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第7章            複雑系と相互作用

 


相互作用を無視してきた従来の科学

 要素還元主義

 

  前章で見た様に、複雑な生命を生み出し、その生命活動を可能にしているものこそ要素間の相互作用とそれによる自己組織化であった。つまり生命は、相互作用を抜きにしては語る事は出来ないのである。この相互作用というのは何も特別なものではない。宇宙に存在するものは総て、互いに相互作用し影響を及ぼし合っているのである。もし他の如何なる存在とも相互作用をしないものがあるとすると、それは我々の感覚器官とも相互作用しないわけだから、我々の感覚で認識される事はなく、当然どのような観測装置によっても観測される事はない。また、周囲にまったく影響を及ぼさないわけだから、それは存在しないのと全く同じ事である。つまり、他の存在と相互作用しないものなどこの世界には存在しない。この宇宙に存在するものは、多かれ少なかれ周囲の存在と相互作用し合っているのである。そして、この存在するものの本性とも言える相互作用によって要素間に自己組織化が起こり、秩序や構造が生み出される事になる。宇宙が大小様々な構造や秩序で満たされているのは、この相互作用によっているのである。

  このように相互作用は我々の周囲に普遍的に存在し、世界を形あるもの秩序あるものにしているわけだが、実は従来の科学はこの相互作用をずっと無視し続けて来たのである。そして、相互作用の無視の上に成り立っているのが、近代科学が金科玉条にして来た要素還元主義である。近代科学はこの要素還元主義によって、自然を単純な要素に分解する事で理解しようとして来た。相互作用を捨象すると、全体は単なる部分・構成要素の総和として捉える事ができる。つまり、全体を理解するにはまず単純な構成要素に分解し、それを個々に研究して最後にそれを寄せ集めれば良いという事になる。例えば、我々の住むこの物質世界を理解しようとすれば、物質をその構成要素の分子や原子さらには素粒子に分解し、これらの要素を個々に研究してその運動法則を明らかにすればよい。世界は、これら基本粒子の運動の総和として与えられるというわけである。あるいは、我々ヒトの脳の意識や記憶といった高度な機能も、脳を構成する1つ1つの神経細胞とその働きを研究する事で自ずと明らかになると考える。同様に生物学に於いても、生物や進化は、それを支える構成要素の遺伝子そしてDNAに還元する事で理解できるとする。このように近代科学は、世界を理解するのにまず素粒子や遺伝子といった基本粒子を見つけ出し、それらの個々の性質や機能を個別に研究して、その後これらを単に寄せ集め、あるいは足し合わせる事で全体を捉える事が出来ると考えて来たのである。

  ところが今まで見て来た様に、タンパク質はそれを構成する様々な分子や原子が相互作用し合う事で、生命活性を持つ独自の立体構造を形成し、高度な生命活動を可能にしているのであった。このような立体構造の形成は、タンパク質の構成要素である個々の原子を調べても解明する事はできない。炭素・水素・窒素といった原子自体は、タンパク質がどのような立体構造をとるかという情報は持っていないからである。それは個々の構成要素が決めている事ではなく、要素間つまり原子間の相互作用によって、原子間に結ばれる1つの関係、あるいは秩序として生み出されたものなのである。同じ事は遺伝についても言える。個々の遺伝子は、それぞれが1つのタンパク質のアミノ酸配列をコードしているに過ぎないのであって、1つ1つの遺伝子が独立して生命に必要な機能を持っているわけではない。遺伝子は1つだけでは何も出来ないのであって、他の遺伝子と作用し合い協調する事によって、初めて重要な役割を果たす事ができるのである。個々の遺伝子ではなく遺伝子間の相互作用、そのネットワークこそが生命を形作り、複雑な生命活動を可能にしているわけである。

 

(注) かって、量子力学の確立に貢献したニールス・ボーアも、構成要素の水素と酸素の性質からは「水らしさ」は予測できないと述べたと言う。

 

  また、脳の記憶の問題についても同様の事が言える。記憶が蓄えられているはずの大脳皮質の大部分が損傷しても、長期の記憶は失われない事が知られている。あるいは迷路を通り抜ける訓練をしたネズミの脳の一部を切除して、迷路の記憶の蓄えられた場所を突き止めようとしても成功しないと言う。これらの事は、記憶が脳の特定の場所、特定の神経細胞に蓄えられているのではなく、脳全体に分散して蓄えられている事を示唆している。記憶のこのような性質は、レーザー光線の干渉を利用して三次元情報をフィルムに記録する、ホログラフィーと似ている事が指摘されている。ホログラフィーでは、記録するのに使った同じ波長のレーザー光線をフィルムに当てると、元の三次元情報を引き出す事ができる。しかも面白い事に、フィルムの一部分にだけ光を当てても、多少ぼんやりとはするが三次元の全体像が得られるのである。脳はホログラム的に記憶を蓄えているという仮説では、脳が感覚器から入ってきた信号を波の形に変換し、その波が脳全体に干渉パターンを形成して、脳細胞のシナプスあるいは位相空間に記憶されると言う。記憶は孤立した個々のニューロン(神経細胞とそこから出る突起を合わせたもの、広義の神経細胞)の中に蓄えられているのではなく、脳全体の神経ネットワークの中に、ニューロン間の相互関係のパターンとして蓄えられていると考えられるのである。そうであれば、記憶さらには意識といった人間の脳の高度な働きは、個々のニューロンの機能を研究するだけでは決して理解できないであろう。

  要素還元主義は、相互作用の絡み合った複雑極まりない現実を、相互作用を捨象する事で極めて単純な要素、あるいは周囲と相互作用しない孤立系に還元し、世界が原子や素粒子といった基本粒子とその簡単な運動法則だけで説明できるとしてきた。またこうした考え方は、宇宙が定められた働きをする部品の集合からなる機械に過ぎないという、機械論的世界観を生み出す事にもなった。確かに、近代科学はこの要素還元主義によって目覚ましい発展を遂げ、20世紀初頭には量子力学と相対性理論を完成させ、物理学には「本質的な問題はもはや何も残っていない」とか「物理学の終焉は間近」とまで言われる様になったのである。ところが、生物学や経済学そして物理学に於いても、要素間の相互作用が重要な役割を果たしている分野では、要素還元主義的な近代科学は全く役に立たない事がはっきりして来る。ここでは相互作用によって構成要素間に一定の秩序が自己組織化され、これによって個々の要素からは想像もできない、新しい形態や機能が生み出されているのである。つまり相互作用が存在すると、全体は単なる部分の寄せ集め、総和ではなくなってしまうのである。このような所では、複雑な全体を理解する為に、次々とより小さなより単純な構成要素に分解して行くという要素還元主義では、何時までたっても全体を捉える事はできない。近代科学は、自然とは本来単純なものであって、幾つかの単純な基本法則に支配されていると考えてきた。それが我々の目に複雑なものと見えるのは、周囲からの様々な作用により攪乱される為であって、相互作用というのは本来単純な現象を攪乱して複雑化させる、環境からのノイズと見なされて来たのである。そのため、現象を攪乱し複雑化させている相互作用を捨象する事で、複雑な現象の奥に潜む単純な法則性を明らかに出来ると考え、また実際に多くの成果を上げて来たわけである。しかし、その一方で相互作用を無視する事は、複雑性という自然が本来持つ本性に目をつむる事にもなってしまった。彼等にとって自然はあくまで単純なものであって、それが複雑なものに見えるのは、単に環境からのノイズによる見せかけに過ぎないからである。近代科学は天体や素粒子の運動法則を明らかにし、宇宙の神秘を解き明かしたかに見えたが、実はそれが解明したのは相互作用が重要な働きをしない単純な系、あるいは相互作用を無視できる理想化された特殊な条件下で起こる現象だけであった。相互作用が重要な役割を果たしている我々の周囲で起こる日常的な現象、例えば風に舞う枯れ葉の運動とか、水の流れの作る渦や乱流、あるいは雲や植物の形態といった問題については全く説明ができない。つまり、従来の科学が説明できるのは例外的に単純な現象だけであって、我々の周りに溢れている複雑な現象には手も足も出ないのである。こうした中で要素間の相互作用に注目し、自然をあるがままの複雑なものとして捉えようとする流れが、20世紀後半になって出て来る事になる。これが複雑系という考え方である。複雑系は、生物学・経済学・物理学などの多分野にわたって科学革命を推し進め、今までの機械論的世界観や要素還元主義に代わる、新しい科学的世界観を創造しようとしている。21世紀の科学は、この複雑系の科学がリードする事になるだろうとも言われる。この複雑系を解くキーワードが相互作用なのである。

 

 

 決定論と確率論への2極化

 

  このように、世界の有り様を決定づけている相互作用を無視する事は、科学をゆがめその有効な適用範囲を限定する事になった。そして物理学に於いては、この相互作用の無視は2つの正反対の極端な自然観を生む。即ち、古典力学の決定論的世界観と、統計力学の確率論的世界観である。前者はニュートン力学の確立と共に登場して、天体の運動に代表される様な法則によって支配された完全な秩序を持つ機械論的世界像を提示し、後者は産業革命の必要性から発達した熱力学で数学的手段として使われた事に始まり、力学的決定論には馴染まない無秩序で不規則な現象に適用される様になって行った。その後、確率論的世界観は量子論として全面的に展開される事になる。こうして近代科学は、決定論的世界観と確率論的世界観という異質な自然観を持つ2派に分かれて、一方では激しく対立しつつ、他方では互いに補完しながら科学を発展させて来たのである。アインシュタインが量子力学に疑問を持ち続け、N.ボーアと激しい論争を繰り広げた事は有名である。彼は「神がサイコロ遊びをする」とは信じられない、そして自分は「完全な法則性と秩序の存在を信じている」として、生涯量子力学を受け入れる事はなかった。このアインシュタインと量子力学との対立も、決定論と確率論の対立という枠組みの中で捉える事もできるだろう。しかしこの対立する2つの世界観は、取り扱う対象に応じてうまく役割分担をする事で互いに補完し合っても来た。つまり、秩序だった単純な系を扱う時には決定論を、反対に無秩序でランダムな系には確率論を使うといった具合である。2極構造を持つ近代科学は、自然を見るのにこれら2種類の眼鏡のどちらか一方を使って来たわけである。しかし両極端は相接する。確率論でも対象間の相互作用は基本的に捨象しており、この2つの世界観はどちらも相互作用の無視という点では全く同類なのである。両者とも、自然をありのままの相互作用の絡み合った複雑なものとは見ていなかった。結局、近代科学は2つの色眼鏡を使い分け、自然をそれぞれの方向から、その1側面を見ていたに過ぎなかったわけである (7-1)。つまり、秩序の側面と無秩序の側面を。こうして近代科学は、秩序と無秩序が分かちがたく結び付いた自然を、ありのままのものとして見る事はなかったのである。

 

(注)一般相対性理論と量子力学は両立しない事が知られている。普通は2つの理論の適用領域が一方は星や宇宙、他方は原子・素粒子とそのサイズや質量が大きく異なる為、どちらか一方を使えば良く問題は起きない。ところがブラックホールとかビッグバンなど、サイズが極端に小さくかつ質量はたいへん大きいという極限状況で両理論を一緒に用いると、量子力学的確率が無限大になるという無意味な結果が出てくるのである。この現代物理学における大問題の1つである、一般相対性理論と量子力学の対立は、「超ひも理論」によって解決されると言う。従来、量子力学では素粒子を大きさのない点粒子として扱ってきたが、この理論では極めて小さな(プランク長ほど)輪ゴムに似た一次元の振動するひもと考える。そして、ひもの振動パターンの違いによって各粒子の質量と力荷が決まり、さらには力の粒子もひもの特定の共振パターンに関連している。つまり物質とすべての力が、微細なひもの振動として統一的に捉えられるのである。この為、ひも理論は万物の理論(TOETheory of Everything)とも呼ばれる。そして、ひもが点ではなく一定の空間的広がりを持つ事が、プランク長以下の短い距離で激しくなる空間のゆらぎ(量子的変動)をぼやかし、一般相対性理論と量子力学の衝突を解決すると言う。ただ、超ひも理論やこれを統合するM理論が有効な為には、10の空間次元と1つの時間次元、つまり合計11個の時空次元が必要とされている。(7-24) (プランク長:hG/c)1/2=1.616×10-33cm )

 

 

 力学的決定論

 

  相互作用の無視が、どのようにして力学的決定論を生み出す事になったのであろうか。決定論的世界観の誕生には、言うまでもなくニュートン力学が決定的な役割を果たしている。ニュートン力学は「万有引力の法則」と運動の3法則、つまり「慣性の法則」「運動の法則」「作用・反作用の法則」とから成り立っている。そして総ての物体の運動を、この単純な3法則から記述しようとするのである。特に、この内の第2法則がいわゆるニュートンの運動方程式で、それによると物体の加速度は加えられた力に比例し、物体の質量に反比例する。加速度は速度の時間的変化の割合であり、速度は位置の時間的変化の割合である為、運動方程式は2階の微分方程式として表わされる。そして物体に加わる力が決まると運動方程式から加速度が分かり、加速度が分かれば次の時刻の速度が分かり、さらに速度から各時刻に於ける物体の位置が分かる事になる。即ち、微分方程式で表わされた運動方程式を積分する事によって、時々刻々の運動の速度と位置を次々と求める事ができるのである。このニュートン力学が最も成功したのが、太陽の周りを回る惑星の運動の解析であった。これは天体観測からケプラーの発見した経験則に従う事が知られていたが、ニュートンは万有引力と力学の法則から、このケプラーの法則を導き出す事に成功したのである。こうして、太陽系は時計仕掛けの機械の様に運動している事が示された。ニュートン力学では、初期条件さえ定まれば、その後の運動は運動方程式によって100%決まってしまうのである。以来、ニュートン力学は天体の位置や軌道、日食や月食の日時、そして彗星の周期などの正確な予測に成功、そのあまりに完璧な成功は、人々の自然観や世界観に大きな影響を与え、機械論的・決定論的世界観を生み出して行く事になるのである。そしてニュートンからほぼ100年経った18世紀になると、自然は単純で合理的な決定論的法則に従って動いており、その法則を表わす方程式と初期値さえ分かれば、総ての現象の過去・現在・未来の状態を知る事ができるという、極端な決定論的世界観まで登場する事になる。18世紀フランスの代表的数学者であったラプラスが述べた、ラプラス的世界観である。彼によると自然を支配する法則を理解し、ある瞬間に於ける総ての物体の状態を知り、その膨大な情報を数学的に処理できる知性が存在するならば、その知性は宇宙に存在する天体から原子に至るまで、その過去・現在・未来に於ける総ての状態を知る事が出来るだろうと言う。この知性にとっては不確かなものは何ひとつなく、未来はその過去と同様に明白なのである。この仮想的な知性の事をラプラスの悪魔と呼んでいる。この極端な決定論的世界観によれば、宇宙誕生の瞬間にその後の総ての出来事が運命論的に決定される事になり、偶然の入り込む余地は全くなくなってしまう。

  しかし、こうした決定論的世界観を生み出すきっかけとなった天体の運動の分析には、実は巧妙なトリックが使われていた。ニュートンは惑星の軌道を計算するのに、まず太陽系から太陽と地球の2つの天体だけを取り出し、他の惑星からの引力の影響を無視したのである。太陽系に於いては大部分の質量が太陽に集中(太陽系の全質量の99.86%)している為、他の惑星との重力相互作用を無視しても大きな問題はないだろうというわけである。これを、天体が2個だけの場合の軌道を求める問題という意味で2体問題と呼んでいる。こうした他の惑星との相互作用を無視した2体問題では、運動方程式が積分可能で、解析的に解を導き出す事ができる。こうしてニュートンは2体問題の運動方程式を完全に解いて、ケプラーの法則を数学的に導き出す事に成功したのである。しかし太陽系には地球以外に、水星・金星・火星・木星・土星・天王星・海王星・冥王星と9つもの惑星が存在し、互いに重力相互作用をしながら運動しているのであって、この惑星間の相互作用を考慮に入れると状況は一変してしまう。それどころか、ニュートンが解いた2体問題にたった1つ惑星を加えるだけで、途端に運動方程式は解けなくなってしまうのである。この3体問題を詳しく研究し、力学と数学に新しい展開をもたらしたのが19世紀のフランスの数学者アンリ・ポアンカレで、3体問題を簡略化した制限3体問題に取り組んだ。これは3番目の天体の質量をゼロとして、他の2個の天体には影響を与えないが、その2個の天体からの影響は受けると仮定して、3番目の天体の運動を調べるというものであった。彼はこの制限3体問題を自ら開発したポアンカレ切断面法を用いて解析し、惑星の軌道が従来のニュートン力学的世界観の常識からは考えられないほど込み入った複雑なものとなり、3体問題では単純な唯一の解は存在しない事を明らかにしたのである。これは今日我々がカオスと呼んでいる、決定論的法則に支配されたシステム(系)に現れる、予測不能の不規則な現象の発見された最初のものであった。3体問題は一般に積分不能で解析的に解く事はできない。従って、ある天体の任意の時刻に於ける位置や運動量を、既知の関数を用いて明確に表わす事は一般には不可能なのである。我々はかって、太陽とそれを回る惑星の運動は完全に予測可能な秩序の典型であって、惑星は永遠に固定された軌道を時計仕掛けの様に正確に回っているものと考えて来た。しかし、実際には地球の軌道ですら長期的に見ると予測不能なのである。また地球に落ちて来る隕石は、火星と木星の軌道の間にある小惑星帯の小惑星の破片が太陽系内を漂った後、地球に衝突したものと考えられているが、こうした事が起こり得るのも木星との重力相互作用によって小惑星の軌道が不規則に乱され、次第に偏芯して遂には地球の軌道と交差する様になる結果なのである。つまり、太陽系自体が予測不能なカオス的振る舞いをしているのでなければ、隕石が地球に落ちて来る事も無いわけである。このカオス現象に最初に取り組んだポアンカレは、「単純さを目指す科学は幻想にすぎないかも知れない」と述べたと言われる。

 

 

 軌道共鳴

 

  このように相互作用は、単純な決定論的法則に支配された完全な秩序を持つ決定論的系に、予測不能の複雑な不規則性を持ち込む。つまり、秩序の中に無秩序を作り出すのである。しかし、相互作用は無秩序を生み出すだけではなく、全く正反対の作用もする。即ち、無秩序の中に秩序を作り出すのである。

  これも天体の運動を例に見てみよう。太陽系を構成する天体は、それぞれが自由気ままに自分の軌道を回っているのではない。周囲の天体との重力相互作用によって、2つの天体の周期の比が簡単な整数比になっている場合が多いのである。このような共鳴現象は、太陽系全域に広がっており軌道共鳴と呼ばれている。例えば、木星の衛星で最も内側の軌道を回っているイオの公転周期は1.769日で、そのすぐ外側を回るエウロパの周期3.552日のほぼ半分になっている。この場合、両者は2:1の軌道-軌道共鳴にあると言う。この軌道共鳴の結果、イオはエウロパの重力による相互作用によってその軌道を細長く引き伸ばされている。そのためイオは、木星に接近しあるいは遠ざかる時に木星から巨大な潮汐力を受け、ボイジャーが観測した様な活発な火山活動が引き起こされているのである。さらにエウロパは、その隣の衛星ガニメデ(7.155日)と2:1の軌道共鳴関係にあり、この3つの衛星は複雑な天体配置を形作っている。土星系ではミマス(0.942日)とテティス(1.888日)、エンケラドス(1.370日)とディオーネ(2.737日)、そしてタイタン(15.945日)とヒペリオン(21.277日)が軌道共鳴の関係にある。ただ、天王星の衛星にはこうした共鳴対は存在しないと言う。惑星では、木星の公転周期11.856年と土星の29.424年がほぼ2:5の共鳴関係を示し、また天王星と海王星の83.747年と163.723年も1:2の整数比に近い。そして海王星と冥王星(248.02年)も、2:3の共鳴関係にある。こうした共鳴現象が起こるのは、2つの天体の周期の比が単純な整数比になると、同一の天体配置が周期的に何度も繰返される事になり、そこに一種のフィードバックが働いてその軌道共鳴状態を安定化、あるいは不安定化する為と考えられる。また衛星系に於いて共鳴が起こりやすい理由は、潮汐現象によると思われる。衛星の公転運動が惑星に潮汐を引き起こす事で両天体間で角運動量が交換され、その結果、衛星の軌道と惑星の自転が変化しやすいのである。そのため今日の衛星軌道は、初期のものとはかなり違ったものになっている。こうして衛星の公転周期は時と共に変わり、他の衛星との共鳴状態を形成する様になったのだろう。他方、惑星の場合には太陽に潮汐作用を及ぼす事になるが、衛星-惑星間に比べて距離がはるかに遠いのでたいした効果はない。このため惑星同士の軌道-軌道共鳴は起こりにくいと考えられる。また共鳴関係を作る2つの周期は、いずれもが公転周期である必要はない。太陽系の中でもう1つ良く見られる共鳴は、天体の自転周期とその公転周期が同様に単純な整数比になる自転-軌道共鳴である。例えば、水星の場合は3:2の自転-軌道共鳴(58.646日:87.892日)になっている。最も顕著な例が月で、1:1の自転-軌道共鳴にある為、地球に対して常に同じ面を向けているのである。太陽系の衛星の多くはこのような同期回転の状態にあるが、最初からそうであったのではなく、潮汐作用の影響で惑星の自転が徐々に遅れて行き、共鳴状態の所で落ち着いたわけである。

  もう1つ、軌道共鳴についての興味深い例を小惑星帯に見る事ができる。火星と木星の軌道の間にある小惑星帯には、4万個以上の小惑星が散在して太陽の周りを回っているが、実はこれらの小惑星の軌道は一様に分布しているのではない。惑星の公転周期は太陽からの平均距離によって決まるが、小惑星帯には木星と軌道共鳴する軌道位置、つまり小惑星と木星の公転周期が整数比となっている軌道位置に幾つかの明瞭な空隙、即ち小惑星のほとんど存在しない軌道領域が存在するのである。例えば、太陽からの距離が2.5天文単位(AUAstronomical Unit、太陽-地球間の平均距離、約1億5000kmを1とする)の3:1の共鳴軌道や、3.3天文単位の2:1の共鳴軌道には小惑星はなく、帯状の軌道の中にはっきりした隙間が形成されている。衛星系で共鳴状態の所に天体が存在しているのとは、反対になっているのである。このような小惑星の少ない隙間は、その発見者にちなんでカークウッド間隙と呼ばれている。今日この間隙は、太陽・木星そして1つの小惑星を含む3体問題として説明できる事が分かっている。コンピューターを使って運動方程式を数値積分し、小惑星の挙動を数百万年にわたって追跡した結果、木星と軌道共鳴する3:1の共鳴軌道には高度にカオス的な領域が存在し、これが観測されたカークウッド間隙の幅と一致する事が明らかになったのである。こうしたカオス的領域では予測不能な大きな変化が生じ得る為、小惑星の軌道は次第に偏芯して火星の軌道を横切り、遂には地球の軌道と交差する様になるのである (7-2)。公転周期が整数比になると、軌道を何回か回るうちに元と全く同じ天体配置に重なり、第3の天体から同じ影響を繰返し受ける事になる。その結果ある種のフィードバックが働き、小さな変動が大きな変動に増幅されて軌道が乱されてしまう。こうして共鳴軌道にある小惑星は、やがて他の惑星に衝突して散乱され、共鳴軌道から排除されてしまうのである。今日、地球に衝突する隕石の中でコンドライトと呼ばれるものは、この3:1の共鳴軌道に近い領域からやって来たものと考えられている。また土星の輪にも欠けた部分が存在するが、これも土星の内側の衛星と軌道共鳴する位置にある事が分かっている。

 

(注)カークウッドの間隙では31527321の共鳴軌道で小惑星がほとんど存在しなかったが、面白い事に、小惑星が集中している2.13.3AUのメインベルト(主小惑星帯)の外側では、反対に324311の共鳴軌道の所に小惑星の集中が見られる。

(注) 惑星の軌道に関しては、ボーデの法則と呼ばれる経験則も知られている。水星から海王星まで(小惑星群も含めて)順番に1から9の番号(n)をつけて横軸に並べ、天文単位で表した太陽までの距離(L)の対数を縦軸にグラフを描くとほぼ直線関係が成立する。これを式で表すと(L=L0αn-1)となる。また、木星の衛星についても類似の法則が成り立つと言う。ただ、この物理的意味はよく分っていない。

 

  このように相互作用は、決定論的な秩序の中に予測不能な不規則性、つまりカオスを持ち込む。しかしそれと同時に、作用し合う構成要素間に新たな秩序も生み出す。相互作用は秩序と無秩序、規則性と不規則性、必然と偶然といった互いに相反するものを生み出し、その事によって現実の世界を秩序と無秩序、必然と偶然の入り混じった極めて複雑なものにしているのである。カオスは決定論的システムに現れる不規則な振る舞いとされ、無秩序の側面が強調されているが、実はカオスも全く規則性のない無秩序なものというわけではない。カオスの中にも、決定論的な秩序とは異なるが、そこにも明らかに規則性は存在しているのである。次にその点について見て行く事にしよう。

 

 

カオスと相互作用

 非線形方程式への反復代入とカオス

 

  カオスというのは、決定論的法則に従うシステムに現れる、予測不能の複雑で不規則な振る舞いであった。では、どのような時にカオスは現れるのだろうか。カオスそして複雑系に共通する最大の特徴は、その系を支配する決定論的法則、つまり方程式が非線形だという事である。線形というのは定数を掛けて足し合わせるだけの計算で、入力と出力が比例関係にあるものを言い、この関係をグラフに描くと直線になる為、線形と呼んでいる。線形システムの大きな特徴は、重ね合わせの原理が成り立つ事である。例えば、入力がaの時出力はA、入力がbの時出力はBとすると、入力が(a+b)の時には出力は(A+B)となる。

                            (a+b) () ()

非線形とは線形以外の総ての場合で、一般に重ね合わせの原理は成立しない。また、線形計算では誤差が混入した場合にも、計算結果に現れる誤差は元の誤差に定数を掛けた程度にしかならないが、非線形ではわずかの誤差が途方もなく大きくなってしまう事がある。つまり非線形方程式では、ある変数のごくわずかな変動が他の変数に大きな影響を与える事があり、時には破局的な効果を及ぼすのである。あるいは非常に近い値から出発した2つの変数が、たちまち全く違う値をとる様にもなる。非線形のこのような性質がカオスを生み出し、またその性格を決めているのである。実際、非線形の決定論的法則の支配する多くのシステムで、ごく普通にカオス現象が見られる。そして、現実世界にあるシステムのほとんどは非線形なのである。

  数学的にカオスを生成する事は極めて容易で、非線形方程式をそれ自身に繰返し代入して行けばよい。ある数xを方程式に代入して計算し、出て来た答えを再びxとして方程式に代入する。この計算を繰り返すわけである。時間t+1に於ける状態が、時間tの状態によって完全に決定されるとすると

              t+1 = f(xt)

と表わす事ができる。fは関数を意味し、xt+1がxtの関数である事を示している。この方程式にxtを与えると、次の時間の状態xt+1が求められる。従って、こうして得られた結果を順次代入して行く事によって方程式を解く事ができる。このような数列を構成する項の間の関係を表す方程式を、漸化式と呼んでいる。

 

 

 ロジスティック写像

 

  次に、オーストラリア出身の数理生物学者のロバート・メイが研究した、簡単な例を挙げよう。それは動物の個体数の変動を記述する方程式で、問題を単純化する為に、夏の間だけ生きていて冬には卵を生んで死んでしまう様な昆虫を考える。そして卵が孵化して成虫になる割合は毎年同じで、成虫の数は前年の幼虫の数だけで決まるものとする。出生率をBとすると個体数Xは

              t+1 = BXt

と表わせる。この式は個体数が小さく餌と空間が十分にある時には良く成り立つが、現実には個体数が増えると餌は少なくなり、また排泄物で環境が汚染されて個体数の増加は止まる。そこで、これを補正する為に新たな項を導入する。その前に、計算を容易にする為に個体数を生息可能な最大個体数で割り、全体を1としてXが1と0の間で変動する様にしよう(正規化)。つまり、1は生息可能な最大個体数を表わす事になる。そして、個体数が生息可能な上限に近づくと繁殖率を低下させる効果を示す補正項として、(1−Xt)を付け加える。つまり、

                            t+1 BXt(1−Xt

となる。この補正項がなければ、ある年の個体数は前年の個体数に比例して決まる事になり線形の方程式だが、(1−Xt)を掛ける事により(X)2の項ができて非線形の効果が生じる。現在、この式はロジスティック写像と呼ばれ、出生率Bを適当に決めて、式の左辺の結果を繰返し右辺のXtに代入して計算する事で、方程式の解、つまりその生物の定常個体数がどうなるかを調べる事ができる。

  では出生率が変化すると、この個体数の方程式はどのような振る舞いを見せるのか。まず出生率Bが1より小さい場合、最初の個体数の如何にかかわらず個体数は次第に減少して行き、遂にはゼロになってしまう。つまり、この昆虫の群れは絶滅するわけである。Bが1より大きくなると、個体数Xは0と1の間の値をとる様になる。例えば、Bが1.5の場合は初期値の大小に関らず、個体数は次第に定常値の0.33(最大個体数の33%)に収束して行く。Bが2.5の場合、解は方程式の2つの項の大小関係が順次逆転するので、上下に振動しながら定常値0.6に収束する。ところがBを3.0迄高めると、今まで1つだった定常値が2つに分かれて、個体数はこの2つの安定値を交互に繰返し周期的に振動する様になるのである。これは、個体数が少ない年は十分な環境の下で成長したくさんの卵を産む事ができるが、出生率が高いと個体数が多くなり過ぎ餌の不足等で少しの卵しか産む事が出来なくなり、次の年には再び個体数が減少する。こうして、個体数は高い値と低い値を交互に振動する様になると考えられる。さらにBが大きくなり、3.4495を越えると2つだった安定値はさらに不安定になり、それぞれが2つずつに分かれて個体数は4つの安定値の間を振動する様になる。Bが3.56に達すると振動はまた不安定となり再び2分岐して合計8個の安定値が生じ、3.569になるとさらに倍に分岐して16個の安定値の間を振動する様になる。そして3.5699では、遂に安定値の数は無限大になってしまうのである。ただBが3.5699から3.7の間では、解の取り得る領域はまだ幾つかに分割されており、4つあるいは2つの領域を不規則に変動している。それが約3.7で、個体数は小さな値から1に近い値までほとんど連続的な値をとる事が可能になり、4.0になると個体数は0から1まで総ての値をとる様になる。こうして、Bの増加と共に個体数がランダムに変動し、予測不能なカオス領域が扇状に広がって行くのである。しかしカオス領域の中でも、時々ぽっかりと空いた窓の様に秩序が、つまり周期振動が顔を出す。例えば、Bが3.8のあたりでは3周期振動が現れ、再び個体数の変動が予測可能となる。しかしほんの少しBが増加すると、すぐにカオス領域に入ってしまうのである。このような、カオス領域の中に突如として現れる予測可能な周期変動を間欠性と呼んでいる。カオスの中には一定の秩序が忘れられた記憶の様に隠されていて、それが時々表に顔を出すのである。(7-3)

  それだけではない。ここで見たロジスティック写像は、Bの値の増大と共に周期が倍・倍となってカオスに至る周期倍分岐によるカオスであるが、この周期倍分岐の起こる点の間隔の比が一定になっているのである。しかも驚くべき事に、それはロジスティック写像だけの特徴ではなく、自分自身への代入を繰り返す様な体系であれば、どんな系でも同じ法則に従っていると言う。この周期倍分岐現象に見られる普遍定数4.6692016090は、その発見者の名をとってファイゲンバウム数と呼ばれている。(7-4)

  このようにカオスは、単純な決定論的な秩序とは明らかに異なるが、そこには一定の秩序が含まれているのである。それは秩序と無秩序、規則性と不規則性という、相矛盾したものの統一と見る事もできよう。(7-5)

 

 

 ローレンツ・モデル

 

  さてカオスの性質を考える為に、もう1つ例を挙げておこう。それは1961年、気象学者のエドワード・ローレンツによって発見された、気象モデルに現れたカオスである。これは、漸化式への反復代入によってカオスが生成する事を見出した最初の例であり、カオス研究の隆盛を生むきっかけともなった重要な研究であった。ただこの時代に先駆けた研究は、再発見される迄に10年もの歳月を要する事になるのであるが。

  ローレンツは大気の運動を記述する極めて簡略化した非線形モデルを作り、それをコンピューターにかけ大気の変化を計算しようとしていた。その大気モデルというは最初は12個の方程式からなる連立方程式だったが、後に簡略化して今では有名になった3変数の連立微分方程式モデルを作り上げた。それが以下に示すローレンツ・モデルである。

                            dxdt 10 10

                            dydt 28 xz

                            dzdt (−8/3) xy

はそれぞれ、流れの強さ、温度の水平方向と垂直方向の変わり方に対応している。この連立方程式は、流れと温度のずれの相互作用を積の形にしたxzxyという非線形項を持つ為、解析的に解く事はできず、コンピューターを使ってむりやり数値計算を行う。つまり時間変化を刻々入力し、各変数の任意の時刻に於ける値を計算する事により数値的に解くわけである。dxdydzdtをそれぞれX・Y・Z・Tと書き直し、両辺にTを掛けると

                            (−10 10)T

                            (−xz 28 )T

                            xy 8/3)T

となる。左辺は各座標値の変化分を表わす為、現在値のを上記の式に代入して計算し、元の数値に加える事によってT時間後のの値を求める事ができる。

  ローレンツは、この単純な気象モデルを毎日コンピューターで計算している内に、ちょっとした偶然からカオスを発見する事になる。ある日、彼は計算結果をチェックする為に再計算する事にした。その際、時間を節約するために先の計算で使った0.506127という数値の下3桁を切り捨て、0.506として入力したのである。たった、0.000127という1/1000程度の誤差では、大した影響はないと考えたわけである。実際、これ位の誤差はほんのそよ風の様なもので、天候全体に大きな影響を及ぼす前に、いつのまにか自然に消えて無くなってしまうに違いないのである。ところが、コーヒーを飲みに部屋から出て1時間ほどして帰って見ると、驚いた事にコンピューターは前とは全く異なる結果を打ち出していた。ほとんど同じ出発点を発したコンピューター上の天候は、次第に大きくずれて行き、遂には前とは全く異なるパターンを作り出していたのである。最初、彼は「また(コンピューターの)真空管が1本いかれた」と思ったと言う。だがすぐに原因がコンピューターの故障ではなく、初期値のほんのわずかな誤差にある事、それが非線形の方程式に繰返し代入された結果、天候全体を大きく変えるほどに増幅された事に気付いたのである。このように、初期値のごくわずかな違いが結果を大きく変えてしまう現象は初期値敏感性と呼ばれ、カオスの目立った特徴の1つになっている。ローレンツはこれをバタフライ効果と名付けた。北京で1匹の蝶が羽ばたくと、そのわずかな気流の乱れが、翌月にはニューヨークで嵐を引き起こすというわけである。このバタフライ効果を発見した時、彼は現実の天候が自分のコンピューター・モデルと同じ様な振る舞いをするなら、長期の天気予報は原理的に不可能である事を実感したと言う。

 

 

 ローレンツ・アトラクター

 

  ローレンツは、カオスとバタフライ効果を発見しただけではない。彼は、ただランダムに変化しているだけに見えるカオスの中に、驚くべき秩序が隠されている事も明らかにした。それは「でたらめさという仮面をかぶった秩序」(7-6) であった。

  その事を見る前に、位相空間とアトラクターについて説明しておこう。様々な方程式系での時間変化を視覚的にとらえるには、位相空間というものを考えると良い。変化する系の状態は幾つかの変数で決まる。そこで、その変数の数だけの次元を持つ仮想的な空間を考える。例えば変数が3つの場合は3次元の位相空間、それ以上の変数がある時は頭の中でそういう仮想空間を想像するわけである。そうすると、ある時点での系の状態はこの位相空間内の1点で表わす事ができる。そして、その時間的変化は位相空間内での点の軌跡で与えられるわけである。単純で規則的な運動をする系では、どの点から出発しようと時間経過につれて、その軌道は特定の曲線に収束して安定な定常状態に到達する。このように位相空間内で周囲の軌道を吸い寄せる様な領域の事を、引き付けるという意味でアトラクターと呼んでいる。つまり規則性を持つ方程式系では、アトラクターが存在しているわけである。これまでカオスが発見される迄は、3種類のアトラクターが知られていた。1つは時間が経っても変わらない静的解に対応して、軌跡が位相空間の1点に収束する点アトラクターである。2つ目は全く同じ周期運動を繰り返す系に於ける周期解で、その軌跡は1つの閉曲線上に収束する。これをリミットサイクルと呼んでいる。最後が、2つ以上の周期運動が合成された準周期運動で、このアトラクターはドーナツ状のトーラス(円環)となり、ドーナツの長軸に沿って大きく回る低い周波数と、ドーナツの表面を回る高い周波数の2種類の周波数から作られている。そして準周期運動の軌跡は、糸巻きに糸が巻き付く様に円環の周りに巻き付くのである。

  こうしたアトラクターが存在する事は、その方程式系が一定の定常状態を持つ事を意味しており、その運動が規則性と秩序を持っている証拠なのである。そしてローレンツは、自分が発見したカオスにも特殊なアトラクターが存在する事を発見したのである。ローレンツ・モデルは3個の変数を持つので、3次元の位相空間内に時間軌道として表す事ができる。今日では有名なそのアトラクターは、蝶が2枚の羽を広げた様な形をしており、ローレンツ・アトラクターと呼ばれている。羽はそれぞれほとんど平面で斜めに向かい合い、そして系の状態を表わす点は、2枚の羽の間をあちらからこちらへとランダムに移動する。それぞれの羽で流れを表わす変数の符号が正・負と異なる為、一方の羽から他方の羽へ軌道を移る事は、対流が逆転する事を意味している。これはローレンツ・モデルが、流れの速度と熱の移動が相互作用する様に作られている事による。熱い流体が上昇すると、冷たい流体に触れて熱を失い下降し始める。ところが上昇速度が速すぎると、最上部に達して下降を始めても十分に冷えていない為、後から上昇して来る流体を押しのけて再び上昇を始め、対流の逆転が起こる事を示すものと考えられる。(7-7)

  カオスがこのようにアトラクターを持つ事は、それが単に不規則で、でたらめな現象ではない事を物語っている。カオスの背後には、ある決定論的法則が存在するのであって、その法則性がアトラクターの微細な秩序構造を作り出しているのである。ただ、カオスの生み出すアトラクターは今までに知られていたものとは異なり、初期値に対する鋭敏な依存性という不安定性を内包した奇妙なアトラクターである事から、ストレンジ・アトラクターと呼ばれている。今では、様々な形をしたストレンジ・アトラクターが見つかっているが、これらに共通する特徴はその軌道がある決まった範囲を永久に動き続けるが、二度と同じ所は通らないという点である。もし、同じ所を通過すれば前と全く同じ状態になった事を意味し、その後は以前と同じ振る舞いを繰り返す事になる。しかし、そうなるとその系は単なる周期運動をするリミットサイクルという事になり、カオスではなくなってしまう。カオスは非常に複雑な非周期的現象であって、周期的ではない。従って、ローレンツ・アトラクターの蝶の羽の部分は、決して交わる事のない無数の非周期軌道から出来ているわけである。もう1つ、ストレンジ・アトラクターの典型的特徴は、そのどの部分を拡大しても部分が全体と同じ自己相似性を持つ無限の入れ子構造、つまりフラクタル構造をしているという点にある。カオスとフラクタルは、深く結び付いているのである。

 

 

 カオスと相互作用

 

  カオスとは、決定論的な系に現れる予測不能の不規則な振る舞いであって、決定論の厳格な秩序を崩し、そこに無秩序を持ち込むものであった。ところが、カオスはこのような無秩序という側面を持つ一方で、ストレンジ・アトラクターやファイゲンバウム数などに見られる様に、無秩序の仮面の背後に一定の秩序を隠し持っている。つまりカオスは、秩序と無秩序という相反する両側面を自己の内に持っているのである。これは従来、世界を決定論的世界と確率論的世界という相入れない性質を持つものに2分して来た、近代科学の世界観では捉えきれない異質な存在である。即ち、カオスというのは従来の科学の枠組みからはみ出たものという事ができるだろう。この違いは、カオス理論がこれまで近代科学が無視し続けて来た相互作用を、忌避するのではなく理論の中に取込もうとする所からきている。というより、相互作用こそがカオスを生み出していると言った方が良いだろう。近代科学は相互作用を無視する事で、世界を絶対的な法則・秩序の支配する領域と、ランダムな不規則性の支配する領域とに分割して別々に取り扱おうとして来た。しかし現実の世界は、秩序と無秩序、規則性と不規則性といった互いに相反するものが分かちがたく結び付き、混じり合ったものである。相互作用を捨象して来た近代科学は、ありのままの現実の世界から目を背けて来たと言う事もできよう。したがってカオス理論が、その相互作用を排除する事なく理論に取込む事によって、現実の世界と同様に秩序と無秩序が入り組み絡み合った複雑な現象を記述したのは、むしろ当然の事なのである。実際、今日では天体の運動からヒトの脳に至るまで、我々の周囲で起こる多くの現象にカオスが含まれている事が明らかになっている。

  ではここで、相互作用がどういう形でカオス理論の中に取込まれているのか見ておこう。先に見た様に、カオスは非線形の方程式に代入を繰り返す事で生成する。これは出力の一部を再び自分自身の入力に戻してやる事を意味しており、工学で言うフィードバックに相当する。つまりカオスは、非線形性にフィードバック効果を加える事で生まれるのである (7-3) (7-8)。単純な直線の線形方程式の解に比べて、非線形方程式のグラフは種々のあらゆる複雑な乱れを含んでいる。そして、極わずかな変数の変動が大きな影響を与えるという非線形方程式の性質が、カオスの不安定性・予測不能性・初期値敏感性を生み出しているのである。また、こうした乱れを産むその同じ非線形性が、他方ではカオスに独特の秩序を付与する事にもなっている。先に出た動物の個体数の変動式を考えても分かる様に、方程式が線形ならばいくら代入を繰り返しても、結果は数値が一方的に増大して無限大に発散するか、逆に一方的に小さくなってゼロになるか、あるいは特定の値に収束するしかない。カオスが複雑なアトラクターを生成できるのはその非線形性のお陰であり、非線形性こそカオスの複雑な振る舞いを生み出すマジック・ワードなのである。そして、我々の住む現実の世界はほとんどが非線形なのであって、この非線形性こそが世界を複雑なものにしているわけである。ところで相互作用とは互いに作用を及ぼし合うという事で、一方が作用を受けて変化すると、今度はその変化自体が相手に影響を与える。すると相手も変化し、その変化が再び作用として戻って来る。こうして、作用し合うものの間に無限に続くフィードバック・ループが形成される事になる。即ち、相互作用の本質はフィードバックにあり、それが相互作用を非線形なものにしているのである。従って、相互作用が存在するする所では、その非線形性とフィードバックによってカオスが生成される事になる。つまり、現実の世界では非線形相互作用がカオスを、秩序と予測不能な不規則性とを同時に生み出しているのである。

 

 

 非線形問題の線形近似

 

  自然現象の研究に、微分方程式を最初に導入したのはニュートンであった。これによって、速度の変化率(加速度)と力を結び付けたわけである。ニュートン力学の大成功により、それ以降、微分方程式は様々な分野で使われる様になって行った。そして多くの場合、自然現象は微分方程式で記述する事ができる。しかし、方程式を作るのとそれを解くのは全く別の事である。現実の現象はほとんどが非線形だが、それを記述する非線形微分方程式を解く事は、ほとんどの場合極めて困難なのである。そこで解けない非線形問題を、容易に解ける線形問題で近似するという安易な方法が採られる様になった。線形方程式の解を求める事は多くの場合それほど困難ではない。それは重ね合わせの原理が成り立つからで、線形の系では、微分方程式を満足する複数の解の和もまた元の微分方程式の解になる。そのため自然現象の線形解析では、現象を解析が容易な基本要素に分解し、各要素の時間発展を求めた後に、すべての要素を重ね合わせて現象全体を再現するのである。このような線形近似の常套化は、要素還元主義を助長する事になった。こうして近代科学は、現実のもつ非線形性から目を逸らせる様になって行くのである。そして同時に、これは現実の相互作用の絡み合った複雑な現象から、つまりありのままの現実から目を背ける事につながって行った。なぜなら要素間の相互作用によってカオスが生成し、非線形性が大きな役割を果たしている所では、重ね合わせの原理が使えず線形近似が通用しないからである。こうして近代科学は、線形近似が有効な単純な現象にだけ目を向けて行く事になる。そして複雑な現象は、単に環境からの確率的なノイズか、実験の不手際のせいという事で無視されたのである。

  ようやく非線形性に目が向けられる様になるのは、1970年代に入りコンピューターの発達によって、非線形方程式の複雑な振る舞いを解析できる様になってからの事である。この時になって初めて科学は、現実を複雑なものとしてありのままに見る事の重要性に、気付く事になったのである。

  実際、我々の様な部外者から見ると大変意外な事だが、物理法則の多くは近似則なのである。ニュートン力学が、速度が光速よりもずっと遅い時にのみ、近似的に成り立つ事を明らかにしたのはアインシュタインであったが、彼自身が発見したあの有名なE=mc2も巧みな近似計算によって導かれたものである。「物理法則を理解するためには、それらはすべてなんらかの近似であることがわからなければならない・・・・・・。簡単な概念というものは、どれも近似である」(7-9)

 

(注) 「線型系がなぜそれほど重要であるのかということについて若干述べておこう。答えは簡単である。それは解くことができるからである! したがって、たいていの場合、我々は線型の問題を解く。第二の理由は、物理の基本法則は線型である場合が多いということである。例えば、電気の法則に関するマクスウェル方程式は線型である。量子力学の偉大な法則は、我々の知るところでは線型である。これが、我々が線型方程式に多くの時間をかける理由である。・・・・・・線型方程式がでてくるもう一つの場合・・・・・・それは変位が小さいときには、多くの関数が線型に近似できるということである。」

             「非線型方程式を解くには、数値解法以外にはうまいものがないのがふつうである。・・・・・・数値解法はすべての方法のうちで最も強力であって、どんな問題でも解くことができる。我々が数学的解析を用いる事ができるのは、問題が簡単なときに限るのである。

数学的解析は一般にいわれているほど素晴らしいものではない。それはごく簡単な方程式しか解くことはできない。これに対して数値解法は、・・・・・・物理的に興味のあるどんな方程式をも取り扱うことができるのである」(7-9)。このため、非線形系に取り組むためにはコンピューターの発達が不可欠だったのである。

(注)物理学だけではなく、現実の中に法則性を求めようとする科学一般が、すべて現実の近似だと言うべきかも知れない。逆に、近似だからこそ、我々にとって利用価値があるとも言えよう。そうだとすれば、一部の物理学者が希求する究極理論などはあり得ない事になる。理論の精度は益々高くなっていくだろうが、それは何処まで行っても近似である事に変わりはないからである。我々は、どんなに緻密な理論でも一定の限界を持っており、その範囲内でしか有効でない事は、常に心に留めておいて良いだろう。

 

 

 フラクタル

 

  相互作用が重要な働きをしている所ではカオスが生成し、それがフラクタル構造を持つ事を見て来た。そして、このフラクタルはカオスと深い関係にあるというだけではなく、自然の作り出す構造の多くがフラクタル性を持つ事が、今日では明らかになっている。

  フラクタル(fractal)というのは、不規則を意味するラテン語(fractus)に由来し、自己相似性を有する複雑な図形の総称である。そこでは全体と同じ構造が、小さな部分に繰り返し現れるという独特の複雑な構造を持っている。しかしこのフラクタルは、簡単な規則を繰返し適用する事で容易に作り出す事ができるのである。例えば、コッホ曲線という入り組んだ複雑な図形は、極めて簡単な規則によって作られる。まず単位長の線分を3等分して真ん中の線分を削除し、その部分に同じ長さの線分で正三角形の2つの斜辺を作り、ツバの付いた三角帽子の様な基本図形を作る。そしてこの基本図形を繰返し、1つ1つの線分に反復代入する(置き換える)事によって、雪の結晶の様な複雑な図形が出来上がるのである。この操作を無限回繰返した極限の図形がコッホ曲線で、これは一部分をいくら拡大しても、元の図形と全く同じ形をしている。もう1つ例を挙げると、三角形の真ん中に逆三角形部分をくりぬくという操作を無限に繰返す事でも、自己相似性を持つ図形を作る事ができる。これはシルピンスキーのギャスケットと呼ばれるもので、この図形のどの部分を拡大しても全体と同じ形になっている。この様に、極めて複雑なフラクタル図形も簡単な規則によって作る事ができるのである。しかし、このままでは如何にも人工的に作られたパターンで、非現実的な数学的おもちゃにしか見えないかも知れない。ところが、これに少し工夫を加えるだけで、自然と極めて良く似たパターンや構造を作り出す事ができるのである。例えば、先程のコッホ曲線に確率的なランダム性を加えると、つまり三角形の突起をどちら側に作るかをランダムに変動させると、現実の海岸線と非常に良く似たパターンが生成される。このように、フラクタルをランダムさを持った統計的なものにまで拡張すると、自然の多くの複雑なパターンや構造をフラクタルで再現する事ができるのである。実際、海岸線の例を見ても分かる様に、自然の作る構造にはその一部分を拡大すると全体と同じような構造となる、統計的な自己相似になっている場合が多い。例えば、山や川、複雑に枝分かれした樹木、雲や稲妻のパターン、墨流しの文様、コンクリートのひび割れ、さらには宇宙の星の分布に至るまで、自然界にはフラクタル構造が溢れているのである。我々の「目に入る大自然のほとんどがフラクタル」(7-10)と言っても良いだろう。そのため、フラクタルの複雑さを表わす指標のフラクタル次元を実際のものと同じにして、自然が作り出した構造、山や樹木や雲などの形をコンピューター上で容易に模倣する事ができる。今日では、コンピューターの作り出す乱数に基づいて描かれたフラクタル曲面に陰影と色を付ける事で、本物と見間違うほどの自然の風景がコンピューター・グラフィックスで作られている。ここで本物の自然からの情報として使われているのは、フラクタル次元という1つの数字だけであり、あとは与えられたフラクタル次元を持つ曲面を作るプログラムに従って、大きな起伏や凹凸がランダムに自動的に作られ、自然の風景が描き出されるのである。そして別の乱数を使うと、コンピューターは全く別の風景を描き出す事になる。また、フラクタルが簡単な規則で複雑な構造を作り出せる事を利用して、画像情報を圧縮して通信する方法も開発されている。

 

7-1 シルピンスキーのギャスケット