[PR]今日のニュースは
「Infoseek モバイル」

 

第5章  進化の分子メカニズム

 


遺伝子重複による進化

 進化メカニズムの進化

 

  生物は、偶然に起こる突然変異により遺伝子が変化し、その中から有用な遺伝子が自然淘汰によって選択される事を通じて、徐々に進化するというのがダーウィン派の総合説であった。しかし、進化がランダムに起こる突然変異といった偶然に支配されているとするならば、40億年に及ぶ生命史の中で幾度となく繰返された、地球環境の大変動に即応した生物のダイナミックな進化、大量絶滅後の生命の爆発とでも言えるような急激な適応放散と進化は、起こり得なかったはずである。地球が、今日の姿からは想像もできないほどの大変動に繰返し見舞われて来た事は、先に見たとおりである。生命が地球環境の激変に直面して、偶然に起こる突然変異によりたまたま有用な塩基配列を持つ遺伝子が生まれるといった、ほとんど起こりそうもない僥倖をただ手をこまねいて待つだけという受動的な存在であるなら、進化するどころか目の前の環境変動に付いていけず、とうの昔に絶滅していたはずである。そうなれば、この地球上にはわずかの種のみが生存する、単調で多様性の乏しい生物界しか存在しなかったであろう。

  しかし生命は、ダーウィン主義者が考える様な受動的・機械的な存在ではなく、常に変化する環境に合わせて積極的に自分自身を作り変えて適応し進化して来たのであり、またその方法、メカニズムまでも作り上げて来たのである。即ち、進化のメカニズム自体をも進化させて来たわけである。ランダムに起こる方向性のない突然変異といった偶然に左右されない、合理的・効率的な進化メカニズムの存在によって初めて、生命が過去に幾度となく見せた短期間の急激な進化や、今日の生物界の驚くべき多様性を説明する事ができる。事実、DNAの塩基配列は遺伝的組換えによって、ごくまれに起こる突然変異による点変異とは比べ物にならないほど、頻繁かつ組織的にゲノムの大規模な再編成が行われている事が分かっている。今日、分子生物学の進歩により、DNAの遺伝システムの中に組み込まれた進化メカニズムの一端が、ようやく明らかになって来た。この章では、これら進化の分子メカニズムの幾つかについて見て行く事にしよう。

 

 

 遺伝子重複

 

  生物はどのようにして、新しい機能を持つ遺伝子を作り出して来たのだろうか。その最も重要な方法が、ここで取り上げる遺伝子の重複、つまり遺伝子のコピーと組み合わせの変更によるものである。これは生物が編み出した実に巧妙な方法で、新しい機能を持つ遺伝子の進化に先立ち、まず既存の遺伝子の重複によって同じ塩基配列を持つコピーを作る。この重複は幾つかのエキソンの場合もあるが、完全な遺伝子が重複した場合には、全く同じ機能の遺伝子が2個誕生する事になる。こうなると、一対の遺伝子のうち一方が正常に機能すれば、他方は変異を起こしても生物の生存にとって支障はない。こうして片方の遺伝子は、自由に変異を蓄積して新しい機能を持つ遺伝子に進化する事が可能となるのである。

  この遺伝子重複による進化には、2つの意味が含まれている。1つは、コピーを作る事で正常に機能する遺伝子を確保し、生物の生存を危うくする事なく、安全に遺伝子の進化実験を行えるという点。もう1つは、機能的な遺伝子を一から作るのではなく、今ある遺伝子の一部に変更を加えて新しい遺伝子を作り出すという点である。遺伝子DNAの塩基配列は、rRNAやtRNAを合成する時の鋳型となる事を別にすると、タンパク質のアミノ酸配列をコードしたものである。タンパク質は20種類のアミノ酸が鎖状に一列につながってできた高分子で、原子間の相互作用によってその鎖が様々に折れ曲り捻じれ合って特定の立体配置をとり、その立体構造を介したタンパク質間あるいはタンパク質と核酸との間の相互作用により、生命特有の反応が引き起こされる。つまり、タンパク質がどのような立体構造をとるかによって、その活性が決まって来るのである。そして、タンパク質の立体構造はそのアミノ酸配列に依存しているのであり、この点にこそ遺伝子がアミノ酸配列をコードしている事の真の意味が隠されている。遺伝子はタンパク質のアミノ酸配列を指定する事によって、その立体構造を決め、特定の生命活性を持つタンパク質を作り出しているわけである。しかし、どんなアミノ酸配列のタンパク質でも、活性のある立体構造を構築できるわけではない。実は、生命活性を持つ立体構造を形成できるタンパク質、つまりそのアミノ酸配列は限られているのである。従って、もし一から新たな機能を持つ遺伝子を作ろうとして変異を蓄積して行っても、偶然に有効な塩基配列、即ち活性のある立体構造を形成するタンパク質が出来上がる可能性は極めて低い。これは、ワープロのキーボードをでたらめに打っても意味のある文章ができないのと同じで、ほとんど起こり得ない事である。このため今ある遺伝子、つまり活性のある立体構造を作り出せる遺伝子の塩基配列の一部を変更したり、あるいは後で述べる様に、有効な塩基配列を色々に組み合わせて新しい塩基配列を作るという方法は、短期間で新しい機能を持つ遺伝子を進化させるには極めて有効な方法なのである。

 

 

 遺伝子ファミリー

 

  さて多くの場合、遺伝子重複によるコピーは元の遺伝子の隣に作られ、その内のどちらか、あるいは両方がさらに重複してコピーが作られていく。こうした過程が続くと、機能が少しずつ異なる遺伝子の群が、DNA上に隣り合って形成される事になる。このように、先祖遺伝子からの重複と変異によって形成された一連の遺伝子を、多重遺伝子族(遺伝子ファミリー)と呼んでいる。そのメンバーは別の染色体上に分散している事もあるが、1つにまとまってクラスターを形成する場合もある。そしてrRNAやヒストンタンパクの様に、その遺伝子産物が大量に必要とされる場合には、重複によりできた何百もの同じ遺伝子がタンデム(同方向に繰返して)に並んでいる事もあると言う。

  1つの構造遺伝子(タンパク質をコードする遺伝子)ファミリーのメンバーは、通常関連のある機能、あるいは同一の機能を果たしているが、発現する時期や細胞が異なっている場合もある。こうした遺伝子ファミリーの典型例の1つが、ヘモグロビン遺伝子である。ヘモグロビンは酸素を運ぶ赤血球の主な構成成分で、グロビンの四量体にヘムが結合したものである。総ての生物のグロビン遺伝子は3つのエキソンから成り、そのアミノ酸配列や構造の相同性から、共通の先祖遺伝子に由来する考えられている。ヘモグロビン様の分子は総ての脊椎動物とかなりの無脊椎動物にも存在するが、最も原始的な酸素運搬分子はゴカイ・昆虫・原始的な魚に見られる、約150個のアミノ酸からなる1本鎖のグロビンポリペプチド鎖である。それが約5億年前、高等魚類の進化の過程で一連の遺伝子重複と変異によって、わずかに異なる2種類のグロビン遺伝子(α鎖とβ鎖)が形成されたと考えられる。現在の高等脊椎動物のヘモグロビンは、このα鎖とβ鎖それぞれ2本ずつから成る複合体である。このα2β2複合体の4個の酸素結合部位は、互いに相互作用する事で、酸素の結合時と放出時に分子内に協同的なアロステリック変化を引き起こし、一本鎖の場合よりも効率的に酸素の取り込みと放出ができる様になった。その後、哺乳類の進化の過程でさらにβ鎖遺伝子が重複と変異を起こし、その結果ヒトのヘモグロビンは、発生初期(胚型)・胎児期(胎児型)・出生後(成人型)の段階に応じて異なる3種類の型が現れる。つまり発生の各段階でそれぞれ異なる遺伝子が発現し、異なる産物を作り出しているのである。こうしてできた胎児期のヘモグロビンは、成体のものより酸素に対する親和性が高く、母親から胎児への酸素の運搬に役立っていると言う。

  このグロビン遺伝子の進化をまとめると、最初の先祖遺伝子は3つのエキソンより成り、単一のグロビン鎖を作っていた。それが5億年前、硬骨魚の進化の時期に遺伝子重複と変異によってαとβの2つの遺伝子に分かれ、それぞれが遺伝子クラスターを形成する。最初αとβ遺伝子は、アフリカツメガエルに見られる様に同一の染色体上にあったが、約3億年前に転座(染色体の一部が他の場所に移動する事)が起こり、2つの遺伝子群が分離したと考えられる。その結果、哺乳類と鳥類では、αとβグロビン遺伝子群はそれぞれ別の染色体上に存在し、ヒトではαクラスターは第16染色体に、βクラスターは第11染色体に位置している。そしてβクラスターは5万塩基対(50 kb)の範囲に渡って、5個の機能する遺伝子と1個の機能しない偽遺伝子が飛び飛びに並び、αクラスターの方は28 kbkb1000塩基対)の範囲に3個の機能する遺伝子と3個の偽遺伝子、そして機能の不明な1個の遺伝子が並んでいる。これらの遺伝子が、発生過程の進展と共に順番に発現して行くのである。このように、総てのグロビン遺伝子は1つの先祖遺伝子が、重複と変異そして転座を繰り返す事で進化し形成されて来たものなのである。

 

 

 偽遺伝子

 

  遺伝子重複の後、変異を蓄積して行くという遺伝子の進化実験では、一方で新しい機能を持つ遺伝子が生まれる反面、コード領域に塩基の挿入や欠失が起こると以後の遺伝情報は意味をなさなくなり、活性のあるタンパク質を作れなくなってしてしまう。こうして塩基配列は正常遺伝子に良く似ているが、正常には機能できない遺伝子、つまり偽遺伝子が誕生する事になる。新しい機能を持つ遺伝子は、既存の遺伝子のコピーから作られるわけだが、偽遺伝子は言わばその進化実験の失敗作で、正常な機能を持たない死んだ遺伝子なのである。こうした偽遺伝子は、グロビン・免疫グロブリン・組織適合抗原など多くの系に存在し、通常はクラスターの近傍に散在している。大部分の遺伝子ファミリーがこのような偽遺伝子を持つと言われ、「我々ヒトを含む高等動物のDNAには、こうした遺伝子の死骸が累々としている」(5-1) のかも知れない。そして、この遺伝子の死骸には突然変異がどんどん蓄積し、遂には全く意味のない塩基配列になってしまう。すると、そこにまた別の遺伝子のコピーが作られ、再び遺伝子の進化実験が行われる事になる。こうして遺伝子の生生流転が繰り返されて行くわけである。

 

 

 超遺伝子族(スーパーファミリー)

 

  同じ遺伝子ファミリーに属する遺伝子は、互いに塩基配列が良く似ており、機能も同じか関連のあるものになっている。こうした配列の似た隣接した遺伝子間では、遺伝子変換(一方の配列で他方の配列を置き換える)が頻繁に起こり、その結果、遺伝子クラスター全体が配列を交換し合う様になる。こうなると個々の遺伝子が単独で進化する事は困難になり、クラスター全体が一群となって進化する様になる。ところが重複の後、転座によって遺伝子が別の場所に移ると、新たな場所でコピーを増やして独自の進化を遂げ、機能的にもかなり違った新たな遺伝子ファミリーの形成が可能となる。こうして1つの先祖遺伝子から重複・変異・転座を繰り返す事によって、多数の独立した遺伝子ファミリーが形成されて行くのである。こうして出来た様々な機能を持つ遺伝子ファミリーのグループの事を、超遺伝子族(スーパーファミリー)と呼んでいる。我々ヒトを含む高等動物のDNAには、しばしばこの様な超遺伝子族が見られ、むしろ超遺伝子族を形成していない遺伝子グループの方が少ないと言う。免疫グロブリン超遺伝子族は、こうしたスーパーファミリーの典型例で、次にこれについて見て行く事にしよう。

 

(注) 遺伝子変換は最初に酵母や菌類で見つかり、今では多くの真核生物で起こる事が分かっている。これは減数分裂時に組み換えが起こり、1つの対立遺伝子が他の対立遺伝子に変換されて失われる為と考えられている。

 

 

 免疫

 

  我々の体内を流れる血液中には、2種類の細胞成分が含まれている。そのうち圧倒的多数を占めるのが赤血球で、血液1mm3中に約500万個存在し、酸素と二酸化炭素を運んでいる。もう1つが白血球で、病原菌や異物の侵入から我々の体を守る免疫担当細胞である。こちらの方は、血液1mm3中に50008000個ほどで赤血球の0.1%程しかない。以外な感じもするが、実はこの白血球の方が赤血球よりも広く動物界に分布しており、進化的にも白血球から赤血球が分化して来るのである。その為、無脊椎動物では血球に呼吸色素を持つものはなく、色素は血漿中に浮遊した状態で存在し、酸素運搬能力も劣ると言う。従って、昆虫の血球などは白血球に相当するのである。

  さて、白血球はさらに3種類に分けられる。白血球の約60%を占める顆粒球(顆粒の染色性から好中球・好酸球・好塩基球に分類される)、約35%を占めるリンパ球、そして残り5%の単球である。単球は、血液中を流れて組織にたどり着くと大食細胞のマクロファージとなる。元々、生体防御細胞の始まりはこのマクロファージで、これが多細胞動物の進化の過程で、顆粒球とリンパ球に分化して行くのである。これらの白血球は、その機能から2種類の防御細胞系に分類される。一つは顆粒球とマクロファージの、細菌や異物を食作用で取込んで処理する食細胞系である。顆粒球は、通常血液1mm3中に36004000個含まれるが、体に炎症が起きるとこの数が1〜2万にも増え、白血球の90%以上を占めるまでになる。このため顆粒球の増加は、肺炎や扁桃腺炎、虫垂炎などの診断のサインになっている。また顆粒球は、細菌を食べたあとは自爆して死んでしまうが、こうして細菌との戦いに果てた顆粒球の累々たる死骸が膿なのである。もう一方の防御細胞系が抗原抗体反応を引き起こすリンパ球系で、この両者は、対象となる異物の大きさによっても分業がなされている。ブドウ球菌や連鎖球菌といった粒子の大きな細菌に感染すると、食細胞系の顆粒球やマクロファージが急増し、反対にウイルスや異種タンパクなど粒子の小さいものが体内に侵入すると、リンパ球の数がぐんと増えると言う。「小さすぎて顆粒球やマクロファージが食べて処理できないものに対して、リンパ球が働くのである」。恐らく「リンパ球の発生は、多細胞生物へと進化する過程で、微小な異物に対処するため」(5-2) に起こった進化と考えられる。

  また免疫は、先天性免疫と獲得免疫(後天性免疫)の2つに大別する事もできる。先天性免疫は異物の侵入以前から免疫能力を持っているが、獲得免疫は抗原の刺激によって初めてそれに特異的に反応する機能細胞が増殖分化して来るものである。これを担当する防御細胞の側から見ると、食細胞系が先天性免疫、そしてリンパ球系が獲得免疫に相当する。食細胞による先天性免疫は、総ての後生動物が持つ言わば原始的な免疫機構で対象を区別せずに作用する。一方、獲得免疫は抗原特異的で、脊椎動物になって特に発達したものである。獲得免疫はさらに、抗体産生を伴う体液性免疫と、リンパ球自身が抗原を攻撃する細胞性免疫とに分かれるが、両者ともに抗原特異性を示す。普通、免疫というと、抗原特異的な免疫応答を起こすこの獲得免疫の事を指している。免疫グロブリンというのは、体液性免疫においてリンパ球が作り出す抗体の事で、ここで取り上げる免疫は抗原特異的なリンパ球系の獲得免疫の事である。

 

 

 免疫グロブリン超遺伝子族

 

  免疫学は、感染症から回復した人が二度と同じ病気に罹らない、つまり免疫ができるという観察から始まった。このことからも分かる様に免疫はその対象が高度に特異的で、例えば一度はしか(麻疹)に罹った人は、はしかのウイルスには免疫になるが、おたふく風邪(流行性耳下腺炎)や水ぼうそう(水痘)など他のウイルスには効果がない。このような特異性が、免疫応答の大きな特徴なのである。免疫系は、脊椎動物を微生物や寄生虫の感染から守る為に発達して来たものであるが、この免疫応答は自身のタンパク質と外来のものを個別に識別するという、極めて精巧な防御機構となっている。ウイルスなど外来の異物は抗原として認識され、免疫応答が引き起こされるわけだが、免疫系は非常に良く似た抗原、例えばアミノ酸がたった1つ違うだけのタンパク質や、同じ分子の2つの光学異性体をも区別する事ができると言う。

  免疫応答は、液性免疫応答(抗体免疫応答)と細胞性免疫応答の2つに大別され、それぞれ異なるリンパ球によって担われている。即ち、胸腺(thymus)で作られるT細胞が細胞性免疫に関与し、骨髄(bone marrow)で作られるB細胞(胎児では肝臓で作られる)が抗体を産生する。リンパ球は血液やリンパ液、そして胸腺・リンパ節・脾臓・虫垂などのリンパ器官に大量に存在し、ヒトの体内には約2×1012個ものリンパ球があり、免疫系細胞の量は肝臓や脳にも匹敵すると言われる。また液性免疫応答は、B細胞が免疫グロブリン(Igimmunoglobulin)と呼ばれるタンパク質の抗体を分泌する事で起こされるが、この免疫グロブリンは血液中に最も大量に存在するタンパク成分で、全血漿タンパク重量の約20%を占めると言う。抗体は何百万種類もの多様な分子で、それぞれ異なるアミノ酸配列の抗原結合部位を持ち、毒素や病原菌などの異物が体内に入ると、その表面にある抗原を認識して特異的に結合する。抗体が結合すると、ウイルスや細胞毒素は宿主細胞の受容体への結合を妨げられ、不活性化されるのである。また侵入微生物に抗体が結合すると、それが目印となって食細胞系の白血球に捕食され、あるいは補体と呼ばれる血液中のタンパク群が活性化されて侵入微生物を殺す事になる。この抗体は特定の抗原にだけ特異的に結合する為、すべての抗原に有効に作用するには、抗体の種類も存在する抗原と同じだけ必要な事になり、大変な多様性が要求される。この抗体の多様性の生成メカニズムについては後で再び取り上げる事にして、ここでは免疫グロブリン鎖の遺伝子がどのようにして進化し、形成されて来たのか見て行く事にしよう。

  実は、この液性免疫応答を担う抗体分子は、遺伝子重複によって多様化が極端に進んだ事でとりわけ有名である。最も単純な抗体分子は、L鎖(light chain、約220個のアミノ酸を含む)とH鎖(heavy chain、約440個のアミノ酸を含む)それぞれ2本ずつから成る、4本のポリペプチド鎖で構成されたY字形をしたタンパク分子で、抗原結合部位はY字形の両腕の先端部分にありL鎖とH鎖が協同して形作っている。L鎖とH鎖は、共に約110個のアミノ酸から成る、ドメインと呼ばれる独立に折り畳まれたコンパクトなポリペプチドの塊が構成単位となって、それが複数個反復してできている。ドメインは配列の違いから、Vドメイン(可変ドメイン)とCドメイン(定常ドメイン)に分けられ、L鎖は1個のVドメインと1個のCドメインから、ほとんどのH鎖は1個のVドメインと3個のCドメインから構成されている。このL鎖とH鎖のVドメインが協同して抗原結合部位を形成し、Vドメインのアミノ酸配列の可変性によって、抗原結合部位の多様性が生み出されているのである。他方、L鎖とH鎖のカルボキシル末端側のCドメインは、アミノ酸のほとんど変化しない定常領域を形成している。これらのドメイン間には相同性が見られる事から、最初は110個のアミノ酸をコードするだけの小さな祖先遺伝子が重複を繰返し、現在見る様な抗体に進化して来たものと考えられている。実際、H鎖の定常領域の各ドメインは、それぞれ独立した1つの塩基配列(エキソン)にコードされている事が分かっており、この仮説を支持している。そしてL鎖・H鎖の遺伝子はそれぞれ多重に重複し、遺伝子ファミリーを形成しているのである。

  もう1つの免疫応答である細胞性免疫反応は、T細胞によって引き起こされ、抗体反応と同様に精巧な抗原特異性をもっている。液性免疫応答では、B細胞が分泌する抗体が抗原を認識したが、細胞性免疫応答ではT細胞表面にある膜結合型の受容体(レセプター)によって認識される。T細胞には、有害な微生物に感染した細胞を殺す細胞障害性T細胞(キラーT細胞)と、他の白血球の免疫応答を助けるヘルパーT細胞の2種類あるが、ともに抗原を認識する受容体を持っている。ただB細胞が作る抗体と異なり、T細胞は微生物に感染した標的細胞の表面に非自己抗原が提示されている場合にのみ、これを認識する事ができる。つまりT細胞は、標的細胞内で部分的に分解され細胞表面に提示された、タンパク抗原のペプチド断片を認識するのである。B細胞が分解されていない抗原を認識するのと大きく異なっている。したがって細胞には、抗原を分解して生じたペプチド断片を細胞表面まで運び、これをT細胞に提示する特殊なタンパク質が必要となる。このタンパク質が、主要組織適合性遺伝子複合体(MHC)にコードされたMHC分子で、キラーT細胞に対して非自己ペプチドを提示するクラスTMHC分子と、ヘルパーT細胞に提示するクラスUMHC分子の2種類がある。結局、T細胞は標的細胞表面のMHC分子と結合した非自己ペプチドを認識し、そこにT細胞レセプターで結合して免疫反応を引き起こすわけである。

  以上見て来た様に、免疫応答では抗原と結合する3種類の分子、即ち、抗体・T細胞レセプター・MHC分子が関与し、しかも、これらは互いに良く似た構造を持っているのである。T細胞レセプターは、αとβの2本のポリペプチド鎖がジスルフィド結合で連結したヘテロ二量体で、各鎖は約280個のアミノ酸残基からなり、カルボキシル末端側の膜結合部位と、細胞外にある2つの免疫グロブリン(Ig)様ドメイン(VドメインとCドメイン)から成る抗原結合部位から構成されている。抗原結合部位はVαとVβドメインによって形成され、抗体分子の抗原結合部位と立体構造が良く似ている(抗体は2つの抗原結合部位を持つがT細胞レセプターは1つしかない)。その上、T細胞レセプターの多様性の生成にも、B細胞による抗体の多様性生成とほとんど同じ機構が使われていると考えられている。MHC分子もクラスTとUで構造が少し異なるが、全体としてはT細胞レセプターと良く似ている。カルボキシル末端側に細胞膜への結合部位があり、細胞外に突き出した4個のIg様ドメインの内、最も外側の2つのドメインが抗原結合部位を形成しているのである。このように免疫系に於いて、細胞間の認識や抗原の識別に携わるタンパク質の多くは似た構造を持っており、元は1つの共通の遺伝子から進化して来たものと考えられる。その為、これらの免疫系の遺伝子ファミリーは、まとめて免疫グロブリン・スーパーファミリーに含められている。実際、白血球の表面にある約150のポリペプチドの40%は、このスーパーファミリーに属していると言う。また、ここで見た抗体・T細胞レセプター・MHC分子の他、免疫系の種々の補受容体も、いずれも1個以上のIg様ドメインを持ち、しかもそのほとんどは通常独立したエキソンにコードされている。こうした事から、このスーパーファミリーに属する総ての遺伝子は、1個のIg様ドメインをコードする祖先遺伝子が、何回も重複と変異を繰り返す事で進化して来たと考えられるのである。この祖先遺伝子は、約4億年前に脊椎動物と無脊椎動物の祖先が分岐する以前に生じていたと言う。

  じつは、この免疫グロブリン・スーパーファミリーには、免疫系以外の細胞間相互作用に関る多くの細胞表面タンパクも含まれている。例えば、神経細胞の認識に関与している神経接着分子(N-CAM)や、様々な細胞増殖因子の受容体などもまた抗体と良く似た配列を持つ事が知られている。このように、免疫系・神経系あるいはホルモン受容体といった広範囲の系に於いて、分子を認識するタンパク質の素材が、基本的には抗体分子のそれと酷似しているのである。このことは、110個程度のアミノ酸から成るIg様ドメインは分子認識の基本構造で、この遺伝子は神経系が発達する以前の非常に古い時期に創造され、以後、何度もコピーし、時には他の遺伝子と組み合わせて、神経系や免疫系の発達に伴って多様な遺伝子を進化させて来た事を示していると言えよう。

 

 MHC分子

 

  MHC分子は最初、臓器移植の際に拒絶反応を引き起こす標的抗原として発見された。拒絶反応は、移植細胞表面にある非自己の組織適合性分子という細胞表面タンパクに対する免疫応答であるが、その中で最も重要なのが総ての高等脊椎動物の細胞で発現している、主要組織適合性遺伝子複合体(MHC:major histocompatibility complex)という遺伝子群にコードされた、MHCファミリータンパクである。ヒトでは白血球で最初に実証されたので、HLA抗原(ヒト白血球付随抗原)と呼ばれている。MHC分子は、T細胞の介在する移植反応では特に優先的に認識される。非自己のMHC分子を認識できるT細胞の割合は非常に大きく、典型的なウイルス抗原ではT細胞のうち応答するものは 0.001%以下であるのに対し、1種類の非自己MHC抗原では 0.1%以上にもなる。このことが、激しい拒絶反応を引き起こす原因なのである。

  また、MHC分子をコードする遺伝子座の多くは、高等脊椎動物で知られている中で最も多型に富む。1つの種の中でも各遺伝子座に非常に多くの対立遺伝子が存在し(多くの種で100個以上)、その上、各個体にはMHC分子をコードする遺伝子座が5個以上もある為、2つの個体が同一のMHCタンパクのセットを持つ可能性は極めて低く、このため臓器移植の供与者と受容者を適合させる事が困難なわけである。MHC分子が拒絶反応を引き起こす仕組みは、移植片の非自己MHCタンパクと自己ペプチドとの複合体が、正常な免疫反応に必要な非自己ペプチドと自己MHC分子の複合体に似ている結果、T細胞の活性化が起こるのだと考えられている。

  ただMHCでは、抗体で採用された様な遺伝的組換え機構によって多様性を増大させるという戦略を採らなかった。このため、一つの個体が持つMHC分子の種類は非常に少なく、それだけでほとんどの非自己タンパクに由来するペプチド断片をT細胞に提示しなければならない。つまり、抗原に特異的に結合する抗体と異なり、MHC分子は非常に多くの異なるペプチドと結合するという融通性を持っているのである。MHC分子がT細胞に抗原を提示する事によって免疫応答が引き起こされるわけだから、もしMHC分子と結合しない抗原を持つ微生物が出現すると、免疫応答は起こらず感染を許してしまう事になる。従って、各MHC分子について2つの異なる対立遺伝子を持つ個体(ヘテロ接合体)は、より広範囲の抗原を提示する事ができるわけで、MHC遺伝子座に同一の対立遺伝子しか持たない個体よりも感染に対する抵抗性が高くなる。こうした事から、感染に対する抵抗性を高める為に、集団中のMHC分子の著しい多様化が助長されて来たとも考えられる。事実、西アフリカでは特殊なMHC対立遺伝子を持つ個体は、重症型のマラリアに感染しにくい事が分かっている。この対立遺伝子は他の場所ではまれであるが、重症型のマラリアの多い西アフリカでは、集団中に25%も見られるという。(1-15)

 

 

 遺伝子の反復再利用

 

  今、述べて来たような遺伝子ファミリーは、決して特別なものではない。今日では多数の遺伝子ファミリーが知られており、1つの遺伝子があれば、それと配列の良く似た遺伝子が多数存在すると考えたほうが良いのである。現在、膨大な数の遺伝子の塩基配列が、ヒトからバクテリアに至るまで様々な生物種について調べられ、それがタンパク質のアミノ酸配列に翻訳されてデータベース化されている。同じ祖先から多様化して生じた遺伝子やタンパク質の配列の類似性をホモロジー(相同性)と呼ぶが、コンピューターを使ってデータベースから相同性を示す配列の探索が盛んに行われた結果、1つの祖先遺伝子から重複と変異によって多様な遺伝子群が生まれた例が多数見つかって来た。真核生物の遺伝子の多くは、多数の遺伝子とホモロジーを共有し、大きな遺伝子ファミリーを形成しているのである。

 

(注) 新しく塩基配列決定された遺伝子が、データベース中の配列と相同性を示す確率は50%と言う。

 

  またこの事から、遺伝子進化の興味深い様相が垣間見える。実は、思いもよらない所からホモロジーが見つかって来たのである。そのいい例が、レトロウイルスの持つ逆転写酵素である。通常、遺伝情報はそれを保持するDNAからRNAに転写され、それがアミノ酸配列に翻訳されてタンパク質が合成される。ところが、このウイルスは直鎖状の1本鎖RNAを染色体に持ち、それが遺伝情報を保持している為、ウイルスが増殖するにはまずRNAをDNAに変換する必要がある。この過程が逆転写で、この時に使われる特殊な酵素が逆転写酵素なのである。こうして逆転写で作られた2本鎖DNAは、エンドヌクレアーゼ(核酸分解酵素の一種で分子内部のホスホジエステル結合を切断する)によって宿主細胞のDNAに挿入され、そこで宿主の転写機構を使って子孫のウイルスが合成される事になる。このように逆転写酵素は、遺伝情報をRNAの形で持つレトロウイルスにこそ必要な酵素であって、初めからDNAを遺伝情報の担い手としている普通の生物にとっては無用のものである。したがって1970年に逆転写酵素が発見されて以来、長い間レトロウイルスに特有の酵素と考えられて来たのである。ところが1983年に、環状の2本鎖DNAを染色体に持ち、レトロウイルスとは構造的に全く異なるB型肝炎ウイルス(HBV)とカリフラワーモザイクウイルス(CaMV)にも、逆転写酵素に似た配列がある事が分かった。さらに、ショウジョウバエのDNAに存在する動く遺伝子(トランスポゾン)の中にも、逆転写酵素と良く似た配列が見つかった。ただこの場合は、レトロウイルスとトランスポゾンの全領域にわたって相同性が認められる事から、このトランスポゾンは、宿主染色体に入り込んだ後に外へ出られなくなったレトロウイルスの子孫だと考えられている。続いて、真核生物のDNA中に無数に散在する繰返し配列の一種、LINEにも逆転写酵素に良く似た配列が発見された。こうして瞬く間に、この逆転写酵素はレトロウイルスだけではなく、種々の生物のDNAに存在する事が明らかになって行ったのである。現在、この酵素はバクテリアからヒトに至るまで、広範囲の生物で見つかっている。

  もう1つの興味深い例が、眼の水晶体を作る透明なレンズタンパク質のクリスタリンである。これには哺乳類のα・β・γ-クリスタリン、鳥類や爬虫類に見られるδ・ε-クリスタリン、その他 τ・SV-クリスタリンなどが知られているが、驚いた事に、これら総てのクリスタリンは既知の酵素と大変良く似ていたのである。例えば、アヒルのε-クリスタリンは乳酸脱水素酵素に、ニワトリのδ-クリスタリンは尿素回路のアルギニノコハク酸リアーゼに、ウミガメのτ-クリスタリンは解糖系のエノラーゼに、イカのSV-クリスタリンはグルタチオン--トランスフェラーゼに、カエルのδ-クリスタリンは血圧上昇などの生理活性を持つプロスタグランジンFの合成酵素に大変良く似ている。またα-クリスタリンは、一連の熱ショックタンパク質に全体にわたって良く似ていると言う。このことはクリスタリンの遺伝子が、酵素遺伝子から遺伝子重複によって進化して来た事を暗示している。タンパク質はその機能から、組織を作る構造タンパク質と化学反応を触媒する酵素に分けられ、クリスタリンは構造タンパク質の一種であるが、それが全く機能の異なる酵素の遺伝子から進化して来たというわけである。しかも、アヒルのε-クリスタリンは乳酸脱水素酵素の活性も持っており、両者のアミノ酸配列はほとんど同一らしいと言う。ここで注意すべき点は、生物が眼のレンズに使う透明度の高いタンパク質が必要になった時、新たにクリスタリンを作ったわけではなく、既にある酵素の遺伝子を改良して充当した、本来は全く別の目的に使われていた遺伝子を再利用する方法をとったという点である。このように新しい機能を持つ遺伝子が必要になった時に、「新たに創造するのではなく、コピーによって別の遺伝子を作り上げる模倣主義は生物がとる遺伝子多様化の基本戦略である。それがクリスタリンの場合では酵素から構造タンパク質といった極端に違うものに仕立てられたわけである」(5-3)。生物は手持ちの遺伝子、つまり限られた素材をコピーして繰返し再利用する事で、様々に機能の異なった遺伝子を進化させて来たのである。おそらく生命は、その誕生当時のごくわずかな祖先遺伝子から重複を繰り返す事で、膨大な数の遺伝子を進化させて来たものと思われる。

  以前は、高等動物である人間には、酵母などの下等生物にはない遺伝子がたくさん存在すると考えられていた。しかし、ヒトが持つ大部分の遺伝子の原型を、酵母が既に持っているという事実が明らかになって来ている。例えば、動物には繊維芽細胞を筋細胞に分化させる筋分化誘導因子という遺伝子があり、とても酵母が持っているとは思えないものであるが、酵母にも似た遺伝子があり細胞の分化に関係していると言う。つまりヒトなどの高等生物では、こうした原型遺伝子を遺伝子重複によって幾つも複製し改良する事で、新しい機能を持つ遺伝子を作り出して来たわけである。

 

(注) 筋萎縮性側索硬化症・毛細血管拡張性運動失調・大腸ガン・嚢胞性線維症・筋ジストロフィー・神経線維腫症1型・ウェルナー症候群・ウイルソン病などのヒトの病原遺伝子は、酵母ゲノムにも相同遺伝子が存在する。

 

 また選択的スプライシングでは、1つの遺伝子からスプライシングのやり方を変える事で複数のタンパク質を作り出していた。生命は手持ちの資源を繰り返しリサイクルし、様々な方法で徹底的に有効利用して来たわけで、不要な遺伝子は自然淘汰でさっさと捨ててしまうなどという不効率な事はして来なかった。生命は人間社会の使い捨て文明とは無縁なのである。

 

 

 繰返し配列

 

  多くの遺伝子は進化の過程で重複を繰返し、様々な遺伝子ファミリーを形成して来たわけだが、真核生物のDNAには、その非コード領域にも大量の繰返し配列が存在する事が知られている。実は、高等真核生物DNAの多くの部分は、反復した非コード塩基配列から成っているのである。高等真核生物に大量の反復配列が存在する事は、ハイブリッド形成による遺伝子のコピー数測定から明らかになった。これはゲノムを約1000塩基対(bp)の短い断片に切断した後、変性させて1本鎖DNAを作り、その後再び2本鎖を形成させてその反応速度からコピー数を推定するものである。1本鎖断片が2本鎖を形成する速度は、断片が相補鎖を見つける程度、つまり混合液中の相補性を持つ断片の濃度に依存する。例えば、哺乳類の1倍体ゲノムを1000塩基対の断片に切断すると約600万個の断片が出来上がる。その中に1コピーしか存在しない断片が相補的な相手を見つけ出すには、600万個の非相補鎖とランダムに衝突を繰り返さなければならない。しかし、多くのコピーを持つ反復配列であれば、ずっと早く2本鎖を形成(アニーリング)できるはずである。こうして、アニーリングの速度の違いから真核生物のゲノムは、非繰返し配列・中頻度繰返し配列・高頻度繰返し配列の3種類に分けられる事になった。

  ところで、ゲノム中の非繰返し配列と繰返し配列との割合は、生物によって大きく異なっている。例えば、原核生物のゲノムはもっぱら非繰返し配列だけから成っている。そして、真核生物になって初めて繰返し配列が現れるわけだが、一般に下等真核生物ではほとんどが非繰返し配列で高頻度繰返し配列は見られず、数種ある中頻度繰返し配列も20%以下である。しかし、ゲノムサイズが巨大になるにつれて繰返し配列の割合が多くなる傾向があり、高等真核生物の動物細胞ではDNAの約半分は中頻度および高頻度繰返し配列となっている。ヒトではDNAの70%がイントロンやタンパク質と大部分のRNAをコードする非繰返し配列で、30%が繰返し配列(その1/3がサテライトDNA、残りはトランスポゾン様の反復配列)である。さらにゲノムの大きな植物や両生類では、非繰返し配列の方が少なくなり、中頻度と高頻度繰返し配列が80%にも達する。非繰返し配列は、ゲノムサイズが約3×109塩基対に達する迄はゲノムの増加と共に増える傾向にあるが、それよりゲノムが増えても繰返し配列の量と割合が増加するだけで、非繰返し配列が2×109塩基対を越える生物はめったにいないのである。大部分の遺伝子は非繰返し配列内にあり(mRNAの約80%は非繰返し配列に由来する)、繰返し配列のほとんどはタンパク質をコードしていない。したがって「ゲノムの非繰返し配列のDNA含量はその生物の相対的な複雑度に良く一致する」(5-4)。半数体当たりのゲノムDNA量(C値)は、生物の複雑さが増すにつれて増加する傾向にあるが、種によってはゲノムサイズのばらつきが大きく、時には両生類や植物の様に100倍を越えるものがいたり、ヒトよりも大きなC値を持つものもいるなど例外も多い。このようにC値と生物の複雑さとの間に、明確な相関関係が認められない現象を「C値のパラドックス」と呼んでいるが、これは遺伝子とは関係のない繰返し配列が増加した事に原因があったのである。

  高頻度繰返し配列のほとんどは、比較的短い配列がいくつも縦に並んで反復(タンデムリピート)したサテライトDNAである。この名前の由来は、最初に発見されたものがヌクレオチド比の偏りから、密度勾配遠心で全DNAと少し密度の異なる小量成分(サテライト)として分離された事によっている。サテライトは種々の真核生物ゲノムに存在するが、全DNA量の5%を越える事はめったにない。ヒトでは、繰返し配列の約1/3がこのサテライトDNAである。そして、たいてい分裂期の染色体の動原体周辺にあるヘテロクロマチン(常に分裂期の染色体の様に非常に密に凝縮した不活性なクロマチンの領域)の所に限って検出される事から、サテライトDNAは染色体の構造に関与していると考えられている。節足動物のサテライトは、短い同一の繰返し配列から成る均質な核酸で、その90%以上はごく短い単一の繰返し単位で占められている。したがって、各サテライトは短い塩基配列(数bp〜十数bp)の増幅によって生じた事は疑いない。哺乳類のサテライトDNAでは、一連の短い配列が集まって長い繰返し単位を構成し、それがまた若干異なりつつタンデムに繋がるという様に、繰返し単位が階層構造をとっている。こうした階層構造を持つサテライトDNAは、あるランダムに選ばれた配列が、増幅と変異の蓄積による分散を繰り返しながら進化して来たものと考えられる。

 

(注) サテライトDNAには密度勾配でのサテライトバンドには現れないが、ミニサテライトとマイクロサテライトが含まれる。ミニサテライトは25bpまでの反復単位が、20kbにもなるクラスターを形成する。テロメアDNAがその一例で、多くのミニサテライトが染色体末端近くに存在する。マイクロサテライトは、通常4bp以下の反復単位が150bp以下のクラスターを作っている。その機能は良く分からないが、並んでいる反復単位の数が変化しやすく、法医学で遺伝子プロファイルを作り個体識別に利用されている。

 

  中頻度繰返し配列は、しばしば長い非繰返し配列の間に多少の規則性をもって散在する、繰返しの程度も配列の相互関係も異なる色々なファミリーから成っている。その多くは、何回も増殖してコピー数を殖やした転移性配列に由来する。哺乳類の中頻度繰返し配列の大部分は、レトロウイルスと同じ機構で転移するレトロトランスポゾンから成り、そのほとんどは2つのファミリー、即ち長い分散した配列から成るLINES(long interspersed sequence)と、短い分散した配列から成るSINES(short interspersed sequence)に属している。

  このように真核生物のゲノム内には、繰返しコピーされて増殖した繰返し配列、しかもタンパク質をコードせず必要のなさそうな塩基配列が大量に存在しているのである。既にある塩基配列を、繰返しコピーして新しい塩基配列を作るという事は、真核生物では普遍的に行われて来たと言っていいだろう。

 

 

表現型の進化と分子レベルの進化

 オプシン遺伝子の進化

 

  遺伝子重複による進化に関連して、生物の表現型の進化と分子レベルの進化との興味深い関係についてここで見ておこう。我々が物を見る事ができるのは、眼のレンズを通して網膜に結ばれた外界からの光が、網膜の視細胞にある光の受容体(レセプター)に吸収され、電気信号に変換されて脳に伝えられる為である。視細胞には、暗い所での明暗視に働く桿体と色を識別する錐体の2種類がある。ヒトには青・緑・赤色の光を感じる3種類の錐体があり、それぞれ青色オプシン・緑色オプシン・赤色オプシンの3種類の色覚レセプターを持っている。そして明暗視のレセプターのロドプシンも含めて、これらはアミノ酸配列が良く似ており、1つの遺伝子ファミリー(オプシン・サブファミリー)を形成している。中でも赤色オプシンと緑色オプシンは非常に良く似ていて、X染色体上に並んで存在する。実は、赤と緑を区別できない遺伝的疾患の赤緑色覚異常が多いのは、この2種類のオプシン遺伝子の塩基配列が大変良く似ている事と関係がある。遺伝子の重複による進化では、2つの遺伝子の塩基配列が良く似ていると、一方の塩基配列を他方の配列で置き換えてしまう遺伝子変換がしばしば発生し、赤色・緑色オプシン間でこれが起こると2つの塩基配列が同一になり、片方の遺伝子の情報が失われてしまうのである。また、遺伝子の配列が良く似ていると不等交差も起こりやすい。染色体の交差では全く同じ遺伝子同士が対合するが、隣に良く似た遺伝子があると対合がずれる場合があり、この状態で組換えが起こると一方では遺伝子がまるごと1つ欠失し、逆に他方では増える事になる。増加した方は問題ないが、赤色・緑色いずれかの遺伝子が失われた方では、それに対応して色覚異常が発生するわけである。ヒトに赤緑色覚異常が大変多いのは、この2つの遺伝子があまりにも良く似ている結果、遺伝子変換や不等交差が起こりやすい為で、言い換えれば、これらの遺伝子の重複による進化の歴史が浅い事が原因の1つなのである。実際、確実に3色の色覚を持つのは旧世界ザルとヒトを含めた類人猿である事から、霊長類の系統で青色オプシンに加えて緑色・赤色オプシン遺伝子が出揃うのは、旧世界ザルと類人猿が分岐した約3000万年前の事と考えられている。

  ところで、光センサーのオプシン遺伝子の起源は非常に古く、単細胞のミドリムシやハロバクテリアにも脊椎動物のオプシンに似たレセプターがあって、光感覚に利用されていると言う。このことは真核生物の出現以前から、オプシン様構造が既に存在していた事を意味している。地球上に棲む生物にとって重要な光に対する反応の仕組みが、生物進化のかなり初期の段階から発達していたのだろう。ロドプシンや色覚オプシンのアミノ酸配列の比較から、このオプシン遺伝子の分子系統樹が推定すると、約7億年前に脊椎動物と無脊椎動物が分岐した後、共通の祖先遺伝子から脊椎動物と無脊椎動物のそれぞれの系統で独自に遺伝子重複を繰返し、多様な光の波長に対応するレセプターが進化して行った事が分かると言う。昆虫も色覚を持つが、色覚は脊椎動物と昆虫とで独立に進化したわけである。脊椎動物の系統では、まず魚類の段階で赤・緑色オプシン遺伝子の祖先遺伝子と青色オプシン遺伝子が分岐し、その後、赤色と緑色オプシン遺伝子が分かれ、青色オプシン遺伝子からは白黒遺伝子のロドプシンが分離した。つまり以外だが、白黒の視覚はカラーよりも後になって進化して来たものなのである。さらに重要な点は、3原色の色覚と白黒の視覚が4億年前の陸上動物の出現以前に既に成立していた事である。この後も、脊椎動物の系統ごとに多少の微調整が行なわれるが、オプシン遺伝子の基本は既に早い時期に完成していたのである。多くの哺乳類で色覚はないと言われるが、これは以前に持っていた色覚を進化の過程で失った事を意味している。その原因は、多くの哺乳類が恐竜の繁栄した中生代に夜行性だった為で、後に霊長類の系統で再び色覚を取り戻す事になるのである。

 

(注)色覚オプシンからロドプシンへの変換には、たった1箇所のアミノ酸を変えるだけで良い。また明暗視の起源は、無顎類の中の円口類が現れた頃にまでさかのぼると言う。

 

  宮田隆によると、オプシン遺伝子の進化では興味深い事に、遺伝子重複が脊椎動物の進化の初期段階で集中的に起きていると言う (5-3)。時代を、脊椎動物と無脊椎動物が分かれた7億年前から魚と陸上動物が分岐する4億年前までの前期と、それ以降の後期とに分けると、遺伝子重複の回数は前期では6回なのに対し後期では3回に過ぎない。期間が3億年の前期に対し、後期は4億年と長い事。その上、遺伝子重複の頻度が同じとすると時代を下るほど系統の数が増え、遺伝子重複もそれに応じて増加するはずである点などを考えると、前期に、即ち脊椎動物の初期進化の過程で遺伝子重複が集中的に起こった事が分かる。さらに、この間に蓄積したアミノ酸の置換数も前期の方がずっと多く、前期に物凄い速さで遺伝子が進化した事は明白で、平均の進化速度は約10倍にもなると言う。このようにオプシン遺伝子の進化と多様化は、脊椎動物の進化の初期段階で急激に進んだのである。つまりオプシン遺伝子は、脊椎動物の進化の長い歴史を通じて徐々に形成されたのではなく、進化の早い段階で短期間に一挙に作られたという事になる。実は、こうした進化のパターンは、このグループの遺伝子だけに見られる特殊なものでは決してない。脊椎動物では、機能の良く似た遺伝子を遺伝子重複によって幾つも作り、それぞれ異なる組織や器官で働かせている。このように機能はほぼ同じだが、働く組織や器官が違う遺伝子のグループを組織特異的遺伝子と呼んでいるが、こうした25の異なる組織特異的遺伝子のグループについて同様の分析を行うと、オプシンと似た多様化のパターンを示すと言う。これらの組織特異的遺伝子も同様に、脊椎動物の進化の前期に急激に多様化し(約5億年前メクラウナギと魚類が分岐した時期に急激に起きたらしい)、後期にはずっと緩慢になるのである。オプシンは決して例外ではなかったわけである。

  ここで見た脊椎動物の初期進化の時期は、多様な多細胞動物が一斉に出現したカンブリア爆発を含み、さらに節足動物そして棘皮動物との分岐を経て、半索動物・原始的脊索動物から初期の魚類に至る進化の過程を含んでいる。この時期は形態上の大きな進化が急速に起きた時期であり、様々な組織や器官が発達した時でもあった。即ち、このような形態上の急激な進化に合わせて、オプシンなどの組織特異的遺伝子の多様化が急速に進んだのである。このことは、表現型の進化が分子レベルの進化と深く結び付いて起きている事、そして表現型レベルの進化だけではなく分子レベルの進化に於いても、進化の急激に起こる時期と緩慢な時期が存在するという事、つまり分子レベルでも進化は断続的にあるいは不連続に起こるという事を意味している。この事実は、進化は偶然に起こる突然変異と自然淘汰により漸進的に進行するというダーウィン派の理論が、表現型レベルだけではなく分子レベルの進化に於いても通用しない事、それが現実からかけ離れた理論である事を示していると言えよう。

 

 

 シグナル伝達系の多様化

 

  視覚のシグナル伝達系に良く似たシステムは他にもたくさんある。例えば神経細胞は、神経伝達物質を介して他の細胞や神経細胞への情報伝達を行っている。標的細胞の表面には神経伝達物質のレセプターが存在し、情報はそこから細胞内のシグナル伝達系を介して2次メッセンジャーに伝達され、種々の細胞内反応が引き起こされるのである。受け取る神経伝達物質ごとに異なるレセプターが存在するが、いずれもオプシンと良く似た構造で共通の祖先遺伝子から遺伝子重複により進化したと考えられ、Gタンパク質連結型レセプターファミリーと呼ばれる大きな遺伝子ファミリーを形成している。情報変換器も視覚のものと類縁のGタンパク質で、これも大きなGタンパク質遺伝子ファミリーを形成している。臭覚もこれと良く似たシステムを持ち、匂いの分子に対応して様々なレセプターが存在するが総てオプシンと類似し、また情報変換器も良く似て、それぞれ上記の遺伝子ファミリーに含まれる。その他、種々のホルモンのレセプターも、Gタンパク質連結型レセプターファミリーに含まれ、この遺伝子ファミリーは膨大な数のメンバーから構成されているのである。

 

(注)Gタンパク質:シグナル伝達系で介在物質として働くGTP結合タンパク質の一種で、通常は、ホルモンやリガンドが細胞膜のレセプターに結合すると活性化される。

 

  Gタンパク質連結型レセプターファミリーは、オプシン・神経伝達物質のレセプター・匂いレセプター・糖タンパク質ホルモンのレセプター・神経ペプチドのレセプターなど、受容分子のリガンドごとに幾つかのグループ、つまり亜族(サブファミリー)に分かれる。サブファミリーは組織特異的遺伝子が作るグループで、働く組織や器官が異なるだけの類似したリガンドを受容し、ほぼ同じ機能を持つレセプターから構成されている。各サブファミリー内の組織特異的遺伝子の多様化の様相を見てみると、ムスカリン性アセチルコリンレセプター・アドレナリンレセプター・ドーパミンレセプターの3つのサブファミリーでは、オプシンサブファミリーの場合と同様に、魚類と四足動物が分かれる前に急速に多様化が進み、それ以降はあまり進展していないというパターンが見られる。例外は匂いのレセプターで、魚類と四足動物の分岐後の方がそれ以前よりも、多くの遺伝子重複が起こっている。しかし、匂いのレセプターには非常にたくさんの遺伝子が存在し、まだ解析も不充分ではっきりした事は言えないと言う。

  では、Gタンパク質連結型レセプターファミリーを構成するサブファミリー自体は、何時どのようにして形成されたのだろうか。異なるリガンドを受容する、つまり異なる機能を持つレセプターの多様化の歴史は非常に古く、総て脊椎動物と節足動物の分岐以前にさかのぼると言う。異なるサブファミリーを作った遺伝子重複の時期を見ると、原生生物から多細胞生物が進化した約10億年前から、脊椎動物と節足動物が分岐する約7億年前迄の3億年間に、様々な機能を持つレセプターが一斉に進化して来た事が分かる。そして、それ以後の7億年間には、新しい機能を持つサブファミリーはほとんど出現していないのである。また、この間のアミノ酸置換数を見ても、最初の3億年間に置換が盛んに起こり、速い速度で分子進化が起こっていた事を示していると言う。

  以上をまとめると、単細胞生物から多細胞動物が進化して以降、約10億年の動物の進化史の中で、最初の3億年間に様々な機能を持つGタンパク質連結型レセプターの基本型が作られてしまい、その後の7億年間には新しい機能を持つサブファミリーは匂いのレセプターを除いて作られていない。そして、7億年前に脊椎動物と無脊椎動物が分岐してから四足動物が出現する迄の次の3億年間には、各サブファミリー内で何度もコピーを繰り返し、同じ機能を持つレセプターを多数作り上げて行ったのである。これらは組織ごとに異なる組織特異的遺伝子となり、これ以降はこの遺伝子もあまり作られていない。結局、Gタンパク質連結型レセプターファミリーは、動物の進化史を通じて徐々に多様化して行ったのではなく、むしろ断続的に進化したと考えられるのである。

  これと同じ事が、Gタンパク質ファミリーについても言えるという。この遺伝子ファミリーでも、サブファミリーを作り出した遺伝子重複は総て、脊椎動物と節足動物の分岐以前に起きている。そして同一のサブファミリー内での多様化は、ほとんど魚類と四足動物が分岐する迄に完成しているのである。つまり、Gタンパク質連結型レセプターファミリーの場合と全く同じなのである。また、シグナル伝達系に関与すると思われる他の12の遺伝子ファミリーも、同様な多様化のパターンを示すと言う。さらに、二胚葉動物のヒドラや側生動物のカイメン(海綿動物)まで含めて考えると、Gタンパク質ファミリーやタンパク質をリン酸化する酵素の一種のチロシンキナーゼ・ファミリーでは、異なるサブファミリーを作る事になった遺伝子重複は総て、9億年前にカイメンと他の真正後生動物が分岐する以前に起こっていると言う。この事は10億年前、多細胞生物が単細胞生物から進化した直後のごく短期間(1億年間)に、異なる機能を持つGタンパク質やチロシンキナーゼが一斉に進化し、その後はほとんど作られなかった事を示している。これらの遺伝子ファミリーに見られる遺伝子の不連続な進化のパターンは、多細胞生物特有の細胞間コミュニケーションに関与する、他のあらゆる遺伝子ファミリーにも共通して見られると考えられている。(5-3) (5-5)

 

 

 細胞内局在性遺伝子の進化

 

  最後に、真核生物が誕生したばかりの頃の遺伝子の進化について見ておこう。先にも触れた様に、最も原始的な真核生物の1つと考えられているランブル鞭毛虫(ギアルディア Giardia)は、核が有るので確かに真核生物だが、ミトコンドリアや葉緑体さらには小胞体・ゴルジ体も持っていない。分子系統樹によると、ミトコンドリアを持つどの原生生物よりも古い時期に枝分かれした事が分かっており、従って、ランブル鞭毛虫はミトコンドリアを獲得する以前の原始的な真核生物である可能性が高いのである。

  さて、真核生物の初期進化の様子を知るには、真核生物がバクテリアから分かれて以降、ランブル鞭毛虫が他の原生生物と分岐する迄の時期について、遺伝子の進化を見てみればよい。そして、これは様々な細胞内小器官が進化した時期に当たり、従って、細胞内小器官に局在する分子の進化を調べればよい事になる。異なる組織にはそれぞれ固有の遺伝子(組織特異的遺伝子)がある様に、細胞小器官ごとに異なる分子が局在し、しかも、これらの分子は互いに構造が良く似て遺伝子ファミリーを形成している。その1つが細胞内小器官間の輸送の交通整理をしているrabファミリーで、哺乳類の他、酵母・原生生物、そして最古の真核生物の系統と考えられるランブル鞭毛虫からも見つかっている。従って、rabファミリーは総ての真核生物に存在すると考えられる。この rab ファミリーの分子系統樹を作ってみると、局在性の異なる rabのほとんどは、ランブル鞭毛虫と他の真核生物が分岐(約2015億年前)する以前に遺伝子重複によって作られ、それ以降ほとんど遺伝子重複は起きていないと言う。つまり、rabファミリーの多様性は、真核生物の進化のごく初期の段階で完成してしまったという事である。rabは真核生物にしか存在しないと考えられるので、真核細胞の様々な内部構造が形作られて行ったちょうど同じ時期に、rabの多様化が起こったわけである。同じ事は、微小管上を動くモーター分子のキネシン遺伝子についても当てはまると言う。細胞内構造という表現型レベルの進化と、rabやキネシンの多様化という分子レベルの進化が、ここでも対応して起こっていたのである。

 

 

 表現型進化と分子進化

 

  ここまで見て来た事から分かるのは、表現型レベルの進化と遺伝子の多様化という分子レベルの進化が対応して、両者とも不連続あるいは断続的に進化して来たという事である。真核生物の歴史を見ると、3つの大きな出来事に画されて段階的に進化して来た事が分かる。それは、@真核細胞の誕生と細胞内小器官の発達、A多細胞動物の出現、B脊椎動物の出現とその組織・器官の発達である。そしてこの3段階に合わせて、進化に必要な様々なタイプの異なる遺伝子が短期間に急速に作られて来たわけである。

  まず、@の細胞内小器官が進化した時期には、小器官ごとに固有の細胞内局在性遺伝子の急速な多様化が起こっている。そしてこれ以降、このタイプの遺伝子の多様化はほとんど起きていないのである。Aの単細胞の原生生物から多細胞動物が進化して来る時には、シグナル伝達系の多彩な機能を持つ分子が一斉に進化して来た。単細胞生物が多細胞化する過程で個々の細胞は独立性を失い、機能の異なる様々な細胞に分化して行く。こうして生まれた多様な細胞を1つの有機体に統合するには、細胞間のコミュニケーションが不可欠である。この為、細胞間の情報伝達手段として、今日の多細胞動物に見られる様々なシグナル伝達系が発達し進化して行ったのである。しかもこのシグナル伝達系の基本は、多細胞動物の誕生から二胚葉動物や三胚葉性動物が進化して来る迄の、ごく初期の短期間に完成している。最後にBでは、脊索動物から脊椎動物が進化して後、魚類と四足動物が分岐する迄の間に、組織特異的遺伝子の多様化が急速に進展した。これは脊椎動物の様々な組織・器官が進化した時期に対応し、この時期を過ぎると、このタイプの遺伝子の多様化も緩慢になるのである。

  こうした事から、表現型レベルの進化と分子レベルの進化は、深く関連しながら進んで来た事、そして遺伝子の多様性は徐々に増していったのではなく、断続的に起こった事が分かる。分子レベルに於いても、進化はそれが必要になった時に急激に進行しているのである。これは、表現型の進化は不連続に起こるという考えと符合するものである。

 

(注)多細胞化に関連すると考えられるシグナル伝達系に関与する遺伝子のほとんどは、立襟鞭毛虫の様な単細胞生物から多細胞生物が進化して1億年たらずの間に爆発的に作られ、9億年前にカイメンが他の動物と分岐する頃には既にこうした遺伝子のセットが出揃っていた。これは三胚葉動物が爆発的に進化したカンブリア爆発の数億年前に当たる。宮田隆は、カンブリア爆発と遺伝子爆発との間の時間的なずれの存在から、進化の分子機構を考える上で、新しい遺伝子を作るというハードの視点ではなく、既に有る遺伝子をいかに利用するかというソフトの視点が重要であると指摘している。(5-5)

 

 

ゲノムの再編成と遺伝子の進化

 組み合わせの変更による進化

 

  遺伝子重複は、新しい機能を持つ遺伝子を生み出す基本的な機構であるが、それと並んでもう1つ重要な遺伝子進化のメカニズムがある。それは、パッチワークの様に色々組み合わせを変えて新しい遺伝子を作り出す方法である。これは組み合わせのレベルの違いから、大きく3段階の方法に分けられる。まず、遺伝子の構成要素で遺伝情報をコードするエキソンの組み合わせを変えて、新しい遺伝子を作るエキソン・シャッフリング。次は、遺伝子レベルでの組み合わせの変更とも言える、染色体が互いに遺伝物質を交換する遺伝的組換え。そして最後が、タンパク質レベルでの組み合わせの変更である。これは別々の遺伝子から作られたタンパク質が重合して、性質の異なる多量体を作る方法で、新しい遺伝子を作り出すものではないが、それと同様の効果をもたらすものである。ところで、ここで取り上げた3段階の方法は、実はタンパク質の構造上の階層性に対応している。遺伝子の目的が、生命活性を持つタンパク質の合成にある事を考えると、それも当然かも知れない。では次に、これらの方法について順に見て行く事にしよう。

 

 

 エキソン・シャッフリング

 

  真核生物の多くの遺伝子DNAは、そのmRNAよりもずっと長い。それは遺伝子が、イントロンと呼ばれる遺伝情報をコードしていない配列によって幾つにも分断されているからで、この為、真核生物ではmRNAが作られる時、一次転写産物のRNAから不要なイントロンを除去する必要がある。この過程がRNAスプライシングで、これによって初めてmRNAは完成し、核の外(細胞質側)に出てタンパク質に翻訳される事になる。この一見無駄に思えるイントロンが、実は遺伝子の進化に極めて重要な役割を果たしているのである。先にも触れた様に、タンパク質は特有の立体構造をとる事によって活性を持ち機能する様になるわけだが、その構造はさらに小さな密に折り畳まれた球状の構造単位であるドメインに分けられる。これは、50350個のアミノ酸からなるポリペプチド鎖の折り畳みの単位で、タンパク構築の基本単位と考えられている。小さなタンパク質ではこのドメインを1個しか持たないが、大きいものは何個ものドメインが繋がって出来ており、真核生物の多くのタンパク質は、こうした一連の似た構造単位の繰返し構造をしているのである。ところで、イントロンで分断された遺伝子情報をコードする配列のエキソンは、実はタンパク質のドメインに対応すると考えられる。つまりエキソンは、ドメインのアミノ酸配列をコードしているわけである。そのいい例が前に取り上げた免疫グロブリンで、それを構成する2本のH鎖とL鎖は各々4個と2個のドメインから成っているが、各ドメインはそれをコードするエキソンに正確に一致しているのである。

  さて、生物が新しいタンパク質を合成する時には、タンパク質の基本構築単位であるドメインを新たに組み合わせて作っていると思われる(ドメイン・シャッフリング)。というのは、タンパク質は20種類のアミノ酸が長く繋がって出来ているわけだが、アミノ酸をただランダムに繋げただけでは安定した立体構造はできないからである。典型的なタンパク質は約300個のアミノ酸から成るので、その組み合わせは10390(≒20300)種類も存在する。しかし、この内で安定な3次元構造を持つものは非常に少なく、大部分は同じエネルギーレベルで化学的性質の異なる様々なコンフォメーションをとる、不安定な分子なのである。そして、このような性質の一定しないタンパク質は生物では使いものにならない。実際、タンパク質は驚くほど複雑微妙な構造を持ち、アミノ酸の原子を2〜3個替えただけで構造が崩れ、まったく機能しなくなってしまう事も多いのである。このような複雑・精密なタンパク質を新しく作るには、一からアミノ酸配列を作り上げて行くのではなく、安定した構造を持つ既存のドメインを組み合わせる方がはるかに効率的であろう。真核生物のタンパク質のアミノ酸配列はまだ少ししか決定されていないが、新しく配列を決定すると、既知のタンパク質に部分的に類似の配列が見つかるのが普通であると言う。これは、ほとんどのタンパク質が比較的少数の祖先から、つまりドメインから進化して来た可能性を示している。また、大きなタンパク質のアミノ酸配列には、既存のドメインが組合わさってできた跡が見られる事も良くあると言う。(1-15)

  この新しいタンパク質を作る上で極めて有効と考えられる、ドメイン・シャッフリングに対応する遺伝子レベルのメカニズムが、エキソン・シャッフリング(エキソンの混ぜ合わせ)なのである。これはタンパク質のドメインをコードするエキソンを、ちょうどトランプの札をかき混ぜる様に混合して、エキソンの新しい組み合わせを作る方法である。この時に重要な働きをするのがイントロンで、不要なイントロンを切り出すスプライシング機構が存在する為、エキソンを混ぜ合わせる時のDNAの切断と再結合は、エキソンの両側にある長いイントロンの中のどこで起きても良い。つまりイントロンが有るお陰で、エキソンを組み合わせる時に情報部分がぴったりと隣接する必要がなく、エキソン・シャッフリングを非常にやり易くしているのである。イントロンを持たないバクテリア類が何十億年もほとんど変化せずに来たのに対し、真核生物が目覚ましい進化を遂げて来た理由の1つは、このイントロンの存在とエキソン・シャッフリングにあったと思われる。事実、真核生物の中でも高等なものほどイントロンが発達していると言う。例えば、酵母では大部分の遺伝子は分断されておらずエキソンは普通固まっているが、昆虫類や哺乳類では反対に分断されていない遺伝子はごく一部にすぎない(哺乳類で6%)。このような、真核生物の進化に於ける分断されていない遺伝子から分断された遺伝子への切り替わりは、下等真核生物で起こり、その結果、高等真核生物ではエキソンの数が多くなると同時にイントロンの増加によって、遺伝子自体がかなり大きくなっている。ほとんどの酵母の遺伝子が2000塩基対より短いのに対し、ショウジョウバエや哺乳類では500010万塩基対もある遺伝子が多い。遺伝子が大きくなるのは、そのコード領域が長くなるからではなくイントロンが増加する為で、高等真核生物ではmRNAと遺伝子の長さが大きく異なって来る。酵母ではmRNAと遺伝子の長さはほとんど変わらないが、哺乳類・昆虫類・鳥類では平均して遺伝子はmRNAの5倍にもなっている。このように、高等真核生物では個々のドメインをコードするエキソン間の隔たりが大きい為、エキソン・シャッフリングにより新しい有用タンパク質が生じる過程、つまり進化が容易になり加速されたと考えられるのである。

  先にゲノムのDNA配列は、繰返し配列と独自の塩基配列を持つ非繰返し配列からなり、ほとんどの構造遺伝子は非繰返し配列の中に存在すると述べた。しかし、構造遺伝子が本当に非繰返し配列なのかと言うと簡単には断言できない。独特の塩基配列を持つという点では、エキソンよりもむしろイントロンの方が相応しいからである。即ち、遺伝子全体としては独自の配列ではあっても、その構成要素のエキソンは他の遺伝子と関連のある事がしばしば有るからである。少なくとも一部の遺伝子では、エキソンは独特な塩基配列であるイントロンの間に配置された、若干の繰返しが認められる配列なのである。異なる種間で同じ遺伝子を比較すると、エキソンの相同性は非常に高いが、イントロンでは対応する配列がほとんど認められないと言う。一般にエキソンよりもイントロンの方が、塩基配列の欠失や挿入、塩基置換による変化が激しいのである。またエキソンとイントロンの結合部位は、タンパク質の構造上、分子の表面にある事が多いと言う。これは、既存のタンパク質に新しいモジュールが結合する際には、その結合部分がタンパク質の表面にある可能性が高い事を考えれば、うまく説明できよう。これらの事は、エキソン・シャッフリングの仮説を裏付けている。確かに多くの場合、エキソンとタンパク質のドメインとの間に単純な対応関係を見つける事は困難であるが、遺伝子の進化の過程でエキソンの融合が起こり、先祖遺伝子の構造が大きく変わったと考えれば一応の説明はつく。エキソン・シャッフリングが遺伝子進化の過程で、遺伝子重複と並んで基本的な役割を果たして来た事は間違いないと思われる。エキソンは一般にかなり小さく、安定した折り畳み構造がとれる最小のポリペプチドのサイズに相当する、アミノ酸2040残基から成っている。タンパク質は、元々このようなかなり小さなモジュールが寄り集まってできたものと考えられる。恐らくすべての遺伝子は、比較的少数の先祖エキソンの、重複・変異・組換えによって生じて来たものだろう。現在、様々な遺伝子の塩基配列をスーパー・コンピューターで解析し、ミニ先祖遺伝子とも言える根源遺伝子を探る研究が進められている。そして、この根源遺伝子は驚くほど短く、かつ数が少ないだろうと言う。

 

 

 遺伝的組換え

 

  遺伝子重複やエキソン・シャッフリングに次いで、進化に重要な役割を果たして来たと思われるのが遺伝的組換えである。遺伝子重複やエキソン・シャッフリングは新しい遺伝子を作り出す仕組みであったが、遺伝的組換えはゲノムDNAの再編成によって、変化する環境に適応できる遺伝的変化を作り出す為のものと言う事もできる。これによって遺伝子の組み合わせを変えたり、遺伝子の発現時期や発現レベルを変える事が行われているのである。この遺伝的組換えは、一般的組換えと部位特異的組換えとに大別される。

  一般的組換え(相同組換え)は先にも取り上げた様に、相同な塩基配列間で起こる組換えで、普通は減数分裂の際に対合した相同染色体間で行われている。また、この一般的組換えによるゲノムの再編成は、減数分裂をしない細菌でも接合の際に広く見られる。一方、部位特異的組換えではDNAの相同性は必要なく、その代わり各種の部位特異的組換え酵素が、短い特異的な塩基配列を識別して組換えが起こる。この組換えは、さらに保存型部位特異的組換えと、トランスポゾンによって行われる転移型部位特異的組換えとに分けられる。トランスポゾンについては後で別に取り上げる事にして、ここでは保存型部位特異的組換えについて見ておこう。これは、細菌の染色体にファージ・ゲノムが組み込まれたり、切り出されたりする時に見られる組換えで、ファージと細菌の特定の短い相同な塩基配列(att 部位:アタッチメント部位)の所で起こる。部位特異的組換えは、一般的組換えと異なりDNA間の相同性を必要しない為、ゲノム内の塩基配列の相対的位置を変化させる事ができる。この性質をうまく使った特殊な例が、免疫グロブリン(抗体)の多様性の生成である。ここで特殊と言ったのは、この組換えがB細胞の分化してくる発生過程で起こるからである。普通、多細胞生物を構成するすべての細胞は、全く同じ遺伝子のセットを持っている。ところが、部位特異的組換えによって遺伝子の再編成を受けたB細胞は、他の細胞とは異なる遺伝子組成を持つ様になる。このような例は、高等動物では免疫系だけに見られるものである。次に抗体の多様性の生成に、この遺伝的組換えがどのように使われているか、見て行く事にしよう。

 

 

 抗体の多様性生成と遺伝的組換え

 

  免疫グロブリンは、外来の異物である抗原を個別に認識し、それに特異的に結合して不活性化させる働きをする。ところが抗原の種類は自然界には無数にある為、その一つ一つと特異的に結合する抗体も、それに対応した膨大な種類が必要となる。例えば、ヒトは普段でも1015種類もの抗体を作る事ができると言う。しかし、ヒトの持つ遺伝子の総数は3万個(≒104.5)程度に過ぎない。では、どのようにして、ゲノムにある遺伝子の総数よりもはるかに多い種類の抗体を作る事が可能なのだろうか。実は、この抗体の多様性が、B細胞が分化してくる過程で起こる遺伝的組換えにより生成されている事を証明したのが利根川進で、これによって1987年にノーベル生理学・医学賞を受賞したのである。つまり、B細胞のまだ分化していないマウスの初期胎児細胞のDNAと、抗体を作っている骨髄種細胞(ミエローマ)のDNAとを比較し、抗体の可変(V)領域と定常(C)領域をコードする配列が、胎児細胞では離ればなれなのに対し、骨髄種細胞では一体になっている事を示したのである。

  免疫グロブリンは、L鎖とH鎖それぞれ2本づつから構成される4量体で、各ポリペプチド鎖はV領域とC領域からなり、L鎖とH鎖のV領域が一緒になって抗原結合部位を形成している。L鎖にはκ(カッパ)とλ(ラムダ)の2種類のファミリーがあり、H鎖には1つのファミリーがある。そして、各ファミリーは別々の染色体上に存在し、それぞれ1組のV遺伝子分節とC遺伝子分節を持っている。免疫細胞以外の体細胞と生殖細胞(分化した免疫細胞以外のすべての細胞)では、各ファミリーのV遺伝子分節とC遺伝子分節の配列はかなり離れている(生殖系列型)。それがB細胞の分化の過程で部位特異的組換えによって連結され、L鎖とH鎖の機能を持つ遺伝子が出来上がるのである。つまり、多数あるV遺伝子分節の内の1つと、数個のC遺伝子分節のどれか1つが結合してL鎖・H鎖の遺伝子が完成するわけだが、その組み合わせを変える事によって抗体の多様性を生み出しているのである。実際には、V遺伝子分節とC遺伝子分節が直接結合するのではなく、その間にJ(連結)部が入ってV--C結合が起きている。即ち、L鎖のファミリーは、たくさんのV遺伝子分節を含むV部と短いJ部、そして少数のC遺伝子分節を持つC部から成り立ち、H鎖のファミリーではこれにD(多様性)部が加わる。抗体分子が作られる時には、L鎖ではV部とJ部の間で組換えを起こしてVL領域を形成し、H鎖では最初にD-J間そして次にV部が組換えを起こし結合(V--J結合)してVH領域が形成され、これがそれぞれ適当なC部と結合して、完全なポリペプチド鎖をコードする遺伝子が出来上がるのである。ヒトの場合、κL鎖のファミリーは76個のVκ遺伝子分節と5個のJ部、1個のC遺伝子分節からなり、この組み合わせの違いから380種類のκL鎖が生じる。λL鎖では52個のVλ遺伝子分節と各7個のJ部とC遺伝子分節から2548種類が生じ、両方で2928種類のL鎖が合成可能となる。H鎖の多様性はさらに高く、86個のVH遺伝子分節と30個のD部、9