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第6章  生命とは何か

 


立体構造を介した相互作用

 生命活動を支える酵素

 

  細胞の中では常時様々な化学反応が起きており、それによって生命活動は担われている。例えば、食物の消化、呼吸とATP合成、筋肉の運動、さらには新陳代謝や成長も総て化学反応である。この化学反応なしには生命は一瞬たりとも生きて行く事ができない。このように生命活動を実際に支えている化学反応であるが、実は生体内の化学反応は、化学工場や実験室で行われる反応とは大きく異なっている。まず大きな違いは温度や圧力で、実験室や化学工場では化学反応の進行をはやめる為、バーナーやヒーターでフラスコや反応槽を加熱したり、高い圧力を掛ける事もよく行われる。さらに硫酸や苛性ソーダ(水酸化ナトリウム)などの強い酸やアルカリを用いて、反応を進行させる事もよくある。しかし生物の体内では、温度は37℃程度、圧力は1気圧、pHも胃の中などの例外を除けば7付近の中性に近い、穏やかな環境の中で反応が進行しているのである。また生体内では、化学反応のほとんどが水の中で起こっているのも大きな特徴である。加水分解反応はともかく、多くの有機化合物の反応は水中では起こり難く、化学者が有機化合物の合成を行う場合、エーテルやアルコールなどの溶媒の中で行うのが普通なのである。ところが生物の体の約70%は水であり、化学反応も当然この水の中で行われている。さらに重要な事は、生物の体内では何百種類もの化学反応が同時に整然と進行しているという点である。しかもそれは直径0.01mm位の小さな細胞の中で、間違いなく行われているのである。このような事は人間にはとても真似ができない。このように低い温度の下、中性のpHの水中で、多数の合成反応を含む化学反応が同時に秩序だって進行している事が、生命体の際立った特徴なのである。(6-1) (6-2)

  そしてそれを可能にしているのが、驚異的な能力をもつ特別な触媒の酵素である。触媒活性を持つ一部のRNA分子を除くと、酵素は総てタンパク質であり、生体内の化学反応のほとんどはこの酵素反応なのである。このように生命活動を化学反応の面から支えている酵素は、飛び抜けた触媒能力と基質特異性という2つの著しい特徴を持っている。まず酵素は、化学反応の速度を1071020倍も速める事ができる。107倍というのは1000万倍の事で、酵素なしでは1000万時間(約1000年)もかかる反応を、酵素は約1時間で進行させてしまうというわけである。また1020倍となると、同様に酵素があれば1時間で終わる反応が、酵素がないと1020時間(約1016年)もかかるという事になり、宇宙の年齢(約1010年)を考えると、これは酵素がなければ自然には起こり得ない反応という事ができよう。酵素の触媒作用で化学反応を起こす物質を基質と呼んでいるが、酵素は普通毎秒約1万個の基質分子に変化を起こす事ができる。速いものでは、カタラーゼの1分子は1秒間に9万個の加酸化水素分子を分解する。さらに、体の組織で発生した二酸化炭素を水と反応させて炭酸水素イオンに変え、血液に溶け込ませて運びやすくする酵素のカルボニックアンヒドラーゼの1分子は、1秒間に60万個の二酸化炭素分子と水分子を反応させると言う。

  もう1つの目立った特徴である、酵素の基質特異性も非常に重要な性質である。酵素は特定の物質(基質)に限って作用し、特定の化学反応だけを進行させる性質を持っている。例えば、α-アミラーゼの基質はデンプンであり、アルコールデヒドロゲナーゼの基質はアルコールである。この酵素と基質との関係はカギとカギ穴の関係に例えられ、こうした酵素の基質特異性の為に、原則として1つの化学反応に対して、その反応だけを進行させる1つの酵素が存在する事になる。この結果、細胞には多種類の酵素が必要となり、例えば動物細胞では10004000種類の酵素が存在するという。そしてこの酵素反応の特異性のお陰で、数百種類以上の化学反応を細胞内で同時に整然と行う事が可能なのである。このように、触媒として並外れた能力を持つ酵素の存在によって初めて、生体内での効率的で秩序だった化学反応が可能となっている。生命活動は、酵素によって支えられているのである。では、この酵素の驚くべき触媒能力は、どのようにして生まれるのだろうか。次にその仕組みについて見て行く事にしよう。

 

 

 酵素反応の仕組み

 

  一部のRNA分子は触媒活性を持つ事が知られているが、このような少数の例外を除くと、すべての酵素はタンパク質である。タンパク質はアミノ酸が100個から数万個も連結して、ネックレスの様に1本の長い鎖状になったもので、そこで使われている20種類のアミノ酸の配列順序によって様々なタンパク質ができる。そして、アミノ酸が長く連結したポリペプチド鎖は複雑に折り畳まれて、そのアミノ酸配列によって決まる特定の立体構造をとる。この立体構造が、酵素の驚異的な触媒作用を生む元となっているのである。酵素は、熱・酸・アルカリ・濃い尿素の液などに弱い事が知られている。例えば、100℃のお湯の中に数分間浸けるだけで触媒作用は無くなってしまう。これは酵素のアミノ酸の鎖は切れないが、複雑に折り畳まれた立体構造が壊れてしまうからである。酵素などのタンパク質が生命活性を発揮するためには、ある特定の立体構造を形作っている事が不可欠なのである。熱・酸・アルカリ・尿素などによって、タンパク質の立体構造が変化する現象を変性と言い、生命活性を失う事を失活と呼んでいる。例えば、タマゴをゆでると卵白が固まってゆで卵になるが、これは卵白のタンパク質(卵白アルブミン)が変性を起こした為である。また、一度変性して立体構造が崩れたタンパク質も、その原因を除いてやると立体構造が再生する事がある。例えば、RNA分解酵素のリボヌクレアーゼを濃い尿素の溶液に入れ、さらに還元剤を加えると、タンパク質の鎖の間に架橋して立体構造を安定化させていたジスルフィド結合が切断され、折り畳まれていた立体構造は解けて酵素活性は失われてしまう。しかし、この変性し失活したリボヌクレアーゼをセロファンの袋の中に入れて透析し、尿素と還元剤を除き、ゆっくり空気を吹き込んで穏やかに酸化してやるとジスルフィド結合が再生し、それと共に酵素活性も回復して来ると言う。このように精製したタンパク質は、変性しても自力で正しく折り畳まれた本来の立体構造を、組み立て直す能力がある事が知られている。こうした事実から、タンパク質の立体構造は、そのアミノ酸配列順序によって決定されると考えられているのである。

  タンパク質には、ケラチンやフィブロインの様に繊維状のものもあるが、酵素をはじめ多くのタンパク質分子は、複雑に折り畳まれて全体として球状になっている。例えば、リゾチームは直径が3nm(ナノメートル:100万分の1mm)、長さ約4.5nmのラグビーボールの様な形をしている。また、大きめの酵素は球状の塊(サブユニット)が何個か集まって出来ており、アルコールデヒドロゲナーゼの分子は4個のサブユニットから構成されている。そして、多くの酵素の立体構造には割れ目やくぼみ、あるいはポケットと呼ばれる構造部分があり、基質はこの割れ目にカギとカギ穴の様にスッポリとはまり込むのである。この部分が酵素の活性中心(活性部位)で、ここに基質が結合して、酵素と基質の複合体が形成される事が酵素反応の基礎となっている。タンパク質の立体構造は、アミノ酸の配列順序によって決まるわけだが、酵素ごとにこの割れ目に特定のアミノ酸配列が見つかっている。例えば、デンプンを分解するα-アミラーゼのアミノ酸配列を、ブタ・ネズミ・ハツカネズミ・ヒトで比べて見ると、少しずつ異なるが端から298301番目の配列が総てに共通で、NHDN(アスパラギン・ヒスチジン・アスパラギン酸・アスパラギン)となっている。さらに、コウジ菌の様に哺乳類からずっとかけ離れた生物のアミラーゼにも、全体としての違いは大きくなるが、このNHDN配列がそっくり存在すると言う。この事は、この配列がα-アミラーゼの機能に不可欠である事を示していると考えられる。また、基質特異性が少しだけ違う仲間同士の酵素にも、共通のアミノ酸配列が見つかっている。膵臓が分泌する消化酵素のトリプシン・キモトリプシン・エラスターゼは、タンパク質を加水分解するプロテアーゼで、タンパク質の鎖を切断する場所はそれぞれ異なるが良く似た機能を持つ仲間で、そのアミノ酸配列を比較すると共通のGDSG(グリシン・アスパラギン酸・セリン・グリシン)配列を持っていると言う。こうした事から、この配列はタンパク質の鎖を切断するという共通の機能に関っていると考えられるのである。このGDSG配列も、α-アミラーゼのNHDN配列も、酵素の活性中心の割れ目に位置している事が分かっている。

  酵素反応は、基質が活性部位に正しく入り込む事から始まる。この時、活性部位の割れ目には、構造的に相補性を持つ決まった形の分子しかきちんと入り込む事ができない。この事が、触媒としての酵素の著しい特徴である、基質特異性を生み出しているのである。こうして基質が活性部位に正しく結合すると、触媒作用により化学反応が進行する。つまり、活性部位には基質の結合と触媒作用の2つの機能があるわけで、これに対応して活性部位は基質を認識して結合する部分と反応を触媒する2つの部分、即ち基質結合部位と触媒部位から構成されている。実際には、活性中心の中に基質結合部位と触媒部位とが並んで存在する事もあれば、触媒部位が結合部位の中に取込まれてその一部となっている場合もある。

  さて基質と酵素は、分子の立体構造の相補性によって結合するわけだが、この立体構造は決して固定した一定不変のものではない。実際、基質が活性部位に結合すると、酵素分子の立体構造に変化が生じる事が多くの酵素で観察されている。この時、基質もその影響を受けて立体構造が歪み変形すると考えられ、これが酵素の触媒反応を可能にしているのである。この事からも分かる様に、実は酵素と基質の相補性は完全なものではない。もし、基質に完全に相補的な酵素があるとすると、基質はあまりにもしっかりと酵素の活性部位にはまり込んでしまう為、逆に基質を安定化し反応を妨げる事になろう。酵素は基質そのものに相補的なのではなく、その反応遷移状態に相補的なのである。一般に化学反応では、反応する物質の原子の組替えが連続的に起こるが、その際エネルギーが最大になる状態を通って生成物となる。逆に言うと、このエネルギー障壁を乗り越えなければ反応は起こらないのである。このエネルギー最大の不安定な原子配置、つまりエネルギー障壁の頂上に於ける原子配列を遷移状態と呼んでいる。これはまた活性化錯体と呼ばれる事もある。酵素反応に於いても、基質分子は形や電子分布の異なる幾つかの中間形態を経て最終の生成物となるが、その中で最も不安定な遷移状態にあるものの自由エネルギーが反応速度を決めている。そして酵素は、この遷移状態にある基質に対して高い親和性を示すのである。酵素反応で最初に形成される酵素・基質複合体(ES複合体)では、幾らかの弱い相互作用が働いているだけで、基質と酵素間の完全に相補的な結合は基質が遷移状態になって初めて形成される。この結合によって遷移状態が安定化され、わずかな自由エネルギー(結合エネルギー)が解放され、この結合エネルギーが反応の活性化エネルギーを低下させるのに使われるのである。つまり酵素は、遷移状態の基質と相補的に結合する事によって遷移状態を安定化し、活性化エネルギーを低下させて反応速度を飛躍的に高めているのである。酵素反応は、どんな人工触媒も及ばないほど反応速度が高い。この原因としては、触媒部位の近くで基質分子の濃度を局所的に高める事、そして反応に関る原子を正しい位置に保持する事などが考えられるが、最も重要なのは、酵素と基質との結合による結合エネルギーが直接触媒反応に寄与する点なのである。

 

 活性化エネルギー

 

  エネルギーは、本質的にポテンシャル・エネルギー(自由エネルギー)と運動エネルギーに分けられる。ポテンシャル・エネルギーとは放出される前の蓄えられているエネルギーで、運動エネルギーとは運動状態にあるエネルギーの事である。例えば、ダムの上に蓄えられた水は大きなポテンシャル・エネルギーを持ち、その水がダムを通って低い所に落ちる時、そのポテンシャル・エネルギーは運動エネルギーに変換される。そして、この運動エネルギーが発電機を回して電気エネルギーに変わるわけである。

  ところで化合物はそれぞれの分子型に応じて、化学結合の種類と数により定まる一定量のポテンシャル・エネルギーを持っている。従って化学反応で、生成物が反応物より小さなエネルギーしか持たない場合には、反応によって自由エネルギー(仕事に使う事のできるエネルギー)が放出される事になる(発エルゴン反応)。反対に、生成物の方が反応物より大きなエネルギーを持つ反応では、エネルギーの吸収が起こり(吸エルゴン反応)、この反応を起こす為には外部からエネルギーの補給が必要となる。つまり反応の際、生成した分子の自由エネルギーから元の分子の自由エネルギーを差し引いた自由エネルギー変化(G)が、大きな負の値を示すほどその反応は起こりやすい事になる。しかし、自由エネルギー変化が負の発エルゴン反応でも、ただそれだけで反応が速やかに進行するわけではない。反応物質から生成物ができる為には、この両者よりも自由エネルギーの高い遷移状態を通過しなければならない。これが反応を押しとどめるエネルギー障壁(活性化障壁)をなしており、化学反応が起こる為にはこの障壁を乗り越えなければならないのである。この活性化障壁を乗り越えるのに必要なエネルギーが活性化エネルギーである。例えば、水素(H2)と酸素(O2)が反応すると水(H2O)となるが、室温で水素ガスと酸素ガスを混ぜておいても反応は起こらない。室温程度の温度では、水素分子も酸素分子も、反応が起こるのに必要な活性化エネルギーを持っていないからである。しかし、この水素ガスと酸素ガスの混合物に火を近づけると爆発が起こる。これは、火のそばの水素分子と酸素分子が熱せられ、活性化エネルギー以上のエネルギーを持ったからである。一度、反応が起こると大量の反応熱が発生する為、周りの水素ガス分子と酸素ガス分子は加熱されて活性化し、反応が連鎖的・爆発的に進行するのである。またこの活性化障壁は、化学反応に障害を持ち込む事によって分子を安定化する働きもしている。もし活性化障壁が存在しないと、生体高分子などは速やかにエネルギーの低い簡単な分子に分解してしまう事だろう。

  先にも述べた様に、酵素は基質の遷移状態と強固に結合する事によって遷移状態を安定化させる。これは遷移状態のエネルギーを低下させる事を意味し、こうして化学反応が起こる際のエネルギー障壁を低くする事により、化学反応を進行しやすくしているのである。つまり酵素は、基質の不安定な遷移状態の中間体と強固に結合する事で活性化障壁を低下させ、反応を触媒しているわけである。(3-14) (4-8) (6-2)

 

 

 アロステリック効果

 

  酵素の触媒作用は、酵素と基質分子との立体構造を介した相互作用によって担われている事を見て来た。しかし、タンパク質の立体構造は固定した不変のものではなく、その形状(コンフォメーション)は柔軟で可逆的に変化し、またその事が生命活性に極めて重要な役割を果たしているのである。 タンパク質は、リガンド(機能タンパク質に特異的に結合する分子)と呼ばれる小型分子と結合する事によって、そのコンフォメーションを変化させる。例えば、糖代謝の初期段階でATP分子の末端リン酸基をグルコースに転移する反応を触媒している、ヘキソナーゼというほとんどの細胞に存在する酵素は、グルコースと結合するとATPに対する親和性が大幅に上昇し、その結果ATPがグルコースと隣り合った部位に結合してリン酸基転移反応が起こり、グルコース6・リン酸とADPが生成されるのである。ヘキソナーゼは2つのドメインから成っており、グルコースとATPの結合部位はこの2つのドメインに挟まれた溝にある。そして、そこにグルコースが結合すると変形して溝が狭まり、このコンフォメーション変化によって酵素のATPに対する親和性が50倍も増大するのである。ヘキソナーゼではATPとグルコースが隣り合った場所に結合したが、2つの結合部位が遠く離れている場合にも、一方のリガンドの結合が他方のリガンドの結合に大きな影響を与える事がある。このような作用をするタンパク質をアロステリック・タンパク、この現象をアロステリック効果と呼んでいる。

  実は酵素の活性調節に、このアロステリック効果がうまく利用されているのである。細胞内の様々な代謝反応の速度は、その要求の変化に即応して絶えず調節されている。それぞれの代謝経路では幾つかの酵素が順番に協力して働く酵素系を形成しているが、いずれの系でも少なくとも1つ、最も遅い反応を触媒する事で全体の反応速度を調節する酵素が存在し、シグナルに応じて触媒活性を増大させたり反対に減少させて、代謝反応速度をコントロールしているのである。多酵素反応系では、その経路の最初の酵素が調節酵素である事が多い。調節酵素には2種類あるが、その1つがアロステリック酵素で、シグナル分子の調節因子と可逆的・非共有結合的に結合する事でその活性が調節されている(もう1つは可逆的な共有結合性の修飾により調節をうける酵素)。アロステリック酵素は単純な酵素に比べると一般に大きく、ほとんどのものは2個以上のポリペプチド鎖から成り、それぞれの鎖が折り畳まれて球状構造を形成したサブユニットが集合して、大きな構造体(会合体)を作っている。そしてサブユニットは、総てが同じ場合も異なる場合もあるが、会合体の形成は酵素の活性調節と関係している事が多い。アロステリック酵素は一般に、基質の結合部位とは別に調節因子の結合部位(アロステリック部位)を必ず1つ以上持ち、酵素の活性部位が基質に特異的である様に、アロステリック部位の立体構造もまた調節因子に特異的で、複数の調節因子を持つ酵素はそれぞれの因子に特異的な結合部位を持つ事になる。このアロステリック部位に調節因子が結合すると酵素の立体構造が変化し、その結果、酵素の触媒作用が促進されたり阻害されるのである。多くのアロステリック酵素では、基質結合部位とアロステリック部位が異なるサブユニット上に存在し、こうした場合には触媒部位を持つサブユニットと調節部位を持つサブユニットを切り離すと、触媒ユニットは調節のきかない普通の酵素になってしまう。

  調節が抑制的に働く場合の代表的な例にフィードバック阻害がある。これは一連の酵素反応に於いて、その最終生成物が細胞の必要を越えて生成された時、その生成物が最初の酵素の阻害剤として働くものである。従って最終生成物が充分に存在する時には、フィードバック阻害が働いてこの反応系列は動かない。ところが最終生成物が消費されて少なくなって来ると、最初の酵素の抑制が解かれ反応系列は再び動き出す事になるのである。逆に促進する例には、基質自身が酵素の調節因子となっている場合がある。この時には、基質が1つのサブユニットの基質結合部位に結合するとサブユニットの立体構造が変化し、さらにこの変化が隣のサブユニットにも影響を与えてその立体構造を変化させ、基質と結合しやすくさせるのである。その為、基質の濃度が低い所では酵素反応はなかなか進まないが、基質濃度が一定以上になると基質と酵素が急に結合し始め、反応速度が急激に大きくなる。つまり、この場合は基質の濃度がある限度を越えると、酵素反応のスイッチがONになるという調節機構として機能しているわけである。

  興味深い例に、酸素を運搬する赤血球中のヘモグロビンがある。これは4個のサブユニットから成り、それぞれ1つずつヘムが結合している。酸素運搬体としてのヘモグロビンに要求されるのは、単に酸素と良く結合するという事だけではない。肺で酸素と結合したヘモグロビンは、酸素を必要とする末梢組織では反対に酸素を効果的に放出しなければならない。この相反する目的の為に、ヘモグロビンの酸素に対する親和性は、酸素分圧(混合気体全圧に占める酸素の寄与分)によって大きく変わる様になっている。つまり、酸素と結合していないヘモグロビンの酸素に対する親和性は低いが、1つの酸素分子がサブユニットに結合するとヘモグロビンのコンフォメーションが変化し、他のサブユニットの酸素親和性が飛躍的に高まる。こうして2個3個と酸素が結合するに従い、親和性は急激に高まって行くのである。最初の酸素分子が結合するだけで、ヘモグロビンの親和性は約500倍も増加すると言う。その為、酸素分圧の高い肺(約13 ka)では、ヘモグロビンは速やかに酸素と結合してその95%が酸素で飽和するが、反対に酸素分圧の低い末梢組織の毛細血管(約1.5 ka)では、酸素はヘモグロビンから放出される事になるのである。この時、ヘモグロビンは結合していた酸素の約1/3を放出し、酸素飽和度は64%にまで低下する。

 

 

 リン酸化によるタンパク質の活性調節

 

  大腸菌などの細菌では、タンパク質の活性調節は主に特定のタンパク質に結合してアロステリック効果を引き起こす、細胞内の小型分子によって行われている。しかし真核細胞では、主に可逆的なリン酸化反応によりタンパク質の活性調節を行っている。リン酸基1個は2個の負電荷を持つ為、これがタンパク質のアミノ酸側鎖に共有結合すると、正電荷を持つ他の側鎖の塊を引き付けるなどして、タンパク質のコンフォメーション変化を引き起こす。こうした変化がタンパク質の一部に起こると、さらに他の場所のコンフォメーションをも変化させる事になり、これによって離れている他のリガンド結合部位の活性を、アロステリックに調整する事が可能となるのである。このように、真核細胞ではタンパク質の活性調節にリン酸化反応が使われる結果、普通の哺乳類が持つ1万種のタンパク質の約1/3がリン酸化されていると言う。またリン酸基は、酵素のタンパクキナーゼによってATPからタンパク質に転移され、反対にその除去はタンパクホスファターゼにより行われている。そのため、真核細胞にはこの2種類の酵素が多数存在し、その大半は細胞内シグナル伝達に於いて中心的な役割を果たしている。またガン遺伝子の多くは、これらのリン酸付加反応に関る酵素タンパク質をコードするものだと言われる。

 

 

 固有の立体構造を持つRNA

 

  酵素の並外れた触媒作用が、基質とそれに相補的な酵素との、分子間の立体構造を介した相互作用によって生み出されるのを見て来た。ここで見られた生体内分子間の特異的反応が、カギとカギ穴の様に相補的な立体構造をした分子表面の相互作用によって媒介されているという事は、何も酵素反応だけに限った特殊なものではなく、細胞内で起こる生化学反応に広く見られるものである。前にも述べたが、普通1本鎖のRNAは、その内部に相補的な塩基配列が有るとそこで部分的に2本鎖が形成される結果、あちこちで折れ曲りループ構造を作る事になる。こうしてRNAは分子内の相補性によって、固有の複雑な立体構造を形成できるのである。そして、この立体構造を介して他のRNAやタンパク質と相互作用する事で、RNA分子は様々な生命活性を発揮しているわけである。これは、普通2本鎖で長いヒモ状の分子に過ぎないDNAが、遺伝情報を担うという以外、特別な活性を持たないのと好対照をなしている。

  今日ではタンパク質だけではなく、RNA分子にも触媒活性を持つもの(リボザイム)が見つかっているが、それが可能なのはタンパク酵素と同様に複雑な立体構造を形成し、その表面で基質と結合して触媒作用を進める活性部位を持つ為と考えられる。つまり固有の立体構造を持つ事が、触媒活性を可能にしているわけである。一方、RNAの様に複雑な立体構造をとる事のできないDNAには、酵素活性を持つものは知られていない。また、遺伝暗号を翻訳するアダプターとして働くtRNAも、特徴的なクローバー葉形の二次構造と、それが折り畳まれたL字形の立体構造をしている。そして、1つのtRNAは特定のアミノ酸とだけ結合する事が、遺伝暗号の基礎となっていた。つまり、遺伝暗号のメカニズムもC4N説で説明した様に、tRNAとアミノ酸との相補的な立体構造を介した相互作用を利用している可能性が高いのである。

  また同様の事は、リボソームの構成要素であるrRNAについても言える。リボソームは、mRNAとtRNAを正確に結合させてタンパク質を合成する球状の粒子で、大小2つのサブユニットから出来ている。各サブユニットはrRNAとタンパク質で構成されるが、触媒活性で中心的役割を果たしているのは、リボソームの重さの半分以上を占めるrRNAと考えられている。rRNAには3種類あるが総て1本鎖で、相補的塩基配列部分でヘアピン構造を作って折れ曲り、複雑な折り畳み構造をとっている。小サブユニットのrRNA分子は生物種によって大きさが異なるが、その折り畳み構造は高度に保存され、さらに大サブユニットのrRNAは異種の生物間でも高い相同性が見られると言う。他方、リボソームのもう1方の構成要素であるタンパク質では、そのアミノ酸配列は進化的にあまり保存されていないのである。このように、rRNAの折り畳みパターンが多くの種で高度に保存されている事は、その立体構造がリボソームの機能にとって重要な役割を果たしている事を示すものと言えよう。

  DNAからRNAを転写する際の転写終結に於いても、RNAの立体構造が深く関係している。転写終結は、DNAのターミネーターと呼ばれる特定の塩基配列の所で起こる。ターミネーターはGとCの多い逆転反復配列になっており、これがRNAに転写されるとRNAはヘアピン構造を作り、そこでRNAポリメラーゼの動きを止める。そして、ヘアピン構造の後ろに続くU塩基の連続した領域で、RNAはDNAから離脱して転写は終結するのである(rU・dAのRNA・DNAハイブリッドは結合が極めて弱い)。また、このRNAのヘアピン構造は、転写の途中で起こる転写減衰(アテニュエーション)でも使われ、アミノ酸の欠乏状態をアミノアシルtRNAの量で感知し、転写を微調整する機構として働いている。

 

(注) トリプトファンオペロンでは、プロモーターのすぐ下流に終結シグナルのヘアピン構造が存在するが、これはもうひとつの大きなヘアピンループと重なっている為、この2つのヘアピン構造は同時には形成できない。リボソームは転写の開始と同時にその5´末端に結合し、ポリメラーゼに追いつくと大きいヘアピンのステム部分に結合する事でその形成を妨げ、その結果、終結ヘアピンが形成されて転写は停止する。ところが、トリプトファンが不足すると、終結シグナルの上流にある2個のトリプトファンを含む読み枠の所でリボソームが停止し、大きい方のヘアピンが形成されて転写は進行し、トリプタファン合成を促進する事になる。(1-12)

 

 

 塩基配列の識別とDNAの立体構造

 

  複雑な立体構造をとる事のないDNAも、タンパク質との相互作用に於いては、そのわずかな二重らせん構造の違いが大きな役割を果たしている。DNAの二重らせんが発見されて最初の20年間は、DNAの構造は総て同じで単調で均一ならせん構造をとると考えられていた。しかし実際には、DNAも塩基配列によって塩基対の傾斜や捻じれなど、局所的な不規則性を持っており、特定の塩基配列に結合する特異的DNA結合タンパクは、このわずかな立体構造の違いを識別しているのである。遺伝子スイッチをON・OFFする遺伝子調節タンパクが、特定のDNA塩基配列を識別して結合できるのは、そのタンパク質固有の立体構造の表面が、特定の塩基配列を持つ二重らせんの表面と高い相補性を持っている為で、一般に生体内で行われる分子識別では、2つの分子の表面同士が立体的に正確に適合する事が不可欠なのである。そのため、DNA・タンパク質間の分子識別に関与する多くのタンパク質は、DNAの大きい溝に結合する為の特別な構造を進化させて来た。それが、ヘリックス・ターン・ヘリックス・モチーフ、ジンク・フィンガー・モチーフ、ロイシン・ジッパー・モチーフ、ヘリックス・ループ・ヘリックス・モチーフなどのDNA結合構造モチーフなのである。特異的DNA結合タンパクの多くは、このDNA結合構造モチーフのどれか1つを持っている。

 

 

 免疫と立体構造

 

  免疫応答では、B細胞が産生した抗体が、何百万種類もの異なる非自己抗原を区別して特異的に結合する。抗体は、アミノ酸がたった1つ違うだけのタンパク質を識別できると言われるが、この場合の分子識別も酵素と基質の特異的結合と同様に、分子の立体構造表面の相補性によっているのである。前にも述べた様に、最も単純な抗体はH鎖とL鎖2本ずつから構成されたY字形の分子で、その腕の先に2つの抗原結合部位を持っている。H鎖・L鎖とも、ドメインと呼ばれるコンパクトに折り畳まれた反復単位が、それぞれ4個と2個つながって出来ており、各ドメインは免疫グロブリン・フォールドと呼ばれる折り畳み構造によって、非常に良く似た立体構造をとっている。これは、2つの広がったタンパク質の層(βシート)が折り重なって平行に並び、1個の鎖内ジスルフィド結合によってつながれて筒状になったものである。さらに可変ドメインでは、そこから3つの超可変領域がそれぞれループ(超可変ループ)を作って突き出し、そしてH・L両鎖の可変ドメインの6つの超可変ループが、1つにまとまって抗原結合部位を形成している。その形は非常に多様で、裂け目や溝の様になっていたり、平たく表面が波打ち、あるいは突出したりして、このような立体構造に相補的な表面をもつ抗原がそこに結合するわけである。小さなリガンドほど深い穴に結合し、大きなリガンドは平たい表面に結合する。さらに結合部位は抗原が結合すると、結合をより確実なものにする為にその形を変えると言う。こうした様々な結合部位の立体構造は、アミノ酸側鎖の配列によって決まる、超可変ループのコンフォメーションによって決定されているのである。

 

 

 細胞間のシグナル伝達

 

  多細胞生物では、各細胞の振る舞いを統合する為に、細胞間で連絡を取り合う精巧なシグナル伝達機構が進化しているが、ここでも分子間の立体構造を介した相互作用が重要な役割を果たしている。これは細胞外シグナル分子と、それと特異的に結合する受容体(レセプター)から構成されている。

  ほとんどのシグナル分子は親水性で細胞膜を直接通過する事が出来ず、標的細胞の表面にある膜貫通型タンパクのレセプターに結合し、他方、小さなシグナル分子の多くは疎水性で(ステロイドホルモン・甲状腺ホルモン・レチノイド・ビタミンDなど)、直接細胞膜を通過して細胞質や核にあるレセプターに結合する。これらの結合は、分子間の立体構造の相補性によって特異的に行われ、シグナル分子が結合したレセプターは、そのコンフォメーションを変化させ活性化する。こうして活性化した細胞表面のレセプターは、シグナル伝達の連鎖反応を引き起こし、次々とシグナルを細胞表面から核へと受け渡して行くのである。一方、小さなシグナル分子が結合した細胞内レセプターは、直接特定の遺伝子の転写を調節する事になる。こうしてシグナル分子は、遺伝子発現パターンを変化させ、最終的に細胞の振る舞いを変化させるのである。

 

 

 筋収縮とコンフォメーション変化

 

  筋収縮にも、高分子のコンフォメーション変化が関係している。骨格筋にある細長い筋繊維は、たくさんの細胞が融合してできた大きな多核細胞で、その中を多くの筋原繊維が平行して走っている。この筋原繊維は、直径1〜2μmの円筒型で、長さ約2.2μmのサルコメアと呼ばれる収縮単位が長くつながって出来ている。そして各サルコメアの両端には、多数の細いアクチンフィラメントが付着して中央に向かって平行に伸び、サルコメアの中央には一部アクチンフィラメントと重なる形で、太いミオシンフィラメントが同様に規則正しく平行に並んでいる。筋肉が収縮するのは、ミオシンフィラメントがアクチンフィラメントの中に滑り込んで重なり、サルコメアが短縮する為で、この時、ミオシン分子の立体構造の変化が関っているのである。電子顕微鏡で見ると、ミオシンフィラメントからはたくさんの小さな腕が突き出し、隣のアクチンフィラメントに接触している事が分かる。これはミオシンの頭部で、ATPの加水分解と、次いで強く結合した分解産物(ADPとPi)が解離する過程で、アロステリックなコンフォメーション変化を起こし、ボートのオールを漕ぐ様な具合に動いてミオシン分子を一定方向に運動させるのである。各ミオシンフィラメントには、約300個ほどのミオシン頭部が存在し、それぞれ急激な収縮の間に毎秒約5回の運動を行う。この結果、ミオシンフィラメントとアクチンフィラメントは、15μm/秒程度の速さで滑り合い筋収縮が起こるのである。

 

 

 イオンポンプ

 

  アロステリック・タンパクには機械的な力を生み出すだけではなく、ATPの加水分解のエネルギーを使って特定のイオンを細胞から出し入れする、イオンポンプとして働くものもある。例えば、あらゆる動物細胞の細胞膜に存在するNa+-+ATPアーゼはその重要な例で、ATPの加水分解によってコンフォメーションを変化させ、1サイクルごとに3個のナトリウムイオン(Na+を細胞の外へ、2個のカリウムイオン(K+を細胞内へと移動させる。ほとんどの細胞で、全エネルギーの30%以上がこのATP駆動ポンプで消費されていると言う。こうしてNa+-+ATPアーゼがたえまなくイオンを運搬する事によって、細胞の内側は外側に比べてNa+濃度が低く、反対にK+濃度は高く保たれ、細胞膜を境に逆向きの2つのイオン勾配が作り出されているのである。このように細胞膜をはさんで作られたイオン勾配は、ダムに蓄えられた水の様にエネルギーを蓄える事ができる。細胞はこの蓄積されたエネルギーを使って、膜に結合した様々なアロステリック・タンパクにコンフォメーション変化を引き起こし、それによってこれらのタンパク質に有用な仕事をさせているのである。例えば、細胞膜内外に作られたNa+の大きな濃度勾配は、グルコースやアミノ酸を細胞内に輸送する、細胞膜結合性のタンパク・ポンプの駆動力となっている。Na+がその濃度勾配に従って流入するのと一緒に、グルコースやアミノ酸も細胞内に引き込まれるのである。また、ATPの加水分解によって駆動されるアロステリック・ポンプは、逆方向に働く事で、イオン勾配のエネルギーを使ってATPを合成する事もできる。実際、動物細胞が必要とするATPの大半は、膜結合性のアロステリック・タンパク複合体であるATP合成酵素が、ミトコンドリア内膜を挟んで作られるプロトン(H+)勾配に蓄えられたエネルギーを使って作り出しているのである(化学浸透性リン酸化)。

  このように見て来ると、生命活動のあらゆる場面で、高分子の立体構造を介した相互作用が関っている事がわかる。生命を構成する高分子がそれぞれ独自の立体構造をとり、その立体構造を介して互いに相互作用し、またその結果として立体構造を変化させる。こうした形の相互作用は生命活動一般に広く見られる現象で、これなくしては初めから生命など有り得ないのである。思い切って言うならば、生命とは高分子の立体構造を介した相互作用の総体であると言っても良いだろう。

 

 

 分子シャペロン

 

  こうして見て来ると、生命活性は高分子の立体構造によって担われている事が分かる。生物にとってタンパク質が正確な立体構造をとる事の重要性は、タンパク質が正しく折り畳まれる様に助け、ガイドとして働く特別のタンパク質が存在する事にも現れている。これは分子シャペロン(付き添い、お目付の意味)と呼ばれるもので、新たに合成されたタンパク質の折り畳みや、それらが集まって大型の構造を作る時、そのガイドとして機能している。代表的な分子シャペロンには、Hsp70とHsp60の2つのファミリーがある。Hsp70は、合成されたばかりのタンパク質がリボソームから解離する前に、7つくらいの疎水性アミノ酸からなる短い鎖に結合し、タンパク質が正しく折り畳まれる様に助けている。一方、Hsp60の方は大きな樽型の構造をとり、誤って折り畳まれたタンパク質をその中に収容して、再度折り畳みを試みる環境を提供している。どちらの場合も、分子シャペロンはATPの加水分解サイクルに伴ってタンパク質と結合・解離を繰返し、言わばタンパク質のマッサージを行っていると考えられる。折り畳みが不完全なタンパク質では疎水性の領域が露出しており、分子シャペロンはこの疎水性領域に結合してそこをマッサージし、誤って折り畳まれたタンパク質が、もう一度異なる折り畳み方を試みられる様にしているのである。これらの分子シャペロンは、細胞が高温(例えば42℃)に短時間さらされた時に急激に合成される事から、熱ショックタンパク質(Hspheat-shock protein)とも呼ばれる。これは高温によるタンパク質の変性を防ぐ為に、シャペロンの合成が増大する結果起こる反応と思われる。

  また真核細胞は、分子シャペロンの助けにもかかわらず誤って折り畳まれたタンパク質ができあがると、それに目印を付けてタンパク分解装置に送るという複雑巧妙な機構も進化させた。変性したり折り畳み損ねたタンパク質や異常アミノ酸を含むタンパク質は、ユビキチン化酵素によって識別され、その標的タンパク質中のリシン残基に目印として小型タンパク質のユビキチンが付加される。このユビキチンと共有結合したタンパク質は、細胞全体に多数存在する円筒形の大型タンパク質複合体であるプロテアソームに送られ、その円筒内の複数のタンパク質分解酵素によって分解され、短いペプチドとなって放出されるのである。

  このように細胞は、タンパク質の正しい立体構造を保つ為に、たいへん複雑なシステムを構築しているのである。タンパク質の正確な立体構造が、生物にとっていかに重要であるかが分かるだろう。

 

 

原子間の相互作用

 強い相互作用と弱い相互作用

 

  このように、細胞内で行われる様々な反応では、生体を構成する高分子の立体構造が、極めて重要な役割を果たしている。では何故、分子の立体構造がそれほど重要なのか、また、その立体構造はどのようにして生み出されているのだろうか。それを理解する為には、生体高分子を構成する原子間の相互作用について知らなければならない。

  原子間の相互作用は、極めて強い結合である共有結合と、弱い化学的相互作用の非共有結合の2種類に大別する事ができる。タンパク質などの生体高分子は、多くの原子が共有結合する事により出来上がったものである。一方、弱い相互作用は単独では2つの原子を結び付けるほどの強さはないが、それが幾つか組合わさる事によって巨大分子を結び付けたり、あるいは異なる分子間だけではなく共有結合で結び付いた同じ分子内の原子間で働いて、どの原子が互いに隣接するかを決め、ポリペプチドやポリヌクレオチドなどの柔軟な高分子の立体構造を決定する働きをしている。つまり生体高分子に固有の立体構造を与え、そしてその間の相互作用を担っているのが、この弱い相互作用なのである。このような弱い化学的相互作用には、水素結合・イオン結合・ファンデルワールス相互作用・疎水相互作用(疎水結合)がある。これらは二次結合とも呼ばれ、共有結合と比べると非常に弱い結合である。例えば、共有結合を壊すには50200 kcal/molのエネルギーが必要(結合エネルギー)となるが、水素結合とイオン結合では3〜7kcal/mol、一番弱いファンデルワールス結合ではわずか1〜2kcal/molに過ぎない。これは室温25℃の熱運動エネルギー、0.6 kcal/molよりわずかに大きいだけである。熱運動エネルギーの値には大きな幅がある為、生理的温度に於いても、弱い相互作用中の最も強い結合でも壊してしまう様なエネルギーを持つ分子も存在する事になる。そのため生理的温度では、弱い結合は恒常的にできたり壊れたりを繰り返しているのである。弱い結合の平均寿命は1秒の何分の1かに過ぎない。従って、弱い相互作用が力を発揮する為には、単独ではなく幾つかの相互作用が組合わさって、複数の弱い結合が形成されなければならない。しかも、弱い結合は短距離にある時だけ有効である。こうした事情の結果、弱い結合力が有効に作用する為には、相互作用し合う分子の表面が接近している事、つまり一方の表面の突き出た基(または正電荷)が他方の窪み(または負電荷)とカギとカギ穴の様にピッタリと合う事が必要となる。細胞内で行われる様々な反応で、分子の立体構造および立体構造を介した相互作用が重要な意味を持つのは、このような弱い相互作用の特性の為だったのである。また生命反応の多くが、容易に切断される不安定な弱い結合に依存しているからこそ、多くの変化に富む生命現象が可能なのだとも言う事ができよう。では次に、それぞれの化学結合について見て行く事にしよう。

 

 

 共有結合

 

  共有結合は、ボーアの原子モデルで考えると分かりやすい。それによると原子は、その重さのほとんどを占める中心の原子核と、その周りを回る電子から構成されている。原子核はプラス(+)の電荷を持つ陽子と電気的に中性の中性子から成り、一方、電子はマイナス(−)の電荷を持ち陽子と同数ある為、原子全体としては電気的に中性となっている。電子は原子核周囲の飛び飛びの軌道(内側から順にK殻・L殻・M殻・N殻・O殻・P殻)を回っているが、各軌道に入り得る電子の数は決まっており、その最大数は内側の軌道から番号(n)を付けると2n2個となる。そして外側の軌道ほど位置エネルギーが高く、普通電子は内側の軌道から順に詰められて行く(築き上げの原理)。こうして、一番外側の殻(最外殻)に入っている電子の数は原子ごとに異なり、この最外殻の電子数がそれぞれの原子の化学的性質を決める事になる。というのは、この最外殻の電子が原子間の化学結合に関っているからである。原子を陽子の数(原子番号)の順に並べると、周期的に化学的性質の良く似た元素が現れる。これを元素の周期律と呼んでいるが、その原因は原子の最外殻の電子数が周期的に1から8まで変化して行く事にある。そして、最外殻電子数が8個(最外殻がK殻の場合は2個)の時、原子は化学的に最も安定するのである。例えば、希ガスのヘリウム・ネオン・アルゴン・クリプトン・キセノン・ラドンは不活性で、他の原子と結合せず単独で安定である(単原子分子)。逆に、希ガス以外の原子は他の原子と接触すると結合して、なるべく電子殻の構造を安定な希ガスの状態に近づけようとする。つまり他の原子と結合して、最外殻電子数が8となる様にしようとするのである。これをオクテット(Octet)則と呼んでいる(Octaは8を表わす接頭詞)。その方法の1つが共有結合で、複数の原子間で電子を共有する事によって最外殻電子数を8にするのである。

 

6-4 希ガスの電子配置

元素名

化学式

K殻

L殻

M殻

N殻

0殻

P殻

沸点(℃)

ヘリウム

ネオン

アルゴン

クリプトン

キセノン

ラドン

e

e

r

r

e

n

2

2

2

2

2

2

 

8

8

8

8

8

 

 

 8

18

18

18

 

 

 

 8

18

32

 

 

 

 

 8

18

 

 

 

 

 

8

-269

-246

-186

-152

-108

 -62

       

(注) 各軌道に入り得る電子の数は、n=1のK殻では2×12=2で2個、同様にしてn=2のL殻では8個、n=3のM殻では18個となる。ところが、M殻に8個の電子を持つアルゴンの次のカリウムでは、M殻が一杯にならない内に外側のN殻に電子が入っていく。つまり原子番号が19以上では、築き上げの原理が当てはまらないのである。これはボーアのモデルの限界を示している。(6-3)

 

  共有結合を考える場合、元素記号の周りに正方形の枠を想定して、各辺に最外殻電子を1つずつ点で表示すると良い。1つの辺には2個しか入れない様にして電子を置いて行くと、総ての辺が2個ずつの電子で埋まった時、最外殻電子数はちょうど8になる。例えば、生体系の分子のほとんどは、水素・炭素・窒素・リン・酸素・イオウの6種類の元素から成り立っているが、これを最外殻電子と共に表現すると次の様になる。

 

水素

炭素

窒素

リン

酸素

イオウ

 

・C・

・・

・N・

・・

・P・

・・

・O・

・・

・・

・S・

・・

 

これらの原子は他の原子と共有結合する傾向があり、単独で存在する事はほとんどなく、特定の数の共有結合を他の原子との間で形成している。共有結合によって最外殻電子数を8にするには、4つの辺すべてで電子が2個ずつ対になる様にすれば良い。初めから2個対になったものは孤立電子対と呼ばれ、結合には関係しない。共有結合に関わるのは対になっていない電子で、これがちょうど結合する時の手に相当する。従って窒素の様に最外殻電子数が5のものは、結合するための手を3本持つという事になる。この結合手を原子価と呼び、共有結合を考える時には、この原子価が過不足なく結び付く様にすれば分子が出来上がるのである。例えば、外殻に電子が1個しかない水素原子は原子価が1で共有結合を1個だけ形成できる。

 

(電子式)

(構造式)

(分子式)

 

H:H

 

H−H

 

2

 

原子価3の窒素と1の水素との結合では、窒素の3本の手にそれぞれ1個ずつ水素が付いて、アンモニア(NH3)が出来る。

                  

・・

N:H

・・

N−H

 

 

NH3

 

 

 

窒素原子同士の結合では、3本の手を互いにつなぎ合えば良い。

 

・・  ・・

NAN

N≡N

2

 

このように、3本の手でつなぎ合った結合を、三重結合と呼ぶ。また酸素分子の結合では、2本の手をつなぎ合っているので二重結合である。

 

・・

 

・・

 
 


:O::O:

O=O

2

 

  共有結合は非常に強い安定な結合であるが、その特徴は原子価からも分かる様に、ある原子に結合できる数に限界がある事である。例えば、2価の原子である酸素は2個より多くの共有結合は決して作れない。後で説明するファンデルワールス結合の場合は、もっと融通がきき立体的制約しかない。もう1つ共有結合の重要な特徴に、正確な方向性を持つ事が挙げられる。つまり1個の原子が作る、特定の2つの結合間の角度が常に一定なのである。それに対して弱い結合の間の角度は、はるかに変化しやすい。この角度は、中心原子の外殻電子軌道にある電子相互の反発によって規定される。例えば、炭素原子の作る4つの共有結合は正四面体の頂点を向いており、その結合角は109.5度である。また、炭素原子の外殻電子2個が二重結合を形成し、合計3個の原子と共有結合する場合は、これら4個の原子が全部同じ平面に位置する事になる。さらに、共有結合に関与していない外殻電子も分子の形に影響を与えている。例えば水の分子の場合、中心の酸素原子の外殻には共有結合に関与しない電子が2対存在するが、これらの電子軌道は特定の位置にあって電子密度が高い為、H−O−Hの間の結合角を押し付けて104.5度にしているのである。また、共有結合の種類によって回転の自由度が異なっている。一重結合の場合は、それを軸に原子は自由に回転する事ができるが、二重結合や三重結合では固定されて原子は結合軸のまわりを自由に回転できなくなるのである。この為、二重結合性を持つペプチド結合では6個の原子が同一平面内に結合する事になる。この二重結合による厳格な平面性は、タンパク質や核酸の様な大きな生体分子の形を決める上で非常に重要な役割を果たしている。つまり、共有結合に於ける結合角の一定性および二重結合に於ける固定性が高分子の形を規制し、他方、一重結合での自由な回転は、共有結合を切断する事なく生体分子に様々な立体構造、コンフォメーションをとる事を可能にしているのである。

 

 

 イオン結合

 

  原子には、その最外殻電子数によって電子の引き付けやすさに違いがあり、これを電気陰性度と呼んでいる。最外殻電子数が6個や7個の原子は、電子を1個か2個得る事によって最外殻電子数が8個になるため、他所から電子をもらおうとする傾向が強い。つまり電気陰性度が高いのである。反対に、最外殻電子数が1個や2個の原子では、1個か2個の電子を放出する事で最外殻電子数を8にする事ができる為、これら周期律表の左側にある原子は、もらい手さえあれば電子を放出する傾向が強い。つまり電子を放出して+イオンになりやすい原子で、このような傾向の元素を陽性元素、または金属元素と呼んでいる。反対に周期律表の右側(不活性気体を除く)に位置して、電子をもらう傾向の強い元素は−イオンになりやすく、陰性元素または非金属元素と呼ばれている。  実は先に見た共有結合は、この電気陰性度が同じかあるいは良く似た原子同士の間で起こる結合なのである。反対に、電気陰性度に大きな差のある原子間で起こる結合がイオン結合である。原子間で電気陰性度が大きく異なる場合、共有結合の様に電子は2つの原子間で共有されるのではなく、電気陰性度の大きい原子の方に引き付けられ、その周りにだけ存在する事になる。こうして、電子を獲得した電気陰性度の高い原子は負に帯電して陰イオンとなり、他方の電気陰性度の低い原子は電子を奪われ正に帯電した陽イオンとなる。こうして出来た、陽イオンと陰イオンの間の電気的引力によって形成されるのがイオン結合である。

  例えば、食塩(塩化ナトリウム)の塩素とナトリウムの結合を考えて見よう。塩素は最外殻(M殻)の電子数が7個で、他所から電子を1個もらう事ができれば最外殻電子数がちょうど8になる。他方、ナトリウムは最外殻電子数が1だから、M殻の電子を1個放出すると同じく最外殻電子数を8にする事ができる(7個の電子を他から貰っても8になるが、反応としては移動する電子数が少ない方が起こりやすい)。つまり電子が1個足りない塩素が、反対に1個余分なナトリウムから電子を1個もらえば、両者とも最外殻電子数が8となり安定な状態になるわけである。電子は−1の電荷を持っているので、電子1個を得た塩素は−1の電荷を持つ陰イオンとなり、逆に電子を1個失ったナトリウムは+1の陽イオンとなる。こうして電子のやり取りにより生じた+と−のイオン間の静電的引力でイオン結合して、食塩の結晶が出来上がっているのである。

  ただ、イオン結合は共有結合に比べるとずっと弱い結合で、しかも水はイオン結合を弱める働きがある。従って、食塩を水に溶かすとイオン結合が崩れ、ナトリウムイオン(Na+と塩素イオン(Cl-)に分かれて水中を動き回る様になる。こうして自由に動ける様になったNa+とCl-は、電荷を運ぶ働きをして電気が流れる事になるが、共有結合ではこのような現象(電離)は起こらない。またイオン結合は+と−の電荷間の引力として生じる為、共有結合の様な結合に方向性がない。これはイオンの周囲の静電場が、どの方向にも一様だからである。

 

6-5 Paulingの電気陰性度          

(非金属元素)

 
/ 2.1

 

i/ 1.0

e/ 1.5

/ 2.0

/ 2.5

/ 3.0

/ 3.5

/ 4.0

a/ 0.9

g/ 1.2

l/ 1.5

i/ 1.8

/ 2.1

/ 2.5

l/ 3.0

/ 0.8

a/ 1.0

a/ 1.6

e/ 1.8

s/ 2.0

e/ 2.4

r/ 2.8

b/ 0.8

r/ 1.0

n/ 1.7

n/ 1.8

b/ 1.9

e/ 2.1

/ 2.5

s/ 0.7

a/ 0.9

l/ 1.8

b/ 1.8

i/ 1.9

o/ 2.0

t/ 2.2

         (金属元素)

 

 

 水素結合

 

  イオン結合もそうだが、弱い相互作用はどれも電荷の引力に基づいている。共有結合は電気陰性度の良く似た原子間の結合であったが、酸素分子(O::O)の様に2つの原子の電気陰性度が全く同じ場合は、電子は2個の原子の間に対称に分布し、個々の原子が電荷を帯びる事はない。ところが、電気陰性度の異なる原子同士が共有結合した時には、結合電子は電気陰性度の大きい原子の方に引き寄せられ、1つの分子の中で電荷の分布が偏る事になる。その結果、電気陰性度の高い原子はわずかに負の電荷を帯び、逆に電気陰性度の低い原子はそれと同量の正の電荷を帯びる事になるのである。このように、1つの分子の中で正の電荷と負の電荷が分離しているものを極性分子と呼んでいる。

 

(注) 近くの分子の影響で分子内の電荷の分布が変化し、非極性分子が極性を持つ様になる事もある。しかし、このように誘起されて生じた電荷の分離は、極性分子に比べてはるかに小さく相互作用のエネルギーも小さい。

 

  水素結合というのは、電気陰性度の高い原子と共有結合して幾らか正に帯電した水素原子と、逆に負に帯電した他方の原子との間の電気的引力による弱い結合の事で、生理的に最も重要な水素結合は、酸素または窒素原子と共有結合した水素原子(O−H、N−H)が関与するものである。この場合、結合相手となる原子も通常酸素か窒素で、生体系で最も多く水素結合に参加しているのは、アミノ基(−NH2)とヒドロキシル基(−OH)という事になる。これらの基を持つ分子は水中で多くの水素結合を形成する為、水に良く溶ける。また水素結合の重要な特徴の1つは、イオン結合やファンデルワールス結合と異なり強い方向性を持つ事である。水素結合は関係している3個の原子、つまり水素と共有結合している供与体原子・水素原子・受容体原子の3つが、一直線上に並んだ時が最も強い。方向が30度ずれただけで、結合はかなり弱くなるのである。また水素結合では供与側に水素が、そして受容側に適当な基を持つ分子が必要で、ファンデルワールス結合よりも特異性がある。

 

 

 水と水素結合

 

  水素結合でさらに重要なのは、水分子が水素結合に参加する事である。共有結合した水の分子(H::H)では、水素原子よりも酸素原子の方が電気陰性度が高いため、酸素原子は結合電子を引き寄せてかなりの負電荷を帯び、反対に2個の水素原子はそれと同量の正電荷を帯びる事になる。その結果、生理的条件下では水分子の水素原子は、近くにある酸素原子と強い水素結合を形成している。水素原子は酸素原子1個と結合し、酸素原子は2個の水素原子と結合できる。液体の水の中では、個々の水分子は周囲の数個の水分子との間で水素結合が作ったり切れたりを繰返して、分子間に流動的な水素結合の網目構造を形成しているのである。

  こうした水分子間の水素結合は、水に特有の性質を与える事になる。一般に分子量が大きいほど、物質の沸点や融点は高くなる。ところが水の沸点と融点は1気圧では100℃と0℃で、これは水の分子量から考えると極めて高い値なのである。例えば、水(H2O)と良く似た分子の硫化水素(H2S)の沸点は−60.7℃である。水がこのように高い沸点を持っているのは、水分子が互いに水素結合で手をつなぎ合って蒸発を防いでいる為で、もし水が極性分子ではなく水素結合を形成しなければ、水の沸点はマイナス80℃、氷の融点はマイナス110℃になると言う。生命を育んで来た水は実は例外的な物質であって、決してありふれた液体ではないのである。また水は熱しにくく冷めにくい。水の温度を1℃上げるのに必要なエネルギー(比熱)は、鉛の33倍にもなる。このように水の比熱が非常に大きいのも、分子が無数の水素結合によって結び付き、分子運動が増加しにくい為である。そして地球が、他の惑星に比べて極めて穏和な気候を享受できるのも、大きな比熱の海で覆われているお陰なのである。

 

表6-6 物質の比熱(25℃のとき)

物質

cal/g℃

J/g℃

0.03

0.13

0.06

0.24

0.11

0.44

アルミニウム

0.22

0.90

エチルアルコール

0.59

2.45

水(液体)

1.00

4.18

 

  また、水は様々な物質を溶け込ませる事ができる最も良質な溶媒の1つであるが、これにも水分子の水素結合が関係している。電荷の分離した極性分子は、水分子と水素結合を作る為に水に良く溶ける(親水性)。反対に、非極性分子は水分子と水素結合を作れず、水分子は水分子同士で水素結合を作る事になり、非極性分子は水分子と分離して水に溶けず疎水性となる。非極性の結合としては、炭素原子間の共有結合と炭素原子と水素原子との共有結合が、生体系では最も普通に見られるものだが、実際、炭素と水素だけから出来た炭化水素の分子はほとんど水に溶けない。一方、水分子と水素結合しやすい原子団としては、ヒドロキシル基(−OH)・アミノ基(−NH2)・ペプチド結合(−CO−NH−)・エステル結合(−CO−O−)などがあり、これらを持つ分子は水に対する溶解度が大きくなる。例えば、小さい炭化水素のブタン(CH3-CH2-CH2-CH3)はあまり水に溶けないが、ブタンの水素原子1個がOH基に変わっただけで水溶性は格段に増す。1-ブタノール(CH3-CH2-CH2-CH2OH)は、水とどんな割合にも混合するのである。

  そして、水中では生体分子の形成する水素結合は弱められ、その強さは理論値の5kcal/molよりもずっと小さくなる。それは生体分子の水素結合が切断された時、それぞれが周囲の水分子との間に新たな水素結合を作るからである。この新たな水素結合の形成によって、初めの水素結合の切断に使われたエネルギーの大部分が再び解放される結果、正味に必要なのは1〜2kcal/molに過ぎないのである。また水溶液中では、Na+・K+・Ca+・Mg+・Cl+などのイオンは遊離状態では存在しない。イオンと極性分子である水分子は反対電荷の部分で引き合う為、水中ではイオンは水の分子に取り囲まれてしまうのである。イオンが周囲の水分子と結合する時、大量のエネルギーが放出されるので、ほとんどのイオン化合物は水に良く溶ける。しかも、イオンは水分子で出来た殻で包まれてしまう為、反対の電荷を持つイオンが水分子の殻で遮蔽される事になり再結合が妨げられる。先に、水はイオン結合を弱める働きがあると述べたのは、このような理由によっていたのである。

 

 

 疎水性相互作用

 

  水中では、分子の非極性部分や疎水性の分子は水に溶けないで、それだけで凝集しようとする力が働く。これを疎水性相互作用または疎水結合と呼んでいる。非極性分子は水分子と水素結合できず、水分子間で形成される水素結合の網目構造を歪める為、水は非極性分子を排除して水分子だけで水素結合の籠を作る事になる。その結果、非極性分子を水の中に押し込むにはエネルギーが必要となり、非極性分子同士は固まって水分子との接触面積を小さくしようとする。さらに非極性分子同士は、後述のファンデルワールス相互作用によって互いに引き合う為、水溶液中では疎水性分子同士が互いに結合しようとするのである。この疎水性相互作用は、タンパク質やタンパク質と他の分子との複合体を安定化したり、生体膜を作るのに重要な役割を果たしている。

 

 

 ファンデルワールス相互作用

 

  これは2個の原子が非常に近づいた時に発生する非特異的な引力である。原子中の電子の分布が瞬間的に動揺すると、電荷が分離して一過性の双極子ができる。これに共有結合していない原子が接近すると、双極子が他方の原子の電子雲を乱し、この乱れからまた一過性の双極子が生じ、両方の双極子の分離した電荷の間に弱い引力が発生するのである。従って、このファンデルワールス相互作用は、極性・非極性に関係なく総ての分子間に生じる。また、この結合エネルギーは距離の7乗に反比例する為、原子が相互に非常に接近した時にだけ有効で、距離が少し増すだけで急激に弱まってしまう。反対に距離が短くなり過ぎると、外殻電子の負電荷の為に反発し合う事になる。このファンデルワールス引力と電子雲の反発力は、原子の種類に特有なある距離(ファンデルワールス半径)で釣り合い、この距離で他の原子とファンデルワールス接触するのである。

  ファンデルワールス結合は4つの相互作用の中で最も弱く、その結合エネルギーは原子の大きさと共に増大するが平均すると約1kcal/molで、室温での分子の平均熱エネルギー(0.6kcal/mol)よりわずかに大きいだけである。このため、ファンデルワールス相互作用が分子の熱運動による解離の力に打ち勝ち有効に働く為には、2つの分子中の複数の原子間に同時に働く必要がある。その為には、2つの分子がその立体構造に相補性を持ち、カギとカギ穴の様に互いにぴったりと接触する事が不可欠なのである。そして、このような時にはファンデルワールス相互作用も、大きな引力を生み出す事ができる。抗体分子と抗原の結合がその良い例で、こうした場合、結合エネルギーは2030kcal/molにもなる事があると言う。そのため、抗原・抗体複合体は滅多に離れないのである。ファンデルワールス相互作用は、イオン結合や水素結合を形成できない非極性分子に於いて特に重要である。他方、極性分子では、他の相互作用によってさらに強い結合を作る事ができるため、ファンデルワールス相互作用はあまり関係がない。

 

6-7 原子のファンデルワールス半径(Å:オングストローム、10-8cm

CH3-基

1.2

1.5

1.40

1.9

1.85

2.0

 

 

タンパク質の立体構造の形成

 タンパク質の一次構造とペプチド結合

 

  生物の体内で日々繰り返される、恐ろしく入り組んだ複雑な反応を整然と効率的に起こし、それによって生命の存在そのものを可能にしているのが生体高分子の立体構造であった。これは、他には見られない生命反応の目立った特徴であって、細胞内で行われている反応のほとんどは、分子レベルで見ると生体高分子の立体構造を介した相互作用に基づいているのである。また原始地球に於いて、無生物的に合成された高分子が互いに相互作用する事で自律的に細胞様高分子を形成し、遂には原始生命を生み出した事もまず間違いがない。こうした事を考えると、生体高分子の立体構造とそれを介した相互作用は、生命を誕生させその生命活動を可能にしているというだけではなく、むしろそれこそが生命の本質であると言う事もできるだろう。今日、我々が目にする生物とは、こうした相互作用が高度に組織化され体系化されたもの、言わば高分子間の相互作用の総体なのである。そして、この生命活動の根源とも言うべき生体高分子の立体構造を作り出しているのが、原子間に働く弱い相互作用であった。では、この弱い相互作用はどのようにして、生命活性を持つ高分子の立体構造を作り出しているのだろうか。タンパク質を例に見て行く事にしよう。

  タンパク質の構造は、レベルの違う4つの段階に分けてとらえる事ができる。つまり、一次・二次・三次・四次構造である。こうした階層構造をとる事で、タンパク質は複雑な立体構造を組織的に作り出す事ができるのである。まず最初の1次構造とは、タンパク質のアミノ酸配列の事を指している。タンパク質はアミノ酸が鎖の様に長くつながった高分子で、それが複雑に折り畳まれて特有の立体構造を形成するわけだが、その形は基本的にアミノ酸配列によって決まってしまう。長いポリペプチド鎖内の共有結合は、自由に回転できる一重結合が多いため、タンパク質の主鎖は非常に柔軟で、それだけ考えると無数の立体構造を作る事が可能とも言える。しかし、アミノ酸の側鎖同士や水分子との弱い相互作用の結果、タンパク質はそのアミノ酸配列によって決まる、エネルギー的に最も安定なただ1つのコンフォメーションをとる事になる。こうして、ほとんどのタンパク質は、自然に正しい形に折り畳まれるのである。

  さて、タンパク質には20種類のアミノ酸が使われているが、どのアミノ酸も共通する基本構造を持っている。アミノ酸とは、アミノ基(NH2)とカルボキシル基(COOH)を同一分子内に持つ化合物の総称であるが、タンパク質を構成するアミノ酸では、この2つの原子団は1つの炭素原子(α炭素)に結合している。さらにα炭素には、1個の水素原子とアミノ酸ごとに異なるR基と呼ばれる側鎖が結合し、このR基が20種類のアミノ酸それぞれの化学的性質を決めているのである。ただプロリンだけはこの一般式から少し外れ、アミノ基とR基がつながって環を作る形になっている。アミノ酸同士が結合する時は、一方のアミノ基と他方のカルボキシル基が反応し、1分子の水(H2O)が取れて結合する。これをペプチド結合と呼んでいる。反対に、ペプチド結合が壊れる時には、1分子の水が加わりアミノ酸に戻る(加水分解)。

 ところで、ペプチド結合を形成するカルボキシル炭素と酸素原子の間は二重結合になっているが、炭素原子と窒素原子の間にも部分的に価電子を共有する共鳴現象により、ある程度の二重結合性が存在する。このため、ペプチド結合に関与する4つの原子と2個のα炭素原子は、同一平面上に固定される事になる。一方、ペプチド結合につながるα炭素の共有結合の腕は一重結合の為、その腕を軸に自由に回転が可能で、それによってポリペプチド鎖は様々なコンフォメーションをとる事ができるのである。

 

6-8 アミノ酸

 

アミノ酸

略号

R基

疎水性アミノ酸

グリシン

Gly

G

H-

アラニン

Ala

A

CH3-

バリン

Val

V

(CH3)2CH-

ロイシン

Leu

L

(CH3)2CHCH2-

イソロイシン

Ile

I

CH3CH2CH(CH3)-

メチオニン

Met

M

CH3-S-CH2CH2-

プロリン

Pro

P

 

フェニルアラニン

Phe

F

 

トリプトファン

Trp

W

 

親水性アミノ酸

中性アミノ酸

セリン

Ser

S

HO-CH2-

トレオニン

Thr

T

CH3CH(OH)-

システイン

Cys

C

HS-CH2-

チロシン

Tyr

Y

 

アスパラギン

Asn

N

H2NCOCH2-

グルタミン

Gln

Q

H2NCOCH2CH2-

酸性アミノ酸

アスパラギン酸

Asp

D

-OOCCH2-

グルタミン酸

Glu

E

-OOCCH2CH2-

塩基性アミノ酸

リジン

Lys

K

H3N+CH2CH2CH2CH2-

アルギニン

Arg

R

H2NC(=N+H2)NHCH2CH2CH2-

ヒスチジン

His

H

 

 

 

 二次構造・・・・αヘリックスとβシート

 

  この硬直した平面構造のペプチド結合を、柔軟なα炭素の一重結合でつなぐというポリペプチド鎖の構造から、タンパク質の立体構造を作り上げる基本構造が生み出される。それがタンパク質の二次構造で、αヘリックスとβシートがその代表的なものである。伸びたポリペプチド鎖は形状的に不安定な為、自然に縮まってらせん構造をとったり、横に並んでシート状の構造を形成し、これが共通の折り畳みパターンとなって、その組み合わせにより様々なタンパク質の立体構造が作り出されているのである。

  αヘリックスは、平面構造のペプチド結合がリボンの様につながって、アミノ酸3.6個ごとに1回転する右巻きのらせんを巻いたもので、1巻きして上下関係になった2つのペプチド結合の、カルボニル基(CO)の酸素原子とイミノ基(NH)の水素原子との間で水素結合を形成する事により、安定したらせん構造を作り上げている。そしてアミノ酸側鎖のR基は、らせんの外側に突き出す形となっている。

  βシートは、同様に平面構造のペプチド結合が上下に波打ちながらリボン状につながり、それが幾つか平行して横に並んでシート状になったものである。リボン間の横のつながりは、αヘリックスの場合と同様に、ペプチド結合の酸素原子と水素原子間の水素結合によっている。このシートは、ジグザク状に波打つ構造となっている事から、βプリーツ・シート(波状構造)とも呼ばれ、アミノ酸側鎖はシートの上下に互い違いに突き出る形となっている。このβシートには、ポリペプチド鎖のリボンの向きが同じ平行βシートと、反対向きの逆平行βシートの2種類があるが、その構造は良く似ている。これらの二次構造は、ポリペプチド鎖の主軸を形成するペプチド結合間の水素結合によって作り出されている為、広範囲のタンパク質に見られる基本構造となっている。

 

 

 タンパク質の三次構造

 

  タンパク質の三次構造というのは、1本のポリペプチド鎖が作る全体としての三次元構造の事である。しかし、ポリペプチド鎖は初めから1つの大きな塊になっているのではなく、幾つかの小さな単位が寄り集まって三次元構造を形成している場合が多い。これはドメインと呼ばれる、αヘリックスやβシートの二次構造が組合わさり密に折り畳まれて球状の小さな塊となったもので、普通50350個のアミノ酸からなるポリペプチド鎖で出来ており、タンパク質構築の基本単位となっている。また、ドメインの球状構造を形成できるαヘリックスとβシートの結び付き方は限られている為、タンパク質のコアにはモチーフと呼ばれる一定の構造パターンが繰返し使われている。つまり、ドメインは様々なモチーフの組み合わせで出来ており、さらにこのドメインが幾つか組合わさって、タンパク質の三次構造が形成されているわけである。そして、特定のドメインは特定の活性と関係している事が多く、比較的少数の種類のドメインでタンパク活性のほとんどが説明できると言う。独立したドメインの種類は恐らく50100の間で、このドメインの組み合わせを変える事で、容易に異なる機能を持つタンパク質を作り出す事ができるのである。

  ところで、二次構造ではポリペプチド鎖の主鎖が作る水素結合が主役であったが、三次構造では非極性のアミノ酸側鎖の疎水性相互作用が、タンパク質の立体構造の安定化に特に重要な役割を果たしている。タンパク質のアミノ酸残基のほぼ半分は非極性側鎖を持っているが、これらの疎水基は周囲の水分子間の水素結合を乱さない様に、そして水素結合が最大になる様に、疎水基同士が集合して水分子とできるだけ接触しない配置を取ろうとする。その結果、疎水性アミノ酸の側鎖は水から遠ざかる為に中心部に密集し、タンパク質の内部には疎水性アミノ酸側鎖を高密度に包んだ核が形成されるのである。したがって水溶液中では、非極性側鎖をたくさん持つタンパク質の方が、側鎖のほとんどが極性のものよりも安定する。内部に多くの水素結合を持つ極性分子が壊れても、極性基はすぐに周囲の水分子と水素結合できる為、自由エネルギーの変化が少ない。しかし非極性基の多い分子を壊すと、その疎水基を水の中に割り込ませ、水分子間の水素結合の網目構造を歪める事になるので、自由エネルギーの損失がはるかに大きくなるからである。また、たくさんある疎水性アミノ酸側鎖をタンパク質の内部に閉じこめるのに失敗すると、そのために必要となる自由エネルギーが非常に大きいので、新しく合成された無秩序な形のポリペプチド鎖も、自然に本来の姿である密に充填された立体構造をとる様になる。

  このように、タンパク質の三次構造を安定化させている疎水性相互作用であるが、疎水結合は方向性を持たない為、タンパク質に固有のコンフォメーションを決めているのは、強い方向性と特異性を持つ水素結合の方である。また、水溶液中では非極性基の疎水性相互作用がタンパク質の三次構造を安定化させているが、水の存在しない脂質二重層の膜内部では、逆に極性基による水素結合がタンパク質の三次構造を安定化させる事になる。これらのタンパク質は疎水性相互作用のお陰で膜に挿入されるが、膜の中でその構造の安定化に寄与するのは水素結合できる極性基の方なのである。

 

ドメインとモチーフ

 

  一般的なモチーフとしては、ヘアピンβモチーフがある。これは伸びたβ鎖が途中で向きを反転して逆平行βシートを形成したもので、この継ぎ目ではポリペプチド鎖が鋭いターンをなす事になる。もう1つの平行βシートの構成は少し複雑で、2つのβ鎖の間をつなぐ部分が必要となり、これには普通αヘリックスが使われている。こうして出来たのがβ-α-βモチーフで、2本の平行なβシートがαヘリックスによって結ばれている。その他、よく出て来るモチーフに、遺伝子調節タンパクの所で触れたDNA結合モチーフがある。例えば、ヘリックス・ターン・ヘリックスは、2個のαヘリックスが短いアミノ酸の鎖の連結部でターンを作ってつながったもので、この2個のヘリックス間の角度は両者の相互作用によって固定されている。このようなαヘリックスの折れ曲りのシグナルになっているのが、アミノ酸のプロリン残基である。先にも述べた様に、プロリンだけはアミノ基と側鎖がつながって環状構造をとっている為、そこで水素結合の形成が妨げられ、αヘリックスのらせん構造が曲がったりよじれたりするのである。β鎖の向きが変化する時にも、プロリンが関っている場合が多い。

  このようなモチーフが幾つか組合わさり、塊となった小さな構造単位がドメインで、これにも特徴的な構造をしたものが知られている。特によじれた平行βシートは、タンパク質の特徴ある主要な構造単位となっている。実はβシートは、平らではなく右巻きによじれている。というのも、完全に伸びた(β)ポリペプチド鎖は、ほんの少しよじれる性質を持っているからである。このよじれた平行βシートが8個、環状に配置されて樽型になったものがβバレル構造で、平行β鎖をつなぐαヘリックスは、バレル構造の外側を取り巻いている。この構造は多数の酵素で見られ、その基質結合部位はバレルの先端近くに形成されるポケットの所に良く存在する。もう1つ、平行βシートによって作られる特徴的な構造にサドル構造がある。これは、平行βシートが鞍の様な形に捻じれた状態で並んだもので、この場合もβ鎖をつなぐαヘリックスはその周囲を取り巻いている。この種の構造も多くの酵素に見られるものである。ところで、1層の逆平行シートやαヘリックスだけでは安定なタンパク質を作る事はできない。これらがタンパク質の中心に疎水基を集めて安定した構造を作るには、少なくとも2層(ββまたはαα)の構造をとる事が必要なのである。例えば、よじれた逆平行βシート(ヘアピンβモチーフ)が対になって、サンドイッチ状に重なったものがββサンドイッチ構造で、この2枚のβシートの間が疎水性のポケットとなっている。これは、しばしば平面的な疎水性分子の結合部位となる。また、逆平行αヘリックス4個が中心部のポケットを囲む様に配置したのが束構造である。各ヘリックスは短い3個のペプチドループで連結し、中心部はしばしば生理機能に必須の金属や他の補助因子の結合部となっている。膜タンパク質には、7個の逆平行αヘリックスがバレル状に配置した類似の構造が見られ、膜を貫通するチャンネルを形成している。このような様々なドメインが幾つか集まって、タンパク質の三次構造が出来上がっているのである。(1-15) (1-22) (4-8)

 

 

 タンパク質の四次構造

 

  タンパク質によっては全体が共有結合した1個の巨大分子ではなく、同種あるいは異種のポリペプチド鎖のサブユニットが幾つか集合して、非共有結合で大きな複合体を形成している場合がある。このような複合体の作る構造が、タンパク質の四次構造である。

  赤血球中のヘモグロビンはその有名な例であるが、その他、酵素複合体・リボソーム・タンパク繊維・ウイルス外被・膜などの超分子構造も、サブユニットが非共有結合で集合して出来たものであった。機械的な強度が必要な所では、複数の繊維状タンパクのサブユニットが巻き付き合ってらせんを形成し、タンパク繊維の超分子構造体が作られている。良く見られるのが、2本のαヘリックスが互いに疎水性側鎖を内側に向けて疎水性相互作用によって巻き付き、左巻きのらせんを形成したより合わせコイルである。αヘリックスの1回転あたりのアミノ酸残基数が3.6個と整数ではない為、2本のヘリックスが平行から18度ずれて相互作用した時だけ、側鎖が密に詰め込まれ安定度の高いコイルが出来上がるのである。アクチンフィラメントの様に、球状タンパクのサブユニット(アクチン)でらせん状の繊維が作られる事もある。

 

(注) 2本のDNA鎖間での塩基対形成がDNAの二重らせんを安定化させているわけだが、そこには隣接する塩基対間の疎水性相互作用も関与してその安定性を増している(塩基のスタッキング、π-π相互作用)。

 

  またサブユニット・タンパクには、六方格子に配置されて蜂の巣状のシートを形成するものもある。このシートはサブユニットの形が少し変形するだけで、筒状になったり中空の球ができ、そこに特定のRNAやDNAが結合したものがウイルスの外被であった。このような構造は、サブユニット間の相互作用によって出来ている為、個々のサブユニットの比較的小さな変化によって、集合したり解離する事が可能になる。この原理をうまく使って外被を作っているのがウイルスで、タンパクキャプシドは普段は核酸を包んで保護しているが、ウイルスが細胞に侵入した時には、速やかに分解して核酸を放出できる様になっているのである。

 

ジスルフィド結合

 

  タンパク質の三次構造や四次構造の安定には、疎水性相互作用が重要な役割を果たしているわけだが、分泌タンパクや細胞表面のタンパク質など細胞外にあるタンパク質では、それ以外にジスルフィド結合が立体構造の安定化に寄与している。これは同じポリペプチド鎖内、あるいは異なるポリペプチド鎖にある、2個のシステイン(R基が-CH2-SHのアミノ酸)残基のSH基から水素原子がとれて、イオウ原子同士の共有結合(S−S結合)でつながったもので、このS−S結合によってポリペプチド鎖が架橋され、タンパク質の立体構造が安定するのである。しかし、この結合はタンパク質の折り畳みそのものには必要ではない。というのは、S−S結合の形成を妨げる還元剤の存在下でも折り畳みは起こるからで、S−S結合はただ出来上がったタンパク質の立体構造の安定化に寄与しているだけなのである。事実、細胞内ではSH基を還元する物質の濃度が高い為、S−S結合は壊されて細胞質中のタンパク分子にはほとんど見られない。(1-15)

 

 

 タンパク分子の立体構造の自己形成

 

  個々のタンパク分子が特有の立体構造をとる事、そしてそのコンフォメーションが他の分子との相互作用によってダイナミックに変化する事が、生物の持つ様々な構造及び生命活性を生み出しているわけだが、ここでもう1つ重要な事は、タンパク分子自体にその立体構造を形成する性質、あるいは能力があるという点である。ほとんどのタンパク質は、自然に正しい形に折り畳まれる。従って、精製したタンパク質をある種の溶媒で変性させても、その溶媒を除去するとタンパク質は再び自然に折り畳まれて、元の正しいコンフォメーションに自力で戻る事ができるのである。

  ところが、長いポリペプチド鎖を正しく折り畳むという事は、実はたいへんな事なのである。ポリペプチド鎖内には自由に回転できる一重結合がたくさんある為、タンパク質の主鎖は非常に柔軟で、原理的にはタンパク分子がとり得るコンフォメーションの種類は膨大な数になる。ポリペプチド鎖の多くは、その中からアミノ酸配列によって決まる、ただ1つのコンフォメーションを選び出しているのである。しかも、タンパク分子はそれを驚くべき短時間でやってのける。もし、100アミノ酸残基のポリペプチド鎖が正しく折り畳まれる迄、その骨格の各結合ごとにでたらめに可能な総てのコンフォメーションを試すとすると、本来のコンフォメーションをとる迄に少なくとも1050年は必要になると言う。ところが、実際にタンパク質の折り畳みに要する時間は、普通数秒に過ぎないのである。この事はタンパク分子の折り畳みが、最も低い自由エネルギーレベルのコンフォメーションに到達する迄、ランダムな試行錯誤の繰返しによって起こるのではない事を示している。では、どのようにしてこんな短時間に正確な折り畳みが出来るのだろうか。タンパク分子が、ランダムに手当たり次第にコンフォメーションを試すとした場合の計算では、各結合部位は独立していて他の結合部位の状態から影響を受けない、つまり各結合部位の変化は互いに相互作用しない事を前提としている。しかし、各結合部位が互いに影響を与え合い相互作用しているとすると、個々の結合部位の取り得る状態に制約がかかる事になり、そのため折り畳みの順序や取り得るコンフォメーションも自ずと限られて来るはずである。つまり、タンパク質はその構成する原子間の相互作用によって順序正しく段階的に折り畳まれる事で、相互作用を無視した場合には考えられない速さで、正しいコンフォメーションをとる事ができるのである。合成されたばかりのタンパク質は、最初迅速に折り畳まれてほとんどの二次構造(αヘリックスとβシート)が形成され、これらの要素がおよそ正しく配置されたゆるやかな構造をすみやかに作り上げる。このゆるい球状構造体と呼ばれる隙間の多い柔軟な構造が、その後、比較的ゆっくりとした過程で多数の側鎖の調整が行われ、正しい三次元構造が形成されるのである。この過程で、幾つかのタンパク質ではシャペロンの助けが必要となるわけである。つまりタンパク質の立体構造の形成が、ランダムな反応ではとても考えられないほど急速に起こり得るのは、原子間の弱い相互作用と段階的に進行するプロセスのお陰と言える。相互作用の存在が反応に方向性を与え、順序正しく折り畳みが進行する様にしているものと思われる。ここでは原子間の相互作用が、ダーウィン主義者の信奉するランダム性を排除し、効率的なポリペプチド鎖の折り畳みを可能にしているのである。そして、立体構造の形成が段階的に行われる事によって、複雑な大規模構造を極めて効率的に作り出す事に成功している。先にタンパク質の立体構造は何段階もの階層性を持っている事を見たが、これはタンパク質が細胞内で折り畳まれて最終構造を形成して行く、その構築の段階に対応しているのかも知れない。合成されたポリペプチド鎖は、最初にその主鎖のペプチド結合同士の相互作用によって、αヘリックスやβシートの二次構造を形成する。次に、1つ1つの二次構造が単位となって互いに相互作用する事で、1つの塊つまりドメインが形成される。すると今度は、幾つかのドメイン同士が相互作用し、ポリペプチド鎖全体で1つの三次構造を作り上げるのである。そして最後に、こうして出来たポリペプチド鎖のサブユニットが幾つか集合して巨大な複合体、つまりタンパク質の四次構造を形成するわけである。

 

(注) アミノ酸には、αヘリックス中に頻繁に見られるもの、あるいはβシートの方に多く存在するものなどが有ると言う。恐らく、αヘリックスやβシートなどの二次構造は、それが形成されやすいアミノ酸の近傍で形成が始まり、順に周囲のアミノ酸を巻き込み、その二次構造に適合しないアミノ酸(群)で停止すると考えられる。(1-12)

 

  また、細胞の構造を形作る巨大分子の複雑な集合体の多くも、条件さえ整えば自己集合して自らその構造を作り上げる事ができる。構成成分の自己集合で大型の構造が形成される事が最初に観察されたのは、タバコモザイクウイルス(TMV)である。これは長い棒状ウイルスで、1本のRNA分子を芯にして、その周りを同一のタンパク質のサブユニット2130個が、固くらせん状に巻いて円筒形になっている。このRNAとタンパク質のサブユニットを、一旦解離させてから再び試験管内で混合すると、感染力のあるウイルス粒子が自己集合により再構成されるのである。ヘモグロビンも自己集合の良い例で、これに尿素を加えると二次結合が切れて半分に分かれた分子になるが、尿素を取り除くとすぐに自己集合して元のヘモグロビンに戻る。半分に分かれた分子の表面構造は非常に特異的で互いに結合するが、他の分子とは結合できないのである。自己集合で複雑な分子集合体が再構成できるもう1つの例は、細菌のリボソームである。リボソームは約55種のタンパク分子と3種のRNA分子から出来ているが、これらの成分を試験管内の適当な条件下で反応させると自然に元の構造が再構成され、タンパク質合成能を持つリボソームができるのである。そしてこのリボソームの再構成も、特定の経路を辿って段階的に進行する事が分かっている。まず特定のタンパク質がRNAと結合し、次いで別のタンパク質がこの複合体を識別して結合するという反応が繰り返され、最終構造が出来上がるのである。

  しかし、細胞構造の中には自己集合で出来ないものも存在する。例えば、繊毛・筋原繊維などは、成分となる巨大分子の溶液から自己集合によって自然に構築される事はない。何故なら、最終構造には存在しない特殊なタンパク質や酵素が、鋳型として構造の形成に関与しており、それがないと構成成分だけでは自己集合して構造を再構築する事ができないのである。小さな構造体の中にも、自己集合に必要な要素が揃っていないものがある。例えば、ある細菌ウイルスの頭部は1種類のタンパク質のサブユニットから出来ているが、その集合反応が起こる為には、ウイルス粒子には存在しない別のタンパク質を反応の足場として必要とする。そのため頭部構造を一度解離させると、もはやそれだけでは自然には再集合しないのである。また集合の過程でタンパク質の切断が起こり、それが反応を不可逆にしている例もある。ポリペプチドのホルモンであるインスリンは、最初は大きなタンパク質(プロインスリン)として合成され、特別な形に折り畳まれた後、タンパク質分解酵素によってポリペプチド鎖の一部が切断除去されて合成される。その結果、インスリンでは分子が自己集合するのに必要な情報が失われており、一旦ジスルフィド結合が切断されて2本のポリペプチド鎖に分離すると、再び自己集合して元に戻る事はできないのである。

  このように細胞構造の中には、自己集合のためには構成要素にはない他の分子の助けが必要なもの、あるいは反応が不可逆性のものなど、自己集合できないものも存在する。しかし、これらの構造が最初に構築された時の事を考えると、他の分子の助けが必要とはいえ、それらの分子間の相互作用だけで複雑な構造が自己組織化された事はまぎれもない事実である。生命活動を支える高分子の複雑な立体構造は、基本的に分子間の相互作用を介した自己集合、あるいは自己組織化によって生み出されたものなのである。

 

 

自己組織化

 リン脂質の自己集合でできる細胞膜

 

  こうした要素間の相互作用による自己組織化は、生命の目立った特徴の1つである。これは、生物に不可欠の構成要素である細胞膜の形成にも、自己組織化が関っている事を見ても明らかであろう。総ての生物は細胞から出来ており、膜によって外部から隔てられた小さな内部環境を作り上げる事により、その細胞質ゾルの中で生命活動を繰り広げているのである。さらに真核細胞では細胞膜だけではなく、ゴルジ体・小胞体などの細胞内小器官の膜構造も発達させている。そして生体膜は単に空間を区切るだけではなく、そこには様々な機能を持つ膜タンパクが埋めこまれ、重要な生体反応の場ともなっている。このように、生体膜は生物にとって無くてはならないものだが、この膜はリン脂質が自己集合する事によって形成されたものなのである。リン脂質は、グリセロールに2分子の脂肪酸(一端にカルボキシル基を持つ炭化水素鎖)と、負(マイナス)に帯電したリン酸基が結合したものである(動物性脂肪や植物油はグリセロールに3分子の脂肪酸が結合したトリグリセリド)。さらにリン酸基には電荷を持った末端基が結合する。例えば、細胞膜では普通コリンという窒素を含んだ正電荷を持つ基が結合し、この電荷を帯びた基の為に、リン脂質は親水性の頭を持つ極性分子になっている。つまり、リン脂質のリン酸基を持つ側の分子末端が水溶性になっているわけで、反対に脂肪酸側の末端は電荷を持たず非極性で疎水性を示す。リン脂質は、1つの分子の中に親水性の末端と疎水性の末端の両方を持つ、両親媒性の分子なのである。この独特の電荷分布の為に、リン脂質は水性の媒質中では自然に疎水性の尾部を水に触れないように内側に包み込み、親水性の頭部を水相に接する様に外側に向けて集合する。この時の分子の集合方法には2種類あり、1つは疎水性の尾を内側に向けて球状のミセルを作るやり方。もう1つは2つの分子が向き合ってシートを作るもので、この場合には親水性の頭部が疎水性の尾部を挟んだサンドイッチ型の二重層が出来上がる。こうして出来た脂質二重層は、疎水性の尾部が水に接触する末端をなくす為に、末端でつながって閉じた小胞を形成し、破れても同じ理由から自然に癒合する事になる。また脂質二重層は内部が疎水性の為に、たいていの極性分子が通過できない障壁として働き、細胞内に外部とは異なった環境を作り出す事を可能にしている。生体膜はこのような脂質二重膜に、膜機能を担う様々な膜タンパクが結合したものなのである。

  膜タンパクと膜との結合は、普通は疎水性相互作用によっている。例えば、膜貫通型タンパクはリン脂質と同様に両親媒性で疎水性領域と親水性領域とを持ち、その疎水性領域で膜を貫通し、二重層内の脂質分子の疎水性尾部と疎水性相互作用する事によって膜と結合するのである。反対に、親水性領域は膜の外側に突き出して水と接している。このように生体膜は、分子間の疎水性相互作用を利用した自己集合によって形成されているのである。

 

 

 多細胞体制の自己組織化

 

  我々多細胞生物の体は、多数の細胞が集まって組織・器官を作る事で出来ているわけだが、この多細胞体制の構築も細胞間の相互作用による自己組織化によってなされている。実は、この事を示す驚くべき実験が20世紀初頭に行われているのである。海綿動物は最も原始的な多細胞動物と考えられるが、このカイメンをハサミで小さな断片に切りガーゼに包んで押しつぶすと、ばらばらの細胞に分解する。これを新鮮な海水に移すと、数日後には細胞が自然に集まり、やがて元と同じ姿の小さなミニ・カイメンが再生するのである。カイメンは、ばらばらになった細胞が再度集合し自己組織化する事で、多細胞体制を再生できるのである。

  当時は、これはカイメンという特殊な生物だけの例外的な現象と考えられた。しかし1950年代に入ると、こうした多細胞体制とばらばらの細胞との間の解離と再集合の可逆的反応は、カイメンだけに見られる特殊な現象ではなく、生物に普遍的なものである事が次第に明らかになって来た。発生を始めて間もないイモリやサンショウウオの若い胚は脆弱で、胚を包む厚いジェリーを剥がすと容易に細胞が剥離し、特にカルシウムを含まない飼育水で育てると胚はばらばらの細胞に崩壊してしまう。ところが、これらの解離した細胞をカルシウムを含む飼育水に戻すと再び集合・接着して、やがてしっかりした体制を持つ構造を再生するのである。さらに、この胚の解離と再集合の実験は、孵卵して3日目のニワトリ胚でも成功する事になる。ただ、ニワトリの場合は細胞間の結合がしっかりしている為、トリプシンなどのタンパク質分解酵素の溶液の中に、胚から取り出した腎臓や網膜の組織をしばらく漬けてから機械的にゆすって細胞を解離させる。こうしてバラバラになった細胞を、二価陽イオンを含む液に移すと互いに接着し再集合するのである。しかもその時、同じタイプの細胞同士が集合すると言う。つまり、腎臓と軟骨の細胞を混ぜておいても腎臓の細胞は腎臓の細胞だけで集まって塊を作り、軟骨細胞も同様にそれだけで集合して、別のタイプの細胞が混ざり合う事はないのである。このような解離した細胞の自己集合は普遍的に見られる現象で、どのような動物種のどの組織・器官についても起こり得る事が明らかになっている。(6-4)

  では、どのようなメカニズムでバラバラになった細胞が、しかも選択的に同じタイプの細胞同士が再集合するのだろうか。そのカギとなるのが細胞間の接着に働く接着分子のカドヘリンである。これは京都大学の竹市雅俊によって発見された分子量11万程度の糖タンパクで、現在数十種類のカドヘリンが知られている。これらは総てカルシウムの存在下で細胞の接着機能を持ち、分子構造もその遺伝子の塩基配列も極めて良く似ており、カドヘリン遺伝子ファミリーを形成している。そして細胞が持つカドヘリンは組織ごとに異なっており、接着は同じカドヘリンを持つ細胞同士の間でしか起こらない。これが解離した細胞が再集合する時に、同じタイプのもの同士が自己集合する理由である。

 

(注) カドヘリンは細胞間結合の接着結合とデスモソーム結合に使われる膜貫通タンパクで、隣接する細胞の膜にある同一のカドヘリン分子同士が細胞外で結合する(同型親和性)。そして細胞膜を貫通したカドヘリン分子は、細胞の内側で連結タンパクを介してそれぞれ細胞骨格のアクチンフィラメントやケラチンフィラメントと結合している。また、各カドヘリンは胚発生において特有の発現パターンを示し、これが動物組織の形態形成に重要な役割を果たしている。

 

  こうした特徴を持つカドヘリンは、胚発生の過程で様々な器官を作り出して行く形態形成に、重要な役割を果たしている事が明らかになっている。例えば、神経管の形成を見てみよう。脊椎動物の脳・脊髄は、神経管と呼ばれる1本の管から形成されるが、発生初期には神経管を作る細胞は胚の表面を覆う外胚葉のシートの一部を成している。これが徐々に体の内側に陥入し、遂にはくびれて神経管が出来上がるのである。神経の形成が始まる迄の外胚葉にはE型のカドヘリンが存在するが、神経管の形成開始と共に、外胚葉のある場所でタイプの違うN型カドヘリンの合成が始まる。すると外胚葉のその部分がへこみ胚の内部へ一部が陥凹、その進行と共にN型カドヘリンが発現して初めにあったE型カドヘリンと置き換わって行く。こうなると、この部分の細胞はN型カドヘリンのない周囲の細胞とは絶交状態となり、N型カドヘリンの発現した部分は周りの外胚葉から分離して、それだけで閉じた管つまり神経管を形成する。これが中枢神経系の形作りの始まりである。同様の事は、眼や腎臓の形成でも知られている。こうして、どのタイプのカドヘリンが発生のどの時期に胚のどの場所で出現するかが、胚発生に於ける形態形成を決定する事になる。異なるタイプのカドヘリンを持った細胞間での選別が、動物の組織・器官の位置的な分離という、形作りの原動力となっているのである。

  このように、多細胞動物の組織・器官そして体の形態形成は、複雑な細胞間の相互作用を介した、細胞自身の系統だった自己組織化として遂行されているのである。それは初めに完成した1枚の設計図があり、それに従って、いわば中央からの指令に基づいて進行するといったものとは異なっている。組織や器官を形作る構成要素である個々の細胞自身が一定の情報を持ち、その細胞間の相互作用によって細胞自身が自己組織化する事で、徐々に体の構造が形成されて行くのである。つまり、遺伝子には完全な全体の設計図が書かれているわけではなく、いわば個々の細胞の相互作用のパターンが記されているだけであって、実際に細胞同士が相互作用し自己組織化して行く中で構造が形作られ、それと平行して設計図の方も出来上がって行くのである。昔から生物は機械になぞらえられる事が多いが、両者は本質的に異なっている。先に見た様に、カイメンはその構成要素の個々の細胞にバラバラにされても、部品である1つ1つの細胞が自己組織化の能力を持ち、細胞自身が自ら集まってカイメンの体を再生する事ができる。しかし我々の周りにある機械に、そんな芸当ができないのは言うまでもない。自動車をバラバラに分解すると、後で部品が勝手に集まって来て、自然に自動車が組み立てられるといった事は絶対に有り得ないだろう。それは自動車を作っている個々の部品間に、相互作用や自己組織化の能力がないからであり、またそれがないか、あるいは機能に影響を与えない程の低レベルである事を前提に、設計され作られているからである。生物と機械ではその組み立て原理、設計思想が根本的に違っているのである。要素間の相互作用と自己組織化は、生命の本質的な特徴と言う事ができよう。

 

 

 自己組織化する世界

 

  自己組織化が生命の大きな特徴であると述べたが、実はこれは生命だけに限った現象ではない。我々の周囲には、生命のない物質自身がその自己組織化によって作り出した様々なパターンや構造が溢れており、我々は意識はしていないがそれらに取り囲まれて暮らしているのである。例えば、鉱物の結晶。これは、原子間の相互作用によって美しい結晶構造を自己組織化しているわけで、そのメカニズムは分子の性質により結晶の成長速度が方向によって不均一な事によっている。しかも、同じ無機物が全く異なる形態をとる事も可能である。方解石(CaCO3)は約600の異なる結晶形を持ち、それらの組み合わせで2000以上のパターンを作り出す事ができると言う。単一の元素から構成されている場合も同様で、非常に変化に富んだ形態変化を生み出す事ができる。良く知られているのが炭素で、ダイヤモンドにも黒鉛にもなる事ができる。ダイヤモンドは無色透明の等軸晶系の結晶だが、黒鉛は柔らかい灰色か黒色の非結晶か、または六方晶系の結晶をなしている。また、身近なしかも驚くべき例として雪の結晶がある。雪は水(HO)という簡単な化学物質の結晶であるが、極めて多様な形を作り出す事ができる (6-5)。氷の結晶である雪は、六角板あるいは六角柱が基本である。しかし水蒸気が氷となる時に熱を放出するため、結晶の近くでは温度が比較的高く、しかも結晶が水分を吸い取るので水蒸気の濃度も薄い。つまり、結晶の近辺は結晶が成長しにくい条件になっているわけで、何かのきっかけで結晶に小さな突起ができると、その先端は他の部分よりも成長しやすく突起は益々成長する事になる。しかも、六角形の角の方向に成長速度が大きい為、突起の先端からさらに6つの方向に枝が出たり、あるいは小さな六角板が出来たりする。こうして複雑な形をした樹枝状の雪の結晶ができるのである。雪の結晶はすべて六方晶系であるが、その形は数千もの異なる種類になると言う。このように多様で複雑精緻な形が、水という単純な分子間の相互作用だけで自己組織化されるのは、全く驚くべき事である。

  自己組織化は結晶の様な静的構造だけではなく、変化し運動しているものの中にも現れ、一定の動的パターンや秩序を生み出す。簡単な熱対流から見事なパターンが生まれる例として、ベルナール対流が良く知られている。浅い鍋に液体を入れ下から均一に熱すると、液体の表面にベルナール胞と呼ばれる、正六角形がびっしりと並んだ蜂の巣状のパターンが現れる。水平な液層の上下の温度差が小さい時は、熱は熱伝導により伝わり液体は静止したままであるが、温度差がある臨界値を越えると突如として対流が始まり、液層は無数の細胞状(セル状)の対流渦の領域に分かれるのである。その結果、上から見ると液層には六角形の細胞状の渦領域に分かれた、蜂の巣パターンが出来上がるわけである。このベルナール対流は、熱が下部から上部へと流れる状態にある開放系に生じる秩序形成であり、人工衛星から撮った下層雲の写真や、海水の表面温度の赤外線写真にも同様の六角形の細胞状パターンが見られると言う (6-6)。太陽の光球表面も、対流層から上昇するガスの乱流が作る直径2000kmの米粒状の太陽粒状斑でびっしりと覆われている。

 また化学反応が美しいパターンを生む例として、ベルーソフ・ジャボチンスキー(BZ)反応がある。これは1950年代初めに旧ソ連の科学者のベルーソフが、クレブス回路(クエン酸回路)の性質を調べる為に、それに似せた化学物質の混合液を作って偶然発見した現象である。この混合液には、実際のクレブス回路の成分であるクエン酸と、カリウム臭素酸塩・硫酸・第二セリウムイオンが入れられていた。カリウム臭素酸塩はクエン酸を燃やした時の生成物を真似たものであり、第二セリウムイオンの触媒は多くの酵素と少しは似た働きをすると考えたからである。ところが驚いた事にこの溶液は、無色と黄色(電荷を持つ第二セリウムイオンの2つの異なる形態に相当)の間を時計の様に規則的に振動を始めたのである。この非常に規則正しい振動現象は、数時間にわたって続く事もあり化学時計と呼ばれている。また、この反応は浅い皿の中で起こると、セリウムイオンの3価のものと4価の濃度の違いが淡青色と橙赤色の周期的な縞模様となって伝搬し、同心円状あるいは渦巻状の美しいパターンを作り出す。最初、この反応があまりにも奇妙なものであった為に、本当に起こったとは認めてもらえず彼の研究論文は掲載を拒否されたと言う。ようやく興味が示される様になるのは、1960年代に入ってジャボチンスキーが研究を行ってからである。彼はセリウム塩の代わりに鉄塩を使って、色が赤色から青色にドラスチックに変化する様に反応を改良したのであった。その他、変わった例として磁気的液体に磁場をかけた時に形成される迷路様のパターンがある。磁鉄鉱の細かい粒子を灯油に懸濁した液体と、それとは混ざらない非磁気的液体とに均一で水平な磁力場を与えると、急速に精巧な迷路様パターンが形成されるのである。磁場を加えて9秒以内に迷路パターンが形成され、90秒で平衡状態に達すると言う。

 

(注) 実は、このベルーソフ・ジャボチンスキー(BZ)反応とそっくりなパターンを、生物の細胞性粘菌が作り出している。前に取り上げたように、彼等は普段は単細胞のアメーバとして独立に生活しているが、餌が不足して来ると化学シグナルを相互に送り、集合して多細胞の偽変形体を形成する。この時、シグナルの発生源に向かって移動するアメーバの波が、BZ反応に極めて良く似た同心円の空間パターンを生み出すのである。(6-7)

 

  これらは、自己組織化の目覚ましい例であるが、このような特殊なものだけではなく、自己組織化によって作り出されたパターンや構造は、我々の身近な所に幾らでも存在している。例えば、川の流れの中に棒を立てると後に渦が発生する。流速が遅い時は、棒の背後に渦が左右の対になってでき、さらに流速が早くなると渦対は不安定となって左右交互に並んだ渦の列(カルマン渦列)を作る。この渦も、自己組織化によって生まれた構造である。また低気圧や台風・ハリケーンが作る渦も、大気の自己組織化によって形成された構造という事ができよう。さらに目を天上に向けると、大宇宙も自己組織化によって作られた構造に満ちている事が分かる。木星は地球の318倍もの質量を持つ巨大なガスの塊であるが、その表面には大赤斑と呼ばれる巨大な楕円形の赤茶色の斑点が存在する。これは木星大気の大規模な運動によってできた渦巻である。大小さまざまな赤斑が現れては消えるが、大きい赤斑ほど寿命は長く、数十年以上に及ぶ寿命を持つ赤斑も観測されている。大赤斑は1878年に木星の赤道の南側に現れたもので、その北側を流れる西向きの大気流と南側の東向きの大気流に挟まれて、反時計回りに回転する寿命の長い安定した渦である。その楕円の大きさは地球の直径の約2倍、2万5000kmにも達すると言う。木星に良く似た巨大惑星の土星が持つ美しいリングも、自己組織化によって形成された構造物である。もっと言えば、これらの惑星総てを含めた太陽系全体が、広大な広がりを持つ希薄なガスの塊であった原始太陽系星雲から、重力相互作用で収縮する事によって自然に自己組織化して誕生したものなのである。さらに我々の太陽系のある銀河は、2000億個もの星あるいは恒星系が渦巻の円盤状に集合して出来ている。大宇宙にはこのような渦状銀河の他に、棒を回転させて渦を作った様な棒渦巻き銀河、楕円状の楕円銀河、そして特定の形を持たない不規則銀河など様々な銀河が存在するが、これらの銀河の構造もそれを構成する星々の重力相互作用、あるいはプラズマ間の電磁気的相互作用による自己組織化によって生み出されたものである。しかも宇宙の構造はこれだけに限らない。1つ1つの銀河までの距離測定に基づく、宇宙の三次元の地図作りから判明した所によると、これらの銀河は宇宙に均一に分布しているのではなく、銀河の集合した高密度の領域と、他の領域の20%以下しか存在しない低密度領域が有り、想像を絶する巨大な宇宙の大規模構造を形成していると言う。それによると宇宙は泡状あるいはスポンジ状をしており、銀河はボイド(空洞)と呼ばれる、大きさが1億光年もの巨大な銀河の低密度領域の表面を取り巻く薄い皮のように分布しているのである。

 

(注) 木星と同じ巨大ガス惑星である土星や海王星にも、それぞれ大赤斑と似た大白斑と大暗斑が形成されるが、寿命はずっと短いと言う。

 

  このようなパターンや構造は、生物やその遺伝子が作り出したものでない事は言うまでもない。これらの複雑で美しい構造は、物質が相互作用し合う中で自然に形成されたものである。こうして見て来ると、この世界には無生物的に物質が自己組織化する事で生み出された構造が、いかに多く存在するかが分かる。むしろ宇宙の総ての構造は、ビッグバン以降の物質間の相互作用によって、物質自身が自己組織化して行く過程で進化し作り出されて来たものなのである。物質の自己組織化こそが、今日の宇宙を作り出したと言う事ができよう。

 

 

 自己組織化をうまく利用した生命

 

  複雑なパターンや構造を作り出すのは、なにも生物の専売特許ではない。生物ほど洗練されてはいないが、物質自体にもその始原的能力が備わっている。物質は本来、相互作用し合う事によって秩序を生み出し、パターンや構造を自己組織化する性質を持っているのである。反対に生物の方が自然の持つこの自己組織化の能力をうまく利用し、様々に組み合わせる事で、生命の複雑な構造と活動が可能となったと言う事ができよう。

  遺伝子を遺伝の基本粒子と考える、遺伝子中心主義的なネオダーウィニズムや集団遺伝学の立場から見ると、何もかも遺伝子が決定している様に思えるかも知れないが、実は遺伝子自身には構造やパターンを作り出す能力はない。生物特有の構造や機能を生み出しているのは、相互作用によって自己組織化するタンパク質や核酸の分子であって、遺伝子は何時、何処で、どのような条件で何を作るかを決めているに過ぎないのである。多くの遺伝子がネットワークを組み、順序正しく様々なタンパク質の合成を指示する事で、これらの遺伝子産物の自己組織化により作られるパターンや構造を適切に組み合わせ、生物を作り上げているわけである。つまり遺伝子は、物質が本来持つ自己組織化の能力をうまく利用しているだけなのである。

  以外な事だが、遺伝子は生命の総ての情報を持っているわけではない。実は、DNAは体の機能や形どころか、生物体を構成する大部分の材料の情報についてさえ完全には記録していないのである。三菱生命科学研究所の河崎行繁によると、ヒトの体を構成する分子の恐らく80%以上は、その設計図がDNAには記されていないと言う。哺乳類の持つタンパク質の過半数はアミノ酸が単純に繋がったものではなく、糖を含む糖タンパク質になっているが、「DNAに記されているのはアミノ酸の順番だけで、どのタンパク質にどんな糖をどれだけ付け加えるかは書かれていない。つまり、糖タンパク質の構造はDNAによって決まるわけではない」(6-8) のである。同じ事は細胞膜を構成する脂質についても言える。細胞膜の脂質の種類、特にその骨格をなす炭化水素鎖の長さは生物の種類によって異なるが、「核酸には脂質それ自体の情報がまったくない」。脂質の長さなどは、酵素が環境や基質の濃度に応じて決めているのである。このように、DNAは生体材料のほんの一部の情報しか持っていない。他の生命に不可欠な情報のほとんどは、タンパク質や核酸などの物質自身が本来持つ、相互作用と自己組織化の能力に負っているのである。

  実際、生物に特有を思われるパターンと良く似たものを、無機物が作り出す事が知られている。60年も前に寺田寅彦が、キリンのまだら模様が田んぼの干割れに似ている事を指摘した事は良く知られている (6-9)。また、この地面にできたひび割れは、植物の葉の分枝した葉脈や、昆虫の翅の翅脈のパターンにも良く似ている。リマ・デ・ファリアは『選択なしの進化』の中で、こうした例を幾つもあげている (6-10)。植物や動物の角も、無機物の結晶によって良く似た構造が作られる。また無機物が堆積岩の中で、植物そっくりな樹枝状の結晶を形成する事もある。大河の枝分かれした支流のパターンは、血管の分枝に良く似ている。このような無生物と生物という、あまりにもかけ離れたものの間に見られるパターンの一致は、単なる偶然に過ぎないという批判もあるだろう。しかし、こうした例が数多くあるという事実は、これらのパターンが良く似たメカニズム、あるいは良く似た簡単な規則によって作られている事を窺わせるものである。実際、近年のカオスやフラクタル理論の発達の結果、コンピューターを使って自然が作るのと良く似たパターンを容易に作り出せる様になって来た。フラクタルというのは、全体と部分が同じ様な自己相似性を持つ図形の事である。良く例に出されるのが海岸線で、地球儀の海岸線はデコボコしているが、それを拡大して行ってもやはり同じ様にデコボコしている。さらに拡大を続けて1つ1つの岩、そして遂には1粒ずつの砂粒になっても、海岸線は同様にデコボコしたままである。つまり、海岸線は自己相似的な形の繰返しで出来ているのである。このような自己相似性を持つフラクタル図形は、簡単な規則を繰返し当てはめる事でコンピューターに描かせる事ができる。例えば、シダの葉の形とか、植物の樹形を簡単な式で表現できるのである。そればかりではなく、空に浮かぶ雲や山の形を本物そっくりに描く事も可能である。自然界には、こうしたフラクタルが無数に存在している。これらの事実は、自然界に存在する形やパターンは生物・無生物を問わず、簡単な規則を繰返し適用する事で作り出されて来たものである事を示唆している。つまり生物も無生物も、形やパターンを形成する原理は同じであって、その元は物質自身が持つ自己組織化能によって作られるパターンにあると考えられるのである。また、生物が作り出すパターンが、物質の自己組織化パターンを利用して作られているという事を受け入れると、擬態や収斂(系統の異なる生物が相似的な性質を進化させる事)・平行進化(共通の祖先から分かれた子孫が同様の進化傾向を示す事)といった生物進化に見られる特徴を、容易に説明する事ができる。隠蔽的擬態では、昆虫が植物の枝や葉にそっくりの形をしたり、標識的擬態では無毒のチョウが毒チョウとそっくりの翅の模様を持っていたりする。これらの見事なまでの模倣を、ネオダーウィニズムのように遺伝子のランダムな突然変異によって、偶然に良く似たパターンが生まれたと考えるのは難しい。そうではなく、生物は自己組織化によって作られる限られたパターンの中から、適当なものを使って自らの体を作り上げているのだとすると、この様な驚くべき形の類似も容易に理解する事ができよう。しかもヒトの遺伝子が3万程度しかない事からも分かる様に、生物は極めてわずかの情報から様々なパターン・形態を作り出しているのであり、その作成方法と情報が共通であれば良く似たパターンや形態を生み出す事は容易だと考えられる。広葉樹の葉に似たコノハムシが、実は広葉樹の出現以前から生存していた事実などは、従来の進化理論では説明困難であろう。擬態や収斂の現象は、生物が作る事のできるデザインあるいはその基になる要素には、限界があるという事を強く示唆しているのである。

  さて、このように物質が自ら作り出す自己組織化パターンをうまく利用し、それを様々に組み合わせる事で生物の構造と機能が生み出されているとすると、生命とは体系化された自己組織化の複合体と言う事もできる。また、自己組織化が物質の本来持つ本性だという点を考えれば、生命とは相互作用し合う物質の在り方と言う事もできよう。この事を理解すれば、生命が地球進化の初期段階の極めて短期間に、しかもたいへん完成度の高い形で誕生したという、ネオダーウィニズムではとても考えられない様な事実も、決して特別なものではない事が分かる。それは、相互作用し合いながら自己組織化する物質にとって、ごく自然な成り行きだったと言う事ができるだろう。生命とは、条件さえ整えば容易に発生してくるものと考えた方が良い。タンパク質の折り畳みの所で見た様に、確率的には起こり得ない様な事も、要素間の相互作用によって複雑な構造や秩序が容易に生み出されるのである。惑星上に海が存在し、生命活動に必要なエネルギーの供給さえあれば、ごく短期間で簡単な生命は誕生すると思われる。この条件は、恒星の質量、恒星と惑星との間の距離、そして惑星の大きさに制約されている。銀河系には約2000億個の恒星が存在するが、その成因・進化が似たものだとすると、多くの恒星は我々の太陽系と同様に惑星系を持っているはずである。太陽が銀河系の中で特別な恒星でない事を考えると、この銀河系だけでも地球と同じ様に海を持つ惑星が、相当の数存在すると思われる。実際、我々の銀河系には、海と月を持つ地球に良く似た惑星が1億個も存在すると言う試算もある。しかも、大宇宙には銀河がさらに何千億個と存在するのである。そうすると、この大宇宙には海を持つ惑星が、それこそ無数に存在すると言ってもいいだろう。最近、火星でもかって海が存在し、大河が流れていたと考えられる様になり、生命存在の可能性が取り沙汰されている。もしかしたら、この大宇宙は生命に満ち溢れているのかも知れないのである。

 

(注) 木星の第2衛星のエウロパにも、生命存在の可能性が取り沙汰されている。4つのガリレオ衛星中最も小さく地球の月とほぼ同じ大きさの直径3138km、独特の模様を持つ表面は数千mもの厚い氷に覆われ温度は-160度にもなるが、木星の巨大な潮汐力が生み出す摩擦熱によってマントルが熱せられ、氷の下には10万〜15万mもの海が出来ていると言う。そして海底の熱水噴出口の熱・化学エネルギーを利用して、生命が進化しているのではないかと考えられているのである。

(注) 丸山茂徳によると、海が存在するのは地球内部が高温の為と言う。海水は地球内部と海の間を循環しており、温度が下がると海水は地球内部に染み込んで含水鉱物を作り、遂には地表から海水はなくなってしまう。現在、海嶺や火山から毎年2.33×108トンの水がマグマとともに噴出しているが、その約5倍の毎年11.5×108トンの海水が海溝から地球内部へ吸い込まれており、これは1億年で海水準を250mほど低下させる量だと言う。将来、冷却して火成活動を停止した地球は、10億年前頃に火星が経験した様に海が消滅して乾いた惑星となり、バクテリア以外の高等生物は総て絶滅してしまう事になろう。地球でこの海水のマントルへの逆流が始まったのは、海嶺深部の温度が急冷した7.5億年前頃からで、その結果、海水の総量が減少して陸地面積が5%から30%に急増し、巨大河川が誕生して砂岩などの堆積岩類が7〜6億年前から急激に増加、海水中の塩分濃度が増大する一方、有機物が堆積岩に閉じ込められる事で大気中の酸素濃度も増加したと言う。(2-26)

(注) 1995年以降、太陽系外の惑星が相次いで発見され、惑星系が決して稀なものではない事が明らかになって来た。実際、生まれたばかりの星を電波望遠鏡などで観測すると、その半分以上に原始惑星系円盤が見つかると言う。ただ発見された系外惑星は、木星のような巨大ガス惑星が太陽の間近を数日の公転周期で回る巨大灼熱惑星や、極端な楕円軌道のものがほとんどで、太陽系の木星や土星の様に比較的外側を円軌道で回る惑星は数個しか見つかっていない。しかし、これは今の観測精度ではこうした特殊な惑星が発見されやすいというだけで、太陽系が少数派という事にはならない。どういう惑星系が生まれるかは原始惑星系円盤の質量に依存し、質量が大きいと多くの巨大ガス惑星が形成され、逆に少ないと地球型惑星ばかりになると考えられるが、太陽系はこれまで観測された原始惑星系円盤のほぼ平均質量になると言う。つまり、太陽系は銀河系内で平均的な惑星系である可能性もあるわけだ。また、現在発見されている惑星を持つ恒星は、炭素や鉄などの重い元素の存在量がたいへん多く、これが惑星系成立の条件になっているらしい。しかし、重い元素が多すぎると巨大灼熱惑星の様な奇妙な惑星系となり、太陽系に似た惑星系の成立にはその元素組成も重要なようである。

(注)火星には流水の浸食作用でできたと思われる、干上がった川にそっくりなチャンネルと呼ばれる溝状の谷地形が無数に存在する。しかも、その流路網は氷河の融解による大洪水地形に酷似していると言う。また火星の表土が粘土鉱物を含む土壌で、地球の熱帯から亜熱帯の高温多湿地帯で形成された赤土のラテライト性土壌に似ているとも言われるが、現在の火星環境ではこのような土壌はできない事から、過去の温暖多湿な時代に形成された可能性も考えられている。こうした事から、火星には過去に濃い大気を持つ温暖な気候の時代があり、液体の水も豊富に存在し、さらには北半球の平原に広大な海(ボレアリス海)が存在していたとも考えられる様になって来た。(6-11)

 

 


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