第5章  進化の分子メカニズム

 


遺伝子重複による進化

 進化メカニズムの進化

 

  生物は、偶然に起こる突然変異により遺伝子が変化し、その中から有用な遺伝子が自然淘汰によって選択される事を通じて、徐々に進化するというのがダーウィン派の総合説であった。しかし、進化がランダムに起こる突然変異といった偶然に支配されているとするならば、40億年に及ぶ生命史の中で幾度となく繰返された、地球環境の大変動に即応した生物のダイナミックな進化、大量絶滅後の生命の爆発とでも言えるような急激な適応放散と進化は、起こり得なかったはずである。地球が、今日の姿からは想像もできないほどの大変動に繰返し見舞われて来た事は、先に見たとおりである。生命が地球環境の激変に直面して、偶然に起こる突然変異によりたまたま有用な塩基配列を持つ遺伝子が生まれるといった、ほとんど起こりそうもない僥倖をただ手をこまねいて待つだけという受動的な存在であるなら、進化するどころか目の前の環境変動に付いていけず、とうの昔に絶滅していたはずである。そうなれば、この地球上にはわずかの種のみが生存する、単調で多様性の乏しい生物界しか存在しなかったであろう。

  しかし生命は、ダーウィン主義者が考える様な受動的・機械的な存在ではなく、常に変化する環境に合わせて積極的に自分自身を作り変えて適応し進化して来たのであり、またその方法、メカニズムまでも作り上げて来たのである。即ち、進化のメカニズム自体をも進化させて来たわけである。ランダムに起こる方向性のない突然変異といった偶然に左右されない、合理的・効率的な進化メカニズムの存在によって初めて、生命が過去に幾度となく見せた短期間の急激な進化や、今日の生物界の驚くべき多様性を説明する事ができる。事実、DNAの塩基配列は遺伝的組換えによって、ごくまれに起こる突然変異による点変異とは比べ物にならないほど、頻繁かつ組織的にゲノムの大規模な再編成が行われている事が分かっている。今日、分子生物学の進歩により、DNAの遺伝システムの中に組み込まれた進化メカニズムの一端が、ようやく明らかになって来た。この章では、これら進化の分子メカニズムの幾つかについて見て行く事にしよう。

 

 

 遺伝子重複

 

  生物はどのようにして、新しい機能を持つ遺伝子を作り出して来たのだろうか。その最も重要な方法が、ここで取り上げる遺伝子の重複、つまり遺伝子のコピーと組み合わせの変更によるものである。これは生物が編み出した実に巧妙な方法で、新しい機能を持つ遺伝子の進化に先立ち、まず既存の遺伝子の重複によって同じ塩基配列を持つコピーを作る。この重複は幾つかのエキソンの場合もあるが、完全な遺伝子が重複した場合には、全く同じ機能の遺伝子が2個誕生する事になる。こうなると、一対の遺伝子のうち一方が正常に機能すれば、他方は変異を起こしても生物の生存にとって支障はない。こうして片方の遺伝子は、自由に変異を蓄積して新しい機能を持つ遺伝子に進化する事が可能となるのである。

  この遺伝子重複による進化には、2つの意味が含まれている。1つは、コピーを作る事で正常に機能する遺伝子を確保し、生物の生存を危うくする事なく、安全に遺伝子の進化実験を行えるという点。もう1つは、機能的な遺伝子を一から作るのではなく、今ある遺伝子の一部に変更を加えて新しい遺伝子を作り出すという点である。遺伝子DNAの塩基配列は、rRNAやtRNAを合成する時の鋳型となる事を別にすると、タンパク質のアミノ酸配列をコードしたものである。タンパク質は20種類のアミノ酸が鎖状に一列につながってできた高分子で、原子間の相互作用によってその鎖が様々に折れ曲り捻じれ合って特定の立体配置をとり、その立体構造を介したタンパク質間あるいはタンパク質と核酸との間の相互作用により、生命特有の反応が引き起こされる。つまり、タンパク質がどのような立体構造をとるかによって、その活性が決まって来るのである。そして、タンパク質の立体構造はそのアミノ酸配列に依存しているのであり、この点にこそ遺伝子がアミノ酸配列をコードしている事の真の意味が隠されている。遺伝子はタンパク質のアミノ酸配列を指定する事によって、その立体構造を決め、特定の生命活性を持つタンパク質を作り出しているわけである。しかし、どんなアミノ酸配列のタンパク質でも、活性のある立体構造を構築できるわけではない。実は、生命活性を持つ立体構造を形成できるタンパク質、つまりそのアミノ酸配列は限られているのである。従って、もし一から新たな機能を持つ遺伝子を作ろうとして変異を蓄積して行っても、偶然に有効な塩基配列、即ち活性のある立体構造を形成するタンパク質が出来上がる可能性は極めて低い。これは、ワープロのキーボードをでたらめに打っても意味のある文章ができないのと同じで、ほとんど起こり得ない事である。このため今ある遺伝子、つまり活性のある立体構造を作り出せる遺伝子の塩基配列の一部を変更したり、あるいは後で述べる様に、有効な塩基配列を色々に組み合わせて新しい塩基配列を作るという方法は、短期間で新しい機能を持つ遺伝子を進化させるには極めて有効な方法なのである。

 

 

 遺伝子ファミリー

 

  さて多くの場合、遺伝子重複によるコピーは元の遺伝子の隣に作られ、その内のどちらか、あるいは両方がさらに重複してコピーが作られていく。こうした過程が続くと、機能が少しずつ異なる遺伝子の群が、DNA上に隣り合って形成される事になる。このように、先祖遺伝子からの重複と変異によって形成された一連の遺伝子を、多重遺伝子族(遺伝子ファミリー)と呼んでいる。そのメンバーは別の染色体上に分散している事もあるが、1つにまとまってクラスターを形成する場合もある。そしてrRNAやヒストンタンパクの様に、その遺伝子産物が大量に必要とされる場合には、重複によりできた何百もの同じ遺伝子がタンデム(同方向に繰返して)に並んでいる事もあると言う。

  1つの構造遺伝子(タンパク質をコードする遺伝子)ファミリーのメンバーは、通常関連のある機能、あるいは同一の機能を果たしているが、発現する時期や細胞が異なっている場合もある。こうした遺伝子ファミリーの典型例の1つが、ヘモグロビン遺伝子である。ヘモグロビンは酸素を運ぶ赤血球の主な構成成分で、グロビンの四量体にヘムが結合したものである。総ての生物のグロビン遺伝子は3つのエキソンから成り、そのアミノ酸配列や構造の相同性から、共通の先祖遺伝子に由来する考えられている。ヘモグロビン様の分子は総ての脊椎動物とかなりの無脊椎動物にも存在するが、最も原始的な酸素運搬分子はゴカイ・昆虫・原始的な魚に見られる、約150個のアミノ酸からなる1本鎖のグロビンポリペプチド鎖である。それが約5億年前、高等魚類の進化の過程で一連の遺伝子重複と変異によって、わずかに異なる2種類のグロビン遺伝子(α鎖とβ鎖)が形成されたと考えられる。現在の高等脊椎動物のヘモグロビンは、このα鎖とβ鎖それぞれ2本ずつから成る複合体である。このα2β2複合体の4個の酸素結合部位は、互いに相互作用する事で、酸素の結合時と放出時に分子内に協同的なアロステリック変化を引き起こし、一本鎖の場合よりも効率的に酸素の取り込みと放出ができる様になった。その後、哺乳類の進化の過程でさらにβ鎖遺伝子が重複と変異を起こし、その結果ヒトのヘモグロビンは、発生初期(胚型)・胎児期(胎児型)・出生後(成人型)の段階に応じて異なる3種類の型が現れる。つまり発生の各段階でそれぞれ異なる遺伝子が発現し、異なる産物を作り出しているのである。こうしてできた胎児期のヘモグロビンは、成体のものより酸素に対する親和性が高く、母親から胎児への酸素の運搬に役立っていると言う。

  このグロビン遺伝子の進化をまとめると、最初の先祖遺伝子は3つのエキソンより成り、単一のグロビン鎖を作っていた。それが5億年前、硬骨魚の進化の時期に遺伝子重複と変異によってαとβの2つの遺伝子に分かれ、それぞれが遺伝子クラスターを形成する。最初αとβ遺伝子は、アフリカツメガエルに見られる様に同一の染色体上にあったが、約3億年前に転座(染色体の一部が他の場所に移動する事)が起こり、2つの遺伝子群が分離したと考えられる。その結果、哺乳類と鳥類では、αとβグロビン遺伝子群はそれぞれ別の染色体上に存在し、ヒトではαクラスターは第16染色体に、βクラスターは第11染色体に位置している。そしてβクラスターは5万塩基対(50 kb)の範囲に渡って、5個の機能する遺伝子と1個の機能しない偽遺伝子が飛び飛びに並び、αクラスターの方は28 kbkb1000塩基対)の範囲に3個の機能する遺伝子と3個の偽遺伝子、そして機能の不明な1個の遺伝子が並んでいる。これらの遺伝子が、発生過程の進展と共に順番に発現して行くのである。このように、総てのグロビン遺伝子は1つの先祖遺伝子が、重複と変異そして転座を繰り返す事で進化し形成されて来たものなのである。

 

 

 偽遺伝子

 

  遺伝子重複の後、変異を蓄積して行くという遺伝子の進化実験では、一方で新しい機能を持つ遺伝子が生まれる反面、コード領域に塩基の挿入や欠失が起こると以後の遺伝情報は意味をなさなくなり、活性のあるタンパク質を作れなくなってしてしまう。こうして塩基配列は正常遺伝子に良く似ているが、正常には機能できない遺伝子、つまり偽遺伝子が誕生する事になる。新しい機能を持つ遺伝子は、既存の遺伝子のコピーから作られるわけだが、偽遺伝子は言わばその進化実験の失敗作で、正常な機能を持たない死んだ遺伝子なのである。こうした偽遺伝子は、グロビン・免疫グロブリン・組織適合抗原など多くの系に存在し、通常はクラスターの近傍に散在している。大部分の遺伝子ファミリーがこのような偽遺伝子を持つと言われ、「我々ヒトを含む高等動物のDNAには、こうした遺伝子の死骸が累々としている」(5-1) のかも知れない。そして、この遺伝子の死骸には突然変異がどんどん蓄積し、遂には全く意味のない塩基配列になってしまう。すると、そこにまた別の遺伝子のコピーが作られ、再び遺伝子の進化実験が行われる事になる。こうして遺伝子の生生流転が繰り返されて行くわけである。

 

 

 超遺伝子族(スーパーファミリー)

 

  同じ遺伝子ファミリーに属する遺伝子は、互いに塩基配列が良く似ており、機能も同じか関連のあるものになっている。こうした配列の似た隣接した遺伝子間では、遺伝子変換(一方の配列で他方の配列を置き換える)が頻繁に起こり、その結果、遺伝子クラスター全体が配列を交換し合う様になる。こうなると個々の遺伝子が単独で進化する事は困難になり、クラスター全体が一群となって進化する様になる。ところが重複の後、転座によって遺伝子が別の場所に移ると、新たな場所でコピーを増やして独自の進化を遂げ、機能的にもかなり違った新たな遺伝子ファミリーの形成が可能となる。こうして1つの先祖遺伝子から重複・変異・転座を繰り返す事によって、多数の独立した遺伝子ファミリーが形成されて行くのである。こうして出来た様々な機能を持つ遺伝子ファミリーのグループの事を、超遺伝子族(スーパーファミリー)と呼んでいる。我々ヒトを含む高等動物のDNAには、しばしばこの様な超遺伝子族が見られ、むしろ超遺伝子族を形成していない遺伝子グループの方が少ないと言う。免疫グロブリン超遺伝子族は、こうしたスーパーファミリーの典型例で、次にこれについて見て行く事にしよう。

 

(注) 遺伝子変換は最初に酵母や菌類で見つかり、今では多くの真核生物で起こる事が分かっている。これは減数分裂時に組み換えが起こり、1つの対立遺伝子が他の対立遺伝子に変換されて失われる為と考えられている。

 

 

 免疫

 

  我々の体内を流れる血液中には、2種類の細胞成分が含まれている。そのうち圧倒的多数を占めるのが赤血球で、血液1mm3中に約500万個存在し、酸素と二酸化炭素を運んでいる。もう1つが白血球で、病原菌や異物の侵入から我々の体を守る免疫担当細胞である。こちらの方は、血液1mm3中に50008000個ほどで赤血球の0.1%程しかない。以外な感じもするが、実はこの白血球の方が赤血球よりも広く動物界に分布しており、進化的にも白血球から赤血球が分化して来るのである。その為、無脊椎動物では血球に呼吸色素を持つものはなく、色素は血漿中に浮遊した状態で存在し、酸素運搬能力も劣ると言う。従って、昆虫の血球などは白血球に相当するのである。

  さて、白血球はさらに3種類に分けられる。白血球の約60%を占める顆粒球(顆粒の染色性から好中球・好酸球・好塩基球に分類される)、約35%を占めるリンパ球、そして残り5%の単球である。単球は、血液中を流れて組織にたどり着くと大食細胞のマクロファージとなる。元々、生体防御細胞の始まりはこのマクロファージで、これが多細胞動物の進化の過程で、顆粒球とリンパ球に分化して行くのである。これらの白血球は、その機能から2種類の防御細胞系に分類される。一つは顆粒球とマクロファージの、細菌や異物を食作用で取込んで処理する食細胞系である。顆粒球は、通常血液1mm3中に36004000個含まれるが、体に炎症が起きるとこの数が1〜2万にも増え、白血球の90%以上を占めるまでになる。このため顆粒球の増加は、肺炎や扁桃腺炎、虫垂炎などの診断のサインになっている。また顆粒球は、細菌を食べたあとは自爆して死んでしまうが、こうして細菌との戦いに果てた顆粒球の累々たる死骸が膿なのである。もう一方の防御細胞系が抗原抗体反応を引き起こすリンパ球系で、この両者は、対象となる異物の大きさによっても分業がなされている。ブドウ球菌や連鎖球菌といった粒子の大きな細菌に感染すると、食細胞系の顆粒球やマクロファージが急増し、反対にウイルスや異種タンパクなど粒子の小さいものが体内に侵入すると、リンパ球の数がぐんと増えると言う。「小さすぎて顆粒球やマクロファージが食べて処理できないものに対して、リンパ球が働くのである」。恐らく「リンパ球の発生は、多細胞生物へと進化する過程で、微小な異物に対処するため」(5-2) に起こった進化と考えられる。

  また免疫は、先天性免疫と獲得免疫(後天性免疫)の2つに大別する事もできる。先天性免疫は異物の侵入以前から免疫能力を持っているが、獲得免疫は抗原の刺激によって初めてそれに特異的に反応する機能細胞が増殖分化して来るものである。これを担当する防御細胞の側から見ると、食細胞系が先天性免疫、そしてリンパ球系が獲得免疫に相当する。食細胞による先天性免疫は、総ての後生動物が持つ言わば原始的な免疫機構で対象を区別せずに作用する。一方、獲得免疫は抗原特異的で、脊椎動物になって特に発達したものである。獲得免疫はさらに、抗体産生を伴う体液性免疫と、リンパ球自身が抗原を攻撃する細胞性免疫とに分かれるが、両者ともに抗原特異性を示す。普通、免疫というと、抗原特異的な免疫応答を起こすこの獲得免疫の事を指している。免疫グロブリンというのは、体液性免疫においてリンパ球が作り出す抗体の事で、ここで取り上げる免疫は抗原特異的なリンパ球系の獲得免疫の事である。

 

 

 免疫グロブリン超遺伝子族

 

  免疫学は、感染症から回復した人が二度と同じ病気に罹らない、つまり免疫ができるという観察から始まった。このことからも分かる様に免疫はその対象が高度に特異的で、例えば一度はしか(麻疹)に罹った人は、はしかのウイルスには免疫になるが、おたふく風邪(流行性耳下腺炎)や水ぼうそう(水痘)など他のウイルスには効果がない。このような特異性が、免疫応答の大きな特徴なのである。免疫系は、脊椎動物を微生物や寄生虫の感染から守る為に発達して来たものであるが、この免疫応答は自身のタンパク質と外来のものを個別に識別するという、極めて精巧な防御機構となっている。ウイルスなど外来の異物は抗原として認識され、免疫応答が引き起こされるわけだが、免疫系は非常に良く似た抗原、例えばアミノ酸がたった1つ違うだけのタンパク質や、同じ分子の2つの光学異性体をも区別する事ができると言う。

  免疫応答は、液性免疫応答(抗体免疫応答)と細胞性免疫応答の2つに大別され、それぞれ異なるリンパ球によって担われている。即ち、胸腺(thymus)で作られるT細胞が細胞性免疫に関与し、骨髄(bone marrow)で作られるB細胞(胎児では肝臓で作られる)が抗体を産生する。リンパ球は血液やリンパ液、そして胸腺・リンパ節・脾臓・虫垂などのリンパ器官に大量に存在し、ヒトの体内には約2×1012個ものリンパ球があり、免疫系細胞の量は肝臓や脳にも匹敵すると言われる。また液性免疫応答は、B細胞が免疫グロブリン(Igimmunoglobulin)と呼ばれるタンパク質の抗体を分泌する事で起こされるが、この免疫グロブリンは血液中に最も大量に存在するタンパク成分で、全血漿タンパク重量の約20%を占めると言う。抗体は何百万種類もの多様な分子で、それぞれ異なるアミノ酸配列の抗原結合部位を持ち、毒素や病原菌などの異物が体内に入ると、その表面にある抗原を認識して特異的に結合する。抗体が結合すると、ウイルスや細胞毒素は宿主細胞の受容体への結合を妨げられ、不活性化されるのである。また侵入微生物に抗体が結合すると、それが目印となって食細胞系の白血球に捕食され、あるいは補体と呼ばれる血液中のタンパク群が活性化されて侵入微生物を殺す事になる。この抗体は特定の抗原にだけ特異的に結合する為、すべての抗原に有効に作用するには、抗体の種類も存在する抗原と同じだけ必要な事になり、大変な多様性が要求される。この抗体の多様性の生成メカニズムについては後で再び取り上げる事にして、ここでは免疫グロブリン鎖の遺伝子がどのようにして進化し、形成されて来たのか見て行く事にしよう。

  実は、この液性免疫応答を担う抗体分子は、遺伝子重複によって多様化が極端に進んだ事でとりわけ有名である。最も単純な抗体分子は、L鎖(light chain、約220個のアミノ酸を含む)とH鎖(heavy chain、約440個のアミノ酸を含む)それぞれ2本ずつから成る、4本のポリペプチド鎖で構成されたY字形をしたタンパク分子で、抗原結合部位はY字形の両腕の先端部分にありL鎖とH鎖が協同して形作っている。L鎖とH鎖は、共に約110個のアミノ酸から成る、ドメインと呼ばれる独立に折り畳まれたコンパクトなポリペプチドの塊が構成単位となって、それが複数個反復してできている。ドメインは配列の違いから、Vドメイン(可変ドメイン)とCドメイン(定常ドメイン)に分けられ、L鎖は1個のVドメインと1個のCドメインから、ほとんどのH鎖は1個のVドメインと3個のCドメインから構成されている。このL鎖とH鎖のVドメインが協同して抗原結合部位を形成し、Vドメインのアミノ酸配列の可変性によって、抗原結合部位の多様性が生み出されているのである。他方、L鎖とH鎖のカルボキシル末端側のCドメインは、アミノ酸のほとんど変化しない定常領域を形成している。これらのドメイン間には相同性が見られる事から、最初は110個のアミノ酸をコードするだけの小さな祖先遺伝子が重複を繰返し、現在見る様な抗体に進化して来たものと考えられている。実際、H鎖の定常領域の各ドメインは、それぞれ独立した1つの塩基配列(エキソン)にコードされている事が分かっており、この仮説を支持している。そしてL鎖・H鎖の遺伝子はそれぞれ多重に重複し、遺伝子ファミリーを形成しているのである。

  もう1つの免疫応答である細胞性免疫反応は、T細胞によって引き起こされ、抗体反応と同様に精巧な抗原特異性をもっている。液性免疫応答では、B細胞が分泌する抗体が抗原を認識したが、細胞性免疫応答ではT細胞表面にある膜結合型の受容体(レセプター)によって認識される。T細胞には、有害な微生物に感染した細胞を殺す細胞障害性T細胞(キラーT細胞)と、他の白血球の免疫応答を助けるヘルパーT細胞の2種類あるが、ともに抗原を認識する受容体を持っている。ただB細胞が作る抗体と異なり、T細胞は微生物に感染した標的細胞の表面に非自己抗原が提示されている場合にのみ、これを認識する事ができる。つまりT細胞は、標的細胞内で部分的に分解され細胞表面に提示された、タンパク抗原のペプチド断片を認識するのである。B細胞が分解されていない抗原を認識するのと大きく異なっている。したがって細胞には、抗原を分解して生じたペプチド断片を細胞表面まで運び、これをT細胞に提示する特殊なタンパク質が必要となる。このタンパク質が、主要組織適合性遺伝子複合体(MHC)にコードされたMHC分子で、キラーT細胞に対して非自己ペプチドを提示するクラスTMHC分子と、ヘルパーT細胞に提示するクラスUMHC分子の2種類がある。結局、T細胞は標的細胞表面のMHC分子と結合した非自己ペプチドを認識し、そこにT細胞レセプターで結合して免疫反応を引き起こすわけである。

  以上見て来た様に、免疫応答では抗原と結合する3種類の分子、即ち、抗体・T細胞レセプター・MHC分子が関与し、しかも、これらは互いに良く似た構造を持っているのである。T細胞レセプターは、αとβの2本のポリペプチド鎖がジスルフィド結合で連結したヘテロ二量体で、各鎖は約280個のアミノ酸残基からなり、カルボキシル末端側の膜結合部位と、細胞外にある2つの免疫グロブリン(Ig)様ドメイン(VドメインとCドメイン)から成る抗原結合部位から構成されている。抗原結合部位はVαとVβドメインによって形成され、抗体分子の抗原結合部位と立体構造が良く似ている(抗体は2つの抗原結合部位を持つがT細胞レセプターは1つしかない)。その上、T細胞レセプターの多様性の生成にも、B細胞による抗体の多様性生成とほとんど同じ機構が使われていると考えられている。MHC分子もクラスTとUで構造が少し異なるが、全体としてはT細胞レセプターと良く似ている。カルボキシル末端側に細胞膜への結合部位があり、細胞外に突き出した4個のIg様ドメインの内、最も外側の2つのドメインが抗原結合部位を形成しているのである。このように免疫系に於いて、細胞間の認識や抗原の識別に携わるタンパク質の多くは似た構造を持っており、元は1つの共通の遺伝子から進化して来たものと考えられる。その為、これらの免疫系の遺伝子ファミリーは、まとめて免疫グロブリン・スーパーファミリーに含められている。実際、白血球の表面にある約150のポリペプチドの40%は、このスーパーファミリーに属していると言う。また、ここで見た抗体・T細胞レセプター・MHC分子の他、免疫系の種々の補受容体も、いずれも1個以上のIg様ドメインを持ち、しかもそのほとんどは通常独立したエキソンにコードされている。こうした事から、このスーパーファミリーに属する総ての遺伝子は、1個のIg様ドメインをコードする祖先遺伝子が、何回も重複と変異を繰り返す事で進化して来たと考えられるのである。この祖先遺伝子は、約4億年前に脊椎動物と無脊椎動物の祖先が分岐する以前に生じていたと言う。

  じつは、この免疫グロブリン・スーパーファミリーには、免疫系以外の細胞間相互作用に関る多くの細胞表面タンパクも含まれている。例えば、神経細胞の認識に関与している神経接着分子(N-CAM)や、様々な細胞増殖因子の受容体などもまた抗体と良く似た配列を持つ事が知られている。このように、免疫系・神経系あるいはホルモン受容体といった広範囲の系に於いて、分子を認識するタンパク質の素材が、基本的には抗体分子のそれと酷似しているのである。このことは、110個程度のアミノ酸から成るIg様ドメインは分子認識の基本構造で、この遺伝子は神経系が発達する以前の非常に古い時期に創造され、以後、何度もコピーし、時には他の遺伝子と組み合わせて、神経系や免疫系の発達に伴って多様な遺伝子を進化させて来た事を示していると言えよう。

 

 MHC分子

 

  MHC分子は最初、臓器移植の際に拒絶反応を引き起こす標的抗原として発見された。拒絶反応は、移植細胞表面にある非自己の組織適合性分子という細胞表面タンパクに対する免疫応答であるが、その中で最も重要なのが総ての高等脊椎動物の細胞で発現している、主要組織適合性遺伝子複合体(MHC:major histocompatibility complex)という遺伝子群にコードされた、MHCファミリータンパクである。ヒトでは白血球で最初に実証されたので、HLA抗原(ヒト白血球付随抗原)と呼ばれている。MHC分子は、T細胞の介在する移植反応では特に優先的に認識される。非自己のMHC分子を認識できるT細胞の割合は非常に大きく、典型的なウイルス抗原ではT細胞のうち応答するものは 0.001%以下であるのに対し、1種類の非自己MHC抗原では 0.1%以上にもなる。このことが、激しい拒絶反応を引き起こす原因なのである。

  また、MHC分子をコードする遺伝子座の多くは、高等脊椎動物で知られている中で最も多型に富む。1つの種の中でも各遺伝子座に非常に多くの対立遺伝子が存在し(多くの種で100個以上)、その上、各個体にはMHC分子をコードする遺伝子座が5個以上もある為、2つの個体が同一のMHCタンパクのセットを持つ可能性は極めて低く、このため臓器移植の供与者と受容者を適合させる事が困難なわけである。MHC分子が拒絶反応を引き起こす仕組みは、移植片の非自己MHCタンパクと自己ペプチドとの複合体が、正常な免疫反応に必要な非自己ペプチドと自己MHC分子の複合体に似ている結果、T細胞の活性化が起こるのだと考えられている。

  ただMHCでは、抗体で採用された様な遺伝的組換え機構によって多様性を増大させるという戦略を採らなかった。このため、一つの個体が持つMHC分子の種類は非常に少なく、それだけでほとんどの非自己タンパクに由来するペプチド断片をT細胞に提示しなければならない。つまり、抗原に特異的に結合する抗体と異なり、MHC分子は非常に多くの異なるペプチドと結合するという融通性を持っているのである。MHC分子がT細胞に抗原を提示する事によって免疫応答が引き起こされるわけだから、もしMHC分子と結合しない抗原を持つ微生物が出現すると、免疫応答は起こらず感染を許してしまう事になる。従って、各MHC分子について2つの異なる対立遺伝子を持つ個体(ヘテロ接合体)は、より広範囲の抗原を提示する事ができるわけで、MHC遺伝子座に同一の対立遺伝子しか持たない個体よりも感染に対する抵抗性が高くなる。こうした事から、感染に対する抵抗性を高める為に、集団中のMHC分子の著しい多様化が助長されて来たとも考えられる。事実、西アフリカでは特殊なMHC対立遺伝子を持つ個体は、重症型のマラリアに感染しにくい事が分かっている。この対立遺伝子は他の場所ではまれであるが、重症型のマラリアの多い西アフリカでは、集団中に25%も見られるという。(1-15)

 

 

 遺伝子の反復再利用

 

  今、述べて来たような遺伝子ファミリーは、決して特別なものではない。今日では多数の遺伝子ファミリーが知られており、1つの遺伝子があれば、それと配列の良く似た遺伝子が多数存在すると考えたほうが良いのである。現在、膨大な数の遺伝子の塩基配列が、ヒトからバクテリアに至るまで様々な生物種について調べられ、それがタンパク質のアミノ酸配列に翻訳されてデータベース化されている。同じ祖先から多様化して生じた遺伝子やタンパク質の配列の類似性をホモロジー(相同性)と呼ぶが、コンピューターを使ってデータベースから相同性を示す配列の探索が盛んに行われた結果、1つの祖先遺伝子から重複と変異によって多様な遺伝子群が生まれた例が多数見つかって来た。真核生物の遺伝子の多くは、多数の遺伝子とホモロジーを共有し、大きな遺伝子ファミリーを形成しているのである。

 

(注) 新しく塩基配列決定された遺伝子が、データベース中の配列と相同性を示す確率は50%と言う。

 

  またこの事から、遺伝子進化の興味深い様相が垣間見える。実は、思いもよらない所からホモロジーが見つかって来たのである。そのいい例が、レトロウイルスの持つ逆転写酵素である。通常、遺伝情報はそれを保持するDNAからRNAに転写され、それがアミノ酸配列に翻訳されてタンパク質が合成される。ところが、このウイルスは直鎖状の1本鎖RNAを染色体に持ち、それが遺伝情報を保持している為、ウイルスが増殖するにはまずRNAをDNAに変換する必要がある。この過程が逆転写で、この時に使われる特殊な酵素が逆転写酵素なのである。こうして逆転写で作られた2本鎖DNAは、エンドヌクレアーゼ(核酸分解酵素の一種で分子内部のホスホジエステル結合を切断する)によって宿主細胞のDNAに挿入され、そこで宿主の転写機構を使って子孫のウイルスが合成される事になる。このように逆転写酵素は、遺伝情報をRNAの形で持つレトロウイルスにこそ必要な酵素であって、初めからDNAを遺伝情報の担い手としている普通の生物にとっては無用のものである。したがって1970年に逆転写酵素が発見されて以来、長い間レトロウイルスに特有の酵素と考えられて来たのである。ところが1983年に、環状の2本鎖DNAを染色体に持ち、レトロウイルスとは構造的に全く異なるB型肝炎ウイルス(HBV)とカリフラワーモザイクウイルス(CaMV)にも、逆転写酵素に似た配列がある事が分かった。さらに、ショウジョウバエのDNAに存在する動く遺伝子(トランスポゾン)の中にも、逆転写酵素と良く似た配列が見つかった。ただこの場合は、レトロウイルスとトランスポゾンの全領域にわたって相同性が認められる事から、このトランスポゾンは、宿主染色体に入り込んだ後に外へ出られなくなったレトロウイルスの子孫だと考えられている。続いて、真核生物のDNA中に無数に散在する繰返し配列の一種、LINEにも逆転写酵素に良く似た配列が発見された。こうして瞬く間に、この逆転写酵素はレトロウイルスだけではなく、種々の生物のDNAに存在する事が明らかになって行ったのである。現在、この酵素はバクテリアからヒトに至るまで、広範囲の生物で見つかっている。

  もう1つの興味深い例が、眼の水晶体を作る透明なレンズタンパク質のクリスタリンである。これには哺乳類のα・β・γ-クリスタリン、鳥類や爬虫類に見られるδ・ε-クリスタリン、その他 τ・SV-クリスタリンなどが知られているが、驚いた事に、これら総てのクリスタリンは既知の酵素と大変良く似ていたのである。例えば、アヒルのε-クリスタリンは乳酸脱水素酵素に、ニワトリのδ-クリスタリンは尿素回路のアルギニノコハク酸リアーゼに、ウミガメのτ-クリスタリンは解糖系のエノラーゼに、イカのSV-クリスタリンはグルタチオン--トランスフェラーゼに、カエルのδ-クリスタリンは血圧上昇などの生理活性を持つプロスタグランジンFの合成酵素に大変良く似ている。またα-クリスタリンは、一連の熱ショックタンパク質に全体にわたって良く似ていると言う。このことはクリスタリンの遺伝子が、酵素遺伝子から遺伝子重複によって進化して来た事を暗示している。タンパク質はその機能から、組織を作る構造タンパク質と化学反応を触媒する酵素に分けられ、クリスタリンは構造タンパク質の一種であるが、それが全く機能の異なる酵素の遺伝子から進化して来たというわけである。しかも、アヒルのε-クリスタリンは乳酸脱水素酵素の活性も持っており、両者のアミノ酸配列はほとんど同一らしいと言う。ここで注意すべき点は、生物が眼のレンズに使う透明度の高いタンパク質が必要になった時、新たにクリスタリンを作ったわけではなく、既にある酵素の遺伝子を改良して充当した、本来は全く別の目的に使われていた遺伝子を再利用する方法をとったという点である。このように新しい機能を持つ遺伝子が必要になった時に、「新たに創造するのではなく、コピーによって別の遺伝子を作り上げる模倣主義は生物がとる遺伝子多様化の基本戦略である。それがクリスタリンの場合では酵素から構造タンパク質といった極端に違うものに仕立てられたわけである」(5-3)。生物は手持ちの遺伝子、つまり限られた素材をコピーして繰返し再利用する事で、様々に機能の異なった遺伝子を進化させて来たのである。おそらく生命は、その誕生当時のごくわずかな祖先遺伝子から重複を繰り返す事で、膨大な数の遺伝子を進化させて来たものと思われる。

  以前は、高等動物である人間には、酵母などの下等生物にはない遺伝子がたくさん存在すると考えられていた。しかし、ヒトが持つ大部分の遺伝子の原型を、酵母が既に持っているという事実が明らかになって来ている。例えば、動物には繊維芽細胞を筋細胞に分化させる筋分化誘導因子という遺伝子があり、とても酵母が持っているとは思えないものであるが、酵母にも似た遺伝子があり細胞の分化に関係していると言う。つまりヒトなどの高等生物では、こうした原型遺伝子を遺伝子重複によって幾つも複製し改良する事で、新しい機能を持つ遺伝子を作り出して来たわけである。

 

(注) 筋萎縮性側索硬化症・毛細血管拡張性運動失調・大腸ガン・嚢胞性線維症・筋ジストロフィー・神経線維腫症1型・ウェルナー症候群・ウイルソン病などのヒトの病原遺伝子は、酵母ゲノムにも相同遺伝子が存在する。

 

 また選択的スプライシングでは、1つの遺伝子からスプライシングのやり方を変える事で複数のタンパク質を作り出していた。生命は手持ちの資源を繰り返しリサイクルし、様々な方法で徹底的に有効利用して来たわけで、不要な遺伝子は自然淘汰でさっさと捨ててしまうなどという不効率な事はして来なかった。生命は人間社会の使い捨て文明とは無縁なのである。

 

 

 繰返し配列

 

  多くの遺伝子は進化の過程で重複を繰返し、様々な遺伝子ファミリーを形成して来たわけだが、真核生物のDNAには、その非コード領域にも大量の繰返し配列が存在する事が知られている。実は、高等真核生物DNAの多くの部分は、反復した非コード塩基配列から成っているのである。高等真核生物に大量の反復配列が存在する事は、ハイブリッド形成による遺伝子のコピー数測定から明らかになった。これはゲノムを約1000塩基対(bp)の短い断片に切断した後、変性させて1本鎖DNAを作り、その後再び2本鎖を形成させてその反応速度からコピー数を推定するものである。1本鎖断片が2本鎖を形成する速度は、断片が相補鎖を見つける程度、つまり混合液中の相補性を持つ断片の濃度に依存する。例えば、哺乳類の1倍体ゲノムを1000塩基対の断片に切断すると約600万個の断片が出来上がる。その中に1コピーしか存在しない断片が相補的な相手を見つけ出すには、600万個の非相補鎖とランダムに衝突を繰り返さなければならない。しかし、多くのコピーを持つ反復配列であれば、ずっと早く2本鎖を形成(アニーリング)できるはずである。こうして、アニーリングの速度の違いから真核生物のゲノムは、非繰返し配列・中頻度繰返し配列・高頻度繰返し配列の3種類に分けられる事になった。

  ところで、ゲノム中の非繰返し配列と繰返し配列との割合は、生物によって大きく異なっている。例えば、原核生物のゲノムはもっぱら非繰返し配列だけから成っている。そして、真核生物になって初めて繰返し配列が現れるわけだが、一般に下等真核生物ではほとんどが非繰返し配列で高頻度繰返し配列は見られず、数種ある中頻度繰返し配列も20%以下である。しかし、ゲノムサイズが巨大になるにつれて繰返し配列の割合が多くなる傾向があり、高等真核生物の動物細胞ではDNAの約半分は中頻度および高頻度繰返し配列となっている。ヒトではDNAの70%がイントロンやタンパク質と大部分のRNAをコードする非繰返し配列で、30%が繰返し配列(その1/3がサテライトDNA、残りはトランスポゾン様の反復配列)である。さらにゲノムの大きな植物や両生類では、非繰返し配列の方が少なくなり、中頻度と高頻度繰返し配列が80%にも達する。非繰返し配列は、ゲノムサイズが約3×109塩基対に達する迄はゲノムの増加と共に増える傾向にあるが、それよりゲノムが増えても繰返し配列の量と割合が増加するだけで、非繰返し配列が2×109塩基対を越える生物はめったにいないのである。大部分の遺伝子は非繰返し配列内にあり(mRNAの約80%は非繰返し配列に由来する)、繰返し配列のほとんどはタンパク質をコードしていない。したがって「ゲノムの非繰返し配列のDNA含量はその生物の相対的な複雑度に良く一致する」(5-4)。半数体当たりのゲノムDNA量(C値)は、生物の複雑さが増すにつれて増加する傾向にあるが、種によってはゲノムサイズのばらつきが大きく、時には両生類や植物の様に100倍を越えるものがいたり、ヒトよりも大きなC値を持つものもいるなど例外も多い。このようにC値と生物の複雑さとの間に、明確な相関関係が認められない現象を「C値のパラドックス」と呼んでいるが、これは遺伝子とは関係のない繰返し配列が増加した事に原因があったのである。

  高頻度繰返し配列のほとんどは、比較的短い配列がいくつも縦に並んで反復(タンデムリピート)したサテライトDNAである。この名前の由来は、最初に発見されたものがヌクレオチド比の偏りから、密度勾配遠心で全DNAと少し密度の異なる小量成分(サテライト)として分離された事によっている。サテライトは種々の真核生物ゲノムに存在するが、全DNA量の5%を越える事はめったにない。ヒトでは、繰返し配列の約1/3がこのサテライトDNAである。そして、たいてい分裂期の染色体の動原体周辺にあるヘテロクロマチン(常に分裂期の染色体の様に非常に密に凝縮した不活性なクロマチンの領域)の所に限って検出される事から、サテライトDNAは染色体の構造に関与していると考えられている。節足動物のサテライトは、短い同一の繰返し配列から成る均質な核酸で、その90%以上はごく短い単一の繰返し単位で占められている。したがって、各サテライトは短い塩基配列(数bp〜十数bp)の増幅によって生じた事は疑いない。哺乳類のサテライトDNAでは、一連の短い配列が集まって長い繰返し単位を構成し、それがまた若干異なりつつタンデムに繋がるという様に、繰返し単位が階層構造をとっている。こうした階層構造を持つサテライトDNAは、あるランダムに選ばれた配列が、増幅と変異の蓄積による分散を繰り返しながら進化して来たものと考えられる。

 

(注) サテライトDNAには密度勾配でのサテライトバンドには現れないが、ミニサテライトとマイクロサテライトが含まれる。ミニサテライトは25bpまでの反復単位が、20kbにもなるクラスターを形成する。テロメアDNAがその一例で、多くのミニサテライトが染色体末端近くに存在する。マイクロサテライトは、通常4bp以下の反復単位が150bp以下のクラスターを作っている。その機能は良く分からないが、並んでいる反復単位の数が変化しやすく、法医学で遺伝子プロファイルを作り個体識別に利用されている。

 

  中頻度繰返し配列は、しばしば長い非繰返し配列の間に多少の規則性をもって散在する、繰返しの程度も配列の相互関係も異なる色々なファミリーから成っている。その多くは、何回も増殖してコピー数を殖やした転移性配列に由来する。哺乳類の中頻度繰返し配列の大部分は、レトロウイルスと同じ機構で転移するレトロトランスポゾンから成り、そのほとんどは2つのファミリー、即ち長い分散した配列から成るLINES(long interspersed sequence)と、短い分散した配列から成るSINES(short interspersed sequence)に属している。

  このように真核生物のゲノム内には、繰返しコピーされて増殖した繰返し配列、しかもタンパク質をコードせず必要のなさそうな塩基配列が大量に存在しているのである。既にある塩基配列を、繰返しコピーして新しい塩基配列を作るという事は、真核生物では普遍的に行われて来たと言っていいだろう。

 

 

表現型の進化と分子レベルの進化

 オプシン遺伝子の進化

 

  遺伝子重複による進化に関連して、生物の表現型の進化と分子レベルの進化との興味深い関係についてここで見ておこう。我々が物を見る事ができるのは、眼のレンズを通して網膜に結ばれた外界からの光が、網膜の視細胞にある光の受容体(レセプター)に吸収され、電気信号に変換されて脳に伝えられる為である。視細胞には、暗い所での明暗視に働く桿体と色を識別する錐体の2種類がある。ヒトには青・緑・赤色の光を感じる3種類の錐体があり、それぞれ青色オプシン・緑色オプシン・赤色オプシンの3種類の色覚レセプターを持っている。そして明暗視のレセプターのロドプシンも含めて、これらはアミノ酸配列が良く似ており、1つの遺伝子ファミリー(オプシン・サブファミリー)を形成している。中でも赤色オプシンと緑色オプシンは非常に良く似ていて、X染色体上に並んで存在する。実は、赤と緑を区別できない遺伝的疾患の赤緑色覚異常が多いのは、この2種類のオプシン遺伝子の塩基配列が大変良く似ている事と関係がある。遺伝子の重複による進化では、2つの遺伝子の塩基配列が良く似ていると、一方の塩基配列を他方の配列で置き換えてしまう遺伝子変換がしばしば発生し、赤色・緑色オプシン間でこれが起こると2つの塩基配列が同一になり、片方の遺伝子の情報が失われてしまうのである。また、遺伝子の配列が良く似ていると不等交差も起こりやすい。染色体の交差では全く同じ遺伝子同士が対合するが、隣に良く似た遺伝子があると対合がずれる場合があり、この状態で組換えが起こると一方では遺伝子がまるごと1つ欠失し、逆に他方では増える事になる。増加した方は問題ないが、赤色・緑色いずれかの遺伝子が失われた方では、それに対応して色覚異常が発生するわけである。ヒトに赤緑色覚異常が大変多いのは、この2つの遺伝子があまりにも良く似ている結果、遺伝子変換や不等交差が起こりやすい為で、言い換えれば、これらの遺伝子の重複による進化の歴史が浅い事が原因の1つなのである。実際、確実に3色の色覚を持つのは旧世界ザルとヒトを含めた類人猿である事から、霊長類の系統で青色オプシンに加えて緑色・赤色オプシン遺伝子が出揃うのは、旧世界ザルと類人猿が分岐した約3000万年前の事と考えられている。

  ところで、光センサーのオプシン遺伝子の起源は非常に古く、単細胞のミドリムシやハロバクテリアにも脊椎動物のオプシンに似たレセプターがあって、光感覚に利用されていると言う。このことは真核生物の出現以前から、オプシン様構造が既に存在していた事を意味している。地球上に棲む生物にとって重要な光に対する反応の仕組みが、生物進化のかなり初期の段階から発達していたのだろう。ロドプシンや色覚オプシンのアミノ酸配列の比較から、このオプシン遺伝子の分子系統樹が推定すると、約7億年前に脊椎動物と無脊椎動物が分岐した後、共通の祖先遺伝子から脊椎動物と無脊椎動物のそれぞれの系統で独自に遺伝子重複を繰返し、多様な光の波長に対応するレセプターが進化して行った事が分かると言う。昆虫も色覚を持つが、色覚は脊椎動物と昆虫とで独立に進化したわけである。脊椎動物の系統では、まず魚類の段階で赤・緑色オプシン遺伝子の祖先遺伝子と青色オプシン遺伝子が分岐し、その後、赤色と緑色オプシン遺伝子が分かれ、青色オプシン遺伝子からは白黒遺伝子のロドプシンが分離した。つまり以外だが、白黒の視覚はカラーよりも後になって進化して来たものなのである。さらに重要な点は、3原色の色覚と白黒の視覚が4億年前の陸上動物の出現以前に既に成立していた事である。この後も、脊椎動物の系統ごとに多少の微調整が行なわれるが、オプシン遺伝子の基本は既に早い時期に完成していたのである。多くの哺乳類で色覚はないと言われるが、これは以前に持っていた色覚を進化の過程で失った事を意味している。その原因は、多くの哺乳類が恐竜の繁栄した中生代に夜行性だった為で、後に霊長類の系統で再び色覚を取り戻す事になるのである。

 

(注)色覚オプシンからロドプシンへの変換には、たった1箇所のアミノ酸を変えるだけで良い。また明暗視の起源は、無顎類の中の円口類が現れた頃にまでさかのぼると言う。

 

  宮田隆によると、オプシン遺伝子の進化では興味深い事に、遺伝子重複が脊椎動物の進化の初期段階で集中的に起きていると言う (5-3)。時代を、脊椎動物と無脊椎動物が分かれた7億年前から魚と陸上動物が分岐する4億年前までの前期と、それ以降の後期とに分けると、遺伝子重複の回数は前期では6回なのに対し後期では3回に過ぎない。期間が3億年の前期に対し、後期は4億年と長い事。その上、遺伝子重複の頻度が同じとすると時代を下るほど系統の数が増え、遺伝子重複もそれに応じて増加するはずである点などを考えると、前期に、即ち脊椎動物の初期進化の過程で遺伝子重複が集中的に起こった事が分かる。さらに、この間に蓄積したアミノ酸の置換数も前期の方がずっと多く、前期に物凄い速さで遺伝子が進化した事は明白で、平均の進化速度は約10倍にもなると言う。このようにオプシン遺伝子の進化と多様化は、脊椎動物の進化の初期段階で急激に進んだのである。つまりオプシン遺伝子は、脊椎動物の進化の長い歴史を通じて徐々に形成されたのではなく、進化の早い段階で短期間に一挙に作られたという事になる。実は、こうした進化のパターンは、このグループの遺伝子だけに見られる特殊なものでは決してない。脊椎動物では、機能の良く似た遺伝子を遺伝子重複によって幾つも作り、それぞれ異なる組織や器官で働かせている。このように機能はほぼ同じだが、働く組織や器官が違う遺伝子のグループを組織特異的遺伝子と呼んでいるが、こうした25の異なる組織特異的遺伝子のグループについて同様の分析を行うと、オプシンと似た多様化のパターンを示すと言う。これらの組織特異的遺伝子も同様に、脊椎動物の進化の前期に急激に多様化し(約5億年前メクラウナギと魚類が分岐した時期に急激に起きたらしい)、後期にはずっと緩慢になるのである。オプシンは決して例外ではなかったわけである。

  ここで見た脊椎動物の初期進化の時期は、多様な多細胞動物が一斉に出現したカンブリア爆発を含み、さらに節足動物そして棘皮動物との分岐を経て、半索動物・原始的脊索動物から初期の魚類に至る進化の過程を含んでいる。この時期は形態上の大きな進化が急速に起きた時期であり、様々な組織や器官が発達した時でもあった。即ち、このような形態上の急激な進化に合わせて、オプシンなどの組織特異的遺伝子の多様化が急速に進んだのである。このことは、表現型の進化が分子レベルの進化と深く結び付いて起きている事、そして表現型レベルの進化だけではなく分子レベルの進化に於いても、進化の急激に起こる時期と緩慢な時期が存在するという事、つまり分子レベルでも進化は断続的にあるいは不連続に起こるという事を意味している。この事実は、進化は偶然に起こる突然変異と自然淘汰により漸進的に進行するというダーウィン派の理論が、表現型レベルだけではなく分子レベルの進化に於いても通用しない事、それが現実からかけ離れた理論である事を示していると言えよう。

 

 

 シグナル伝達系の多様化

 

  視覚のシグナル伝達系に良く似たシステムは他にもたくさんある。例えば神経細胞は、神経伝達物質を介して他の細胞や神経細胞への情報伝達を行っている。標的細胞の表面には神経伝達物質のレセプターが存在し、情報はそこから細胞内のシグナル伝達系を介して2次メッセンジャーに伝達され、種々の細胞内反応が引き起こされるのである。受け取る神経伝達物質ごとに異なるレセプターが存在するが、いずれもオプシンと良く似た構造で共通の祖先遺伝子から遺伝子重複により進化したと考えられ、Gタンパク質連結型レセプターファミリーと呼ばれる大きな遺伝子ファミリーを形成している。情報変換器も視覚のものと類縁のGタンパク質で、これも大きなGタンパク質遺伝子ファミリーを形成している。臭覚もこれと良く似たシステムを持ち、匂いの分子に対応して様々なレセプターが存在するが総てオプシンと類似し、また情報変換器も良く似て、それぞれ上記の遺伝子ファミリーに含まれる。その他、種々のホルモンのレセプターも、Gタンパク質連結型レセプターファミリーに含まれ、この遺伝子ファミリーは膨大な数のメンバーから構成されているのである。

 

(注)Gタンパク質:シグナル伝達系で介在物質として働くGTP結合タンパク質の一種で、通常は、ホルモンやリガンドが細胞膜のレセプターに結合すると活性化される。

 

  Gタンパク質連結型レセプターファミリーは、オプシン・神経伝達物質のレセプター・匂いレセプター・糖タンパク質ホルモンのレセプター・神経ペプチドのレセプターなど、受容分子のリガンドごとに幾つかのグループ、つまり亜族(サブファミリー)に分かれる。サブファミリーは組織特異的遺伝子が作るグループで、働く組織や器官が異なるだけの類似したリガンドを受容し、ほぼ同じ機能を持つレセプターから構成されている。各サブファミリー内の組織特異的遺伝子の多様化の様相を見てみると、ムスカリン性アセチルコリンレセプター・アドレナリンレセプター・ドーパミンレセプターの3つのサブファミリーでは、オプシンサブファミリーの場合と同様に、魚類と四足動物が分かれる前に急速に多様化が進み、それ以降はあまり進展していないというパターンが見られる。例外は匂いのレセプターで、魚類と四足動物の分岐後の方がそれ以前よりも、多くの遺伝子重複が起こっている。しかし、匂いのレセプターには非常にたくさんの遺伝子が存在し、まだ解析も不充分ではっきりした事は言えないと言う。

  では、Gタンパク質連結型レセプターファミリーを構成するサブファミリー自体は、何時どのようにして形成されたのだろうか。異なるリガンドを受容する、つまり異なる機能を持つレセプターの多様化の歴史は非常に古く、総て脊椎動物と節足動物の分岐以前にさかのぼると言う。異なるサブファミリーを作った遺伝子重複の時期を見ると、原生生物から多細胞生物が進化した約10億年前から、脊椎動物と節足動物が分岐する約7億年前迄の3億年間に、様々な機能を持つレセプターが一斉に進化して来た事が分かる。そして、それ以後の7億年間には、新しい機能を持つサブファミリーはほとんど出現していないのである。また、この間のアミノ酸置換数を見ても、最初の3億年間に置換が盛んに起こり、速い速度で分子進化が起こっていた事を示していると言う。

  以上をまとめると、単細胞生物から多細胞動物が進化して以降、約10億年の動物の進化史の中で、最初の3億年間に様々な機能を持つGタンパク質連結型レセプターの基本型が作られてしまい、その後の7億年間には新しい機能を持つサブファミリーは匂いのレセプターを除いて作られていない。そして、7億年前に脊椎動物と無脊椎動物が分岐してから四足動物が出現する迄の次の3億年間には、各サブファミリー内で何度もコピーを繰り返し、同じ機能を持つレセプターを多数作り上げて行ったのである。これらは組織ごとに異なる組織特異的遺伝子となり、これ以降はこの遺伝子もあまり作られていない。結局、Gタンパク質連結型レセプターファミリーは、動物の進化史を通じて徐々に多様化して行ったのではなく、むしろ断続的に進化したと考えられるのである。

  これと同じ事が、Gタンパク質ファミリーについても言えるという。この遺伝子ファミリーでも、サブファミリーを作り出した遺伝子重複は総て、脊椎動物と節足動物の分岐以前に起きている。そして同一のサブファミリー内での多様化は、ほとんど魚類と四足動物が分岐する迄に完成しているのである。つまり、Gタンパク質連結型レセプターファミリーの場合と全く同じなのである。また、シグナル伝達系に関与すると思われる他の12の遺伝子ファミリーも、同様な多様化のパターンを示すと言う。さらに、二胚葉動物のヒドラや側生動物のカイメン(海綿動物)まで含めて考えると、Gタンパク質ファミリーやタンパク質をリン酸化する酵素の一種のチロシンキナーゼ・ファミリーでは、異なるサブファミリーを作る事になった遺伝子重複は総て、9億年前にカイメンと他の真正後生動物が分岐する以前に起こっていると言う。この事は10億年前、多細胞生物が単細胞生物から進化した直後のごく短期間(1億年間)に、異なる機能を持つGタンパク質やチロシンキナーゼが一斉に進化し、その後はほとんど作られなかった事を示している。これらの遺伝子ファミリーに見られる遺伝子の不連続な進化のパターンは、多細胞生物特有の細胞間コミュニケーションに関与する、他のあらゆる遺伝子ファミリーにも共通して見られると考えられている。(5-3) (5-5)

 

 

 細胞内局在性遺伝子の進化

 

  最後に、真核生物が誕生したばかりの頃の遺伝子の進化について見ておこう。先にも触れた様に、最も原始的な真核生物の1つと考えられているランブル鞭毛虫(ギアルディア Giardia)は、核が有るので確かに真核生物だが、ミトコンドリアや葉緑体さらには小胞体・ゴルジ体も持っていない。分子系統樹によると、ミトコンドリアを持つどの原生生物よりも古い時期に枝分かれした事が分かっており、従って、ランブル鞭毛虫はミトコンドリアを獲得する以前の原始的な真核生物である可能性が高いのである。

  さて、真核生物の初期進化の様子を知るには、真核生物がバクテリアから分かれて以降、ランブル鞭毛虫が他の原生生物と分岐する迄の時期について、遺伝子の進化を見てみればよい。そして、これは様々な細胞内小器官が進化した時期に当たり、従って、細胞内小器官に局在する分子の進化を調べればよい事になる。異なる組織にはそれぞれ固有の遺伝子(組織特異的遺伝子)がある様に、細胞小器官ごとに異なる分子が局在し、しかも、これらの分子は互いに構造が良く似て遺伝子ファミリーを形成している。その1つが細胞内小器官間の輸送の交通整理をしているrabファミリーで、哺乳類の他、酵母・原生生物、そして最古の真核生物の系統と考えられるランブル鞭毛虫からも見つかっている。従って、rabファミリーは総ての真核生物に存在すると考えられる。この rab ファミリーの分子系統樹を作ってみると、局在性の異なる rabのほとんどは、ランブル鞭毛虫と他の真核生物が分岐(約2015億年前)する以前に遺伝子重複によって作られ、それ以降ほとんど遺伝子重複は起きていないと言う。つまり、rabファミリーの多様性は、真核生物の進化のごく初期の段階で完成してしまったという事である。rabは真核生物にしか存在しないと考えられるので、真核細胞の様々な内部構造が形作られて行ったちょうど同じ時期に、rabの多様化が起こったわけである。同じ事は、微小管上を動くモーター分子のキネシン遺伝子についても当てはまると言う。細胞内構造という表現型レベルの進化と、rabやキネシンの多様化という分子レベルの進化が、ここでも対応して起こっていたのである。

 

 

 表現型進化と分子進化

 

  ここまで見て来た事から分かるのは、表現型レベルの進化と遺伝子の多様化という分子レベルの進化が対応して、両者とも不連続あるいは断続的に進化して来たという事である。真核生物の歴史を見ると、3つの大きな出来事に画されて段階的に進化して来た事が分かる。それは、@真核細胞の誕生と細胞内小器官の発達、A多細胞動物の出現、B脊椎動物の出現とその組織・器官の発達である。そしてこの3段階に合わせて、進化に必要な様々なタイプの異なる遺伝子が短期間に急速に作られて来たわけである。

  まず、@の細胞内小器官が進化した時期には、小器官ごとに固有の細胞内局在性遺伝子の急速な多様化が起こっている。そしてこれ以降、このタイプの遺伝子の多様化はほとんど起きていないのである。Aの単細胞の原生生物から多細胞動物が進化して来る時には、シグナル伝達系の多彩な機能を持つ分子が一斉に進化して来た。単細胞生物が多細胞化する過程で個々の細胞は独立性を失い、機能の異なる様々な細胞に分化して行く。こうして生まれた多様な細胞を1つの有機体に統合するには、細胞間のコミュニケーションが不可欠である。この為、細胞間の情報伝達手段として、今日の多細胞動物に見られる様々なシグナル伝達系が発達し進化して行ったのである。しかもこのシグナル伝達系の基本は、多細胞動物の誕生から二胚葉動物や三胚葉性動物が進化して来る迄の、ごく初期の短期間に完成している。最後にBでは、脊索動物から脊椎動物が進化して後、魚類と四足動物が分岐する迄の間に、組織特異的遺伝子の多様化が急速に進展した。これは脊椎動物の様々な組織・器官が進化した時期に対応し、この時期を過ぎると、このタイプの遺伝子の多様化も緩慢になるのである。

  こうした事から、表現型レベルの進化と分子レベルの進化は、深く関連しながら進んで来た事、そして遺伝子の多様性は徐々に増していったのではなく、断続的に起こった事が分かる。分子レベルに於いても、進化はそれが必要になった時に急激に進行しているのである。これは、表現型の進化は不連続に起こるという考えと符合するものである。

 

(注)多細胞化に関連すると考えられるシグナル伝達系に関与する遺伝子のほとんどは、立襟鞭毛虫の様な単細胞生物から多細胞生物が進化して1億年たらずの間に爆発的に作られ、9億年前にカイメンが他の動物と分岐する頃には既にこうした遺伝子のセットが出揃っていた。これは三胚葉動物が爆発的に進化したカンブリア爆発の数億年前に当たる。宮田隆は、カンブリア爆発と遺伝子爆発との間の時間的なずれの存在から、進化の分子機構を考える上で、新しい遺伝子を作るというハードの視点ではなく、既に有る遺伝子をいかに利用するかというソフトの視点が重要であると指摘している。(5-5)

 

 

ゲノムの再編成と遺伝子の進化

 組み合わせの変更による進化

 

  遺伝子重複は、新しい機能を持つ遺伝子を生み出す基本的な機構であるが、それと並んでもう1つ重要な遺伝子進化のメカニズムがある。それは、パッチワークの様に色々組み合わせを変えて新しい遺伝子を作り出す方法である。これは組み合わせのレベルの違いから、大きく3段階の方法に分けられる。まず、遺伝子の構成要素で遺伝情報をコードするエキソンの組み合わせを変えて、新しい遺伝子を作るエキソン・シャッフリング。次は、遺伝子レベルでの組み合わせの変更とも言える、染色体が互いに遺伝物質を交換する遺伝的組換え。そして最後が、タンパク質レベルでの組み合わせの変更である。これは別々の遺伝子から作られたタンパク質が重合して、性質の異なる多量体を作る方法で、新しい遺伝子を作り出すものではないが、それと同様の効果をもたらすものである。ところで、ここで取り上げた3段階の方法は、実はタンパク質の構造上の階層性に対応している。遺伝子の目的が、生命活性を持つタンパク質の合成にある事を考えると、それも当然かも知れない。では次に、これらの方法について順に見て行く事にしよう。

 

 

 エキソン・シャッフリング

 

  真核生物の多くの遺伝子DNAは、そのmRNAよりもずっと長い。それは遺伝子が、イントロンと呼ばれる遺伝情報をコードしていない配列によって幾つにも分断されているからで、この為、真核生物ではmRNAが作られる時、一次転写産物のRNAから不要なイントロンを除去する必要がある。この過程がRNAスプライシングで、これによって初めてmRNAは完成し、核の外(細胞質側)に出てタンパク質に翻訳される事になる。この一見無駄に思えるイントロンが、実は遺伝子の進化に極めて重要な役割を果たしているのである。先にも触れた様に、タンパク質は特有の立体構造をとる事によって活性を持ち機能する様になるわけだが、その構造はさらに小さな密に折り畳まれた球状の構造単位であるドメインに分けられる。これは、50350個のアミノ酸からなるポリペプチド鎖の折り畳みの単位で、タンパク構築の基本単位と考えられている。小さなタンパク質ではこのドメインを1個しか持たないが、大きいものは何個ものドメインが繋がって出来ており、真核生物の多くのタンパク質は、こうした一連の似た構造単位の繰返し構造をしているのである。ところで、イントロンで分断された遺伝子情報をコードする配列のエキソンは、実はタンパク質のドメインに対応すると考えられる。つまりエキソンは、ドメインのアミノ酸配列をコードしているわけである。そのいい例が前に取り上げた免疫グロブリンで、それを構成する2本のH鎖とL鎖は各々4個と2個のドメインから成っているが、各ドメインはそれをコードするエキソンに正確に一致しているのである。

  さて、生物が新しいタンパク質を合成する時には、タンパク質の基本構築単位であるドメインを新たに組み合わせて作っていると思われる(ドメイン・シャッフリング)。というのは、タンパク質は20種類のアミノ酸が長く繋がって出来ているわけだが、アミノ酸をただランダムに繋げただけでは安定した立体構造はできないからである。典型的なタンパク質は約300個のアミノ酸から成るので、その組み合わせは10390(≒20300)種類も存在する。しかし、この内で安定な3次元構造を持つものは非常に少なく、大部分は同じエネルギーレベルで化学的性質の異なる様々なコンフォメーションをとる、不安定な分子なのである。そして、このような性質の一定しないタンパク質は生物では使いものにならない。実際、タンパク質は驚くほど複雑微妙な構造を持ち、アミノ酸の原子を2〜3個替えただけで構造が崩れ、まったく機能しなくなってしまう事も多いのである。このような複雑・精密なタンパク質を新しく作るには、一からアミノ酸配列を作り上げて行くのではなく、安定した構造を持つ既存のドメインを組み合わせる方がはるかに効率的であろう。真核生物のタンパク質のアミノ酸配列はまだ少ししか決定されていないが、新しく配列を決定すると、既知のタンパク質に部分的に類似の配列が見つかるのが普通であると言う。これは、ほとんどのタンパク質が比較的少数の祖先から、つまりドメインから進化して来た可能性を示している。また、大きなタンパク質のアミノ酸配列には、既存のドメインが組合わさってできた跡が見られる事も良くあると言う。(1-15)

  この新しいタンパク質を作る上で極めて有効と考えられる、ドメイン・シャッフリングに対応する遺伝子レベルのメカニズムが、エキソン・シャッフリング(エキソンの混ぜ合わせ)なのである。これはタンパク質のドメインをコードするエキソンを、ちょうどトランプの札をかき混ぜる様に混合して、エキソンの新しい組み合わせを作る方法である。この時に重要な働きをするのがイントロンで、不要なイントロンを切り出すスプライシング機構が存在する為、エキソンを混ぜ合わせる時のDNAの切断と再結合は、エキソンの両側にある長いイントロンの中のどこで起きても良い。つまりイントロンが有るお陰で、エキソンを組み合わせる時に情報部分がぴったりと隣接する必要がなく、エキソン・シャッフリングを非常にやり易くしているのである。イントロンを持たないバクテリア類が何十億年もほとんど変化せずに来たのに対し、真核生物が目覚ましい進化を遂げて来た理由の1つは、このイントロンの存在とエキソン・シャッフリングにあったと思われる。事実、真核生物の中でも高等なものほどイントロンが発達していると言う。例えば、酵母では大部分の遺伝子は分断されておらずエキソンは普通固まっているが、昆虫類や哺乳類では反対に分断されていない遺伝子はごく一部にすぎない(哺乳類で6%)。このような、真核生物の進化に於ける分断されていない遺伝子から分断された遺伝子への切り替わりは、下等真核生物で起こり、その結果、高等真核生物ではエキソンの数が多くなると同時にイントロンの増加によって、遺伝子自体がかなり大きくなっている。ほとんどの酵母の遺伝子が2000塩基対より短いのに対し、ショウジョウバエや哺乳類では500010万塩基対もある遺伝子が多い。遺伝子が大きくなるのは、そのコード領域が長くなるからではなくイントロンが増加する為で、高等真核生物ではmRNAと遺伝子の長さが大きく異なって来る。酵母ではmRNAと遺伝子の長さはほとんど変わらないが、哺乳類・昆虫類・鳥類では平均して遺伝子はmRNAの5倍にもなっている。このように、高等真核生物では個々のドメインをコードするエキソン間の隔たりが大きい為、エキソン・シャッフリングにより新しい有用タンパク質が生じる過程、つまり進化が容易になり加速されたと考えられるのである。

  先にゲノムのDNA配列は、繰返し配列と独自の塩基配列を持つ非繰返し配列からなり、ほとんどの構造遺伝子は非繰返し配列の中に存在すると述べた。しかし、構造遺伝子が本当に非繰返し配列なのかと言うと簡単には断言できない。独特の塩基配列を持つという点では、エキソンよりもむしろイントロンの方が相応しいからである。即ち、遺伝子全体としては独自の配列ではあっても、その構成要素のエキソンは他の遺伝子と関連のある事がしばしば有るからである。少なくとも一部の遺伝子では、エキソンは独特な塩基配列であるイントロンの間に配置された、若干の繰返しが認められる配列なのである。異なる種間で同じ遺伝子を比較すると、エキソンの相同性は非常に高いが、イントロンでは対応する配列がほとんど認められないと言う。一般にエキソンよりもイントロンの方が、塩基配列の欠失や挿入、塩基置換による変化が激しいのである。またエキソンとイントロンの結合部位は、タンパク質の構造上、分子の表面にある事が多いと言う。これは、既存のタンパク質に新しいモジュールが結合する際には、その結合部分がタンパク質の表面にある可能性が高い事を考えれば、うまく説明できよう。これらの事は、エキソン・シャッフリングの仮説を裏付けている。確かに多くの場合、エキソンとタンパク質のドメインとの間に単純な対応関係を見つける事は困難であるが、遺伝子の進化の過程でエキソンの融合が起こり、先祖遺伝子の構造が大きく変わったと考えれば一応の説明はつく。エキソン・シャッフリングが遺伝子進化の過程で、遺伝子重複と並んで基本的な役割を果たして来た事は間違いないと思われる。エキソンは一般にかなり小さく、安定した折り畳み構造がとれる最小のポリペプチドのサイズに相当する、アミノ酸2040残基から成っている。タンパク質は、元々このようなかなり小さなモジュールが寄り集まってできたものと考えられる。恐らくすべての遺伝子は、比較的少数の先祖エキソンの、重複・変異・組換えによって生じて来たものだろう。現在、様々な遺伝子の塩基配列をスーパー・コンピューターで解析し、ミニ先祖遺伝子とも言える根源遺伝子を探る研究が進められている。そして、この根源遺伝子は驚くほど短く、かつ数が少ないだろうと言う。

 

 

 遺伝的組換え

 

  遺伝子重複やエキソン・シャッフリングに次いで、進化に重要な役割を果たして来たと思われるのが遺伝的組換えである。遺伝子重複やエキソン・シャッフリングは新しい遺伝子を作り出す仕組みであったが、遺伝的組換えはゲノムDNAの再編成によって、変化する環境に適応できる遺伝的変化を作り出す為のものと言う事もできる。これによって遺伝子の組み合わせを変えたり、遺伝子の発現時期や発現レベルを変える事が行われているのである。この遺伝的組換えは、一般的組換えと部位特異的組換えとに大別される。

  一般的組換え(相同組換え)は先にも取り上げた様に、相同な塩基配列間で起こる組換えで、普通は減数分裂の際に対合した相同染色体間で行われている。また、この一般的組換えによるゲノムの再編成は、減数分裂をしない細菌でも接合の際に広く見られる。一方、部位特異的組換えではDNAの相同性は必要なく、その代わり各種の部位特異的組換え酵素が、短い特異的な塩基配列を識別して組換えが起こる。この組換えは、さらに保存型部位特異的組換えと、トランスポゾンによって行われる転移型部位特異的組換えとに分けられる。トランスポゾンについては後で別に取り上げる事にして、ここでは保存型部位特異的組換えについて見ておこう。これは、細菌の染色体にファージ・ゲノムが組み込まれたり、切り出されたりする時に見られる組換えで、ファージと細菌の特定の短い相同な塩基配列(att 部位:アタッチメント部位)の所で起こる。部位特異的組換えは、一般的組換えと異なりDNA間の相同性を必要しない為、ゲノム内の塩基配列の相対的位置を変化させる事ができる。この性質をうまく使った特殊な例が、免疫グロブリン(抗体)の多様性の生成である。ここで特殊と言ったのは、この組換えがB細胞の分化してくる発生過程で起こるからである。普通、多細胞生物を構成するすべての細胞は、全く同じ遺伝子のセットを持っている。ところが、部位特異的組換えによって遺伝子の再編成を受けたB細胞は、他の細胞とは異なる遺伝子組成を持つ様になる。このような例は、高等動物では免疫系だけに見られるものである。次に抗体の多様性の生成に、この遺伝的組換えがどのように使われているか、見て行く事にしよう。

 

 

 抗体の多様性生成と遺伝的組換え

 

  免疫グロブリンは、外来の異物である抗原を個別に認識し、それに特異的に結合して不活性化させる働きをする。ところが抗原の種類は自然界には無数にある為、その一つ一つと特異的に結合する抗体も、それに対応した膨大な種類が必要となる。例えば、ヒトは普段でも1015種類もの抗体を作る事ができると言う。しかし、ヒトの持つ遺伝子の総数は3万個(≒104.5)程度に過ぎない。では、どのようにして、ゲノムにある遺伝子の総数よりもはるかに多い種類の抗体を作る事が可能なのだろうか。実は、この抗体の多様性が、B細胞が分化してくる過程で起こる遺伝的組換えにより生成されている事を証明したのが利根川進で、これによって1987年にノーベル生理学・医学賞を受賞したのである。つまり、B細胞のまだ分化していないマウスの初期胎児細胞のDNAと、抗体を作っている骨髄種細胞(ミエローマ)のDNAとを比較し、抗体の可変(V)領域と定常(C)領域をコードする配列が、胎児細胞では離ればなれなのに対し、骨髄種細胞では一体になっている事を示したのである。

  免疫グロブリンは、L鎖とH鎖それぞれ2本づつから構成される4量体で、各ポリペプチド鎖はV領域とC領域からなり、L鎖とH鎖のV領域が一緒になって抗原結合部位を形成している。L鎖にはκ(カッパ)とλ(ラムダ)の2種類のファミリーがあり、H鎖には1つのファミリーがある。そして、各ファミリーは別々の染色体上に存在し、それぞれ1組のV遺伝子分節とC遺伝子分節を持っている。免疫細胞以外の体細胞と生殖細胞(分化した免疫細胞以外のすべての細胞)では、各ファミリーのV遺伝子分節とC遺伝子分節の配列はかなり離れている(生殖系列型)。それがB細胞の分化の過程で部位特異的組換えによって連結され、L鎖とH鎖の機能を持つ遺伝子が出来上がるのである。つまり、多数あるV遺伝子分節の内の1つと、数個のC遺伝子分節のどれか1つが結合してL鎖・H鎖の遺伝子が完成するわけだが、その組み合わせを変える事によって抗体の多様性を生み出しているのである。実際には、V遺伝子分節とC遺伝子分節が直接結合するのではなく、その間にJ(連結)部が入ってV--C結合が起きている。即ち、L鎖のファミリーは、たくさんのV遺伝子分節を含むV部と短いJ部、そして少数のC遺伝子分節を持つC部から成り立ち、H鎖のファミリーではこれにD(多様性)部が加わる。抗体分子が作られる時には、L鎖ではV部とJ部の間で組換えを起こしてVL領域を形成し、H鎖では最初にD-J間そして次にV部が組換えを起こし結合(V--J結合)してVH領域が形成され、これがそれぞれ適当なC部と結合して、完全なポリペプチド鎖をコードする遺伝子が出来上がるのである。ヒトの場合、κL鎖のファミリーは76個のVκ遺伝子分節と5個のJ部、1個のC遺伝子分節からなり、この組み合わせの違いから380種類のκL鎖が生じる。λL鎖では52個のVλ遺伝子分節と各7個のJ部とC遺伝子分節から2548種類が生じ、両方で2928種類のL鎖が合成可能となる。H鎖の多様性はさらに高く、86個のVH遺伝子分節と30個のD部、9個のJ部からH鎖のV領域は23220通りにもなる。このL鎖とH鎖を組み合わせる事で、何千万種類もの抗原結合部位が生じる事になる。こうして、体細胞が分化して来る過程での遺伝的組換えが、免疫グロブリンとT細胞レセプターの多様性を飛躍的に増大させる事を可能にしたのである。

  その上、抗体の多様性は、組換えが起こる時の遺伝子分節の不正確な連結によって、さらに高められている。通常、部位特異的組換えではDNAの連結は極めて正確だが、抗体(およびT細胞レセプター)の組換えでは遺伝子分節の末端からヌクレオチドが欠失する事が良くあり、H鎖ではランダムな挿入が起こる事もある。こうした連結部におけるヌクレオチドのランダムな欠失や挿入が、V領域配列の多様性をとてつもなく増大させているのである。また免疫では、感作後の時間が経過するにつれ、感作抗原に対して作られる抗体の親和性が徐々に増加する事が知られている(親和性の成熟)。これはH鎖とL鎖をコードする塩基配列に、特異的に点変異が蓄積する事による抗体に特異的な現象で(T細胞レセプターには起こらない)、組換え後にB細胞が二次リンパ器官内で、抗原やT細胞に刺激されて記憶細胞を産生する時に起こる。この点変異は1細胞世代のV領域配列に約1回の割合で起こり、これは自然変異率の約100万倍にも相当する。この極めて高頻度に起こる体細胞超変異によって、抗体の多様性はさらに飛躍的に増加するのである。

 また鳥類の免疫系では、全く異なる機構で多様性を増大させている。ニワトリの単一のλ型L鎖の遺伝子座には、1個の機能的なV--C部の上流に25個の偽遺伝子が存在し、その10120塩基対の配列が、恐らく遺伝子変換によってVλ1遺伝子の対応する一部の配列と置換されるのである。Vλ1遺伝子は、免疫機構が成熟する迄にこうした再編成を繰返し、様々な偽遺伝子に由来する4〜6個の遺伝子断片を持つ様になる。もし、すべての偽遺伝子が遺伝子変換に加わるとすると、2.5×108もの組み合わせが可能になると言う。

 

 

 

 スプライシングによる再編成

 

  遺伝子の再編成に、RNAスプライシングが関っている事もある。DNAから転写されたばかりのRNAは、遺伝情報をコードしていないイントロンを含んでおり、これを除去して完全なmRNAを作るのがスプライシングであったが、その時に連結するエキソンの組み合わせを変える事で遺伝子の再編成を行うのである。

  この例も、免疫グロブリンで見られる。抗体には、IgM・IgD・IgG・IgA・IgEの5種類のクラスがあり、それぞれ異なる機能を持っている。この抗体のクラスはH鎖の定常領域(CH領域)の種類によって決まり、多くのB細胞は分化する間に抗体のクラスを切り換える(クラス切り換え)。この時、VH領域およびL鎖は変化しない為、同一の抗原結合部位を持つ種々のクラスの免疫グロブリンが生み出される事になる。クラス切り換えの大部分は、V--J結合とは別のDNAの組換えによって起こるが、次の2つの場合はRNAのスプライシングが使われている。すべてのB細胞の抗体合成は、まずIgM分子を作り、それを抗原の受容体として細胞膜に挿入することから始まる。そしてほとんどのB細胞は、抗原の刺激を受ける前に切り換えを行い、IgMとIgD分子の両方を膜結合型抗原受容体として産生する様になる。この膜結合型IgMの単独産生から、IgMとIgDの同時産生への切り換えに働いているのがRNAスプライシングである。この2種類の免疫グロブリンを同時に作るB細胞では、まず2種類のC遺伝子分節(CμとCδ)を持つ一次転写産物が作られる。そしてこの転写産物が2通りのスプライシングを受ける事で、同じVH領域をコードする配列にCμまたはCδが連結した、IgMとIgD分子が作られるのである。また、どのクラスの抗体にも膜結合型と水溶性の分泌型との2種類あるが、抗原の刺激を受けると分泌型のIgM抗体(五量体のIg5Jの形で分泌)が作られ、これが一次抗体応答の主役となる。さらにB細胞の中には、IgG・IgE・IgA抗体の産生に切り換わるものも出て来る。記憶細胞はこれらの分子を細胞表面に発現し、活性化B細胞がこれを分泌する。抗原刺激の後で初めて産生されるこれらの分子が、二次抗体応答の主役となる。ところで、この膜結合型から分泌型への切り換えが、スプライシング部位を変更する事で行われているのである。膜結合型IgM分子のH鎖のカルボキシル末端は疎水性で、この部分が細胞膜の脂質二重層に固定させる役割を果し、それに対して分泌型IgM分子では親水性のカルボキシル末端を持ち、細胞膜から遊離する様になっている。このカルボキシル末端の疎水性から親水性への変更が、選択的スプライシングによって行われているのである。

 また、ラットの筋細胞で収縮を調節しているα-トロポミオシンは、スプライシングのパターンの違いにより、横紋筋と平滑筋や脳で異なるタンパク質が合成されていると言う。

 このように真核生物の多くの遺伝子では、スプライシングのやり方を変える事で、細胞の種類や発生段階によって異なるmRNAが合成され、その結果、同じ遺伝子から異なるタンパク質を作る事ができるのである。

 

 

 トランスポゾン

 

  もう1つ部位特異的組換えによって、ゲノムの再編成と進化に大きな役割を果たして来たと思われるものが、転移因子(トランスポゾン)である。一般にゲノムには多様なトランスポゾンが含まれており、大腸菌には複数個のコピーを持つトランスポゾンが1020種類存在し、高等真核生物ではゲノムの10%以上にもなると言う。哺乳類ゲノムには、明らかに不必要なDNAがイントロン以外に遺伝子間のスペーサーDNAとして大量に存在するが、このかなりの部分はトランスポゾン様の繰返し配列なのである。このように多量の因子が存在する為、その移動は変異性に大きな影響を与える事になる。かっては、変異と言えば自然に起こる点突然変異を指したが、今日では変異の多くがトランスポゾンの転移によって引き起こされると考えられている。ショウジョウバエで調べられた自然変異の半数以上は、遺伝子内部またはその近くへのトランスポゾンの挿入によるものであったと言う。トランスポゾンは、染色体DNAを従来考えられていたよりずっと不安定化し、進化の過程でゲノムに起こった多くの変化が、これと関係していると考えられるのである。(1-15)

  トランスポゾンは大きく2種類に分けられる。1つは、転移酵素(トランスポザーゼ)をコードしたDNA配列で、染色体DNAに直接作用してゲノム内を転移するもの。もう1つは、RNAを仲介にして転移する、レトロウイルスと関係が深いレトロトランスポゾン(レトロポゾン)である。まず、DNAに直接作用して転移するトランスポゾンから見て行く事にしよう。この内、最も単純なものがIS因子(挿入配列:insertion sequence)である。IS因子はどれも小さく約1000塩基対ほどの大きさで、その両端には良く似た逆方向繰返し配列を持ち、この末端配列がトランスポザーゼによって認識されて転移反応が起こる。そして、両端の逆方向繰返し配列の間にはさまれて長いコード領域があり、1つのタンパク質つまりトランスポザーゼをコードしている。またIS因子が転移すると、その挿入部位で宿主DNAの塩基配列に重複を生じる。これはトランスポゾンの挿入時に、標的部位にずれた切れ目(ニック)が作られ、その飛び出た方の末端にトランスポゾンがつながり、後でギャップが埋められる事による。このため挿入されたIS因子の両端、即ち宿主DNAがIS因子と接する部分に、短い同方向繰返し配列(普通9塩基対)が形成される事になる。つまりIS因子は、その両端に逆方向繰返し配列を持ち、さらにそれに接して宿主DNAの短い同方向繰返し配列があるという、特徴的な構造をしているのである。したがって、DNAの塩基配列中にこのような構造があると、それはトランスポゾンの転移反応によってできた証拠となる。このIS因子は、細菌の染色体やプラスミドの通常の構成要素となっており、大腸菌のある標準株には代表的なIS因子がそれぞれ数コピーずつ存在すると言う。転移の頻度はトランスポゾンによって異なるが、1因子につき1世代当たり10-310-4、それぞれの標的部位への挿入は自然突然変異の頻度と同じ位で、通常1世代当たり10-510-7である。さて、IS因子は自分自身が転移するだけだが、トランスポゾンの中には薬剤耐性などの遺伝的マーカーを持つものも存在する。これは薬剤耐性マーカーなどのDNA配列を、両側からIS因子で挟んだもので、複合トランスポゾンと呼ばれている。この両側のIS因子は同じ向きの事もあるが、一般的には逆向きになっている。また、IS因子は通常末端に逆方向繰返し配列を持つので、複合トランスポゾンにも当然その両端に逆方向繰返し配列が存在する事になる。実際、IS因子が2つあれば自分自身はもとより、その間に存在するどんな塩基配列でも転移させる事ができると言う。ただし、複合トランスポゾンの転移の頻度は、両末端のIS因子間の距離が長くなるほど低下する。

  ところでトランスポゾンの転移の仕方は、その機構の違いから2つに大別できる。1つは複製的転移で、反応中にトランスポゾンが複製し、元の因子のコピーが転移するもの。したがってこの型の転移では、トランスポゾンのコピー数が転移ごとに増加する事になる。もう1つは非複製的転移で、トランスポゾン全体が1つの単位として直接ある場所から別の場所に移り、元あった場所からは失われるものである。さらに、保存的転移というのもあるが、これは非複製的転移の一種で、トランスポゾンはすべての塩基配列が保存されたまま標的部位に挿入される。つまり、ここでは塩基配列の増減は起こらない。トランスポゾンによっては、いずれか一方の転移機構だけを使うものもあるが、両方の機構を使えるものもある。

  さて、真核生物にも原核生物と同様にトランスポゾンが存在するが、真核生物にはもう1つ別のタイプのトランスポゾンが存在する。それがレトロトランスポゾン(レトロポゾン)である。これはレトロウイルスと同様に、RNA中間体を介して移動し、それが逆転写されて2本鎖DNAとなりゲノムに組み込まれる。このレトロポゾンには、ウイルス・スーパーファミリーと非ウイルス・スーパーファミリーの2種類がある。ウイルス・スーパーファミリーのレトロポゾンは、レトロウイルスと同様その両端にLTR(long terminal repeat)と呼ばれる同方向に繰り返された長い末端繰返し配列を持ち、転移に必要な逆転写酵素やインテグラーゼをコードしている。そして挿入された標的DNAに、短い繰返し配列を作り出す。もう一方の非ウイルス・スーパーファミリーでは、末端繰返し配列はなく転移に必要な酵素もコードしていない。しかし、このレトロポゾンの両側には標的DNAの短い繰返し配列が存在し、トランスポゾンの転移と同様の反応が起きた事を示しており、恐らくレトロウイルス様の転移反応の際にRNAが逆転写酵素の標的となり、つられて生じたものと思われる。同じ仕組みで生成したレトロポゾンに、プロセシングを受けた偽遺伝子がある。これはイントロンを含まず、エキソンのみが正確に結合した構造をしており、RNAを介した反応のあった事を示唆している。また偽遺伝子には、末端にA・T対の短い塩基配列を持つものがあるが、これはRNAのポリ()末端に由来するものと考えられる。これらのプロセシングを受けた偽遺伝子は、本来の遺伝子があった部位とは全く関係のない所に散在しており、活発な遺伝子クラスターの近くに存在する他の偽遺伝子とは全く違う仕組みで生成したものなのである。こうしたレトロポゾンは、酵母・ショウジョウバエから哺乳類に至る多様な生物に存在し、哺乳類のゲノムでは、中頻度繰返し配列の大部分がこのレトロポゾンから成っている。特に霊長類のDNAには、染色体中に急速に広まったと思われる2つのレトロポゾン、L1転移因子とlu 配列が極めて大量に含まれている。哺乳類の間でその塩基配列と位置を比較すると、これらの配列が比較的最近になってコピー数を増した事が分かると言う。L1転移因子はLINESの仲間で、代表的なものは約6500塩基対の長さで末端にはAに富んだ配列を持ち、逆転写酵素をコードすると考えられている。哺乳類のゲノムには2〜5万コピーのL1転移因子が存在し、ヒトではゲノム全体の約4%を占めている。lu 配列はSINESに属す約300塩基対のごく短い配列で、ゲノム全体に分散して1倍体ゲノム当たり約50万コピー、平均5000塩基対ごとに1コピー存在し、ヒトのDNAの約5%にもなる。このlu 配列は、宿主細胞の7SL RNA、即ちタンパク質合成で働くシグナル識別粒子のRNA成分をコードする遺伝子の、内部欠失型から派生したと考えられている。

 

 

 トランスポゾンによるゲノムの再編成

 

  ではトランスポゾンは、どのようにして遺伝子の再編成に関って来たのだろうか。次にそのメカニズムを見てみよう。まずトランスポゾンは、遺伝子に挿入されたり切り出されたりする事で遺伝子に変異を引き起こす。既知のトランスポゾンは総て、その挿入機構の故に短い標的部位の重複を、つまり宿主DNAに短い繰返し配列を生じさせる。また反対に切り出される時には、一般にこの重複の一部を残して行くだけではなく、その不完全な切り出しによって短い塩基配列の付加や欠失を引き起こす。さらに、2つのIS因子が染色体上の隣接部位に組み込まれると、部位特異的組換え酵素(トランスポザーゼ)によってその間のDNA配列が切り出され、染色体上の新しい位置に移動される事がある(複合トランスポゾン)。その時、エキソンの配列がその中に含まれていると、エキソンの重複と移動が効果的に起こされ(エキソン・シャッフリング)、新しい遺伝子の生成に効力を発揮する事になる。

 興味深い例が先に見た免疫である。免疫グロブリンやT細胞レセプターの抗原認識部位(V領域)の多様性は、リンパ球が分化してくる過程で複数の遺伝子断片を組み合わす事により生成されていた。例えば、H鎖ではV・D・J部から1つずつ断片が選ばれV--J結合してV領域が形成されるわけだが、この時の遺伝的組換えにトランスポゾンが深く関係しているのである。この遺伝子再構成では、RAG(リコンビナーゼ)と呼ばれる組換え酵素が、各断片に隣接する認識配列の所でDNAを切断して遺伝的組換えが行われるわけだが、そのメカニズムがトランスポゾンの挿入部位から切り出される際の分子機構に酷似しているのである。しかも、RAGはトランスポザーゼとしての活性も持っていると言う。恐らく、RAGと組換え認識配列は本来トランスポゾンを構成し、それが抗原レセプターの祖先遺伝子の抗原認識部位に挿入されてV・D・Jの断片に分かれ、直列に何回も重複する事で今日のような分断された遺伝子が誕生したのだろう。やがて、このトランスポゾンはゲノムの中を移動する機能を失い、抗原レセプター遺伝子の再構成を専門に行う様になって行ったと考えられるのである (5-6)

  もう1つ、トランスポゾンの働きで重要なのが、遺伝子調節に対する影響である。実は、トランスポゾンによるDNA塩基配列の再編成では、近くの遺伝子の発現時期や程度、その空間パターンを変化させる事が良くある。しかもその際、遺伝子のコードするタンパク質やRNAの配列には影響がない事が多く、その為、動植物の発生過程を微妙に変化させる事が可能なのである。こうした遺伝子調節への影響が比較的よく起こる理由の1つは、トランスポゾンの移動に伴って、配列特異的DNA結合タンパクの結合部位となる新たな塩基配列が持ち込まれる事による。DNA結合タンパクには、トランスポザーゼやトランスポゾンDNAの転写を調節するタンパク質も含まれるので、新たに持ち込まれた配列は遺伝子の転写に影響する調節配列として振舞う事になるのである。特に真核生物では、遺伝子から遠く離れた配列が調節配列として機能する為、こうしたトランスポゾンによる配列の持ち込みが有効となる。このように遺伝子調節タンパクの結合部位となり、何千塩基対も離れた所から遺伝子の転写を大きく促進(enhance)させる配列を、エンハンサーと呼んでいる。そして真核生物では、この種の遠隔作用が遺伝子調節タンパクにとってむしろ一般的なのである。こうしたトランスポゾンによるエンハンサー配列の持ち込みが、ガン細胞を発生させる事も多い。この調節配列が原ガン遺伝子の近傍に転移する事で、ガン遺伝子を誕生させるのである。遺伝子調節への影響でもう1つ重要な点は、高等真核生物のゲノムでは比較的短いコード配列のエキソンが、長い非コード配列のイントロンの間に散在する構造の為に、イントロンがトランスポゾンの組み込みと切り出しに、適当な遊び場を提供する事になっている点である。遺伝子の転写は何万塩基対も離れた所からでも調節可能な為、ゲノムに生じた変化の多くは遺伝子発現に影響する事はあっても、コード配列の短いエキソンを破壊する事はあまりないのである。

  エンハンサーは、エキソンと同様に独立した部品として機能し、遺伝子の活性は一群のエンハンサーがプロモーターに与える影響の総和で決まると考えられる。トランスポゾンは、このエンハンサーをゲノムの中であちこち動かして、盛んに遺伝子の発現調節を行っているのかも知れない。高等真核生物のゲノムにある機能性のDNA塩基配列は、少なくとも2種類の小さな部品遺伝子、即ちコード配列と調節配列から構成されている。そして、コード配列は様々な方法で組合わされてタンパク質を作り、調節配列の方は一連の長い非コード配列の全体に散在して遺伝子発現を調節している。これら部品としてのコード配列と調節配列は、一般に数百塩基対よりも短く、合わせても全DNA中のわずかな量にしかならない。トランスポゾンは、これらの遺伝子部品を様々に組み合わせて新しい遺伝子を作り上げ、あるいはその発現パターンを変化させる事で生物の進化に重大な影響を与えて来たのである。

 また、ゲノム中にコピー数の多いトランスポゾンは、その配列が相同的組換えの標的となる事でゲノム再編成の機会を増やしている。これはトランスポゾンの転移能とは直接関係なく、単に同じ因子のコピーの配列が良く似ている事による。例えば、β-グロビン遺伝子ファミリーの形成にかかわった遺伝子重複は、lu 様配列間の相同的組換えによって起きたと考えられている。

  以上、見て来た事から分かる様に、トランスポゾンは単なる破壊的寄生体ではなく、ゲノムに様々な方法で大規模な再編成を引き起こす事により、進化に極めて重要な役割を果たして来たと考えられるのである。しかも、ランダムに起こる自然突然変異とは異なり、トランスポゾンの転移は、何等かのメカニズムでコントロールされている可能性が高い。最初に発見された動く遺伝子はトウモロコシのもので、体細胞分裂の時にゲノムに変化の起こる例であった。これは発見者のB.マクリントックによって調節因子と名付けられたが、今日では細菌のトランスポゾンと同様のものである事が分かっている。実は、このトウモロコシの調節因子は、植物の発生過程に於ける特定の時期に、特定の頻度で転移する事が知られている。つまり調節因子の活性は、発生過程に於いて何等かの制御を受けていると考えられるのである。また、変異源としてのトランスポゾンの大きな特徴は、長い休止期間を持つ傾向がある事である。そして一定期間、染色体上のある位置に固定された後、激しく動く時期が来る。このゲノムの激変は突発性転移と呼ばれ、数種類のトランスポゾンがほぼ同時に転移すると言う。この突発性転移は、何度も染色体切断を受ける発生途中のトウモロコシで最初に観察され、またハエのある系統間の交雑でも観察されている(交雑発生異常)。そして突発性転移が生殖系列で起こると、ハエや植物の子孫のゲノムに多数の変化が誘導されるのである。遺伝子の進化に必要な変異源としては、一定の頻度でランダムに起こる自然突然変異よりも、その頻度をコントロールできると思われるトランスポゾンの方がはるかに優れている。例えば、環境が激変して急速な進化が必要になった時、変異を集中的に起こす事ができれば、より効果的にゲノムを進化させられるはずだからである。事実、ある種の植物では過酷な環境というストレスにより、突発性転移が活発化すると言う。しかも、トランスポゾンは遺伝子の発現を変化させる事ができるわけで、この点からもゲノムの進化を引き起こす変異源として相応しいと言えよう。そしてトランスポゾンは、自然に起こる点突然変異などとは比べ物にならない程、広範で大規模なゲノムの再編成を引き起こす事は先に見た通りである。生物が、その進化の為の変異源としてトランスポゾンに大きく依存しているのは、むしろ当然と言うべきだろう。ゲノムの進化は、もはやトランスポゾンを抜きにしては語る事ができないのである。

 

(注) 多くのゲノムで、トランスポゾンや反復DNA配列は高度にメチル化されているが、これはトランスポゾンの転移や反復配列間の組み替えを抑制するためと考えられる。真核生物ではDNAのシトシンが良くメチル化され、脊椎動物の10%、植物では30%にも上る。しかもメチル化のされるのは、5´−CG−3´配列か植物の5´−CNG−3´のどちらかのシトシンに限られる。こうしてDNAがメチル化されると遺伝子発現は起こらず、そのメチル化のパターンは細胞分裂後も娘細胞に受け継がれると言う (1-12)。このメチル化にはその維持と新生に2種類の酵素が関わっており、それが生物によりコントロールされている事を示唆している。つまり生物はメチル化を利用して、トランスポゾンの転移をコントロールしている可能性が有るのである。

 

 

 タンパク質の多量体形成

 

  先にタンパク質は、ドメインと呼ばれる幾つかの球状の塊から構成されている事を見た。タンパク質は、こうした小さな塊が一本のポリペプチド鎖でつながり、特有の立体構造を形成している。そして生物は進化の過程で、このドメインの組み合わせを色々に変える事で、様々なタンパク質を作り上げて来たわけである。これは遺伝子レベルでは、エキソンの組み合わせを変えるという方法で行われて来た。実は、これと良く似た事がタンパク質レベルでも行われているのである。

  今までタンパク質は、アミノ酸が多数つながって長い鎖になったポリペプチド鎖であると述べて来た。しかし実は、大きなタンパク分子は大抵、より小さなポリペプチドが幾つか集まって弱い非共有結合的相互作用で結び付き(細胞外では、さらにジスルフィド結合により安定化される事が多い)、タンパクの集合体あるいは複合体を形成しているのである(多量体)。例えば、ヘモグロビンは2本ずつのα鎖とβ鎖から、つまり4本のポリペプチド鎖から成る四量体であった。最初に出現したのは酸素分子1個と結合する1本鎖のグロビンだが、それが脊椎動物の進化の過程で遺伝子重複と変異によって2種類のグロビン遺伝子ができ、四量体のヘモグロビンが誕生したのである。また免疫グロブリンも、2本ずつのH鎖とL鎖から構成される四量体であった。そして、H鎖とL鎖の組み合わせを変える事で、様々な抗原に対応しているわけである。

  さらに生物は、たくさんのタンパク質のサブユニットを集合させる事で、巨大な構造体をも作り出した。酵素複合体・リボソーム・タンパク繊維・膜・ウイルスの外被などの超分子構造は、共有結合でできた巨大な1個の分子ではなく、タンパク質のサブユニットが非共有結合で多数集合して出来たものである。例えば、真核細胞の細胞質の主成分の1つであるアクチン・フィラメントは、球状タンパクのアクチンが、らせん状に結合してできたタンパク繊維である。また強度が必要な所では、繊維状タンパク質を用いて超分子構造が作られる。このような構造体では、サブユニット同士が互いに巻き付き合って複数の鎖が絡んだらせん構造を作り、タンパク質間の接触領域を広くして安定性を高めている。特に安定で良く見られるのが、より合わせコイルと呼ばれる構造である。ほとんどの動物に存在する強くて丈夫なタンパク繊維の中間径フィラメントは、2本の長い繊維状分子が平行に並んでより合わせコイル状の二量体を形成し、これが2つ逆平行に並んで四量体となり、さらにこの四量体のサブユニットがらせん状に束ねられて、最終的に10nm(ナノメートル:10-9m)のロープ状になった繊維状タンパクの重合体である。また、ある種のサブユニット・タンパクは、六方格子に配置されてシート状になる。膜に特有なタンパク質は、脂質二重層内でこのように並んでいる事があると言う。このハチの巣状のシートは、サブユニットの形が少し変化すると円筒や中空の球にもなり、これに特定のRNAやDNAが結合するとウイルスの外被となる。このようなウイルスのタンパク・キャプシドは、普通何百という同一のサブユニットから構成され、核酸を包んで保護している。例えば、長い棒状のタバコモザイクウイルス(TMV)の外被は、158アミノ酸残基からなる小さなタンパク質のサブユニットが、2130個集まって出来たものである。このように細胞の大型の構造体が、サブユニットの集合によって作られる事の利点は、次の3つが考えられる。

@  同じサブユニットの繰返しで大きな構造を作る事ができるので、必要な遺伝情報が少なくて済む。

A  サブユニット同士は、比較的エネルギーの低い結合を数多く使って結合する為、会合・解離の制御が容易となる。

  B    サブユニットの集合時に、欠陥のあるサブユニットを排除する事で、構造体形成時の誤             りを避けやすい。

  このように生物は、タンパク質を様々に組み合わせて多量体を形成する事で、新しい機能を持つタンパク複合体を作り上げて来たのである。これは遺伝子の組換えやエキソン・シャッフリングに対応する、タンパク質レベルでの組み合わせの変更による、新しいタンパク質創出のメカニズムと言う事ができよう。こうして見て来ると、生物はエキソン・遺伝子・タンパク質のレベルで、今ある素材を様々に組み合わせ再編成する事で、新しい機能を持つ遺伝子やタンパク質を進化させて来た事が分かる。一から塩基配列をつなげて新しい遺伝子を作り上げるといった、真の創造が行われたのは生命進化のごく初期の段階だけで、しかも出来たのは極めて短い単純な塩基配列であった。以後は既存の遺伝子のコピーとその組み合わせの変更という、容易で効果的な方法で多様な遺伝子が作り出されて来たわけである。生物が遺伝子の進化の為に、このような効率的方法を開発したからこそ、真核生物誕生以後の急激な進化が可能になったと言う事もできるだろう。

 

 

遺伝子発現パターンの変更

 多細胞生物の進化と発生

 

  今まで、どのようにして新しい機能を持つ遺伝子が進化して来るのか、そのメカニズムを見て来たが、多細胞生物の進化に於いては、新しい遺伝子の創出だけではなく既存の遺伝子の発現時期や順序、その組み合わせの変更が極めて重要な役割を果たす事になる。多細胞生物の体は様々な組織や器官で構成され、それぞれは特徴的な分化を遂げた体細胞から出来ている。ところが、これらの分化した体細胞は外見は大きく異なるが、個々の細胞が持つ遺伝情報の点では全く同じで、1つの多細胞生物を構成するすべての細胞は、免疫細胞などの一部の例外を除くと全く同じ遺伝子のセットを持っているのである。ただ違いは、細胞によって発現している遺伝子の組み合わせが異なるという点である。つまり、多細胞生物では様々な遺伝子のスイッチをON・OFFする事で、発現する遺伝子の組み合わせ、そのパターンを変化させ、色々な形態・機能の異なる体細胞を分化させているわけである。例えば、興味深い例にネズミで発見されたマイオDと呼ばれる遺伝子がある。これは、筋肉細胞になりかけの細胞でONなっている遺伝子の1つであるが、驚くべき事にこの遺伝子は、筋肉ではない細胞を筋肉に変える事ができる。この遺伝子をONになる様にして筋肉以外の細胞に導入すると、その細胞は筋肉細胞になるのである。活性化されたマイオD遺伝子は、肝臓細胞・神経細胞・脂肪細胞・軟骨細胞・色素細胞など、様々な細胞を筋肉に転換させる事ができると言う。この遺伝子が合成するマイオDタンパクは転写因子で、アクチンやミオシンなど、筋肉で働く遺伝子をONにする働きがある。即ち、マイオD遺伝子がONになれば、筋肉で機能する様々な遺伝子が一斉にONとなり、筋肉細胞ができるのである。つまりマイオD遺伝子は、筋肉分化に於いて中心的な役割を果たす、元締めの遺伝子という事ができよう。このマイオDと同じ遺伝子は、ネズミ以外にハエ・線虫・ウニ・ホヤ・カエル・トリでも見つかっている。

  多細胞生物は最初1つの受精卵から始まり、細胞分裂(卵割)を繰返して様々な体細胞を分化させて行く事で、複雑な組織や器官を持つ多細胞の個体を形作って行く。つまり多細胞生物は、その胚発生の過程で何万もある遺伝子の発現を精妙にコントロールする事によって、複雑な多細胞の体を作り上げて行くのである。逆に言うと、胚発生於ける遺伝子の発現パターンが変わると、体の形態が変化するという事になる。つまり多細胞生物では、発生過程の遺伝子発現パターンを変化させる事によって、進化が可能となるのである。多細胞生物に於いては、進化とはDNAに書かれた発生プログラムの変更と言う事もできよう。ここでは、発生の遺伝子レベルのメカニズムと、進化との関連を見て行く事にしよう。

 

 

 生物発生原則

 

  個体発生に関しては、ヘッケルの生物発生原則があまりに有名である。これは「個体発生は系統発生を繰り返す」という言葉で要約され、反復説とも呼ばれている。つまり生物は系統発生を、即ち進化のあとを短縮して繰り返す事によって、個体発生するというものである。例えばその証拠として、ヒトを含む陸性脊椎動物の胚に見られる鰓裂は、祖先の魚の特徴が再現したものだと言われる。また様々な動物の初期胚が、一般に類似している事は良く知られている。この進化論と結び付いたヘッケルの学説は、19世紀末頃まで大きな影響力を持っていたが、今日ではほとんど顧みられる事もなくなってしまった。彼の社会ダーウィニズムの理論がナチズムの哲学的支柱として利用された事もあって、それはむしろタブー視されて来たと言っても良いだろう。これは一人ヘッケルに限った事ではない。最近でこそ、発生に関する研究は進化生物学の中でも最もホットで最先端の領域の1つになっているが、ほんの20年ほど前迄は、発生は進化理論の中でほとんど除け者にされて来たのである。(1-26)

  ヘッケルの反復説は、発生の全般的な促進によって祖先の成体型が子孫の幼若段階に押し込められ、その結果、祖先の成体段階がその子孫の発生過程で短縮して繰り返されるというものであった。この成体段階の反復という点では明らかに誤りであるが、発生過程で祖先の胚発生段階が繰り返される事は否定できない事実で、この意味では反復説は今日でもその存在意義を失っていない。多細胞生物の体が形成される為には、その発生過程で祖先の進化の跡を追う様に、その胚の発生段階を反復しなければならないという神秘的な現実は、その背後にある生物進化の秘密を暗示している様に思われる。多細胞生物の進化がそのDNAに書かれた発生プログラムの変更だとするならば、胚発生に於ける祖先の胚段階の反復は、生物が進化に於いて祖先の発生プログラムを最大限に利用しつつ、その最後の部分を変更しあるいは書き加える事で新しい発生プログラムを作成し、新しい生物を進化させて来た事を暗示するものと言えよう。これは遺伝子重複によって遺伝子のコピーを作り、それに少しづつ変更を加える事で遺伝子を進化させて来たやり方と合い通じるものである。発生プログラムを一から書き直すのではなく、既存のプログラムに少しづつ変更を加えるという方法で生物は進化して来たわけで、その結果が発生過程での祖先の胚段階の反復となって現れているのである。

 

 

 遺伝子の発現調節

 

  では遺伝子の発現調節、即ち遺伝子のスイッチのON・OFFはどのようにして行われているのだろうか。遺伝子の発現調節は、DNAからRNAを経てタンパク質合成に至る、様々な段階で行う事が考えられる。つまり、

@    転写調節・・・・遺伝子の転写時期と頻度の調節

A    RNAプロセシングの調節・・・・一次転写産物RNAのスプライシングなどのプロセシングの調節

  B    RNA輸送の調節・・・・核で合成されたmRNAのどれを細胞質に搬出するかの選択

  C    翻訳調節・・・・細胞質内のどのmRNAをリボソームで翻訳するかの選択

D    mRNA分解の調節・・・・細胞質内でのmRNA分子の選択的不安定化

E    タンパク質の活性調節・・・・合成されたタンパク分子の選択的活性化・不活性化・局在化

の各段階での調節が可能である。しかし多くの遺伝子では、この中のRNAへの転写調節が最も重要である。というのも、ここにあげた発現調節の方法の中で、余分な中間体の合成という無駄を排除できるのは、最初の段階の転写調節だけだからである。

  では以下に、転写調節の仕組みについて見て行く事にしよう。遺伝子の転写を調節するスイッチ装置は2つの基本成分、即ち特定の塩基配列を持つ短いDNA部分と、その塩基配列を識別して結合する遺伝子調節タンパクから成り立っている。染色体DNAは非常に長い二重らせんであるが、その表面に露出した各塩基対の外縁部は、水素結合の供与体や受容体および疎水性領域から成る独特のパターンを示し、内部の塩基配列の情報が二重らせんの外側に現れている。また実際のDNAは、その塩基配列によって二重らせん構造に歪みが生じ、局所的不規則性を持つ事も知られている。遺伝子調節タンパクは、二重らせんを開かずにこれらのパターンを識別し、外側からDNA二重らせんに結合して、遺伝子のスイッチを入り切りするのである。一般に生物に於ける分子識別は、2つの分子の表面同士が正確に適合する事によって起こる。遺伝子調節タンパクが特異的DNA塩基配列を識別できるのも、タンパク質の表面が特定領域の二重らせんの表面と高い相補性を持つ為である。多くの場合、遺伝子調節タンパクはDNAと多数の部位で接触し、タンパク質-DNA界面には、通常20個前後の水素結合やイオン結合・疎水性相互作用による結合部位が存在する。これらの個々の結合力は弱いが、それが合算されると高度に特異的で強い相互作用が生まれるのである。実際、DNAとタンパク質間の相互作用は、生物で知られた最も強固で特異的な分子間相互作用の1つである。遺伝子調節タンパクが識別するのは普通20塩基対以下の短い特定の塩基配列で、何百ものこのような配列が同定されており、それぞれ異なる遺伝子調節タンパクが単独またはグループで識別する。こうしたDNA塩基配列を識別して結合するタンパク質の多くは、DNA結合モチーフの1つを持つ事が分かっている。モチーフというのは、タンパク質の構造を形成する基本的な構造要素で、タンパク質のドメインは色々なモチーフの組み合わせからできているのである。DNA結合モチーフには、ヘリックス・ターン・ヘリックス・モチーフ、Zn(ジンク)フィンガー・モチーフ、ロイシンジッパー・モチーフ、ヘリックス・ループ・ヘリックス(HLH)モチーフなどがある。

 

(注) DNA結合モチーフは、そのαヘリックス(タンパク質の二次構造)でDNAの大きい溝に結合する。またDNA結合タンパク質は二量体を作ってDNAと結合する事が多いが、これによって結合強度と特異性が増すと共に、少ない数のタンパク質で多様なDNA配列を識別可能になる。(4-15)

 

  では、これらの基本成分がどのように働いて、遺伝子スイッチをON・OFFするのだろうか。遺伝子DNAが、アミノ酸配列に翻訳されてタンパク質が合成される為には、まずDNAの情報がRNAに写されなければならない。これが転写であり、こうして作られたmRNAが、タンパク質製造工場のリボソームに結合してタンパク質が合成されるのである。この転写の単位となっているのがオペロンで、転写の開始点と終結点にそれぞれプロモーターとターミネーターと呼ばれる特別の塩基配列を持ち、遺伝子とその発現を調節するシステム全体を含む1つの制御単位となっている。つまり転写単位のオペロンは、1個のRNA分子に読み取られる、プロモーターからターミネーターに至る一続きのDNA配列なのである。転写はRNA合成酵素であるRNAポリメラーゼが、通常オペロンの上流に存在するプロモーターを認識して結合する事から始まる。そして、RNAポリメラーゼはDNAの鋳型に沿って移動しながらRNAを合成して行き、ターミネーターに到達するとそこで転写を止め、DNAから離脱するのである。プロモーターの多くは、−35領域と−10領域(転写開始点の35塩基と10塩基上流)に、プリブナウボックスと呼ばれる良く保存されたコンセンサス配列を持ち、−35塩基配列はRNAポリメラーゼに認識されるシグナルとなり、−10塩基配列がDNAの二重らせんを解くのに関係していると考えられている。こうしたプロモーターは、普通転写単位の少し上流に1個ないし数個存在するが、それ以外にも遺伝子内や遺伝子間に副次的なプロモーターが見られる事も多い。これら複数のプロモーターは、しばしば別の制御を受けており、それによって多様な環境変化に適切に対応する事が可能なわけである。ターミネーターも特徴的な塩基配列をしており、GとCの多い逆転反復配列(二回転対称)と、それに続く数個以上のT(RNAではU)の並んだ塩基配列から出来ている。このターミネーターがRNAに転写されると、RNAは逆転反復配列の所で二次構造としてヘアピン構造を形成し、その後にUが数個続いた所でRNA鎖の伸長は止まり、DNAから離脱するのである。

  真核生物のオペロンは1つの遺伝子を含むだけだが、原核生物では複数の構造遺伝子がクラスターを形成しており、1つのプロモーターがこれら複数の遺伝子の発現を協調的に調節する。この結果、原核生物では一連の遺伝子が同時に発現したり抑制されたりする様になっている。

 

(注) 大腸菌ゲノムには約600個のオペロンが存在し、それぞれ2個以上の遺伝子を持つ。そして多くの場合、1つのオペロンに属す遺伝子には機能的連関があり、エネルギー源の利用やアミノ酸の合成など、1つの生化学的活性に関与するタンパク質をコードしている。

 

 

 負の調節と正の調節

 

  このように、オペロンが発現調節の単位となっているわけだが、転写調節は主にプロモーターとRNAポリメラーゼの結合を、遺伝子調節タンパクでコントロールする事によって行われている。これには、負の調節と正の調節とがある。負の調節は、細菌に見られる典型的な転写調節の様式で、リプレッサーと呼ばれる遺伝子調節タンパクによって遺伝子の発現を抑制するもので、大腸菌のトリプトファン・リプレッサーはその良く知られた例である。大腸菌のDNAは約4000種類のタンパク質をコードするが、ある瞬間にはその一部が合成されているに過ぎず、大腸菌は環境内で利用できる栄養源に応じて、必要な遺伝子だけを選択して発現させているのである。アミノ酸のトリプトファンの生産に必要な酵素群をコードする5つの遺伝子は、染色体上で一列に並んで、単一のプロモーターから1本の長いmRNA分子として転写される様になっているが、トリプトファンが環境中に十分存在し、それをそのまま利用できる時には、当然これらの酵素は必要なく遺伝子の発現は停止される。この遺伝子スイッチの切り替えは、トリプトファン生合成遺伝子群の転写を指令するプロモーター中にある、オペレーターと呼ばれる配列に、遺伝子調節タンパクのトリプトファン・リプレッサーが結合する事によって行われている。オペレーターにリプレッサーが結合すると、RNA合成酵素のRNAポリメラーゼがプロモーターに結合できなくなり、転写が阻害されるのである。この阻害効果は巧妙に調節されており、リプレッサー・タンパクが2分子のトリプトファンと結合している場合にのみ、オペレーター配列と結合できる様になっている。トリプトファンが結合すると、リプレッサーのヘリックス・ターン・ヘリックス・モチーフが傾き、DNAの大きい溝を識別できる様になるのである。ところが、トリプトファンがないとモチーフは内側に向きを変え、リプレッサーはオペレーターに結合できない。この結果、トリプトファン・リプレッサーは遊離のトリプトファンが存在するか否かに応じて、トリプトファン生合成酵素群の遺伝子発現をON・OFFする事になるのである。ここでは、活性のあるDNA結合型タンパクが遺伝子発現をOFFにする事から、これを負の調節と言い、このように機能する遺伝子調節タンパクを転写リプレッサー(遺伝子リプレッサー)と呼んでいる。

  反対に、活性のあるDNA結合型タンパクが遺伝子をONにするのが正の調節である。細菌のプロモーターの中には、単独では充分に機能しないものがある。これはRNAポリメラーゼがプロモーターを充分に識別できないか、あるいはポリメラーゼが転写を開始する時にDNAの二重らせんを開くのが困難な為である。こうした場合に、DNA上の近接部位に結合してRNAポリメラーゼに働きかけ、転写開始の確率を大幅に高めるDNA結合型タンパクが存在する。このように、プロモーターの機能を向上させる事で遺伝子の発現をONにする遺伝子調節タンパクを、転写アクチベーター(遺伝子アクチベーター)と呼んでいる。例えばCAP(catabolite activator protein)は、大腸菌が主要な炭素源のグルコースを利用できない時、代わりの炭素源を利用可能にする遺伝子を活性化する。グルコース濃度が減少すると、環状AMPと呼ばれる細胞内シグナル分子が増加し、この環状AMPと結合したCAPは標的プロモーター付近の特異的塩基配列に結合して、この遺伝子をONにするのである。こうして細胞内の環状AMP濃度の高低に応じて、標的遺伝子がON・OFFされる事になる。

  このように、正・負の調節と正反対に働くアクチベーターとリプレッサーであるが、その分子設計は多くの点で良く似ている。ここで取り上げた、トリプトファン・リプレッサーと転写アクチベーターのCAPは、共にヘリックス・ターン・ヘリックス・モチーフを持ち、DNAとの結合には小さな補因子を必要とする。実際、細菌の数種のDNA結合型タンパクは、その識別する塩基配列のプロモーターに対する相対位置に応じて、アクチベーターまたはリプレッサーとしてどちらにも作用すると言う。つまり、普通はアクチベーターとして働くタンパク質でも、その結合部位がプロモーターと重なる時にはポリメラーゼの結合を阻害する結果、リプレッサーとして作用するのである。

  アクチベーターやリプレッサーは、単純なON・OFFを行う遺伝子スイッチとして働くわけだが、複雑な型の遺伝子スイッチでは正と負の調節を組み合わせて作られている。例えば、ラクトース(lac)オペロンは、CAPとlacリプレッサーによって、それぞれ正と負の転写調節を受けている。lac オペロンは、二糖類のラクトースを細胞内に輸送し、分解するのに必要なタンパク質群をコードしている。CAPは先に見たように、グルコースが無い時にラクトースの様な代わりの炭素源を利用可能にする遺伝子を発現させるが、ラクトースの無い場合にまでlac オペロンの発現をONにするのは無駄である。そこでラクトースがない時には、lacリプレッサーがlac オペロンの遺伝子スイッチをOFFにする。この仕組みにより、lac オペロンはグルコースが存在せず且つラクトースは存在するという、2つの条件が満たされた場合にのみ発現し、これ以外の3つの組み合わせでは遺伝子はOFFの状態に維持されるのである。

 

 

 真核細胞の転写調節

 

  lac オペロンのスイッチ機構は、正と負の調節を組み合わせた巧妙な仕組みであったが、真核細胞の転写調節ではさらに複雑な遺伝子スイッチが使われている。真核生物の転写調節は、2つの点で細菌のものとは異なっている。第1に、真核生物のRNAポリメラーゼは単独では転写を開始する事ができず、その為には普遍的転写因子という一群のタンパク質の助けを必要とする点である。この普遍的転写因子がプロモーター部位のDNA上で会合して複合体を形成し、RNAポリメラーゼを引き寄せ結合させる事によって初めて転写が可能になるのである。この会合過程には多数の段階があり、その各段階に遺伝子調節タンパクが作用する事で、転写開始速度の微妙なコントロールが可能となっている。第2の違いは、真核生物の遺伝子調節タンパクの多くが、プロモーターから何千塩基対も離れた所に結合した場合でも機能できる点である。この事は真核生物の進化上、極めて重要な意味をもっている。原核生物では、遺伝子調節配列は転写開始点の近辺にぎっしりと集まっている。そのため、より複雑な遺伝子調節の為に新しい調節配列を挿入しようとしても、使える場所に限度があるのである。ところが、離れた場所からでも調節ができる真核生物では、いくらでも調節配列を増やす事が可能となった。つまり真核生物では、1個のプロモーターをDNA上に散在する無数の調節配列で制御できる様になったわけである。このように、プロモーターから何千塩基対も離れた所から転写を活性化・増大させる遺伝子調節配列がエンハンサーで、真核生物の遺伝子調節に於いては、この種の遠隔作用がむしろ普通なのである。高等真核生物では、5万塩基対も離れて存在する遺伝子調節配列も珍しくないと言われる。この遠隔作用のメカニズムは、エンハンサーとプロモーター間のDNAがループを形成する事で手綱の様な働きをして、エンハンサーに結合したタンパク質(アクチベーター)とプロモーターに結合したタンパク質(RNAポリメラーゼまたは普遍的転写因子)を繰返し衝突させ、これがプロモーター部位でのタンパク質の局所的濃度の増大と同様の効果を生み、2つのタンパク質が相互作用する確率を著しく増大させる為と考えられる。

  こうした遠隔作用によって、真核生物は極めて複雑な遺伝子の転写調節が可能となった。真核生物では、調節領域が長いDNA鎖の全体に散在している事が多く、大きいものでは5万塩基対もある調節領域を持つ遺伝子も少なくない。複雑な遺伝子スイッチは、複数の調節配列を含む小さなモジュールから構成されているのだが、真核生物の遺伝子調節領域にはこうしたモジュールが、長いスペーサーDNAの間に多数散在しているのである。そしてそれぞれのモジュールでは、組になった多数の遺伝子調節タンパクが一緒に働いて、1つのプロモーターに影響を及ぼす事になる。また、真核生物の遺伝子調節タンパクには単独で機能するものもあるが、多くはDNAの特定の塩基配列上で会合し小さな複合体を形成して働く。これによって遺伝子調節タンパクは、複合体の会合状態、その組み合わせを変える事により、様々な機能を発揮する事が可能となるのである。こうした結果、真核生物では極めて複雑な遺伝子調節ができる様になった。原核生物では遺伝子の転写が1個か2個の遺伝子調節タンパクによって調節されていたのに対し、高等真核生物では調節領域が驚くほど多種類の遺伝子調節タンパクに応答し、ずっと複雑になっている。例えば、ショウジョウバエのeve 遺伝子の調節領域は2万塩基対にも及び、その中には20種類以上の遺伝子調節タンパクの結合部位が存在すると言う。これらの遺伝子調節タンパクには、転写アクチベーターも転写リプレッサーもあり、DNAに沿って並んだ一連の調節モジュール内の調節配列に結合するのである。

  細菌の遺伝子スイッチが狭い範囲にぎっしりと集まっているのは、イントロンの欠如と同じく、細菌が小さなゲノムを持つ方向に進化した結果、調節配列の散在する状態から無駄な配列を除去する事によって進化して来たものと考えられる。しかし、このスイッチ群の圧縮は、原核生物の細菌に大きな代償を払わせる事になった。このような密集した調節領域では、スイッチ群を変化させ新しい調節レベルを取込むのが困難になったのである。それに対して、長く延びたスペーサーDNAによって隔てられた別々の調節モジュールから成る、広範な調節領域を持つ真核生物では、進化の過程でモジュールを並べ替え、新しい調節回路を作り出す事は容易に行い得たはずである。広範な調節領域を持つ事は、複雑な遺伝子調節を可能とすると同時に、真核生物の進化スピードを格段に速める事にもなったと思われる。

 

 

 遺伝子調節領域の変化と進化                                                                         

 

  多細胞生物は、様々な遺伝子のON・OFFを繰り返す、複雑な発生過程を経て生まれて来る。そして多細胞生物の進化とは、その発生過程の遺伝プログラムの変更である事を思い起こせば、進化にとって重要なのは遺伝子そのものではなく、その発現を調節する調節領域での変化である事が理解できよう。基本的には、遺伝子はタンパク質のアミノ酸配列をコードしているわけだが、生物の使っているタンパク質及びそれを構成するアミノ酸配列のパターンは、ある意味では限られているとも言える。つまり多くの生物は、共通のあるいは良く似た遺伝子を使っているのである。事実、以前には高等動物の人間には下等生物にはない遺伝子がたくさんあると思われていたが、今日ではヒトが持つ大部分の遺伝子の原型を、酵母が持っている事が明らかになって来た。ヒトの3〜4万個という遺伝子の内、ショウジョウバエと完全に違うタイプの遺伝子はわずか20%程度に過ぎず、残りは同じ様な遺伝子のセット数が増えたものだと言う。またヒトとチンパンジーでは、遺伝子の99%が同じだとも言われる。サルとヒトの違いは、遺伝子上ではあまりないのである。進化の中でも、遺伝子部分そのものはそれほど変化はしていない。高等生物の進化にとって重要なのは、個々のタンパク質をコードする遺伝子そのものではなく、発生過程に於いてどのタンパク質を何時・何処で・どれだけ合成するか、またその組み合わせの変更だと考えられる。即ち、進化を規定しているのは遺伝子そのものではなく、遺伝子の制御・調節の部分にあると言えるのである。ヒトのゲノムDNAは約30億塩基対という膨大な量であるが、これまで実際に必要な情報を持つのはその内の約5%程度で、あとは無意味なジャンク(がらくた)DNAであるとされて来た。しかし先に見た様に、真核生物では、進化に於いて重要な役割を果たして来たと思われる遺伝子調節領域は、DNA全体に散らばっているのであった。つまり、遺伝子の制御・調節を行う部分は、ジャンクDNA中に散らばっているのであって、ヒトのDNAの95%を占めるこの無意味と考えられて来た部分こそが、生物が環境に適応し進化して行く上で不可欠のものだったと見る事もできる。ヒトとサルの違いは、DNAの遺伝子部分ではなく、このジャンクDNAにこそあるのかも知れないのである。(5-7)

 

 

 発生と遺伝子スイッチ

 

  遺伝子スイッチは、実際には発生に於いてどのように働いているのだろうか。先に見た様に、遺伝子の発現制御は主に転写の段階で行われている。真核生物の転写調節で調節タンパクとして機能するものには、プロモーター領域の構造を変化させるもの、プロモーターで転写を開始させるもの、エンハンサーの活性を調節するもの、転写因子の作用を抑制するものなどが考えられる。しかし、実際には転写調節因子のほとんどは、特定のプロモーターまたはエンハンサーに結合して転写を活性化する、DNA結合タンパクである事が分かっている。これらの調節因子が、順序立って遺伝子をON・OFFする事により、発生過程をコントロールしているわけである。この発生制御の機構は、ショウジョウバエで詳しく調べられて来た。以下、他の高等生物にも通じるその基本的なメカニズムを見て行く事にしよう。

  ショウジョウバエの発生を調節する遺伝子は、その機能及び作用する段階の違いから大きく3つのグループに分けられる。まず、体の前後軸や背腹軸を決定する卵極性遺伝子(体軸形成遺伝子)。これは卵形成の時期に母親のゲノムから転写され、その産物は受精後すぐ、時には受精前から働き始める。つまり胚の体軸は、母親の持つ遺伝子(卵の遺伝子)によって決定されるわけで、このような遺伝子を母性効果遺伝子と呼んでいる。次に、受精後に発現して体節を決定する体節形成遺伝子(分節遺伝子)。そして、個々の体節が何になるかを決めるホメオティック遺伝子である。各グループの遺伝子は、発生過程で順々に作用する事で、胚の各部の性質を段階的により細かく決定して行く。まず最初に、卵極性遺伝子が卵内の大まかな領域を決定し、この遺伝子の分布の差が次の体節形成遺伝子の発現を制御し、さらに体節形成遺伝子の最後のグループが体節を決定する時期に、ホメオティック遺伝子が発現して個々の体節が何になるかを決めるのである。では、この様子を順を追って見て行く事にしよう。

 

 

 体軸の決定

 

  カンブリア紀の爆発で誕生した動物のほとんどは、頭部と尾部という前後の非対称性を持つ三胚葉性の左右相称動物であった。これらの動物には、ミミズの様なものからサカナ・トカゲ・ヒトに至る迄、体の前後を決める頭尾(前後)軸と、背側と腹側を決める背腹軸が存在する。そして発生では、最初にこの体軸が決定されるのである。では、どのようにしてショウジョウバエの体軸は決定されるのだろうか。哺乳類の卵は均一であるが、ショウジョウバエを含め多くの動物では最初から卵の細胞質成分が不均一に分布しており、体軸はそれを基に決定される。つまり、卵の中では不均質に分布したタンパク質やmRNAの濃度勾配ができており、それに沿って2つの体軸が形成されるのである。前後軸の発生に関する勾配は受精後すぐに確立され、背腹軸の勾配はその少し後に生じる。そして前後軸は幼虫の位置情報を調節し、背腹軸は組織の分化、つまり中胚葉・神経外胚葉・背部外胚葉といった胚組織の区分を調節する。

  ショウジョウバエの背腹軸を決めるのはドーサル・タンパク質の濃度勾配で、このタンパク質は腹側に高濃度に含まれており、胚を腹側にする遺伝子のスイッチをONにする。他方、濃度が低い背側では胚を背側化する遺伝子がONとなるのである。このドーサル・タンパク質の濃度勾配が形成されないと腹部構造ができず、腹側にも背部構造を持った幼虫が誕生する事になる。この突然変異体は、背側化という意味でドーサル突然変異と呼ばれている。このように、その濃度勾配によって細胞に位置情報を与え、発生を制御する物質の事をモルフォゲン(形態形成因子)と呼んでいる。では体軸を決定するモルフォゲンの濃度勾配自体は、どのようにして形成されるのだろうか。ショウジョウバエでは、1個の生殖細胞(卵原細胞)が4回分裂して16個の半数体の細胞ができ、その内の1個だけが卵母細胞となり、残りは一方に固まってナース細胞(哺育細胞)となる。そして、卵母細胞と隣接するナース細胞の間には細胞質架橋と呼ばれる連絡ができ、卵母細胞が必要とするタンパク質やmRNAは、この橋を通ってナース細胞から供給される仕組みになっている。この卵母細胞の一方の端にある連絡部分が卵の前端部となるのである。また、何百もの体細胞の濾胞細胞が卵母細胞を部分的に取り巻いているが、卵内の背腹軸方向の濃度勾配は、腹側の濾胞細胞が卵極性シグナル分子を局所的に分泌する事によって形成される。このシグナル分子が卵の外側の受容体と結合する事によって、卵内の遺伝子調節タンパクの分布を制御しているのである。ここでは幾つかの遺伝子が関与しているが、このシグナル系の最後に位置する遺伝子調節タンパクが、ドーサル・タンパク質だったのである。産卵直後の卵では、dorsal mRNAとドーサル・タンパク質のどちらも細胞内に均一に分布しているが、核が胚の表面に移動して胞胚を形成する頃になるとドーサル・タンパク質は再分配され、背側では細胞質に残ったままだが腹側では核内に濃縮されて遺伝子に影響を与える事になる。そしてその中間領域では、核内への局在に関してなだらかな勾配が形成される。こうして核内に入って濃縮されたドーサルタンパク質が、その濃度に応じて様々な遺伝子の発現をON・OFFする事により、濃度勾配のできた胚の背腹軸に沿って明瞭な細胞の帯が形成されるのである。例えば、最もドーサル・タンパク質の濃度が高い腹側では、中胚葉に特異的なツイスト(twist )という遺伝子がONになる。また最も濃度の低い背側では、デカペンタプレジック(dppdecapentaplegic)という遺伝子がONになり、背側の構造を作り出す。中間領域では、ドーサル・タンパク質の濃度がdpp を抑制するには充分だが、twist を活性化するには不充分で、細胞は神経性外胚葉へと分化する事になる。そして、これらのドーサル・タンパク質が直接調節する遺伝子の産物が、さらに局所的なシグナルを順に出して、背腹軸のより細かい区分を決定して行くのである。

 

(注) ショウジョウバエの卵の発生は昆虫で良く見られる事だが、最初の9回の分裂は細胞分裂なしに核だけが分裂して増え、1つの細胞質の中に多数の核が存在する多核細胞が形成される。その後、核は表面に移動して一層に整列し(多核性胞胚)、さらに4回分裂をすると卵の表面から内側に向かって細胞膜が形成されて核を包みこみ、約6000個の細胞からなる細胞性胞胚となるのである。(1-15) (5-4)

また、初期発生は多数の核が共通の細胞質に浮かんだ状態で起こる為、細胞間のシグナル分子が不要で軸形成後の初期胚でパターン形成に関わる遺伝子のほとんど(ギャップ遺伝子とペアルール遺伝子)は転写因子で、ショウジョウバエは転写因子が形態形成物質として使われる唯一の例となっている。一方、細胞性胞胚で機能するセグメントポラリティ遺伝子では、転写因子の他、分泌タンパク質・受容体・細胞間シグナル伝達関連分子などもコードする。

(注) [遺伝子の表記法] 野生型遺伝子:大文字イタリック(ABC)、突然変異体:小文字イタリック(abc)、優性突然変異:初文字が大文字のイタリック(bc )又は小文字イタリック−D(abc-D)、タンパク質:大文字ローマン(ABC)、

 

  背腹軸の決定では、12個の卵極性遺伝子が1つの系を構成して背腹軸方向にモルフォゲン勾配を設定するが、前後軸の決定に於いては変異体の表現型から3つの系が知られており、その各々が独自のモルフォゲン勾配を設定している。前後軸の前部を支配する前部系(4遺伝子)、後部を支配する後部系(11遺伝子)、胚の両末端を支配する末端系(6遺伝子)である。最後の末端系には、体節化していない特殊な末端構造と、消化管を形成する事になる領域が前後に一ヶ所ずつ含まれている。末端系では背腹系と同様に、濾胞細胞が局所的に出すシグナルを膜貫通型受容体が感知する事で、胚内に遺伝子調節タンパクの勾配が形成される。この濃度勾配によって、幾つかの特殊な末端構造と、消化管性内胚葉が形成されるのである。このように卵極性遺伝子の背腹系と末端系では、誘導シグナルとして分泌性の分子が使われているが、前部系と後部系では、何種類かのmRNAが局部的に蓄積する事で勾配が形成される。この勾配によって頭部と後部の違いが決められ、頭部から後部にかけての前後軸に沿って体節が形成されるのである。前部系では、バイコイド(bicoid)mRNAが卵の前方に高濃度に存在し、後部系ではナノス(nanos)mRNAが卵の後方に高濃度に存在する濃度勾配が形成される。これらのmRNAは母親の遺伝子を使ってナース細胞が合成し、細胞質架橋を通って卵母細胞に移され、受精前の卵内にmRNAの濃度勾配が出来上がるのである。これらのmRNAは、受精が起こるとすぐにタンパク質に翻訳され、受精卵の中で前後軸に沿って濃度勾配を形成する。こうしてできたバイコイド・タンパクはモルフォゲンとして働き、その濃度勾配によって胚の前・後部の位置を決定する。この濃度勾配を弱めると、前部の体節が後部の様な性質を示し、反対に強めると前部の構造が胚の後部にまで広がる。そして、この遺伝子に突然変異が起こりバイコイド・タンパクができないと、体の前半分がない幼虫が生まれて来る。胚の前部の細胞は、この濃度によって前部になるか後部になるかを決定されるのである。バイコイド・タンパクは塩基配列に特異的なDNA結合タンパクで、プロモーターに結合して遺伝子の転写を調節する。すると今度は、これらの遺伝子がさらに別の遺伝子の発現を調節するという具合に、次々に遺伝子発現の連鎖反応が引き起こされ、複雑な構造が形成されて行くのである。バイコイド・タンパクの主な標的は、体節形成遺伝子のハンチバック(hunchback)遺伝子(せむしの意味で、この遺伝子の突然変異では胚の両端が欠損する)で、これを活性化する。反対に、胚の後方に高濃度に分布するナノス・タンパクはhunchback mRNAの翻訳を抑制する為、ハンチバック・タンパクは胚の前後軸に沿って濃度勾配を形成する事になる。このハンチバック・タンパクは、さらに次のステップの遺伝子群の発現を調節し、その濃度の違いにより異なった遺伝子のスイッチがONにされる結果、頭部と尾部で違う遺伝子が活性化され、胚の前後で異なった構造が発生する。即ち、ハンチバック・タンパクは転写リプレッサーとして働き、これが存在する前部では腹部構造を形成する遺伝子(knirpsgiant)の発現を阻害する事によって前部構造(胸部)が形成され、これが存在しない後部では腹部構造が形成されるのである。

 

 

 体節形成遺伝子

 

  こうして、卵極性遺伝子によって前後軸と背腹軸を決められた胚の中で次に起こる事は、全体を幾つかの体節に区切る事である。ドーサルやバイコイド・タンパクは、特定の塩基配列を持つDNAに結合して遺伝子のスイッチをON・OFFする、遺伝子調節タンパクであった。これらのタンパク質によって、次の段階で働く遺伝子のスイッチが入れられ、発生は次々と段階的に進んで行く事になる。この第2段階で働く遺伝子群が体節形成遺伝子である。

  ハエの成虫や幼虫の体は、他の昆虫と同様に体節という基本単位が反復した構造をしている。我々人間の体も体節構造を持っており、胎児の時期にはそれがはっきり現れるし、成人でも背骨に体節構造が残っている。背骨の一つ一つの節が体節に由来しているのである。このように体節は胚の基本構造をなしているわけだが、卵極性遺伝子によって前後軸と背腹軸を決められた胚に仕切りを入れ、体節に区切る遺伝子が体節形成遺伝子なのである。体節形成遺伝子は卵極性遺伝子とは異なり、胚に蓄積されていた母親由来のmRNAを利用するのではなく、自身のゲノムから転写されて機能する(接合体効果遺伝子)。ショウジョウバエの幼虫は、頭部が4つ、胸部が3つ、腹部が9つの合計16個の体節から成り立っているが、実際の体節と遺伝子の発現という観点から見た体節では少しずれており、後者を擬体節(亜体節)と呼んでいる。これは前の体節の後方1/3と次の体節の前方2/3に相当する。擬体節も同じく16個に分かれており、発生の過程を考えるにはこの擬体節に注目したほうが分かりやすい。

  体節形成遺伝子は、その突然変異体の表現型とそれが作用する段階から、大きく3つのグループに分けられる。ギャップ遺伝子(体を分割させるという意味、少なくとも6個)、ペア・ルール遺伝子(8個)、セグメント・ポラリティー遺伝子(分節の極性を決めるという意味、少なくとも16個)である。これらの遺伝子に変異が生じると、卵の全体的な極性は変化せず、体節の数や体節内の基本構造が変化する事になる。例えば、ギャップ(gap)突然変異体では、隣接した複数の体節がごっそり欠け落ちてしまう。ハンチバックやクリュッペルがその代表的なものである。ペア・ルール(pair-rule)突然変異体では、体節が1つおきに欠失する。フシタラズ突然変異の場合は、偶数番目の体節の後半と奇数番目の前半がなくなり、通常の半分の体節しかない胚が出来上がる。これは擬体節で考えると、奇数番目の擬体節が欠失した事になる。また、イーブン・スキップトというペア・ルール変異では、反対に偶数番目の擬体節が欠失する。セグメント・ポラリティー(segment-polarity)突然変異では、体節の数は正常だが各体節の半分が欠失し、そこに残っている体節の鏡像体ができる。このような例に、エングレイルド・ウイングレス・アルマジロ・ヘッジホッグなどがある。

  この3群の体節形成遺伝子はその作用する順序が決まっている。最初に作用するのがギャップ遺伝子で、卵極性遺伝子により作られた前後軸に沿ったモルフォゲンの濃度勾配を利用して、卵を広い4つの領域に分割する。最も前のバンドがバイコイドにより活性化され合成されたハンチバック・タンパク。2番目は、このハンチバック・タンパクにより活性化されたクリュッペル遺伝子が合成するクリュッペル・タンパク。そして残り2つのバンドはクナープス・タンパクとジャイアント・タンパクで、この2つの遺伝子はハンチバック・タンパクにより抑制されるが、後部に分布するナノス・タンパクがハンチバックの発現を抑制する為、後部で発現するのである。転写の調節因子であるこれらのタンパク質は、ギャップ遺伝子の次に作用するペア・ルール遺伝子の発現を調節し、これが胚をさらに細かく分割して4つのバンドから7つの縞模様が形成される。そしてペア・ルール遺伝子は、さらに次の段階で働くセグメント・ポラリティー遺伝子の発現を調節し、この遺伝子によって各体節に相当する14の縞模様が形成される事になる。

  ここまでをまとめると、まず卵極性遺伝子がモルフォゲンの前後軸に沿った濃度勾配を生み出し、次にこれが全体的な位置シグナルとなって、特定の領域で特定のギャップ遺伝子を発現させ、胚を4つの領域に区分する。すると今度は、ギャップ遺伝子の産物が第2段階の位置シグナルとなり、より局所的に作用してペア・ルール遺伝子などさらに別の遺伝子の発現をコントロールして、詳細な空間パターンを形成して行く。こうして卵極性遺伝子が産み出した全体的な勾配を基に、位置調節の階層構造に従って細分化した精密なパターンが作り出され、胚は規則正しく並んだ体節あるいは体節内の単位へと次々に分割されて行くのである。ギャップ遺伝子とペア・ルール遺伝子は、受精後2〜3時間以内に順次活性化されるが、その遺伝子産物の規則正しい分節パターンは不安定な一時的なもので、胚発生が原腸形成より先に進むと消失してしまう。しかし、これらの遺伝子によって作られた位置標識は、セグメント・ポラリティー遺伝子とホメオティック遺伝子の永続的な活性化として記録され、生涯保存される事になる。こうして幼虫や成虫の体節構造が維持されるのである。ペア・ルール遺伝子は、セグメント・ポラリティー遺伝子を調節するだけではなく、ギャップ遺伝子と共働してさらに次の段階のホメオティック遺伝子を正確な位置で活性化させる。そして、このホメオティック遺伝子によって、体節間の区別が永久的なものになるのである。

 

(注)ギャップ遺伝子とペアルール遺伝子は多核性胞胚で一過性に発現するだけだが、セグメントポラリティ遺伝子ではシグナルタンパク質のHedgehogWinglessによる循環制御ループを確立して発現パターンを維持する。一方、ホメオティック遺伝子ではクロマチンの構造変化で対応している。

             必要のないホメオティック遺伝子には、そのポリコム応答配列にポリコムタンパク質が結合して、凝縮したヘテロクロマチン形成をする。このヘテロクロマチンは細胞分裂後も娘細胞に受け継がれ、ホメオティック遺伝子の発現を永続的に抑えると言う。

 

 

 ホメオティック遺伝子

 

  体節形成遺伝子は、胚の中に体節の区切りを入れると共に、発生の次の段階で働くホメオティック(homeotic gene)遺伝子の発現を調節する。そしてホメオティック遺伝子が、さらに次の段階の遺伝子群のスイッチを操作する事により各体節が何になるか、つまりその分化を決めて行く。即ち、ホメオティック遺伝子は各体節独自の分化プログラムを握っているわけで、その為、ホメオティック変異が起こると体の一部が別の場所にある構造に変化し、時には体節全体がすっかり別の体節に置き換わってしまう事もある。例えば、アンテナペディア(ntennapedia:アンテナは触角、ペドは脚の意味)という変異では頭の触角が脚に変わり、バイソラックス(bithorax:双胸)という変異では、平均棍と呼ばれる小さな付属器官ができる場所に1対の余分な翅が生え、4枚の翅を持つショウジョウバエが誕生する。

  ショウジョウバエのホメオティック遺伝子は、アンテナペディア複合遺伝子群(ANT-C)とバイソラックス複合遺伝群(BX-C)の2つの遺伝子集団に分けられる。両者は共にショウジョウバエの第3染色体上にあり、ANT-Cには5つの遺伝子、BX-Cには3つの遺伝子が含まれ、これらの遺伝子のコード領域は65万塩基対という非常に長い調節DNA領域の中に散在している。そして、このホメオティック遺伝子の調節領域には、卵極性遺伝子や体節形成遺伝子の合成した様々な遺伝子調節タンパクの結合部位が存在し、これらのタンパク質がもたらす位置情報を多元的に解釈する事を可能にしている。これによって、どの擬体節でどのホメオティック遺伝子が発現するのか、またその組み合わせが決定されるのである。

  興味深い事に、ホメオティック遺伝子が染色体上に並んでいる順番と、体軸に沿って遺伝子が発現する順序とがほぼ完全に一致する事が知られている。大部分のホメオティック遺伝子は、1個の擬体節で強く発現し、その周囲では弱く発現する。そして発現領域が重なる部分では、活性領域が最も後ろ側にある遺伝子がその表現型を決定するのである。これは、前の区画で発現した遺伝子産物に加えて新しい遺伝子が発現する事によって、順々に後ろ側の体節が決定されて行く事を示している。従って、後ろ側の体節を決定するホメオティック遺伝子に変異が起こると、1つ前の体節の表現型に転換してしまう事になる。ショウジョウバエのホメオティック遺伝子は第3染色体上に8個並んでいるが、その後ろ側から遺伝子を削って行くと、幼虫の体節は後ろから順に前の体節に変換して行くのである。例えば、最後の8番目の遺伝子がなくなると、体の後部の第5腹節から第8腹節までが、その1つ前の第4腹節の様な形に転換してしまう。しかし、なぜ染色体上での遺伝子の並び方と、それが発現する体節の順番とがきちんと対応しているのか、その理由は良く分かっていない。

  さてホメオティック突然変異では、1つのホメオティック遺伝子の変異によって、触角が生えるべき所に脚が生えるといった大きな変化が引き起こされる。こうした大規模な変異には多数の遺伝子の変化が必要で、1個のホメオティック遺伝子は配下に何百という遺伝子を持ち、その遺伝子産物によってこれらの遺伝子を一斉に変化させる事のできる、いわば体作りの支配者なのである。このためホメオティック遺伝子は、上位遺伝子とかマスター遺伝子と呼ばれている。また、ホメオティック遺伝子はすべてDNA結合型タンパクをコードしているが、その塩基配列にはホメオボックス配列と呼ばれる、高度に保存された特徴的な配列を含む事が分かっている。ホメオボックスは、幾つかの体節形成遺伝子とホメオティック遺伝子に見つかっており、約180塩基対からなるホメオドメインと名付けられたアミノ酸配列をコードしている。つまり、ホメオティック遺伝子がコードする遺伝子調節タンパクには、ほぼ同一の特徴的な60個のアミノ酸配列が有るのである。そして、このホメオドメインはその三次元構造の解析から、細菌の遺伝子調節タンパクと良く似た最も単純で一般的なDNA結合モチーフの1つである、ヘリックス・ターン・ヘリックス・モチーフを持つ事も分かった。つまり、ホメオティック遺伝子の産物である遺伝子調節タンパクは、そのホメオドメインで下位の遺伝子群の特別な塩基配列と結合し、その遺伝子の働きを活性化または抑制する事で発生をコントロールしているのである。

  ショウジョウバエの初期発生過程では、まず卵極性遺伝子により作られたタンパク質の濃度勾配によって胚の前後・背腹軸が決められる。次に、これらの遺伝子調節タンパクの濃度差によって体節形成遺伝子のスイッチがON・OFFされ、その結果、卵極性遺伝子産物の濃度勾配に沿って胚が順次細分化され、擬体節に相当する精密な縞模様のパターンが作り出されるのであった。こうして形成された体節ごとの細かいパターンに従って、次のホメオティック遺伝子群の発現が調節され、正確な位置で活性化される事になる。そして、このホメオティック遺伝子の作る遺伝子調節タンパクが、次の遺伝子群の発現をコントロールする事によって、各体節の分化が決定されるのである。このように発生を支配する遺伝子群は幾つかの階層構造をとり、発生の段階に応じて各遺伝子群が順次活性化して行くという形で発生は進行する。各遺伝子の作り出す遺伝子調節タンパクは、次の段階の遺伝子群の発現をコントロールし、さらにその遺伝子産物が次の遺伝子群を活性化するという具合に、遺伝子発現の連鎖が広がって行くのである。発生のプログラムが遺伝子の中に書かれていると言っても、それは初めから完全なタイムテーブルの様なものがあるわけではなく、遺伝子とその産物であるタンパク質との相互作用を通して、一連のカスケード、将棋倒しとして進行して行く。つまり、遺伝子Aが働き始めると、その産物である遺伝子調節タンパクが次の遺伝子Bを活性化し、さらにその産物が遺伝子Cを活性化するという具合に、遺伝子発現の連鎖のネットワークが出来上がっているわけである。遺伝子レベルで見た進化とは、この遺伝子発現のネットワーク・パターンの変更と捉える事もできるだろう。

 

(注)ショウジョウバエの唾液腺染色体では、盛んにRNA合成が行われている所のDNAがほどけて、毛糸玉の様になったパフがあちこちに観察できる。このパフの位置は、ウジから蛹そして羽化へとハエの発生段階に応じて変化していくと言う。つまり発生段階に応じて、次々と異なるmRNAが異なる組み合わせで転写されて行く事で、細胞分化が引き起こされているのである。

 

 

 発生の遺伝メカニズムの共通性

 

  さて以上見て来た様な、遺伝子の発現コントロールによる発生のメカニズムは、ショウジョウバエの様な昆虫だけではなく、広く多細胞動物に共通のものである事が明らかになって来ている。というのは、ホメオボックス配列を持つ体作りのマスター遺伝子であるホメオティック遺伝子が、カエル・マウス・ヒトなど他の動物からも次々と発見されているからである。今日では、ヒドラ・線虫・ミミズ・甲虫・軟体動物・ウニ・魚・トリ・哺乳類と、あらゆる動物で相同性のある遺伝子が見つかっている。ハエとカエル、ましてやヒトとの間には動物系統上は大きな差があるが、発生つまり体作りのメカニズムの上では、驚くほどの共通性を持っているのである。多細胞動物の多様性は発生の過程で生み出されるわけだが、そのプロセスで大きな役割を果たすマスター遺伝子は、動物の系統を超えた普遍性を持っていたのである。

  ショウジョウバエでは、ホメオティック遺伝子はANT-CやBX-Cのように一群となって固まって存在するが、他の動物でも昆虫のホメオティック(HOM)複合遺伝子に良く似た複合遺伝子として染色体上に集結している。マウスではこのような複合遺伝子が別々の染色体上に4つあり、HoxA・HoxB・HoxC・HoxD複合遺伝子と呼ばれている。遺伝子の塩基配列を調べると、ANT-Cが重複する事によってBX-Cができ、この2つを合わせたものが1つのHox複合遺伝子に相当すると言う。そして脊椎動物では、このHox複合遺伝子がさらに重複して4つのHox遺伝子群が生じたと考えられる。つまりこれらの複合遺伝子の進化では、まず線虫・ハエ・脊椎動物の共通の祖先で、1個の原ホメオティック遺伝子が重複を繰返して縦につながった一連の遺伝子群、即ちHOM複合遺伝子が形成された。そして、ショウジョウバエにつながる系譜では、この1個の複合遺伝子がANT-CとBX-Cに分かれ、一方哺乳類へつながる系譜では、複合遺伝子全体が重複を繰返して4個のHox複合遺伝子を生じたと考えられるのである。これを裏付ける様に、ショウジョウバエのANT-CとBX-Cの中での遺伝子の配列順序を、ニワトリやマウスのものと比較すると良く一致すると言う。またショウジョウバエの場合と同様に、ニワトリやマウスでも、Hox遺伝子の染色体上での配列順序と胚の前後軸に沿った発現場所との間に相関関係が存在する。これらの事実は、進化の途上でショウジョウバエと脊椎動物の祖先が分かれる以前から、ホメオティック遺伝子が存在していた事、そしてこれらの遺伝子は長い進化の歴史の中で温存され、さらには遺伝子重複により拡充されて来た事を示している。こうした事から、多細胞動物では線虫やハエから脊椎動物に至るまで、体を形作る発生の遺伝メカニズムは基本的に同じであると見る事ができよう。この事を示す衝撃的な実験がある。先に述べた様に、マウスのホメオティック遺伝子とハエのものは良く似ており、染色体上での並び方まで同じである。ハエのアンテナペディア(ntp)遺伝子に対応するマウスの遺伝子はox 2.2 だが、このマウスの遺伝子を単離、クローン化してショウジョウバエの受精卵に入れ強制的に発現させると、触角の代わりに脚が生えたハエが誕生する。つまり、ハエのアンテナペディア変異と同じ事が起こるのである。さらに、ヒトのホメオティック遺伝子を、ショウジョウバエに入れて発現させる研究も行われている。ショウジョウバエのANT-Cの1つにデフォームド(fd)という遺伝子があり、この変異では下顎の一部や複眼の欠けたショウジョウバエができるが、これに対応するヒトの遺伝子のoxB4をショウジョウバエに入れると、本来のfd と同じ様な発現を示すのである。このように、ハエとヒトの様に大きく異なる生物が、その発生過程に於いては良く似た遺伝子を同じ様に働かせて、体作りをしているのである。これらの事は、多細胞生物が誕生した時に初めて作り出された発生の遺伝メカニズムが、その後の長い進化の中で保存され、使われ続けて来た事を示している。

 

(注)二胚葉の刺胞動物は、左右相称動物の前方タイプと後方タイプに相当する2つのHox遺伝子を持つ。次に進化した三胚葉の左右相称動物の共通祖先は、前方・中央・後方の3タイプ少なくとも7個のHox遺伝子を持っていたと思われる。その後の前口動物の進化の中で中央と後方グループが、後口動物では冠輪動物(環形動物・軟体動物・ヒラムシ・触手冠動物)と脱皮動物(節足動物・有爪動物・鰓曳動物・線形動物)のそれぞれの分類群で中央と後方グループの遺伝子が新たに進化した。そして脊椎動物が出現時にHox複合体が重複して4倍体化し、その後、硬骨魚類でもう一度重複が起こったと言う。5-10

 

  多細胞生物の多様な形態は発生の過程を経て形作られるのであり、その基本的なメカニズムがすべての動物で共通性を持つという事を考え合わせると、多細胞生物の進化は共通の発生メカニズムを使いながらその遺伝プログラムを変更、あるいは追加するという形で起こされて来たと見る事ができよう。ただ、ここでいう遺伝プログラムとは、コンピューター・プログラムの様に初めから詳細な全体像が書かれたものではなく、発生過程で次々と発現して行く遺伝子のカスケード、その連鎖のネットワークとして成立しているものである。したがって多細胞生物の新たな進化は、この遺伝子のネットワークの変更、新たなカスケードの創出という形で引き起こされると考えられる。つまり生物にとって、またその進化にとって重要なのは個々の遺伝子そのものではなく、多数の遺伝子で構成された遺伝子のネットワークであり、遺伝子間の相互作用なのである。遺伝子はこうしたネットワークを組む事によって、初めて生物の構造や機能を生み出す事ができる。この様な見方は、ネオダーウィニズムや集団遺伝学の、遺伝子中心主義的な考え方とは全く異なるものである。彼等にとって遺伝子とは、遺伝を支配する独立不可分の基本粒子であり、1つ1つの遺伝子が独立した機能を持ち、この基本粒子に生じる偶然の突然変異によって進化が起こるとする。この理論では、遺伝子間の相互作用とか環境との相互作用といった視点が全く欠落しているのである。ここで述べた、遺伝子ネットワークやその相互作用のパターンの変化によって進化が起こるとする考え方とは、根本的に異なっているのが分かるだろう。また、ここでは自然淘汰は全く無意味で、むしろ有害ですらある。なぜなら遺伝子ネットワーク・パターンの変更による進化の為には、それを可能にする多様な遺伝子を保持し続ける事こそが重要で、今は役に立たないからといって不要な遺伝子を淘汰すると、進化の可能性そのものを摘み取ってしまう事になるからである。生命が既存の遺伝子をコピーしながら繰り返し再利用して来た事を見ても、そのばかばかしさは明らかだろう。

 

(注)遺伝子間の相互作用に関して興味深い事が知られている。遺伝子の変異が、実際にどんな表現型を生むかは、変異体の遺伝的背景に左右されるというのである。ショウジョウバエの複眼の表面が粗くなる様な優性型変異を、遺伝的背景の異なる野生型のハエに導入すると、変異が強調されて表れるものもあれば、逆に抑制されるものもできる。同様の事はホメオティック変異を遺伝的背景の異なる個体に導入した時にも見られると言う。こうした事から、野生型個体の発生では単独では作用しない様な遺伝子の存在、つまり、他に関連する変異がないと表現されない様な遺伝子の変化が散在する事が明らかになった5-10。生物では多くの遺伝子が複雑に相互作用する事によって、様々な形質が表現される様になっているわけである。また将来、親は遺伝子操作によって子供の目や髪の色、身長などを自由に選べるようになる(デザイナー・ベイビー)とまことしやかに言われたりするが、仮に望む身長にできたとしても、遺伝子間の相互作用により他の形質にどのような影響が出るかは全く予想不可能で、こうした操作は行われるべきではないし、望む結果をもたらしもしないだろう。

 

 かってヒトの遺伝子は約10万個と言われていたが、今日ではヒトゲノム計画の進展により、実際はそれよりずっと少ない3〜4万個程度に過ぎない事が明らかになって来た。これは約4300個と言われる大腸菌の8倍、約13600個のショウジョウバエの2倍強でしかない。大腸菌やショウジョウバエに比べるとはるかに複雑な体や行動・社会を作り上げてきたヒトが、極めてわずかな遺伝子によって形作られ、支配されているわけである。この事実は、遺伝子がどのように機能しているか、生命の秘密を暗示している様に思われる。もし遺伝子中心主義者達の言う様に、個々の形質や行動を支配する遺伝子が存在し、それが自然淘汰の対象となるとするなら、いくら遺伝子があっても足りないだろう。ヒトの遺伝子の少なさは、こうした遺伝子決定論があまりに単純過ぎる事を明確に示している。そうではなく、多数の遺伝子が相互作用する事で機能し、その組み合わせを変える事で様々な働きをしていると考えると、この問題は解決する。わずかな遺伝子でも、その組み合わせのパターンは無限に近い。生命はわずかな遺伝子を使い、そのネットワーク・パターンを変更する事で進化して来たのである。実際、ヒトの遺伝子でショウジョウバエと異なるタイプのものは、わずか20%程度で、残りは同様の遺伝子のセットが増えたものだと言う。例えば、体節を作るホメオティック遺伝子群がヒトでは4セットになり、それぞれが少しずつ変化している様に。してみれば、個々の遺伝子が独立した機能を持ち、それが自然淘汰される事で遺伝子が進化して来たとするダーウィン派の考えは、全く意味をなさない事がわかる。何故なら、1個の遺伝子は組み合わせを変える事で様々な複数の機能を果たしているわけで、特定の働きが有害だとしてその遺伝子を淘汰してしまうと、他の有用な機能も果せなくなってしまうだろう。ここで重要なのは、数少ない持てる遺伝子を様々にやり繰りして、必要な機能や形質を生み出す事なのである。

 

(注)動物の進化の過程で、大規模なゲノムの変化が過去に2回起こった事が分っている。1つは二肺葉の体制から三肺葉の左右相称動物が進化したときで、この時、Hox遺伝子の数が2個から7個へ拡張している。2つ目は脊椎動物の出現時で、大規模なゲノムの重複によりHox複合体が4倍化している。そして、これ以後のそれぞれの系統での進化は、ほぼ同じ発生遺伝子のセットを使って、その発現を調節する事で、発現パターンを変化させる事で進められて行くのである。実際、脊椎動物では、哺乳類・鳥類・両生類も同じ39個のHox遺伝子を持つし、無脊椎動物でもその複雑さに関係なく、有爪類・節足動物も同じHox遺伝子のセットを持っている。5-10

 

 

 適応と進化

 

  さて、今まで進化のメカニズムとして遺伝子レベルの話をして来たが、進化をマクロ的に見るともう1つ重要な現象がある。それは適応現象である。生物が様々な進化メカニズムを進化させて来たという事実は、生命がダーウィン派進化理論の言う様な受動的な存在ではなく、積極的にその生息環境に合わせて自らを変化させ進化して行く、能動的な存在である事を示していた。適応現象は、同様にダーウィン派が排除して来た生物と環境との相互作用の問題でもある。ダーウィン派の考え方によると、進化はまず遺伝子の方向性のないランダムな突然変異から始まる。そして様々な突然変異のうち、偶然に環境により適応した変異を持つものが生まれると、生存闘争に於いて他のものより有利となるため生き残り、子孫にその遺伝子を伝える事になる。こうして環境により適応した形質が進化して来ると言う。つまりダーウィン派に於いては、進化と適応との関係は表面的で且つ一方的なものなのである。進化は、環境への適応を目指して起こるものでもなければ、その結果でもない。進化のメカニズムは適応とは全く無関係に回り続け、両者が関係するのは最後の段階で自然淘汰が弱者をふるい落とす時だけである。進化の結果が表面的に適応している様に見えるだけで、適応は単に結果に過ぎないのである。この一方的な関係を改めて、適応を進化のメカニズムあるいはその原因として考える事は、ラマルク流の獲得形質の遺伝を持ち込むものとして、今日でもタブー視されている。

  ところが、40億年に及ぶ生命進化の歴史を鳥瞰すると、進化と適応には深いつながりがある事が分かる。特に、生命進化の初期段階にはその事が良く表れている。生命は、地球がまだ高温だった頃に、深海底の熱水噴出口で好熱性の古細菌として誕生して以来、様々な環境へ進出し適応して行く中で、自らを作り変え多くの種を進化させて来たのである。まず、海水温の低下と共にエステル脂質の細胞膜とペプチドグリカンの細胞壁を獲得して、海底から異なる環境の海中に泳ぎ出して行くものが現れた。それが真正細菌の仲間である。彼等のうち、さらに太陽光の届く海表面まで進出し、そこで酸素発生型の光合成を始めたのがシアノバクテリアであった。どこでも生きて行けるシアノバクテリアは、海表面で大繁殖をし、地球環境を大きく変えて行く事になる。一方、海底ではシアノバクテリアの死骸が降り積もり、大量の有機物が堆積する事になった。すると今度は海底に積もった有機物を目当てに、食細胞が古細菌の仲間から進化してくる。原始真核細胞の誕生である。またシアノバクテリアの大繁殖は海中に大量の酸素を放出し、それが海中さらには空気中に蓄積し、生命の惑星である地球に特有の好気的環境を生み出す事になった。この新しい環境の出現の中で、光合成細菌の仲間から、好気性の代謝を進化させたものが現れる。そしてこの好気性の真正細菌が、嫌気性であった原始真核細胞に細胞内共生する事によって、ミトコンドリアを持つ好気性の真核細胞が誕生するのである。こうして出現した真核細胞が繁栄する様になると、次はこの原核細胞よりはるかに大きい真核細胞を捕食する生物が進化して来る事になる。それが多細胞動物であった。彼等も最初は、海底に堆積した大量の有機物を摂取する底生の動物として誕生し、その後、海中に進出して遊泳する様になって行った。その中に脊索動物の祖先がおり、それが後に河川への進出を通して脊椎動物の魚類へと進化して行くのである。

  このように生命進化の歴史を振り返って見ると、生命と環境との間の複雑な相互作用を通して進化が進行して来た事がわかる。つまり環境の変化が生物の進化を生み出し、反対に新しい生物の登場が今度は地球環境を変えて行くという具合に、環境変化と生物進化が複雑に絡み合って進行して来たわけである。また、生物の発展段階を画す様な大進化が、こうして新しく生まれた環境への進出によって引き起こされた事も明らかである。その後の多細胞生物の進化で繰返し見られた、大量絶滅後の生態的空白への適応放散による進化も、生き残った生物達による、今までの生活環境とは異なる新しい環境への進出によって引き起こされているわけで、同じ意味を持つと言えよう。このように大進化が常に、新しい環境への生物の進出によって起こるという事実は、進化と適応が極めて深い関係にある事を示唆している。何故なら、今までとは異なる新しい環境へ進出した生物は、長い時間をかけて進化する以前に、新しい環境に積極的に適応して行ったはずだからである。新しい環境に進出してから、その環境に適応した形質を進化させる為に、偶然に起こる突然変異しかもそれがたまたま新しい環境に適したものであるという、現実にはほとんど起こりそうもない偶然をただひたすら待つといった他人任せの消極的な方法では、慣れない新しい環境に進出して生き残り、ましてや進化して行くなどという事は不可能であろう。それ以前に、そんな意気地のない生物なら、初めから新しい環境に進出するなどという事自体がないであろう。新環境への進出によって進化が起こるという事実は、生物が本来極めて積極的・能動的な存在である事を示している。生命は常に、死の危険を犯してまで新しい環境へ進出し、その生息域を拡大しようとして来たのであり、それこそが進化の原動力でもあった。またその事が、複雑な進化メカニズムそのものを生み出す事にもつながったわけである。この積極性こそ、生命40億年の歴史の中に一貫して流れる、生命の本性という事もできるだろう。このように積極性を持つ生命が、進化に関してだけは、ただ偶然に起こる突然変異に身を任せて、自らは何ら積極的に関ろうとしないという事は、極めて考え難いと言わなければならない。

  実際、我々の体はその使い方を変えるだけで骨が変形して行く。これはウォルフの法則と呼ばれるもので、骨の形や構造は使い方を変えると、それに従って使いやすい形に変化すると言う。例えば、手術で骨の形が変わると機能や使い方が変わり、その結果、骨は益々変形してしまう。また、日常生活での片噛みや寝相によっても骨格が変形する事が知られている。右側で噛む癖があると、顔が右に傾き、右肩が下がり、顎が右にねじれる。噛む事は全身運動で、片側で噛む事を続けるだけで体全体がゆがんでしまうのである。また猿回しのサルは、子供の時から人間と同じ直立二足歩行の訓練を受けるが、それによって彼等の背骨はヒトと同様にS字状にカーブする様になると言う。さらに西原克成によると、哺乳類の槽生の歯や胎生の進化は遺伝子の変化なしに起こり得ると言う。哺乳類と他の脊椎動物では歯が大きく異なるが、その違いの1つは、爬虫類・両生類・魚類では歯が顎の骨に直接固着しているのに対し(骨性癒着)、哺乳類では歯が歯槽と呼ばれる顎骨の孔にはまり込んでいる事である(槽生)。そのため哺乳類の歯には歯根が発達し、顎骨との間にセメント質・歯根膜・固有歯槽骨ができて衝撃を吸収する様になっている。現在、人工的に歯根を作って顎の骨に植え付ける治療が行われているが(デンタルインプラント)、これでは骨に直接癒着してクッションがない為、力が加わると結合部分の骨が溶けて抜けてしまう。ところが、この人工歯根に繰返し力学的荷重を掛けるだけで、その周囲に固有歯槽骨が形成され、哺乳類に特徴的な釘植歯根が出来ると言う。これは獲物を飲み込むだけだった爬虫類から、哺乳類では歯で咀嚼する様になった事に対応しているのだろう。また、骨や歯の主成分のアパタイト(リン灰石)には造血巣・造骨巣を誘導する働きがあり、所々に孔のあいた人工のアパタイト焼結体(アパタイトチャンバー)を軟骨魚類のサメの背筋に埋め込むと、4ヶ月ほどで付近の軟骨が硬骨化し骨髄造血巣ができる。ハイドロキシアパタイト(水酸化リン灰石)の骨は、DNAやRNAの複製に必須のリン酸とカルシウムが多量に含み、血球の製造に必要な核酸の代謝が容易な為、硬骨化が起こるとそれまで脾臓で行われていた造血機能が骨髄に移動するのだと言う。面白い例に深海魚のアンコウがある。この仲間はどれも極端なノミの夫婦で、メスの100分の1程度、小指ほどの大きさしかないオスが深海底でメスに出会うと歯でその皮膚に食い付き、やがてメスの組織と融合して一体化し、メスの血液がオスの体内を巡る様になる。この時、メスに食いついたオスの歯から溶けだしたアパタイトが血管を誘導するのである。そして、寄生化してメスの養分で生きる様になったオスの眼や消化管は消失し、精巣だけが発達して一匹の雌雄同体の魚の様になってしまう。こうしたアパタイトの特性を考えると、卵生から胎生への進化、つまり胎盤の獲得のメカニズムも容易に理解できる。炭酸カルシウムの卵殻は、代謝が活発になった哺乳類型爬虫類ではアパタイト化してくると考えられる。そこで何らかの環境変化で卵を産めなくなると受精卵が長く子宮内に留まる事になり、子宮の平滑筋に接する卵殻からアパタイトが溶けだして周囲の組織に動静脈が誘導され、漿膜の外層に動静脈性の絨毛膜が形成されて胎盤ができると言うのである (5-8)。こうして遺伝子の変化なしに、胎生のメカニズムが誕生する事になる。

  ところで、こうした子孫に遺伝する事のない適応的変化も、遺伝子の発現パターンの変更によって引き起こされると考えられる。例えば、先に出て来た大腸菌のラクトース・オペロンなどはその単純な例である。これは炭素源として利用しやすいグルコース(ブドウ糖)が減少した時に、代わりにラクトース(乳糖)を利用できる様にする、乳糖分解に関係するオペロンであった。乳糖なしに培養した大腸菌では、ラクトース・オペロンの遺伝子産物の酵素は数分子しか存在しないが、培地に乳糖を加えると直ちに遺伝子の発現が誘導され、2〜3分後には約1000倍もの酵素が作られるのである。そして乳糖が分解されてなくなると、再び転写は元のレベルにまで抑えられる。このように遺伝子スイッチをON・OFFする事によって、ブドウ糖や乳糖の量の変化という環境変化に対して敏速に適応できるわけである。

 

(注) 酵母の胞子形成時にも、遺伝子発現パターンの変更が見られる。ここでは二倍体の酵母細胞が減数分裂して4個の一倍体胞子ができ、この過程は初期・中期・中後期・後期の4段階に分けられる。酵母ゲノムは6000個の遺伝子を持っているが、このうち初期段階に特異的に発現するのが256個で、その幾つかは開始コドンの上流約600bpに5´−GGCGGC−3´というURS1コンセンサス配列を持ち、栄養成長から胞子形成への切り替えに関与する転写因子の認識シグナルとなっている考えられる。中期には他の158遺伝子が活性化されるが、その70%はMSEコンセンサス配列を持ち、同様に1つの転写因子で制御されているらしい。さらに中後期には61遺伝子が、後期には5遺伝子が発現する。また胞子形成中は、栄養増殖に必要と思われる600遺伝子が抑制されていると言う。(1-12)

 

  多細胞生物の適応に於いても、より複雑化したものではあっても、基本的には同じ事が行われていると考えられる。例えば、高山植物は森林限界より上の高山帯に生育する植物であるが、高山のお花畑に見られる様に変動幅の大きい厳しい環境に適応する為に、比較的小型で茎の節間は短く、葉は厚くて小さく、地上部が地下部に比べて小さいなどの共通した特徴を持っている。こうした特徴を持たない平地の植物を山地に移植すると、短いものでは8〜10年、長いものでも25年後には山地種と良く似たものとなり、すっかり高山植物に変わってしまうと言う。高山に移されたものに共通して認められる変化は、地上部がどれも著しく小型化する事で、反対に地下の根は発達する。また茎は短くなって、互生または対生していた葉が叢生する様になったり、枝がなくなり主茎のみとなるなどの変化が認められる。そして移植後の時間が長いと、再びその植物を原産地に戻しても、移植地で獲得された性質は容易には失われないと言う。こうした適応的変化も、遺伝子の発現パターンの変更によって起こっていると思われる。しかも、変化がわずか10年そこそこで起こる事から考えて、環境変化に対応する適応の為の発現パターンは、初めから遺伝子にプログラムされている可能性が高い。環境の変化に素早く的確に対応するには、適応の為の遺伝子発現パターンがあらかじめ決まっている必要があるだろう。この発現パターンは、遺伝子のネットワークとして存在しているわけだが、環境変動の種類に応じて幾つかのパターンがあらかじめ用意され、状況に応じて必要な遺伝子ネットワークのスイッチが入れられるのであろう。また、遺伝子ネットワークの各々が1つの単位(ユニット)を成していて、このユニットの組み合わせの変更によって、様々な形質の変化を生み出しているのかも知れない。こうしたユニット構造は、生物が新しい遺伝子やタンパク質を作り出す時に一般的に用いている方法であり、適応に於いても、これによって様々な適応的変化を効率的に生み出す事が可能となるはずである。さらにこのユニット構造は、発生を支配する遺伝子で見られた様に、何段階もの階層構造を持つ事も考えられる。こうした遺伝子ネットワークのユニット構造や階層構造によって、多細胞生物の複雑な環境変動に対応する適応反応が可能となっているものと思われる。

  このように見て来ると、多細胞生物の進化と適応は極めて良く似たメカニズムを使っている事が分かる。両者共、遺伝子の発現パターンの変更によって形質の変化を作り出しているのである。ただ違いは、適応が体細胞レベルの遺伝子発現パターンの変更であり、しかもその変化は生後に環境変化の刺激を受けて起こるのに対し、進化に於ける遺伝子発現パターンの変更は生殖細胞レベルの事であり、胚発生段階で変化が現れる点にある。しかし現在、環境の変化に対する適応として生じた体細胞レベルでの変異は子孫には遺伝しない、つまり適応的変化は進化にはつながらないと考えられている。1885年にドイツのワイスマンが唱えた生殖質連続説(生殖質説)によって、子孫に遺伝情報を伝えて行くのは生殖細胞の系列であって、個体発生ごとに生殖細胞から派生しその個体限りで滅びてしまう体細胞に生じた変化は、次代に受け継がれる事はないと結論されたのである。こうして体細胞から生殖細胞への情報の流れは否定され(ワイスマンの障壁)、獲得形質の遺伝は葬り去られる事になった。またワイスマンは、獲得形質が遺伝しない事を証明する為、22代にわたり総計1600匹ものネズミの尾を切断し続ける実験を行った事でも有名である。しかし、人為的に尾を切断したネズミから尾の短くなったネズミが生まれて来ないからと言って、どうして獲得形質の遺伝を否定した事になるのか、我々凡人には全く理解不能である。こうしたワイスマンの主張は、ド・フリースの発見した突然変異と結び付いて総合説進化論へと発展して行く。こうして、環境変化によって生じた個体の変異は遺伝しないという事になった。そして、環境から遺伝子への情報の流れは断ち切られ、進化の為の遺伝子改変は、環境とは全く無関係に隔離された生殖細胞の中だけで行われる事となったのである。しかし、それは本当だろうか。先に見た様に、適応と進化の遺伝子レベルのメカニズムは良く似たものである可能性が高い。このように複雑で精巧な、しかも良く似たメカニズムを生物が全く独立に2つも持つ、あるいは独立に進化させるという事は極めて考え難い。何故なら、遺伝子重複に見られる様に、1つの遺伝子に少し手を加えて様々な用途に繰返し使うという事、つまり既存の遺伝子や遺伝子ネットワークを改善しながら繰返し再利用する事が、生命進化の基本戦略だからである。こうした事は、原核生物の代謝の進化にも見られた。生殖細胞も体細胞も全く同じ遺伝情報を持っている。従って体細胞が、環境変化に合わせて遺伝子発現パターンの変更を行うプログラムを持っているとするならば、当然生殖細胞もそれと同じ変更プログラムを持っているはずである。適応反応では、生後に外界からの刺激によって体細胞の遺伝子発現パターンの変更が引き起こされるわけだが、その変更プログラムを始動する遺伝子スイッチをONにする時期を、発生過程にまで繰り上げる事ができれば、適応的変化を進化に固定する事が出来るのではないだろうか。しかも、ホメオティック遺伝子などで見られた遺伝子の階層構造から考えて、それは恐らくたった1つの遺伝子あるいはほんの数個の遺伝子スイッチを、発生の特定の時期に入れるだけで可能となるはずである。事実、ここで述べた発生過程の延長とは反対の、発生過程の短縮とも言える現象が知られている。ネオテニー(幼形成熟)である。これは動物の個体発生が一定の段階で止まり、そのまま性的に成熟して繁殖する現象で、その結果、幼形のまま成長して繁殖可能な成体となる。良く知られている例がメキシコサンショウオで、一般の両生類の様に変態を起こさず幼形のまま成熟する。これがアホロートルで、以前にテレビの動物番組で放映されて人気者になった事がある。近年は、ネオテニーが進化に於いても、重要な役割を果たしていると考えられる様になって来た。ヒトの進化に於いても、ヒトと類人猿の胎児や子供がその成体同士よりもはるかに良く似ている事などから、ネオテニーの重要性が注目されている (5-9)。これなどは、発生過程を短縮したり延長する事が形態を変化させ、進化させる手段と成り得る事を示すものと言えよう。

  しかし、体細胞が獲得した適応が次代に伝えられる為には、生殖細胞の遺伝情報が書き換えられなければならないのも事実であって、そのためには体細胞から生殖細胞へのなんらかの情報の流れが必要となろう。ところが今のところ、それがどの様なものか、また実際に存在するのかどうかも分からない。しかし、体細胞に生じた適応的変化が遺伝せず従って進化に結び付かない、つまり適応と進化が分離している原因が、体の細胞の生殖細胞系列と体細胞系列への分離によるとするならば、体全体が1つの細胞から出来ている単細胞生物では適応と進化の分離は起こらない事になる。つまり単細胞生物では、生後に環境との相互作用により獲得した適応的変異は、容易に子孫に伝える事ができると考えられる。単細胞生物では、適応と進化は一体となっているのである。そうだとすると適応と進化の分離、獲得形質の遺伝の否定は、長い生命の歴史の中ではごく最近の出来事という事になろう。生命にとっては長い間、適応と進化は一体のものであって、その方が生命の自然な姿とも言えよう。それが多細胞生物の登場によって、一気にしかも完全に両者の関連が断ち切られてしまったのだろうか。この両者の間に何等かのつながり、相互作用が温存されていてもいい様に思われる。先に見た様に、適応も進化もそのメカニズムは、共通して発生に関る遺伝子のネットワークを利用している。そして、適応と進化の両方共が依存している発生の遺伝子メカニズムの成立は、言うまでもなく多細胞生物の誕生と分かちがたく結び付いている。つまり多細胞生物の進化と、発生の遺伝子メカニズムの発達・精緻化は、相携えて進んで来たのである。そしてこの発生メカニズムを、生命は一方では進化のメカニズムとして、他方では適応のメカニズムとして使って来たわけである。単細胞生物に於いては一体化していた適応と進化は、多細胞生物の登場によって表面上は分離したかに見えるが、この両者はその歴史からしても極めて近い関係にあるものと言える。このように深い関係にある適応と進化が、ネオ・ダーウィニズムの言う様に全く影響を及ぼし合う事のない、互いに独立したものと考える事はあまりに不自然と言う他ない。だいたい進化も適応も、変化する環境により適した体・形態を作り出す為の方策であり、言わば同じ目的を持ち同じメカニズムを使っているわけで、ただ違いはその変化が遺伝するかしないかという点だけである。この両者が全く無関係に機能しているとは、とても考えられない。また適応現象は、生物と環境との緊密な相互作用の結果である。この適応現象を進化から完全に分離する事は、進化から環境との相互作用を排除する事を意味しよう。しかし先に見た様に、現実の生物進化は環境変化と深く結び付いて起きているわけで、進化とは生物と環境との相互作用の結果と言っても良い程である。環境との相互作用を無視して進化を説明する事は、あまりにも生物進化の現実からかけ離れた事と言わなければならない。

 

(注)今日では、遺伝子DNAではなくRNAが機能性高分子として極めて重要な役割を果たしている事が明らかになって来ている。細胞内にはタンパク質をコードしない非コードRNAが大量に存在し(ヒトやマウスでは全遺伝子産物の半分以上を占めると言う)、生命活動に無くてはならない機能をはたしている。中には、RNAエディティングや選択的スプライシングのように、DNAの遺伝情報が書き換えられたり、発生過程で遺伝子の発現制御を行っている短いRNA分子も存在する。しかも、これらは例外的な現象ではなく、細胞内で普遍的に起こっている様なのである。つまり、以前の様にDNAが遺伝子として、生命活動を一元的あるいは統一的に支配・管理しているとは、単純には言えなくなって来ている。もしかすると、この多機能分子のRNAが環境から遺伝子への情報のフィードバックに関わっているかも知れない。DNAは単なる遺伝情報の保管場所にしか過ぎないが、RNAはタンパク質同様に活性分子として環境と直接に関わっているわけだから。