって両対数グラフにすると、不思議な事にどの点もほぼ一本の直線の上に乗って来ると言う(ネズミからゾウの関係)。これを式で表わすと
Es = 4.1 W3/4 ・・・・・・@ (Es:標準代謝量、W:体重)
つまり、標準代謝量は体重の3/4乗に比例するのである。これを体重1kg当たりのエネルギー消費量にすると
E/W = 4.1 W−1/4 ・・・・・・A
となり、体重1kg当たりのエネルギー消費量は体重の1/4乗に反比例する事になる。つまり、小さい動物ほど体重当たりのエネルギー消費量が大きく、ネズミの組織1kgは、ゾウの組織1kgよりエネルギー消費量がずっと多いのである。実際、エネルギーを生産する細胞内小器官のミトコンドリアは、小さい動物の細胞ほど多く含まれている。さらに細胞呼吸に必要なチトクロムも、小さい動物ほど高濃度で存在すると言う。また、タンパク質合成の目安となるRNA量も、小さい動物の細胞の方が多い。先に、寿命をはじめ動物の時間は何でも、体重の1/4乗に比例する事を見た。これを式にすると
T = a・W1/4 ・・・・・・B
そこで、A式とB式を掛け合わせると、体重と無関係な量が出て来る。
T・E/W = 4.1a = k(一定) ・・・・・・C
つまり、その時間に使う体重1kg当たりのエネルギー消費量は、体重によらず一定となるのである。例えば、哺乳類では心臓が1回拍動する間に消費されるエネルギー量は、体の大きさに関係なく1kg当たり0.738 J(ジュール)であり、また一生の間に使うエネルギー総量も15億Jと一定なのである。寿命は動物によって大きく異なる。しかし不思議な事に体重1kg当たりで見ると、一生の間に使うエネルギー量は寿命の長さに関係なく一定なのである。標準代謝量がなぜ体重の3/4乗に比例するのか、その理由はよく分かっていない。しかし、この3/4乗則は恒温動物だけではなく、変温動物さらには単細胞生物にも当てはまると言う。ただ比例係数が違っているだけである。(2-35)
恒温動物 Es = 4.1 W3/4
変温動物 Es = 0.14 W3/4
単細胞生物 Es = 0.018 W3/4
これを見ると、単細胞生物から多細胞生物へ、そして変温動物から恒温動物へと進化するに従い、標準代謝量は約10倍ずつ増加して来た事が分かる。しかし標準代謝量は、恒温動物と変温動物、脊椎動物と無脊椎動物、あるいは多細胞生物と単細胞生物に関係なく、総て体重の3/4乗に比例するのである。先程のC式を変形すると
T = k/(E/W) ・・・・・・D
これから最大寿命は、1kg当たりの標準代謝量(比代謝率)に反比例する事が分かる。実際、代謝の低い動物ほど寿命が長く、同じ属でも冬眠するものは非冬眠性のものより長寿命な事が知られている。例えば、冬眠をするシマリスの寿命は12年で、ほぼ同じサイズのラットやマウスの4〜5倍にもなる。そして冬眠の間は体温が37℃から6℃まで下がり、1分間に500回近くあった心拍数も7〜8回にまで減少すると言う。以上の事から、次の様に言う事が出来るだろう。体の小さい動物ほど、体重1kg当たりの標準代謝量が大きい。つまり代謝の速度が早い。ところが組織1kg当たりで見ると、一生の間に使われるエネルギー総量は同じで、このため代謝速度の早い小さな動物ほど寿命は短くなり、反対に代謝速度の遅い大きな動物は長命という事になる。結局、一生の間に代謝される体重1kg当たりのエネルギー総量の上限が決まっている事が、動物の寿命を限界づけているわけである。では何故、このような限界があるのだろうか。これをうまく説明できるのが、最近注目されている活性酸素である。
(注)寒冷環境に対応した低代謝状態が冬眠で、安静時に対する冬眠時の基礎代謝率は小型種で10%以下、クマ類でも35〜70%程度という。
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冬眠時の変化 |
体温(℃) |
心拍数(回/分) |
呼吸数(回/分) |
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シマリス |
37→5 |
400→10 |
200→5 |
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アメリカクロクマ |
37〜39→31〜35 |
40〜50→10 |
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冬眠は、小型種の低温環境への適応手段という性格を持っている。現生哺乳類4800種中、冬眠するのは200種ほどだが、そのうち約100種は小型の翼手類、約50種は齧歯目のリス科だという。この冬眠の進化によって、多くの哺乳類が寒冷地に進出する事が可能となった。
(注)ウミガメが200年以上も生きると言われる様に、海の動物の多くは長命だが、これは海中に棲むほとんどの魚や無脊椎動物の体温が5℃近くに維持され、代謝のペースが低い事と関係すると考えられる。
活性酸素というのは水や酸素から生成する酸素より活性の高い分子の事で、非常に反応性に富み、周囲の分子から辺りかまわず電子を奪って酸化する。この為、過剰に存在すると生体分子の機能を阻害する有害分子で、別名、毒性酸素とも呼ばれ最近はガンや老化の原因として注目されている。活性酸素は、水に放射線を照射した時などに生成する。水の分子式はH2Oであるが、OとHはそれぞれ1個ずつ電子を出し合ってペアとなり、強い安定な結合(共有結合)を形成している。そこに放射線が当たるとO−H結合が切れ、対を作っていた2個の電子は引き離されて、・Hと・OHという2つのフリーラジカル(遊離基)が生成する。これらは対を作る相手のない電子(不対電子)を持ち、電子が2個ずつ対を作っている普通の分子よりも活性の高い分子や原子となるのである。・Hは水素原子そのものだが、・OHはヒドロキシラジカルといって最も活性の強い活性酸素である。また、この他に放射線によって水から叩き出された電子が近くの酸素分子に捕えられて、スーパーオキシドアニオンラジカル(O@)と呼ばれる活性酸素も生成する。さらに、O@同士が反応して出来る過酸化水素(H2O2)も活性酸素の1つである。この他、一重項酸素(1O2)と呼ばれる活性酸素もある。これは、メチレンブルーの様な色素の存在下で酸素に光を照射すると、酸素が光を吸収してより高いエネルギー状態に励起し、2つある不対電子が一緒になって互いのスピンを打ち消し合い、スピン量子数がゼロの一重項状態となったものである。普通の分子では、逆向きのスピン(1/2と−1/2)を持つ2つの電子が対を作って打ち消し合い、スピン量子数はゼロとなっている。ところが、不対電子が1つあると打ち消し合う事ができず、電子のスピンの値の1/2がそのまま残り、また酸素の様に同じ方向を向いた2個の不対電子を持つ場合には、1/2と1/2の合計でスピン量子数は1となる。このスピン量子数の合計がゼロの場合を一重項、1/2の場合を二重項、1の場合を三重項と呼んでいる。
(注)スピン:素粒子が静止状態で持つ角運動量で、h/2πの整数倍か半整数倍の飛び飛びの値をとり、それに応じてボゾンとフェルミオンに分類される。電子・ニュートリノのレプトンや陽子・中性子・クォークなど物質粒子は1/2((h/2π)/2の意味)、重力以外の力を媒介する光子・弱いゲージボゾン・グルーオンは1、重力を伝えるグラビトンは2のスピンを持つ。(h:プランク定数)
実は、これらの活性酸素は放射線だけではなく、動物の体内でも生成されているのである。細胞は食物を燃やす事(酸化)によってエネルギーを得ている。これが呼吸であり、細胞の中のミトコンドリアで行われている。これを化学式で表わすと
C6H12O6 + 6O2 → 6CO2 + 6H2O + エネルギー
つまり、ブドウ糖を酸化して二酸化炭素と水に分解する際に、エネルギーが得られるのである。ところが、この呼吸の過程で酸素が還元されて水分子になる時に、否応無しに活性酸素も生成されるのである。その過程を詳しく書くと (4-25)
e- e- e- e-
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O2 → O@ → H2O2
→ ・OH → H2O
2H+ H+ ↓ H+
H20
こうして酸素は、呼吸鎖から次々と4個の電子(e-)を受け取り水に還元されるわけだが、その第一段階でスーパーオキシドアニオンラジカル(O@)が生成し、次に2個目の電子を受け取って過酸化水素(H2O2)、さらに3個目の電子を受け取ってヒドロキシラジカル(・OH)という具合に、3つの還元過程で3種類の活性酸素が生成するのである。体内で生成する活性酸素の量は呼吸で吸い込んだ酸素の1〜3%、大人で1年間に2kg以上のO@が生成されると言う。このように、酸素を使う呼吸代謝では必然的に毒性の強い活性酸素が生成されるわけだが、生物はこれらの毒性酸素を消去する酵素を体内で合成する様に進化して来た。スーパーオキシドアニオンラジカル(O@)に対してはスーパーオキシドジムスターゼ(SOD)、過酸化水素に対してはカタラーゼやグルタチオンペルオキシターゼという酵素を作り出して、それぞれ消去したり無毒化する方法を獲得したのである。しかし、これらの酵素で除去されずに残る活性酸素は、生体に毒性を発揮する事になる。特に・OHはそれを消去する酵素が存在せず、しかもO@や過酸化水素に比べてずっと活性が強いため、一旦体内で生成されると激しい毒性を示す。また、体の重要な構成成分である脂質中の不飽和脂肪酸に・OHや1O2が作用すると、過酸化脂質や過酸化脂質ラジカルなどの活性体が生じる。これも活性酸素に劣らず有害で、酸素と関連した毒性の活性種という事で、広い意味で活性酸素の仲間に入れられている。これらの活性酸素は酸素よりもずっと酸化力が強く、細胞膜・タンパク質・核酸に障害を与え、なかでも・OHは活性が最も高く、DNA鎖を切断したり塩基と結合してDNAを障害する。このような障害が蓄積する事で、老化が進行すると考えられるのである。
このように、呼吸で取込んだ酸素が代謝の過程で毒性の強い活性酸素を生成し、それによる障害が体内に蓄積して老化をもたらすというのが老化フリーラジカル説で、今日注目されている老化学説の1つである。そして、この老化の進行によって個体は死を迎える事になり、寿命が決まるのである。この老化フリーラジカル説によると、先に見たD式
T = k/(E/W)・・・・・・D
つまり、最大寿命は比代謝率に反比例するという関係がうまく説明できる。活性酸素はエネルギー代謝の過程で必然的に生成されるわけだから、体重1kg当たりで生成される活性酸素の量は、代謝速度に比例するはずである。従って、D式の関係は次の様に言い替える事ができる。最大寿命は、体重1kg当たりで生成される活性酸素の生成速度に反比例すると。これは、老化のフリーラジカル説そのものである。以上の事から、次の様に考える事ができよう。生物には、代謝で生成される活性酸素による障害が年と共に蓄積して行くが、その量には単位体重当たりで生体が生きて行く事が可能な、最大許容限度が存在するはずである。この障害は、生成する活性酸素の量が多いほど大きくなると考えられるから、これを活性酸素量で置き換えてもいいだろう。すると、活性酸素蓄積の最大許容限度量を、活性酸素の生成速度で割ったものが寿命という事になる。また、活性酸素の生成速度は、代謝の速度に比例するわけだから、ここから直にD式の関係を導き出す事もできるわけである。
(注) 実際、代謝速度の高い動物ほど突然変異率も高くなっている。例えば、サメの突然変異率は世代時間の良く似た哺乳類より7〜8倍も低いが、代謝速度も同じ大きさの哺乳類に比べ5〜10倍低いと言う。(4-26)
(注)摂取カロリーを減らすと動物の寿命が延びる事は昔から知られている。
(注)線虫でdaf-2という長寿遺伝子が発見されている。この遺伝子に突然変異があると通常2〜3週間の寿命が2倍以上に延びるという。線虫はエサ不足や高温など厳しい環境に置かれると成長を止め代謝を抑えて耐性幼虫になるが、このときエネルギー消費の抑制や成長の停止に関わっているらしい。さらに耐性幼虫では活性酸素の分解酵素の活性が高くなるが、通常はdaf-2がこれらの酵素の量を抑えている。線虫ではこれ以外にも生命活動の速度が遅くなり寿命が延びる遺伝子群も見つかっている。
(注)早老症のウェルナー症候群は、DNAの二重鎖をほどく酵素のDNAヘリカーゼの遺伝子異常で起こる事が分かっている。この遺伝子に異常があると紫外線や酸化ストレスで傷ついた細胞の修復がうまく出来ず、老化が早く進むのだという。
(注) ショウジョウバエで1つの変異遺伝子を持つ、35%も長生きする変異体がとられているが、このメトセラ変異体は寿命が長いだけではなく、高温・飢餓・酸化的ストレスに対する耐性が有意に高いと言う。
活性酸素による障害によって老化が起こるという老化フリーラジカル説によると、体重と寿命の関係、あるいは比代謝率と寿命の関係がうまく説明できた。では何故、同じ様に障害が蓄積するはずの単細胞生物は不死なのか。先にも述べた様に、我々の体には盛んに分裂を繰り返している細胞と、分裂をやめてしまった非分裂性細胞とがある。そして皮膚や造血組織では、細胞分裂によって毎日大量の細胞が生み出されると同時に、同じだけの細胞が死んで排除されているのである。こうして生まれた体細胞は、それぞれの機能に合わせて分化すると共にその分裂能力を失い、そして、その役割を果たすと次々に死んで行く。例えば、ヒトの白血球は12時間、赤血球は120日程しか生存できない。この大量に死んで行く体細胞を補充する為に、日々大量の細胞が幹細胞の分裂によって生み出されているわけである。それに対して、自然死する事のないバクテリアなどの単細胞生物は、条件さえ許せば無限に細胞分裂を繰返して増殖して行く。つまり、細胞分裂を続けて行く能力の有無が、生と死を分けているのである。細胞は分裂をやめた時、老化が始まり死が避けられなくなるのである。
では、多細胞生物の個体の場合はどうか。多細胞生物は、分裂性細胞と非分裂性細胞の2種類の細胞から成り立ている。ただ、非分裂性細胞といっても元は受精卵という1個の分裂性細胞に由来するわけで、ある時点までは分裂性の細胞であったという事ができる。この分裂性細胞がいつ非分裂性細胞に変わるかは、その細胞が属する組織によって異なっている。例えば、神経細胞や骨格筋の細胞は、胎児の間は分裂するが生まれた後には分裂しない。骨格筋の筋肉細胞はただ太って大きくなるだけである。腎臓のネフロン細胞や心筋細胞も、誕生する頃までは分裂するがその後は分裂しない。一方、肺胞細胞や腸絨毛細胞は誕生後も分裂を続け、性成熟する手前で分裂を停止する。また血球細胞や内分泌細胞、脳のグリア細胞などは、生殖期を過ぎても分裂を続ける。これらの違いは、その細胞の属する組織や器官の形成、および生理的機能の発達と関係があると考えられる。腎臓のネフロン細胞が赤ちゃんの頃までで、そして肺胞細胞が10才頃には分裂をやめる事などは、腎機能や肺活量の生理的機能の発達と関係している。また神経細胞は胎児期で分裂をやめるが、これも脳の形成と関係している。神経細胞は発生過程で多量に作られ、その半分以上がアポトーシスによる細胞死を起こす。こうして不要な細胞が取り除かれる事で、神経細胞の複雑なネットワーク、つまり脳神経系が形成されるのである。この神経のネットワークが、情報処理や記憶など、脳の機能を生み出している事は言うまでもない。そして幼児期には、脳の基本的な形成は完了してしまうのである。神経細胞が生後は分裂・増殖しないのは考えて見れば当然で、もし脳神経系が完成した後も分裂・増殖を続けたならば、多くの細胞を犠牲にして作り上げた神経のネットワークを、ずたずたに破壊してしまう事になるからである。神経細胞は、それが有効に機能する為には、決して細胞分裂をして増殖してはならないのである。骨格筋の筋肉細胞が誕生後は分裂しないのも、この神経細胞とシナプスを作って神経系と深く結び付いている為と思われる。筋肉細胞が好き勝手に分裂・増殖すると、胎児期に形成された神経と筋肉との連携のネットワークを乱してしまう事になろう。
(注) 骨格筋細胞は、発生中に700〜800個の単核の筋母細胞が一列に並んで融合し、細長い多核細胞(幅0.1mm、長さ数cm)として形成される。そして、一旦分化した多核細胞は細胞分裂する事はない。ただ、筋組織も外傷などで一部が失われるとある程度は再生するが、これは未分化の衛星細胞が新たに分化する為で、既存の筋細胞が分裂するのではない。
このように多細胞生物の体細胞には、個体の秩序を維持して行く為に、分裂する事が許されない細胞が多く存在している。そして、このような非分裂性細胞が個体の寿命を規定する事になるのである。我々が個体の死を、心臓の停止や脳死で判定している事は象徴的である。筋肉細胞・神経細胞のどちらもが非分裂性細胞であり、その機能停止が個体の死に直結している。つまり個体の死を代表しているのは、分裂性細胞ではなく非分裂性細胞なのである (4-27)。これまでの所をまとめると次の様に言えるだろう。バクテリアの様に無限に分裂を繰り返す単細胞生物は、老化する事も自然死する事もない。最初に原核生物として誕生した生命は、老化や死とは無縁だったのである。ところが多細胞生物が進化し、生殖細胞と体細胞への細胞分化によって非分裂性の体細胞が出現すると、生物に老化と寿命という特徴的な現象が現れる様になった。つまり本来は無限に分裂できる不死の細胞に、様々な分裂制限・分裂抑制の機構が付け加えられて来たというのが、細胞の進化史なのである。そして細胞寿命はその結果に過ぎない。こうして、死は生命にとって不可避のものとなった。分裂能力を失った体細胞が死を免れぬ事になった一方で、生殖細胞は生命本来の不死の性格を引き継ぎ、無限に分裂を繰り返して生き続け、生命の火を受け継いで行く事になったのである。
では何故、分裂を続ける細胞は不死なのに対し、分裂をやめた細胞は老化して死んで行くのだろうか。細胞が老化するのは、活性酸素などによりDNAやタンパク質が障害を受け、これらのエラーが蓄積する事で正常な機能を果たせなくなる為であった。分裂を続ける不死の細胞にも、このエラーは同じ様に起こっているはずである。それでも老化が起こらないのは、盛んに分裂する事でこのエラーが薄められ、蓄積しない事によるのではないだろうか。エラーの起こる場所を、細胞質とDNAに分けて考えてみよう。まず細胞質でエラーが発生した場合、細胞が分裂しなければ時間と共にエラーは蓄積する事になる。しかし分裂を続けると、タンパク質も合成され分裂ごとに細胞質の量が倍になる為、障害を受け変性したタンパク質は薄められ、細胞1個当たりで見ると一定割合以上には蓄積されない事になる。例えば、単位時間ごとに分裂して倍になるバクテリアを考えてみよう。その個体数(M)は、時間を(t)とすると
M = 2t
一方、発生するエラー(R)は、細胞の量に比例すると考えられる為
R = M・r (r:1個体、単位時間当たりのエラー発生率)
蓄積するエラー(Ra)は
Ra = 20r+21r+22r+23r+ ・・・・・・ +2t-1r = r(2t−1)
よって1個体当たりのエラーの蓄積は
Ra/M = r(2t−1)/2t = r(1−1/2t)
時間(t)を無限大にすると、これは単位時間ごとに1個体に発生するエラーの発生率(r)に収束する。つまり、バクテリアが分裂を続ける限り、エラーはその発生率以上には蓄積されないのである。
では、DNAにエラーが発生した時はどうか。この場合は、DNAの異常が次世代にも伝えられる為、よりエラーが蓄積されやすく厄介である。ここで極端な例を考えてみよう。細胞が分裂するスピードと、DNAにエラーが発生するスピードが同じ場合、即ち細胞が2分裂するのに要す時間に、DNAに1つ障害が起こるとしよう。エラーが1つ発生した時には、細胞は分裂して2個になっている為、エラーが発生しても2個のうち1個は正常なDNAを持っている事になる。従って、時間がたってエラーが増えて行っても、常に1個の正常な細胞が存在する事になる。逆に言うと、エラーの発生スピードよりも細胞の分裂スピードの方が早い場合には、正常な細胞が時と共に増加して行く事になる。傍らでは、DNAの異常が蓄積して死んで行く細胞も多く有るかも知れないが、正常な細胞も確実に分裂を繰り返して増殖して行くのである。しかも実際には、DNAは様々なエラーの修復機能を進化させおり、エラーの蓄積が起こり難い様になっている。こうして盛んに分裂を繰り返す細胞は、単にエラーが蓄積するよりも早く増殖するという単純な理由で、老化とそれから来る寿命、そして死をまぬがれているのだろう。
多細胞化により生殖細胞と体細胞への分化が起こり、非分裂性となった体細胞で細胞の老化と死が出現する。こうして高度に発達した多細胞生物では、体内にある非分裂性の細胞が、個体の老化と寿命を規定する事になった。即ち、老化と死は多細胞化の進展によって初めて、生命の歴史の中に登場して来たのである。しかし、この原則に当てはまらない例外が存在する。それは原生動物のゾウリムシで、単細胞生物であるにもかかわらず細胞の老化と寿命がある。
ゾウリムシは、餌が豊富な時には2分裂の無性生殖によって増殖し、餌が欠乏すると2匹が互いに腹側を向けて接合し、小核を交換して有性生殖をする。ところが、無性生殖で分裂・増殖するには限界が存在するのである。接合せずに続けて分裂させると分裂寿命に限界があり、ゾウリムシは次第に分裂能力さらには接合能力をも失って遂には死滅してしまう。実際、ゾウリムシの飼育では、何年もの間元気に分裂を続けさせる事は至難の技という。ところが接合して有性生殖を行うと、若返って再び元気に分裂する様になるのである。ここで問題にしている老化や寿命は、無性生殖だけで殖えたゾウリムシのもので、集団全体が遺伝的に全く同じクローンである事から、クローン老化・クローン寿命という事ができる。このクローン寿命を測定するには、ゾウリムシを餌が充分ある状態に置き、接合を起こさせない様にして培養する必要がある。一度でも接合が介在すると、2世代分の寿命を測定する事になるからである。
では、クローン老化はどのように進行するのだろうか。ゾウリムシの一生は、有性生殖としての接合から始まる。これを接合しない様にして無性生殖だけで殖やして行くと、400回分裂ぐらい迄は何の変化もなく1日平均3回の分裂を続け、その時点で接合すると子孫の生存率も高い。しかし、それを越えると1日の分裂回数が徐々に低下し、接合した場合の子孫の生存率も減少して行く。500回分裂ぐらいになると1日に2回程度しか分裂しなくなり、細胞の形が異常なものも現れ始める。そして、600〜700回分裂に近くなると細胞分裂自体あまり起こらず、接合時の性的な細胞凝集も弱く子孫もほとんどが死ぬ様になり、この後、間もなくクローンは死滅してしまう。こうしたゾウリムシの老化と死は、多細胞動物のものと非常に良く似ている。多細胞動物も受精を出発点に細胞分裂を繰返して成長し、子供から性的に成熟した大人になり、老年期に入り老化して死ぬ。この経過は、ゾウリムシのクローンでも全く同じなのである。
では何故、単細胞のゾウリムシが、体制の異なる多細胞動物と同じ様な老化と寿命を示すのだろうか。実は、両者の間には重要な共通点が存在する。それは生殖系と栄養系の分離である (3-13)。次の世代を作るものを生殖系、今の世代の機能を担うものを栄養系とすると、多細胞生物では体を構成する細胞が生殖細胞と体細胞とに分かれていた。それに対し単細胞のゾウリムシでは、1つの細胞の中で核が生殖核である小核と、栄養核の大核とに分かれている。つまり、ゾウリムシは大小2種類の核を持ち、生殖系と栄養系の分離を核のレベルで行っているのである。ゾウリムシは原生生物の中の繊毛虫類に属している。 原生生物というのは、単細胞のままで細胞レベルの分化を徹底して推し進め、驚くほどの多様性を実現した生物であった。その中でも繊毛虫類は進化の著しい仲間で、細胞口や細胞肛門など様々な特殊な細胞器官を発達させて来た。この繊毛虫類の最大の特徴が、機能的に分化した2つの核、つまり大核と小核を常時持っている事で、実は、クローン老化・クローン寿命という現象を示すのは繊毛虫だけなのである (4-27)。多細胞生物と繊毛虫との生活史を比べると、そのパターンが極めて良く似ている事がわかる。繊毛虫だけがこの特徴ある現象を示すのは、核が生殖核と栄養核の2つに分離している事と関係がありそうである。ゾウリムシでは、小核と大核で役割分担が完全に決まっている。小核は2倍体で接合の為だけに存在し、この小核を取り除いてもゾウリムシは普通に生活でき、そればかりか分裂して増殖する事もできる。無性生殖には大核だけで充分なのである。しかし、有性生殖に必要な減数分裂ができるのは小核だけで、接合の時には減数分裂と有糸分裂で半数体の小核が2個作られ(静止小核と移動小核)、そのうちの1個を互いに交換する事になる。この時、大核は退縮して消滅する。小核の交換を終えると2匹のゾウリムシは離れ、それぞれ新しい個体になる。細胞に残っていた静止小核は、交換された移動小核と融合して2倍体に戻り、新しい大核がこの2倍体の小核から作られる。こうして新しい遺伝子組成を持つゾウリムシが誕生するのである。他方、大核の方はゾウリムシの生存に不可欠な代謝をコントロールしており、大核を取り除くとゾウリムシは生存できない。大核はDNA量が多く、100倍体にもなっていてゾウリムシの形質を支配しているのである。では何故、核が生殖核と栄養核に分離した繊毛虫類で、クローン老化やクローン寿命という現象が現れるのだろうか。その前に、そもそも繊毛虫類では何故、核が生殖核と栄養核に分化しているのだろうか。
繊毛虫類では、様々な細胞器官が著しく発達している。このような特殊な細胞内構造を築き上げ、それを維持して行くには、様々な種類のタンパク質を大量に合成する事が必要になったと思われる。そして、細胞のタンパク質合成能力を飛躍的に高める為に、生殖核とは別にDNA量を100倍にも増幅させた、代謝専門の栄養核が進化して来たのだろう。しかし、こうして栄養核と生殖核が分離すると、新たな問題も出て来る事になった。細胞器官を高度に発達させた繊毛虫類では、複雑な遺伝情報が必要になったはずである。その上、ゾウリムシは単細胞であるから、複雑になり量も増えたであろう遺伝子のほとんどが、常時活発に活動している必要がある。これとは対照的に多細胞生物では、各細胞が様々な機能に分化している為に、1つの細胞で発現している遺伝子はゲノムの一部分に過ぎない。このように、高度に発達した細胞内構造を維持・更新していく為に、複雑な遺伝子群が常時活発に活動するという事は、その過程でDNAにエラーが発生し、蓄積して行く可能性を増大させたと思われる。その結果、細胞の代謝を担う栄養核でのエラーの蓄積が起こり、繊毛虫類に特有のクローン老化が始まったのである。
(注) ヒトは3〜4万個の遺伝子を持つが、実際に細胞で発現しているのは共通の遺伝子が数千個と、分化した細胞に特有のものが数百個程度と言う。
しかし、この問題に対処する為の方策も、核の生殖核と栄養核への分離の中に含まれていた。普段は働かず遺伝情報を温存して子孫に伝えて行く為のDNAと、日々の生活に必要な代謝の為のDNAを分離する事で、代謝の為にフル回転で働いている栄養核にエラーが蓄積して傷だらけになったら捨て、新しい栄養核を生殖核から再生するという方法が編み出されたのである。その結果、遺伝情報の保存という制約から解放された栄養系のDNAは、高度な代謝機能を果たす事のできる自由度を獲得し、他方、生殖系のDNAは日常のタンパク質合成から解放されてエラーの蓄積を免れる様になった。使い捨てのDNAと遺伝情報を温存して次世代に伝えて行くDNA、これは多細胞生物における体細胞と生殖細胞にそのまま当てはまる図式である。こうして2種類の核を持つ繊毛虫は、クローン老化とクローン寿命という特徴ある現象を示すようになったのである。生殖核は遺伝情報を子孫に無限に伝えて行くという使命を担い、いうなれば不死なのに対し、細胞の維持の為に日々せっせと働き続ける栄養核は、徐々にエラーが蓄積して老化と寿命を持つ事になった。つまり、老化は栄養核で起こっているのである。事実、ゾウリムシで老化の指標とされているもの、例えば分裂回数の減少・細胞の形態異常・大核DNAの不等分配・DNA量の減少など、その多くが栄養核の機能と関っている。そして、接合によってゾウリムシが若返る事ができるのは、新しい栄養核が生殖核から再生される為と考えられる。また、生殖核は老化しない事を示す興味深い実験も行われている。約600回分裂して老化が進行し、接合させても子孫がほとんど生存できなくなったゾウリムシの小核を抜き取り、これをあらかじめ小核を抜いておいた40回分裂くらいの若い細胞に移植する。そして少し殖やしたのち接合させると、その子孫は高い生存率を示すのである。600回も分裂を繰り返して老化したゾウリムシの小核が、若い環境に移してやると全く正常に機能したわけである。これは細胞が分裂を重ねて老化しても、小核には障害が蓄積せず老化しない事を物語っている。
このように見て来ると、クローン老化やクローン寿命は、栄養核と生殖核という2種類の核を分化させた、繊毛虫類に特有のものだという事がわかる。事実、繊毛虫類以外の原生動物では、クローン寿命を示す様な例は見つかっていないのである。歴史的には、ゾウリムシが原生動物の代表として取り上げられ、その不死性が否定されるという経過をたどったわけだが、原生動物全体の不死性が否定されたわけではなかった。むしろ、ゾウリムシの方が例外だったわけである。実際、アメーバは餌の豊富な環境では無限に分裂・増殖するし、バクテリアも接合の有無にかかわらず2分裂で無限に殖え続ける。老化と寿命は、繊毛虫という例外を除くと、多細胞生物が進化して来て初めて出現した生命現象なのである。
ゾウリムシの生殖核は、日常の代謝活動を栄養核に任せる事によって老化を免れていた。実は、これと良く似た事が神経細胞でも起こっている。脳には神経細胞(ニューロン)以外に大量の神経膠細胞(グリア)が存在し、脳容積の約半分を占めている。実はニューロンは脳細胞の総数の約10%に過ぎず、脳はニューロンというよりグリアの塊なのである。そしてグリアは、1つ1つのニューロンを取り囲み、その活動に必要なエネルギーと物質を供給している。最も一般的な星型の星状膠細胞は、短い足をニューロンと毛細血管の両方に置き、血流で運ばれて来た必要な物質をニューロンに受け渡し、また有害物質がニューロンに入らないように監視もしている(血液脳関門)。さらにニューロンが出す老廃物もグリアが処理している。またグリアの中には、ニューロンの軸索に巻きついて絶縁体の髄鞘(ミエリン鞘)を形成し、軸索を走る電気信号のスピードを飛躍的に上げる役割をしているものもある(稀突起膠細胞)。つまりニューロンは、何から何までグリアの世話になっているのである。こうしてグリアがニューロンの代謝活動をサポートする事によって、ニューロンは極めて長い寿命を獲得する事が可能になった。神経細胞は分裂を停止した後、120年近くも生き続ける事もあるのである。そして誕生後は分裂しないニューロンに代わって、グリアは成長と共にどんどん分裂・増殖して行く。即ち、グリアの最大の特徴は分裂増殖が可能な事であって、そのため脳のガンである脳腫瘍はグリアに多い(約4割)と言う。新生児の脳重400gから成人の1300gへの増加分の多くは、このグリアの増殖によっているのである。
ゾウリムシは、有性生殖をしないと有限の分裂限界を持っていたわけだが、我々多細胞生物の体を構成する正常な2倍体細胞も、有限の分裂寿命を持つ事が知られている。1961年、ヘイフリックとムアヘッドは、ヒト胎児の様々な組織から採った25系統の細胞を培養して、約50回分裂すると増殖が止まる事を発見した。無限に分裂するのは染色体異常をきたした異常な細胞で、正常な細胞は有限回数しか分裂できなかったのである。この分裂限界の事をヘイフリック限界と呼び、これが細胞に生まれながらに備わったプログラムされたものと考えるところから、細胞老化のプログラム説が誕生した。細胞は、分裂を繰り返しながら予定の分裂限界に近づくにつれ、様々な異常が表面化して老化して行き、その必然の帰結として寿命を迎える事になる。そして個体の老化と寿命は、それを構成する細胞の老化と寿命の反映として捉えられるというわけである。実際、ヒトの胎児の肺からとった細胞は平均48回の分裂が可能であるが、26〜87才の成人の肺細胞では平均20回で分裂能力を失う。早老症のウェルナー症候群の患者の細胞では、正常細胞の2〜6割の分裂寿命しか持たないと言う。また、様々な動物の最高寿命と細胞の分裂寿命との間には、正の相関があるとも言われる。例えば、最大寿命175才くらいと推定されるガラパゴス産のカメの繊維芽細胞の分裂寿命が90〜125回なのに対し、最大寿命110才のヒトの繊維芽細胞では40〜60回。そして最大寿命3.5才のマウスでは、14〜28回の分裂寿命しか持っていないのである。
このように、細胞老化のプログラム説を支持すると思われる証拠も存在する。しかし、細胞の分裂寿命が個体寿命を決めているとするには、重大な問題がある。先にも述べた様に、体細胞にはその属する組織によって、生後は全く分裂しない細胞から性成熟の頃まで分裂する細胞、そして一生分裂を続ける細胞と様々な細胞が存在している。では何故、その中で最も長く分裂を続ける細胞の分裂限界をもって、個体の寿命が決められなければならないのか。分裂の停止によって細胞の寿命が尽きるというのであるなら、最も分裂回数の少ない細胞、即ち生後は全く分裂しない非分裂細胞の寿命によって個体の寿命が決まると考える方がずっと合理的ではないだろうか。ヒトの培養細胞でも、ヘイフリック限界が来て分裂をやめると直ちに死ぬわけではなく、その後数ヶ月も生存し、その間活発に動きまわり代謝を続ける。これは細胞分裂の停止が即その細胞の死、寿命ではない事を示している。もしそうでないなら、生後は全く分裂しない神経細胞などは、生まれた時には既に寿命が尽きている事になってしまう。個体の寿命は、ヘイフリックの言う様に分裂性の細胞ではなく非分裂性細胞、すなわち分裂によってもはや若返る事の出来なくなった細胞の老化と寿命によって、その上限が画されていると考えるべきだろう。我々がヒトの死の判定基準としている脳死や心臓の停止は、どちらも非分裂性細胞でできた器官の機能停止であった。またヘイフリック限界自体、決して固定したものではない。体組織からとった細胞の多くは、培養系に移すと繊維芽細胞の形態をとるが、どの繊維芽細胞も等しく約50回という分裂限界を持つわけではなく、系統によってかなりのバラツキが存在しているのである。例えば、東京都老人総合研究所がモデル細胞として供給する、ヒト胎児肺由来の繊維芽細胞の分裂限界は60〜85回で、ヘイフリック限界の約1.5倍もあると言う。そのうえ細胞寿命は決して普遍的な現象ではなく、動物の系統によって様々な細胞加齢のパターンが存在している。例えば、マウス胎児の繊維芽細胞を培養すると、15〜30日間活発に分裂した後一時的に分裂能力の衰える時期が来るが、暫くすると再び増殖を始め、いつのまにか染色体が増加して異数体となり無限増殖能を獲得する。カエルなどは2倍体のままで分裂を続けるし、動物によっては増殖の一時的な停滞の時期を経ずに活発な分裂が永続するように見える例も存在する。金魚の繊維芽細胞やラットの中皮細胞などは、増殖能が衰える時期なく2倍体のままで無限に培養を続ける事ができる。またマウスの場合でも、培養液に血清の代わりに適当な成長因子を加えて培養すると、2倍体のままで不死化したり、分裂限界を再現させる事も可能という。2倍体と不死化は、決して相容れない性質とは言えないのである (4-27)。このようにヘイフリック限界や細胞寿命は、決して避ける事のできない絶対的なもの、確実なものではなく、これによって個体の寿命を説明する事は困難なのである。
不死の細胞は、バクテリア・アメーバからガン細胞まで幾らでも例があり、元々生命は無限に分裂・増殖する不死の細胞として誕生したのであった。このように本来は不死の細胞に、多細胞化と共に様々な分裂制限・分裂抑制の機構を付け加えて来たのが細胞の進化史であり、細胞寿命もその中で生まれて来たものと考える事ができるだろう。
ここまで生命はその誕生当初から本来不死であって、それが進化の過程で無限の増殖能を持つ細胞に分裂を制限・抑制する機構が備わり、多細胞生物の出現とともに生物は死と寿命に直面する事になったと述べて来た。しかし翻って考えて見れば、この世界には永遠不変のものなど何一つ存在せず、足元の小石から大宇宙に至る迄、常に変化し続けている。そして総て存在するものにはまず誕生があり、その後様々な過程を経て遂には死、終末を迎える事になる。我々の住むこの大宇宙も150億年前にビッグバンによって誕生して以来、恒星や銀河そしてそれらが集合した銀河団や超銀河団と様々な構造を形成しながら、不断に膨張し不可逆的な変化を続けて来た。そして、このまま無限に膨張を続けて行くか、あるいは膨張がどこかの時点で収縮に転じて、再びビッグバン当時の極めて小さい領域に宇宙が押し込められるかして、今日我々が目にしている宇宙の構造も何時かは総て消滅して終焉を迎える事になるのである。このように見て来ると、誕生と死、そして不断の変化こそがこの世界の本質であり、生命にとっても死が不可避なのは当然と言うべきだろう。
これまで不死と表現して来た単細胞生物も、不断に分裂を繰り返す事によって初めて若さを維持しているのであり、分裂を停止した細胞は徐々に老化して死んで行かざるを得ないのである。しかし、本当は分裂する前の細胞と後の細胞では、違った細胞あるいは違った生命であって、両者は世代が異なっていると考えるべきかも知れない。そうすると、無限に分裂を繰り返し不死の様に見える細胞も、誕生後徐々に老化し分裂によって次の世代を生み出すと同時に消滅する、つまり死を迎えると考える事もできよう。分裂して次の新しい生命を生み出す迄の細胞を1世代と考えると、不死の様に見える細胞も1つ1つの世代は、老化と死を免れない事になる。生命は不断に分裂を繰返し、若く新しい生命を生み出し続ける事によって、万物は常に変化し誕生したものは必ず死を迎えるという宇宙の大原則に挑戦し、見掛け上の不死を獲得して永遠に生命を受け継いで行く事に成功したわけである。